・素兎の月、23日
今日は大騒ぎすぎて探索に出られなかった……
まさか、砲術協会からあそこまで盛大にもてなされるとは思ってなかったからなー。挙げ句にマイトへ砲騎士の称号を授与するとか言って、表彰式で明日まで拘束されそうになった。さすがにマイトもそれは辞退して、略式で済ませることになったけど。これ以上公女さまの依頼を放っておいたらまずいしなー。いまでも十分遅れてるし。
そんなこんなで、ちょっとした英雄気分を味わった一日でした。まあ、たまにはこういうのも悪くない。
・素兎の月、24日
また気分悪くなってきた……
二階をうろちょろしていた頃にはぴんぴんしていたんだけどな。なんか、樹海の深層に行くほど気分の悪さが深くなっていく気がする。
まあ無視しようと思えば無視できる程度ではあるので、探索続行。もう大きなハプニングもなく、地図も順当に埋まってきた。よしよし。
・素兎の月、25日
二十階への階段、発見。
……だんだん緊張してきた。
考えてみれば、私たちはいままでの冒険者たちが体験したことのない珍しい境遇にある。それは未踏破の高階にいる、ということではなく、他の冒険者たちから二階層も先に進んでいる、ということだ。
どんな事情があるにせよ、過去、こんな特異な立場になった冒険者はいなかっただろう。つまり、それだけ私たちの立ち位置が重要、ということでもある。翼持ちたちとの交渉を兼ねての先遣探索。その役割は極めて重い。
「べつに……気にしなくて……いいんじゃ……?」
まあ、そうかもな。気負って倒れたら元も子もないし。
「ふふ……それは滑稽だね……」
まったくだよ――誰だ貴様。
「カチノヘ……」
帰れ。
「ひどいなあ。……なんで?」
いや、待て。その前になんでおまえがここにいる?
「こっちに……死の気配が、したんだ……だから」
うぜえ。
ていうか、なんで門番の翼持ちはこんなの通したんだか。
「ふふ……簡単なトリックだよ……ワトソン君」
誰だよ。
つーか、なんだ。私たちに用でもあるのか?
「そうとも言えるし……そうでないとも……言える、かな……」
もっとはっきり言えよ。
「君の……敵、だよ……僕が、興味を持つのは」
敵?
「そう……だから、しばらくご一緒させてもらうよ……ふふふ」
できれば、ご一緒したくないんだがなー。
とはいうものの、言って帰る相手でもなし。こっそりつけられても迷惑なので、適度に無視しつつ進むことにした。
そして磁軸の柱を見つけて帰還。明日から本格的に探索だ。
・素兎の月、26日
その男は、明らかにほかの翼持ちと違っていた。
「『帰還者』が、古き盟約の言葉といにしえの飾りを持って登ってくると聞いていた。
諸君らがそうだと私は考えているが、それに間違いはないか?」
言われ、首飾りを見せる。相手は大きくうなずいた。
「確かにいにしえの飾りだ。そなたらが盟約の者であること、間違いはないようだな」
納得してくれたのかい。
「ああ。『帰還者』よ。確かに汝には、再び空への道を通る資格があると認めよう」
あー、その前にちょっと聞きたいんだが。
「なにかな」
その……『帰還者』って呼び方、なんなんだ?
