蛸の見た夢   作:藤猫

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吉良吉影と引き寄せる女
なんか、あっさり終わるかも!

感想、評価ありがとうございます。また、いただけましたら嬉しいです。

誤字脱字などは感想での指摘はご遠慮くだされば幸いです。
感想いただけましたらうれしいです。
お題箱作ってみました、何かあれば
https://odaibako.net/u/fujineko56


惹かれ合う者

 

人生で人に吐瀉物を吐きかけられる経験をすることって何度もあるのだろうか?

ポルポは思った。

 

 

「ご主人、あんまり無理しないでくださいよ?」

「分かってるよ。」

 

その日、ポルポは日課の散歩に出かけていた。

それはシンプルに健康のためだ。

貧弱な身体だとか、医者からのすすめだとか、少しでも体力を付けるために彼女はそういったことを習慣にしている。

 

 

ポルポはクララを連れて駅の近くの公園を歩いていた。

リゾット・ネエロが姿を消して側にいる。プロシュートやホルマジオは共にいると目立つため、留守番だ。

 

「そう言えば、何も飲んでませんよね?何か買ってきますから。」

 

クララはそう言って公園に設置された自動販売機に走って行く。それを見守りつつ、ポルポは日差しの中で目を細めた。

 

(・・・どうしよう。)

 

一つの山は過ぎれども、肝心の、ラスボスである男の行方がわからない。

 

(おねがいだから、出てこないで、同僚さん!)

 

本来の筋書きならば振り返ってはいけない小道で少女に出会い、殺人鬼に気づくのだ。けれど、ポルポのおかげで殺人鬼のことを知れはすれども、それ以上のことはない。

 

(いえ、立ち位置がねえ、微妙なんですよ。例えば、ドラゴンボールの悪役は?なら端役ぐらいは思い出せますけど。言って、ジョジョの、そこまで読み込んでない部の悪役の顔って微妙な、微妙な、位置で!)

 

進展のない現状にため息が出てくる。

確か、スーツ姿の男性だったことだけは思い出せるが。

他の部の敵役からして微妙に容姿とかが薄かった印象がある。

 

(四部自体、日常の中のホラーというかミステリーみたいな作風でしたもんね。スタンドのデザインならけっこう気に入ってたから思い出せるんですけどねえ。・・・・そう言えば、承太郎様が、仗助君を連れて狩りに行かれると言われていたけど。そんな話、ありましたっけ?)

 

そんなことを考えていてふと、ポルポは視界の端に人影を見つめる。そちらを見ると、やたら顔色の悪い男が危なっかしい足取りで歩いている。

オールバックで、品のよさそうな顔つきの男だった。

 

「ご主人!水でいいですか!?」

「え、ええ、はい!」

 

ポルポはそう答えながら男から目が離せなかった。何せ、本当に顔色が悪い。

 

(あ・・・)

 

ふらっと、男の体が傾ぎそうになるのを見て、ポルポはもたもたと走り出した。

それが危険には見えなかったし、何よりも、近くにはリゾットとブラックサバスがいるのだからと思ってのことだった。

 

ふらっと男が倒れそうになるのを見て、ポルポはその体を支えた。正直、ひ弱な彼女には支えきれないはずだがブラックサバスが手伝ってくれたのかなんとかなった。

 

「あの、大丈夫・・・・」

「う、う!」

 

げぼ、というのか、おう゛ぇ、というのか。そういった濁点の付いた音と共に男はポルポの胸の辺りに何かを吐き出す。

腹だとか胸の辺りに広がる生暖かい感覚と、そうしてすえた匂いが鼻を突く。

 

それにポルポは遠い目をして男が吐くのを止めるのを見守る。

 

(・・・私って、吐瀉物を吐きかけられる星の下に産まれてるんでしょうか?)

 

彼女の脳裏には、体調不良で吐いたメローネだとか、酒盛りの末に床に部下たちが吐いた吐瀉物だとかを掃除したことがぼんやりと思い出されていた。

 

 

「・・・・すみません、その、体調が悪くて。」

「ほんとですよ!女の服に吐くなんて!」

「クララ、だめですよ。誰だって体調が悪いときはあるんですから。」

 

ポルポはそう言いつつ、どこか諦めの境地で着ていた服を絞った。

ポルポは簡素なシャツを一枚だけ着ている程度の軽装だった。そのため、そのシャツにゲロを吐かれれば終わりである。

 

現在、彼女は公園にあった水道で吐瀉物を洗い落とし、白いタンクトップ姿になっていた。

 

(まあ、これぐらいの露出度の人ならばいるかな?)

