蛸の見た夢   作:藤猫

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プロシュートと歪な人


歪な幸福

 

世の中には、どうしたって出たくない電話というものが存在する。

例に漏れず、プロシュートの前で鳴り響く着信も又、そのたぐいのものだった。暗殺者チームのメンバーは、全員が携帯電話を持たされている。

不測の事態にも対応するためのものだ。

 

(くそ!)

 

プロシュートは、電話を取った。

取らなければ数倍も面倒なことになると分かっていたためだ。

 

「・・・・何だ?」

「ずいぶんと遅いわね。プロシュート。」

 

その女の声に、プロシュートは思いっきり顔をしかめた。ただ、とある事情でプロシュートは、非常に電話の先の女に逆らうのが苦手であった。

 

「・・・・何か用か、カラマーロ。」

「あんた、本当に可愛くなくなったわね。昔は、姐さん姐さんって人の後ろを付いて回ってたのに。」

「・・・・忘れろ。それよりも、要件はなんだ?」

「プロシュート、あんた、もうご飯食べた?」

 

丁度、電話をしている現在は日暮れ時。早めの夕食を取る者もいる時間だ。プロシュートは、その台詞に全てを覚った。

 

「またポルポの発作か。」

「その、発作って言い方嫌なんだけど。まあ、似たようなものかしらね。ともかくリゾットも招集したから、急いできて頂戴。良いワインも飲ませてあげるから。」

 

ただ酒というものには惹かれた。ポルポが用意するならば、相当に上等なものだろう。けれど、プロシュートの中には葛藤がある。その誘いに乗るか迷っていると電話の向こうから心配そうな声がした。

 

「どうしたの、プロシュート。あんたがただ酒に飛びつかないなんて。気分でも悪いの?それなら、今日は来なくてもいいけど。何か、食べやすいものでも持って行こうかしら?」

 

それに、プロシュートは舌打ちをしたくなる。その言葉はわざとではなく、心の底から心配して言っているのだと分かるのだ。

ギャングのくせに甘い態度を取るなと言いたくなるが、カラマーロの態度はけして弱みではない。プロシュートになら、そう言った態度を取っても構わないという信頼の為だ。

 

「・・・これから向かう。場所は、いつもの場所か?」

 

結局のところ、自分が折れるしかないということをプロシュートはよくよく知っている。

 

 

 

プロシュートが向かうのは、ファミリー向けの賃貸がある比較的治安の良い地域だ。そこに、ポルポが生活拠点として借りている家がある。

幸いなことにそこまで遠くない場所にいたおかげでさほどの時間をかけることなくやって来れた。

歩く道のどこからか、子どものはしゃいだ声や何かしらの料理の匂いがした。

それに、ノスタルジックな感覚を覚える様な人生はしていないけれど。それもまた、誰かの安寧なのだろうとプロシュートは煙草をふかした。

そうして彼は聞きなれた声がどこからかしていることに気づいた。どうやら、歌っているようだった。どうも母国語ではないようだった。

きょろきょろと辺りを見ると、少し先に、何か荷物を持った見慣れた黒髪がよろよろと歩いていた。それにプロシュートは呆れたようにため息を吐き、速足でそれに近づいた。

 

「おい、何してんだ!?」

「あれ。プロシュート。着いたのかい?」

「着いたのかじゃねえよ。何で一人で出歩いてるんだ!?」

「ああ、買い忘れたものがあってね。カラマーロとリゾットがまだ、着いてなくて。」

「だからって一人で・・・・」

 

プロシュートの怒鳴り声の前に、ポルポの後ろから人影がにゅるりと躍り出た。プロシュートは体に叩き込まれた順応力で身構えたが、それがブラック・サバスだと分かるとああ、と頷いた。

 

「あー、一人じゃねえってか?」

「我は、これ。これは、我。」

「何かあっても、この子が何とかしてくれますから。」

「・・・だからって。まあ、今更ギャースカ言ったとして仕方がねえか。」

 

プロシュートはそう言うと、ポルポの持っていた買ったものを攫うように手に取った。

 

