イルミネ世界樹日記   作:すたりむ

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第五階層(2):戦場、亡者の爆進

・虹竜の月、14日

 ぜんぜん動く気力がない。

 マイトは、調子が悪いのなら休んどけと言って出かけていった。なんでも、最近は樹海の探索可能区域が激増したということで、有能な冒険者がこぞって高階の探索に乗り出してしまい、下の階での仕事がかなり余っているらしい。あんまり上層に行かなければ一人でも探索できるから、と言っていた。

 ……まあ、そんなことはどうでもいいや。

 問題は、これからどうするかということ。あの、樹海の果てで見つけた、黒い獣の姿をした私の分身をどうしたらいいのか、それを考えなければならない。

 放って逃げるという選択肢はナシだ。あんな気になるものをほったらかして、のうのうと生きていられるほど私は神経太くない。

 関わらなければならないとして、アレは一体なにものなのか。それが次に気になる。

 オーバーロードは言った。あれは私の死体だと。

 もしそれが正しいとすれば、むしろいまここにいる私はなんなんだろう?

 オーバーロードは私のことを、亡霊だか幽霊だか、そんなものだと思っているらしい。

 普通の人間ならばかばかしいと一笑に伏すのかもしれない。のだが――やっかいなことに、私はそれを否定できない。

 霊を感知し、操作し、使役する能力については、私は嫌って言うほど心当たりがある。幽霊とか亡霊とか、そういうものがあって、しかも力を持ちうるのだということを、私はよく知っているのだ。

 以前だったら「でもそうした霊は常人には見えないんだから、マイトとかから見えている私は幽霊じゃない」とか言えたんだけど……シロみたいに、なぜか通常人に見えて普通に活動できる幽霊が実在する以上、そう簡単には可能性を排除できない。

 ……というか。シロって、どうして普通に誰にでも見えるんだろうね?

 うーん……ととと、脇道に逸れるところだった。いかんいかん、いまは目の前の問題だ。

 仮に私が幽霊だったとして。あの獣をどうするか。

 ……うーん。

「倒しちゃえば……いいんじゃ……ないの?」

 そう割り切れれば楽なんだけどさ。

「なにか……気になる……ことでも?」

 うん、実は――誰だ貴様。

「カチノヘ……」

 またかよ。なにしに来たんだよ。でてけよ。

「まあまあ……面白そう……だし……ね?」

 ね? じゃねーよ。しょうがねーやつだな。なにしに来たんだ?

「怪獣を……観察しようと……思って」

 帰れ。

 ていうかなあ。ひとがへこんでるときに、無駄な茶々入れに来るなよ。うざいから。

「そんなこと……言ってる場合……かな?」

 なんだよ。なんの話だ?

「だってさ……このまま進んだら……アレと……戦うんだ……よね?」

 ――――

 そう。それがいちばん重要だ。

 このまま進み、私の問題を解決する。そのためには、なにやらよからぬことを企んでいるらしき城の主、オーバーロードの邪魔を排除しなければならないだろう。

 そしてそのためには、あの怪物――ジャガーノートを、どうしても倒さねばならない。

 ならないんだけど。

「勝てないよねえ……あれ。強すぎるし……ふふふ」

 その通り。

 困ったことに。私であるはずのあの化け物は、私よりずっと強いのだった。

 私だからこそわかる。アレは、普通のヤツじゃ相手にもならない。

 というか、普通じゃなくても相手にならないか。エスバット級は論外、エトリア組から選抜したチームを組んで、ようやくどうにかなるかならないか、といった感じ。

 それだけとんでもない相手を前に、私たち程度がどうこうできるという話でもない。ここはおとなしく静観して、上位ギルドに奴が倒されるのを待つしかないだろう。

 ……そう、理性は告げている。

 のだが。

「未練たっぷり……だよねえ? ふふふ」

 うるさいぞ、カチノヘ。

 ていうか、せっかくここに来たんだ。おまえも知恵出せ知恵。

「知恵……なんの?」

 だからあいつを私たちが倒す知恵。なんかあるだろ。ほれ。

「それは……無茶……じゃない?」

 そんなことは知ってる。いいから出せ。

「じゃあ……ひとつ、案がないこともないけど……」

 なんだ?