 

そんなことを思いながら眼は遠い。

 

「・・・いえ、申し訳ない。その、クリーニング代を。」

「いえ、結構です。その前に、これをどうぞ。」

 

ポルポはそう言ってクララが買ってきた水を差出した。

 

「これをどうぞ。服は別にどうでもいいので。今は、自分の体調を慮ってください。」

 

そう言って微笑めば、男はとても驚いた顔をしていた。

 

「・・・ですが、その。それは、なかなかに高価なものでは?」

 

それにポルポは少しだけ困る。

 

それはカラマーロが少しは質のよいものをと送ってくれたとあるブランドのものだった。本国では目立つことを怖れていたが、日本でならばと着ていたのがあだになったものだ。

 

「・・・・形あるものはいつか壊れるといいますし。そこまでお気になさらなくていいんですよ。本当に。それよりも、ご自分の体調を気にしてください。」

 

ポルポはそう言って、ベンチに座る男に蓋を外したペットボトルを差出した。微笑み、そう言えば、男は恐る恐るそれを受け取る。

けれど、すぐに何か、茫然とした顔で、じっと自分の手元を見ていた。

ポルポは何か手に着いていただろうかと考えて、そこで男はまた顔を前に倒して、口元を手で覆っているのが見えた。

それにポルポはそんな疑問など忘れて男に話しかける。

 

「ご気分が?」

 

黙り込んだそれに、ポルポは穏やかに語りかける。そうして、その背中を撫でた。

 

「・・・・救急車を呼びましょうか?大丈夫です。何も、恐ろしい事なんてありませんよ。」

 

目の前の存在を安心させるために、ポルポは幾度も、大丈夫と囁く。

声をかけるうちに、その震えが治まっていく。

 

ポルポは男が背中を震わせて、何か怖れているのではないかと考える。

彼女は、そういった臆病さに敏感だ。彼女にとってはそれはとても馴染んだ感情だったせいだろうか?

 

ポルポはクララに視線を向けて、救急車を呼ぶように指示を出そうとした。クララは思いっきり嫌な顔をしていた。

けれど、それよりも前に男は上体を起した。

 

「・・・だいじょうぶです。呼ばなくても。」

「・・・そうですか?せめて、タクシーでも呼びましょうか?」

 

顔色は悪いが、眼に光は戻ってきている。

何か自分を熱心に見つめている。

が、さすがにこのまま帰すというのは心配でポルポがそう言えば、男は首を振る。

 

「いえ、お気遣いなく。その、色々と世話になってしまって。あーお名前は?」

「私はポリプス。この子はクララといいます。」

「・・・ご主人、私、こいつきらーい。」

「ご主人?」

「クララ!あ、いえ、そう呼ぶのがブームみたいで。」

 

苦笑気味にそう言ってクララをなだめていると、男はぽつりと呟く。

 

「私は、吉良、といいます。」

 

ああ、どこかで聞いた名だなとポルポは思った。

 

 

 

 

誰にだって体調を崩すときがある。

それが吉良吉影にとっての今日だった。

 

(・・・くそ。)

 

朝はなんともなかったというのに、昼間から下り坂を転げ落ちるように体調を崩した。

 

(あれだ、今日、どうしても時間がなくて入ったよくわからない定食屋だ!)

 

己の内でできる限りの罵倒をしながら、吉良は家に帰ろうとした。けれど、吐き気だとか、気分の悪さが隠しきれずに近くにあった公園に入った。

道の真ん中で倒れて目立つなんてことは絶対にごめんだったのだ。

 

同僚たちから心配される程度の顔色の悪さでベンチを探していた時だ。

 

胃からせり上がってくる吐き気と、そうして、気分の悪さにくらりとくる。

足から力が抜けると同時に、誰かが自分を抱き留めてくれたことに気づいた。

 

安心するにおいだった。

漠然と、例えようのない匂いがした。

それに緊張が解けてしまった吉良は喉の奥からせり上がってくるものにあらがえなかった。

 

 

不健康そうな女だと思った。

気分の悪さにベンチに座り込みながら、近くの水道で己の吐いた吐瀉物を洗い流す女の後ろ姿がやけに目に付いた。

 