「あ・・・・」

「おい、あのババアが帰ってくる前にさっさと行くぞ。」

「プロシュートは、いい子だねえ。」

 

さっさと歩いて行くプロシュートの後を、ポルポは軽い足音でそれについて行く。

淡く微笑みを浮かべた、柔らかな視線をプロシュートは無視した。生温いセリフも、聞こえないふりをした。

 

「そういや、さっき何歌ってたんだよ。違う言葉だったがよ。」

「ああ、とある国の歌でね。涙がこぼれるから上を向こうって歌だよ。」

 

ゆるゆると、ぼんやりとした瞳でポルポは微笑んだ。

プロシュートは世間話の範囲であったためふーんと言いながら歩いていると、いつの間にか遥か後ろにポルポがいることに気づいた。自分が歩く速さを思い出し、慌てて後ろに下がった。

 

「ああ、ごめん。遅いね。」

 

困ったように微笑んだポルポにプロシュートはため息を吐き、そうしてその手をおもむろに取った。

 

「さっさと帰るぞ。」

 

引きずられる形になったポルポは、申し訳なさそうに微笑んだ。それを横目に、プロシュートはその手を握った。

あまり体温が高いとは言えない、冷たい手だった。

冷えた、手だ。

 

(・・・・つめてえ。きっと、こいつは、中々老いねえんだろうなあ。)

 

 

 

「・・・・こりゃあ、また作ったな。」

「あ、ははははは。」

 

着いた家に入れば、なんとも腹の空く良い匂いがした。

そうして、玄関から進めば、台所やテーブルの上に料理の乗った皿や鍋が大量に乗っていた。

 

ポルポには唯一と言える趣味がある。

それというのも、料理だ。

家で出来ること、実益があることなどを含めてやるようになったものだ。

ちなみに、腕はそこそこよかったりする。

元より、作業的なことをするのが苦ではない性質だ。料理を作ることも含めて、片付けも中々に好きであったりする。ただ、多くの料理をレシピ通りに数年間延々と作り続ければある意味嫌でも上手くなる部分もあるだろうが。

そんなポルポは、一つ、悪い癖がある。

それが嫌なことやストレスを感じると大量の料理を作るのだ。その量というのも、まだ四、五人分ほどならいいのだが際限というものもなく十数人分を延々と作るのだ。ちなみに、ポルポ自体小食な為に役に立たない。

そのため、料理は昔なじみのカラマーロとリゾット、そうしてプロシュートに最近ではホルマジオが胃袋に収めている。

量が多いと言っても、基本的に味はいいのだ。それと同時に、ポルポも自分のストレスの結果を食べさせるのは気が引けるらしく良いワインも出て来るのだ。

本音を言えば、プロシュートを含んだ皆にとって、このストレスの爆発は楽しみにしている部分がある。

もしも食べられない場合、以前は金欠状態だった男たちの冷蔵庫に行くことになる。

ちなみに、ギアッチョがアジトに初めて来たときにリゾットが出した料理もこのあまりであるのだが。それをギアッチョは未だに知らない。

 

「リゾットもカラマーロももうすぐ来るはずだから、座って待っておいて。」

 

大量の料理に苦笑しながら、ポルポは台所へと進んでいく。プロシュートは言われるがままに、適当な椅子に座った。

椅子に座って、何気なく目を閉じれば、料理の匂いと食器の擦れ合う音、そうして、女の鼻歌。

眠たくなるような、空気だった。

プロシュートは、薄目を開けて部屋を見回した。

ポルポは、微かな子守唄を歌うように何かを口ずさんでいた。それを見て、プロシュートはぼんやりと思う。

 

(・・・・このまま殺してやれば、この人は幸せだろうか。)

 

 

 