 問いかけにカチノヘは、いつになくはっきりと答えを返した。

「自殺」

 

 

・虹竜の月、15日

 相変わらず、動く気力はない。

 昨日カチノヘが言った究極手段。そいつが、頭の中にこびりついている。

 要するに、アレだ。呪殺の一種だ。

 よくある、人形作って心臓部に一撃、という類の呪い。そのすごい版と思えばいい。

 人形役は私。そして呪われるのはあの獣――の中の、私の身体。

 なにしろ人形と本体に最初から霊的なつながりがあるのだ。呪いは極めて高い精度で効果を発揮する。

 さらにそれが、相手が私を殺す形であれば最高だ。自分が自分を殺す――自殺という形式自体の相似効果で呪の威力は倍増し、確実に相手の息の根を止めるだろう。

 …………

 

 自分でもなんで悩んでいるかよくわからないままに、ふらふらと外出。

 いつもの酒場に行ったら、そこに珍しいやつがいた。

「あら、こんなところで会うとは奇遇ね」

 そういえばおまえとここで会ったのは初めてだな、アーテリンデ。

「……変な卦が出たのはそのせいかしら。

 なにか妙なことでもあった?」

 まあ、いろいろな。

「ほほう」

 なんだよ。気色悪いな。

「――以前、こんな話をしたことがあったっけ?

 上に行こうとする限り、冒険者たちにはどうしても法外な力が必要になる時が来る。それは倒しようのない敵と出会った時か、果たし得ない願いを、叶えようとした時。

 そうなったとき、あなたは、どうするのか。そんな話をしたわよね」

 そういやそうだったな。

「あなたはそれに対して、明確に答えずにはぐらかした。

 さて。改めて、あなたの答えを聞きたいわね」

 ……なんで、いまこのときに?

「そういう卦だったの」

 そうかい。

 つってもな、状況が抽象的すぎて答えにくいな。

「じゃあ、適当に状況を設定しようか?

 そうね。どうしても自分で倒したい敵がいて、でも自分ではどうしても倒せない。そんな状況ってことにしておきましょうか」

 …………

「なによ。苦虫をかみつぶしたみたいな顔をして」

 おまえ、なにを知っている?

「べつになにも。卦から見えた相を適当に想像して言っているだけよ。

 で、どうするの? 死喰いでもやる?」

 その方法は取らないっつーの。

「ふうん。でも選択の余地、あるの?」

 いろいろあるさ。

 たとえば、全部あきらめるってのもひとつの手だ。

「……あー。まあ、そりゃそうだけど」

 状況があり、欲求があり、手段がある。これだけ限定されていても、選択肢なんて無数にある。

 そもそも、目標自体もいろいろ段階があるんだ。自分で倒す、仲間と一緒に倒す、強いひとに頼んで倒してもらう、倒すのをあきらめる。それが確定したら、今度はそのために必要な力を調達する方法を考える。

「で、なにを目標にして、どうやって力を調達するの?」

 それをいま考えてるんだよ。

「ふーん。

 まあ、適当にがんばってね。あたしには関係ないし」

 それで話はおしまい。

 あとはお互い無言で、適当に酒を飲んで帰ってきた。

 

 ……実際のところ。

 私は、たしかに痛いところを突かれたのだった。

 目標自体を選ぶ余地があるなんて、よく言えたものだ。それは裏を返せば、まだ目標すらきちんと定められていない、という意味じゃないか。

 あの獣を放っておきたくない。この欲求は確かだ。

 では、どうすればいい?

 殺すのか。誰かに殺させるのか。

 それを是としたとして、疑問がひとつ残る。

 あれは私の本体。ではあれを殺した後、私はどうなる?

 死ぬ――は元からとして。成仏して、きれいさっぱり消えてなくなったりするんだろうか?

 そうだとすれば……あれを殺すことに、なんの意味がある?

