何故、こんな凡庸な女が。
それがヴラディミール・コカキが最初に抱いた感想だった。
その日、コカキが一応はボスと定めている存在の命により、とある幹部と顔を合わせることとなった。
コカキは基本的にボスと直接的な連絡のためのルートは持っている。ただ、メッセンジャーを介することもあり、その幹部であるという女もその役割をこなすかもしれないということだった。
コカキは、それにどんな毒蛇がやって来るのかと思っていた。
コカキは、ボスを知っている。彼は、お世辞にも信念がある人物とは言えず、誰のことも信頼はしていない。
そんな彼が、目を掛けていると有名な女のことは知っていた。
コカキは、己の老いた手を見つめた。
自分に宿る力に、スタンドという名前が着いたのはいかほど前のことか。
(・・・・スタンド能力を目覚めさせる、か。)
その触れ込みが真ならば、そんな力を持った女というのはいったいいかほどの者か。
コカキは、己が指定したシチリアの会合場所にて静かに女、ポルポを待っていた。
「・・・・・こんにちは。」
コカキは、最初に挨拶をした女を凝視した。
もとより、突然ボスの元に現れたポルポという女についての情報はあまりなかった。滅多に人付き合いをしないせいか、噂としては数多く在りはすれど、どれもが信憑性に欠けた。
曰く、気の強い美女だとか、ギャングとしてはあまりにかけ離れた弱者であるとか。拾って来た噂だけでは数が知れない。
情報を集める時間は圧倒的に足りなかったため、分かったことは少ない
ボスからは、珍しく会えば分かるという素っ気ない返事が来る程度だった。分かっているのは、女の部下を常に連れているということと、賭博の利権などのおかげで成功していることや、近頃組織内で疎まれていた暗殺者チームを傘下に加えたことぐらいだろう。
そうして、変人。
それが、女について唯一集まった情報だった。
コカキが知る限り、暗殺者チームと言えば能力的には優秀でもアクが強く、管理が難しい存在だ。そんな彼らを、少なくとも制御できているのだ。コカキは、ポルポという存在が相当のやり手であると予想した。
彼の部下に当たる存在が部屋に通したのは、三人の男女だった。
コカキは、まず、最初に入って来た銀髪の男に目をやった。
堂々とした体躯に隙の無い身のこなし。何よりも、静かな赤い瞳には、コカキにとって好ましいと言える筋の入った意思があった。
コカキは、その男がやってくるというポルポの腹心であると予想する。そうして、次にやってきたのは背筋の伸びた、美しい女だった。
コカキを睨み付けるように見る瞳には、絶対的な、何か、固い意思が見える。
それに、コカキはその女がポルポであると確信した。
そうして、席に座る様に促そうとしたとき、女の後ろから黒い影が現れた。
その女は、あまりにもギャングというには凡庸であった。
黒い髪に青白い肌。女にしては高い背。どこかで仕立てたらしい上等なスーツを着、そうして同じように上等なコートを肩にかけていた。が、体に合っていてもあまりにも華奢すぎる体躯のせいかお世辞にも貫禄があるとは言えない。
そうして、その、女の雰囲気と言えるだろうか。あまりにも、穏やかだった。
その感覚を、例えるならば、安直すぎるがギャングの会合に一般人が入り込んだかのような違和感だった。
狼の中に、羊が入り込んだかのような、強烈な違和感。それにコカキが気を取られていると、ふと、静かな声がした。
「・・・・ヴラディミール・コカキでいらっしゃいますか?」
「・・・・ああ。」
女の口から滑り出たのは、男にしては高く、女にしては低い声だった。最初に、話し始めたことで、コカキは目の前の存在が何であるかを覚った。
「・・・・今日、会う約束をしたポルポです。どうぞ、よろしくおねがいします。」
静かな声に、コカキは彼にしては珍しく、どんな反応をしていいか分からなかった。
コカキは、目の前に慎ましく座った女を見た後に、その背後に立つ男女を見た。少し話をしたが、ポルポはおよそコカキの期待したような人物像からは遠かった。
伏せがちな目や膝で組まれた手を見るに、どこか控えめな印象を受ける。それこそ、どこかの学生であると言われた方がまだ納得が出来た。
コカキは、ちらりと後ろの男女に視線を向ける。正直な話をすれば、その二人の方がよほど幹部としての器があると言えた。
話の内容も、ボスから託されたらしい確認事項について話をするだけで、今はそれも終わりコカキがもてなしをしていた。
目の前には、せっかくだからと用意させた上等な酒だ。コカキは、それを前にポルポを観察する。
観察する。
その女を見ていると、なんというか、視界がぶれるのだ。あくまで、感覚的な話のことではあるが。
その女は、確かに幹部であるのだろう。後ろの二人の、従順な態度は本物であるし、この場での影武者を立てることの意味が分からない。
コカキに対してそこまで信頼を削ぐようなことをボスがするとは思えなかったためだ。
だというのに、女はあまりにも平凡であった。どこまでも、凡人であった。
その、事実と印象の間にある落差が、コカキの中でポルポについてぶれが生じるのだ。
見極めようとすればするほどに、何か、ひどい策略に嵌っていく様な感覚がした。
これはなんだ?