プロシュートと名乗っている男には、元より戸籍がなかった。戸籍も無ければ、名も無かった。

しいてあるなら、髪の色から金色なんて風にあだ名があるぐらいだった。

野良犬のように、生きていた。

それがどうあるわけではない。

そんな生活しか知らないのなら、それが普通であった。つるむ存在はいたが、別に親しいわけでもない。

独りであることが、当たり前だった。

けれど、プロシュートはその生活に満足していたわけではない。

いつか、成りあがってやる。こんな場所から抜け出してやる。このままで、終わってたまるものか。

ある時、焼きが回ったのか、プロシュートの整った顔立ちのせいなのか数人に襲われたことがあった。

腕っぷしの強かった彼は、その数人をものの見事に伸してしまった。そこまでは、よかったのだ。

その伸した男たちがギャングであったことが、何よりも運が悪かった。

拉致されたプロシュートが、ボロボロで、その美しい顔立ちも腫れて無残になった中で、死を予想したとき、男たちが一瞬で砂に変わった。

見上げた先に、女がいた。

いや、まだ、少女と女の両方に足を掛けた、危うさを兼ねた年頃の女だった。

燃える様な、金の髪。凍り付くような、アイスブルーの瞳。

女は、ボロボロのプロシュートを前に、面倒くさそうにため息を吐いた。プロシュートは、その眼が何であるか、察していた。

それは、興味のないものを見る目だ。それは、嫌なものを見る目だ。それは、無関心の目だ。

女の手が、ゆっくりと自分に近づく。

砂になるのだと、とっさに判断できた。

プロシュートは、とっさに立ち上がり、力を振り絞って女に殴り掛かった。

女は、そういった殴り合いには慣れていなかったのか、避けはしても返しては来なかった。

けれど、すぐに体勢を整えて、プロシュートと向き合った。

プロシュートはがくがくと震える足に力を入れて、叫んだ。

 

「死んでたまるか!!こん、な、とこで、死んでたまるか!こんな、底で、死んでたまるかよ!!!」

 

それは、己を奮い立たせるための叫びだった。意図さえ見ない、ぐちゃぐちゃの言葉だった。それでも、プロシュートは叫ぶしか出来なかった。

こんなところで死にたくなかった、こんな無意味に、ごみのように死にたくなかった。

けれど、プロシュートの体は惨めに崩れ落ちた。無駄に動いたせいか、体は重く、意識もぼやけていた。

 

(・・・・しにたくねえ、うえに、おれは。)

 

沈んでいく思考の中で、幼さの残る声がした。

 

「・・・・ねえ、あんた。いきたいの?」

「いき、てえ。しにたく、ねえ。なにも、つかめてねえんだ。」

 

掠れた、小さな声で、とっさに返事をした。それと同時に、意識はぶつりと途切れた。

 

 

次に、プロシュートが目を覚ましたのは、荷物の少ない殺風景な部屋だった。

プロシュートは、何故、自分が生きているのかと疑問に思った。体は包帯だらけで、手当はされていた。

その疑問も、すぐに解かれた。

ベッドの脇には、あの、美しい金髪の女がいた。

 

「なん、で、だ。」

 

掠れた声に、女は無表情で言った。

 

「・・・・・あんた、生きたかったんじゃないの?」

 

だから、生かしたの。

 

意味が分からなかった。生きたいから、生かしたなんて。頭がいかれてるんじゃないのだろうか。プロシュートが見たのは、おそらく絶対に見せてはいけないものだったはずだ。だというのに、女は自分を生かしたのだ。

生かしたとして、どんな得があるというのだろうか。

 

「そん、な、りゆう、あるかよ・・・・」

 

ひねり出すような、かすれ声に女は目を伏せた。少しだけ、後ろめたいことがあるというように。

 

「似てた、から。」

 

そんなことを言われても、やはり意味も分からなくて。けれど、その言葉の裏に何か女にとってひどく神聖なものがあるような気がして。

プロシュートは、思わず黙り込んでしまった。

 

 

その後、プロシュートは怪我が完治するまでその部屋で過ごした。部屋を訪れるのは、薬や食料を持った女だけだ。

女の名前は、カラマーロといった。

怪我が完治すると、プロシュートはとある建物に連れていかれた。

そうして、ある一室に通された。

 

「入ります。」

 

プロシュートは、何も聞かされていなかった。今更、殺されることは考えにくかったが、それでも身を固くした。

扉の奥には、暗闇が広がっていた。

完全な闇というわけではない。カーテンが閉め切られているせいで、暗いと言っても完璧な闇というわけではない。

 

