蛸の見た夢   作:藤猫

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トリッシュと、無害で安心できる人。

トリッシュと、ポルポ。ポルポが早めに見つけて、暗殺人チームも敵対してないので、ボスのところに向かうまでちょっと猶予が出来たための余白の時間。



誤字脱字などは感想での指摘はご遠慮くだされば幸いです。
感想いただけましたらうれしいです。
お題箱作ってみました、何かあれば
https://odaibako.net/u/fujineko56


嵐の前

 

「ごきげんよう、お嬢様。」

 

そういって女が微笑んだ。それにトリッシュはただ、困惑したことを覚えている。

 

 

 

「ペリーコロ様、お久しぶりです。お元気でしたか?」

「おお、元気よ、元気!ポルポ、君は?また、痩せたかな?」

「お恥ずかしいです。」

「いやいや、こちらはどうも肥えてしまってな!」

 

トリッシュは目の前の光景を見つめる。そこには、彼女を“保護”した老人とにこやかに話す女の姿があった。

老人はそう言って腹を叩く。そうすれば、女は控えめに笑う。ペリーコロはトリッシュに視線を向ける。

 

「こちらにおいで。」

 

それに彼女が近づけば、ペリーコロは口を開く。

 

「彼女は、いや、もう知っておるか。元々、君が気づき、ボスに伝えたのだから。」

「・・・はい。」

 

彼女はどこか所在なさげに頷いた。トリッシュはちらりと女の後ろに立つ二人の男女を見た。

二人とも、なんというか、カタギらしくない、まさしく様になっている二人だった。

一人は金の髪に、燃えるような青い瞳の女。トリッシュから見ても見事なプロポーションの女だ。そうして、もう一人は見事な体躯の男だ。銀の髪に不気味な赤く、そうして白目の反転した眼が不気味に見えた。厳めしい様相をしており、トリッシュは目をそらす。

 

「それじゃあ、後は頼んだ。」

「はい、分かりました。」

 

彼女がそう言えば、ペリーコロが去って行こうとする。そこで彼女は声をかける。

 

「あの!」

「うん、どうした?」

「・・・また、お会いできるでしょうか?その、ご相談したいことがありますので。」

「・・・・ああ、また、時間を設けよう。」

 

そう言った後、そのままペリーコロは去って行く。女はどこか物悲しそうにその背中を見つめ、そうして自分を見るトリッシュに気づくとにこりと微笑んだ。

 

それはなんとも普通な笑みだった。にこやかで、何か、近所にいたパン屋の店員が似たような笑みを浮かべていた気がする。

 

「・・・改めまして、ご挨拶を。私はポルポ。覚えるほどの価値はございませんが、一時の御用聞きと思って頭の端に捕らえて置いてくだされば幸いです。」

 

体の前で手を組み、深々と頭を下げるその仕草はこの国の人間らしくないものだった。

長い黒い髪は手入れはされていてもそれだけで、面立ちも温和そうと言う印象しかない。ただ、その、朝焼けのような目だけが印象に残る程度だろうか?

 

 

「・・・私、これからあなたとずっと一緒にいるの?」

「はい、といっても、数日後にはボスの下に送り届けるために出発することになるかと。ただ、その間は護衛、というか御用聞きとしておそばにおりますよ。」

「そう、なら。」

 

トリッシュが要望を口にしようとした時、ポルポが先に口を開く。

 

「ストッキングの替えと、ジバンシーの頬紅、イタリアンヴァーグの今月号もでていますし。あ、ミネラルウォーターはフランス製をご用意しておりますが。好きなメーカーはありますか?用意しますので。」

 

まるで心を読んでいたというか、暗記していた台詞をそらんじるように朗々と言われ、トリッシュは固まる。固まり、静かに微笑む女を見て呟く。

 

「あんた、きもいわよ。」

 

 

 

