・天牛の月、28日
なんか南のほうでは、がんそロックエッが十三階への下り通路を発見したらしい。……下りかよ。いいけど。こっちとしては妨害されなくて、たいへん助かる。
で、こっちはだいぶ探索が進んだ。近いうちに十五階へたどり着けるだろう。
・王虎の月、1日
十五階、到達。
到着早々、磁軸の柱の前にライシュッツがいた。
「久しいな、パレッタの者たちよ」
……ふうん。ひよっこ呼ばわりはしないのか。
「ここまで自力で登ってきた者に、ひよっこ呼ばわりは不当であろう。
それに、決闘の相手には敬意を尽くすべきものだ」
静かに答える。どうやら、敵として認められてはいるらしい。
「――昔の話をしにきた。まだエスバットが、二人のギルドではなかった頃の話だ。
我々はこの階に、おそらくは最初の冒険者として到達した。そして、この階層の主に戦いを挑んだ。
結果、我々は勝ったよ。仲間の命を犠牲として。そこまではよくある、ただの悲しい話だ。
だがな、それだけでは済まなかった」
尋常ならざる憤怒を目に宿して、銃手は話を続ける。
「天の支配者が樹海を支配している。そんな話を耳にしたことはあるか?
我々の仲間は、天の支配者に魅入られてしまったのだ。奴らの言う、永遠の命とやらを与えられ、人でなしの魔物となった」
奴ら?
「上にいる、阿呆どもだ。
……このままヌシらが進んだならば、必ずや彼女と戦うことになろう。氷の姫、スキュレーとな。
だがそれは容認できぬ。どんな姿になろうと、どんな本性となろうと、彼女は、我々の、仲間だ」
――そのために、他の冒険者を殺すのか。
「冒険者の死など、よくある、ただの悲しい話だ。
だが彼女には――墓すら、与えられないのだ」
……っ。
「パレッタの者たちよ。貴様らがどんな覚悟で登ってきたかは知らぬ。
だが、この先へ進まんとするならば。我々の覚悟、超えるだけの覚悟は持っておらねばならぬ。
……心しておけ」
本気の殺意を込めて、そうライシュッツは言い、そして去っていった。
覚悟、か。
――こいつは困ったね。
・王虎の月、2日
十五階、探索中。
どうも薄氷の張った小さな池が多い。これ、夜になって寒くなったら通れるようになったりしないかな……と思いつつ、結局そこを超えるための道を模索してあっちにふらふら、こっちにふらふら。
で、体力が尽きたので帰還。魔獣強いよ魔獣。
・王虎の月、3日
ロックエッジが、だいぶひどい手傷を負って帰ってきた。
と言っても死人とかはなし。彼ら曰く、氷嵐の支配者、とかいう名前のやばい竜とばったりでくわしてしまい、危うく食い殺されるところだったらしい。幸いにも、コルネオリとハラヘルスが必死で相手の動きを食い止め、他が全力で攻撃した結果、かろうじて勝てたみたいなのだが、それでも相当痛めつけられたらしく、チ・フルルーが怪我と凍傷で薬泉院に運ばれた。
で、お見舞いに行ったのだが、ちょうどへんな時刻に行ったせいか、見舞い客は誰もいなかった。おかげでけっこう長時間、彼女と話をすることができた。
「樹海を登る理由?
わたしは単なるアルバイトですけど」
すっっごいあっさり、チ・フルルーが言った。……あ、アルバイトっすか。
「ええ。元々わたし、グレイロッジのギルド事務所で事務やってた身ですから。
なにかの間違いでソードマンだと思われてますけど、べつに普段から斧使ってるだけですし。専業冒険者ってつもりはいまでもないんですよ?」
にこにこしながら言う、たぶんハイ・ラガード最強のソードマン。ダメだ、このレベルのひとはなんかもー、格が違いすぎて参考にならん。
「で、そんなことを聞くからには、なにか悩むことでもあるんですか」
え、ええっと……多少。
「喧嘩ですか」
う……
「相手はだいぶ手強いみたいですね」
ええ、まあ。
で、そうとう覚悟決めてきてるみたいなんで。私もちょっと、樹海を登る覚悟みたいなのがないと気迫負けしちゃうなって思って。
「あら、気迫で負けたら困るんですか」
こ、困らないんですか?