「・・・・ああ、カラマーロ。その子が、ええっと、話をしていた子かな?」

 

暗がりの中から、声がした。女にしては低く、男にしては高い声。

よくよく目を凝らせば、部屋の奥に誰かがいた。それは、椅子に座っているらしく、立ち上がりプロシュートたちに近づいた。

 

「・・・・こんにちは。」

 

そう言って、中性的な男のようにも、背が高すぎる女のようにも見えるそれは、あんまりにも普通の挨拶と、そうしてギャングらしからぬ柔らかな微笑みを浮かべた。

薄闇の中で、一人立つ凡人からプロシュートは目が離せなかった。

 

 

 

プロシュートは、カラマーロの部下になることが決まった。今にも倒れるんじゃないかと思う様な顔色の悪い女は、カラマーロの上司であるらしかった。

一先ず、自分が確かなギャングになったことは分かったが、それを実感する暇はプロシュートにはなかった。

上司であるというポルポにあった次の日から地獄の教育が待っていた。

まず、立ち居振る舞い、銃の撃ち方、組織の内部図、簡単な仕事内容。

一番に苦痛だったのが、文字についてだった。

仕方がないとはいえ、学校にもろくに通っていないため教材は本当に簡単な絵本になる。その屈辱と言えるそれに、プロシュートは早々と切れた。

 

「やってられねえ!!」

「・・・・ああ。」

「なんで、オレが!こんな、餓鬼の!」

 

現在、プロシュートとポルポがいるのは彼女の仕事部屋だ。ポルポの仕事机の前に置かれたローテーブルでプロシュートが絵本を放り投げた。

ポルポは、宙を舞った絵本をぼんやりと眺めた。プロシュートは、叫んだ後に慌ててポルポを見た。

臆病な性質の彼女が怯えはしないかと伺うが、彼女は変わらずぼんやりとした目をして床に転がった絵本を見ていた。

 

(・・・・なんだか、こいつは。)

 

プロシュートは、目の前の女に一応は従って少し経つが、なぜこれがギャングなんてものになったのか皆目見当がつかない。

そう思うほどに、女は普通だ。もちろん、変わった部分は多々ある。部屋を閉め切っていることや滅多に外に出ないだとか、男のような格好しているだとか。

けれど、その眼は、どこまでも普通だ。

女からは、プロシュートの知らない匂いがした。知らない、けれど、ひどく清潔な匂いがした。

プロシュートはその女が自分と同じところにいることが信じられなくなる。それほどまでに、女は穏やかで平穏の中にいるように見えた。

正直な話、女に従うことにプロシュートは納得していない。けれど、カラマーロは絶対的な忠誠をポルポに捧げている。

だからこそ、プロシュートはポルポに従っている。

カラマーロが仕事で外に行くときは、基本的にポルポの世話をしていた。世話と言っても、食事を食べる様に促すだとか、カラマーロからの連絡を受け取るだとかその程度だ。

それと同時進行で、ポルポから文字を教えられている。

 

ポルポは、穏やかな女だった。

プロシュートが知るはずのない、表の女というのはこういう存在なのだろう。

空気が、違うのだ。

プロシュートは、その暗闇の中で女の穏やかな空気に触れていると、スラムで生きた張りつめた何かを忘れそうになる。

それが、やけに苛々した。

女は、当たり前のようにプロシュートに微笑む。

ご飯を食べよう、眠っているかい、何か嫌なことがないか、カラマーロは優しいか。

その声は、まるで赤ん坊をあやすかのようで。

けれど、それを何故か振り払えないことが、プロシュートの中ですっきりしないのだ。

それにしては、どこか臆病さというか、何かを恐れている様な挙動をする。

ポルポには、ギャングとしての、人の上に立つカリスマ性と言えるものが著しく欠けていた。プロシュートは、自分の放り投げた絵本を拾うポルポを見た。

 

(・・・・なんで、カラマーロの姐さんはこんなやつに従ってるんだ?)

