メル友、倉科明日香
「そろそろ、行かなきゃ」
「ああ、じゃあ元気で」
「……ぐすっ」
「おい、泣くなよ。さっき言ったろ、そういうのはナシだって」
「でも……」
「しょうがないな……ちょっと待ってて」
「えっ?」
「はぁっ、はあっ……ほら、これ」
「これ……なあに?」
「俺が大切にしてるやつ」
「これ……いいの?」
「そうだよ、これがあれば何処にでも飛んでいけるんだ。宇宙まででも」
「飛んで、いける」
「だからこの先お前が一人でどうしようもなくなったら、その時は、これをぎゅっとして、お願いしろ。空に向かってな」
「空に向かって、お願い……?」
「そしたら飛んでって助けてやるから」
「ほ、ホントに?」
「おう、絶対にだ! なにせ空はどこへだってつながっているからな」
「……ありがとう。じゃあ、これ大切にする!」
「ああ、じゃあな――明日香!」
£≡
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
その日、俺は朝から全速力で通学路を走っていた。
「くっそ、間に合うかな……?」
ポケットから出したスマホで、今現在の時間を確認する。
「7時55分……ギリギリか……!」
時計は残酷なまでに現在時刻を示している。
再びポケットに現実をしまいこむと、俺は必死に両足を交互に前に出し、先を急いだ。
「だいたいアレだ、あんな夢見るからいけないんだ。あんな内容じゃ、寝つきも……」
一人でブツブツ自意識に文句をつけていると、
「あれ、何してるんだ、あの子」
一心不乱に駆けていた道路の先に、女の子が一人、這いつくばっていたのだった。
「ショックです……困りました。このままだと家に入れません。なんで転校して初日に鍵を落とすとか信じられない、やっちゃいました……」
わざとやってるのか? と疑われるほどに、元気よく自らの境遇を一人で語っている。
状況を聞く限り、それなりに大変な状況のはずなんだが、あの無闇な明るさはなんなんだろうか。
何をしてるんだかと思いながら、女の子の横をすり抜ける。
約束までもう時間がないが、むしろその約束自体が意味のないものとなってしまった。
というわけで、俺は銀の物体を拾って道路を這う女の子に声をかけた。
「もしもし、そこのお嬢さん」
「えっ? あ、はいっ」
俺がナンパ男みたいに声をかけると、女の子は這った状態から立ち上がり、シャキッと『気をつけ』の姿勢でこちらを向いた。
「な、なんでしょうか?」
その顔を見て、ちょっと息を飲んだ。
大きく見開いた目と、その下にバランスよく配置された小さな鼻と口。
……可愛かった。ちょっと、見とれてしまうほどに。
「あ、あの……?」
女の子の言葉に、我に帰る。怯えが見え隠れしていて、何か誤解があることを悟った。
「あ、えっと、困ってたみたいだから。探してた鍵ってこれかな?」
彼女の目の前にホルダーも何も付いていない、素の状態の鍵を差し出した。
「あ……ああっ!」
声が上がるのと同時に、女の子の両手が俺の手ごと、鍵を包み込んだ。
「ありがとうございます! こ、これですっ! 家の鍵ですっ、すごいです! あの、どうやって見つけたんですか?! それになんで探してたのが鍵だってわかったんですか?」
「いや、たまたま偶然に目に入ったからで、別にすごくもなんとも」
「そんな、謙遜なんかしないでください。はぁ〜、やっぱり島の人ですね、親切ですね! 仇州は人情の国やけん、心配せんでよかよ、っておばさんが言ってた通りでした!! 仇州男児、って言うんですかね、なんかこういうの、憧れます、カッコいいです!」
憧れとかかっこいいのハードルが下がりすぎだろ。
「ありがとうございます、恩人ですっ! えっと……あの……」
ようやく女の子の一人語りも終えたみたいで、お礼を言おうと、名前を聞きたがっている様子を見せた。
もちろん名乗るつもりだがその前に、
「あの、さ」
「はいっ、なんでしょう!」
「いや、あの……手」
「はい?」
そこでようやく、女の子は自分の手をじっと見つめる。
面白いぐらいに、その顔色はキューっと赤くなると、
「うわわっ!」
パッと手を離し、ペコペコと頭を下げた。
「ご、ごめんなさいごめんなさい! 私ったら今日初めて会って名前も知らない人の手を握ったりして、もうとてもすみません!」
頭を下げつつ、自分への罰のつもりなのか、ぺちぺちと頬を叩いたりしている。
「はぁ〜、もう、なんでわたしこういう時に勢い余ってやってしまうんだろう……」
「や、別にそれは気にしなくていい……それよりも」
俺は意地悪な笑みを浮かべて女の子に告げた。
「今日初めて会ったなんて心外だな、明日香」
「えっ、え? ……えぇえええええっ?!」
パチクリと目を瞬かせた女の子、倉科明日香は、まじまじと俺の顔を改めて見つめると、ようやく俺の顔を思い出したらしく、
