イルミネ世界樹日記   作:すたりむ

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第五階層(1):高い城の私

・虹竜の月、6日

 天の城。

 空の果てにあったその金色の船に、私は。

「おい、どうした?」

 マイトの声。……我に返った。危ない危ない。なんか、得体の知れないものに飲み込まれるところだった。

 頭を振って現状を再確認。いま、二十階の通称「天への門」から、昇降機を使って上がってきたところだった。目の前にあるのは、間違いなく「天の城」とか呼ばれていた構造物、だと、思う、のだけれど。

 ……なんかさ、これ、城ってより樽じゃね?

「そうか?」

 だってほら。下も上も似たような感じで丸まってるし。普通は城って上に向かってとんがってるものだろ。これは横倒しになった樽とかそういうのだ。

「そうだけど。樽っていうほど側面が切り立ってないぞ、これ」

 ささいな問題だ。

「……あ、そう」

 まあ、樽でも城でもどっちでもいいけどな。

 まずはこの、金ぴかの樽状構造物に入ってみないと話が始まらない。よしマイト、さっそく探索だぜ! と入ろうとしたところをいきなりコウモリみたいな魔物に襲われた。南無。

 たいへんテンションが下がったものの、とりたてて苦戦することもなく撃退。なんだいけるじゃん、とか思いつつ樽状構造物(この呼び名気に入った)の中に入ったらまたそこに動く植物みたいな魔物が。あーうぜえなあと思いつつ剣を向けたら相手が口を

 

 で、気づいたら薬泉院でした。

 なにがあった? とマイトに聞いたら、どうもあの魔物の叫び声を聞いて即昏倒したらしい。記憶すらありゃしねえ。こえー。樽状構造物、マジ半端ねぇな。

 そしてどうやらマイトはその後で樹海磁軸を見つけたらしい。明日からはそれを使って出発だな。

 

 

・虹竜の月、7日

 出発、どころじゃありませんでした。

 どっかの誰かさんが言いふらしたせいで、私たちは天空の城の第一発見者ということで一躍有名人化してしまったらしい。おかげで今日は朝から宿に人が詰めかけるわ大公宮から呼び出し食らうわ、もう探索なんてできる状況じゃありません。――カチドキめ。あのマスゴミ野郎、今度会ったら一発殴る。

 そんなわけでなにもできずに一日が過ぎた。完。

 

 

・虹竜の月、8日

 今日も朝から人が押しかけてきたのを、宿の裏口からこっそり抜け出して酒場へ。

 やたらテンションの高い親父をテキトーにあしらいながら、いくつか情報収集。どうやら翼人たちは約束を果たしてくれたようで、冒険者たちは一斉に十九階の探索に入ったようだ。こりゃ追いつかれるのも時間の問題だろうな。

 まあ、有名ギルドたちの援護を得られるのは私たちにとっても悪いことじゃない。ゆっくり先に進んでいこう。

 

 と言いつつ、樹海の入り口に行ったら人だかりに捕まってまた一日ロスorz

 この騒ぎ、いったいいつまで続くんだろう。

 

 

・虹竜の月、9日

 今日も今日とてうんざりするような量の人が集まって来る……

 と思ったら、今日はギルド登録所の甲冑女が権力を行使して無理やり私たちを連れて行き、樹海まで送ってくれた。おかげでなんとか探索が行えそうだ。こういうときは頼りになるなあ役人って。と言ったら、

「普通なら頼りにされては困るんだがな。公機関が特定の冒険者に肩入れしたら問題だ。

 とはいえおまえたちを取り巻く状況は特殊すぎる。いままでほぼ無名だったギルドが、いきなり他の冒険者を三階層も追い抜いて、伝承にある天空の城を発見してしまったというのだからな。世間はパニックに陥っているし、その種のパニックから冒険者を守るのは我々の役目だ」

