母体には適さない凡庸な女。
それが、メローネの一番初めのポルポへの印象だった。
メローネは、ホテルの窓辺に椅子を置き、ぼんやりと海を見つめる女を眺めていた。豪奢な一室に似合う同じような豪奢な椅子に膝を抱えて座っていた。
ギアッチョは、おびき寄せられた敵の始末に向かっている。
丁度食事を終えた後の何とも眠い独特の空気にメローネは欠伸を噛み殺した。
退屈だ。
その一言に尽きる。
メローネは肘をつき、ただひたすら海を眺めつづける女を見つめた。
(・・・・期待はずれだなあ。)
本音を言えば、幹部にまで上り詰めたという女に期待していたのだ。
変人ポルポという名詞は、パッショーネの中では中々に有名だった。
曰く、ボスと親しいだとか、喪服のように黒をいつも身に纏っているだとか、妙に暗い女だとか、人付き合いをあまりしないだとか、稼げるはずの麻薬から手を引いているだとか、稼いだ金を慈善事業に回しているだとか、いつも男装をしているだとか。
ただ、パッショーネに入るための試験という重大な部門を任されているのに加え、そうしてあまり人付き合いをしないことから独り歩きした噂であるのだろうとメローネも予想していたものもある。
確かに、女は変人であった。
ただ、それはギャングとしてはという話であって、表の世界ではそこらへんに転がっていそうな女だった。
つまらない。
メローネの心境はそれに尽きる。
幹部にまでのし上がったというのだから、さぞかし母体にぴったりな女であると思っていた。もちろん、母体にすることはそうそう出来ないだろうが。それでも観察対象として、どんな女であるのか気になっていたのだ。
けれど、蓋を開ければ女は殺意も薄く、怒りも細やかで、どこか穏やかな目をしてメローネを見つめていた。
怒らせてみるという選択肢も無いわけではないが、それで仕事を干されるだとか、チームに迷惑をかけてまでする気は起きなかったのだ。
(・・・・ギアッチョは、なんかこの女が気に入ったみたいだけど。)
メローネが出払っている間に、ギアッチョは女に対して妙に世話を焼く様になっていた。ギアッチョにわけを聞いても簡潔に死なれちゃ困るから、としか返ってこなかった。
メローネは、それが不服だった。
確かにポルポのおかげでチームの中は大分改善されていたが、だからと言ってそこまで過保護にする意味が分からなかった。
メローネは、女の価値を思う。
どうせ、この女も、そこらにいる人間とそう変わらないだろうに。
そこでふと、メローネは女の影に視線がいった。
うぞりと、影が動いた。
(スタンド!?)
メローネが警戒のために立ち上がりかけるが、それよりも先にポルポが囁いた。
「ブラック・サバス?」
声と共に、ポルポの陰からスタンドが姿を現した。
女と同じように黒を纏ったスタンドだった。独特な帽子のような頭部のせいか、道化師に似ていた。
ブラック・サバスはポルポを見下ろす形で背後に立ち、彼女はそれに体をのけぞらせるように顔を合わせた。
「・・・・・海を見るならば、遠くではなく、近づけばいい。」
「なんだい、外に出たいのか?」
「影の中であればどうとでも。」
「出かけようか。」
メローネは、それにようやくそのスタンドがポルポのものであることを察した。
そうして、信じられないものを見た気分であった。
スタンドは、基本的に本体と地続きになった、あくまで当人の能力だ。
だというのに、ポルポのブラック・サバスは完璧な自意識を持っているようだった。
メローネは、好奇心でブラック・サバスをじっと見た。
ポルポはおもむろに立ち上がり、メローネを振り返った。
「すいません、メローネ。少し、出かけたいんですが、よろしいですか?」
「あ。ああ。構わないが。」
「それじゃあ、行こうか。ブラック・サバス。」
「それを、お前が望むならば。」
「・・・・君が外に出たいんじゃないのかい。」
ポルポは呆れたように、ブラック・サバスに言った。その様は、己自身というよりもまるで長年連れ添った相棒のようにポルポに寄り添っていた。
「はい。」
「は?」
メローネは、己に差し出されたジェラートを見た。
ポルポが道端で見つけたジェラート屋で買い物をするのを見ていたメローネは、差し出されたそれに困惑する。
そうして、困惑するメローネに同じようにポルポが困ったような顔をしていた。
「えっと、すまない。その、さすがに、メロン味は安直すぎたかい?」
「・・・ああ、いや。」