「困らないでしょう。
しょせん、この世界はどこまでも物理的です。心情は活力に転化して力となることもありますが、それも副次要素に過ぎない。要するに、喧嘩なんて勝ったら勝ちです」
すごく身も蓋もないことを言うチ・フルルー。いや、そりゃそうだけどさ。
「むしろ、相手の気迫に呑まれた場合、勝った後が怖いんですよ。
あれだけ覚悟を決めた相手に勝ったんだから、と、自分まで覚悟を決めなければいけないような気になってきて、そうして、気づいたら相手の覚悟と自分の覚悟がすり替わっているんです。で、無茶をして自滅する。
最初からこっちも覚悟固めてれば、勝った後は相手のことなんて忘れちゃえるんですけどね。そういう意味では、ある程度考えておいたほうが、後々の失敗に繋がらないとは思いますけど」
……そういうものですか。
「そういうものです。
ところでイルミネさんは、どういう理由で樹海の上を目指されたんですか?」
ええと……最初は、もっと効率的にお金を稼げないかな、って理由でした。
「いまは?」
よくわかんないです。
アシタに言われたんですよ。効率的にってだけなら六階や七階で楽して稼げば十分で、危険も少ないって。確かにそうだな、って思ったら、自分がどうして上を目指しているのか、それがわからなくなっちゃって。
「それはアシタさんの評価でしょう。無視していいのでは?」
そ、そんなあっさり言わなくても……
「だってアシタさんはあなたのことを知りませんから。適当に言ってるだけかもしれませんし。
では翻ってもうひとつおたずねしますけど。イルミネさんが冒険者を目指した、根本的な理由はなんですか?」
…………
それは、ずいぶんと昔の話。
能力を暴発させてひどい目にあった私は、部族の掟に従い、外に出ることになった。
要は追放だ。厄介払いとも言う。元々こんな能力故に疎まれていた私は、それをきっかけに各地を放浪することになった。
冒険者になったのは、それが私にできる数少ない仕事だったから。
それともうひとつ。
――頑張れば、いい生活ができる。部族に残って細々と暮らすより、ずっと。
そんな仕事だったから。
底辺から中堅の冒険者なんてごろつき同然だけど、上位の冒険者はみんなから尊敬されるし、社会の成功者になれる。
つまり、私は。
「出世して、見返してやりたかった。……って感じですか」
そんなところですね。
「十分な理由じゃないですか。樹海に挑戦する理由としては」
そう……なんですかね。
「ええ。
喧嘩する相手がどんなひとなのかわかりませんけど。相手がどんな理由を持っていたって、あなたの理由はそれに負けないものですよ。
だから、あんまり気にせず、ぶちのめしちゃってください」
にこにこ笑って、チ・フルルーは言った。
後は雑談だけだったけど、この会話は私にとって、とてもかけがえのないものになった。
……そう、相手が覚悟しているからって、こっちまで引きずられることはない。
私は冒険者。ハイ・ラガードのお宝に惹かれてやってきた、一発屋のしがない山師だ。
なら、胸を張って樹海に挑まないと。
・王虎の月、4日
シロが、いなくなった。
なんでかはよくわからない。ともかく、朝起きてみたらいなくなっていた、という感じだった。
どうしたんだろう。
とりあえずいないものは仕方がないので、シロ抜きで探索続行。決戦は近い。できる限りのことはしておかないと。
・王虎の月、5日
当初の予想どおり、薄氷の張っていた池は深夜には十分通れる程度には氷が厚くなるみたいだった。おかげで、夜の探索がだいぶ進んで、そうとう深部まで到達できるようになった。
……象が大量にうろちょろしている広間とか、マジで焦ったけど。さすがにやってられないんで途中で引き返したが、なんであいつら、あんなところをうろちょろしてるんだろう。
シロは相変わらずいない。……参ったね。シロなしで勝てるのかな、あいつらに。
・王虎の月、6日
だいぶ覚悟が固まってきた。
とりあえずシロについては諦めよう。で、準備を継続。とりあえず私のほうはこれで十分かな。マイトは、どうやら対ライシュッツ用の秘策を思いついたらしく、ずっとその練習をしている。
「あっちは拳銃、こっちは狙撃銃。いくら相手が手練れだろうと、武器の性能差がある以上、この前みたいに長距離戦なら負ける気はしない。
だから、相手は必ず接近戦を挑んでくるはずだ。そこに勝機がある」
マイトはそう言って、見てろよ、と銃に向かってつぶやいた。