吐いたことで大分気分の悪さが遠のいたとは言え、未だに不調が腹の中で蜷局を巻いている。

そんな吉良の中には圧倒的な、苛立ちがあった。

 

人前で目立ち、あまつさえ、吐瀉物を他人に吐きかけるという恥をかいたのだ。

苛立つ、それを目撃した女をどうすべきかと悩む。

 

(・・・手、手を、見ていない。)

 

ちらりと女に服を洗うのを断られ、こちらを不機嫌だと隠さない顔で睨む少女を見た。

愛らしい見た目だ。

勝気そうで、つんとした態度だとか、女を守るように立つ姿勢を見ていると忠犬らしい可愛げを感じられた。

青い、大きな瞳が印象的だった。

 

だが、手を見てすぐにがっかりする。その手はお世辞にも美しい手ではなかった。表面的には傷はなかったが、節くれ立っており、爪の形も汚い。

それは、労働に順ずる者の手で好みではなかった。

 

見た目の良さは合格だというのに、と吉良は改めて女を見た。

 

痩せた女だ。

着ていたシャツを脱いだせいで、その貧相な体つきがよくわかる。そうして、見た横顔も平凡で、どこか儚げな雰囲気があるだけで美しいわけではなかった。

 

(・・・手は、見えない。)

 

ぼんやりとしながら、吉良は黙り込み続けることも出来ずに女に話しかける。

見ればシャツはブランドもので、なんとなく、仕草が上品なものだったのも合点がいく。

それは、幼い頃からそういった振る舞いを叩き込まれていることがわかった。

 

吉影ちゃん。

 

何故か、脳裏に甘ったるい老いた女の声が反芻した気がして、吉良は苛立つと同時に体調が悪化するような気がした。

ああ、だから嫌なのだ。

 

ストレスは敵だ。

眠りは深くなければいけない。

 

でなければ、嫌なことを思い出すのだ。

 

女は善良なようでわざとではないことを咎めるものではないと吉良が服を汚したことを怒らなかった。それには素直に感服する。

吉良がそんなことをされればおそらくさっさと消してしまっていただろう。

女は心の底から怒っていないようで、逆に吉良の体調の悪さを心底心配しているようだった。

 

水が差し出される。

そこで吉良は見たかった女、ポルポのそれを見た。

 

それは、とても、細い手だった。

細く、白く、長い指をした手だ。けれど、それは家事になれた手で、少しだけ荒れていた。

おそらく、きちんと手入れはしているのだが、日々の積み重ねには勝てない、そんな手。

 

それに、吉良は吐き気を覚えた。

 

家事で荒れた手、白く、指の長い手。

 

吉影ちゃん。

 

甘ったるい声がした。そんな手をしていた、そうだ、そんな手を。

 

脳裏に浮んだ、老いた女。

今、目の前に差し出された手、それは何か、母の手と重なった。

 

気分が悪い。吐き気がする。

 

(・・・・体調が、悪いせいか。)

 

それが精神にまでやってきてナイーブになっているのだ。そう考え、吉良はこれ以上目の前の存在の記憶に残るのを避けるためにその場を立ち去りたいと考える。

けれど、体が上手く動かない。

不快感だけがせり上がってくる。

けれど、だ。

 

体温の低い手が、己の背中に触れた。

 

それに吉良の背中が震えた。不快だと、そう感じると思ったのに、その手は驚くほどに心地よかった。

細くて、長い手、低い体温は、気分の悪い体に染みるように心地よかった。

 

皺の寄った手が自分に近づいてくる、そんなフラッシュバックはふっと消える。

 

そうして、そうして、だ。

その、声と、そうして、匂い。

 

大丈夫、大丈夫。

 

幾度もかかる、その、心地の良い低めの声。そうして、だ。

その、匂い。

 

柔らかく、香水だとか、柔軟剤だとかの甘ったるいにおいではない、何か欲が刺激される、そのくせ奇妙に心が落ち着く匂い。

 

ゆっくりと顔を上げて、吉良はようやくその女をまじまじと見た。

 

黒い嫋やかな髪に、目立ったところはないが品のよさそうな顔立ち、仕草の一つ一つさえしつけが行き届いている。

そうして、その、赤い瞳。

 

吉良は、その日、初めてと言える感覚で、手ではなく、とある“女”を見た。

 

 

 

「ポリプス、さん、あ、この辺りの方ではないんですね?」

「ええ、旅行、で、ですね。」

「・・・・もう、体調よさそうなんで帰りましょうよ。」

「クララ、そんなことをいうものではありませんよ。

 

吉良はすぐにその、ポリプス、もといポルポの腰にしがみつく女を爆破させたかった。

自分は今、ポリプスと喋っているというのに。

けれど、ポルポは目の前の顔色の悪い男が心配なのだろう。クララのことを咎めて改めて吉良のことを見る。

タクシーを断られてなお、ポルポは吉良のことを心配しているのだ。

 

なんて、善良な女なのだろうか?

