・天牛の月、3日
さあ今日も元気に樹海へ、と宿の入り口を出たところで
「はいはいはい戻る戻る」
とアシタに押し戻された。
なにしにきたんだこのアマ。と思ったら、どうやら大公宮に申請した例の許可の審査官として来たらしい。外注かよ。どんだけ人がいないんだこの国は。
「んで、十階の奥に行きたいんだって? キミたちが?」
なめくさった口調で聞いてくるアシタ。……嫌だなあ。絶対難癖つけて却下って流れだよ。と内心思いつつ、そうだと答える。
するとアシタは肩をすくめて、
「前から思ってたけど。
キミたち、なんで上を目指すのさ?」
なんでって……そりゃ、その方が実入りはいいし……
「実入りはいいけど出費も多いし危険も高い。
ぶっちゃけ、効率的じゃないと思うんだよね。六階とか七階で用心棒みたいな仕事して稼いでれば、安定収入でけっこういい生活維持できるのに」
……う。
「ね、なんで?」
考えたこともなかった。
「マイトは?」
「……いえ、特に」
「ふうん。べつにいいけどさ。
でも、まあ、ちゃんと考えておかないとそのうち怪我するわよ。樹海だって長いし、いつまでも上に行けるわけでもないんだからさ」
そう言って、アシタはあっさり席を立った。……おい、審査は? と聞いたら、
「え、審査って?」
と聞きやがる。あんた、なにしに来たのか忘れたのか。と聞いたら、うっしっしと笑って、
「だって審査ってあのデブ倒せるかどうかでしょ。なにか考えることある?」
……あー、つまり、私たちはその、えーと、ふとましい魔獣さんを倒せると?
「そりゃ倒せるでしょ。あんなザコ。
まあ、間違ってキミたちが死んじゃってもあたしが責任を取る理由もないし、好きにしたら?
ケケケ、せいぜい足掻け」
すごい台詞を言い捨てて、去っていこうとする。
その背中に、私は声をかけた。なあ、あんたはなんで樹海の上を目指すんだ?
そうしたら、――こんな、途方もない答えが返ってきた。
「え、だって、上のほうが見晴らしよさそうじゃない?」
高いところを無条件で好む馬鹿には聞くだけ無駄だったが、ともかく条件は整った。
ふとましい――じゃなかった、炎の魔人。十階の主であるそいつを、私たちは倒さなければならない。
それからもうひとつ。
アシタの提示した謎かけ。それにも、自分なりに答えを出さないと。
……そっちのほうが、実は強敵だったりするんじゃないかなあ。とか思うのだ。
・天牛の月、4日
念には念を入れて、一日下準備に当てることにした。
酒場で情報収集……しても、あの二人組の情報はぜんぜん入って来なかった。が、幸いにも珍しくマハがここの酒場を訪れてくれたおかげで、だいぶいろいろな話を聞けた。なんで親父が鼻高々してるんだかはわからん。おまえ、なんにもしてねーじゃん。
で、マハの話によると、あの二人組はエスバットという名前のギルドらしい。昔、エトリア組がハイ・ラガードへと流れ込んで来るか来ないかくらいの頃に大活躍していたギルドだったのだが、十五階でだいぶ仲間を失ってしまったらしく、それ以降はずいぶんおとなしくなってしまったのだとか。
「いま、十四階をみんなで開拓している途中だから、現役のギルドで最高階まで登り詰めたのがあのギルド。だからみんな敬意を払ってはいるんだけど……困ったことに、あんまり他とコンタクト取らないんだよねえ、彼ら。あたしたちとかと違って」
だから地味な存在になってしまっているのだ、と彼女は言った。……地味、ねえ。あのインパクトは地味で済むのかどうか。
マハが帰ったあと、マイトがこっそり聞いてきた。死んだあいつらの仲間とコンタクト取れないか、と。
けど、無理だ。というか、見えない。あんな死の気配が漂うあの女の周りを見て、死んだ仲間など見極められるはずもない。それに、いたら既にあの女に喰われているだろう。
