・笛鼠の月、9日
ベッドでグダグダしてたらマイトにたたき起こされた。
おまえね、いくらなんでも女の子の部屋に勝手に入ってくるのはマナー違反だろう。と言ったら、はぁ? みたいな顔をして、
「女の子ってタマじゃないだろ。ていうかそんな冗談言ってる暇があったら起きろ」
……は、ははは。冗談扱いッスか。ちょっと本気で傷ついた。
で、宿の一階で朝食を取る。てっきりコンビ解消話でも出るかなぁ、と思ったのだが、マイトから出たのは意外な言葉だった。
「そもそも昨日の話がさっぱりわからなかった。もったいぶらずに説明してくれ」
だ、そうで。なんでも、昨日は私とフロースガルが自分の知らないネタで話していると感じて、仲間はずれにされた気分で不機嫌だったそうだ。……それで一言もしゃべらんかったんかい。
で、しょうがないから、私の能力の話からすることにした。
私は、――死者、それも未練を持って死んだ類の死者を、見ることができる。
見るだけじゃない。話せるし触れることもできる。死者の多くはとても単純な行動しかできないけど、情報を尋ねたりすることはできる。
もちろん、多くの場合それらは非推奨な行動だ。死者の中には生者を恨み妬む類のものも多い。下手にコンタクトを取ると、祟られてひどいことになったりする。触らぬ死者に祟りなし、だ。この能力のせいで部族に迷惑をかけ、私はコロニーを飛び出さざるを得なくなった。
……言って聞かせると、マイトは「へー」みたいな顔をしている。おまえね、もうちょっとリアクション取れよ。不気味だとか怖いとか。と言ったら、
「え、なんでさ。いまのはおまえの能力の説明だろ?
そんなこといいから早く昨日の話をしろよ。いい加減焦れてるんだからな、こっちは」
とか言われた。……不気味がらないんだなこいつ。ちゃんとわかってるんだろうか。いいけど。
で、要するにベオウルフってギルドは、いまはともかく昔はもっといっぱい獣がいたのだ。そしてその大半は、いま話題になっている五階の魔獣、キマイラによって殺された。
仲間を大量に殺されながらもベオウルフはキマイラを傷つけ、撃退することに成功した。だが、そのキマイラも戻ってきた。仲間の敵を取るために、フロースガルはキマイラを自らの手で倒そうとしている。なにしろフロースガル以外にキマイラの巣の位置を知っている人間はいないから、いまなら他の人間に手柄を取られる心配はない。
「そんなの、無茶だろ。人数多くても勝てなかったってのに、死ぬ気かあいつ」
さあな。
「さあな、じゃねえっ。いますぐ支度だ支度っ」
は、なにが?
「なにがじゃないだろ。フロースガルより先回りして、さっさとキマイラを退治するんだ。
おまえの能力使えば、フロースガルの死んだ仲間とコンタクト取れるんだろ。なら、条件は同じだ。いまからでも挑戦すれば、十分間に合う」
…………
お前……
「なんだよ?」
天才。
方針は決まった。
ベオウルフ――フロースガルたちを出し抜いて、可及的速やかにキマイラを退治する。
そのためには、まず五階にある磁軸の柱まで、たどり着かなければいけない。
一度到達したことのあるベオウルフは、道を知っている以上、だいぶ有利。
……けれど、この混乱した状況なら。
昔はいざ知らず、現状では同じ少人数ギルドとはいえ、うちのほうがベオウルフよりバランスのよい構成をしている。
だから、ひょっとすれば、行けるかもしれない。
即座に樹海へ向かう。磁軸から三階へ。蹴散らすように雑魚を駆逐して四階へ行き、また蹴散らすように進撃する。袋小路とかに行き当たって引き返したり、怪獣の群れから泣きながら逃げ出したりしつつも、夕方まで粘ってなんとか五階への階段発見。
そして磁軸の柱に登録。明日からが勝負だ。
負けないぞ、フロースガル。あんたが黄泉路へ向かう、その首根っこをひっつかまえて引きずり戻してやる。
・笛鼠の月、10日
迷 っ た 。
考えてみれば当たり前だ。死んだベオウルフの獣たちに案内してもらえばいい、とマイトは言ったが、そもそもどうやってその獣たちとコンタクトを取るんだか。というか彼らって、いつもフロースガルの回りにいるんだよね。これで彼が街にいればそのときにこっそり一匹とっつかまえておく、ということができるんだけど、昨日調べたところフロースガルはここ数日街に帰っていないことが発覚。――マジで無茶をする気らしい。あの馬鹿。
ともかく、こうなりゃ五階をしらみつぶしに探索するしかない。地図を片手にいろいろ歩いていたら、花に襲われるわフクロウに叩かれるわ例の一階の怪獣が襲ってくるわ、そりゃもうすごいことですよ。
で、前衛である私の体力が尽きて帰還。ごめんよマイト、ちょっとこの階の打撃、きつすぎ。
・笛鼠の月、11日
前回に引き続いて探索、怪獣はなるべく相手にしないようにして、こそこそ移動。かなり大距離を移動して、そして気づいたら磁軸の前に戻ってきていた。