 

吉良は目の前の女をじっと見る。

黒い嫋やかな髪に、しとやかな仕草、控えめに下げられた赤い瞳。

彼が今まで気に入った女とはことごとく違った。

 

なのに、なのに。なのに、だ。

 

吉良は顔を手で覆い、また地面に視線を向けた。

 

「あの、本当に大丈夫ですか?お加減が悪いのなら無理はされずに。」

 

そう言って女はまた、あの、低い体温の手が背中を滑る。

 

吉良は、心底思った。

なんて、素敵な女性だろうか、と。

 

 

吉良にとって女というもので重要なのは手であるし、それと同時に興味があるのは手だけだった。

なのに、何故だろうか?

 

惹かれる、惹かれる、惹かれてしまう。

 

その黒い髪が揺れる様に、品のよい顔に柔らかな笑みが浮ぶことに、そうして、その声と匂い。朝焼けの、瞳。

 

凡庸な顔と荒れた手、心の美しい女。全てが自分の好みから遠いのだ。わかっている。

 

だが、自分の背中に触れたその手。

 

何故だろうか?

その手に触れて、そのにおいを胸いっぱいに吸い込めば、驚くほど心が穏やかで、安寧という何かに包まれたような気分になった。

 

今の今まで、自分が晒した恥だとか、自分を睨む生意気な女のことだとか心底どうだってよくなる。

精神的な負荷が遠くに向かい、吉良はとても気分が良くなった。

 

ちらりと、自分を見つめる女。

心配そうで、初対面の自分にさえ心を傾け、気遣い、さりとて無理強いを通さない控えめな態度。化粧っ気も薄く、男という者への警戒心がなさそうな態度を見る限り、初心なのだろう。

 

吉良は自分の背中から離れようとするその手を握った。

 

女は固まり、そうして、困惑するように吉良を見た。

その、性というものを理解していない、男に触られることに無頓着な様に吉良はそれが自分の知る女たちとは正反対の生き物であることを覚る。

 

するりとその手に指を滑らせた。

 

指は細くすらりとしている。肉付きは悪いが形は悪くなく、爪も綺麗な形をしている。少々、家事をしているせいで荒れているが、それも止めさせて手入れをしてやればいいだろう。

 

吉良はその手に目を細めた。

その手に、いいや、その手の持ち主の女を構成する全てに触れていると、とても心が落ち着く。

それに吉良は何か夢見心地になった。

 

 

吉良は、他者に心を開くことはない。

それは彼自身のプライドだとか、性質だとか、性癖だとか。

そういった問題がある。

 

そうして、それは、家族に対しても同じだ。

彼は人を殺し、手を求めるのは、偏に彼が誰も信用しないのに、他者との信頼に満ちた安心の出来る人間関係を求めている部分があるためだ。

 

誰のことも信用しないし信頼もしないくせに、何の憂いだとか心配をせずに他者との交流を持ちたいという歪んだ望みがそれにはあった。

本当の意味で、愛だとか、承認欲求だとか、孤独だとか、そういったものが存在しないのなら彼は元より女の手なんて求めなかったのだろう。

 

コミュケーションというストレスの権化を拒絶して心穏やかに過ごしたい。

過ごしたいのに、彼は他人との関わりをどこかで求めている。

 

人を殺したいという在り方と、平穏に暮らしたいという願望。

そうして、当たり前のように他人と良好な関係性を築くことを求め、そのくせ、それをストレスでありリスクだと敬遠する。

 

矛盾だ。矛盾しながら、彼はそれを両立させた。

人を殺し、他人を求めるから手を奪い、飽きれば捨てる。

 

そんな中、現れた女は、異質なほどに吉良の目を惹きつけるのだ。

 