メローネは差し出されたそれを受け取った。
ポルポは少しの間不安そうにメローネを見ていたが、拒絶する様子が見られないのに安堵したのか自分の分も店員に頼み始める。
メローネは、自分の手にあるメロン味のジェラートを見た。
何故、自分はジェラートを渡されたのか。
いや、分かっている。
(・・・・大方、自分だけ食べるのが忍びないとか。もしくは、何も考えていないとか。その程度だろうな。)
普通だ。本当に、普通だ。
メローネは、おもむろにジェラートを口にした。
警戒心はなかった。ポルポが己を殺す意味はないと判断できただけだ。
まあ、そこそこ旨い。
ポルポに恩があったのは、事実だ。
メローネもまた、暗殺者チームへの推薦を受けたために生き残った口だ。
メローネは、ただ単にそれだって自分に暗殺者チームへの適性があるためだと考えていたが。
今、目の前の存在を見ていると本質は別にあるんじゃないかという気持ちになる。
知りたいと思う。その女の本質というものを。
けれど、踏み込めば踏み込むほどに、女の在り方はあまりにも平凡で、退屈で。
欠伸がしたくなるほどに、メローネの琴線には触れない。
だからこそ、女の護衛なんてギアッチョに適当に任せようかと思っていた。ちょうど、何故か過保護にもなっていたし、それでいいだろう。
メローネが情熱を費やすほどの価値を、ポルポには感じられなかった。
「なんで二つ?」
メローネは、ポルポの持っていた二つのジェラートを見て疑問符を上げる。それに、ポルポはいたずらっ子のようににやりと、珍しく笑った。そうして少しだけ人目を避けた路地の方に入り込む。
メローネは何が起こるのかとポルポの行動を見ていると、また影からブラック・サバスが現れた。
ポルポは徐に、そのジェラートをブラック・サバスに渡した。
「は?」
メローネは、それに信じられないものを見るような目をする。渡されたジェラートをブラック・サバスは、丸のみするかのような形で口に放り込んだ。
「君、もう少し味わって食べられないのか?」
「美味。」
「おいしかったのならいいんだけど。」
「・・・な。」
もごもごとするブラック・サバスの口をメローネは凝視した後、叫んだ。
「なんてことだ!!」
それに、ブラック・サバスとポルポが驚いて身を寄せ合った。
「どういうことだ!?スタンドが食事をする?スタンド、精神エネルギー!実体はあってないようなものだ!だいたい、食事をとる必要だってないはず!だというのに、君のスタンドは食事をした!だいたい、食事をしたとして、消化はどうなっているんだ!?排泄だって、どうなってるんだ!?」
「え、えっと、さあ?」
「知らないのか!?自分のスタンドだろう!?もっと、こう、興味を持った方がいい!」
「まあ、この子も自由だし。」
「ああ、興味深い、どうなっているんだ?体の中は?臓器は?いっそ、脳は!?ねえ、舐めてもいいかな!?」
ディ・モールト!!
メローネはそう叫んで、ブラック・サバスを見つめる。少なくとも、ポルポに興味をそそられるものはなさそうだが、スタンドには大変興味を引かれた。
興奮気味のメローネに、ブラック・サバスは無言で影の中に消えた。
「・・・・あー、その。」
「なんだい?」
「えっと、プロシュートは、元気にしているかい?」
ブラック・サバスが消えた後、メローネは興奮気味にポルポに詰め寄ったが出て来ることはなかった。
なんとかメローネを落ち着かせたポルポは、必死に話題を変えるために口を開いた。
メローネは、ブラック・サバスの内臓について考えていたが突然聞こえて来た男の名前に意識を向けた。
「プロシュート?」
「ああ、その、元気にしているかい?」
「別に怪我をしたなんてことは聞いていないが。どうして聞くんだ?」
そう言いながら、プロシュートがポルポと面識があったことを思い出す。
「ああ、あのな。プロシュートは元々カラマーロが拾ってきた子なんだよ。カラマーロ、分かる?」
「迎えに来た女だろ?」
「そうそう。懐かしいなあ。プロシュートのことは殆どカラマーロが世話してたけど。私も、文字を教えるとかしてたんだよ。まあ、結局、発現したスタンドが強力だからってほかのところに回されちゃって。暗殺者チームへ行きついたんだけど。」
元気にしてるんだねえ。
そう言って、ポルポは心の底から嬉しそうに微笑んだ。メローネは、それを眺める。