そんな言葉が浮かんでくる。
確かに、ポルポという存在を見ているというのにまったく違う何かを前にしている様な違和感。
己を前にして、弱々しく、穏やかに微笑む女を前にすると、コカキの中で何かががたがたと揺れ動く。
それが何か分からずに、コカキは己の中におこる引っ掻き傷を見つけそうになる。
苛々とした。
その眼を見ていると、奇妙な苛立ちを覚えた。
「・・・・コカキさん?」
その、柔らかな声にはっとコカキは意識を取り戻す。目の前には、向かい側に座っていたポルポが心配そうな顔をしていた。
「あの、どこかご加減でも悪いのでしょうか?ならば、私たちはそろそろお暇しますが。」
その眼も、表情も、仕草も、そうして声音まで、コカキにはポルポは心から己を気遣っていることが分かった。
コカキは、それがどこまで演技かを考える。けれど、どこまでもそこには裏がない。裏がないことさえも、裏があるように見えて来る。
だが、目の前のそれはまるで愛すべき隣人が如く、何もない。
「いや、何もない。気にすることはない。」
「そうですか。それならば、いいですが。」
心細そうにポルポはコカキを見る。それが、コカキの何かをざわつかせる。コカキは、それを無視して息を整えた。
「・・・・にしても、ポルポがここまでお若いとは意外だ。」
「そうですか?二十にならずに幹部になる例もありますし。私ぐらいの若輩もありえないことではないかと。まあ、確かに威厳に欠けるのは自覚していますが。」
コカキは、その台詞に女がやはり変わり者であることを自覚する。
ポルポの言葉には、ギャング特有の、同業者への見栄というものがない。舐められない様にというこわばりがない。どこまでも自然体であった。
「いや、君のことはかねがね聞いていたのでね。なにかと、君は特殊だ。突然現れ、突然高い地位に就いた。私としても興味があった。」
「はははは。確かにそうかもしれませんねえ。私は、色々と特殊だ。」
それに、女は特別な感情を潜ませることも無く、ぼんやりとした目をコカキに向けた。そこには、敵意も無く、動揺も無い。
まるで顔見知りと天気の話をするかのように暢気なものだ。
「頼りないかもしれませんが。どうぞ、よろしくおねがいします。」
静かな、声だ。
穏やかで、静謐な、そんな声だ。その声の中にも、やはりコカキの好む覚悟と言える何かはなかった。そこには、弱者のような目があるだけだった。困ったような、苦笑じみたものが含まれていた。
けれど、その眼の中に動揺と言えるものはなかった。落ち着いて、穏やかな、覚悟を持つ者の瞳に似ていた。
「・・・・あの、すいません。このワイン、好きにしてもかまいませんか?」
「ああ、どうぞ。」
ポルポは、コカキと二人っきりになってもさほどの動揺を見せなかった。そんな中、コカキは目の前の存在と二人きりになったことが正解だったのか己に問うた。
現在、部屋の中にはコカキとポルポが、向かい合わせに座っているだけだ。互いの部下は、隣りの部屋に控えている。
コカキが、二人だけで話すことを提案したとき、ポルポは不思議そうな顔をしたがあっさりとそれを承諾した。護衛であるらしい二人はそれに反対したが、ポルポの説得と彼女のスタンドであるらしい存在に何か、納得したのか二人を残して部屋に戻っていった。
そうして、コカキもまた部下を下がらせた。
コカキは、知らなければいけないと思った。
その女が、何故己の元に送られてきたのか。
ポルポという存在は、あまりにも矛盾に満ちていた。
死のやり取りをする世界でのし上がったというのに、その目にあるのはあまりにも平凡な穏やかさだった。それは、いつだって、当たり前のように明日が来るのだと疑っていない眼だった。
