蛸の見た夢   作:藤猫

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ジョルノ・ジョバァーナと弔いをした人

ジョルノ辺りの話は数話行くかな?
短めです。


感想、評価ありがとうございます。また、いただけましたら嬉しいです。

誤字脱字などは感想での指摘はご遠慮くだされば幸いです。
感想いただけましたらうれしいです。
お題箱作ってみました、何かあれば
https://odaibako.net/u/fujineko56


朝明の風

「・・・・きっと、あなたの夢は、黄金の風に吹かれることでしょう。」

 

たった一度、会ったことのある女はそう言って笑ったように思えたのをジョルノ・ジョバァーナは忘れられずにいる。

 

 

「・・・・ぼくは、あんたのボスを倒してこの街を乗っ取るつもりでいる。」

 

空港でのもめ事についてどうやらしっぺ返しは来たようだとジョルノはとある男に追われることになった。

男を追いかけた先、麻薬を打っているらしい少年の姿に攻撃を止めたことにジョルノは確信する。

目の前の男は、いい人だと。

その言葉にブローノ・ブチャラティは目を見開いた。

 

「子どもに麻薬を流すようなギャングを消し去るには、自らギャングにならなくっちゃいけないって事さ。」

 

ジョルノのその台詞に、ブチャラティは問いかける。

本当に組織に入団するのかと。

 

それに、黄金の髪の、そうして、美しい青みがかった緑の瞳をした少年は平然と答える。

 

「ええ!この街を乗っ取るには街を支配する「組織」に入ってのし上がっていくしかない。」

ぼくは「ギャングスター」になります!

 

それにブチャラティはじっとジョルノを見つめる。そうして、彼の背中に子どもたちのサッカーボールが当たった。

彼はそれを蹴り返し、そうして息をつく。

 

「・・・・あの人が、お前を探させていた理由がわかった気がする。

「あの人?」

 

それにブチャラティは息をつき、振り向いた。

 

「・・・ジョルノ・ジョバァーナ。今回、俺が受けた任務は、ルカをやった奴を探すことであって、始末することじゃあねえ。」

「探すこと?」

「ああ、俺にそれを命じた人は、ルカの状態を見てすぐに当たりを付けたんだ。こんなことをやれるのは、スタンド使いだけだろうと。」

「・・・ぼくを組織に引き入れるため?」

「いいや、それも違う。俺に命じられたのは見極めろと言われた。見極めた上で、俺にどうするかを決めろと。」

 

ブチャラティは息をついて空を見上げた。

 

「あの人は、分かってたんだな。きっと、お前がどんなやつで、そうして、何を願っているのか。」

 

ブチャラティはジョルノを見た。

 

「組織に入れるように手配をしよう。といっても、その窓口はお前を探せと言った人なんだが。」

「・・・あなたは組織の窓口という重要な立場の人の部下だと?」

「ああ、いちおうは、雑務に近いが直属である。」

 

ジョルノはふむと目を細めた。

目の前の男があの人と語るその声は、なんだろうか。

まるで、少年のような無邪気な慕わしさに溢れていた。それがジョルノには意外だった。

何せ、彼と戦ったジョルノにはわかる。

目の前の存在は決断力だとか、状況を見た上で最適解を選ぶことも容易くなして見せた。

そんな人間が、立場だとかそういったことを気にせずに、そこまで素直に感情を出してまで慕う人間に興味が湧いたし、そんな重要な立場の人間が自分の思想に賛同するようなタイプであるのは行幸だろう。

 

「その、幹部に協力は・・・」

「ジョルノ、すまないが、あの人をお前と俺に巻き込む気はねえ。」

「・・・何故か聞いても?」

 

その言葉にブチャラティはぐっと歯を食いしばり、そうして、遠くに広がる海を見た。

 

「・・・・その人は俺の恩人だ。ある意味で、当然のことをしたのかもしれねえ。だが、その当然を行うのがどれだけ難しいのかも分かってるつもりだ。それでもあの人はした。してくれた。俺は恩を返したかった。それがどれほど残酷なことか、わかっていたし、そうして、わかっていなかった。」

