ほとんどオリキャラの過去話になります。
もしも、悪魔というものがあるのなら人はきっと、絶対的な美貌の人を思い浮かべるだろう。ならば、天使はどうだろうか。きっと、多くの人が美しい存在を思い浮かべるのだろう。
けれど、神様はどうだろうか。
きっと、神様だって完璧な人を思い浮かべるかもしれない。
けれど、彼女は神様は、案外普通なのかもしれないと思っている。普通で、どこにでもいそうで。
当たり前のように、どこかにいる様な姿をしているんじゃないかとそう、思っている。
何故なら、あの日、彼女に手を差し出した神様は、人目を引くところなんてない、ただ朝焼けのような瞳だけが印象的な姿をしていたからだ。
その少女の人生は、お世辞にも幸福なんてものとは関係のないものだった。
とある大きなギャングの家に生まれはしたが、お世辞にも優遇されているという立場ではなかった。
彼女は母親と父親が一時的な関係としている時に偶然出来た子だった。捨てられてもおかしくはなかったが、幸いな事なのか少女はひどく美しい顔立ちをしていた。
おそらく、父親はそれが政略結婚にでも利用できると思ったのだろう、少女を引き取った。母親がどうなったか、少女は知らない。
どうだっていいことだ。
そう思わせる様な生活だった。
誰も、彼女を見なかった。誰も、彼女の名前を呼ばなかった。誰も、彼女という存在を気にしなかった。
別に、それでよかった。
そんなことだって気にしなかった。
ここで力を付けて、そうしていつかあんなやつらを見返すんだ。いつか、無視できないような存在になるんだ。
そう思って、少女は笑っていた。
砂のように感じる食事を食べて、彼女は生きていた。
「おい!もう一人の娘がいたぞ!」
隠れていた自室のクローゼットの中から引きずり出された少女の前には、見るからに荒んだ雰囲気の男達がいた。
(・・・・あの男、しくじったんだ!)
まだ年若いとはいえ、少女は下手すれば跡取りの長子よりもずっと家の現状を知っていた。それも少女の弛まぬ努力のたまものであるのだが。
今は、その理解が酷く怨めしい。
少女の親が属している組織に敵対する存在が現れたらしい。そこで、彼女の親がその調査を任されていたとは聞いていた。
(あの新しい、パッショーネってとこのボスは正体を嗅ぎまわられるの大嫌いだから気を付けろって言われてたのに!)
少女は、抵抗するものの明らかに腕力で勝てることはない。
手を後ろ手で掴まれ、組みふされた。じたばたと抵抗する少女の上で、身勝手な男たちの会話がした。
「おい、こいつどうするんだ?」
「見せしめに殺すんだろ。」
「・・・・ただで殺すのは惜しいな。」
その言葉で、少女は自分の身に起こることがすぐに察せられた。少女は叫んだ。
「くそ!放せ!下種ども!!」
「おい、あばれ・・・・・」
「お前らの好きになんかなるもんか!こんな所で、死ぬものか!!私には、夢があるんだ。私には、夢が・・・・・」
「うるせえ!!」
ダンと地面に叩きつけられた。悔しさと痛みで涙がにじんだ。
上で男たちの哄笑が聞こえる。
ああ、煩い。黙れ。その鬱陶しい声を止めろ。
そう思って、彼女に抵抗する力などない。
己の無力さを噛みしめた。幾度も、頭の中で罵倒を繰り返した。
けれど、彼女はどこまでも無力で。
己の服に手がかけられたことに歯を噛みしめた瞬間、ひどく柔らかな声がした。
「何をなさっているんですか?」
男たちは突然の闖入者に視線を向けた。
その声に少女も顔だけを何とか向けた。声がしたのは、少女の自室の出入り口であり、そこには一人の女が立っていた。