苛々とした。無性に、その瞳を見ていると、奇妙な苛立ちが生じた。
コカキは、その女が何のためにやって来たのかを知りたかった。
二人きりで部屋に残れば、まだ、本質というものを知れるのではないかと思ったのだ。
コカキは、ポルポの様子を見ていると、彼女はワインの入ったグラスを何故か己のスタンドに渡した。
(・・・飲んだ?)
スタンドは、まるで味わうようにワインを飲みほした。
「・・・中々の味だ。」
そんな感想まで言って見せた。そうして、そのワインの種類や何年物かまで当てて見せたのだ。食事をするだけでなく、味まで理解しているらしいスタンドにコカキは驚いたような顔をした。
それに、ポルポはああ、と頷いた。
「いえ、食事ができるのが珍しくて、色々あげていたらすっかり美食家になってしまって。コカキさんのスタンドは食事はされないんですか?」
「・・・・残念ながら。」
「そうですか。まあ、食事をしない方が食費がかからなくていいんでしょうねえ。」
コカキは、じっとワインを飲むスタンドを見た。スタンドは、どうも影の中だけでしか動けないらしくポルポはわざわざ大きなコートで影を作ってワインを飲ませていた。
それに、コカキは何故か、特別な言葉を発することも出来ずに、そのぼんやりとしたポルポの目を見ていた。
女とスタンドの在り方は、あまりにも気安く親しみに満ちていた。それが余計に、女の特異さと異質さを強調した。
(・・・・どこかで、見た気がする。)
そんな、覚悟も無く、けれど揺らぎを見せない穏やかな目をどこかで見た気がした。
そうだ、確かに、そんな目をどこかで見た気がした。
けれど、それは、コカキにとってあまりにも遠くて。老いた彼には、あまりにも遠いどこかにあって。
くん、と甘く、そうして香ばしいような匂いがした。それに、引きずられるような気がした。引きずられるように、何かを想い出しそうになった。
「・・・・コカキさん。」
その声に、コカキは沈んでいた意識を浮かび上がらせた。そうして、視線を向けた女は苦笑交じりになんでもないように言った。
「私があなたに会いに来たことには、何の意味もないですよ。」
「それは。」
ことも無く、女はコカキに思考のそれを言い捨てた。コカキは思わず顔をしかめた。それを見て、ポルポはぼんやりと影の中でコカキを見るスタンドの頭を撫でた。
「・・・・強いて言うなら、ボスには確かにあなたがどんな人物か、報告するようには言われていますが。私が特殊だというなら、あなただって十分に特殊ですよ。今回のこれも、言われたこと以上のものはありませんからご安心ください。」
「あっさりと、ばらすのだね。」
「別に、隠す必要もないので。それに、私もあなたのことを知っていることもありますし。」
「ほう、例えば?」
「・・・・あなたのスタンド能力とか、でしょうか?」
それにコカキはさほどの動揺はなかった。
コカキがスタンドを発現させたのは、若い時のことだ。そうして、彼がスタンドを使うようになってから長い時間が経っている。何よりも、彼女の裏にはコカキのボスに当たる存在があるのだ。
自分の能力を知っていても不思議ではない。
「それならば、私も御相子だね。私も又、君の能力の詳細を知っている。何とも、変わった力だが。その力のおかげか、君はひどく高い地位を得たようだね。あまりにも、不釣り合いな。」
語尾に皮肉を混ぜたそれに、ポルポは心底同意するというように頷いた。
「そうですねえ。私も、正直な話をすれば、不釣り合いだと心底思います。」
「・・・・・ならば。なぜ、君はここにいるんだね?」
「なりゆき、でしょうかね。」
そんなことを、他愛も無く女は言った。それに、コカキは目の前の存在に強烈な失望をした。