 …………

 いや、意味はある。

 少なくとも。私以外の人間が、それを理由にして傷つかずに済む。

 空の上へ目指す人間は私以外にたくさんいる。彼らが傷つく理由が、ひとつでも減ってくれるなら、それは意義があることだ。

 どうせ、放っておいてもいつかは、あの獣も倒され、私は死ぬだろう。

 だとすれば、被害が出る前に、自分の死と引き替えにあいつを倒すことも、無駄では――

 …………

 やるしか、ないのかな。

 自分自身を生贄として、あの獣を無力化する。

 他人は巻き込めない。マイトもシロも。これは……私の、戦いだ。

 さて、問題は、いつ決行するかなのだが――

 

 

・虹竜の月、16日

 夜。

 誰もが寝静まった頃に、私は出発した。

 

 天空の城は、静まりかえっていた。

 魔物や機械の気配もない。唯一動き回っていたのはあのデカい蛇くらいか。

 それは適当にくぐり抜けて奥へと進み、二十三階へ。

 相変わらず、あたりは静まり帰っている。不気味な実験道具が並ぶ廊下、機械人形達が並ぶ倉庫を経て、例の場所へ。

 そこに、奴がいた。

 

『おやおや。また来たのかね』

 嫌味な声が響く。

 よう。戻ってきたぜ。

『…………。

 正直、驚いている』

 ふうん。なにに?

『戻ってきたことに、だ。

 前回、不可思議なエラーが原因で取り逃がしたからな。正直に言って、もう二度と来ないものかと考えていたが――』

 どうでもいいだろ? そんなこと。

『そうだな。重要なのは汝が戻ってきたことだ。

 我が下へ降る気になったのかね?』

 …………

『ふん。まあ汝の意志など関係ない。

 重要なのは素材の在処だ。いざとなれば下の街でも襲撃して手に入れるかと思っていたが、手間が省けたというもの』

 そんなこと考えてたのかテメエ。

『なにぶん、我が目的なのでね。

 生物の進化の限界。それを見極め、従う者にその恩恵を与える。それこそが、我が使命』

 従う者なんていないじゃん。ここには、誰も。

『今は、な。それは時間が解決してくれよう。ささいな問題だ。

 さて。では、覚悟はできたかね?』

 言葉と共に、ずい、と獣が前に出る。

 応じて、私は吸い込まれるように、その獣の前に出る。

『よし、ではこれから組み込みを――っ!?』

 がきん! と音がして獣の足に私の巫剣がめり込み、獣が低い悲鳴を上げて二、三歩後退した。

『……どういうつもりだ』

 ふふん。誰が観念して戻ってきたっつった。馬鹿。

 そのバケモノに取っても巫剣はけっこう痛いだろう? こいつは「剣創」という、剣で切られてできた傷を、呪的に再現させる魔具だ。材質も防御力も関係なく、貫き通して打撃を与える。

『正気か? このジャガーノートに単身、勝利できると?』

 正気か狂気かなんざ、私は知らん。

 ただ、勝ち目があるから来た。……覚悟はいいか上帝。こっちはできてる。

『……面白い。

 よかろう。どうせ組み込みに五体満足な身体など必要はない。

 一度ぐちゃぐちゃにしてから作り直しても問題はなかろう。ジャガーノート、遠慮なくそいつをたたきつぶせ――!』

 声に応えて、獣がおおおおお、と吠えた。

 

 瞬間、あ、死ぬなー、と思った。

 なにしろ、相手は私なのだ。どの程度のパワーがあるかなんてすぐわかる。

 突進されれば跡形も残らず、頭突き一発でも身体は爆砕、前肢で蹴られようものなら胴体以下と頭が泣き別れ。

 どれひとつとして生きていられる攻撃がない。こりゃ無理だ。死ぬ死ぬ。

 そんなわけでさっさと死んで、呪が発動するようにしておかないとなーと呑気に構えていた、そんなとき。

 

 爆音と共に、相手の身体に無数の光弾が突き刺さった。

 つんざくような高い悲鳴。鋼鉄の身体が思わず後退、というより吹っ飛ばされ、地面にたたきつけられる。

 ……は?

