・王虎の月、19日
がんそロックエッ、十七階到達。
以下は伝え聞いたアシタのコメント。
「んー、楽勝だったよ? 途中ザコしかいなかったし。
このへんの魔獣は弱くて手応えがないなあ。もっと強いのいないのかなー?」
だそうな。すげーむかつく。くそ、すぐ追いついてやるっ。
と意気込んで突撃したら、途中でものすごく強い竜に出会って泣きながら撤退。死ぬ。あれは死ぬ。
・王虎の月、20日
どうも迷宮内で気分が悪いのが抜けない。
なので、たまたま交易所で居合わせたエレさんに相談したら、宿まで来て本格的に診察してくれるとのこと。たいへん助かる。誰かさんと違ってこっちのメディックは天使だね。うん。
で、いろいろ見てもらったのだが結局理由はわからなかった。身体的な異常は特に見られないから、後は心因性くらいしか考えられないって。……心因性、ねぇ。そんな繊細だったかな私。
ともかく気分を落ち着けるための香料やらなにやらを処方してもらって、そしてエレさんは帰っていった。……むう。どうしたものかな。
「たいして……気にしなくて……いいんじゃない?」
そうかな。まあ、実害はないんだけどさ。
「うん。いまのところはね……ふふ」
嫌な言い方するなよ――って、誰だ貴様。
「カチノヘ……」
……ロックエッジの呪い師じゃないか。なんでここにいるんだ?
「買い物の付き添い……だよ。……ふふふ」
キモいよ。ていうかなんの用だよ。エレさんもう帰ったぞ。
「医術が……役に立たないみたいだし。呪術で……とか?」
要らん。帰れ。
「ひどいなあ。……なんで?」
うさんくさいから。
もっと言うと、おまえ呪術師じゃないだろ。気配がすげー雑魚っぽいし。普通の呪術師は自然に雑霊が周囲に集まって来て、重厚な気配になるもんだ。
「……それは、どうかな。
これはこれで……便利だよ。気配がないから……誰にも……気づかれない」
悪用するなよ。
「ふふふ……どうだろうね」
まあいい。ともかく、診察のまねごとくらいはさせてやろう。ほれ、さっさと病名を言ってみろ。
「死に至る病……さ」
なんだよそりゃ。
「逆かもしれないな……君は、死から逃走しようとしている」
……死にたくないのなんて誰でも同じだろ。そんなの聞くまでもない。
「ああ、死にたくない……ねえ。それは嘘だと……思うけど」
なんでさ。
「だって君、……
――もう、死んでるだろう?――
――っ、と、たたらを踏む。はっと顔を上げると、すでにカチノヘはいなかった。
……やられた。虚を突かれた隙に、術でもかけられたか。財布とかスられてないだろうな。と確かめたがそっちは無事。ほっ。
ともかく。からかわれて気分が悪くなったので今日は宿に引きこもることにした。マイトには気分悪いから今日休みと言っておくことに。
くそ、むかつくなあ。あいつ次に会ったらどうしてくれようか。
・王虎の月、21日
さあ行くぞと気合いを入れて突進して一気に十七階到達。一部のやばい魔獣の行動パターンだけ読めれば後は簡単だった。……くそ、これに気づいてればアシタを出し抜けたのに。無念。
で、帰ってきたらグレイロッジが十八階に到達したという報が。早いよ!
・王虎の月、22日
ほんっっっとうに近場に階段があるの発見。なんで見つけられてなかったんだorz
というわけでこちらも十八階到達。ようやく追いついた感じだがまだまだこれから。見てろよ!
・王虎の月、23日
ごめん体力が尽きた。ダウン。
・王虎の月、24日
かろうじて体力が回復。
十九階に到達したパーティという報はまだ聞いていない。どうも足場が悪くて下の階へ落下する場所が多いらしく、挙げ句にその落下したあたりに厄介な魔物がいて苦しんでいるそうだ。そりゃ難儀だな。
とか他人事みたいに言ってたら、自分たちまで落ちて涙目。挙げ句に3連続くらいでカボチャの化け物に襲われたよ……って、カボチャ?