 

ブチャラティは改めてジョルノを見た。

 

「もしも、ボスを倒そうとしていることが途中でばれたときは、俺はお前を助けない。裏切り者を助けることは難しいからな。俺は、あの人を優先するだろう。あの人の直属の部下である俺の、チームの人間がそうするというのなら。全ての責はあの人に向かうだろう。」

 

俺が庇うべきはあの人だ。

 

「本当に、その人は信頼できるんですか?」

「当たり前だ。あの人は麻薬が嫌いでな。」

 

ブチャラティは幾つかの地区の名前を口にした。ジョルノも知っている、その地区は確か治安がよく、そのせいか地価も上がっていたはずだ。

 

「全て、あの人が管理しているところだ。だが、他の幹部はそうもいかねえ。こそこそとあの人の地区で麻薬を売りさばく奴らがいやがる。本来なら、この地区で麻薬なんざ見ることなんてありえねえんだ。」

 

声を荒げることはなかったが、それでもその声には確かな憎悪が混ざっていた。

 

「・・・臆病で、優しい人だ。孤児を引き取っちゃあ、個人的にやってる孤児院で世話をして、独り立ちするまで世話をする。自分の担当地区で麻薬を売ることを禁じ、部下たちからの信頼も厚い人だ。」

 

ジョルノは驚いた。

麻薬がどれだけ利益を出せるのか、素人のジョルノでも分かる。組織全体でそんな動きをしてなお、そこまで意志を貫けることに驚いた。

故に、ジョルノの中で、女の豪胆さと臆病だという評価が確実に疑問になっていく。

 

「優しい、優しい故にあの人は怖れている。抱えた者を失うことを。故に、あの人は過剰に、いいや、当然か。ボスを怖れている。恐ろしい人だとか、故に、探るなとあの人の下の人間は言い聞かせられている。」

「・・・・それは、もしや、ボスのことを知って?」

 

それにブチャラティは、組織、パッショーネのボスが名前は愚か、姿形を見た人間はいないことを伝えた。

 

「だが、俺の予想では、あの人はボスのことを知っている。分かりやすく、あの人はボスについて嘘をついている。」

「・・・・あなた、その幹部の汗を舐めたんですか?」

 

思わず疑いの言葉を投げかければ、ブチャラティは呆れの表情を浮かべる。

 

「・・・・そんなことをした日には、俺はカラマーロの姐さんや、兄さん方に殺されてるぞ。」

「からまーろ?」

「あとで話してやる。どうせ、すぐに会うだろう。だが、一つ言える。あの人の側にいることは、確実にボスという存在への近道になるだろう。あの人は、ボスのお気に入りだからな。」

 

ブチャラティはずいっとジョルノに顔を寄せた。

 

「・・・・危険な賭だ。そうして、俺はお前よりもあの人のことを優先するだろう。だが、それでも、賭けたくなった。」

「あなたは今の幹部の下、満足出来る生活を送っているんではないんですか?」

 

それはジョルノにとって当然の疑問だった。

組織の元、納得できない部分が多いだろうが、それでも今の幹部の下でならばある程度飲み込める部分もあるだろう。

そうして、自分たちがしようとしていることは、その恩人である幹部に迷惑をかけるかも知れないのだ。

 

「それでも、あなたがぼくの夢に賭ける理由をきいてもいいですか?あなたとぼくはそれでも、同じ船に乗るのだから。」

 

その言葉にブチャラティはまた、一瞬沈黙し、それでもと口を開く。

 

「・・・諦められねえんだ。昔、抱いた夢を。」

「夢?」

「功罪というものがある。罪があるならば罰が必要だ。だが、功績があるならばそれには報いが必要だ。俺は報いを与えたい。あの人に、あの、優しい人を解放したいんだ。」

そう言った後、ブチャラティは仕方がないことだというように、独りごちる。

 

「・・・・兄貴に、散々言われたのになあ。恩なんてかえせやしないんだって。」

それでも、夢を見るのだという。

 

優しい恩人を、もう、多くのことから解放したいのだと。

 