ちらりとトリッシュは隣に座る女を見た。

トリッシュは現在、これから過ごす隠れ家に向かっていた。そのために、女、つまりはポルポの護衛の男が運転し、助席に同じように女が座る車に乗っていた。

 

ポルポは、なんというか、分かりやすく落ち込んでいた。それは叱られた犬が部屋の隅で落ち込んでいる雰囲気によく似ていた。

それにトリッシュは何というか、罪悪感を覚えていた。

 

大抵の人間はその女の顔に理解するだろう。

それは、本当に自分と仲良くなりたいというか、好意的で。けれど、決定的に接し方を間違えてしまい落ち込んでいると。

そういう、素朴な好意、というか愛嬌が感じられる女だった。

 

車を運転する男も、そうして、側近らしい女もずっと黙っているが落ち込んでいるポルポを気遣うように視線を向けていることも分かる。

 

なんだろうか、良心が痛む、というのだろうか。それらがギャングというもので、父親に関連して自分を保護、といっているが攫った同然の存在たちに心を許すものではないとは分かっているのだが。

それは全てが、なんというか、普通で。何をどうしても自分に害を加えてくるイメージも持てずに。

 

「・・・悪かったわよ。私の好みを先に知っててちょっとね。」

「いえ、思えば確かにキモいのはキモいので。はい。」

 

しょんぼり、という音が似合うその様子にトリッシュはこれからのことが不安になっていくのを感じた。

 

 

 

連れてこられたのは、小綺麗な一軒家だった。

それこそ、郊外の閑散とした地域に建てられた家だ。

 

「ここは私の持ち家の一つで、時折使っているものです。ここで、あの方の元に向かわれるまでは過ごしていただきます。」

「そう。」

 

車から降りる彼女に、ポルポは当たり前のようにエスコートのごとく手を差し出した。一瞬迷って、彼女の手を取って車から降りる。

そうした方が、毅然として見えるような気がしたのだ。

 

先に降りていたらしい男、リゾット・ネエロと、女、カラマーロが家の扉を開ける。おかしな名前だと思うが、本名ではないのだろうなあと考える。

 

「私もこの家で仕事をしますので。何かあればすぐにお声をおかけください。」

 

そういってにこにこと笑う女にトリッシュは微かに頷いた。これからの生活がなんだかとても憂鬱だった。

 

 

 

 

と、思っていたのだが。

 

「だああああああああああああ!!!!!!どこの、どいつが、ロイヤルストレートフラッシュ連続できめんだよ!!!」

「確率何割だ?」

「ねえ、イカサマ?」

「いやあ、残念ながら違うんですよ。それについては保証しますね。」

 

何故か、トリッシュは護衛に当たるギャングの青年二人と、そうして話し相手にあてがわれた年の変わらない少女、そうしてポルポとカードに明け暮れていた。

 

 

 

「・・・・お嬢様、その、一応は護衛を付けようと思うのですが。」

「で?」

 

トリッシュが雑誌を読みつつ、返事をする。それにポルポは心底申し訳なさそうな顔をした。

 

「う、うーん、ちょっと癖が多い子ばかりなので。その、不快だったら言ってくださればと思います。」

 

そう言って苦笑したポルポにトリッシュは内心で首を傾げていた。

 

 

 

「ご機嫌麗しゅう、お嬢様!自分、あー、クララです!ご主人より、お嬢様のお世話係を賜りました!」

「そう。」

 

やってきた一軒家の、おそらく一段と豪奢且つ広々とした部屋に通されれば、にこやかに笑う女が現れた。

トリッシュは危険視するように少女、といってもいいほどの年齢の女を見た。少年染みた服装をしていたが、その愛らしい顔や体つきから女であることはすぐに分かった。

そうして、とトリッシュはちらりと少女の後ろにいる。

ポルポはどうもすぐに片付ける仕事があると別室に引っ込んでしまった。

 

