蛸の見た夢   作:藤猫

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ボスとドッピオと、誰かと重なってしまう人。


置いてきぼりの憧憬

 

 

 

ポルポは、自分の服装を確認した。

白いワンピースに、薄い水色の上着。

どこからどう見ても、余所行きの装いをした女に見えるはずだ。

周りを見回せば、そこそこ人でにぎわっているカフェに、ポルポはいた。

そうして、心もとない服装を撫でてため息を吐いた。

 

(・・・・慣れないなあ、こういう服装。)

 

ポルポは基本的に通常、スーツを着ている。何故かと言われれば、一番に無難な服装であるからだ。何よりも、いちいちコーディネイトを考える面倒が少ないというのが一番に良い。

ポルポは、腕時計をチラリと見た。

 

(・・・・そろそろ時間、だけど。)

 

その時、自分の隣りに誰かが歩み寄って来るのを感じた。

足音の方に視線を移すと、まず目に入ったのは大きな、真っ赤なバラの花束。それは、ポルポに差し出された。

 

「・・・・あー、ドッピオさん。」

「お久しぶりです!ポルポ、その、これ君にあげたくて。」

 

ポルポは、顔色のわるいそれに苦笑を浮かべて、その花束を受け取った。

ドッピオを見れば、そわそわと体を揺らしてポルポを見ていた。

それに、ポルポはひどく困った気分になりながら、それでも淡く笑って返事をした。

 

「ありがとうございます。とても綺麗ですね。」

「喜んで、貰えましたか?」

「はい。花を贈ってくれるなんてドッピオさんぐらいですし。」

 

そう言えば、ドッピオは不安そうにしていた顔をぱああと輝かせた。

 

「それならよかったです!」

 

その顔に、ポルポはほとほと困ったような気分になる。

目の前の存在は、すぐに己を殺すことだってできるのに。きっと、自分にとっての味方とは嘘でも言えないのに。

それでも、その純朴な表情を見ていると、どうしても親しみを持ってしまう己がいた。

そうだ、だから、あの日だって恐れよりも安堵した。この、気弱な方と話せてよかったと。

 

 

 

 

「あの、ここのドルチェ、どうですか?」

 

向かいあい、それぞれでカフェに頼んだ品物を前にしていた時のことだった。

確かに、わざわざ移動してまでやってきたカフェのドルチェは絶品だった。気疲れしている実感はあるものの、目の前の食事に罪があるわけでもない。

ポルポは、それに淡く微笑んだ。

 

「ええ、とてもおいしいです。ドッピオさんが店を選ばれたんですか?」

「え、ええと。そうです。前、あんまり量は食べられないって聞いたので、こういうのなら手軽に食べられるかなって。」

「ふふふふ、ありがとうございます。」

 

ドッピオさんは、優しいですね。

 

そういうと、ドッピオは目を見開いて、顔を伏せた。そうして、体を揺すってそんなことないですよと囁いた。

ポルポは、そうでしょうかと言いながら、不思議な気分で顔を伏せた青年を見た。

目の前の存在は、確かにボスと、ディアボロという自分の地獄の元凶と地続きで。こうやって会うのだってあまり好きではないけれど。

それでも、ポルポは目の前の純朴そうな青年のことが結構好きであったのだ。

 

 