……さまよってるなぁ。
で、今度は弾丸が尽きて帰還。この際だからもう、貯えとか気にせずに交易所でありったけ買うことにした。宿代払ったら本気で無一文だが、こうなりゃなりふり構っていられない。時間との勝負だ。
・笛鼠の月、12日
ビンゴ。
迷宮に入ってすぐ、私はその獣の影を見つけ出した。
クロガネとは異なる、白いフォルムの獣。
――おう、お久し。
私が声をかけると、そいつは小さく、ぉん、と吠えて、そしてゆっくりと歩き出した。
「いたのか」
マイトの声に、うなずく。……そっか。こいつは当然、マイトには見えないはずだ。
でも、間違いない。その獣は確かに、私たちをどこかへ連れて行こうとしていた。
そして。
獣の後を追ってついた場所は、ちょうどなにかの遺跡が倒壊したような感じの広間だった。
そこに、配下の獣たちを従えて、ひときわ大きなフォルムの魔獣が一匹。
執政院からの通達にあった姿形に間違いない。これが、私たちが探していた獣の王、キマイラだ。
……なのだ、けど。
「どうする」
どうするって……取り巻きの数、多すぎるよなあ。アレ。
「六体。
三、四階で何度か戦った相手だ。一体ずつならたいした戦闘力は持たないけど、まとめて相手をするとなると面倒だ」
困ったね。
考える。一番賢いのは、この場で倒すのを諦めて大公宮に連絡を取ることだ。
そうすれば、たぶんすぐに強いギルドに連絡がいく。そしてグレイロッジとかロックエッジとかがんそロックエッとか、ともかくそのあたりのスゴいひとたちがやってきて、瞬殺してくれるだろう。
その考えを、しかしマイトは否定した。
「それじゃダメだ。
思い出せよ。その獣、いつもフロースガルの近くにいたんだろ。それはつまり、……フロースガル、この近くにいるってことじゃないか」
――なんてこったい。それじゃ、とっとと倒さないと時間切れになるってことか。
そうなると打つ手がぐっと少なくなる。いったん街に帰るのはもっての他。なんとか隙をついて奇襲でもできればいいのだが、それでも勝てるかどうか。
「やるしかないだろ。行くぞ」
逸るマイトを止める。それじゃダメだ。無茶は、不可能なまま実行するもんじゃない。
この場合……そうだ、こうすればいいかも。
「なんか、手があるのか」
ちょっと耳貸せ。
ごにょごにょ……
時間は過ぎ、樹海は夜の帳を迎える。
周辺の獣を狩りに行く時間くらいあるんじゃないかと思っていたが、残念。キマイラの奴、食料は基本的に、下僕の獣たちに運んでこさせているらしい。……くそ、獣のくせに妙に知恵つけやがって。いいけどさ。
そうして時間が経ち、十分夜も更けた頃……広間に、来客があった。
最初に気がついたのは、取り巻きたちの一体だったらしい。ぎ、ぎー、と奇妙な鳴き声を上げ、あたりが妙に騒がしくなる。暗闇の中、広間の奥の闇から、弾丸のような黒い影が一気に距離を詰めてきているのが見えた。
即座に取り巻きたちが襲いかかる。乱打され、それでもクロガネはまだ止まらない。襲い来る取り巻きを押し返し、単騎でキマイラの元までたどりつかんと地を踏みしめる。キマイラは静観。取り巻きたちの羽がクロガネを取り囲み、突進が徐々に力を失っていき、やがて完全に止められてしまった――その瞬間。今度はわきの茂みから、白銀の鎧に身を固めたひとりのパラディンが、手薄になったキマイラめがけて突進した。
「魔獣め、覚悟!」
距離を詰める。慌てて取り巻きたちは取って返そうとするが、クロガネが追いすがってそれを邪魔する。混乱の中、一気にフロースガルはキマイラに近接し、
――横に待機していた最後の取り巻きに不意をつかれ、押し倒されて横転した。
「が!?」
取り巻きたちのあざけるような笑い声。クロガネがフォローしようとするが、距離が遠すぎて間に合わない。もがきながら取り巻きを押しのけようとしたフロースガルに、キマイラはその大きな口を開き、燃えたぎる火炎をいままさに吐きかけようと――今だ。
「マイト、射撃開始!」
どかん、と氷の特殊弾丸が口に突き刺さり、キマイラが悲鳴じみた咆吼を上げる。同時に私は、フロースガルの反対方向の茂みから飛び出して、彼に組み付いていた取り巻きを一刀で斬って捨てた。
「……君たち」
「加勢するよ、ベオウルフ。ひとりでなんて死なせるもんか。……さあ、立って!」
キマイラが咆吼、こちらに突進してくる。が、ふたりして全力で盾で押さえ込み、突進を止める。
止まったキマイラの胴に、ばん、マイトの弾丸がふたたび突き刺さる。怒ってキマイラはそちらに火炎を吐こうとしたが、
「させるか……!」
フロースガルが割り込む。炎は盾に当たって弾けて消え、そして三発目の弾丸がキマイラの胴に命中。ぐらり、とキマイラの身体が傾いた。いけるか!?