「あ、こちらは護衛のギアッチョとメローネです!まあ、基本的に部屋の前で待機なのでそこまで気にせんでください!」

 

一人はくるくるとした髪の目つきの悪い男で、もう一人は顔立ちは整っているがどこか重たい空気の男だった。

 

「そう。」

 

トリッシュはやっぱりそう言ってすました顔をした。何を言われても、そうやってすました顔をしておく気だった。

そうしなければ、今にも手が震えそうだったから。

 

 

ただ、クララと名乗った少女についてはトリッシュも気に入った。

常に朗らかで、にこにこと楽しそうに笑う少女はトリッシュの心を少しだけは和らげてくれた。

当たり前だ、突然現れたギャングに拉致され、共にいるのは年の離れた老人だ。

明るい、年の近い同性の存在はトリッシュの心を少しだけ和らげた。

話も上手く、それと同時におどけるような幼い仕草には今までのギャングたちのような威圧感もなかったおかげだろう。

 

「いやあ、暇ですね!お嬢様、何かして遊びます?」

 

その時のトリッシュならば、おそらく素っ気なく断っても良かったのだろう。けれど、雑誌も読み終わり、ギャングらしくない少女のそれに退屈さも相まって問うてしまう。

 

「何して?」

「そうっすね!あ、カードとかどうです?ポーカーとか!」

「二人でやるの?」

「そうっすね!あ、護衛の二人も引っ張ってきていいですか?」

 

それにトリッシュは固まる。何せ、件の二人は、なんというかギャングらしい雰囲気だったのだ。体が強ばるような感覚がする。

それにクララはあーと声を上げる。

 

「あ、怖いですか?止めときますか?」

 

その言葉にトリッシュは舐められたくないと、毅然としていたいと咄嗟に返事をする。

 

「いえ、連れてきて。」

 

「てめえよおおおおおおおお!!俺らはそーいう役目じゃねえだろうが!」

 

トリッシュは思わず感心する。何せ、部屋の外からでも聞こえてくる大声だ。といっても、男の声で紹介されたうちのどちらかだろう。

 

「あ゛!?退屈そうだから!?ご機嫌伺い!!??おめえええええええなあああああああ!いいかあ!ボスの娘と下手な接触はかるなって!あ゛メローネ!?あ゛!?あ゛!?ストレスを溜めるのはよくねえ!?てめえ、何視点で!!くそ、やってやろうじゃねえか!?」

 

この男はこれからカードではなく殺し合いでもする気概の声だった。

 

 

「くそがあああああ!!」

「・・・ねえ、彼、完全に私に会わせない方がいいタイプじゃない?」

「いやあ、でも、基本的に人間には当たりませんから。」

「ポーカーやるだけじゃつまらないから何か賭けるか?」

 

ポーカーの勝率はまあまあというところだろうか?

ただ、まあ、ギアッチョという青年は五月蠅い。五月蠅い、というよりも暴力的だろうか。普通ならば恐怖を覚えるのだろうか。

 

(何なの、これ?)

 

ギアッチョが暴力に走る予兆を見ると、無言でメローネかクララが大きめ且つ厚手のクッションを彼に渡すのだ。

彼はそれに一瞬思考し、そうして、そのクッションを殴りつける。彼らはそれを平然と流して会話をする。その決まったやりとりが妙にコミカルで、彼らの妙な雑さが恐怖というものを薄くしていた。

 

「文句言うなら俺らをカードに誘った自分を恨め。」

「こんなに五月蠅いとは思わなかったわ。」

「まあ、確かにな。」

「でもねえ、この二人、引くほど強いんですよねえ。」

 

その言葉にトリッシュは不思議な気分になる。何せ、その二人。ギアッチョは確かに鍛えられた体をしていたが、その片方のメローネという青年は細身で武闘派には見えなかった。

 