少女よりも少しだけ年かさらしい女は、正直な話をすれば一瞬男か女か分からなかった、ゆったりとした態度で部屋の中を見ていた。
真っ黒なスーツに、黒い手袋を体の前で組んでいた。やけに白い肌と黒髪のせいか、それぞれの色の互いに反発し合うような様はっきりと見えた。
ただ、その女の瞳に嵌ったルビーのような瞳だけが、はっきりとした色として存在していた。
「おい、あいつポルポだぜ。」
「ああ、ボスの気に入りのだろ?」
「気に入りって、ボスの女なのか?」
「おいおい、あんな貧相な奴がありえねえだろ。」
「あいつ、不思議な力が使えるって話だぜ。今日、ここに入るのもあいつが手引きしたって話だしよ。」
上でこそこそと男たちがそんなことをしているのが聞こえた。その間に、ポルポと呼ばれた女がつかつかと歩み寄って来る。
「・・・・そんなことをしている暇はないはずですが。」
「はあ、じゃあ、あんたが俺らの相手をしてくれるのか?」
「はっ!そんな鶏ガラ相手にする気になんねーぜ!」
ゲラゲラと笑う声が響く中、女はうっすらと微笑んだ。そうして、おもむろに少女を指さした。
「・・・・彼女は私が処理します。」
「・・・・はあ?」
一気に冷たくなる雰囲気を前に、女はうっすらと微笑みを浮かべた。
「聞こえませんでした?これは、命令です。」
それに男の一人が立ち上がる。
「ポルポさんよお。確かに、今回のことはあんたにも協力してもらった。だがなあ、俺らに命令できんのは上の人間だけなんだよ。てめえにそんな権利ねえだろうが!!」
一気に響いた怒鳴り声に女は、薄く笑みを湛えたままだった。
「・・・残念ながらありますよ。ボスから、そういった権限を与えられています。」
ボス、その一言でやけに辺りが静まり返った。男たちはざわざわと騒ぎ出す。
「おい、ボスって。」
「はったりだろ。」
「いや、はったりでボスの名前を出すなんて。」
「てめえ、その言葉は確かか。嘘なら、死んだって知らねえぞ。」
「・・・・もしも、私の言葉に嘘があると思うならけっこうです。報告するなりすれば、私に処分が下されるでしょう。」
少女は目を見開いた。現状が、いったいどういう状態なのか、詳しいことはわからない。ただ分かることは一つ。
目の前の存在は、何故か、自分のために命を掛けようとしていることだけだ。
「ただ。あなた方は分かっていないのやもしれませんが。」
その瞬間、ざーと、部屋の窓をカーテンが覆った。
「な!」
「なんだ!?」
ぎー、バタン!!!
次に扉がひとりでに閉まった。部屋の中は、薄闇に包まれた。薄闇の中で、女だけがはっきりと、やけに堂々と佇んでいる。
男達が動揺で辺りをきょろきょろと眺める中、少女だけが暗闇に佇む女を見ていた。
女は、静かに、薄く微笑んでいた。
その瞳は、まるで大丈夫だと少女に言っているようだった。
その時、少女を押さえつけていた男が仰け反り、絶叫を発した。
男たちは、それに悲鳴を上げる。女はそれを眺めながら、淡々と言い放つ。
「私が命を懸けるなら、それと同時に、あなたたちも命を懸けねばならぬのだと、ちゃんとわかっているのですか?」
柔らかな声と同時に、男の絶叫が更に響き渡る。それと同時に、男たちが恐怖に支配されて部屋から逃げ出していく。
残ったのは、ポルポと少女だけだった。
ポルポは、ふらふらと少女に近寄った。少女は、目の前の存在がどのようなものなのか分からずに体を強張らせた。
そうして、ポルポは崩れ落ちる様に少女の前に跪いた。