不思議な人だと思った。

それが、ドッピオに取ってのポルポの最初の印象だった。

最初、ドッピオが女に会ったのは、矢からの試練に合格し、病院のベッドで目覚めた時だった。

ドッピオのボスは、彼女の存在を扱いかねていた。

それも簡単な話で、彼が必要としていたスタンド使いを作り出す矢は、彼女のスタンドの中にある為だった。

現れたスタンドがマントを翻すと同時に出来た影の中に、矢が沈んだのだ。

目を覚まし、スタンドを使わせたところ影の中に潜ることは出来る様だったが、ポルポ自身矢が自分の中にある自覚さえないようだった。

ただ、彼女のスタンド、ブラック・サバスには取り出した精神体に触れることでスタンド能力を発現させる能力があった。

この力によって死んだ者は、不思議と安らかな顔で目を閉じていた。

拷問することや殺すことも考えたが、それで矢がどうなるか分からない。スタンドは精神の力だ。ポルポの精神状態に下手な揺らぎを出すのは避けたかった。

出来るなら、リスクを冒したくないと考えたボスは女を組織に引き入れた。

それを、ドッピオがどう思うなんてことはない。ボスが決めたのだから、それ以上でも以下でもない。

ただ、強いて言うならば、その女はドッピオが見てきた存在とは誰とも違った。

ギャングのことも、スタンドのことも、驚きはしても女はずっと、騒ぐことも無く困り果てた様な顔をするだけで。

その表情が、ひどく、普通だなあと思った。

それだけを、その時覚えている。

 

 

そうして、次にまた、女のことで困ったことがあった。

ポルポがあまりにも、無欲であることだった。

ボスは、出来れば女の気が引ける、有利な条件というものを知りたがった。ある程度の金を相手に持たせれば欲望の先が分かると思ったが。

ポルポは金を使わなかった。

仕事をひたすらするものの、貰った報酬は生活費に充てるぐらいで下手な浪費というものも無い。

その生活費も、一般的な額の範囲でしかなかった。

ボスは困った。

確かに、無欲な事は良い。下手な欲望を持ち、反抗されても困る。ただ、無欲が過ぎれば己の元に留まる理由も無くなるのだ。

他の部下を使って焚きつける方法も考えたが、元々一般人の、おまけに女が新しい部署を任されていることを不審に思っている者も多かったせいか、ポルポは最低限の付き合いしかしていない。

いくら、待てども暮らせど、貯まっていくのはポルポの資産だけだ。

そうして、とうとうボスはとある選択をした。

ドッピオに、女がどういった人物かを探らせることにしたのだ。

もちろん、ボスの命令に逆らう理由もない。ドッピオは、女から情報を聞き出そうと気合を入れていた。

そうして会った女というのが、なんとも話を聞きにくかった。

最初は、ポルポがどんな様子かを聞きたいという話で呼びだした。一応は、一般人から特殊な事情でギャングになった身だ。スタンドのことも含めて直接話を聞くということだった。女は、最初にドッピオが会った時に比べて明らかに痩せていた。

以前も、痩せている方であったが明らかに今は痩せすぎている。おまけに顔色も悪く、今にも倒れてしまいそうだった。

 

「・・・・あの、食事は?」

「・・・・ああ。はい、この頃忙しくて。」

 

ポルポはそう言って苦笑じみた、ぎこちないそれを浮かべた。

思わず、ドッピオは女のことが心配になる。少なくとも、今の所、女には生きてもらわなければならないのだから。

 

「あの、話の前に、何か食べますか?」

「・・・・いえ、その、食べたら吐きそうなので。何か、飲むものだけいただきます。」

「あ、ああ。分かりました。」

 

ドッピオは、戸惑いを覚えた。その女は、少なくとも、こんなふうに向き合って食事をするほどの存在には、こんな存在はいなかった。

頼んだものは、炭酸だった。

さっぱりしたものが飲みたかったらしい。

それに、ドッピオは妙な懐かしさを覚えたけれど、関係ないかと無視をした。

 

 

ドッピオとポルポの会話はお世辞にも弾んでいるとはいいがたいものだった。なんといっても、ポルポの話がなさすぎる。

好きなものは聞けば、特にない。食事に興味がある節も無い。好みの異性も、悩んだ末に優しい人という始末。服装を見れば、シンプルなものを好んでいるようだがブランドのようなものに興味はなさそうだった。

 

「・・・・えー。じゃあ、どこかバカンスとかは?」

「さあ。特に、行きたいところも。」

 

それにドッピオは降参を叫びたくなった。ここで、ドッピオを舐めているだとかならばまだ救いようがあるのだが。

目の前の存在は、悪い顔色をさらに悪くして体を強張らせている。相手も心の底から申し訳なさそうな顔をしている。

目の前の存在は、本当にそれへの答えを持っていないのだろう。

 

(ああ!どうすればいいんですか、ボス!)