「強い?」

「ええ、特にギアッチョはこの年齢では破格なほどの、あー、練度というか。ご主人、あー、ポルポも太鼓判を押す実力ですよ。メローネも、なんというか、追いかけることに特化してる部分があるので。私も含め。」

「そう、そんなに。」

「ええ、ええ!正直、過剰戦力かもなあと思うほどに!」

 

弾むようなそれにギアッチョはどこか、少し、嬉しそうに口元を緩ませている。それを見ると、何か、ああ年相応というか。そういったものを感じた。

 

「まあ、俺らはあんたのこと送ってはいけねえけど。しっかりと守ってやるから安心しな。」

「まあ、仕事以外で女を手ひどく扱うとカラマーロに殺されるしな。」

「メローネよ、それ、どんな気分で言ってんだ?」

「仕事は仕事だ。それだけだろ?まあ、好きでやってることもあるが。」

「そーかよ。」

「リゾットにも褒められたいんだろうしな、ギアッチョは。」

「・・・・だあっとけ、メローネ。」

 

ぎろりと血管が切れることを畏れそうになるほどの睨みをきかせたギアッチョを尻目に、トリッシュはこっそりとクララに問う。

 

(リゾットって?)

(あー、最初に来られたときにいた大柄な男です。彼の上司に当たる人ですね。)

 

それにトリッシュは妙なところで可愛げのある男だなあとギアッチョを見た。

 

そんな話をしていたときだ。

扉がノックされた。

 

それに視線を向けると、ひょっこりと中をのぞき込む、驚いた顔をしたポルポの姿があった。

 

「えっと、皆さん、何を?」

「カードよ、暇だったから。あなたもする?」

 

何気なくそう誘ったトリッシュはふと、他の三人の顔を確認した。彼らは明らかに嫌そうな顔をしていた。

 

そうして、冒頭に戻るわけだ。

 

 

「ポルポよぉ、てめえ、どんな運してやがるんだ!?イカサマじゃねえなら一周回ってきめえぞ!?」

「さすがだな。カジノで負け無しのポルポだ。」

「ええっと、何ででしょうね?なんか、勝っちゃうというか。」

「本当にイカサマしてないの?」

 

トリッシュがそう言えば、ポルポは苦笑した。

 

「そこまで器用じゃないですし。というか、こんな遊びのカードでそこまで勝ちにこだわる理由もないですからねえ。」

「あら、言うわね。」

「まあ、絶対に勝てる賭けは楽しいものじゃないですよ。」

「嫌みかよ!」

「この人に勝てた人っていないの?」

「いないねえ、同じチームのプロシュートって男がいるけど。そいつも賭けは滅法強いけど。負け越しだね。」

「・・・全員、無一文にされたときしかねえよ。」

 

確かに女がトランプに強いのは理解できた。

というよりも、トリッシュもわかる。女は確かに運もいいが、それと同時に降りる判断だとか、攻める判断がとても上手いのだろうと。

 

「くそ、もっかいだ、もっかい!」

「またポーカーします?」

「飽きたわ。」

「なら、ババ抜き、いえ、Old Maidでしたっけ?あれでもやります?」

「ルール、どんなのでしたっけ?賭けトランプしかしないんで、ポーカーとか以外のルール忘れるんですよね。」

「不健全ねえ。」

「ギャングだからね、俺ら。」

 

和やかだ。

不思議と、とても。トリッシュは自分でもとても不思議な気分になる。

今の今まで、ただ気丈に、すました顔で。弱みなんて見せないようにしていたのに。

トリッシュはちらりと女を見た。

 

女は、ポルポは、あの奇妙な愛嬌を感じさせる表情でトリッシュを見ていた。

柔らかで、穏やかな瞳で自分を見ていて。その普通さというか、無害さのせいなのだろうか?

