イルミネ世界樹日記   作:すたりむ

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第四階層(1):邂逅

 さあ、物語を始めよう。

 君はその資格を手に入れた。

 

 

 嫌な夢を見た。

 鉄と黄金に満ちた、空の果ての夢。

 がっしゃん、がっしゃん。歯車が回る音がする。

 がっしゃん、がっしゃん。鉄靴の踊る音がする。

 がっしゃん、がっしゃん。心臓が軋む声がする。

 がっしゃん、がっしゃん。世界が歪む

 

 視界はどこまでも黄金で。

 感触はどこまでも鋼鉄で。

 ただ、心だけが生のまま。

 空の果ての玉座に閉じこめられて、ひとりぼっちの夢を追う。

 

 

・王虎の月、11日

 風邪引いて動けません。

 マジで寒くて寒くて仕方ない。おかみさん曰く私の身体は凄い熱いらしいのだが自覚もなく、とにかくガタガタ震えが止まらない。今日はベットから出られなかった。南無。

 で、昼過ぎにマイトがやってきて、おい、金が尽きたぞ。とか言ってきたので、知るかばーかばーかと言ってやった。ついでに酒場行ってテキトーに依頼こなしてこいと言ったら、うんざりした顔で出て行った。……ひとりで大丈夫かあいつ。あの親父濃いからへんに呑まれなきゃいいけど。

 とか思っていたら案の定、夜にげっそりした顔で帰ってきた。当人は理由を語りもしなかったが、おかみさんに聞いたところ、煽られて強い酒一気飲みした挙げ句にぶっ倒れて薬泉院に運ばれたらしい。――おいおい。ただでさえ金がないのにこれ以上追いつめられるような真似してどうする。

 

 

・王虎の月、12日

 風邪は一向に治らず。

 頭がぼーっとしてなにも考えられない。困ったね。

 

 

・王虎の月、13日

 なんとか少しだけ回復してきた。

 で、水が欲しくて一階に下りていったら、ちょうど帰ってきたところのレンジャーのコスプレしたマイトと出くわした。おまえね、なにやってるんだよ、と聞いたら、どうも新人狩人の講習会で講師をやってきたらしい。……なんでできるんだよ。と言ったら、イナーさんにコツを教えてもらったから、という答え。ずるい! もっと苦労しろ! と言ったら無視された。むかつく。

 ともかく、財力も少しだけ回復したことだし、これで私が回復すれば樹海探索も再開できるって話なわけだ。めでたしめでたし、だな。たぶん。

 

 

・王虎の月、14日

 ロックエッジ、十六階に到達。

 ……先を越された。ごふ。

「なんか、上に行く通路の前にすっごい大きな魔物の死体があったらしいんだけど……誰が倒したんだろうね?」

 とは、見舞いに来たマハの言。アハハ。誰だろーね?

 そして今日もダウン。マイトは一日中不機嫌だった。先を越されたのがよほど悔しかったらしい。ごめんよー。でも動けねー。

 

 

・王虎の月、15日

 体調はだいぶよくなってきた。

 マイトは、こうなったら十七階は絶対俺たちが最初に行くんだっ、と意気込んでいる。……おいおい。こう言っちゃなんだがエトリア組のほうが地力はあるんだ。無茶すると怪我の元だぞ、と言ったが聞きやしない。南無。

 それはともかく、久々に薬泉院へ。明日には樹海入っていいですよね、と聞いたらすっっごく渋い顔されたが、気合いで押し切って許可もらった。よし、明日から探索開始だな。

 

 

・王虎の月、16日

 樹海に入った途端、ものすごい気分が悪くなった。

 ええい無視だ無視っ。と気合いを振り絞って進み、なんとか十六階への階段まで到達。桜の花びらが髪にまとわりついて大変うっとおしいからさっさと磁軸見つけて帰ろうぜ、とマイトに言ったら、

「なに言ってるんだ。そんなことじゃ十七階も先を越されちまうぞっ」

 ……こだわるのかよ。いいけど。

 んで、進んでたらどでかい亀に一蹴されて退散。なんだあの不規則行動。薬泉院で変な薬でももらったのか……って、それは私か。

 

 

・王虎の月、17日

 探索、続行。

 いつものように気分が悪いのを無視して先に進もうとしたら女の悲鳴。ええいこの忙しい時にっ、と行ってみたらよりによって公女様だった。南無。

 つーかなんでこんなところにいるんですか、と聞いたら、冒険者たちだけに苦労させるのが忍びなくて抜け出してきた、とか言う。……あのなあ。こう言っちゃなんだが、いまあんたがどうにかなったら公国全体が吹っ飛ぶんだぞちったぁ考えろ馬鹿。と言ったらマイトに頭ひっぱたかれた。いてーよテメーなにしやがる! え、言葉を選べ? 知るか!

