・天牛の月、19日
昨日ノリで倒した魚の魔物、どうやらアレはかなり多くの冒険者を食ってきた曰く付きの奴だったらしい。
……えー。弱くなかったか、あいつ。そういえば攻撃はしょぼいけどえらくタフだったような気がしたけど。でもそれだけだし。
で、どうやら酒場に依頼が来ていたらしく、そっちからも謝金が出た。一気に財布がウハウハになって大満足。この際だから交易所で装備品を大幅に新調することにした。
これで後はアシタをぎゃふんと言わせるだけだな。と言ったら、マイトにまだやるのかよ的な顔で呆れられた。……ふん。いいもん。気にしないもん。女には後には退けない戦いがあるってもんさー。とりあえず、奴に追いついて十四階まで行くのが先だな、うん。
・天牛の月、20日
十三階、到達。
やたら甲羅が固い敵を鬼力化でごり押しして倒し、ふうと一息ついて後ろを向いたらちょうど雪の中から出てきて擬態を解いた巨大蟹さんとばったり目が合った。そして一瞬でフォーリンラブ。蟹食いてー! 嘘。つーか死ぬ。タスケテ。
何度も食われそうになりながらかろうじて撃退。雨あられと雷の特殊弾丸を浴びせて倒したけど、ぶっちゃけ普通の魔物ってレベルじゃねーぞこいつ。こんなのが徘徊してるのか十三階。侮れねーな。
・天牛の月、21日
蟹とか象とか牛とか……orz
もう勘弁して欲しい。マジでギリギリ。そして虎の子のネクタルが切れて撤退。くそー。
・天牛の月、22日
今度は蟹蟹蟹蟹蟹パーティ! 無限増殖かよ。南無。
でも近道発見。次からは、少なくとも象におびえる心配はなくなりそう。……蟹は相変わらず怖いけどネ。
・天牛の月、23日
ショッキングな事件が起こった。グレイロッジのパラディン、マハが何者かに撃たれたのだとか。
慌ててお見舞いに薬泉院に行ったがこっちには来ていないとのこと。あれ、おかしいなと思いつつギルドの本拠地へ行ってみたら、道場で元気に素振り中のマハを発見。……ガセ? と思ったが一応聞いてみると、
「うん、撃たれたんだよ。不意打ちで後ろから。
剣とちがって銃弾って音速より早いからさ。勘以外で防ぎようないでしょ? 盾が間に合ってよかったよー。ホントびっくりした」
あ……あはは。勘で防げちゃうんだ。そうだ、すっかり忘れてたけどこいつ超人だっけ。
それはともかく、十四階に到達したことを報告したら、ずいぶんいろいろな情報を教えてもらえた。なんでも、十四階から十五階に行く道はまだ誰も見つけていないが、いま十四階の南のほうにかなり大きな通廊みたいなのが見つかって、現役のギルドたちはみんなそっちにかかりっきりなのだとか。けれど、グレイロッジはそこから手を引くつもりらしい。え、なんで? と聞くと、
「表向きは、ロッドテイルのいつものアレだよ」
……あー、アレ。後進の指導がどうたらこうたら、っつーアレですか。でも表向きってことは、真の理由は? と聞いたら、
「オコナーっていう、うちのアルケミストが言い出したんだ。ちょっと北の方に興味深い通路を見つけたので、そっち側を開拓してみたい、って。
ちょうど通路の探索も一区切りついたことだし、新しい箇所を調べる手がかりを作っておこう、って話だった」
なるほど。じゃあ私たちもそっちに行こうかな。競争率高いところは前回で懲りたし。と言ったらマイトから「……うそつけ」とぼそっとつぶやかれた。嘘じゃないのに! ただアシタが相手だと後に退けないだけだもん!