 

トリッシュは自分の体から不思議と力が抜けていることに気づいた、

 

 

 

「・・・あなた、本当に多才ね。」

「そう、でしょうか?」

 

トリッシュのそれに食事の片付けをしていたポルポは困ったような顔をした。連れてこられた一軒家で過ごして数日経ったが、ポルポという女は、とても器用だった。

カードに強く、そうして、やたらめったら料理が上手い。

本人曰く趣味の一環らしいが、それはそれとして、だろう。自分が食べているそれらもポルポの手作りというのだから驚いた。

 

「ですが、そう言っていただける、快適に過ごされているようでよかったです。何か、ご要望はありますか?」

「いえ、特には。」

「そうですか、クララにも不満は?」

「ないわ。」

「そうですか、あと、その、昨日臨時で付けた護衛の三人は?」

 

ポルポは少しだけ気まずそうな顔をした。トリッシュに付けられる護衛は基本的にギアッチョとメローネであったが、どうも臨時で彼らに任せたい仕事ができたために新しく護衛としてポルポの部下がやってきたのだ。

 

「別に、不快とかでもなかったわ。」

「そ、そうですか!まあ、三人とも社交的ですしね!」

「そうね、ホルマジオだっけ?彼は話が面白いし。ペッシ?あの子は静かだし。」

「ええ、ええ!ですね!」

「ただ、プロシュートだっけ?」

「な、何か?」

 

ポルポはそれに顔を青くさせる。

そんな中、トリッシュはぼんやりと印象の残っている美丈夫のことを思い出す。

金の髪に、青い瞳。伊達男の名前にふさわしい面立ちはある意味感心してしまうほどだった。

 

「あの人、まるで小うるさい頑固親父みたいな人ね。付き合ったら、思ってたのと違うって言われるタイプじゃない?」

 

それはトリッシュの、なんだろうか。ポルポというそれへの親しみじみた中の軽口だった。

それにポルポはあーという顔をして、ちょっと笑いをこらえるような顔をする。

 

「あら、図星?」

「いえ、その、あの。プロシュートには、姉貴分、みたいな子がいるんですけど。似たようなこと、言われてて。」

 

んっふ、と咳払いのような声を上げてポルポはトリッシュを見る。

 

「あの子は、なんというか。そういう年下の子を世話するのが好きなので。」

 

そう言って笑いをこらえるその様は本当に普通で。何か、とても不思議な気分になっていく気がした。

 

「ですが、無礼を働いて居らずよかったです。他の子たちも、とくには?」

「他の子、イルーゾォと、リゾットだっけ?あの人たちも別に。」

 

といっても、その二人とはトリッシュは話したことがない。イルーゾォは買い出ししたものを部屋に届けに来たとき、リゾットはポルポの側に付き従っていることが多く姿を見たことはある。

ただ、どちらとも話したことはなかった。

 

「・・・・ギアッチョやメローネたちと仲良くしているようで本当によかった。」

「何故?」

「・・・・一種の、保険、でしょうか?」

「保険?」

「あなたが困難なとき、できるだけ力になって貰える方が多くあればということです。」

 

そう言って、微笑むポルポを見ていると落ち着かない気分になる。

何故か、ポルポと話していると母のことを思い出すのだ。もちろん、ポルポと母は欠片だって似ていない。

 

なのに、そのポルポの言葉は、いつかに。例えば、トリッシュが出かけるとき、雨が降るから傘を持って行けなんて言う母の言葉と不思議と被って聞こえて。

 

「ねえ?」

「はい、なんでしょうか?」

「あなたって、父の愛人なの?」

 

がたんと音を立てて、ポルポはそれこそ片足をあげてまるでどこかのコメディ映画のようにトリッシュを見つめていた。その表情には確かな恐怖があった。

 

「お嬢様!」

 

ポルポはトリッシュに駆け寄り、そうして真っ青な顔で縋り付く。彼女の、その鬼気迫る様子にトリッシュは固まる。

 

「そのようなこと、絶対に、誰にも言ってはいけません!」

 