この女には、覚悟というものがない。何かを成し遂げるという意思に決定的に欠けている。コカキは、目の前の存在が理不尽を知らないと断じた。
何故ならば、ポルポには決定的に、生きるという意思に欠けていた。
生きるとは、進み続けるという意思だ。けれど、ポルポの中にあるのは、まさしくあるがままに流されるままに、ある種の何もかもへの放棄に等しいそれだった。
もちろん、表側にいたという闘争心というものが欠けた女にとってギャングとして生きるというのは、まさしく理不尽であるかもしれない。
けれど、目の前の存在はそれに耐え忍ぶという意思さえない。
ただ、ぼんやりと過ぎていくのを待つような怠惰さを感じた。
コカキは、口を開こうとした。目の前の存在に価値なしと斬り捨てるために。
けれど、それよりも前に、女ののんびりとした声がした。
「・・・・いつか、私が殺される日も、そんなふうに当たり前の様にやって来るんでしょうね。」
その言葉の意味が分からずに、コカキは動きを止めた。どんな意味かとポルポに視線を向けると、彼女はまるで、爽やかな朝日の中で微笑むかのような表情をしていた。
それは、暗い夜の中に差し込む、朝日に似ていた。
くんと、微かに、甘く、香ばしい匂いがした。
それに、コカキは、茫然とした。その匂いに感じる感情、それは。
(・・・・懐かしい、などと。)
視界の端で、ポルポのコートのポケットの中から彼女のスタンドが小さな紙袋を引っ張り出していた。そうして、紙袋からは、狐色の焼き菓子が少しだけ見えた。
よく似ていた。
その、朝日のような、その笑みは、よく似ていたのだ。
コカキが、最後に見た、幻想の中で死んでいった満ち足りた死へと進む妹の笑みに、本当に、よく似ていた。
「・・・・どういう意味かね。」
コカキはそう言いながら、己の中にある妙な懐かしさと苛立ちの正体を察した。
その妙な懐かしさは、ポルポから香る、香ばしい良い匂いのためだ。
それは、彼が、ただの子どもであったころ待ちわびたおやつの匂いであり、そうして平穏の匂いだった。
いつだって、穏やかな笑みと共に、己を迎え入れた母と妹をその匂いは連想させた。
もちろん、そんな匂いは今まで生きていれば幾らでも嗅いだことはある。だというのに、何故、その女の匂いにだけ嫌な懐かしさを覚えたのか。
そうだ、そうなのだ。
その、女のまなざし。
妹が、最期に浮かべた、満ち足りた終わりを迎えた時の、感情。
そうだ、あの時も、食事の用意の手伝いをしていた彼女からは、そんな良い匂いが微かにしたのだ。
その感情を湛えた瞳と匂いが混ざり合い、奇妙な懐かしさをコカキに思い出させる。
その後にやって来るのは、吐き捨てたいほどの怒りだった。
なぜ、お前がそんなものを抱えているのだ。
なぜ、そんなにも満ち足りた、終わりを受け入れた様な目をしているのだ。
それは、生き抜いたものだけが、浮かべることを赦されたものだ。たとえ、一瞬のものでも、妹のように夢幻の中でも、生き延びたものだけが赦される平穏のはずだ。
ああ、そうだ。
女からは、平穏の匂いがした。
コカキにとって平穏の証であった、微かな食事の残り香。
当たり前のように、自分を待っていてくれる匂い。
けれど、女は、あまりにも生きるという意思に欠けている気がした。
そうやって、コカキの前で冷静に、ぼんやりと振る舞っているのは所詮は、警戒する気がないせいだ。ギャングでありながら、その在り方は、あまりにも生きるということを放棄しているように見えた。
生きるということを放棄した人間が、なぜ、あの子と同じ目をしている。生きている人間が、なぜそんなにも穏やかな目をしていられる?