初めて揺れる髪に惹かれた、さほど美しくもない顔立ちに微笑んで欲しいと思った、自分を見つめる朝焼けの瞳を美しいと思った。

 

いいや、なによりも、だ。

 

その手。

やはり、手というそれに惹かれて止まない。その手に触れられるたびに。

その、母の手に似ているはずのそれに触れられる度に。

 

意識さえしなかったトラウマ(母の記憶)が薄れて、塗りつぶされていく。

 

 

甘ったるい声が、低くて静かな声に。

鼻につく甘い匂いは、安寧に満ちた心地よい香りに。

皺だらけの手は、少しだけ荒れた手の感触に。

 

「はあ・・・・」

 

うっとりと、吉良はその手を見つめ、その手越しにポルポを見つめた。

それは不躾に手を握られてなお、不思議そうに、そうして心配そうに自分を見つめている。

夢のようだった。

 

今まで、そこまでの安寧に、穏やかさに包まれたことなどなかった。が、その時間はあっさりと終わってしまう。

 

「この、止めろ!!」

 

クララは不躾に、不用心に、己の主人の手を握る男の腕を振り払う。

クララは咄嗟に母国の言葉で罵倒をする。

そのあまりの汚い言葉にポルポは切に目の前の男にはわからないことを願う。

 

「見ず知らずの女の手に不躾に触るなんてどんな教育されてきたんですかね?」

「クララ!喧嘩売らない!」

 

吉良は振り払われた手を見て思う。

 

殺そう。

 

邪魔をされた。自分の安寧の時間を、女との時間を、邪魔された。

が、彼はそれを飲み込んだ。

 

「・・・・いえ、申し訳ありません。介抱のお礼をしたくて思わず掴んでしまって。その、体調も悪くて言葉も出なかったんです。」

「ああ、いえ、お礼はいりませんよ。乗りかかった船、というものですし。弁償も結構です。」

「・・・・いえ、そうはいきません、ここまでしてくださって服まで汚してしまって。ですので、お礼を。」

「ご主人!」

 

吉良の声を叩き割るようにクララは大声を出し、そうしてポルポの手を掴む。

 

「行きますよ!」

「え、あ、はい!?」

 

クララはそのままポルポを引きずるようにして公園を出て行く。それを吉良は見送った。

スタンド能力を出すには体調が悪かったのもあるし、何よりも彼は焦っていなかった。

 

救急車を呼ぶという時、聞こえていたのだ。

 

罵倒の時に咄嗟にイタリア語が出るということは旅行者である。そうして、救急車を呼ぶかどうかの話をしていたときの会話。

 

道、説明できますか?

出来ますよ、ここも長いですし。まだ、いる予定なんですから。

ああ、嫌でも慣れますか。

 

そんな会話をしていたことを。

 

「・・・・運命と言うのは、遅かれ早かれ惹かれ合うものさ。」

吉良は自分の妻になるべき女のことを考えてうっそりと微笑んだ。

 

 

 

 

「・・・・ご主人、あなた、自分に男運がない自覚あります?」

「え、あ、はい?」

 

ポルポはクララに引きずられはすれども、元々の体力のなさにバテて息切れをしながら答える。

 

「お、おとこ、うん?いえ、あ、あると、お、おもい、ます、よ?」

 

ぜえぜえと息をつき、答えるポルポにクララはため息を吐いて、近くにあった自動販売機に近寄った。水は男にあげてしまったのだから仕方がない。

 

「どこがですか!自分の周りにいる男を思い返してくださいよ!」

 

渡された水を飲みながらポルポははてりと考える。

 

「・・・みな、善人ではないですが、よくしてくれていると思いますよ?」

「どーこーがーでーす!!!全員、ろくでなしばっかりですよ!一応、首輪は付けさせてても、それはそれとして碌な男じゃないんですからね!ご主人は碌な奴じゃない奴に程好かれる自覚を持ってください。特に、スタンド能力持ちな奴らにばっかり好かれてるじゃないですか!」

「そ、そんな、スタンド能力持ちがろくでなしみたいに。私の場合は役目柄、そう言った存在にあったり交流したりすることが多いだけですよ?」

「あのね、いいますけどね。暗殺チームのメンバーはもちろん、ブチャラティは置いといても、他の奴らだってろくでもないし。コカキのじいさんとか!他の面子も!!あと、特に!あのクソカビも!本当に、スタンド使いにはびっくりするほど刺さるなにか、というか。変なフェロモンでも出てるんじゃないんですか?」

「私をいったい何だと・・・」

「・・・・クララのそれには俺も賛成だ。」

「リゾット・ネエロ!今までどこにいたんですか!!」

 

ゆるりと現れたリゾットにクララが怒鳴る。それにリゾットは息をついた。

 

「常に側にいた。お前の方が早かっただけだ。」

「おせーんですよ!あいつ、絶対ろくでなしですよ!」

「・・・そう、なんでしょうか?