トリッシュは女の見たことのない様子に固まる。それにポルポは我に返ったかのようにトリッシュから体を離し、そうして、首を振る。

 

「ボスの話は、誰にもしてはいけません。ええ、時が、そう、時が、来るまでは。」

「・・・何故?」

「ギャングは正体を隠すものです。そうしなければ暗殺されてしまうので。故に、あの方も、人前に姿をさらすことはありません。あなたを保護したのは、ボスを探す者たちから守るためです。ですので、自らを危険にさらすことなんてないように。」

「それは。」

「けして!いいですか、お嬢様、言ってはいけません!」

 

青い顔で、所帯なさげに体の前で手を組むその様に、トリッシュは、トリッシュは、思わず言い放つ。

 

「だって!」

トリッシュは震える手を掴んで、言った。

 

「これから、どうなるのか。私には、わからない、のよ?」

トリッシュは震える声でポルポに聞いた。彼女を見上げた。

 

「父は、ねえ、あの人は、どんな人なの?」

 

 

ずっと不安だった。

母が亡くなり、父も見つからないと知り、トリッシュはこれから独りで生きていくことになった。

幸いなことに気丈な性格の彼女は元より、覚悟を決めていたのだ。父母のいないこれからの生活に。

 

なのに、自分の父は大きな組織のボスだと、そう告げられた。

彼らは自分を保護したという、父に会わせるという。

 

不安だった。

 

彼らの行動が本当なのかも分からない、会ったこともない父が自分をどうしたいかも分からない、父を好きになれるかも分からない。

 

そんなとき、彼女を保護したペリーコロは、温和な老人は静かにトリッシュに告げた。

 

「安心しなさい、あなたを保護し、ボスの下に連れていくポルポは組織でも穏健派で、尚且つボスの信頼の厚い女です。あなたを怖がらせるようなことはあり得ませんよ。」

 

その言葉の通り、女はとても、普通で、温和で。何か、近くにいると不思議と安心できる女だった。

この女はけして自分に害を与えないという奇妙な確信が得られる女だった。

だからこそ、気性の荒い彼女の部下たちのことも不思議と恐ろしくはなかったのかも知れないし、普通に会話を交わせたのかも知れない。

彼らがポルポを見る目は、なんだろうか、とても、とても、気遣うような、労るような、そのくせ哀しそうなものだった。

一つ言えるのは、その感情は、女のことを傷つけようなんて欠片だって見えなかった。

 

その目を見ていると、不思議と、彼らがポルポの命令を違反して自分を手ひどく扱わないという確信が持てたはずだろう。

 

けれど、トリッシュはなんとなくポルポが、いいや、父親の信頼が厚いという女がそういった関係なのだろうと予想していた。ただ、そういったことを求められる女に見えなかったけれど。

 

でも、知っているだろうか?知っているのだろうか、自分が、これから会う父を。

誰も、知らない、自分の父を。

 

トリッシュは女が自分が何をしても、そう怒ることはないのだという理解の元そう言った。

それにポルポは何かを考えるような仕草をして、そうして、トリッシュの座るソファの隣に腰掛けた。

 

「お嬢様。」

 

女はそう言ってトリッシュの震える背中を撫でた。

冷たい手だった。けれど、不思議とその手に撫でられると震えがなくなっていった。

トリッシュは蹲るような姿勢からゆっくりと起き上がった。

 

彼女は、ポルポはやはり、穏やかに笑っていて。まるで、子どもをあやすときのような顔でトリッシュを見ていて。

トリッシュはポルポの手を握った。それに背の高い彼女はトリッシュを見下げるように目を細めた。

それが、何か、とても安心できた。

まるでざーざーと降る雨の中を駆け抜けて、玄関を開けた先にいた母に抱き留められたときのような、そんな感覚。

 

「・・・・お嬢様、これからの話は、あなたが話すべきだと確信が持てるときまでは誰にも話してはいけませんよ?」

 