「無事か!」

 そう言って駆け寄ってきたのは、……マイトだった。

 な、なんでおまえがここに、と言うと、

「ばかったれ!」

 と言って、げんこつでぶん殴られた。

 超痛い。なにしやがんだてめえ! と叫ぶと、

「そりゃこっちの台詞だ馬鹿! ひとりで勝手に抜け出したと思ったらよりによってこんなのに喧嘩売りやがって! 無茶も大概にしろ!」

 う、うるせえな。いいんだよ勝ち目はあるんだから。

「勝ち目ってアレだろ。自爆技で道連れとかそういうのだろが」

 な、なんで知ってるんだよ。

「アーテリンデから聞いた」

 ……あー、そう。

「あーそう、じゃねえ! なんでそんな馬鹿やるんだ! こいつを倒したってあんたが死んだらなんにもならねえだろうが!」

 ――――

「なんだよ。なにか言いたいことがあるのか」

 よく聞け、マイト。

 こいつはな、私の本体なんだ。だからこいつを殺したら、どっちにしろ私は死ぬ。

「……で?」

 いや、だから。どうせ死ぬなら他人に迷惑かけないようにという自己犠牲の心がだな、

「だから馬鹿だっつってんだ馬鹿!」

 うっさい。馬鹿馬鹿連呼すんなチビガキ!

「ち……! ガキはともかく、チビは関係ねーだろ!」

 おー気にしてる。やーいチビチビー。悔しかったら私より背が高くなってみろっての。

「泣かす! 絶対泣かす!」

『ふむ。なるほど』

 耳障りな声が、私たちの馬鹿喧嘩を中断した。

『自爆、ねえ。どんな手段か知らぬが、物騒なことを考えていたのだな。

 だが、タネが割れてしまえばたいした脅威ではない。要は生け捕りにすればいいのだろう?』

 ぐるるる、とうなりながら態勢を整えるジャガーノート。やべ、本格的に計画破綻しちゃった?

「ここはいったん退くぞ」

 マイトが言う。……あのなあ。無茶言うなよ。この状況で相手が見逃してくれるわけないだろうが。

「無茶は得意なんだろ?」

 うぐっ。いやだからそうだとしてもだな、

「前に言ったよな、あんた。今度の無茶はもう少し考えてやれって。

 だから、俺なりに考えてやってみたぞ。……こんな風に」

 マイトが言うのと、ほぼ同時だった。

 耳をつんざく轟音。破砕音と爆発音が混じったすごい音。あと警報も鳴ってるみたいだがうるさすぎて聞こえない。

『な、なにが起き――!?』

 どごーん、と壁をぶち破って、現れたのは。

「いえーいイルミネ、助っ人さまの登場だぜー?」

「や。久しぶり」

 カチドキと……アシタぁ?

 なんでこの組み合わせ、とか思ってたら、

『馬鹿な! くそ、警備システムはなにをしていた!?』

「ぶち破ったよ? 全部」

 あっさり言うアシタ。……あー。壁の向こうに見えるロボ達の残骸はそれですか。

「さて。マイトがどうしてもって頼み込むくらいだから、どんなバケモノかと思ってたけど。

 言うだけあって大きいねえ。楽しみだ」

 アシタがぶんぶん棍棒を振り回しながら言う。

 なにするつもりだ? と問うと、

「そーだねぇ。まずは……力比べかな」

 と、そんな答え。

 その瞬間、ジャガーノートが吠えた。

 ものすごいスピードで突進し、アシタに向けて角をぶつけようとする。

 即座に、アシタの棍棒がうなった。

 角の付け根に一撃し、勢いを相殺するようにたたきつける。

 爆音が走った。

 アシタは吹っ飛ばされて数歩後ろに後退し、ジャガーノートもまた、勢いを押さえ込まれた形でその場に止まっている。

「あいたたたた。腕力勝負だとこっちが若干劣勢だな」

 じゃ、若干で済むんだ……アレ相手に。

 さすがはアシタ、というところだが、状況は思ったより深刻だ。なにしろ、若干とはいえアシタが劣勢になる相手である。相変わらず勝ち目はない。

『くっ、怪物じみた人間め。

 だが打つ手はもうあるまい? おとなしく降伏すれば――』

「いまだカチノヘ、やれ!」

『なに!?』

 声と共に、黒いツタが地面から生えてきてジャガーノートの体躯を縛り付ける。

 どうやら、動けなくすることに成功したらしい。

「よっしゃあ効いた! さあいまだみんな、とっととずらかるぜ!」

 カチドキに従い、私たちは走り出した。

『くそ……! このままでは終わらせんぞ!?』

 背後に、奴の怨嗟のこもった声を受けながら。

 

 

 ……で、どこだここ。

「ふ――迷った」

 アシタが胸を張って言う。おまえな、威張って言えることか。つーかあれだけ直線的な移動してきてどうやって迷えるんだよ?