 

ここでもっと女慣れした男であれば、彼女からあっさり話を聞けたかもしれない。

悩むドッピオに、ふと、思い立ったようにポルポが言った。

 

「・・・・あの。」

「はい?」

「ドッピオさんなら、どこに行きたいですか?」

「え?」

 

ドッピオの言葉に、ポルポは怯えた様に体を縮こませた。

 

「す、すいません。あの、何か、他の人の話を聞けば、思い浮かぶこともあるかと思って。不快であったなら、すいません。」

 

おどおどした態度のポルポに対して、ドッピオは固まった。そうだ、何故か、彼は驚いて固まっている。

そうだ、何故か、ドッピオは女の言葉に驚いていた。ひどく、驚いてしまった。

自分でなぜそんなにも驚いているのかを考えていると、どこからか、電話の音が聞こえて来た。

ドッピオはそれに慌てて電話を取る。

 

「もしもし、ボス!」

(・・・・ドッピオか。どうだ、話は順調か?)

「・・・・すいません。順調とはいいがたいです。」

(ふむ、ポルポの様子はどうだ?)

「思いつかないから俺の、その、話を聞きたいって。」

(お前の?)

「僕の、好みとかを例えとして聞きたいと言っています。」

 

電話の奥から伝わって来る沈黙に、ドッピオは少しどきどきしてしまう。これで、下手をすればポルポの行き先が決まるのだ。

 

(・・・・・構わん。任務に関係することは無理だが。日常会話などは許可しよう。)

 

そうして電話は切られた。

ドッピオは、困惑した表情のままポルポに向き直った。

 

「・・・・えっと。僕の、話ですよね?」

 

それに、ポルポは一瞬だけ驚いたような顔をした後に、はいと微かに頷いた。

 

 

結論から言えば、二人の会話はなかなかに盛り上がったと言って良い。

元より、どちらかと言えばポルポは聞き上手な方であったし、ドッピオも話が下手というわけではない。

といっても、結局のところドッピオが話をしただけで、ポルポの何かを聞きだせたことはなかった。

そうして、話も終わり、別れる直前にポルポは言った。

 

「話す相手があなたでよかった。」

 

そう言って、穏やかな、柔らかな視線をドッピオに向けた。

 

「正直、ギャングの人と話すのは恐ろしかったので。あなたのような、穏やかな人でよかった。」

貴方と話すのは、楽しかったです。

 

何故か、その言葉が嬉しくなった。

何故か、もっと、話したいと思ってしまった。

ボスへの報告をして、ドッピオは何故、そんなことを思ってしまったのかとぼんやりと考えて、ようやく分かった。

ドッピオの話を聞きたいと言ってくれた人は、今までいなかったせいだ。

ドッピオという単体の存在に興味を持ったものは、今までいなかったせいだ。

ドッピオは、ギャングであり、そうしていい人間とは言えなかった。

本質として、そこまで悪人というわけではない。

が、いささか臆病な面やどんくさい部分がある。それは、けして悪徳というわけではないが、かといって美点というわけではない。そういった彼と己から仲良くなろうとする存在などいなかったし、彼はギャングだ。一般人と親しくなることはない。

