イルミネ世界樹日記   作:すたりむ

6 / 27
第二階層(2):魔弾と死喰い

・笛鼠の月、21日

 七階の探索を継続。

 以前にデコボコの激しいところをメモっていたら、えらく探索がスムーズに行くようになった。途中に超デカい猿がいてウザかったのでシロに呼び寄せてもらってマイトが狙撃して終了。だんだんスタイルが板についてきた。

 そして八階へ初進出。なんか私たち強くね?

 

 

・笛鼠の月、22日

 こ……怖かった。

 なんかもー大反省。強くね? とか思い上がりも甚だしい。つーかあのサラマンドラとかいうバケモノはなんですか。死ぬ。アレは死ぬ。

 巣の奥に抜け道があって助かったー。アレがなければいまごろ、私たちは全員仲良く蒸し焼きだった。よくもまあ生きて帰れたもんだと思う。見つけたシロは偉いっ。

 

 

・笛鼠の月、23日

 昨日不必要にサラマンドラおよび取り巻きに喧嘩売ったせいでまたも金が尽きた。この崖っぷちの金策もいい加減板についてきたところだが、いい加減マイトには観念してもらいたい。こら逃げるな。

 というわけでアルケミストのコスプrげふんげふん、いや、格好をさせて、テキトーに手持ちの符を持たせてから敵討ちで助っ人求むとかいうギルドの依頼に放り込んでみた。

 結果、ものすごい返り血まみれになってぐったりして帰ってきた。なんでも、アルケミストのふりをするためにわざと相手を近場までおびき寄せて、術式起動と称して零距離で特殊弾丸をぶっ放したらしい。そりゃ災難だ。なにが災難だって、洗濯を依頼された宿の従業員がかわいそうすぎて。と言ったらまた視線で人を殺しそうな目でにらまれた。きゃーこわーい(棒読み)

 

 

・笛鼠の月、24日

 朝、出ようとしたところをおかみさんから呼び止められた。

 この宿のスイートに泊まっている偉いひとが、狩りの合間に弁当を食べたいから作って届けてくれ、と言い出したらしい。ところがあいにくとリクエストされた弁当の材料が切れているらしく、しょうがないので八階で見つかったっていう珍しい果物を取って、それを届けたい。アンタたち八階のあたりを探索しているんだろ、ちょうどいいからやっておくれよ、だそうで。いつも世話になってることだし、報酬もわりとよさげだったので引き受けることにした。

 で、場所はわかっているので楽勝だろうとか思っていたのだが、これが厄介だった。まず取りに行こうとした途中でデカい魔獣にからまれ、必死で撃退。七階は最短経路を行こうとしたら道の悪いところを突っ切らなくちゃいけなくてひどく疲れ、六階はなんとか無事に行けたもののもう苦労するのも嫌だったから、五階はキマイラの巣を経由してショートカットしようと考えていたら――なんで復活してんスかキマイラ。

 

 幸運だったのは、相手にとっても不意打ちだったこと。

 とっさにシロが相手を押さえ込み、まごまごしているところに鬼力化をかけたマイトの銃弾が雨あられ。怒って突進してきたところをさらに銃撃し、貫通した銃弾が壁で跳ね返ってもう一撃。これでケリがついた。

 ……すげーあっけない。あれだけ苦戦したのはなんだったんだろう。

 ともあれ、いまはキマイラが目的じゃない。死んだキマイラなんて放っておいて四階へ走り、狩り場へ行ってなんとか果実を届ける。すっごい疲れた。もう気力もなく、帰って寝ることに。

 

 

・笛鼠の月、25日

 今朝、大公宮から迎えが来た。

 なんでも、昨日交易所に売った素材のなかにキマイラの尻尾が混ざっていたため、私たちがキマイラを討ったということが発覚したらしい。ちょうどまた五階以下の樹海が騒がしくなり始めたばかりの頃で、討伐隊みたいなのを組もうとしていた矢先に偵察の衛士がキマイラの死体を見つけたのだとか。一躍英雄だゼ。

 たくさん金ももらったことだし今日は休養に当てることにして、酒場でぐんにゃり。親父からは、おまえらぼーっとしてないで仕事しろよ、と呆れたように言われた。失敬な。それじゃ普段から仕事してないみたいじゃないかっ。

 それで、なんか妙な噂を聞いた。前に謝金をたくさんはずんでくれた狩り好きの貴族、彼がまた上のほうの階で遊んでいたところ、物騒そうな影が下の階層へ降りていくのを見かけたのだとか。おまえらも見かけたら退治しといてくれよ、って……前はこういうとき、「危ないから樹海探索は控え目にな」とか言われていたんだけどなぁ。気づいたら腕利きだと思われてるっぽい。いいのかなあ。