ブチャラティは改めてジョルノを見た。

 

「故に、だ。」

 

己の腕を引きちぎった気高き覚悟と、そうして。

 

「黄金のような『夢』に賭けよう、ジョルノ・ジョバァーナ。」

 

黄金、その言葉にジョルノは懐かしさと、憧憬を覚えた。

とても、懐かしいような気分になった。

 

「・・・・さて、連絡をしねえとな。組織に入るためのテストが必要だ。」

「・・・・一つ、いいですか?」

「なんだ?」

「あなたの慕うその幹部の名前は?」

 

深い意味はなかった。ただ、これから自分の上司になる存在であり、そうしてそこまでブチャラティが慕う人間への純粋な興味だった。

 

「ポルポだ。」

「ぽ、るぽ?」

「ああ、蛸って意味さ。」

似合わないだろう?

 

笑うブチャラティにジョルノは、ああと思った。

誰かが言った。

過去はさみしがり屋で、そうして、けして離れることのないものだと。

その名前を、ジョルノはずっと覚えていた。

 

 

 

それはとある日のことだ。

彼が、彼を助けてくれていたギャングに会ってけして短くない時間が流れたある日。

 

一人きりの学校から帰り道。

 

「シオバナハルノだな?」

 

突然、後ろから聞こえた声に少年は驚き、固まる。

思わず振り返ろうとしたが、それは止められる。

 

「振り向くな、前を見ていろ。」

「・・・なんですか?」

 

男はどうも、先ほど前を通った路地裏から話しかけてきたようだった。

 

(この国の人じゃない?)

 

イタリアの人間はハ行を発音できない者が多く、珍しく自分の名前を発音できている者がいることに驚いた。

それは淡々とジョルノに言った。

 

「お前の庇護者が亡くなった。抗争に巻き込まれ、負けた。」

 

それにジョルノは体を震わせて、目を見開いて、じっと目の前に広がる道を見た。暗い、日の当たらない道だった。

 

「・・・墓がある。今から言う日時なら来ていい。だが、その日以外は来るな。関係者だとばれれば、困るのはお前だ。お前への保護は、生き残りが請け負ってくれるから安心しろ。」

 

そう言った後、後ろの気配が消えた。それにジョルノは路地裏をのぞき込めば、そこには暗闇が広がるだけだった。

 

 

 

墓場はジョルノの足からすれば少々遠い場所だった。

なんとか歩いて行く覚悟を決め、自分にさほど関心のない両親のおかげか、彼は家から出る。

そこで黒い車が前に止まった。

「乗れ、墓まで連れてってやる。」

「・・・・ありがとうございます。えっと。」

「・・・・メデューザ。家に帰ったら忘れろ。」

 

見た目だけならばチンピラと言っていいほどなのに、どこかそれだけではない老いた空気も纏っていた。

車は綺麗なもので、ただ、何かジョルノはあまり嗅いだことのない匂いがあった。

車の中は無言で、そう長くない時間を過ごし、そうして小さな霊園に着いた。

 

「俺は待ってる。夜までには帰ってこい。」

「分かりました。」

「あと、ほれ。」

 

男はそう言って、白い花を差出してきた。名前も分からないそれをジョルノに渡した。

 

「・・・・どうして?」

「悼むには、花がいるんだ。行っておいで。」

 

最後のその言葉だけは、なんだかとても優しく聞こえた。

 

 

言われた墓の元に向かい、そうして、あああそこだと気づいて、ジョルノは立ち止まる。そこには喪服を纏った、おそらく女が立っていた。

 

誰だろうかと考える。

 

(あの人の、ご家族?奥さん?)

