イルミネ世界樹日記   作:すたりむ

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第六階層(2):凶獣ヘカトンケイル

 目覚めはいつもと同じ、暗い水槽の中だった。

 けどそれ以外が、ぜんぶ違っていた。

 実戦だと言われた。――誰に?――そして、好きなだけ壊してこいとも。

 べつに壊すのは好きじゃなかったが、それ以外にすることもなかったので、出て行って暴れて来た。

 鉄でなく肉というのを潰すのは、新鮮な感触がした。が、それもすぐに飽きていった。

 飽き飽きしつつも作業的に壊して回ろうとした俺を、誰かが悲しい目で見ていた。

 

 アイツだった。

 胸が苦しくなった。

 

 

・白蛇の月、14日

 また不愉快な夢を見た……

 勘弁して欲しい。怨霊の群れなんて見たからだろうか。

 

 探索は順調に行っていた。

 二十七階で、二十八階の開かずの扉の鍵となる台座を発見。解錠に成功した。

 明日からは二十九階かな。

 

 

・白蛇の月、15日

 すごい勢いで大公宮に呼び出されて、行ってみたら例の翼持ちがいた。

 なんでも、浮島から大量の魔物達が攻め込んできたらしい。一部は翼持ちたちが倒したものの、一部は樹海に逃げ込み、大惨事になっているそうな。

 とりあえず全冒険者通達が出て、名の知れたギルドはぜんぶその掃討を手伝うことになった。私たちも第2階層の中盤を持つことに。

 ……しかし、アレだな。名の知れたギルドの中でも、パレッタが呼ばれたのは4番目だった。グレイロッジ、ロックエッジ、がんそロックエッ、の次。

 これだけ席次高いと見なされているんだなー私たち。いつの間にか、って感じでびっくりだ。まあ、確かに、現在いちばん高層を探索しているのは私たちになってから久しいけどさ。

 ともかく、仕事だ仕事。がんばろう。

 

 

・白蛇の月、16日

 焦げました。

 ……なにが仕事だ。けっ。とか言いたくなる。今回はホントに焼け死ぬかと思った。泣きそう。

 いやね、八階で掃除のお仕事をがんばっていたわけですよ。がんばっていたら、ついついそこにいる主の存在を忘れきっていたわけです。幻獣、サラマンドラ。

 とっさにマイトが魔弾で足止めしようとするのを制し、最初の火焔は敢えて受ける。前に死にかけたときにこいつの情報はあらかた聞いている。こいつの真に恐ろしい攻撃は一撃で意識を刈り取る吠え声、そして尻尾によるなぎ払い。炎での攻撃はそれに比べればずっと怖くない……!

 と思ってたら周りに延焼して尻尾なぎ払いを逃れられる隙間がなくなっていた。南無。

 そっから先は必死。まわりの退路を確保しつつマイトが銃弾で牽制し、吠え声で私がぶっ倒れてシロが尻尾で吹っ飛ばされて、最後の最後でマイトの銃弾が相手の眉間を貫いて押し勝った。間一髪。

 そして気がついたら、マイトのアグネアが形状を変えていた。銃身にアグネヤストラの銘。……進化した、のかな?

 

 

・白蛇の月、17日

 なんというシンクロ。グレイロッジが、焦げ焦げになりつつなんとか生還していた。

 といっても、相手は幻獣どころの騒ぎじゃない。以前に六階で見たあの巨大な火竜、偉大なる赤竜だそうで。そんなもん相手にしてよく生きて帰ってきたな、という感じだが、やはり無事ではいられなかったらしく、ムズピギーが軽い火傷を負ったそうな。……おい、それだけかよ。

 詳しい話を聞こうとギルド登録所に行ってみたが、いつもと違って甲冑女の歯切れが妙に悪い。問い詰めてみたところ、どういう経緯かは知らないが、この女もその決戦の地に居合わせたらしい。……怪しい。が、まあ人の秘密を無闇に詮索するのも無粋と思って退散。私はどっかのマスゴミと違って節度があるのです。と言ったらマイトに笑われた。ムカつく。

 そして大公宮に任されたお仕事はおおむね達成。明日からまた上層の調査に向かうかな。

 

 

・白蛇の月、18日

 朝、上層に向かおうとしたところをチ・フルルーに止められた。

 理由を聞いてみたらいつになく真剣な表情で、

「聞いてないのですか? 二十八階の調査班を襲った惨劇を」

 とのこと。どうやら、樹海の掃討任務と平行して行われていた高層の調査チームが、なにかの理由によって半壊したらしい。生き残ったのは、後衛を任されていた1チームだけで、そこだけは有能なレンジャーのおかげで助かったとか。

