・風馬の月、8日
この時期は朝が早いが、それにしてもこの時間はまだ暗い。
荷物はすでにまとめてある。まあ、元からたいして物持ちするほうじゃないし、これでいいだろう。
さ、行こう。
そうして宿の一階に下りたら、なぜだかマイトが待っていた。
……なにやってんだこんなところで。と言ったら、
「そりゃおまえに言うことだろ。
どーしたんだこんな時間に荷物まとめて」
いや……まあ。うん。
「街を出て行く気か?」
直球で聞かれたので言葉を濁せず。とりあえずうなずく。
「……なにもこのタイミングでなくてもいいだろうに。
大公宮、怒ると思うぞ。今日の祝賀会の主役が不在なんじゃ」
おまえが出ればいいだろ。そんなの。
「なんで出て行くんだ?」
キリがいいからな。
わかってると思うが、私はこれでかなり意地っ張りだ。
「……かなり、で済むか?」
茶化すな馬鹿もの。
ともかくな、意地の張り収めとしちゃ、この程度がちょうどいいってことだ。ここでうっかり残ったら、また変な意地を張ってしまうだろう。
樹海もいちばん上まで登ったことだしな。もう未練はない。問題もぜんぶ解決した。今日が出て行くにはいちばんなんだ。
マイトは黙って聞いていたが、やがてため息をついた。
「まあ、気持ちが固まってるなら仕方ないか。
すぐに行くのか?」
ああ。じゃあな。
言って、宿を出る。
……が、すぐに立ち止まった。
なんで着いてきてるんだおまえ。とマイトに問うと、
「決まってるだろ。ボスはあんただ。俺は従う。
どーせまた冒険稼業は続けるんだろ。アタッカーの俺がいないでどうする」
大公宮、怒ると思うぞ。今日の祝賀会の主役が不在じゃ。
「なら出てから行くか?」
…………。
行くか。
「ああ」
いつの間にか足元にいたシロが、おん、と鳴いた。
時は夏。
北の地、ハイ・ラガードを出て、私たちは旅に出る。
さて、次の冒険が待っている――
「ところでどっちに行くんだ?」
夏だからな。南の海とかどうだ。最近南の島国と交易が復活したって聞いたぜ。
「あんたにしちゃ悪くないな」
水着とか着てさー。楽しく海水浴ってのも悪くないぜ。
「…………。
想像できん。シュールだ」
……その感想は喧嘩を売ってるのか貴様。
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イルミネ世界樹日記、この話はここで終わりになります。
元版は2008年から2010年の間に書かれ、その間に僕がパニック障害になった影響でめちゃくちゃに執筆が遅れた経緯がありました。
いまもきついんですよね、体調……この作品、呪われてるんでしょうか。
さておき、ここまで付き合ってくださってありがとうございました。
機会があれば、また次の作品で。