 

ジョルノは不思議に思いつつ、恐る恐る挨拶をした。

 

「あの、こんにちは。」

「・・・・こんにちは。」

 

長く、そうして厚いヴェールを被った女の様相はわからない。ただ、女にしては背が高く、そうして痩せていることだけがわかった。

声もくぐもっていた、どんな声か、ピンとこない。ただ、低い声だなと思った。

 

「あなたは、えっと。」

 

それに女は改めて墓を見た。

 

「私は、彼とは無関係です。強いて言うのなら、この墓を建てただけの。」

「・・・・家族じゃ、ないんですか?」

 

それに女はこくりと頷き、そうしてジョルノと目線を合わせるように屈み込んだ。

 

「私は、組織の者です。訳あって彼を弔うことになっただけの。それだけの人間です。」

「どうして、お墓を?」

 

それは言外に、あの、ジョルノの恩人が敗北して、それでも弔って貰えた事への純粋な疑問だった。言った後に、こんなことを聞いて良かったのかと悩んだが、女はすぐに返事をした。

 

「彼は、英雄だったから。」

それは言ってしまえば、ギャングの、どこかで野垂れ死んでも、誰も文句も哀れみもしないような存在を。

その女は、まるで絵本の中に出てくる騎士のように語った。

 

ジョルノは、ジョルノは、とても、世界というものを早々と理解してしまっていて。

だから、おとぎ話は存在しないと分かっていた。分かっていたけれど、自分よりもずっと大人の宣う英雄という単語がなんだかとても気に入った。

 

そうだろう、たしかに、あの日。

ただ一度、自分を助けたジョルノに彼は敬意を示してくれた。

 

英雄という単語には多くの意味があるのだろうか、ジョルノはそれが気に入った。

 

「あなたにとっても、英雄でしたか?」

「ええ。勇敢に、当たり前の善性を持ち、美しいままに死んでいきました。」

「美しい、まま。」

 

女は墓から視線をジョルノに向けた。

 

「今後、あなたの保護は私が行います。昔のような扱いを受けることはありません。そうして、これを。」

女はジョルノに、とある学校のパンフレットを渡した。

 

「これは?」

「・・・・寮付の学校の案内書です。そうして、これには特待生の制度があります。」

「特待生?」

「その基準に合格すれば、衣食住に困らず、親元から離れられます。」

 

それにジョルノは書類から視線を上げ、女の方を見た。女は静かにメモをジョルノに渡した。

 

「・・・私に出来るのは、手段の提示だけです。金銭を出すことや、直接的な手助けはあなたとこちらの関係を紐付けてしまうから。だから、私に出来るのは、ここまでです。」

「・・・いえ、あの人が死んでも助けを続けてくれるだけでありがたいです。」

 

ジョルノはあっさりと、とても大人びた台詞を出した。

彼にとって、そんな思考に至るのはとても簡単だった。それに、それに、女は一瞬動きを止め、そうして、泣き叫ぶように言った。

 

「どうして、あなたはそうなんですか!?」

 

その叫びにジョルノは驚いて体を震わせた。女は何か、溜まらないというように頬を手で覆い、そうしてジョルノの事を抱きしめた。

 

「何故、怒らないんですか!?どうして、嘆かないんですか!?」

 

何を言っているんだろうと思った。

それにジョルノは無意識に墓を見た。

 

仕方がないのだ。だって、あの人はそれでもギャングだったのだ。

人を殺し、誰かに殺されるいつかを覚悟をしている人だった。墓があるだけ上等なのだ。

 

あの人は負けた、だから、仕方がないのだ。

 

話した事なんて殆どなかったし、遠くで、ただ、そこにいて。

保護があるのなら、あの人がいなくなった今と、いた過去はそう変わる事なんてなくて。

ぼんやりと、女の骨のように固い体と、低い体温を感じながらそう思っていたとき、女は震える声で言った。

 

「大好きな人がいなくなったんです!なら、あなたは怒っていいし、泣いてもいいんです!どうして、どうして、あなたは。そんな、仕方がないって顔をするんですか!?」

 

それにジョルノは思わず言い返した。

 

「・・・・だって、あの人はギャングだった。」

「ええ、そうです!ギャングでした!ギャングで、けして、正しいことだけをしたわけではありませんでした!それでも、あなたを助けてくれたのでしょう!あなたに、誰かを信じることを教えてくれたんでしょう!それは、善なることだったはずだ!」

女はまるでため込んでいた何かを吐き出すように叫んだ。

 