「あはは……そっか。アシタさんと喧嘩してるんだ」
喧嘩ってほどじゃないけどね。つーか本気で喧嘩したらあの腕力馬鹿には絶対勝てない。
「そう? 私、いまのアシタさんならたぶん勝てるよ? 昔より弱くなったし」
……あれで弱くなったんですか。
「うん。大けがしたからね。
右腕を義腕にして、パワーは上がったけど雑になった。大きい魔物相手ならそっちのほうがいいんだろうけど、人間大の相手だと苦戦するんじゃないかな、彼女は」
ちょっとびっくりすることを言う。
なんでも、エトリア樹海の深層でとんでもない相手と戦ったロックエッジは壊滅、リーダーのアシタは生きてるのが不思議なほどの惨状だったらしい。チ・フルルー、ハラヘルス、パベール、カチノヘも多かれ少なかれ手傷を負い、一時はギルド解散の憂き目にあったとか。
そんだけやってまだ樹海に入り続けるのか。すごいな、と言ったら、
「……そうかなあ。むしろあたしは、アシタさんらしいな、と思ったけど。
あのひとはもう、自分の生き方は冒険と共にある、って決めてるんだと思う。だから、動ける限りは樹海に入り続けるんじゃないかな。たぶんね」
と、マハは言った。
生き方を決めている、というのはその通りなんだろう。
アシタは、上に進むことに迷いがない。それはたぶん、彼女にとってそうするのが自分の生き方だからなんだろう。
…………
結局、それからしばらくおしゃべりしているうちにロッドテイルがやってきて、ついでだからとトレーニングに参加させられた。南無。
ちなみにマイトはばっちり顔を覚えられていて、パラディンなのに盾を持っていないとは何事か、とどやされたが、
「て、転職したんです」
と言ったところ、そうか、なら仕方ないな、とあっさり釈放された。マハは終始「?」みたいな顔でやりとりを見ていたけど。
・天牛の月、24日
十四階、探索中。
ものすごい勢いで鳥みたいな獣の死体が散らかっている広間を通過。何事? と思って見回したら遠くでワテナが一刀で二体の魔物を同時に首をはねているのを目撃。……あー、そゆことね。グレイロッジがいるなら、そりゃこうもなるわな。
で、顔を合わせるのもアレだったのでテキトーに道を変えて探索。遠くで雪崩が起こっているみたいでひやっとしたが、幸いにも巻き込まれることはなかった。でも二次災害が怖いので早めに退散しよう。
・天牛の月、25日
毎度おなじみ、金策たーいむ。キューブ相手に特殊弾丸撃ちすぎです。
というわけで今回マイトくんがやるのは吟遊詩人のまねごと。で、職業に必要な最低限をたたき込むために私が部族の伝承歌を披露したところ、マイトは耳をふさぐわシロは逃げるわおかみさんからは怒られるわ、もう散々。しまいには宿の娘さんからも「……びっくりした」とか言われる始末。頭に来たのでマイトになんか歌えと言ったらすげぇうまい。……悔しい。なんでバードやってないんだテメエ。と言ったら、昔はバード志望だったこともあったんだとか。それを先に言え!
で、仕事に送り出したところ、えらく疲れた顔をして戻ってきた。なんでも、職業訓練所みたいなところで基礎を教えさせられたのだが、訓練生の中にひとりだけ無駄に居丈高なおっさんがいて、えらく酷評されたんだとか。それだけならともかく、そのおっさんはべつのバード見習いから逆にくそみそにけなされて、キレて暴れ出したらしい。ひどいなオイ!