よくよく見れば、幽鬼のように顔色の悪い女だった。その、憐れみさえも誘う様子に少女は少しだけ相手への警戒心を解いた。
「・・・・・私が、あなたに取らせてあげる選択肢は、多くありません。」
固まった少女に女は言った。
少女は己が何を言われているのか分からずに黙り込んだままだ。
ポルポは、明らかに息も荒く、脂汗を流して、顔を下に向けて少女に言った。
「逃がしてあげたいと、思います。ですが、私の権限ではそれは出来ない。ただ、あなたを生かすことが叶う選択肢が一つ、あります。」
「それは何!?」
少女は食いつく様に女へ叫んだ。ポルポは、胡乱な、静かな瞳で少女を見つめた。暗闇の中で、身を寄せ合うようにポルポと少女は向かい合った。
「・・・・良い選択肢であるとは、けして言えない。」
「それでもいいわ!私、死にたくないの、生きたいの!」
殴られたせいで腫れあがった痛々しい顔に、少女は決意ににじんだ瞳をしていた。歯を噛みしめて、叫んだ。
だって、嫌なのだ。こんな所で終わりたくないのだ。
目の前の女が、何を思って自分を生かそうとしているのか分からない。けれど、今、自分の前にはチャンスがある。
先に行ける可能性がある。
ならば、それにかけなくてはならない。そうでなければ、あんまりにも自分が惨めすぎるじゃないか。
だから、少女は叫んだ。
奮い立たせるように、願うように、祈る様に。
ただ、叫んだ。
「私には、夢がある!絶対に生きて、それで誰にも無視できないようになる!私を可哀そうだって思ってた奴らを見返すの!私、まだ何も掴んでない!」
空っぽのまま死ぬのは嫌!
ポルポは、それをまるで眩しいものを見るかのように目を細めた。
「生きたとしても、私の部下になるぐらいしか道はありませんよ。それでも?」
「死んだらおしまいだわ!もしも、死ぬとしても、こんな惨めなままで死にたくない!」
「・・・あなたには、試験を受けてもらう。もしも、受かることが出来れば、あなたは私たちの組織に迎えられる。」
「受けるわ。」
間髪入れない言葉に、ポルポは静かに言った。
「君には、覚悟があるかい?試験に落ちれば、死ぬことになる。」
それに少女は一瞬怖気づく。それを見ていたポルポは、確かめるように言った。
「・・・・覚悟を持ちなさい。」
「え?」
「覚悟が決まっていれば、少なくとも進み続けることが叶うから。例え、怖くても、苦しくても、悲しくても。それでも、どんなに倒れそうになったって、踏みとどまることができるから。君の願いは、それがなければひどく苦しいよ。」
それに少女は目を見開いた。そうして、拳を握りしめた。
(・・・・そうだ、覚悟を、持たないと。)
成りあがりたいと願いはしても、そのために自分は多くのことへの覚悟を持たなければいけない。
誰かを害すること、何かをなすことを、己のことさえ差し出すこと。
進み続けること。
「少しでも可能性があるなら、私はそれにかけるだけよ!」
叩きつけるような強い物言いに、ポルポはどこか悲しそうに微笑んだ。
そうして、そっと少女に手を伸ばす。
「ごめんね。私は君を地獄に落とすけど。でも、もしももう一度会えたなら、一緒に地獄を生きて行こう。」
柔らかな声と共に、自分の頬に手が触れた。
意識が落ちる瞬間に、ふと、思う。
ああ、そんなにも優しく己に触れた人なんて今までいたことがあるだろうか。
ざら。
少女、カラマーロは己の手の中で一部が砂になった新聞紙を見つめた。
(・・・・そう言えば、あの人との出会いはそんな感じだったっけ?)