トリッシュはそれにこくりと頷いた。

 

「あの方は、とても。とても、臆病な方です。」

「臆病?」

「ええ、だから、私はあの方から信頼を置かれているのかも知れません。臆病で、人を遠ざけ、信頼できるかも分からずに。誰かに下に見られるのが嫌なのかも知れません。」

「・・・・何故?」

「それは、そうですね。幼い頃に、あまり人に尊重していただけなかったのかも知れません。温和で、優しさのある。カエルを、助けるほどには。」

「カエル?」

「・・・・ええ、カエルを助ける方です。」

 

わからないと思った。ああ、でもと、トリッシュは考える。

 

「母も、カエルが好きだと言っていたっけ?」

「そうですか、同じですね。でも、それも言ってはいけませんよ。」

しぃーと女はそう言った。

 

トリッシュは何かとても落ち着いた気分でじっとポルポを見て、問いかけた。

 

「私は父のことを好きになれるかしら?」

「・・・・分かりません。私は、あまり両親と仲はよくありませんでしたし。ボスのことも、恐ろしくて仕方がない。」

「怖いの?信頼されてるんじゃないの?」

「・・・・私は元々、一般家庭の出だったのですが。その、とあることで才能があり、尚且つ、組織の事情を知ってしまったのでなし崩しに。だから、あの方が恐ろしい。私は、あの方がどれだけ敵に苛烈であるか知っていて。」

恐ろしいと、女はトリッシュの手を強く握った。

 

「恨んでいないの?」

「・・・そうですね、恐ろしいと思っても、恨んではおりませんよ。」

「何故?無理矢理、組織に入れられたのに。」

「私の両親は、私の成績だとか、そういったことにしか興味がなかったので。学校を卒業すれば、そのまま誰かと結婚させられていたかも知れないので。」

同じ地獄でも、ある意味で、選択肢のある地獄に連れてこられた分には恨んでいないのかも知れません。

 

女は苦笑交じりに言った。

 

「あの方は、私の業と罪そのものです。故に、恨むものではなくて。ずっと、私と共にあるしかできない、のでしょう。」

 

もの悲しい顔にトリッシュは自分の父の、なしたことだとか、罪だとか、そういったことを自覚するような気分になる。

その気分が落ち込んだことを理解したのか、ポルポは穏やかに告げた。

 

「・・・・お嬢様、ご安心ください。私も、あの方のことをよく知りません。ですので、あなたが仲良く出来るかはわかりません。ですが、一つだけお約束できます。」

「何を?」

「あなたを守る者たち、護衛の人間達は、必ずやあなたの味方になるものをおつけしましょう。どんなことがあっても、あなたの味方であるものたちを。」

 

緩やかに微笑んだ彼女はそっとトリッシュは寝床に促した。

 

「お嬢様、もう、眠りましょう。ご安心ください。もう、三度も寝ないうちに、あの方の元にお連れしますので。疲れられたでしょうか。」

 

それにトリッシュは静かに頷き、そうして連れられる。まるで幼い子どものようにトリッシュはポルポに布団を掛けられる。

 

「お嬢様。一つだけ、私の助言をお聞きください。」

「助言?」

「あなたはこれから、きっと、大変な目にあうでしょう。どうしても、仕方がないことに。ですので、もしも、選択の時が来たのなら。その時は迷わないでください。迷いは揺らぎ、行動を曖昧にしてしまう。なら、迷わず、きちんと決意して行動してください。」

「わかったわ。」

「はい、おやすみなさい。」

「・・・ねえ。」

「はい。」

「眠るまで、何でもいいから話していて。」

「・・・・歌でもいいですか?」

「うん、なんでもいいわ。」

 

それに女は、トリッシュの知らない異国の歌を歌う。

子守歌だと、子ウサギの目は何故赤いと問いかけ、答える歌だと、あとで聞いた。

 

トリッシュの年ではあり得ないような願いだった。

けれど、トリッシュは、不思議と、その人と共にいると安らいだ。

 

それは自分を傷つけることはない、とても無害な生き物で。

自分を侮辱することもなく、不義理を働かず、そうして、裏切ることもないという奇妙な信頼があった。

だから、戸惑いなく甘えられた。安心できた。

 

懐かしかった。なにか、とても、遠い昔にそんなことを求めたような気がしたから。

 

(・・・・父に会うとき、一緒にいてくれないかしら?)