コカキは、苛立っていた。
生きるという意思に欠けているというのに、生き抜いたものの目をした女が心底気に入らなかった。
そうだ、コカキは思ってしまったのだ。
その、女の言葉は、まるで死ぬのを心底心待ちにしているように聞こえてしまったのだ。
それが、心底気持ち悪かった。
まるで幽霊を前にしている時のような、けれど、その平穏の匂いはどうしようもなく懐かしかった。
「ポルポ、君は、まるで死ぬことを待ちわびているように聞こえるが。」
それに、ポルポはやはり苦笑交じりに言った。
「・・・・ええ、私には、ギャングとして生きることは、恐ろしいことばかりで。死ぬことで、ようやく私は、解放される。」
「ならば、さっさと死んでしまえばいい。」
とっさに出て来た、その感情はあまりにもストレートだった。それは、あまりにもコカキらしくない。
嘘と策略に塗れたギャングというもののなかで、そんなにもストレートな感情を爆発させるのはあまりにも危険だった。
けれど、その、死を受け入れたが故の平穏を前にすると。あまりにも、生者として間違った在り方を見ていると、そう思わずにはいられなかった。
止めろ、その眼を、止めろ。
コカキの中には、罪悪感はない。アメリアの末路を否定する気はない。
アメリアは、笑っていたから。
けれど、その目が自分に向けれられることに奇妙な苛立ちが湧いてくる。
「・・・・・私の死は、始まりなので。」
意味が分からなかった。その言葉の意味を、はっきりと理解できなかった。
ただ、妙な諦観だけがはっきりと浮かんでいた。その諦観にさえ、妙な既視感を覚える。
「君は、まるで己の運命を知っているかのような言動だ。」
「・・・・どうでしょうねえ。ただ、私は、どう足掻いてもヒトゴロシで。それに、いつか、結果は返ってきます。私は、それから早く逃げ出したい。コカキさんは、どうですか?」
あなたは、幸福でしたか?
それは、何気ない声音だった。まるで、相手の体調を気遣う様な声音だった。
けれど、その声音に、その言葉に、コカキはようやく己の中にある奇妙な苛立ちの正体を知った。
コカキは、妹の死への罪悪感はない。コカキは、運命に対して抗議する気はない。
けれど、たった一つだけ、ずっと疑問に思っていることがあった。
家族は、妹は、己の進んだ未来をどう思うだろうか。
コカキは、ギャングだ。それは、持ってしまった能力や保護者のいない子どもが生きていくためには必要な事だった。
けれど、けれど、それでも、コカキはゆっくりと闇の中に沈むことを選んだ時に、思ったのだ。
両親と妹は、いつかの理不尽のように、時には弱者へと力を振るうようになる裏の人間になったことを、どう思うだろうか。
それは、後悔であり、罪悪感だった。
妹の死という、強烈な記憶に覆い隠され、心の奥に沈めた疑問だった。
微かにある、両親への後ろめたさ。あの日、自分たちに理不尽をしいた者たちと同じように、誰かに理不尽を強いる己。
コカキは、ボスの狙いをなんとなく察した。
その女は、遠い昔に放り捨てた、柔らかい何かをほじくり返す。
コカキは、目の前の存在の幸福を少しだけ願ってしまった。
彼女への苛立ちも、死んでしまえという言葉も、結局のところ今更動揺している自分への苛立ちであり、ポルポへの八つ当たりだ。
コカキは、感じてしまっている。
遠い昔の、残り香を、懐かしさを。
女の浮かべる、穏やかで、己の終わりを受け入れた静けさに。
コカキは、それに、震える声で返事をした。
「・・・・・後悔は、きっとない。」
それは、本当であり、嘘だった。コカキは、女からのとある一言を強烈に望んでいた。たった一言を、望んでいた。そうして、コカキはそれが女から返って来ることを何となしに察していた。
「・・・・そうですか。それは、よかった。」