そんなこんなで夕暮れ。後は交易所でしこたま弾丸を買い足し。シロは一日中食っちゃ寝生活。前々から思うが、死んでるから太らないっていうのはうらやましすぎて蹴りたくなる。
・天牛の月、5日
十階、探索開始。
えらくでかい敵が多い。首長竜とか。アレに突進してこられるとたいへん厄介なのだが、幸いにもは虫類なので氷の特殊弾丸がすごく効く。持ち合わせがあってラッキー。
……出費多いなあ。
正直、さっさと上の階に行ってしまいたいところなんだけど、道がすごく複雑なんだよなー。挙げ句に出発地点すぐ近くに出る小道を発見しちゃったりしてがっくし。最初からこっちに行っていればだいぶショートカットできた、というかエスバットと会わなくて済んだんじゃないのか。
・天牛の月、6日
探索、続行中。
んで、磁軸の柱を発見。正直ありがたい。なにしろこれまで、十階に行くためには八階の磁軸から強行しなければいけなかったのだ。
なんとなくもうこの近くに炎の魔人がいるような気がする。明日が決戦だ。気を抜かないで行こう。
・天牛の月、7日
赤い樹海の奥。大きな広間になったその場所に、そいつはいた。
デb……炎の魔人は、我々を見ても微動だにせず、こちらの動向をうかがっていた。好戦的ではないようだが、ただで通してくれるというわけではなさそうだ。
「不意打ちは無理だな。もう気づかれた。
どうする、一度撤退するか?」
ダメだ。あの場所は背後に回りづらい。最初から、あいつは不意打ちできない場所で待ち伏せしてるんだ。
「じゃあ、」
やるしかないってことだ。――無茶、始めるぞ。用意はいいか。
おん、と軽くシロが吠えた。
マイトが銃を構え、狙いを定める。すると炎の魔人が、呼応するように吠えた……ってうるせええええええええええ! めちゃくちゃな音に森は震え大地はうなり、狙いを外したマイトの銃口があさっての方向に銃弾を吐きだした。――最悪。耳栓買っておきゃよかった、っていうかそういうのは教えてくれよ馬鹿アシタめ!
落ち着け! とマイトに活を入れつつ鬼力化の術をかける。と、シロがどしゃああああ、とものすごい勢いで吹っ飛ばされた。――なんて腕力。そして気づいたら相手の身体が近い。やば、と思う間もなく相手が両手を広げ、と、そこでマイトの銃が炸裂。相手の身体に風穴を開け、きゃいん、と悲鳴みたいな声を上げて相手がたじろいた。……なんだいまのかわいい声。
と、しかし即座に立て直した相手は突進してくる。慌てて体当たりで防ごうとしたわたしとシロを相手の両腕が包み込み、がっちりホールド。さ、さば折り……みしり、と背骨が悲鳴を上げ、ギブ、ギブ、とか言っているうちにマイトの銃弾炸裂、また悲鳴を上げて相手がたじろいた。……た、助かった。
ともかくシロをサポートしないと。と、治癒の呪を掛けて体力を回復させたと思ったら相手がめちゃくちゃ熱い火の玉を吐きだしてシロ直撃。きゃいん、きゃいん、とか言って暴れてる。シロ、転がって火を消すんだ! とか指示してたらいつの間にか近づいて来てた相手にぶん殴られて吹っ飛ぶ。ぐええ、い、痛い……がら空きになったマイトはしかし、三発目の銃弾炸裂。また相手がたじろいて多少の余裕ができた。
さすがに相手の体力にもかげりが見えてきたように感じたので、思い切って突撃。しようとしたらまたものすごい吠えられて耳が痛えええええええ。シロが混乱して走り回るが、意外にもマイトは今度は冷静だった。銃弾をがつんとたたき込み、跳弾でもう一発、二発。相手が悲鳴を上げる。よっしゃー行ける、と思った瞬間また抱き込まれてさ、さば折り……ぎゃあああ痛い痛い。わ、私はデブはダメなんだー! とか叫んでたらマイトの銃弾が今度こそ相手の眉間に突き刺さり、――それで、勝負がついた。
強かったが、勝てない相手ってわけでもなかった。何度か心底痛かったけど、死ななくてよかった。あんなふとましい親父と抱き合って死ぬなんて嫌すぎる。
そうして十一階に到達。……えーと、その。なんだこの白くて寒い空間は。