はい、六階の憎いあんちくしょうと同じタイプでした。当然マイトの弾丸で瞬殺×3。なんだよ、こんな弱いのにみんな手こずってるのか?
・王虎の月、25日
あはははは……資金尽きた\(^o^)/
忘れてた。特殊弾丸って高かったんだっけ。ただでさえここのところ無理して上の階層に来ていたところを、さらにでかい出費が襲って財布があえなく撃沈。こいつは困った。困ったよねマイト。さあ働け。
というわけで今回はブシドーの武術大会だよ! と、即席で構えだけ教えて放り込んだら、あっさり一回戦で負けて帰ってきた。まー仕方ない。普通ならもっと粘れ! と言うところだが相手がワテナじゃなー。ちなみに当然そのまま優勝したワテナが後で言ってたことによると、
「んー、みんな弱かったねー。正直みんなマイトと大差ないじゃん? レンが参加してればもっと楽しかったのになー」
だそうな。……形無しだな。
そして賞金はすずめの涙。これじゃさすがに足しにならない。どうしよう。
・王虎の月、26日
どうも、指名手配された盗賊が十七階あたりで悪さをしているらしい。えらく高い賞金がかかっているとのことで、よしこれで一発当てようと喜び勇んで樹海に出ようとしたところで、ギルド登録所の例の甲冑女に呼び止められた。
で、久々だったので近況を聞かれて、その賞金首を探しに行くと言ったらえらく驚かれた。どうやら彼女曰く、以前に十三階付近で因縁のある相手だったらしい。なにやら魔物をけしかけて冒険者を殺し、後にその金品を強奪するという悪事を繰り返していたらしく、彼女もひとりでおびき寄せられて化け物をけしかけられたのだそうな。……よく生きてたな。と言うと、
「その程度で死ぬほどの雑魚ではない。エトリア組の連中ほどではないが、私も強いぞ?」
と、不機嫌そうに答えた。
で、彼女曰く、相手は衛士の格好をしてこちらを油断させてくるらしい。オーケイその情報が欲しかった。後は衛士を片っ端から狩るだけだな、と言ったらマイトと甲冑女の両方に止められた。……冗談だって。でも、十七階に普通の衛士なんていないよね? たぶん。
そして十七階到達。した直後、いきなり衛士の格好をした奴が馴れ馴れしく近づいてきた。「やあ君たち、こんなとこ、」いまだシロやっちゃえ! マイトが止める暇もなく、がうーと叫んだシロがのしかかって押し倒し、衛士は悲鳴を上げた。
「くそ、なぜわかった!」
と叫ぶ衛士改め盗賊。おーホントに正解だったびっくり。と言ったらマイトにはり倒された。痛いだろなにするんだ馬鹿! え、なに、人違いだったらどうする気だ? 合ってたんだからいいだろ!
とかやってたら盗賊がぼえーと変な笛を吹く。直後、すごい強そうな魔獣が現れた。
「ふ、ふふふ。一瞬遅れを取ったがこいつは強いぜ! さあこわっぱども、命が惜しければ有り金置いて、」
ばきんがんがんざしゅっ。魔物は倒れた。
「え、えええ!?」
おまえね。こんなザコの一匹や二匹、たいして苦戦するわけねーだろ。それより覚悟はおk?
「く、くそ、こうなったら……!」
ぶごー、と変な笛が凄い変な音を立て、そして森が震撼する。な、なんだ!?
「街を攻めるために溜めていた戦力だが、こうなりゃもうなりふり構っていられねえ! てめえら皆殺しにしてやるから覚悟しろよ!?」
うわー、なんか凄いこと言ってるよこいつ。ていうか実はやばくね?