 

 

・笛鼠の月、27日

 ……日記を書いているのが27日なのだが、いちおう昨日と今日の分をまとめて書くことにする。もう死にそうに眠いけど、いちおう日課なんで。

 ここんところ毎日、朝に呼び止められている気がする。今度は手紙が届いたとか。薬泉院で馴染みの医者からの手紙で、森が枯れる病をどうにかしたい、ついては今晩20時に中央市街の広場にて落ち合いたい……むむ。面倒だが知り合いからとなると無碍に断るわけにも行かない。とはいえ今晩までは時間もあるので、とりあえず時間をつぶすためになにをするかと考えていたら、おかみさんから提案があった。ちょっと入り用なんで森に行っていくつか木の枝でも拾ってきておくれ、って。

 それでわざわざ七階まで行って仕事して、ついでに地図をテキトーに埋めて休憩して昼寝して気づいたらもう夜。慌てて中央広間に行ったら馴染みの医者はおらず、かわりにその助手と称する、やたら熱意に溢れたおねえちゃんが待っていた。なんでも、森が不自然に枯れる病気が流行っているから、調査するために手伝ってくれ、とか。めんどくさいなあ。とか言ったらマイトに怒られた。立派な仕事だし報酬も悪くない、ぐだぐだ言ってないでさっさと行くぞ! と。……かわいい子相手だからって調子に乗ってないか貴様。

 で、彼女を連れて樹海へ。入ってすぐ、異変に気づく。なんかものすごく騒がしくて、ついでにデカブツが森の奥から、ってこれ昨日酒場で噂を聞いた奴じゃないか! 慌てて彼女を守る態勢を取って迎撃準備。マイト大活躍でなんとか全部撃滅完了。しょっぱなからなんつー波乱だ……

 必要以上にびくびくしつつ九階へ行き、目的の箇所へ。たしかに森が枯れているところで、彼女はなんか枯れている木からぺたぺたとサンプルを取って「はい完了です」……これだけ? やけにあっさりしてるなー。なんか私の勘だともう一波乱あると思ったんだが「あ、アリアドネの糸忘れてきちゃった」待てやこのアマ。

 はい、死ぬ気で切り抜けました。こういうときに限ってでかい敵が行く手をさえぎったり、彼女があんまり悪い道は行けないからって七階で遠回りしたら猿のバケモノとばったり出会っちゃったりして。ことあるごとにこっちの傷を心配する彼女の心根には感心するが、正直そんな暇があったらそのサンプルを死守して欲しい。あとマイトはかっこいいとこ見せようとしてるのかもしれないが、単にウザい。自重しろ。

 そしてボロボロで帰還。もう嫌。寝る。

 

 

・笛鼠の月、28日

 一日近く寝たらだいぶ体調も回復したので、今度こそ普通に樹海へ。

 八階を歩いていてどーも変な空白が多いなーと思っていたのだが、昨日初めて九階に行ってみてよくわかった。八階、ブロックごとにかなり分割されてるのな。こりゃ九階を経由していかないと地図は作れないわ。

 というわけで今日は八階と九階を往復。けっこういい感じに地図が埋まってきた気がする。そろそろ大公宮に報告したほうがいいかも。

 

 

・天牛の月、1日

 大公宮に報告してみたところ、ものすごい大感謝された。

 なんでも、提出した地図の中にちょうど調査が行き届いていないところが大量に含まれていたらしい。けっこう多額の謝金が出てウハウハだった。

 それにしても、ずいぶん樹海も歩き慣れたなあ。そろそろ十階まで足を伸ばしてもいいかもしれない。

 

 

・天牛の月、2日

 その不可思議なじーさんは、出てくるなり一喝した。

「未熟なこわっぱどもが。

 大方、自分の実力に思い上がってこんな階層まで来たのだろうが、ここから先は未熟者が入れる場所ではない。おとなしく下の階層で小遣いでも稼いでいるのが似合いというものだ」

 ……はあ。そうですか。じゃ。

 挨拶して通り抜けようとした私の足下に、いきなりばちゅん、と銃弾が撃ち込まれた。

「面白い。この『魔弾』のライシュッツを無視するか、小娘」

 いや、無視しちゃいませんけど。つーか私、なんで喧嘩売られてるんですか?