「うっさいなあ。そのまま逃げたら敵が追ってくるじゃない。

 だからちょっと迂回して逃げてみたのよ。ふふん、あまりの高等戦術に驚いて泣け」

 泣くかよ。つーかそれは戦術じゃなくて単なる自爆。

 結局、マイトとかともはぐれちまうし。どーすんだよこれ。

「そーだね。どうしよっか?」

 ……他人事みたいに言うなよ。

「しょうがないでしょ。起こったことは起こったこと。いまはこれからどうするかが重要なのよ」

 これからどうするか、っつったってなー。正直、プランなんてなにもねーぞ。この展開は予想してなさすぎた。

「それなんだけどさー。正直あたし、なんにも事情知らないんだけど。なにしようとしてたのさ?」

 んー、説明するとけっこう長いんだが。

「三行で」

 無理。

「そこをなんとか」

 あーじゃあもうできる限り簡潔に言うとだな。あの獣が私の本体で、いまの私は幽霊で、そんで倒すには私が呪殺するのがいちばん手っ取り早いって話だ。

「そうなんだ。じゃあ呪殺すればいいじゃん」

 いや、しようとしたらマイトに止められたから。

「なんで?」

 たぶん、実行したら私が死ぬからじゃないでしょうかね。よくわからんけど。

「へー」

 ……なんだよ。やる気ない返事だな。

「他人事だからね。

 まあでも、よくわからないことするなあ。とは思うけど。死ぬようなことわざわざするのってどういう理由さ」

 いや、だってしょうがないだろ? あんなの、どうせ放っておいても誰かが倒すだろうし、被害が出る前に私が倒したほうが。

「それは道理ではあるけど、理由にはなってないなあ」

 ……どういうことだよ。

「だからさ、理由だよ。

 キミの言うことは、それをキミが実行することがいいことだという内容だ。けど、いいことなら理由なしにするほど、キミは善人だったっけ?」

 ――――

「だいたいね、目的がはっきりしていないんだよ。キミは。

 前にも聞いたけどもう一度聞くよ。なんで樹海なんか登ってるのさ?」

 それは――

 

(名誉のためかしら。それとも、金のため?)

 両方だな。

(ふうん、両方、か)

 

(出世して、見返してやりたかった。……って感じですか)

 そんなところです。

 

 樹海を登っているとき、何度も聞かれた問いだ。

 じつを言うと、本気で考えたことがない。

 前に聞かれたときは、色々考えて、それっぽい答えにたどり着いた。……気になった。

 実際は。ぜんぶ、後付けの理由だった気がする。正直に言って、私には樹海に登る意義なんて、これっぽっちも、ない。

「要するに、なんとなく流れ的に、なんじゃないの?」

 アシタが言う。……くそ、なんか言い返したいが言い返せない。

 最初に登ったきっかけは、治療役としてスカウトされたからだった。クビになった後は、頭に来て見返してやろうと思っていた気がする。

 でも、そのどれも必然じゃない。私の意志はそこにはなく、ただ単にそのままの勢いで続いてきただけでしかない。

「べつにそれは悪いわけじゃないと思うけど。誰に迷惑かけるわけでもないしね。

 たださ。自分が死んでもやるべき、ってことじゃないよね。樹海登り」

 ……そう、なのかな。

 

(むしろ、相手の気迫に呑まれた場合、勝った後が怖い。

 あれだけ覚悟を決めた相手に勝ったんだから、と、自分まで覚悟を決めなければいけないような気になってくる。そうして、気づいたら相手の覚悟と自分の覚悟がすり替わっているんです。で、無茶をして自滅する)

 

 そんな言葉を、聞いたことがあった。

 いろんなことがあった。

 エスバットの連中との決闘。翼人たちとの交流。フロースガルたちとの殺し合い。

 それで、無意識に私は、なにかを背負った気分になっていたのかもしれない。

 実際には、本当に背負うべきものは、ただひとつ――

「どう? ちょっとは目が覚めた?」

 ああ。

「んで、どーするのさ? 逃げる?」

 まさかあ。そんなわけないだろ。

 あのオーバカヤロードとかいう野郎、勝手にこっちの身体を好き勝手しやがって。一泡吹かせてやらんと気が済まん。

「あらそう。じゃあ、どーやって倒すか考えようか、あの獣」

 倒すのなんて簡単だろ。呪殺でイチコロだ。

「いや、それはダメ」

 は? なんで?