「ふむ。
確かに無思慮であったかもしれぬな。これは我らが間での通称。いつまでも『帰還者』呼ばわりでは不敬であろう。
できれば名を教えていただけまいか。今後、『帰還者』の名は使わぬことにする」
イルミネ。後ろのはマイトとシロ、それからカチノヘだ。
……って、いや、それはいいんだが。言いたいことはそっちじゃなくてな。
「なんだ」
私が聞きたかったのは『帰還者』という語の由来なんだが。
なんでそんな名前で呼ぶ? 私は、べつにここ出身ってわけでもない。帰還って言われてもなにも心当たりはないぞ。
「ほう。心当たりはないのか」
当たり前だろ。こんな空高くに――
がっしゃん、がっしゃん。歯車が回る
……っっ。と、ともかく心当たりはないよ。
「だが、それは奇異だ。なぜなら、我自身が汝の姿を見た覚えを持っているのだからな」
??? なんだ、それ。
「我ら空の民は、聖地にて告げられた神の命に従わねばならぬ。
盟約の者を空へ案内するのもその命のひとつ。もうひとつ重要な命が、傷つき倒れた土の民を空の城へと運ぶことだ」
『天の支配者が樹海を支配している、そんな話を――』
そんな話を、聞いたことがあった。
「我々はその命に従い、多くの土の民を天空へと運んだ。
彼らがどうなったのか、それは我らにはわからぬ。だが運んだ土の民で、その後出てきた者は一人としていなかった。汝以外はな」
待て。今なんつった。
「聞こえなかったのか? 汝は、初めて空の城から、大地へと帰還した者だと言っている」
……あー。そう。
「しかも、その記憶がないと言う。
行った記憶がないというだけならわからぬでもない。だが意識もなく、また我らにも気づかれずに大地へ戻るとは、摩訶不思議としか言いようがないな。
……まあ、それはさておく。どのみち、汝が空からの帰還者であり、また盟約の者であることに疑いはない。
再び空の城へ向かうというのであれば、喜んで門を開こう。ただし、問題がある」
なんだ?
「空の城へと向かう前に、天への門をくぐらねばならない。そしてその門の前に、一匹の魔物が道をふさいでいる。
我らが天空の女王と呼ぶその魔鳥は、ある日突然現れて我らが聖地への行く手を阻み、多くの空の民を殺めた。
腕利きの戦士たちを幾たびも返り討ちにし、我らは神の声を聞く手段を失った。そうして今に至る。もし汝が空の城へ赴こうというのなら、必ずや奴めがその前に立ち塞がろう」
あー、つまりあれか。そいつを倒してこいと。
「ああ。でなければ、いかに我らが認めようとも、空の城へは至れぬ。
心せよ、イルミネ。汝が道は決して平坦ではないぞ」
なるほど……って、ちょっと待てよ。
「なにか」
ああ。その鳥を倒すのは、私たちじゃないといけないのか?
下には私たちよりさらに強い戦士たちがいる。彼らが来れば、あっさりその鳥を排除できると思うのだが。
「それは……だめだ。受け入れられない」
なんで?
「盟約は、汝が空の城へ入って初めて成就する。
我らが受けた命は、それまでこの地を守ること。汝が空の城へ至るまでは、他の土の民を易々と入れるわけには行かぬ」
……めんどくさいなあ。
まあ、でもわかった。要は、私たちがその鳥とやらをぶっ倒して城に入ったら、後続が入るのも自由ってことだな。
「ああ。
全能なるヌゥフ、父なるイシュと母なるイシャの仔、空の民の長クアナーンの名において約束しよう。汝らが魔鳥を下した折には、下にいる土の民たちに対して通行を許可してもよい。
さて、それではさらばだ。汝らが先へ進み、天への門へと近づいた時、また会おう」
言って、彼はその場を去っていった。
「で、どうするんだよ」
マイトが言う。……どうするったってなあ。行くしかないだろ。
「行って大丈夫なのか?」
鳥くらい撃ち落とせるだろ。アグネアがあれば。
「ばか、そっちじゃないっての。空の城って奴だよ。
おまえ、そこから帰ってきたって話だろ。なんか覚えてたりしないのか」
いんや。これっぽっちも記憶にございません。
だいたい、おまえはずっと私と一緒にいただろ。空の城とやらに行ったかどうかぐらい、見ていればわかるじゃないか。
「俺と組む前に行ったとか」
三階までしか入ったことなかったけどな。
「じゃあ……生き別れの双子とか」
おまえ、それ自分で言ってて信じてないだろ?