 

同い年ではあるが、自分よりも先にこの世界に入った女をそう呼んでいた。

プロシュートは、カラマーロに恩を感じている。彼女は、少なくとも青年を殺さず、仕事を与え、何よりも教育を施してくれる。

それを許可したのはポルポであるとはいえ、プロシュートのような荒っぽい彼が彼女に従うのには少し理由が足りなさ過ぎた。

 

「・・・・投げないでよ。」

「うるせーよ。」

 

むすりとしたプロシュートに、ポルポは苦笑した。

会った当初はびくびくとした態度であったが、慣れていくにつれて大分落ち着いた。プロシュートは、薄明かりの中で見えるポルポの顔色に、今日も青白いなとそんな感想を思う。

ポルポは絵本をそっと差し出した。

 

「ほら、今日はこれを読めるようになるのが目標だろう。」

「・・・・だからって、絵本なんて。」

「そう言わないで。みんなここからスタートするんだ。別に、君のことを馬鹿にしてるわけじゃない。私は、君のことをすごいと思っているんだよ。」

 

プロシュートは、何を、とポルポを見上げた。ポルポは、幼子を見るかのような甘ったるい目で彼に微笑んでいた。

 

「・・・・君は、決死の覚悟でカラマーロに抵抗した。抵抗し、そうして、君は生を勝ち取った。私には、きっとできないことだ。君には覚悟がある。進み続ける覚悟がある。きっと、君はもっと良き方向に進める。進める様に成長だって出来るだろう。」

 

期待しているよ。

 

ポルポの言葉に、プロシュートは黙り込んだ。

その言葉は、前にカラマーロが言った言葉とよく似ていた。

 

カラマーロは言った。

あんたには期待しているのだと。

 

あんたは私を前に生きたいと抵抗した。それを願って立ち向かった。あんたを拾ったのは、覚悟があると思ったからよ。

歩み続けるという覚悟がね。

あんたは成長できるわ。いつか、もっと先にと願い続けるならばね。立ち上がりなさい、足掻きなさい、手を伸ばすことを続けなさい。

あんたには期待してるのよ。

 

その二つの期待は、あまりにも色が違って聞こえたけれど。

その二つの声は、まるで、プロシュートの頭を撫でる様な声音だった。

プロシュートは、カラマーロに恩を感じている。尊敬も、少しはしている。なんといっても、彼女はプロシュートを拾ってくれた、利用するのではなく人として扱ってくれた、生きていくための術を教えてくれた、生かすのではなく生きていく方法を教えてくれた。

恩がある。

いつか、それを返したかった。与えられた何かを、いつか、少しでも返したいと願っていた。いや、返すのだ。必ず。

彼女だけが、ごみ溜めのプロシュートに価値を見出した。

けれど、ポルポは違った。

ポルポにだって恩があった。けれど、どうしても、その女と向かい合う気にはなれなかった。女が差し出すものは、いつだってプロシュートには理解できないものだった。確かに、カラマーロと同じ言葉であるはずなのに、まったく違うものに聞こえる。

だから、ほとほと困ってしまうのだ。

その女を、どう扱えばいいのか、分からないままだ。

 

 

プロシュートは、ポルポをどう扱えばいいのか分からなかったけれど。

それでも好きだと思うことがあった。

それは、ポルポの護衛として外に出ている時に、囁くような声。

 

「プロシュート、今日のご飯は何がいい?」

 

夕暮れの中、足の遅いポルポの手を引いて、柔らかな微笑みで、そんな言葉を聞くのが好きだった。

手を引かねば、どんどん置いて行ってしまうのだからしょうがないのだ。

ポルポを置いて行った日には、カラマーロからのキツイゲンコツが振り下ろされるのだ。

プロシュートは、カラマーロに弱い。

散々受けた教育の賜物と言えるかもしれないが、何だかんだで彼女が己を生かしているのだということはしっかりと理解できた。

それは、プロシュートにとって安寧の言葉だった。

それは、居場所があるという象徴だった、今日も食事にありつけるという合図だった、それはここにいていいという証だった。

その温度の低い手を持って、夕方の中を歩くのが好きだった。

そうしていると、ようやく理解できた。

その女からした、清潔そうな匂い。それは、安寧の匂いだった。日常の、表側の匂いだった。裏で生きながら、そうやって表の匂いをさせる女のことは好きではなかったけれど。

それでも、その女をカラマーロは大事にしていた。

だから、それでいいと思った。好きではなくとも、それだけでポルポを守る価値があると思った。

ただ、その安寧の中で息をすることが心地いいことには目を逸らして。

 