それで、そのバード見習いが凄くて、暴れていたおっさんを腕力で押さえつけて訓練所から放り出したそうだ。どうやらそいつもエトリア組で、最近流れてきたはいいんだけどこの国での資格がないから取っておこうと訓練所に来たんだって。ベテランかよ。名前はカチドキ、なにかあったら言ってくれ、だそうな。
……そこまで言われたなら、いっそギルドに誘っちゃえばいいのに。人材不足なんだし。
・天牛の月、26日
探索再開。
で、なんか樹海の突き当たりみたいなところで、シロが鼻をふんふんさせていた。なんだろうと思っていたら突如茂みの中に入り込む。……って、おい、どこ行く気だ!? と追っていったら、どうやら獣道、とすら言えないすごく細い通路みたいな場所があった模様。――お手柄だ。ここのところシロ大活躍だなぁ。
で、先に進んだ挙げ句にやっぱり出てきた牛に殺されそうになって撤退。あいつが狭い通路で大暴れするとホントに対処に困る。
・天牛の月、27日
その事件は、細い通路の奥、ちょっと開けた広間みたいなところで起こった。
なんの予兆もなく、マイトがいきなり私を突き飛ばした。
直後に、ぼすん、と雪に穴が空いて、事態を理解する。そ、狙撃……!? 誰がこんなことを、と一瞬思ったが、考えるまでもなくすぐに答えはわかった。向こうから、出てきたのだ。
「あら、ご無沙汰ね。
十四階まで登ってきたんだ。たいした速度ね。その調子だと近いうちに十五階に来るでしょうね」
――なにしに出やがった、お化けのアーテリンデ。
「ひどい言われようねー。いいけど。
さて。一度だけ言うわ。このへんで退く気はない?」
……なんでそれを私たちに言う。もっと上に来そうな相手がいるだろう、他にも。
「そのひとたちにも当然言うわよ。でも、さしあたり一番早そうな相手に言わないとね」
断る。私は問答無用で銃撃してくる相手と交渉する口を持たない。
「交渉じゃなくて説得なんだけど。
まじめな話。あなたたち、なんのために上に行くつもり?」
…………
「名誉のためかしら。それとも、金のため?」
両方だな。
「ふうん、両方、か。
じゃあ、こうしたらどうかしら。あたしたちはこれから、十五階へ続く道へとあなたたちを誘導する。そしてあなたたちは新しい階への通路を見つけた人間としての名誉を得て、そしてそれ以降に進むのは諦める。
ね、悪くない話でしょう?」
ダメだ。それは受け入れられない。
「なんで?」
いや、そりゃ聞かなくてもわかるでしょうが。そうだとして、私たちが先に進まなくても、どうせ他のギルドが先に進むだけだ。
そうすれば、嫌でもあんたたちと対決することになる。対決して――私たちの友人が、傷つくんだ。
「…………」
だから、それを食い止める。
十五階に行く道を私たちが見つけたならば、それは他の人間に伝えない。伝えたら、そのひとたちが標的になるから。代わりに、私たちが先へ進む。
それが嫌なら、あんたたちが私たちを止めるしかない。
「決闘、ということね。
……勝てると思う?」
無茶は得意なんだ。
「――けっこう。
なら、あたしたちもこれ以上は言わない。十五階に来ようと、それを他人に伝えなければたいした害にならないから。
その代わり、先に進もうとすれば容赦はしないわよ」
いいだろう。
それ以上語ることもなく、彼女はその場を去っていく。
……ふう、とマイトは吐息を吐いて、彼方へ向けていた銃を下ろした。
「ライシュッツも去ったみたいだ。
思い切ったな、あんた。あれだけ大きなことを言うとは思わなかった」
悪いな。勝手にひとりで方針決めて。
「いつものことだろ。ボスはあんただ。
――それより、どうなんだ。勝ち目はあるのか」
勝ち目は薄い。
けど、仕方ないだろ。たぶん私たちだからこそ、彼女たちは挑戦を受けた。
他のギルドだったらこうは行かない。たとえばグレイロッジが相手だったら、エスバットの二人では戦力が足りない。だから彼らは、たぶん強力な魔物をけしかけ、気を取られているところに後ろから襲いかかる。
「……だろうな。
止められるのは俺たちだけか」
できるか、相棒。
「わからない。今日対峙した印象では、思ったより腕の差は縮まっていたと思う。
けど、それでもあの二丁拳銃は脅威だ。アレを放置しておく限り、敵のガンナーは達人級の人間がふたりいるも同然だ」
作戦を練らないと、無理か。
「まだ時間はある。
お互い、最善手を考えよう。お互いの敵を、どうにかできるように」
ああ。
探索って気分でもなくなってしまったので、今日はここまで。
目指すは十五階。
そこに、敵が待っている。