「……なら、本当に相手の勘違いなのか?」
たぶんな。
ま、どっちにしろ私たちには諸王の聖杯を取ってくるって使命もある。行かなきゃならないんだから、くよくよ迷っても仕方ないだろ。
まずは天空のどS女王様とかいう奴を撃墜して、空の城に行って。後のことはそれから考えようぜ。時間はまだまだ、いくらでもある。
「……わかったよ」
しぶしぶ、といった調子でマイトはうなずいた。
正直なところ、私にだって不安はある。
帰ってきた者は誰もいないという空の城。そして、そこから帰ってきたということになっている私。
時折見る、妖しい幻覚めいたものも不気味だし、迷宮に入ると気分が悪くなるのも治らない。
問題は山積みだけれども、さしあたり今は進むしかない。まあ、今のところ特別に危険が迫っているという感じもないし、もうしばらくはなるようにしておいてもいいだろう。
「もうしばらくは……ねえ。ふふふ……」
おまえは黙ってろ、カチノヘ。
・素兎の月、27日
さあ今日から張り切って探索だと意気込んで宿を出たその直後、目の前にどでかい竜が降ってきた。わあ大変。
大気をつんざく轟音。重なる悲鳴。街は完全にパニックに陥っていたが、私は冷静だった。というか、リアクションに困っていた。
……いや、まあ、驚くには驚いたんだけど。驚きすぎて逆に平静というか、なんというか――なんで、アシタが竜の背中に乗ってるのさ?
アシタは目をぐるぐるさせて完全に気絶していた。そして竜も、逆鱗に矢がぶっ刺さって完全に絶命していた。なにがなにやら。とりあえず、けが人が出なかったのは不幸中の幸い……なんだろうか。信じられないことにアシタはさしたる外傷も負っていないかのように見えたが、大事を取って、ということで薬泉院に運ばれていった。
出鼻をくじかれて今日は樹海に行く気もなくなったので酒場へ。楽に稼げる依頼はないかなーと見てみたら、巫医の会合に参加する知者求む、とかいうのを発見した。よしマイト、教えてやるから行ってこい。え、なんで私が行かないのかって? だってトカゲの煎り汁とか飲まされるんだもん、と言ったら全力で拒否られた。――ちっ。言わなきゃよかった。
もう少し探ってみると、今度は大公宮からの珍味捜索の依頼があった。なんでも晩餐会を開くので、樹海の珍しい食材を求めているのだとか。まあ、あんまり興味自体はないんだけど、いちおう割のいい仕事っぽいから、気にはとめておこう。
そんなこんなで宿に帰還。アシタは結局一日中寝ていたらしい。本当になんだったんだ、あいつは。
・素兎の月、28日
以下、ムズピギーから聞いた昨日の事件のあらまし。
ある日、某バードに二階にすごいお宝があるという噂を聞いたアシタ。居ても立ってもいられず、さっそく仲間を引き連れて二階の探索に行ったのだが、そこにあったのは残念ながら竜の死体だけだった。
出し抜かれたと地団駄を踏んだアシタ、こんなところに竜がいるんだから近場にもう一匹くらいいるに違いないと無茶を言い、結果として三階で見事にデカブツを引き当てた。その名を雷鳴と共に現れる者。竜という竜の中でも、間違いなく最強クラスに数えられる伝説の古竜に、当然のようにアシタは喧嘩を売り――反応して暴れる竜と、樹海を駆け上りながらの大バトルに発展した。
最終的に十八階、竜のねぐらまで追い詰めたがんそロックエッの面々だったが、激しい攻撃に耐えかねた竜は、もうこりゃたまらんと空へ飛び上がって逃げようとする。逃がすかと追いすがり、身体にしがみつくアシタ。振り落とそうともがく竜。その戦いのさなかにパベールが放った矢が天空より落ちてきて竜の背中に深く刺さり、絶命した竜はそのまま地上へ――
で、私の目の前に落ちてきた、というわけだった。そりゃすげえ。まさかカチドキの放言が発端となって、樹海の十八階からそんな大きな落とし物が落ちてくるとは誰も思うまい。犠牲者がいなかったのは奇跡だと思う。ていうか、なんで生きてるんだろうアシタ。不死身かあいつは。
まあ、幸いにもアシタは軽いねんざ以外の傷はなかったみたいだし、これ以上暴れられて被害を拡大されても困るので、しばらくは薬泉院で休んでいてもらおう。ということでこっちは樹海探索を再開。二十階はなんだかえらく入り組んだ構造をしていた。気がついたら元に戻る道がわからなくなったり、抜けられなさそうで抜けられる変な道を見つけたり。そうして芋虫みたいな変なのが暴れて大変始末が悪い。長時間の探索に疲れてのどが渇いたところで見かけたおいしそうな果実は、取ろうとしたら爆発して吹っ飛ばされて死ぬかと思った。南無。
そして結局、今日行った道は袋小路だということがわかって撤退。くそ、あの翼持ちめ、道くらい教えてくれたっていいのに!