瞬間、背後で悲鳴。クロガネが、取り巻きたちの数体に取り押さえられてもがいている。残った取り巻きたちがマイトの方へ、って、それはまずい! 気を取られた瞬間、キマイラの尻尾がうなり、私とフロースガルは揃って吹っ飛ばされた。
――くそ、なにがどうなった!
うめいて起きあがる。フロースガルは――と、様子を見て、絶句。尻尾の先にあった針みたいな箇所が刺さったのだろう、その胴体に深々と刺し傷があった。見ればわかる、致命傷。
「……私は、いい。それよりマイトくんは」
顔を上げる。マイトは、取り巻きから逃げるべく、隠れていたくぼみを飛び出してきていた、ってそっちはクロガネにたかってた連中がいるっての! 案の定、奴らは力尽きたクロガネから離れ、マイトへと近づいていく。広場の中央に立ったマイトがこちらを向き、目が、合った。
――オーケー。諦めるのは、まだだ。
なにか策があるのだろう、マイトのその表情に確信した私は、振り返って巫剣を抜き、いままさにマイトに向かって火球を吐きださんとしていたキマイラの口元に叩きつけた。悲鳴が上がり、あおりで私の服の袖口に火がってうぎゃああ熱い熱い熱い! 袖口を叩いて火消しを試みる私にキマイラが牙を剥き、そしてそのキマイラの額に――ちゅいいいいん、と音を立てて、どこから飛んできたのかわからない弾丸が炸裂した。悲鳴。
マイトを見る。あいつは落ち着いた顔で通路の中央に立ち「……よし、成功」とつぶやく。よく見るとその回りの魔物たちが全員、急所を打ち抜かれて絶命していた。……角度を計算して、跳弾を利用して敵全員に弾を当てたのか。すげー。マイトじゃないみたい。
と、キマイラの咆吼。いけね、まだ生きていやがる! 本気を出した突進を食らい、はね飛ばされて地面に叩きつけられる。めちゃくちゃ痛い。が、ここで終わるわけにはいかない。立ち上がって巫剣を構え、せいいっぱい威嚇。だがその威嚇も功を奏さず、すごい勢いでキマイラがこっちに体当たりをぶちかまそうと迫る。その身体にマイトの弾丸が一発入り、二発入り、三発入って相手の咆吼。もう絶命していてもおかしくないほどの傷を負って、なおもキマイラは止まらない。……こ、こりゃ本当にダメかな。と思ったその瞬間。
比喩どころではなく弾丸となって、光り輝く一頭の獣が、キマイラの突進と真っ向からぶつかり合った。
咆吼と悲鳴。キマイラがはね飛ばされ、獣が私をかばって立ちはだかる。
――って、なんだ。こいつ、さっき私たちを先導してた奴じゃないか。
光る獣の咆吼。キマイラはたじろき戦意を失い、慌てて森の奥へと去っていく。……まずい、逃げられる! マイト撃て、と言ったら、ぶんぶんと頭を振られた。――ここで弾切れかよ。最悪。
フロースガルは、白い獣を見て驚いたようだった。
「ドン・ガミス、……私を、迎え、に、来た、のか?」
獣は、ぶんぶんと首を横に振った。
「そう、か……まだ、やりたいことが、ある、か。
わかった。――私は、残りの皆と、行く。お前は、やりたいことを、やってこい」
鎧を脱がして傷を見ようとした私を、彼は拒絶した。
「もう、助からない。ならば、私はここを死地としたい。
……すまんな、最後までわがままを言う」
そう言って、彼は口を閉ざし、それからずっと、無言で死んでいった。
クロガネは、相手の取り巻きに首筋の急所を噛みちぎられ、絶命していた。
……少しくたびれてはいたが、私とマイトはその場に穴を掘り、二人を埋葬することにした。
形式上は公国民とはいえ、私たちには家族も、寄る辺もない。ただのアウトローだ。
冥福を祈ってくれる相手もない。……だから、せめて私たちが祈ろう。
ギルド、ベオウルフの、勇敢な冒険者たちに安らかな眠りが訪れますように。
で、ぶっちゃけこの獣なんなんだろう。帰ってきても普通についてくるし、飯も要求するし宿が獣くさくなるとおかみさんから苦情言われるし、すげー困るんだけど。ていうか、さっきは見えてなかったのに、なんでマイトにまで見えてるの? こいつ。
特殊所持スキル紹介:
死霊会話(1/1)
所持者:イルミネ
イルミネの持つ特殊スキル。強い想念を残して死んだ存在とコンタクトを取り、時には触れ合うこともできる。
ただし、強い想念が怨念であることも多く、その場合、話しかけた瞬間に襲いかかってきたりもするので、あまり扱いやすくはない。
時と場合次第では、情報収集に使えることもある、かもしれない。
……なお、実はこのスキルには隠れた側面があるが、それについてはスキル所持者であるイルミネすら、この時点ではまだ気づいていない。