そしたら、何も怖くない気がした。

 

そんな女が姿を消したのは、それからまもなくのことだった。

 

 

 

 

何故、だとディアボロはパソコンに向かい、電子メールを送った。

返信が来るまで、彼は待つ。待ち、そうして苛立ちの原因である報告書に目を向けた。

 

そこにはポルポによって書かれた、彼の娘のことが事細かに書かれていた。そうして、それは事実的なものではない。

 

 

フランス製の炭酸水を好まれている。

 

がちんと頭が痛む気がした。

 

虫は嫌いとよく言われています。あとは、臭い男性もお嫌いとのことです。

 

黒い髪の、女が、浮んで。

 

美しいものを好まれている。美しくないものは嫌いだと、よく言われています。

 

写真が、自分の眼に入る。

 

それは、母に似て。

 

美しい、赤い髪をされています。

 

 

優しいのね、と笑う女が。

(ドナ、テ、ラ・・・・・)

 

写真の、少女は、彼女によく似て。

 

 

「余計な感情だ!」

 

叩きつけるように言い捨てた。けれど、ディアボロはその文章と、写真から目をそらすことができない。

何故だ、何故だ、少女の姿なんてずっと以前に見ていたはずなのに。

ポルポが撮った、朗らかに、楽しそうに、年齢に似合った明るい笑みを浮かべたその写真から目をそらせない。

 

危険だ、いらない、捨て去るべき過去だ。

故に、自分は、なのに。

 

そう思うのに、女が、黒い髪に赤い目をした女としたお茶会の中で、ずっとディアボロの中で自覚していた感情が、まるで色が混ざるように男に告げる。

 

ああ、なんて、あの美しいものを愛していた女に似た、自分に、似た、少女で。

 

「・・・・何故だ、ポルポ。何故、お前は、ここまで詳しく、私の怒りを買う可能性があるというのに。娘の、ことを、ここまで観察し、私に、告げた。」

 

メールに書いた、その問いかけには、すぐに返事が返ってくる。それをディアボロは目を向ける。

 

 

“あなたが知りたがっていると判断したためです。”

 

それにディアボロは無言になり、また、赤い髪の少女の写真にじっと目を向けた。

 





・・・・ポルポのさ、ポーカーとかの勝率がどれぐらいか知りたいって言い出したのは俺だよ?
そうだなあ、メローネ。おめえだよ。
でさ、やけになってペッシにカード配らせてよぉ、さすがに無限にするわけには行かねえからってふざけ半分で脱衣ポーカーしてよ。
メローネと、イルーゾォと、俺と、ホルマジオと、ポルポでやったけどなあ。

まさか、ポルポが全勝ちして、男全員パン一に剥かれるとはな!
クソが!どんな勝率だ!!

あのさあ、みんな。
ええ、その、そろそろ服着てくれませんか?色々いたたまれませんので。


くそがよお、どんな確率だよ!
いやあ、にしてもギアッチョまで脱衣に乗るとは。
おめえが負けるの怖いのかって煽るからだろ。だから、ポルポが負けたら終わりにしたんだけどよ。
てめえ、ポルポ、どんな運してんだよ!

知りませんよ、それより皆さん早く着てください。
早くしないとメタリカか、グレフルなんだからさ。

ペッシも慣れたな。こういうの。なあ、ポルポ?
私は慣れないで欲しいですよ、メローネ。
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