ギャングの中でも彼は親しいと言える存在はいなかった。

ドッピオもまた特殊な立場にいる。

彼には、ボスだけだった。だからといって、それを不幸だとか、悲しいことだなんて思わなかった。

ドッピオは確かに満たされていた。

けれど、あの、言葉は、目は、確かにドッピオだけに向けられたものだった。

ボスの腹心でも、パッショーネの幹部でもなく、ドッピオに向けられたものだった。

そうだ、見たのだ。

あの女は、ドッピオを見たんだ。

ただ弱い男でも、ボスの腹心でも、ギャングでもなく。

ただ、ドッピオを見ていた。

その眼には恐れがあった。その眼には怯えがあった。

それでも、不思議とその眼には穏やかな親しみだってあった。

その、妙な無防備さが、ひどく不思議だった。

ドッピオのことを恐れているのに、その混ざる無防備さと親しみがひどく、どこにでもいる人の様で。

それは、衝撃だった、驚きだった、それはまるで、何もかもから切り離されて一人で地面に立ったかのようだった。

ドッピオの立場を知る人は、いつだってその背にボスの影を見る。それが嫌なんてことはない、ボスの威光の証明の様で嬉しくなる。

けれど、いつだって、彼らが見るのはボスのことだ。

ドッピオの立場を知る人は、彼の気弱さを利用するか蔑んだ。

それがいつだって悔しかった。

けれど、この女は何なのだろうか。

ドッピオの立場を知っても、ボスではなくドッピオに視線を向けた。ドッピオの気弱さを知っても、虫を助けるために道路に飛び出しても、優しい人だと言ってくれた。

それに、何か、ひどく、懐かしい気持ちになる。

何か、ひどく、昔に、そんなことがあった気がした。

嬉しかったことを、確かに覚えている。

 

(また、話、出来るかな。)

 

ああ、だって楽しかったのだ。

自分の好きなことを語るなんて、本当に初めてで。誰かに、己の感情を伝えるなんて、初めてで。

誰かに、己への共感を示されるのなんて、初めてで。

 

ボスから、またポルポと会うことになると伝えられた時、嬉しかったのだ。

ああ、今度会った時は、女に何を話そうかと。

 

ポルポと話していると、不思議な気分になる。

なんだか、己が、ひどく当たり前のようにどこかにいる青年のような感覚がした。

その、黒髪の、不思議な女と話すと特にそう思うことがある。

けれど、ドッピオには、それがひどく懐かしいと思うことがある。

懐かしくて、何故か妙な寂しさを感じることがある。それに、ひどく惹かれた。何故か、恋しいと思った。

その感情が何なのか、ドッピオは知らない。だからこそ、ポルポともっと話して、そうしてその感情を知りたいと思った。

ポルポは、ドッピオの話を淡く微笑んで聞いていた。

ポルポは、ドッピオがどんな失敗しても笑わないし、彼が何かに成功するとすごいですねと些細な事でも褒めてくれた。

ボス以外から褒められるという感覚には慣れなくて、むずむずしたけれど、それ以上に嬉しさが上回ってしまった。

ポルポに、ドッピオは、誰かの影を見た。

その影とポルポは重なることはないのに、何故か誰かの影を見た。

彼女に褒められると、重なった誰かに褒められたような気がした、認められた気がした。

それでも、あくまでドッピオの興味の対象は己の感情であって、ポルポはあくまでおまけであった。

 

けれど、それも変わるきっかけがあった。

ある時のこと、ようやくポルポがまともに自分についての話をしたことがあった。

それというのも、彼女が最近スタンドを発現させた、部下の事だった。

 

「・・・・実は、彼女が書類のサイン用にと、なかなか高価な万年筆をくれて。」

 

そう言って、ポルポは心の底から嬉しそうに笑った。ドッピオが、初めて見た顔だった。ドッピオが、彼女にさせられない表情だった。

いつもの薄闇のような笑みではなく、陽だまりのような温かくて、柔らかくて、優しい笑み。

ドッピオの知らない、笑み。

 

(・・・・なんだよ、僕の方がずっと長い付き合いじゃないか。)

 

自分のほうが、先に会ったのだ。だというのに、後からやってきた存在がのこのこと己が出来ていないことをやってのけるのは非常に面白くなかった。

もちろん、頭の中でポルポの弱みになるだろう部下の名前を書き加えておく。

それでも、ドッピオの中に、妙な苛立ちが現れる。

自分だけ。

 

自分は、ポルポと話すのが楽しい。彼女と話すと、自分の知らない世界を覗くような、誰かの影を追う懐古が、そうして、自分だけの何かを得た様な気になる。

自分は、笑っている。楽しいのに。

ドッピオは、むくむくと、不満と言える何かがこみ上げてくるのが分かった。

 