一気に攻められるとやばいし、階段まで退避するか……とか思ったのだが、マイトは不敵に笑った。
「地勢がいい。ここなら勝てる。
単体はザコだし、跳弾を利用して何度も何体にもダメージを与えられる。盾は頼んだ」
よし、その言葉を待っていた! 久々に無茶行くぜ、相棒!
で、マイトの言葉通り。
集団でやってきた敵を、片っ端から跳弾の連続攻撃で叩き伏せる。攻撃は私とシロがカット。だけで普通に勝てた。あれ……これ、ホントに弱すぎね?
「な、な、そんな……!」
盗賊がガクブルってる。おまえね、私たちはともかく化け物じみたエトリア組までいる街に、この程度の戦力で攻め寄せられると本気で思ってたの? 馬鹿なの?
「ひい、化け物っ」
叫んで盗賊はまた笛を鳴らそうとしたが、その笛をマイトの銃弾が打ち砕く。さらにシロがまた取り押さえ、――それで、ぜんぶ終わった。
帰ってきたら超感謝&賞金&謝金ゲット。一気に財布が暖かくなった。やっぱ大昔の偉い冒険者の言うように、路銀尽きたときは盗賊狩りに限るわー。ほくほく。
・王虎の月、27日
大幅に装備を拡充して探索再開。行動パターンさえわかれば強い敵は回避できるし、寄ってくるやつはザコか、かぼちゃ頭みたいに相性いい連中ばっかり。というわけで、ものすごい勢いで地図が完成していった。この調子だともう、明日には十九階への階段が見つかるんじゃないのか。
・王虎の月、28日
十八階と十七階を行ったり来たりして、ようやく到達した場所。それは、桜吹雪の舞い踊る、大きな広間だった。
「――噂の『帰還者』か」
そしてその広間の奥、扉を背にして立つ翼持つ者の姿があった。
……前の奴とは違うんだな。なんのようだ?
「それは私の台詞だろう。我らが住まいに、土の民が何の用向きか。我らと汝らは交わらぬが定め。軽々しく土の民にこの扉を開くわけには行かぬ。
――とはいえ、我らとて帰還者に興味がないわけではない。理由如何によっては、我らの地へと赴くことを許可することも考えてはいる」
……理由、ねえ。
「ただの探索、興味本位であれば帰れ。汝らとて、徒に住処へと侵入されることは吉とすまい?」
翼持ちはそう言って、そして沈黙する。
ともかく、それ以上はどうやっても埒が明きそうにないのでいったん撤退。
帰って宿についてすぐ、マイトが私の部屋にやってきた。
「おい。どうするんだ」
わからん。
けどな、アレどうしようもないぞ。まさかの先住民との遭遇だ。こんなこと大公宮だって想定してないだろ。
こっから先は、大公宮が決めることだ。一介の冒険者風情が介入できる事態を超えている。これからは樹海の探索も、低層がメインになっていくんだろうな。
「そんなことはわかってる。けど、あんたは特別だろ」
なにが?
「なんかよくわからんが、相手が特別な目で見ている。
帰還者、とか言ってな。事情はわからんが、あんたが交渉すれば樹海の探索を続けることはできるかもしれない」
なんのためにだよ。
「あんただってわかってるだろ。ここのところのあんたや、あんたの周囲は変だ」
…………
「いつまで経っても調子は戻らない。そして翼の連中からは特別視。
特に、『帰還者』って名前が気になる。帰還って帰ってきたってことだろ。じゃああんたは、一度は上に行ったことになる」
心当たりはねーぞ。
「知ってる。でも変だろ。
上になにがあるのかは知らない。エスバットの連中が言っていた『天の支配者』とやらがなにをしているのかも。
でも、それがあんたに深刻に関わってきてるのなら、調べなきゃまずいんじゃないのか」
んー……
けどなあ。その理由で、あいつらが納得するか?