心の底から安堵に満ちた声に、コカキは手を組んで祈りを捧げたくなった。
その言葉は、ある種、コカキにとって妹からの言葉だった。あの時死んだ、妹からの、そうして両親からのコカキの人生の肯定だった。
コカキは、泣きたくなった。
涙も出ないというのに、泣きたくなった。
死んでくれるなと思った。
その女の目には、覚悟はなくとも。その女には、進み続けるという意思はなくとも。けれど、その女は、己の運命を、理不尽を受け入れていた。
女は、それから逃げることなく、ただ、耐え忍んでいた。
そこに希望は感じなくとも、女はいつかやって来る死という安らぎを願っていた。
コカキは、願うのだ。
その女がいつか、本当の意味で人生を生きることを。アメリアと同じように、満ち足りた人生を生きることを。
コカキは、捕らわれてしまった。
思ってしまった。懐かしさを、安らぎを、そうして、赦しを。
その奇妙な憧憬を、コカキは胸に抱えた。
それは、確かに、救いだった。
コカキは、分かっていたのだ。
自分が、己の人生を確かに生きたのか。自分を救うように、幸福になる様に生きたかどうかを。
生きるとは、未来に進み続けることだ。けれどコカキの人生の軸とは、過去だった。あの時の、アメリアが死んだときこそがコカキの中心だった。
コカキは、そう言った意味では、生きたとは言えない。コカキは、永遠に、あの瞬間の、アメリアの人生を守るということに捕らわれている。
己の幸福とは、何だったろうか。
分からない。ただ、生きたから。
けれど、その赦しに確かに救われた。安らぎを覚えた。
憐れなのだ。どうしてだと思うのだ。
何故、生きることができる目の前の存在が、終わりに対して安らぎを覚えるのか。それは、生き抜いたものの特権のはずだ。
コカキは、願う。
自分が、懐かしさを覚えた彼女が、死ではなく生に希望を見出すことを。
コカキは、会談の後に帰っていくポルポたちを見送った。
コカキの胸の中にあるのは、疑問だった。
自分があんなにも感じた、奇妙な安らぎがスタンド能力ではなかったかと。けれど、それをコカキは首を振る。
ポルポのスタンド能力は、スタンド使いを生み出す力。
ならば、相手への精神的な干渉まで能力の範疇ではないだろう。
くんと、コカキは甘く、香ばしい残り香に淡く笑った。机の上に置かれた、スタンドからの置き土産をコカキは口に放り込んだ。
(・・・・母さんや妹の食事は、どんな味だったか。)
その味に懐かしさは感じなかったが、奇妙な安らぎだけは静かにそこにあった。
「ごっしゅじん!!!!」
ぴょーんと、部屋の中に飛び込んできた存在に、ポルポは苦笑した。丁度今、カラマーロがいないのだから目の前の存在が叱責されることはないだろう。
「クララ、ご苦労様。首尾は?」
「成功ですよ、ご主人!」
クララと呼ばれたのは、黒髪の少女だった。
大振りのキャスケットを被り、どこか少年のような格好をしたそれは、ニコニコと笑って女にアタッシュケースを差し出した。
「ご主人がコカキとの会談の途中に道なんかは色々と調べましたし。透明になれるリゾットの兄さんもいましたからそこまで難しくはなかったですよ。でも、どうするんですか。そんな石の仮面。」
ポルポが開けたアタッシュケースの中には、ことりと奇妙な石で出来た仮面が置かれていた。
「・・・・いえ、カラマーロに壊してもらうんです。」
「?そんなに危険なものなんですか?」
疑問符のようなそれに、ポルポは微笑んだ。
「・・・・私がただ、怖がっているだけだよ。」
そういって、ポルポはやっぱり微笑んだ。
久しぶりに、恥パを読んだ記念に。
オリキャラみたいなのが少し増えてます。
コカキさんの力は、妹さんの為であり、コカキさんに忘れさせないための者のように感じます。