 

 

「・・・・あんたが試験を受けることが決まった。」

 

その言葉を、プロシュートはすでに完璧に把握していた。

何故か、呼び出されたカラマーロの部屋でプロシュートは食事をしていた。もちろん、ポルポが作ったものの余りだ。向かい合うような形で椅子に座っていた。

 

「よし!とうとうか!」

 

明らかにはしゃいだ声のプロシュートに、カラマーロは大きくため息を吐いた。

 

「・・・・あんたは。」

 

カラマーロはテーブルに肘をつき、額に手を添えた。

 

「・・・・通り名を決めろと言ったら目の前にあったプロシュートにした時から思ってたけど。あんたは思いきりがよすぎるわ。」

「ああ?いいだろ、名前なんぞ所詮は記号だ。それが俺を意味するってわかりゃあいいんだ。それによお、お前だってカラマーロって名乗ってんだから似たり寄ったりだろ?」

「私は、別よ。」

 

項垂れるカラマーロをしり目に、プロシュートは弾んだ気持ちになっていた。

何といっても、試験というのはカラマーロのような特別な能力を得ることができるかどうかというものだ。

プロシュートは、己がその試験に受かることを疑っていなかった。

当たり前のように自分がその試験に合格すると確信さえしていた。頭痛を堪える様に頭を抱えた彼女に、プロシュートは改めて向き直った。

 

「安心しろ。カラマーロの姐さん。どんな能力だろうがあんたの期待通りの仕事をしてやる。借りは返すぜ。」

 

背筋を伸ばした青年の言葉に、カラマーロは伏せていた顔を上げて、なぜかゆっくりと首を振った。

 

「いいわ。私になんて返さなくても。」

「は?」

 

予想外の言葉に、プロシュートは目を見開いた。カラマーロはその顔を見て、ゆっくりと首を振った。

 

「・・・・もしも、あんたが私に何かを貰ったとか、そう思うなら、いつかあんたが見つけた地べたをはいずってる誰かに返してやりなさい。あんたは、いつか、託したいと思う相手に、私がしたことを返してやりなさい。」

 

私はもう、十分に貰ったから。

 

そう言って、カラマーロは、その美しい顔に笑みを浮かべた。

それに、プロシュートは目を見開く。

そうして、喉の奥でせき止めた言葉を飲み込んだ。

 

あんたは、恩を返せなかったのか。

 

それは、聞いてはいけない気がして。プロシュートは黙り込むことしか出来なかった。

 

 

目を覚ましたその時に、己を見下ろす朝焼け色と目が合った。

真っ黒な髪をさらりと流して、ポルポは微笑んだ。

 

「やあ、お帰り。」

「・・・・帰って来るのが分かってたみてえな顔してんな。」

「そんなことないよ。ただ、君はきっと帰って来るとは確かに思っていたけど。」

 

変わらず顔色が悪い。疲れた様に微笑んだ様は、こちらが心配になってしまう。

 

「・・・・試験には、合格したって事だよな?」

「そうだね。君は、これでスタンド使いだ。」

 

スタンドというのが、カラマーロのものを砂にする力のことだとは知っていた。そうして、自分をスタンド使いにしたのがポルポの力だとも知っていた。

 

「俺の力!」

 

プロシュートががばりと立ち上がれば、いつの間にか自分の横たわっていたソファの足もとに何かがいた。

それは、全身に目があり、おまけに下半身がない何かがいた。

それは、自分のスタンドであると何となしに察した。

 

(・・・こいつが、俺の、スタンド。)

 