自分だって。

 

そんな言葉が頭を巡った。

ドッピオは、湧き上がって来る衝動に任せて贈り物を贈ることにした。

 

何といっても、自分の方がずっと長い付き合いをしているのだ。喜ばれるものぐらい、あっさりと見つかるだろう。

そんなことを思っていたわけだが。

贈り物が、全くと言っていいほど思いつかなかった。

女が喜びそうな、宝石や服などに興味があるはずも無く、異性を気にすることも無く、金などもってのほかで。

特別な趣味があるわけでもない。

ドッピオは考えた。それこそ、暇さえあれば考えた。

が、思いつくことも無く、困った末に女には花だろというやけくそまじりに、抱える様なバラの花束を贈ったのだ。

 

「その、あの、き、記念にどうぞ。」

 

意味の分からない文言を添えてしまったことに後悔した。

待ち合わせ場所に、花束を持っていけば、ポルポはあんぐりと口を開けてそれを受け取った。贈った手前、ドッピオは心の底からそれを後悔した。

 

何故、あえてバラの花束なんて贈ってしまったのか。意味が分からない。

 

頭を抱えそうな、ドッピオの耳に細やかな笑い声が飛び込んできた。

 

「ふふふふふふふふふふ・・・・・」

 

声に驚いてその方向を見ると、ポルポが口を開けて笑っていたのだ。

ドッピオは目を丸くした。

女が、そこまで笑うところなんて想像もつく前に、実物を見たのだ。

ポルポは、震えるような声で言った。

 

「す、すいません。その、君がこんなものを贈ってくれるなんて思わなくて。ドッピオさんが選んでくれたんですか?」

「え、ええ。はい、その。」

「花束を贈られたのなんて、初めてなんです。ありがとうございます、とても嬉しいです。」

 

そう言って、女は微笑んだ。

曇り空から差す日のような、転んだ時に差し延ばされる手のような、そんな笑み。

ドッピオは、そんな笑みを、昔見た気がした。

誰かに、誰もがドッピオという存在を馬鹿にして這いつくばった時に誰かがそんな笑みを向けてくれていた気がした。

美しい、ブルネットが青い空に揺れた気がした。

 

「ですが、記念なんて何かありましたか?」

「・・・・仲良く、してほしいと思って。」

 

ぽろりと出た言葉に、女はやはり驚いたような顔をした後に、ええと頷いた。

 

「ええ、どうか、仲良くしてくださいね。」

 

それは、裏の社会で生きる同士の、皮肉があるわけでも策略があるわけでもない。

ただ、幼い子どもの口約束のような、透明で無邪気な約束の様だった。

それに、まあ、いいかとドッピオは思う。

胸に抱えた、懐かしさの正体は分からないけれど。

それでも、これだけは、ドッピオのものだ。

誰のものでもない、そのバラの花を贈った礼は、笑みは、ドッピオだけのものだった。

 

ドッピオは、ポルポと会う日を楽しみにしている。

ポルポは、ドッピオの情けなさも、弱さも馬鹿にはしない。大丈夫ですか、淡い笑みと共に聞いてくる。

女の時折浮かべる、転んだ時に差し延ばされる手のような笑みが好きだった。その笑みを見ていると、なんだかひどく、懐かしく、寂しくて、そうして胸の内を撫でられるような気がした。

それが何かを思い出すことはきっとないだろうなあと、ドッピオは思っている。

それでも、ドッピオはポルポのことを覚えている。

浮かべた笑みも、言葉も、全部覚えている。

思い出せない切なさと、覚えているドッピオだけの感情を、彼は大切に抱えている。

ボス以外に、ドッピオの世界で彼だけを見た人を、大切にしたいと願っているのだ。

だから、今日も、また会った日にはなんて話そうかなんてことを、ドッピオは考えるのだ。

 

 