カラマーロは、目の前のトゥモロウズ・ドリームを見た。
体中をベールで覆った、黒髪の女の姿をしていた。彼女は、ひどく寡黙で、声を発したことは少なくともカラマーロが知っているうえではなかった。
あの後、目を覚ましたカラマーロを出迎えたのは知らない天井だった。そうして、自分がポルポの保護下におかれ、そうしてスタンド能力を発現したことが分かった。
(・・・・触れたものが砂になる能力。なんだっけ、なんかの昔話か、神話だっけ。そんな話があったわね。)
その話の中では、確か欲張りな王が触れるものすべてを金にする力を得たはずだが。
己の能力は、それ以下といえるかもしれない。
(・・・・・あの人は、すごいって言ってたけど。)
その時、彼女がいたリビングの扉が開いた。そうして、扉の先からお世辞にも整えた服装とは言えない格好のポルポが出て来た。
「・・・・ポルポ!あなた、またパジャマで出てきて!もうお昼よ!ご飯は?」
「うーん。ごめんよお、昨日はちょっと面倒な事案が重なって。」
大きく欠伸をしてポルポはよろよろと歩いてくる。カラマーロはため息を吐いてキッチンに行き、牛乳をコップに注いだ。それを受け取ったポルポは一気に飲み干して、ありがとうと疲労の濃い顔に笑みを浮かべた。
「ご飯は、自室にあった栄養補助食品を・・・・」
「もう、そんなんじゃ食事なんて言えないわ!」
「君は?ご飯、作り置きを残しておいただろう?」
「私の心配はいいの!」
ぴしゃりとそう言えば、ポルポは困ったように微笑んだ。
カラマーロが現在住んでいるのは、ポルポの自宅兼アジトだ。カラマーロの実家はすでに解体され、家族も全員が死亡してる。
そんな記事を新聞の隅で見つけた時は、ふーんという感想しか思い浮かばなかったが。
そのせいで、カラマーロは所謂無一文になってしまったわけだ。
ポルポの家は、幸いな事なのか部屋が空いていたせいでカラマーロはそこに転がり込むこととなった。
ポルポの自宅は、基本的に薄暗い。それは、彼女のスタンドを見ればすぐに理解できた。
自宅は、ポルポにとって絶対的な監獄なのだろう。事実、そこまで広くない自宅に何かが忍び込んだということはない。
ポルポのスタンドは、聞くところによればそこまで遠い場所は無理だが少しの距離ならば本体と離れることは出来るそうだ。
共に住むようになってすぐわかったことだが、ポルポは基本的にだらしない。部屋の中は、ゴミはないものの物が乱雑に置かれていたし、あまり小まめに掃除をするタイプではないようだった。
ただ、カラマーロが住むようになってから家の中はみるみる片付いたし、おまけにポルポは料理までするようになった。
料理の腕は、はっきり言って普通だった。レシピに忠実な、まあ食べられる旨いといえるものだった。
ただ、片付いているのはカラマーロとの共同スペースだけだし、食事だってカラマーロが食べるものだけしか作らない。
不思議に思ったカラマーロがポルポに何故かを問うても、彼女は心の底から不思議そうな顔をする。
「そりゃあ、あなたがいるからです。」
それにカラマーロが困惑した顔をしたが、ポルポもまた不思議そうな顔で首を傾げていた。
(・・・・変な人。)
カラマーロは眠たそうに瞼を擦る己の上司を見た。
カラマーロからみて、ポルポは本当に不思議な人だった。
まず、カラマーロの生活費は基本的にポルポの自腹になる。これは、ポルポの属している部門というのか所属の特殊性のためだ。
ポルポの部署は、彼女が所属する様になってから作られたものであるらしく、彼女以外への報酬のシステムが出来ていないそうだ。
そのため、自動的にポルポの貰った報酬からカラマーロの分が支払われている。
己の取り分を削ってまで、ポルポはカラマーロを雇っている。
「・・・・そう言えばさ。」
カラマーロは恐る恐る口を開いた。ポルポは、ん?と視線をこちらに向けた。
その瞳は、部下に向けるものとしては甘ったるくて、同い年ほどの美しい女に向けるものとしては穏やかで、そうして、知らないものがある。
その瞳を見ると、心の奥底がむずむずする。その瞳から目を逸らしたくなる。
「その、力の制御を覚えろって言ったでしょ?」
「ああ、言ってたけど。」
「・・・これ。」
カラマーロは台所に置いてあったコップをおもむろに取った
そうして、彼女の後ろに全体をベールで覆った黒髪の女が立つ。それと同時に、持っていたコップの上半分だけが砂になった。
コップと床に広がった砂を見て、カラマーロは淡々と言った。
「・・・・・その、一応、触れた物全体ってわけじゃなくて、砂にする部分を指定できるようになったから。」
カラマーロの力は、単純であるがゆえに応用できそうであった。ただ、トゥモロウズ・ドリームはどこまで砂にするかを指定できなかった。というよりも、制御が出来ていなかったのだ。
一度、壁を砂にしてしまい、リビングの壁がぶち抜かれてしまったこともあった。
カラマーロは、そこで己が部屋に砂を撒き散らしたことに気づいた。
(・・・・はしゃいでしまった!)