俺の力、俺が何かを掴むための、力。栄光への力。

どうすれば、その力が分かるのだろうか。そう思っていると、その何かから噴き出した。

目の前の女が、どんどん老いて、小さくなっていくのをプロシュートは茫然と見つめた。止める方法も分からずに、プロシュートは固まってしまった。

その時、己を殴り飛ばすものがいた。そうして、叩きつけられた衝撃で彼の意識はぶつりと切れた。

ただ、覚えているのは、老いて行こうとも変わらない、穏やかな赤い瞳。

 

 

目を覚ましたプロシュートが最初に見たのは、ぐずぐずに泣いているカラマーロだった。まあ、結果はお察しで、一発殴られたのだが。

プロシュートの力は解除されたため、ポルポは無事であった。

 

彼女は、ソファに横たわっていた。

最初に目を覚ました時、プロシュートはどんな罰だって覚悟していた。上司を殺しかけたのだ。それ相応の何かがあるはずだった。

けれど、そんなものはなかった。

ただ、プロシュートは、その時の一言で、ポルポの全てが見当違いであったことを悟ったのだ。

赤い瞳が、プロシュートを見て。そうして、自分の元のままの手を見つめた。

女は、変わることない、穏やかな瞳でプロシュートを見た。

 

プロシュートの死は、優しいねえ。

 

その言葉を、理解することが出来なかった。

殺されかけたのに、死にかけたのに、どうしてお前はそんなにも穏やかに笑うんだ。

隣りで、カラマーロがまるで痛みをこらえるかのような顔をしていた。それに、ああとプロシュートは思う。

分かっていたことだ。

カラマーロが恩を返すことが出来なかったのは、ポルポで。そうして、どうして何も返すことが出来なかったのか、理解できた。

 

(・・・・こいつは、何も願っていないからだ。未来を、見てねえんだ。)

 

カラマーロの返したかった、栄光も、夢も、何もかもポルポは望んでいなかった。ポルポは、プロシュートを優しいものを見るような目で眺めていた。

死を、それ以上の安寧はないように見ていた。老いて行く中で、動揺も焦りも見えない、ただ、自分を穏やかな目で見つめる朝焼けを覚えている。

カラマーロが、飲み物を取って来ると逃げるように出ていく。

プロシュートは、茫然とポルポを見つめる。

プロシュートは、ポルポの穏やかな目を覚悟しているが故のものだと思っていた、甘さが抜けていないせいだと思っていた。

違うのだ。

この女は、ただ、何もかもを受け入れているだけなのだ。全てを、何が起こっても、そう言うものかという唯の諦めの結果なのだ。

二人っきりの部屋に、ポルポのあの、穏やかな声が響いた。

 

「プロシュート。気にしなくていい。君の力は強力だ。きっと、組織の中で評価されるよ。ただ、自分でコントロール出来る様にならないとだけれど。」

「・・・・あんたは。どう、思ったんだ?」

 

掠れた声に、ポルポは目を伏せて、ふわりと笑った。

 

「・・・・とても、優しいと思ったよ。ひどく、眠たくなって、沈んでいく様で。安寧の中にいるようだった。」

 

その言外に、そのままでも構わなかったと言っているように聞こえた。

プロシュートは、己の瞳からぼろりと何かがこみ上げてきた。

頬を流れる生暖かい何かにポルポが慌てたように、彼に手を伸ばした。

 

「ああ、すまない。あの、私は、何かしてしまったかな?」

 

違うのだと、そう言いたかった気がした。そうだと、言いたかった気がした。プロシュートは、思わず、縋りつく様に膝をつき、ポルポの膝ですすり泣いた。

 

それは、ひどく。

教養など殆どないプロシュートには、上手く言葉が見つからなかったけれど。その、胸に突き上げる何かを、人は何というのだろうか。

悲しいでも、寂しいでも、そんな言葉で理解されたくない。

ただ、まるでマンモーニのようにプロシュートは泣きじゃくった。

 

あんたにだって、恩が返したかったんだ。あんたと、カラマーロだけが、ただのチンピラでしかなかったプロシュートに価値を見出し、拾い上げてくれたから。だから恩が返したかった。