「悪辣なる者であっても、自分に手を差し出してくれた、道しるべをくれた人を愛することのなにが間違いだと言うんですか?それを間違いというのなら、そんなもの、神だって赦しはしない!」

 

憎悪の言葉を叫ぶ、喪服を着た女は服が汚れることさえ厭わずに跪いてジョルノを抱きしめてくれた。

とても、優しい匂いがした。

 

昔、とても、昔、日本でそんな匂いを嗅いだ気がした。

 

(・・・夕暮れの、帰り道。)

 

家から、夕飯の匂いがして。それを嗅ぎながら帰った日々をふと思い出す。

とても不思議な気分で、けれど、不快ではなくて。

母にさえ、そんな風に抱きしめて貰ったことなんか無くて。

 

(・・・あ、初めてだ。)

 

茫然と思った。思って、墓を見た。嘆く女に抱きしめられながら、墓を見て。

あの人は自分に多くのことをしてくれたけれど、抱きしめてくれたことはなかったなと思い至る。

 

(・・・・抱きしめて欲しかった。)

 

ぽつりとそんなことを思った。ジョルノはそれに目を見開く。

だって、今までそんなことを考えた事なんてなかったはずだ。そんな風に、誰かに抱きしめて欲しいなんて思わなかったのに。

 

なのに、そんなことを思った瞬間に堰を切ったように、何かが溢れる。

 

どんな人だったんだろうか?

どんなものが好きだったんだろうか?

なんて名前だったんだろうか?

 

たった、たった、一度でもいいから。

 

抱きしめて欲しかったかな。

 

いつか、もしかしたら、そんな日が来やしないかなんて思った。そんな日を、目をそらしながら夢想して。

 

(でも、そっか。もう、来ないんだ。)

あの人は死んでしまったから。

 

喉の奥が熱い、頭の奥が鈍る、目が痛い。

 

「泣いていい、お願い、泣いて。」

ハルノ、今だけは、我慢しないで。

 

ぼたぼたと、その言葉に、瞳から温かなものが流れ出した。

 

「・・・・好きなものが、好きな映画とか、が何か、聞きたかったんです。」

「うん。」

「どんな人、か、もっと、話し、たかったん、です。」

「うん。」

「名前、知り、たかったん、です。」

「うん。」

「抱きしめて、ほし、かった。」

「うん。」

 

ジョルノはまるで獣の遠吠えのように叫んだ。

 

「死なないで、欲しかった!」

 

その言葉の後に、ジョルノはわんわんと泣き叫んだ。それを女はひたすら抱きしめて、そうして、幾度も謝罪の言葉を口にした。

その意味がジョルノには分からなかった。

 

 

「・・・・もう、いいんですか?今日以外にここに来ることは。」

「いいんです。もう、祈れました。」

 

ジョルノは貰った花束を墓の前に置いた。そうして、自分と同じように泣いたのか、少しだけ掠れた声を出す女を前にジョルノはじっとそれを見た。

 

散々に泣いても、何か、羞恥心だとかそう言ったものは感じなかった。その、固く、体温の低い人から離れがたいと思う心さえあった。

 

(初めて、自分を。)

いいや、もしかしたら、母も幼い頃は自分のことを抱きしめてくれたこともあったかも知れないけれど。

それとはまったく違う感覚だった。

 

(優しい、匂い。)

 

ジョルノはもう一度、一瞬だけ、その人が自分のことを抱きしめてくれやしないかと考える。

考えて、そうして、首を振った。ずっと、その人の側にいたいという思いは嘘ではないけれど、だめだと思った。

自分のしたいことのために、それは望むべきではないと。

 

「もう、行きます。ありがとうございました。」

「・・・・ハルノ。」

「はい。」

「彼を殺した女の名は、ポルポと、いいます。とある組織の幹部です。」

「何故、それを教えてくれるんですか?」

 

それは純粋な疑問だった。それに女は少しだけ動きを止め、ヴェールの下で哀しそうに微笑んだ気がして。

 

「・・・・あなたには権利がある。愛しい者を殺された、大事だったものを損なわれた。なら、あなたには剣を取る権利がある。その代価がどんなものか、誰にも分かりはしないけれど。何よりも。」