カラマーロは脳内に幼いころのことが頭に浮かぶ。彼女は慌てて掃除は自分がするといいかけたが、それよりも前にポルポの声がした。
「・・・・・すごいじゃないか!」
目の前にあるのは、きらきらとした、朝焼けの瞳。
ポルポは、ぎゅーっと自分のことを抱きしめた。
「さすがはカラマーロ。君は本当に優秀だな!」
その声は、裏なんて存在しないような、純粋な声音だった。
抱きしめた体を離して、自分よりも高い目線が自分を見下ろした。淡く微笑んだそれは、カラマーロが昔、どこかで見た親が子に向ける笑みに似ていた。
それを見て、カラマーロはいつだって思う。
きっと、神様は朝焼けのような赤い瞳をしているんだろうと。
カラマーロは、栄光を掴むためには成長が必要だと考えた。
それは、彼女がスタンドを得たことを成長だととらえたためだ。何かをなすためには、力がいる。力を付けていくことこそが成長で在り、前に進むことこそが成長だと言えた。
積み上げたものに嘘はないと、ポルポは言った。だから、そうなのだろうと思った。
ポルポは、目を覚ましたカラマーロに言ったのだ。
君の覚悟を称えよう。その覚悟があったからこそ君は、確かに未来に進んだのだと思うよ。私は、そう言ったものが欠けているから、憧れるよ。
そうだ、認められるにはいつだって理由がいる。その理由を得るために、人は成長するのだ。一歩でも前に進むために、覚悟という根を張り、上へと成長していくものなのだ。
カラマーロは、より一層に努力した。あの時誓った、覚悟を裏切らないために。
けれど、カラマーロは心の奥で、分かっていたのだ。
いや、本当は、それは本心であって本心ではない。
本当は、カラマーロは、どうしようもなくポルポの賞賛の言葉が好きだった。
だって、そんなにも、ただカラマーロの話を聞いてくれる人も、肯定してくれる人も、認めてくれる人も、誰だっていなかった。
ポルポは、いつだって、カラマーロに何かを与えてくれる。
住む家も、着る服も、食事だって、そうして言葉と温かい腕だってポルポはなんの戸惑いも無しに与えてくれる。
ポルポは、良いんだよと笑う。
カラマーロに、対価を望むことはなかった。
けれど、カラマーロはいつだって、スタンドの練習をしながらその対価を払う日が来ることを何となしに想像していた。
それが、どんな日だって、どんなことだってかまわなかった。
ポルポは、あの日、あの時、誰にもできなかった命を懸けてまでカラマーロを生かしたのだ。人にとって、最大のものを賭けて見せたのだ。
たった一人だけ、あの時、あの瞬間、絶望の果てにカラマーロに手を伸ばした。
それを、ポルポは地獄行きの切符を渡したに過ぎないと笑うけれど。
それでも、カラマーロは絶対的な自信を持って言える。
その手は、その切符は、確かに救いであったのだと。
もしかすれば、多くの人間はポルポのなしたことを責めるかもしれない。裏の世界に、少女を引きずり落としたのだというかもしれない。
ああ、ならば。ならばだ。
あの時、カラマーロは清いままに死んでしまえばよかったのだろうか。
煩い、煩い。
清いままに死ぬことができる環境で生きるものに、底で生きるものの気持ちなんて分からないだろう。
逃げ出すことも、抵抗することも出来ず、利用されることでしか生きることのできないものの気持ちなんて分かるものか。
ただ、輝かしく見えるだけの、本質が何かさえ分からぬ星に夢を吠えることしか誇りを保てぬものの気持ちなんて分からないだろう。
分からなくていいのだ。
分からなくていいから、訳知り顔で何かを語らないでほしい。