 と、仏頂面で返された。

 そういえば、そういうことになってるんだっけ。実際は追い抜いたというより、私たちだけ特殊事情で先に進めたというのが正しいのだが。

「特殊事情……か。大臣殿より話は聞いている。

 なにやら面妖な事態になっていると聞いたが、その後どうだ。なにかおまえの身に関する追加情報でも得られたか」

 んー、あんまり。

 いちおう、翼持ちたちは本当に倒れた冒険者を城へ運んでいて、そしてそいつらは化け物に生まれ変わることになる。ってのの実例にぶち当たったりはしたけど。

「ほう。名のある冒険者だったか?」

 名のある……かどうかは知らんけど。知り合いだったんでな。ベオウルフって連中。

「――フロースガルの一味か。

 それで、どうした」

 どうしたもなにも。襲ってきたから倒したよ。

「そうか。奴も運がないな。

 決して最先端を行く冒険者ではなかったが、低層でよく新人の面倒を見、皆から好かれていた。彼らがいなければ死んでいた冒険者も多いだろう。

 せめて、もう少し早く冒険者などという危険な職業から足を洗っておれば、もっとマシな死に方ができただろうにな」

 そう言って甲冑女は背を向け、

「おまえたちも、引退する時は間違えるなよ。いつまでもやっていても未来はないぞ、冒険者なんか」

 と言って去っていった。

 ……引退、ねぇ。いつになるやら。

 

 そして今日は樽状構造物の社会科見学。動く床とかいっぱいあって超楽しい。楽しすぎて逆から乗ったりして遊んでいたら黒い鎧武者に襲撃されて死ぬかと思った。南無。

 

 

・虹竜の月、10日

 社会科見学、続行。

 変ならくがきが書いてある壁とか、いろいろ見ながらはしゃぎまくり。強力な魔物も多いがアグネアばかすか撃てば怖くない。……ふと思ったんだが、壁とかもアグネアけっこうぶち破ってるんだが大丈夫なんだろうか。その、樽状構造物、当たりどころが悪くていきなり落ちる、とかはないよね? なにしろこの樽は支えもないし、高空なので微妙に怖い。

 で、二階――えーと、樹海から通算すると二十二階か。そこへの通路を確保。順調に進んでる感じだ。悪くない。

 

 

・虹竜の月、11日

 二十二階を歩いていたら、へんな丸い機械がういーんと近づいてきて声を上げた。

『ケイコク! ケイコク!

 ココカラサキ、タチイリキンシ! ケイコク! ケイコク!』

 ……なんだよこれ。うるせえな、と思って蹴っ飛ばそうとしたらいきなりビーム発射。

 うおお危ねえ! 即座に応射したマイトによって機械はスクラップになったが、なんだったんだろう。樽状構造物は危険がいっぱいだな。と言ったらマイトが、

「得体の知れないものに手を出すからだろ。次からは注意しろよ」

 と返してきた。なんだよー、手は出してないだろ足だ足。と言ったらあきれた顔でなにも言われなかった。……むかつく。突っ込みが返ってこないと私一人バカみたいじゃないかっ。

 

 とか言いながら歩いていて調子に乗ってでかい竜に喧嘩を売ったら一蹴されたorz

 信じられんほど強かった。樹海侮りがたし。得体の知れないものに手を出すからこうなるんだ。次から注意しよう。

 

 

・虹竜の月、13日

 いろんなことが起こった。

 ……ちょっと混乱していて書きにくいが、できる限り記しておこうと思う。

 

 きっかけは二十二階の探索。いろいろ調べた結果、例の竜が寝そべっている通路の奥がどーも怪しいんじゃないかと踏んだ我々は、そーっと起こさず潜入を決行してみることにした。しかし案の定うまく行かず、見つかった私とマイト、シロは竜に分断され、慌てて動く通路に逃げ込んだ私は二人を残して奥へと単身進む羽目になってしまった。南無。