ポルポとは、ディアボロにとって頭痛の種であり、都合のいい存在であった。

もちろん、最初はどうするかと悩みはした。スタンド使いを増やすことは組織を大きくするうえでは非常に重要な事だったからだ。

けれど、幸いなことに、ポルポは臆病だった。それこそ、一般人らしく、死を恐れ、痛みを嫌う、どこにでもいる普通の人間だった。

そこは、非常に都合がよかった。

何といっても、ポルポは心の底からディアボロのことを恐れていて、絶対服従であったのだ。元より、矢の管理は部下に任せる予定の中で、ポルポのように臆病でディアボロに服従する予定の女は本当にちょうどよかったのだ。

それと同時に、ポルポは仕事に対して真面目であり、その臆病さが際立って慎重にことを運んだ。組織の要であるスタンド使いに関する部下が彼女であったことは本当に幸いであった。

が、女はその臆病さのせいで金というものを使おうとしなかった。ディアボロは、ポルポが裏切らぬように幾つかの楔を打っておきたかったのだが。

金の使い道は、ポルポの弱みを見つけるいい機会だと思っていた。が、待てど暮らせど女が大金を使ったという報告は来なかった。

とうとうしびれを切らしたディアボロは、女に直接会うことにした。もちろん、ドッピオという影武者を立てたうえでだ。

ポルポは、最初に会った時の通り、本当に普通だった。

ドッピオがディアボロであると知らないとはいえ、自分を裏の世界に引きずり落とした存在の直属の部下になんとも無防備に接してくる。それに、少しだけ拍子抜けして、心の隅で大丈夫なのかとも思った。

何といっても、女は矢の持ち主なのだ。騙されでもして、危険に陥られても困るというのに。

ディアボロは、今度メールでもして、女にもう少し警戒をするように言っておかなくてはいけないと考えた。

彼女に直通の連絡が出来る様にしていたのは、女の情報をすぐにでも手に入れるためだ。女の危険は、矢の危険でもあるからだ。

可愛いポルポと、そう言って書き出せば、女の怯えが手に取るように分かった。そのたびに、女が己に逆らえないことを確認した。

ディアボロは、ポルポの返信を前に、よく微笑んだ。

そうだ、ポルポ。可愛いポルポのままでいるのなら、俺は慈悲深い飼い主でいてやろう。大事に、大事に、慈しんでやろう。

その女が、傍においても支障のないことを、手の内にいることにディアボロは笑みを浮かべた。

その支配をさらに完璧にしようとしたが、ポルポという女の欲望の先が全く分からない。

リスクはおかしたくない。だが、それ以上に、ポルポの中に己の知らない何かがあり、それが裏切りを起こすことだけは避けたかった。

そのために、個人的な談話を続けることを決めた。

幸いなことに、ポルポは平凡だ。会うことで騒がれるようなことはない。強いて言うならば、友人か、カップルにでも見られるだけだろう。

 

そうして、ディアボロはようやく、ドッピオがポルポに懐いていることに気づいた。それに対して、頭を抱えた。

ドッピオはディアボロの忠実な部下だ。唯一の信頼の出来る存在だ。彼の中に、自分以外の何かが入られるのは困るのだ。

けれど、ディアボロは、ドッピオにだけは一応慈悲のような、甘さがあった。

彼の楽しみにしていることをわざわざ邪魔するのは、気が引ける。

何といってもドッピオはディアボロのためにせっせと働いてくれるのだから。

 

ただ、ドッピオのそれは、強いて言うならば憧憬と言える範囲にとどまっていたことが幸いだった。

それは、恋というにはあまりにも温く、細やかだった。

 

(・・・・そうだ、恋とは、もっと鮮烈で、熱い。)

 