この、落ちることしか出来ぬ場所でも、あの日救われた、世界に一つだけ見上げたいと願う星を見つけた気持ちはカラマーロだけのものだ。
犯すことも、汚すことも、赦さない。
カラマーロは、何かを返したかった。
それが、どんなことでもよかった。もしも、それが命だって、カラマーロには悔いがなかった。
だって、その借りを返したその時、カラマーロはようやくポルポと対等になれるのだと信じていたから。
ポルポの夢を知りたかった。その夢を叶えることを手伝いたかった。
手を貸すというのは、対等になれて初めて叶うのだと、カラマーロはずっと思っていた。
きっと、カラマーロは、ポルポに出会わなければ知ることはなかっただろう。
誰かを愛し、夢を知り、未来を助けたいと願う気持ちを。
そうして、とある日、カラマーロはようやく借りを返すチャンスを掴んだ。
それは、カラマーロが任されている小さな地区の中で起こった麻薬取引に関しての情報だった。その主犯の正体を、彼女は協力者を得てようやくつかんだのだ。
褒めてもらえる!
ようやく、自分が拾われた意味を、対価を、返してやれる。
お前を拾ってよかったと、言ってもらえる。
急ぎ足に帰った先で、カラマーロは全ての期待を裏切られた。
「・・・・・君を、そんな意味で拾ったわけじゃない!」
漏れ出た拒絶の言葉に、カラマーロは固まった。
そうして、口から出たのは絶叫のような声。
「なら、どうして私を拾ったの!?何の意味も無く、私のことを拾ったっていうの!?そんな、そんなことで、どうして命をかけたのよ!」
絶叫のようなそれに、ポルポは顔を伏せて、額を覆った。
「生きたいと、夢があると、君が言ったから。」
それが、少しだけ、眩しくて。
その言葉に、カラマーロは、全てを悟った気がした。
この人は、死にたいのだと。未来なんてものを望んでいないのだと。
だって、生きたいという意思を、眩しいというなんてそれ以外の何であるのだというのだろうか。
ポルポの朝焼けの瞳に映る穏やかさとは、そこには日常があった、そこには優しさがあった、そこには平凡さがあった。
そうして、その穏やかさとは諦観でもあったのだ。
「だから、生きてほしかった。生きてくれれば、それでよかった。それだけで・・・・・」
(・・・・ああ、そうだったんだ。)
カラマーロは、全てを悟った気がした。
この人の与えるものは、無償であったのだと。
それに、ただ、絶望した。
だって、無償であるということは、神様の愛なのだ。
それを受け取るのはカラマーロでなくてもいい。ポルポが何かを与えるのに、理由なんていらないのだ。その愛は、ただ、誰だっていい。カラマーロである理由なんてない。
カラマーロにとって、ポルポとは、あの日神様になってしまった。
それでもよかった。けれど、いつかは神様であることを止めてほしかった。
カラマーロは、ポルポと一緒にいきたかった。
ふざけてみたかった、ショッピングをしたかった、好きな俳優の話で盛り上がりたかった、恋の話をしてみたかった。
ああ、けれど、駄目だ。
きっと、もうそれは叶わない。
だって、カラマーロの神様は、神様のままでしかいてくれない。
何も望んではくれない。与えるだけの、残酷な、ひどい神様。
対等でいることの叶わない、優しく、綺麗な、清らな神様。
カラマーロは、その時、泣いた。
与えられてばかりの、弱い己が悔しくて。何も望んではくれない、生きようとはしてくれない艦所の神様を思って。
ただ、泣いた。
ポルポは、それに困り果てたような顔をして、どうしたの、と聞くだけだった。
「おい、カラマーロ。」