怒りや悲しみが時として、何よりも生きる力になることもあるのでしょう。

 

女はそう言った後、ジョルノに言い聞かせるように言った。

 

「・・・彼女を慕う人は多い。ですが、覚えておいて。あの女は卑怯で、他人に己を善良に見せるのが上手いだけ。いつか、あの女に会えたとしても、けして信じてはいけません。彼女はあなたの敵なのです。仇、なのです。」

忘れてはいけません。

 

女がそうジョルノに語りかけた。

 

ポルポ。

ジョルノはその名前を、悼む心に塩を塗り込むような感覚で、刻み込む。

 

「ありがとうございます。」

「・・・・いいえ、そんなことを言われる資格なんて、私はとっくに亡くしてしまった。だから、礼なんて言われることは無いのです。」

 

ジョルノはそのまま女に背を向けてその場を去ろうとした、去ろうとして。

 

ジョルノは女に振り返った。

 

「あの、あなたの名前を教えてくれませんか?」

 

それに女が確実に戸惑うのが分かった。けれど、ジョルノは後悔したくないと言葉を続ける。

 

「あの人の名前は、結局分からなかったから。」

 

それに女は少しだけ考え込むような仕草をした後、静かに告げた。

 

「とても似合っていますね。」

 

心のままに告げれば、女はなにも答えない。きっと、そのヴェールの下で苦笑いをしているんだと思えた。

 

「ありがとう、ぼくは、シオバナハルノ、だけど。発音できないから今度、改名するんだ。ぼくの名前はジョルノ・ジョバァーナ。また、会える?」

 

それに女はゆっくりと首を振った。

 

「いいえ、もう、二度と。私とは会えません。ですが、それがいいんです。それが、正しいのです。」

「そう、わかった。」

 

不思議と哀しいとは思わなかった。ただ、しかたがないことで、そうして感謝をしていた。

お別れが出来たのとわかったから。

ジョルノがそれに立ち去ろうとしたとき、女は後ろから声をかけた。

 

「ジョルノ!」

「はい?」

「・・・・きっと、あなたの夢は、黄金の風に吹かれることでしょう。」

それを覚えていて。

 

優しい声を聞きながら、ジョルノはそのまま早足で霊園を出た。

 

それっきり。

ジョルノは以前と変わらない、養父は自分のことを殴らなかったし、いじめっ子は自分に気を遣っていた。

女に教えて貰った寮付の学校には無事に入学できた。

そうして、彼は、自分の夢のために動き始めたのだ。

 

「・・・ああ、カラマーロの姐さん。ポルポに取り次ぎを。」

 

電話をしているブチャラティの姿にジョルノはじっと己の手を見た。

 

人は、多かれ少なかれ、誰かに借りをしているものだ。

それが善意なのか、悪意なのか、わかりはしないけれど。

 

(ああ、そうか。)

 

夢の始まりの前に、自分は、借りを返さなくてはいけないのだ。

それを静かに理解した。

 

 

 

 

 

「・・・・運命の時だ。」

 

ブチャラティからの連絡に、ポルポはじっと床を見つめる。上から振ってくる相棒の言葉にポルポは顔を見上げ、そうして、下手くそな笑顔を浮かべた。

 

「・・・・ねえ、ブラックサバス。」

「ああ。」

「あなたは、死ぬのは怖い?」

 

スタンドに何を、と思うだろう。けれど、ポルポにとっては違う。それは、彼女の半身だった。魂の、たった一人、命を預け、自分の恐怖も、愛も、罪も、報いも知ってくれている。

唯一、地獄の道連れであることを赦せる存在。

その言葉にブラックサバスはいつも通り、くすくすと笑い、ポルポの髪を梳るように撫でた。

 

「お前と共にならば、どこにだって向かうだけだ。」

「ありがとう。」

ポルポは幾度も、ありがとうとささやき、そうして、啜り泣くように顔を伏せた。

 

 





康一君は、ポルポが承太郎さんに釘を刺したのでイタリアには来てないかな?
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