 それでまあ、いろいろ観察してわかったことなのだが、どうやらこの種の竜は夜行性……と言っていいのか、ともかく、外では夜の時間帯に活発に動き回るタイプのようだった。そうと決まれば、と思って、通廊をふさぐ竜たちを動き出した隙にすり抜け、奥へ奥へ。本当は戻る道を探しているはずだったのが、気がついたら、二十三階への階段を見つけていた。

 あーこりゃ道を間違えたなーと思いつつも、魔物の気配がないので調子に乗って二十三階へ。そこは、なにかの研究所みたいな場所だった。大きな機械人形たちを格納する倉庫、奇妙な色の液体がぶくぶく詰まった水槽を経て、でかい広間へ。照明が落とされたその広間は静まりかえっていたが、その奥にいるものの存在感は圧倒的で――そして私は、悟ってしまった。こいつの正体を。

『来訪者か。

 こちらに来るなと警告を出しておいたはずだがな。まあよい。来てしまったなら来てしまったで、相応の使い道があろう』

 どこからともなく聞こえてくる、声。

 テメエ誰だ姿見せろ姿。と言うと、相手はくくくと笑った。

『威勢がいいな。

 姿か。いずれ見せても構わぬよ。もちろん、汝がこの我、オーバーロードの下へ降り来たった暁には、という条件だがね』

 陰湿に響く声。くそ、どこにいるかわからないっ……! 下手をすると、どこか別の場所で監視しているのか。いや、むしろさっきから敵の気配がまったくなかったのだって、実はこちらにおびき寄せるための罠か……!?

 罠と考えると、つじつまはものすごく合う。なにしろ、目の前にいるその黒い獣は、

『それで、どうかな。汝自身を用いた、素晴らしき研究成果を目の当たりにした感想は』

 私の――なれの果てなのだった。

『見事だろう。元よりこの大躯、漆黒の獣ジャガーノートは我が現時点での最高傑作として作っていたのだがね。最後の一パーツがどうしても足りなかったのだ。

 だが汝の死体は、それを補って余りある素材であった。完成したのは汝の御陰だ。感謝しよう』

 上機嫌に声が続く。

 ……認めたくない。認めたくないが、私の奥底からなにかが呼びかけてる。

 アレは、間違いなく、私だと。

 ――私の、死体?

 なら、私は、

『しかし奇妙なこともあるものだな。死んだはずの汝がなぜかこうして、生きているかのように振る舞ってここへやってきた。

 幽霊、亡霊などという、愚かな概念は捨てたはずなのだがな。そんなものを思い出してしまったよ。まあ、汝が幽霊だろうと亡霊だろうと、その辺はどうでもよいがね。

 重要なのは、汝がとても興味深い研究対象だということだ。もしかすると、ジャガーノートを超えた、より完全なる生物種を生み出す糧となりうるやも知れぬ』

 ……テメエ。

『抵抗は無駄だ。このジャガーノートを前に逃れられるものはおらぬ。

 さあ、おとなしく、収穫を迎えた穂のように、刈り取られるがよい――!』

 声に、慌てて私は逃げようとする。だが獣が逃がしてくれるはずもなく、黒い巨体が私へ覆い被さるように――

 

 で、気づいたらまた薬泉院だった。

 マイト曰く、二十二階のどこかで力尽きたようにぶっ倒れていたらしい。なんであんな奥まで行くんだ、すげえ探したんだぞ、と怒られまくった。なにしろ一日以上帰ってこなかったということで、関係各所に心配をかけてしまったそうな。悪いことしたなあ、とか他人事みたいに思いながら、私は昨日あったことを思い返していた。

 できれば夢であって欲しかったんだが。あれはどうやら現実みたいだ。

 考えてみれば当然だろう。翼持ちたちは樹海で倒れた冒険者たちを空へと運ぶ。ということは、空の城には私の死体があるってことだ。

 じゃあいまの私はなんなのかって? それは私が知りたい。


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