その言葉で、カラマーロは深く沈んだ意識から浮かび上がった。そこには、己の顔を覗き込むプロシュートの顔があった。
「ああ、何よ。」
「何よじゃねえよ。あんたこそ大丈夫か。体調が悪いかなんぞ人に言えた義理かよ。気分が悪いなら送っていくぞ。」
カラマーロはそれに額に手を当てて首を振った。
「大丈夫よ。ただ、深酒しすぎただけだから。」
「・・・それならいいが。」
カラマーロが視線を向けると、もう食事会はお開きになったのかホクホク顔で綺麗になった食器を片づけるポルポと、それを手伝うリゾットの姿があった。
たらふく食べた後だというのに、すでに次回の食事会のリクエストをしているのだから、この男の胃袋はどうなっているのか。
「・・・・あいつもよく食うわねえ。」
「あいつ、未だに身長伸びてるらしいぞ。」
「どんだけ続くのよ、成長期。」
「そういやよ、結局残った飯どうするんだ?持って帰るか?」
「どうせならアジトの冷蔵庫に放り込んでおけば?食費が浮くってソルベが食べるんじゃないの?」
「アジトに入れとくとすぐになくなるからな。それがいいか。」
「さすがに男数人がいると、食べるわねえ。」
そう言った後に、ふと、カラマーロがプロシュートに聞いた。
「そう言えば、ホルマジオは元気?」
プロシュートの顔が苦いものに変わる。
「どうしたの?」
「・・・・・いや。あんた、やけにホルマジオに懐いてるよな。」
「そうねえ。まあ、私が甘ちゃんの頃にあの男には世話になってんのよ。」
カラマーロははてりと首を傾げた。プロシュートは、何故かカラマーロがホルマジオを気遣う様な調子を見せると心の底から複雑そうな顔をする。
それが何故かを考えている時、頭の上から声がした。
「カラマーロ。」
上を向けば、朝焼けの瞳をした神様がいた。
カラマーロは、それに微笑み返す。他愛も無い話をしている中、カラマーロは考える。
いつか、この人を自分が殺してやろうと。
カラマーロは、プロシュートにも、ホルマジオにも、そうしてリゾットに感謝していた。
彼らと出会ってから、ポルポは、少しだけ息をするのが楽そうだったから。そうして、明日を語ることが少しだけ多くなったから。
自分と彼らの違いが何なのか、カラマーロには分からない。ただ。別にどうだっていいのだ。ポルポの在り方を受け入れたのは、自分だけだと思っているから。
カラマーロは、ポルポを殺す日を願っている。夢見ている。
ポルポの唯一望んだ死を贈ることが出来たなら、自分は漸くポルポと対等になれるのだから。
それを思うと、心が痛くて、涙が出て、苦しくて、死んでしまいそうなほどに辛いけど。
それでも、ようやく自分はポルポに与えてやれる。あの日、貰ったものをようやく返すことができるから。
だから、その痛みを、カラマーロは無視する。
己の気持ちなんて無視して、その日が来ることを願っている。
(・・・・ポルポの体を砂にしたら、どうなるのかしら。)
きっと、白い、砂浜にある様な、骨を砕いたかのような真っ白な色をしているのだろう。
食事会のことを思い出して、ポルポは幸せな気分に浸りながらパソコンを開くとメールが一つだけ届いていた。
その宛先に、ポルポは今回爆発したストレスの原因の名前を見つける。
嫌々ながら、メールを開いた。
行ける日が決まりました。待ち合わせはいつもの場所で。
宛先に書かれたドッピオという名前に、ポルポは憂鬱そうにため息を吐いた。
本当は五千ぐらいにする気だったんですが、思った以上に厚くなってしまいました。
ふ、深みがあると思えば、ね?
すいません。
ちなみに、カラマーロのスタンドはブラック・サバスの曲名になります。