「そんなん知るか。あいつらに聞け」
そりゃごもっとも。
……とはいえ、なにかもうちょっと追加した理由が欲しいなあ。個人的に気になる、じゃなくて、大義名分というか。
「そういう理由って、探すものか?」
探さないとないんだからしょうがないだろ。
つーかな、要するにだ。個人的になんか興味があるってレベルで首突っ込んで、あの翼持ちどもと本気で喧嘩になったりしたらやばいだろ。下手をすると街全体にも迷惑がかかるし、そうなりゃ打ち首ものだ。
「打ち首って……」
あり得るよ。この首あげるから仲直りしましょうって。
そこまで追いつめられなくても、ともかく自分の判断だけで突っ込んで街に迷惑かけるのは忍びない。もしやるなら、そうだな……
…………
ふむ。ちょっとやってみるか?
大公宮に行き、公女さまに面会を求める。前にいろいろ縁があったことが幸いして、かなりすんなりと面会は実現した。
で、個人的な事情も含めてぜんぶぶっちゃけた。翼持ちのこと。彼らが樹海の上に住んでいること。彼らが私を特別視していること。彼らから言われたすべて。
「……そう、ですか。そんなことがあったのですか」
公女さまはそう言って、しばし考え込んだ。
――さて、どう出る。
私の読みでは、ここで相手の方からなにかリアクションがあるはずなのだが……
「つまり、こちらが話を振ろうと振るまいと、あなたはキーパーソンになってしまった、ということですね。樹海についての」
そんな感じですね。
「わかりました。
――実は、内密に話したいことがあります。ただし、聞くかどうかはあなたの判断にお任せしたいと思います。
この話は公国の秘中の秘。聞けば必然的にあなたは相応の責任を負うことになる。それを理解した上で、聞くかどうかをどうか熟慮し、判断して頂きたいのです」
……そうですか。
考える。秘中の秘、と来たか。そこまで言われるとさすがにちょっと迷う。
てっきり、病気と聞いた公王さまを治す秘薬とかが樹海の上にあるから取ってこいとかその手の話かと思っていたんだけど、
「ええ!? な、なぜそのことを……!?」
図星かよ。
そういうわけでアクシデントにより後に退けなくなってしまった私は、空の上の城にあるという万病を癒す秘宝、諸王の聖杯を取りに行かざるを得なくなってしまった。あっはっは。……orz
マイトはさっきから「マジでよかったのか、これ……」とかぶつぶつ呟いている。すまん、ある程度既定路線だったとはいえ、熟慮する機会自体がつぶれてしまうのは予想外だった。
まあ、進展もあったけど。盟約の言葉、とかいうおまじないみたいな文句と、それから剣の紋章が入った古い首飾りをもらった。両方とも樹海由来で、おそらく彼らに聞かせたり見せたりすればなんらかのリアクションは得られるだろう、とか。
ともかく、明日からが勝負だ。張り切っていこう。
・素兎の月、1日
「そ、その首飾りは――!」
翼持ちは、首飾りを見るなり絶句した。おお、すごいリアクション。
ついでに盟約の言葉とかいうのも知ってるぞ、ということで言ってみた。えーと上帝の言葉を告げるから帰り道開けやコラ。そしたらさらにドン引きされた。なんだなんだ。そんなに重要なのかこれ。
「『帰還者』が、よりによって『盟約の言葉』と『いにしえの飾り』まで持ってくるとは……一体、なにが起こったのだ!?」
なにがって言ってもなあ。私にもさっぱりだ。
「……よかろう。
ともかく、定めは覆った。盟約の者が現れた以上、汝らを引き留める理由はなくなった。
これより二階層の上。空の城への通廊にて、我らが長が待つ。まずはそこを訪れるがよかろう。私は一足先に報告しておく」
言って、あっさりと翼持ちは去っていった。……なんだったんだろうな。
そして十九階に初到達。た、高いよ! 島が、島が浮いてる!