今度、ご飯に誘おうかあ。迷惑かなあ、良いお酒を贈るだけにしようかあ。ああ、でも、私のおごりだって言えば来てくれるかなあ。そうかあ、元気にしているなら、それだけで。
そんな独り言をBGMにして、メローネは女の変人たる所以を見た気がした。
(リゾットが気に入るのも、分かるなあ。)
女からは、陽だまりの匂いがした。
優しくて、穏やかで、親しいものの幸福を願う、そんな清潔そうな匂いがした。
メローネは、リゾットが表側の出身であることを知っていた。
妙な、懐かしさでも感じているのだろう。
(・・・・それに、別に、高嶺の花ってわけでもない。)
もちろん、相手は幹部なのだから、高嶺の花といえばそうだが。
巻き込むことも、汚す心配もない。なんたって、ポルポはすでに巻き込まれているし、汚れているのだ。
リゾットと繋がりがあっても、なんの障害だってない。
けれど、女からは相変わらず陽だまりの匂いがする。陽の下で笑っている様な錯覚がある。
リゾットが、ポルポにどんな感情を抱いているかなんてメローネは知らない。きっと、理解も出来ないだろう。
蓮の花のよう、というのは少しロマンチストが過ぎるだろう。
けれど、メローネはそれを忌々しく思いなおし、舌打ちをしたくなる。
汚れているくせに。
きっと、メローネと同じぐらいに醜く汚れているくせに、女はまるで綺麗なもののように笑うから。
ずるい。
別に、羨ましいなんて思わないのに。
そんなことを考えてしまう。羨ましいというよりは、何とも言えない腹立たしさと言えるだろうか。
上品そうに笑う女の化けの皮を剥いでやりたくなる。
「・・・・そういえば、君は、私の血液型とか気にしないの?」
「何言ってるんだ?」
「いや、君のスタンドからすれば、気になるんじゃないかって。」
メローネはそれに信じられないものを見るかのような目をする。
ポルポが、メローネの能力を把握しているのは分かる。なんといっても自分たちを管理する側なのだから。
けれど、だ。
この女は、まるで血液型を聞いて来いと言っているようにしか聞こえない。
「ああ、私は、母体には不向きかなあ。お世辞にも、健康的とは言えないし。」
「・・・・まるで、母体になりたいって言ってるみたいだ。」
上司と部下だとか、相手が幹部だとか、そんなことは頭からすっぽ抜けた。口から出た言葉は、あからさまに女の正気を疑っていた。
「え、ああ、いや。そう言うわけじゃなくて。死にたくは、ないし。でも、それぐらいしか、私は君の役に立てることはなさそうだから。」
少しだけ、情けなくて。
ポルポは、そう言って笑った。申し訳なさそうに、眉を下げてポルポは己の腕を抱きしめる様に摩った。
「君は、お金にはあまり興味はないようだし。でも、私に出せるものは、それぐらいしかないから。私は、君の働きに差し出せるものが、役に立てるようなことが思い浮かばなくて。」
そんなことを言う。
壊れている、メローネは女を前にそう思う。
だって、そうだろう。この女は、まるでメローネのためになら命など惜しくないと言っている様ではないか。
「人殺しの、ために死ぬのかよ、あんた。」
メローネは、強烈な違和感と言えるそれに吐き捨てるように言った。それに、ポルポはあの陽だまりの匂いのする穏やかな微笑みをした。
「人殺しの道具だと思えないから、こうやって話をしているんだよ。」
その眼は、人を見ている目だった。
まるで、侮蔑するべきものでも、憐れむべきものでも、気持ちの悪いものでもなく、ただ、人を見ている目だった。
それが、たまらなく、居心地が悪くなる。
「・・・・私は、当たり前のように、君に生きてほしいと思う。君や、リゾットたちに生きてほしいと思う。知らない誰かよりも、言葉を交わした君たちの方がずっと大事だ。」
酷い話だけれどね。
その顔しか浮かべることを知らないというように、女は笑う。
それは、あまりにもあけすけな、当たり前すぎる親しみの言葉だった。
下心も、欲望もなく。チームの皆のような、分かりにくい共同体としての意思も無く、ただ、交わした一度きりの親しみのための言葉だった。
あまりにも、それは平凡で、普通で。
どんな言葉を返していいかわからずに、メローネは口を噤む。そこで、思い出したかのような空気でポルポが口を開いた。
「ああ、でも。君の、スタンドは痛いのかなあ。」
痛いのは嫌だなあ。
まるで注射を嫌がる幼子のような、今の状況には不似合いすぎる台詞にメローネは、ああと思う。