 ともかく、そういうことであれば情報収集せざるを得ない、ということで酒場へ行くと、あっさり情報は集まった。なんでも、その有能なレンジャー、イナーさんのことだったんだとか。……そりゃ納得だわ。

「二十八階に行くのは、しばらく控えたほうがいい。

 あの暴虐な魔物――大公宮のほうで、ヘカトンケイル、と名付けたみたいだけど。その恐ろしさは半端ではないよ。グレイロッジ級のギルドが複数で当たらないと難しいと思う」

 というわけで。討伐作戦が今夜から行われるから、明日の夜あたりまでおとなしくしておきなさい、という話。

 さて、どうするかなあ。

 

 

・白蛇の月、19日

 討伐は、成功裏に終わったらしい。

 さすがにグレイロッジ、ロックエッジの2ギルドを投入しての作戦では、相手もなすすべなく。最後はあえなくワテナの刀の錆になったそうな。

 私たちはといえば、久々のオフということでみんなでいろんなことしてた。買い物行って市場の売り子さんとくっちゃべったり、薬泉院に行ってそこになぜかいたがんそロックエッの連中とだべったり、酒場でいつもの面子(カチドキ、カチノヘ、イナーさん、アーテリンデ)と一緒にくだ巻いたり。思えば知り合いも増えたもんだなあ。ギルド立ち上げたばっかりの頃は、顔を覚えてもらってる人間なんてあの甲冑女くらいだったのに。

 さて、明日からまた高層の調査だ。きりきりがんばろう。

 

 

・白蛇の月、20日

 二十八階に着いた瞬間、ぞくっとした。

 あの怨霊の群れが、周囲を飛び交っている。勢力を増して、呪詛を振りまいている。

 明らかにこれは普通じゃない。なので私はマイトに了解を取って、状況を調査することにした。

 

 果たして、理由はすぐにわかった。

 以前、怨霊の群れがたむろしていた二十八階の東端。そこに道ができていて、踏み荒らされた跡があった。

 どういうわけかわからないが、この奥に進んだ連中がいたらしい。そして、その連中が取った行動が、怨霊たちを荒ぶらせているのだろう。

 そう判断して、私はその跡を追うことにした。

 

 後から考えれば、この時点で気づくべきだった。

 二十八階のこんなところを進んだギルドなんて、時期的に考えても、昨日のグレイロッジ&ロックエッジしかいない。

 である以上、この道の先にある物にも、見当がついているべきだったはずだ。

 果たして、そいつはそこにいて、そして沈黙していた。

 恐るべき怪物の死体。

 そしてそこに群がる、大量の怨霊の群れ。

 そいつらは、しかし死体自体には群がることができず、距離を置いて取り巻いている。

 そう――なにかを、恐れるように。

 恐れているものがなんであるかは、すぐにわかった。

『人間か。

 喰らってやりたいところだが、あいにく死んでしまったようでな。身体が動かん。

 残念だ』

 死体――否。死体に固着した、その亡霊はそんなことを言った。

 ヘカトンケイル……か。

『そんな名前で呼んでいたな。やつらも。

 たいした人間どもだったよ。喰らってやるつもりが、逆にやられてしまった。

 ――まあ、それはいい。卑小な人間、貴様がなぜそこにいるかもどうでもいい。

 喰らわれたくなければ去れ。いまの我は気分がいい。見逃してやろう』

 そんなことを、亡霊は言った。

 私は、なぜだか興味が湧いたので、なぜ人間を喰らう、と尋ねてみた。

『知れたこと。それが我だからだ。

 暴虐に拠りて人間を喰らう、それが我の選んだ姿だ。他になにもない』

 そう答える亡霊の口調は、なぜか悲しく響き、

 次の瞬間に、私は吹っ飛ばされて木に叩きつけられていた。

『――去れ、人間。

 少し気分を害した。これ以上いれば喰うぞ』

 殺気を膨らませて、亡霊が言った。

 

 それっきり。

 後は会話にならず、今日はこれ以上進む気にもなれず、樹海から帰ってきた。

 マイトは、あの亡霊には用がない以上、これ以上近づかないほうがいい、と言う。

 それは正論だと思いつつ、そうはいかないだろうな、と予感している自分がいた。

 おそらく。あの亡霊はあのままではいられない。

 そして私たちも、そうであるような気がするのだ。なんの根拠もない、勘ではあるが。


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