 

思い返すがポルポにはピンとこない。普通の、スーツの柄は派手だったがそれだけの人だ。この世界では奇妙なファッションではない限り普通であることが多い。

残念ながらその女はろくでなしに囲まれすぎてその辺りの嗅覚はお釈迦になっているのだ。

 

「ほらあ!そんなんだからご主人は男運がないんですよ!」

「ええ・・・」

 

ぷんぷんと怒るクララにポルポが困惑していると、ぱさりと肩に何かがかけられる。それはよくよく見るとリゾットの来ていた上着だ。

 

「さすがにその姿でうろつくな。ほら、汚れた服は俺が持つ。」

「あー!本当に、あの男!ゲロまで吐きかけやがって!ボケカスが!!!」

「クララ、お前な・・・」

 

リゾットの体温の籠った上着はぶかぶかで正直コートにさえ思える。その黒い上着をじっと見てポルポは呟く。

 

「・・・・男運、いいと思うんですけどねえ。」

 

そんな彼女のことを置いて、二人はこそこそと喋る。

 

「んで、どーしますよ?ご主人、まっじで男運ないからなんかまた会う気がするんですけど?」

「・・・・そうだな。これからはできるだけ俺や、他の奴と一緒にいさせるが。」

「でも、常に貼り付けるんですかあ?」

「そうだな。男よけか。」

「何か考えますかねえ。あの人は、むかっしから過保護な影のせいでどーも危機感があるのかないのか。」

 

クララはそう言った後に、タクシーを捕まえるとその場を離れる。

リゾットを二人きりになったポルポはふうを息をついた。

 

(なにか、濃い、時間を過ごした・・・)

 

「ポルポ?」

「はい、なんですか?」

疲れ切った声で答えると、リゾットはじっと彼女を見る。互いに、よく似た赤い瞳で見つめ合う。そうして、リゾットのそっと何かを握り込んでいるらしい拳をポルポに指し出した。

ポルポは不思議そうな顔でそれを受け取った。

 

ころんと手のひらに転がったのは、鈍色の指輪だった。

 

「・・・急ごしらえで作ったものだ。鉄製で、錆びる。この町にいる間は付けておけ。男よけだ。いらなくなれば、捨てろ。」

「いいんですか!?」

 

リゾットのそれを遮るようにポルポは手のひらに転がった、鉄製の、価値も何もない指輪をキラキラとした目で見つめる。

 

「貰ってもいいんですか、これ!?」

「貰ってもいい、なんぞ。ただの鉄の塊だぞ?貴金属でもない、無価値のものだ。急ごしらえの男よけだ。」

「いいえ、いいえ、嬉しいです!あなたが作ってくれたものなら、私にとっては何よりも価値があります!」

 

女はにこにこと笑い、それを見つめた。

 

「なんだか、勇気が持てる気がします。」

 

そう言って、幼く笑う女。鉄の塊をこれ以上ないほどだと、そう信じているように笑う女。

リゾットが口を開く前に、タクシーの目処を立ててクララが帰ってくる。ポルポはそれに歩き出した。

リゾットは女の背中を見つめながら、ちらりと指先を見た。

そこには、何かに切られたような痕があり、血がにじんでいる。

 

(わざわざ、てめえので作る必要は・・・・・)

 

リゾットはそんなことを考えて、息をつき、ポルポの後を追った。

 





(本当に、あの人は。変な人にばっかり好かれる!)

クララは怒っていた。何せ、今日もまた彼女のご主人はとても変人奇人の、それこそ快楽殺人者にだって好かれる。

(でも、極端にご主人のことを嫌う人もいるし。でも、普通の人でも好かれることもあるし。)

クララは考える。

スタンド使いを生み出す故に、スタンド使いが回りに集まるのか。それとも。

(スタンド使いであるから、引き寄せられるのか?)
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