ディアボロは、恋を知っている。

頭が沸騰するような、餓えのような渇望に似て、何があっても手を伸ばしたくなる衝動を知っている。

だからこそ、ディアボロはドッピオのそれを、親しみとして放っておいた。

何よりも、ポルポは良くも悪くも優秀だった。

スタンド使いにした人間も多く、拾い上げた存在は悉く優秀だった。何よりも、能力的に強いが、扱いの難しい暗殺者チームの信頼も得ている。

元より、暗殺者チームの報酬もポルポの金から出ている。ディアボロとしては、損失なしに暗殺者チームを使えるのだから得しかない。

その代り、暗殺者チームを自分の傘下に加えることが条件として挙げられたが、それも別にかまわなかった。

元より、戦えるような存在の少ない部署だったのだ。そのために、他の幹部から嫌がらせのようなこともされていたため、戦力として欲しがったのは理解できる。

何よりも、暗殺者チームのような戦力を得ても、歯向かう理由もない。

それと同時に、ポルポは商売が上手かった。

私欲がないために己に入った金をそっくりそのまま任されている地域などに投資する。そのために、金回りが異常に良くなり、収入も上がっていた。住民からの信頼も厚く、ポルポの町では仕事がしやすい。

ディアボロへ入る金も多くなっていた。

ドッピオが、ポルポにとっての弱みになれば、それだけディアボロの安心が増す。だからこそ、ディアボロはドッピオとポルポの茶会を赦していた。

 

そうして、ディアボロは、そっと気にする必要などないのだと捨て置いたけれど。

彼は、好きだったのだ。

真っ黒な、美しい髪の女と、気弱そうな赤毛の青年が、朗らかに話をしている場面を見るのが、好きだったのだ。

その場を、何故か、邪魔したくないと思ってしまった。

 

(・・・ドナテラ。)

 

ディアボロは、そう、胸の内で囁いた。無意識のうちに、そう、囁いた。

似てなんていない。

あまりにも、その穏やかなだけの平凡な女と、美しいものが好きだと笑った美しい女とでは、あまりにも似ていなかった。

あの女は、今、どうしているだろうか。

美しい女だった。

きっと適当な男と結婚でもしているのだろう。

そうだ、ディアボロには関係ない。無視すべきことだ。

気にする必要もない、過去のことだ。

けれど、どうしたって、ディアボロはその、黒髪の女と赤毛の男が笑いあう風景を邪魔することが出来なかった。

 

(・・・ああ。そうだ、ポルポ。お前が、そうやって可愛いポルポのままでいるのなら、俺はお前を慈しんでやろう。)

 

 

ポルポは、憂鬱そうにため息を吐いた。

目の前には、大きなバラの花束。

 

(・・・・別に、嫌ではないけれど。でも、ボスに関係していると思うと、ものすごい憂鬱な気分になる。)

 

かといって、捨てるのは気が引けた。ふらふらと、夕暮れ時の帰り道を歩いていると、突然に声を掛けられた。

 

「ポルポ?」

 

それに思わず顔を向けると、そこには白いシャツに黒いスラックスのリゾットがいた。リゾットは、まるで大型犬のような動作でポルポに近づいた。

 

「・・・どうした。そんなにも顔色を悪くして。」

「・・・ああ。リゾット。」

 

ポルポは、気疲れした後の身近な人間の顔に、安堵したように微笑んだ。

 

「どうした、バラの花束なんて抱えて。」

「いえ、これは、その。」

 

ポルポは、花についてどういえばいいか分からずに言葉を濁した。さすがに、ボスの関係者から毎度貰っているとは言いにくかった。

その様子に、リゾットは何を思ったか花束をおもむろに掴んだ。

その後すぐに、周りの家から、テレビが映らないだとかの声が聞こえて来る。それに、ポルポはリゾットが何をしたかを悟った。

 

「・・・・これでしゃべることも出来るか?おそらく、盗聴器の類はこれで壊れただろう。」

「リゾット、それは、いささか乱暴な気が。」

 

けれど、今更言っても仕方がないとポルポは苦笑いした。そうして、バラの花束を見つめた。

 

「いえ、ちょっと、仕事の関係で人に会って来たんだけど。その人、いつもこれをくれるんだけど。私には、少し似あわなくて気後れするんだ。捨てるのも忍びないしねえ。」

捨てるのも忍びないしねえ。

 