「あのねえ。そんなの、理由を考えれば一発じゃない。

 馬鹿に一泡吹かせるためにやるんでしょ? なら、ただ倒せばいいだけじゃない。生き残ってぶちのめさないと意味がないじゃない」

 ……どうやって。

「それはこれから考える。

 うーん、生け捕りかあ。手足潰せばなんとかなるかな」

 ぶつぶつつぶやくアシタ。

 ……本気だ。

 こいつは、心底本気で、無茶極まる計画を実行しようとしている。

 それが、なんとなくおかしくなって。

「おい、なに笑ってるのさ。気色悪いなあ」

 すまん。あまりの馬鹿さに耐えられなくなった。

「馬鹿とか言うな! キミよかマシだよっ」

 なんだとこいつっ。

「やるかこのーっ」

 ぎゃいのぎゃいの。

 騒いでいたら、間近でものすごい騒音。な、なにごと!?

「あ、蛇だ」

 げげげ。二十二階のバカ強い竜じゃないか。こりゃ逃げないとマズ……なに棍棒振ってんだアシタ。

「いや倒さないとまずいっしょ。ほら鬼力化で援護」

 あっさり言う、アシタ。迷いも恐れもない。

 ……ええい、しょうがない! 負けたら放って逃げるからな!

 

 瞬殺でした。南無。

 

 

 しかし……

「ん? なに?」

 あんたのほうは、なんで私に加勢してくれるんだ?

「そりゃマイトに頼まれたのと、それから」

 それから?

「敵が強そうだから狩りがいがあるかな、って」

 ……らしいな、実に。

「ふふん。そーだろそーだろ。もっと褒めろ。

 お、あそこにいるのマイトじゃない?」

 ひどい回答に呆れていたら、アシタが前方を指して言った。

 そっちのほうを向くと、たしかにマイトがいた。こっちのほうなど見向きもせずに、銃を乱射している。

 というか、戦っている。

 ……って、え?

「なにしてんだイルミネ! さっさと逃げるぞ!」

 マイトがアグネアを撃ちながら後退する。よく見ると、その奥にはさっきまで見ていたでっかい姿。

 漆黒の獣、ジャガーノート。

「噂をすれば、だあねえ。ケケケ」

 おいおい、なに笑ってるんだよアシタ。たった三人で勝算はあるのか?

「ふふん。まあ見てな。

 普通ならカチノヘあたりの援護がないと辛いんだが、これだけ図体が大きい奴ならさすがに外さないさ」

 ずずいと前に出て、アシタ。

 ジャガーノートはそれを見て、低くうなり声を上げて構えている。

 アシタは棍棒を高らかに振り上げ、

「行くぜ、撲殺奥義――アシタ☆ストライク!」

 突進しつつ、棍棒をあり得ない勢いで相手にたたきつけ――

 ジャガーノートはそれに対し、ひょいっ、と身軽にバックステップで回避。

「ありゃ?」

 勢い余ったアシタの棍棒は、そのまま地面にたたきつけられ、

 どごーん、というすごい音と共に、地面そのものをぶっ壊してなにもかもを下の階にぶち落としわあああああああああああぐはっ!?