この女は、凡庸なままに壊れてしまったのだと。
女は、当たり前のことをする。
己が世話した男を気遣い、部下への世話をし、友人を思いやり、親しい誰かに己のものを分け与える。ただ、一度きりの会話で簡単に親しみを覚え、そうして細やかな好意を示す。
誰かのために、何かをしたいと思っている。
それは、善良さだった。
けれど、メローネは、知っている。
その女の手は、ずっと、赤く汚れているのだと。
誰かを殺した手で、誰かを殺せという口で、誰かの死を見た目で、それでもポルポはどこか、未だに陽だまりの気配を感じる。
それは、やることが少々極端を行き過ぎているが、なんとも普通だった。
近しいものの幸福を願い、けれど遠い不幸には無関心を示す。
女の中にある当たり前の美徳と悪徳を行う様は、確かに極端さを抜けば、どこまでも普通だった。
(ポルポは、どうやって死ぬんだろうか。)
メローネは、女の思考回路を理解しきれずに疲れた頭に浮かんだ疑問に目を向けた。
この女は、どうやって死ぬのだろうか。
血に濡れながら、なおも穏やかに笑う女は、どんなふうに死ぬのだろうか。
そんなふうに、人殺しの己を案じる人殺しは、どうやって死ぬのだろうか。
メローネの中に、強烈な興味が生まれた。
命乞いをするのだろうか、罵るのだろうか、怨むのだろうか、怒るのだろうか、足掻くのだろうか、憎むの、だろうか。
その女が、最期にどんなふうに行動するのか、知りたい。
(・・・いいや。それよりも、ポルポが母親に相応しい女になる瞬間のほうが興味が出て来た!)
この、壊れた女が、善良さを持ったまま狂った女が醜悪に落ちていく様に興味が湧いた。もっと、壊れていく様を、みたいと思った。
そうして出来たベイビーは、どれほどのスタンドになるのだろうか。
いや、メローネが己で大事にしていた女を母にするとき、どんなベイビーが生まれるのだろうか。
そもそも、スタンドを持った存在を母にする機会なんて今までなかったのだ。
メローネの、己の中に生まれた好奇心とも言えるものが擡げた。
メローネは、ポルポに微笑んだ。
ポルポは、沈んだ顔をしていたがその微笑みに不思議そうな顔をした。
メローネは己の顔が整っているという自覚はあったが、その微笑みにポルポの中に何かが動く様子はない。
相変らず、ぼんやりとした夢を見る様な目をした。
「あんた、母体になるにはもう少し太らなくちゃいけないな。」
メローネは、目の前の女がそんなことを言っても怒りもしないことを察していた。ポルポは、戸惑う様な顔をしたが、困ったように微笑んだ。
「・・・・もう少し、食べろとは言われてるんだけどねえ。」
「じゃあ今度何か食べやすいものでも作ってやるよ。」
「どうしたんだ?急に優しいなあ。」
「あんたに死なれると、金づるがいなくなって困るだろう?安心してくれ、あんたが死ぬまでは守ってやるよ。」
もっともらしいことを言えば、ポルポは納得して頷いた。
その、素直な信頼に、メローネはぞくりと背筋を震わせた。妙に湧き上がる嗜虐心のようなそれを鎮めていると、ポルポがメローネの頭を撫でた。
あまり、覚えのない感覚に、メローネは体を固めた。見上げれば、ポルポが中腰になって自分を見下ろした。
「メローネ。ありがとう。君は優しいねえ。」
赤い瞳が、朝焼けのようなそれが、じっとメローネを柔らかに見つめていた。
(・・・・ああ。)
この女は、どうやって死ぬんだろうか。
何故か、その様がどうしたって想像できなかった。
(・・・・メール。)
ホテルの寝室にて、ポルポは持って来ていたパソコンを開いた。カラマーロからの何かしらの一通でも入っていないかと目を向ける。
そうして、新着のメールが一件。
それは、短く、簡潔な、ボスからのメールだ。
可愛いポルポ。
お前の欲しがった猟犬たちは従順か?
(・・・・どんな顔で、可愛いポルポなんて打ってるんだろうか。)
もうとっくに慣れたメールの書き出しに重いため息を吐きながら、ポルポは返信を書き始めた。
えー、ちょこちょことある方の作品と似ているのではということが来ていますが、全くの無関係になります。
もしも、そういった声が多い場合は、どうにかします。ただ、こういった声を受けるのが初めてなのでどうすればいいかわからないのであまり気になるなら意見を下されば幸いです。
メローネの気持ち悪さが足りないと思いながら、初対面の上司にあの態度をとる彼が想像できなかったためです。