リゾットは少しの間バラを見た後に、頷いた。

 

「確かに、お前には似合わんな。」

 

それにポルポは軽く殴られたような感覚を覚えて、うっと呻き声を上げた。

分かっていたことだけれど、そこまで言われると物悲しい気分にもなる。

そうして、リゾットが唐突に歩き出した。そうして、少し先でポルポを振り返った。

 

「ついて来い。」

 

ポルポはそれに驚きながらも、リゾットのそう言った言葉を短くする癖を察して早歩きでついて行く。

リゾットは、手を引くだとか歩幅を合わせるということはないけれど、少し進んでは立ち止まり、少し進んでは立ち止まり、ポルポがついてくるかを確認する。

そうして、最終的に着いたのは、花屋だった。

ポルポが疑問に思っていると、何故かリゾットは花屋で白いデイジーの花を買って来た。そうして、それをポルポに渡した。そうして、代わりのようにバラの花束を手に取った。

 

「交換しよう。」

 

リゾットは、デイジーを抱えたポルポを見つめて頷いた。

 

「・・・・お前には、そういう花の方が似合うぞ。」

 

己の言葉に納得したのかリゾットは頷いてデイジーを一輪持ち、ポルポの髪に差した。

そうして、もう一度頷いた。

 

「・・・・その服装はお前に似合っている。お前にも、お前の服装にも、そちらのほうが似あうぞ。」

 

ポルポは、その言葉に唖然とした後に、細やかな笑い声を立てた。けらけらと子どものように笑った後に、笑い含んだ声を出した。

 

「リ、リゾットが、イタリアの男みたいなこと言ってる・・・・!」

 

それにリゾットは首を傾げた。

リゾットは、どこにだしても恥ずかしくないほどにイタリアの男だ。何がそんなに面白いのか。

 

「そんなにおかしいか?」

「いえ、ただ、普段無口なので。」

 

そういって、くすくすと笑う女を前にリゾットは淡く、微かに口元に笑みを浮かべた。

 

「お前は、笑っていた方がいいな。ずっと魅力的だ。」

 

微かな声はポルポに届くことはなかった。けれど、リゾットは気にしない。女の微笑みが曇ることはないんだから。

 

「ポルポ、これから予定はあるか?」

「いえ、ありませんが。」

「なら、俺の行きつけの店で食事にしよう。いつも飯を作ってもらっている礼だ。」

「リゾットの行きつけですか?」

「気になるか?」

「気になりますよ!あなたのリクエストの参考になるかもしれないし。」

 

リゾットは、ならいくかと歩き出す。それに、ポルポは慌てて追いかける。そうして、ふと、気づいた様にリゾットに聞いた。

 

「その、バラはどうするんですか?」

「・・・・プロシュートとカラマーロでも呼んでやる。誰よりも似合うぞ?」

「ふ、あははははは!似合いすぎますね!」

 

そう言って、女は、リゾットに贈られた花束を抱えて、黒髪からデイジーが覗いていて。

リゾットは徐に立ち止まり、ポルポに手を伸ばした。

ポルポは、その手が首にかかっても不思議そうに、されるがままだ。

リゾットは、その無防備さに呆れながら、それでも嬉しく思う。

女の持つ、己への信頼と無防備が、リゾットは何よりも好きだった。

遠い昔、置いてきてしまった、何かを思い出すことができるから。

 





自分、原作を読んでてずっと気になってたんですが。自分の痕跡を悉く消したがったボスが、昔の恋人の動向知らないってどういうことなんだろうと。
ドナテラという人物は、ボスにとっては触れないようにした特別なのかなと思ってます。
というか、ドナテラと恋したのは、ディアボロとドッピオどちらなのか。

すいません、ドナテラさん漫画の時は黒髪だったんですが、アニメでは茶髪だったんですね!ここでは黒髪設定でお願いします。

ボスが甘く、ドッピオが女々しくなってしまった。

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