好きじゃなかった。一人だけ、自分とは違う所にいる女のことが好きじゃなかった。

けれど、その安寧の匂いのする女と、その幸福を願う女のために、静かな暗がりを守りたかった。

何が守れるのだろうか、死でさえも、何かも受け入れ切ってしまった壊れ切った女に何を返してやれるのだろうか。

涙で濡れた。もう、昔過ぎて、覚えていないほどの久しぶりの涙の中で、彼の頭を誰かが撫でた。

 

「大丈夫だよ。きっと、君なら力だって制御できるよ。怖がらなくたっていい。」

 

そんなことを思っていたんじゃないのに。頓珍漢な言葉がして。

そんなことを思っていたんじゃないんだ。

ただ、プロシュートは、哀れな女のことで泣いていたのだ。

好きだった、それでも、女に夕飯のリクエストをするのが、夕焼けの中を手を繋いで帰るのは好きだった。

その瞬間だけが、唯一、プロシュートの理解できる安寧だった。

プロシュートは、ポルポの顔を見上げた。

何時だって変わらない、水面のような穏やかな朝焼けの瞳を見返した。

 

(・・・・いつか、俺が、こいつを。)

 

 

 

 

「プロシュート。」

 

けして、大きくない声がプロシュートの耳に響いた。

ゆっくりと目を開ければ、見慣れた美しい金髪の女がいた。

 

「・・・・・寝てたか?」

「ぐっすりとね。あんた、眠れてるの?」

 

起き上がった体を起こして、固まった体をほぐした。そうすると、テーブルの向こう側でさっさと食事をするリゾットと、その配膳をするポルポの姿があった。

 

「・・・・旨い。」

「今日はお肉料理が多めだったけど。気に入ってもらえてよかったよ。おかわりは?」

「くれ。」

「君はたくさん食べてくれるから嬉しいねえ。」

「あんたの飯は旨いから相伴にあずかれるならありがたいがな。」

「相変らず、すげえ食うな。」

 

リゾットは、暗殺者チームで随一の大食いだ。元より、体格の良さと運動量がダントツであるのだ。

 

「リゾットが来てくれるようになってよかったわ。前は、あんたと一緒にひーひー言いながら食べてたもの。美味しいけど、量がねえ。」

「まあな。旨いけどよお。」

 

というよりも、ポルポの料理のレパートリーが増えたのもプロシュートのリクエストが原因であるのだが。

 

「そう言えば、あんたも食べなさいよ。良い酒持って来たけど飲んでばかりじゃなくてご飯もしっかり食べなさいね?」

「へーへー。」

「まったく、睡眠もそうだけど食事もしっかりしてるの?」

「体が資本なんだ。体調管理ぐれえしてる。」

「・・・・本当に可愛げがなくなって。」

 

カラマーロはそう言って、プロシュートの頭をぐりぐり撫でた。プロシュートは、それにイラッとするが、無視をした。

抵抗する方が怖い。

そうしていると、軽い足音がした。

 

「二人もご飯を食べよう。今日は、良いお肉が入ったんだ。」

 

そう言って、ポルポはプロシュートに手を伸ばした。プロシュートは、その手を取って立ち上がる。

相変わらず、冷たい手だ。

低い温度に、プロシュートは息を吐いた。

きっと、この体温なら、老いるのは遅いだろう。

 

(・・・・いつか、俺がこいつを殺してやろう。)

 

あの時のように、死を前にしても穏やかな瞳を眺める日をプロシュートは考える。

彼女の、死を願う日をプロシュートは立ち会うことを夢見ている。

ポルポの願う、優しい死を与えてやることが、唯一の女への恩返しだ。

いつか、女の何かが壊れ切って、死んでしまう時をプロシュートは待っている。その時こそ、ポルポを殺してやるのだ。

けれど、そんな日が来ることなく、ポルポが生に安寧を望むことを彼は静かに願っていた。

 




プロシュートの兄貴が女々しくなった。申し訳ない。過去の模造がありますが、イメージでない人はすみません。
ただ、プロシュートの兄貴はめちゃくちゃスラム育ちで、文盲のイメージでギャングになってから教育を受けた感じがします。

姐さんって働いている人かの意味なんですが、なんか任侠臭がするので呼ばせてます。
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