「も、もしかして、まま、まーちゃんですか!?」
まーちゃん、それは昔から明日香が俺、日向晶也を呼ぶ時に使うあだ名だった。
「そ。小さい頃からずっとメール相手だったまーちゃんだよ。今日も停留所で会う約束してただろ?」
「でで、で、でも! ま、まーちゃんがお、男の子だったなんて……っ。確かにかっこいい女の子だな、なんて思ってましたけど……」
「あー、やっぱり明日香は勘違いしてたのか」
メールをしていて、そうなのかな、ということは時折あった。
まぁ、俺もあえて指摘はしなかったが。
「まさか王子様がお姫様かと思ったら王子様で……ああっ、もう頭がパンクしそうです……」
小さい頃の俺は、髪を伸ばしていた。だからよく女の子と間違われることもあり、なんだかこの反応が懐かしい。
「まぁ、その辺はおいおい慣れてくれたらいいよ。それより学校に行こうか。通うのは明日からだけど、まだ手続きとかが残ってるんだろ?」
「はい。なので今日は学校までの案内よろしくお願いします、まーちゃん」
妙にまーちゃん呼びがくすぐったい。メールだとあまり気にしなかったけど、もしみさきたちに聞かれたら面倒なことになりそうだ。
だけど、恥ずかしいからと言って呼び方を変えさせるのも子供っぽいし、これはこれで新鮮な感じでいいと思う。
チラっとスマホで時間を確認する。
8時10分。まだまだ余裕がある。
これなら歩いても遅刻しないが、せっかく久奈浜に転校してきたのだから特別な体験をさせてあげたかった。
「んじゃ、そっから行こうか」
停留所を指さし、言った。
「え、そこからって何もないですけど……バスでも来るんですか?」
明日香は目をパチパチさせながら、首を傾げた。
「違う違う。グラシュのことはもう聞いてる?」
「ぐら……しゅ……。あ、これのことですか? だいたいのことは聞いてますが、実はいまいちよく分かってなくて」
履いている学校指定の靴を指さし、答える明日香。
「そうこれ。使ったことはないよね?」
「まだ無いですけど、あの、一体何を?」
「じゃあ、俺がサポートするから行こうか」
「えっ? あ、あのっ」
「本当は先に講習してあげたほうがいいんだけど、ペアリングで飛ぶから安心して」
明日香を先導して、停留所へと向かう。
「周りは……大丈夫だな」
念のため、飛行通路を確認し、周囲の様子を目視する。
「飛行禁止のランプも点いていない。じゃあ次は、靴の確認だ。明日香」
「は、はいっ」
「靴、履いたままでいいから、ちょっと片方を前に突き出してみて」
「はい、こうですか……?」
差し出された靴の周囲を、こちらも目視で確認する。
「よし、異常なし。じゃあ反対側も」
同じく、もう片方の靴も確認する。
「はい、OK。じゃあちょっと深呼吸してみようか、すってみて」
「深呼吸、ですか、はい、すぅ〜〜〜〜っ……」
「じゃ、はいて」
「はぁ〜〜〜〜〜っ……」
「はい、んじゃ行こう」
「あの、行こうってどこへ……わわっ!」
まだ疑問が残っている明日香の手を取ると、俺は停留所の縁に立ち、ドアの開閉ボタンを押した。
そして、自分のグラシュの電源をONにする。
「両足を軽く前後に開いて」
「は、はいっ」
「じゃあ次に、かかとを軽く浮かせて」
「こ、こうですか?」
「そうそう。それじゃ1、2の3で飛ぶから、しっかり手を握って、あとは流れに任せて力を抜いて」
「飛ぶって……ここから、飛ぶんですか?!」
「うん。じゃ行くよ」
「ちょっ、ちょちょちょまーちゃん?!」
テンパり具合が最高に可愛い。思春期の男の子が好きな子にイタズラしたくなる心境がよく分かった。
「1、2の……」
「え、えええっ、ちょっと、あの、そんなことしたら落ち、落ち……」
「3、FLY!!」
「わあっ、わああああっ?!!! 落ちちゃいますぅううううっ!」
明日香はその日、空に堕ちる。
【設定】
日向晶也LV1……原作日向晶也とは似て非なるもの。まーちゃん。転校してくることになった10年来のメル友、明日香と待ち合わせしていたが、初恋の女の子のちょっとエッチな夢を見て盛大に寝坊した。なお、初恋の女の子は現在不明。モブ子の可能性大。
倉科明日香LV1……美少女転校生。メル友相手のまーちゃんに100%の信頼と好意を寄せる。自分は百合なのかと思っていたが、まーちゃんが男だと知って困惑している。前の学校では乙女ゲーヒロインムーブをしていたはずだが、全ての男を振って、見事に美少女(モブ)ハーレムを築き上げた猛者。
原作から乖離するのはもう少し先の予定です、はい。
既に設定で乖離していると思うのは気のせいです、はい。
ツヴァイが出るのをずっと待ってます、はい。
続きます。
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