 一階下の地面にたたきつけられる。すげえ痛い。なんだこの超展開。

「い、イルミネ……大丈夫か!?」

 駆け寄ってくるマイト。なんとかなー。アシタは目ぇ回してるみたいだけど。

 と、ぐぎゃあああ、という吠え声。ヤバい、落とされたジャガーノートがご立腹だ! ものすごい勢いで前肢を振り回し、アシタに肉薄する。

 くそ、世話の焼ける奴め! と前線に出て、前肢を巫剣で受け止め――られずに吹っ飛ばされた。南無。そーだった、こいつ強かったんだっけ。

「バカ、無茶しやがって……!」

 マイトがぱんぱん銃を撃つ。が、ジャガーノートは意に介さない。そのまま角で私を串刺しにしようと突進してきて――

 その瞬間、前にも見た黒いツタが、ジャガーノートの足に絡まって動きを止めた。

 ……あれ、カチノヘ?

「呼んだ……?」

 うわあっ。いきなり耳元でささやくな気色悪い。

 って、なにやってんだおまえ。このタイミングで出てきても相手の餌食だぞ?

「だからさ……怪獣を……観察しようと……」

 怪獣ってなあ。あんなの観察するならもっと遠くからにしろよ。図体でかいから見えるだろ。

「あれじゃないよ……?」

 へ?

 カチノヘは、杖で私のことを指して、

 

 ――さあ、力を見せてよ――

 

 瞬間、現れたのは、光の暴風だった。

 黒い枝を引きちぎっていままさにこちらへ近づこうとしていたジャガーノートを、叩き、引っ掻き、押し返して後退させる。

 って……シロ!?

「そう、あれが……君の能力。

 幽霊に物理的な力を与える、異能……その顕現だよ」

 カチノヘが言う。

 ……な、なんの話だ?

「見えるだけじゃない……話せるだけでもない……幽霊に、触れる能力。

 それは……他にない異能だよ。普通の能力じゃない」

 え、それって――

『ほう、こんなところに逃げ込んでいたか』

 耳障りな声が、私の思考を中断する。 見ると、うぃんうぃん言いながら飛行する機械がこちらに近寄ってきていた。その上には――なんで縛り付けられてるんだカチドキ。

「たはは……捕まっちゃったぜー」

『発声機能付きの機体の残存数が少なくてね。申し訳ないが、こんな見苦しい姿で失礼させてもらうよ。

 さて――それはともかく、侵入した全員がいるとは僥倖だな』

 嫌らしい声で言うオーバーロード。

 なにが僥倖なんだよ、と聞いたら、

『なに、取引が簡単になると思ってね』

 取引?

『そうとも。汝が自分から素材として自身を提供する代わりに、残る全員を生かして返すという。そういう取引だ。悪くないだろう?』

 …………

 なるほど。そりゃあ悪くない取引だ。

『同意してくれるかね』

 そうだな。

『よし、ならば――』

 マイト、撃て。アレ不愉快だからスクラップにしろ。

『な、なにを――』

 ぱんぱんぱん。機械はあっさりおしゃかになった。カチドキが解放されて転がり出る。

「言うと思ってた。……また無茶をするんだな、あんたも」

 乗ったのはおまえだろうが、マイト。

「……。

 べつにいいかと思っていたが一応聞くぞ。なんで取引を断った?」

 なに、単なる意地だ。

「意地かよ」

 ああ。だってムカつくだろ? あの馬鹿。

 だから徹底的に嫌がらせして、ついでにぶちのめしてやる。私に喧嘩売ったらどうなるか思い知れってんだ。

「意気込みはいいがな。勝算あるのか?」

 ふふん。まあ見てろ。

 さっきカチノヘに言われて、なんとなくわかったんだよ。

「? なにが」

 シロが周りに見える理由。私もそうである理由。それから、幽霊なのに物理的に相手を殴ったりできる理由。

 前例がないわけだ。それらはぜんぶ、私のまわりでしか起こらない現象だったんだ。

 

 普通、幽霊が見えて話せるくらいの能力者なら、ざらにいる。というか、訓練でできるようになる。

 でも、触れる人間はたしかに、見たことがない。たぶんアーテリンデにもできない。

 それは確かに私の特権だ。そして――

 

「物理的実体のない幽霊には……触ることは、誰もできない。君が触っているのは……べつのもの」

 カチノヘの言葉に、うなずく。

 そう。あれこそが私の能力。

 なにもないところに、霊の力を借りることで、触れるような「物理的実体」を作り出す。そういう、能力だ。

 

「おい! あいつが動き出したぜ!」

 カチドキの声に、振り返る。

 見ると、シロと主の登場で一時的に黙っていたジャガーノートが、再びこちらに向かって動き出そうとしていた。

 だがもうこっちにも退く気はない! おいカチノヘ、カチドキ! 全力で援護しな、ここが正念場だぜ!