 なんて喧嘩してたら音を聞きつけてやってきた大量のサソリに襲われて死ぬかと思った。かろうじて全部撃退したけど。決め打ちで使った雷の特殊弾丸がすげー効いてマイト大活躍。シロも盾として大活躍。私は途中でノビたけどネクタルで無理やり起こされて泣く泣く大活躍。死ぬー死ぬー。助けてー。

 

 

・王虎の月、18日

 昨日の件は大公宮にたいへん感謝されたが、同時にくれぐれも内密に、と念を押された。……そりゃそうだろうな。姫さまもこれに懲りて自重してくれればいいんだけど。

 で、そんなことを言いつつ出かけようとしたら酒場から呼び出しが。行ってみると、親父のやつがえらく微妙な表情をしつつ、一枚の紙を差し出してきた。差出人とかは特に書いてないのだが、文面の丁寧さと内容で、すぐに誰からの手紙かは判別できた。……あー、なるほど。こりゃ微妙な顔にもなるわ。

 依頼は単純で、公女様が探索に出たときにはぐれてしまった猟犬を探し出して欲しい、というものだった。まあ、そりゃ私たち以外には頼めない依頼だわな。というわけで事情を聞きたがる親父はさっくり無視して探索開始。そしたらすぐに手紙に書いてあった通りの特徴の犬発見。ゲットだぜー! と叫びながら近づいたらびくっとして逃げ出しやがった。ま、待てやコラー!

 山ほどの鳥の群れを片っ端から打ち倒し、足場の悪い地帯もなんのその、ようやく袋小路まで追いつめる。さーもう逃がさねえ、って木の間抜けて逃げやがった! 待てー、と行こうとした私をマイトがひっぱたく。いてて、おまえね、女の子を簡単に殴るなよと言ったら、

「女の子とかそういう冗談はいいから。それより、無駄におびえさせるから犬が逃げちまうんだろ。ちょっとは考えろ」

 ……だからそういう無神経極まりない発言をだな、と、それはさておき、じゃあどうしろってんだよ。と聞いたら、

「とりあえず追いかけるのはいいとして、今度見つけたら俺に任せて後ろで見てろ。邪魔だから」

 だと。……ちぇっ。

 で、ともかく探索続行。木の隙間をがんばって抜けて奥へ行き、やっぱり悪い足場に辟易しながらなんとか到達した終着点。そこに、犬がいた。

 さて、お手並み拝見、とマイトを見ると、あいつは手慣れた調子で犬の注意を引き、優しい声で名前を呼び、あっさり呼び寄せに成功しやがった。むう、なんか気に入らないなー。と思っていたらふと犬と私の目がばっちり合った。……リアクションに困る。しょうがないのでにんまり笑ってやったら、びくっと後ずさって一目散に逃げ出した。南無。

「テメ、なんかやっただろ馬鹿!」

 し、失敬な。私はほほえみかけただけですよ? 相手がどう解釈したのかは知らないけど。

 ともかく追おうとした私たちと、逃げようとした犬。その双方の前に、

 

 ――空から唐突に、そいつが現れた。

 

「ほう、これは趣深い」

 現れた、翼を持つ人間は、私を見てはっきりそう言った。

 なにがだ、ていうか誰だテメエ。と問うと、

「我を知らぬか。それは当然としても、我ら空の民をも見知らぬ様だな。

 土の民にも古きと新しきがあると聞くが、斯様な高層に現れたる汝らはさしずめ新しき民か。まあよい。

 質問に答えよう。無論、汝が興味深いのだ。土の民の女よ」

 私が?

「――全能なるヌゥフの命に依り、選ばれたる者がその後に姿を現したる例などない。

 これは如何なる定めか……全能なるヌゥフは我らに如何なる行いを定めるのか。聖域にて問いを投げかけたいところだが、空の果てにはいま、あの憎き魔鳥が居る。なんとも都合の悪い話だ」

 ……? おい、なんの話だ。

「わからぬか。正直、我らにもわからぬ。

 だが、どうやら看過し得ぬ何事かが起こっておるようだ。いずれまた我らと会う時も来るだろう、新しき土の民よ」

 ごう、と風が吹き、彼の姿が見えなくなる。

 そして、最初の邂逅は終わった。

 

 正直なにが起こったのかさっぱりだったけど。意味深な出来事すぎてなにがなにやら。

 ついでに、犬はあいつが現れた時からマイトに飛びついてガタガタ震えていたらしい。一応確保は成功。らしいんだけど、なでようとしたら噛みつかれそうになった。南無。なんで嫌われてるかなー私。と言ったらマイトからジト目でにらまれた。……なんだよテメエ。喧嘩売ってるのか?


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