 相手は一触即発のぴりぴりムード。私は困ったなーと思いつつも臨戦態勢。なんかマイトが後ろから訴えかけているけど、無視。

 と。シロが異様なうなり声を上げる。

 私も気配を感じて、思わず飛び退いた。

「爺や、また無茶を言っているのね。

 しょうがないなあ。ごめんね、悪気はなかったんだけど、ちょっとびっくりさせちゃったかな」

 言葉とともに、ぬらりと現れた、そいつは。

「いやね、この先なんだけど。悪いけど大公宮のほうで、行ける冒険者の数を制限しているのよねー。

 詳しくは大公宮に直接問い合わせて欲しいんだけど、そんなわけだからいったん――」

 あんた。『墜ちた』のか。

 唐突に尋ねた言葉に、彼女は嗤った。

「――ふうん、そういうのが見えるひとか。

 まあ、その表現は嫌いだけど。否定はしないかな」

 表現なんてどうでもいい。そいつは、普通の呪医が手を出す代物じゃない。

「普通じゃなければ手を出してもおかしくないでしょ。

 というか、伝承にあるんだから、使わない手はないと思うんだけど」

 そんなものに頼ってまで力が欲しいのか。

「…………。

 あなたは?」

 私?

「他に手段がなくなって、それしか道がなくて、冒険者なんて生き方を選んだ。そして、それに飽きたらず、更なる高みを目指している。

 それはいい。でも、冒険者である限り、いつかは限界が来る。これ以上先には逆立ちしたって進めない――そういう敵が、いつか目の前に現れる」

 それはアンタか。

「かもしれないわね。そうじゃないかもしれない。あたしが手を下すまでもなくあなたは倒れるかもしれない。あるいはあたしが倒れて、その先にあるなにかまでは到達できるかもしれない。

 けど、そこまでだ。呪医アーテリンデが予言するわ。上に行こうとする限り、冒険者たちにはどうしても法外な力が必要になる時が来る。それは倒しようのない敵と出会った時か、さもなくば――果たし得ない願いを、叶えようとした時。

 そうなったとき、……あなたは、どうするのかしらね?」

 悪いが私はその手は取らん。

「なんで?」

 一度試して、懲りた。

「ふーん、そう」

 ……これ以上話すことはないな。

「そうね。

 まあ、どうせすぐ大公宮に行って戻ってくるつもりだと思うけど。いいんじゃないかしら」

 じゃあな。

 

 相手が見えなくなるくらい引き返したところで、マイトがへたって座り込んだ。

「なんだよあの銃士。

 生きた心地がしねえ。とんでもねえ相手だ。たとえ一対三でも勝てたかどうか」

 ……情けないなあ。勝てる可能性あるならまだマシだろ。

「なんだよ、それ」

 あの呪医。あっちこそ、一対三でも絶対勝てないっつーの。

 ともかく途方もない。()()()()()()をあれだけ重ねておいて、未だに人間の輪郭を保ってられるのが信じられん。よっぽど高レベルの呪医で、しかも邪術使いと来た。あんなのに突っかかったって、一瞬で意識を喰われて終了だ。

「要するに両方バケモノってことだろ。なんだあの二人」

 口ぶりでは、冒険者らしいな。

「そんなことはわかりきってるだろうが」

 落ち着けよ。冒険者なら、街を拠点にしているはずだ。

 噂くらい聞けるだろ。ともかく、あんな不気味なのがうろついてるなら警戒しないとまずい。いつ寝首をかかれるかわかったもんじゃない。

「わかった。いったん帰るか」

 ああ。そうしよう。

 

 ……口ではそんなことを言いながら、心では理解している。

 あの二人があそこで退いた、真の理由。それは、現時点で私たちを敵と見なさなかったから。

 それは敵対心がどうとかいうレベルじゃない。単に、私たちが相手にならないほど弱かったから、見逃したというだけの話。

 

 帰って調べたところ、確かに大公宮では十階から奥へ行く冒険者を制限しているようだった。

 なんでも、炎の魔人、とかいう変な魔獣が徘徊しているのが原因だとか。こいつは他の魔物とは明らかに別格なほど強い上、退治しても退治してもしばらくすると復活するという特性があって、生半可な冒険者では危なくて先に進ませられないのだとか。

 さっそく許可を申請したが、しばらく時間がかかるとかいう答え。……ぬう。気ばかり焦るなぁ。べつに急いでるはずじゃなかったんだけど。




特殊所持スキル紹介:


死喰いの呪詛(9/10)
所持者:アーテリンデ
 死霊や悪霊といった類の特殊な存在を取り込み、自らの力へと変える禁呪。
 一緒に怨念を取り込むため、たいていの場合は高レベルにした時点でその怨念の影響で発狂する。耐えられる術者も、どこか人間離れした外見に変容していく。そして精神が徐々に汚染されていく。
 アーテリンデはこれを限界ぎりぎりまで高めている。あと一歩煮詰めてしまえば、彼女は迷宮に潜む怪物と成り果てるだろう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。