「……いいよ……ふふふ」

「よっしゃあ、任せとけ!」

 言われて、すぐにふたりとも動き出した。

 カチノヘは呪文を唱えて相手の装甲を腐食させ、カチドキは歌でこちらの身体能力を上げる。

 その瞬間、ジャガーノートが吠えた。

 

 来る。あれこそ、最大の攻撃。

 なにもかもを全力で振り絞って、こちらのすべてを根絶やしにする、必殺の突進攻撃だ。

 だけど、それなら。

 こちらも同じだけの質量を用意して、逆にぶちのめしてやればいい――!

「う、うわ!?」

 マイトの声。

 シロが――見る見るうちに、大きくなっていく。

 身の丈は人間の数倍。四足なので実際はもっと大きい。ジャガーノートとためを張れる、ものすごく大きな輝く体躯。

 そうだ。これだけ大きな城に、性格悪い城主が何年も居座って、悪事を続けてきたんだ。この場には悪霊の類なんて腐るほどいる。

 それをすべて集めて、シロにパワーとして集約させたのが、この状態……!

 ジャガーノートが咆吼。だがシロだってもう負けない。いけシロ! あいつを正面から撃砕してしまえ!

 

 ――『亡者の爆進』を見せてみろ!

 

 突進してきた黒い影と、同じく突進した輝く獣が激突する。

 結果は、すぐに出た。

 ものすごい勢いで暴れまくるシロに、ジャガーノートはなすすべなく、悲鳴を上げて後退する。

 だがその後退すら許されない。力を得たシロは、ものすごい猛スピードで後退する相手の懐に飛び込むと、圧倒的な力でジャガーノートを引き裂き、引きちぎり、バラバラにして、爆砕してしまった。

 …………

 はて。

 倒したのはいいが、なにか忘れているような。

「あー!」

 アシタの声。おまえね、ようやく起きたのか。もう敵は粉砕したぞ?

「粉砕してどうするのさ! アレってぶっ壊したらキミ死ぬんじゃないの!?」

 あー、そういえばそうだっけ。

 勢いでついうっかり忘れきっていたぜHAHAHA。

 …………

 え?

 

 

 結局、なんでかはよくわからないが、私は死ななかった。

 そして、ジャガーノートの残骸からも、私の死体はまったく見つからなかった。

 ……なんだったんだろう。あの感覚が錯覚とは思えないし、オーバーロードの言葉からしてもまったくの嘘とは考えられないんだが。

 なにか知ってるとおぼしきカチノヘはしゃべる気がカケラもなさそうだし、今度会ったらアーテリンデにでも相談してみるか。

 ……そして。

 城の上に行き、オーバーロードをぶちのめす。そんな目的が、私には新しくできた。

 あのヤロー、ただじゃおかねえ。覚えてろ。




特殊所持スキル紹介:


1)アグネアマスタリー(5/10)
使用者:マイト
 曲銃という特殊な銃を撃つためのスキル。
 習熟すれば習熟するほど、普通の銃が撃ちにくくなっていくのが難点。


2)足止めの魔弾(1/5)
使用者:マイト
 アグネアの曲がっていることを利用して素早く足止めをかける魔弾。
 攻撃に対してカウンターでスタンさせ、さらに足縛りを確率で付与する。


3)アシタ☆ストライク
使用者:アシタ
 フォーススキル。とんでもない威力の壊属性ダメージを与える棍棒の極限。
 出が遅い、命中率よくない、行動後1ターンスタン、と悪いことずくめだが、十分なバフと共に放つと三竜が一撃で沈む威力。


4)亡者の爆進
使用者:イルミネ&ドン・ガミス
 特殊フォーススキル。両方のフォースゲージを全部使って発動。
 ドン・ガミスのステータスを全部99まで引き上げた上で、6~8回の敵全体ランダム攻撃を行う。
 命中率自体は大暴れと大差ないのだが、ステータスが上がっているので普通に当たる。切り札中の切り札。
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