転生クー・フーリンは本家クー・フーリンになりたかっただけなのに。   作:texiatto

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 前回のあらすじ
 エ「クーは私のもの!」
 メ「クー・フーリン欲しい!」
 コ王「お前のせいだ」
 ク(偽)「なぁにこれ」



 いつものように脊椎反射でネタ盛り込もうとしたら、何故かシリアス寄りの話が出来上がっていました。はえー、おっかしいなぁ。それはそれとして、今回くっっっっそ難産過ぎて辛かったンゴ………(疲弊)。


孤軍の開戦、破滅の一手

 ◆

 

 

 

 コノートがアルスターに対して宣戦布告。その発端は俺だという。何故? 全く身に覚えがないんだが…………。

 俺が記憶をサルベージしていると、頭を抱えたコンホヴォル王が嘆息を漏らすように口にする。

 

「コノートの女王メイヴが『クー・フーリンを寄越せ』と言ってきてな。だが、お前は既にアルスターから出た身の上。コノートに身を差し出せ、など、恩を着せて頼む領域を越えておるわ」

 

 それ故にクー・フーリンを渡せと言われても困る、と返事をしたところ、宣戦布告に繋がったのだそうな。

 別れ際にメイヴが「絶対にオトしてやるんだから!」と口にしていたが、まさか国を落としにくるとは…………。やっぱり混沌・悪じゃないか!(安心)

 

 ん、でもこれって、俺がコノートに出向けば済む話じゃね? そんでもって戦争やめろって頼めば、見返りに要求されるものが少々怖いものの、戦争回避できるのでは? そしてエメルから逃れられて一石二鳥ってな! 

 あ、何だか妙案な気がしてきた。よっしゃ、そんじゃあ早速コンホヴォル王に相d「それは本当ですか…………?」

 

 不意に介入して来たのは案の定エメル。その声色は蕩けきった甘美なものではなく、あのエメルから発せられたとは考えられない程に無機質なものだった。

 

「コノートの進軍、その目的はクーを奪うこと。それは本当なのですか?」

 

「エ、エメルか。あぁ、事実だとも。女王メイヴがそう言ってきてな…………全く、どうしたものか」

 

 …………あー、一気に言い難い状況になってもうた。

 

「ならッ! 今すぐッ! 迎え撃ちましょうッ! 私からクーを奪うだなんて…………絶対にさせないッ!!」

 

「………………うーむ」

 

 やっぱすげぇよ、エメルは…………。国王の話を盗み聞いただけでなく、本人にめっちゃ進言するもん! そんなんできひんやん普通! そんで面白いのは、エメルの気迫に押されて真面目に考えているコンホヴォル王だ。目上の立場とは一体うごごごご。

 

 だが言わねば! 俺がコノートに出頭すれば万事解決ではないかと! エメルなんか怖かねぇ! そんなベ〇ット並の感情に突き動かされた俺は、コンホヴォル王に「俺が行けば戦争は回避できるんだろ?」と発言した。

 その際、エメルから「クー…………?(暗黒微笑)」と声を掛けられて怖かったが。

 

「…………そうさな、クー・フーリンがコノートに渡れば、この戦争は始まる前に終わることだろう。だが、少なからずコノートには私に恨みを抱く者もおる故、何時その矛先が再びアルスターに向けられるか分からんのだ」

 

 それはコンホヴォル王の責任じゃん。と言うのは簡単だが、一国を治める王だからこそ冷徹な判断が必要なのだろう。

 それによって憎悪を買っていたとしても、後世で暴君という評価を下されていたとしても、国益のためにと私情を殺し、王という上の立場にいるからこそ本音をひた隠さねばならない。絶大な権力もあるが、同時に辛い役回りも多い。コンホヴォル王は正しくそれなのだろう。要するに、王という立場に変わりはないが、征服王イスカンダルとは反りが合わないタイプ、といった感じか。

 脱線したが、つまりは「クー・フーリンがコノートに出向いたとしても、それはその場しのぎにしかならず、根本的なコノートの脅威は健在だ」とのこと。

 

 それはそれとして、コンホヴォル王はどこか抜けてるわ、ケルト神話の人物なだけに脳筋思考はあるわで、一言で表せば『何か大きなことをやらかしそう』というのが良く似合う。そのせいで、先程の話を聞けば一見説得力のある話に聞こえなくもないが、その裏にはコンホヴォル王のやらかしが感じられてしまう。これぞコンホヴォル・クオリティ()。

 

「それにな、クー・フーリンよ。お前は自身の価値を理解してはおらんようだが、彼の海獣共を単独で撃破せしめた戦士を、おいそれと隣国に渡らせるのは…………あまりに、な」

 

 渋るコンホヴォル王。まあ、言いたいことは分かる。確かにクリードとコインヘンは常人では倒すことがほぼ不可能な程に強かった。そんな奴らを単独撃破した俺は、国防という点から見れば、相当に大きな存在なのだろう。ただでさえ、コンホヴォル王はフェルグスをコノートに亡命させちまってるしな…………。

 

 現代のような銃火器や戦略兵器は勿論存在していない時代、だからこそ魔術や武術といった一個人の戦闘能力や有用性が評価される。

 

 現在、コノートには二十八人という少数精鋭の勇士────クラン・カラティンがおり、加えてアルスター最強の称号を得ていたフェルグスまでもがメイヴの指揮下に入っている。

 対し、アルスターには血気盛んな戦士だけでなく、将来有望な若者らも多い。それこそ、英雄の素質を有する者も何人かはいることだろう。だが、現時点では英雄と呼べる敵将一人に攻め滅ぼされる程度の戦力しかない。

「いや、それは流石におかしい」と思わず声を漏らす程の豆腐だが、今一度考えて欲しい。存在そのものが神秘とされる魔獣ですらその辺に闊歩している時代の英雄、果たしてそれは一騎当千などという範囲に収まるのか? つまりはそういうことである。

 

 要するに、ただでさえ『アルスター<コノート』という戦力図が出来上がっているのに、俺をコノートに行かせて万が一勢力下に置かれた場合、その時点でアルスターはコノートに勝る見込みが完全に無くなり、メイヴの気分で攻め滅ぼされる可能性がある。

 だからこそ俺をコノートに渡したくないし、しかし俺に行くなと命令できる立場にない。従って、ただ、ただ渋る。

 

 うーんこの、アルスター苦しいっすね。

 

 なら、こういうのはどうか。アルスターとコノートの戦争という図は、アルスターが俺を囲っているという思い込みから発生したものだと思われる。まずはそれを払拭する。

 そのために、コノートには「俺を倒すことが出来たなら何でもしますから!」と伝える。そうすれば少なからずメイヴは俺のみを狙ってくることだろう。それを逆手に取り、戦場には俺が単騎で出る。そうすることにより、コノート軍が他に手を出すことを防げるはずだ。

 勿論、一対多になるのは理解している。戦い、しかも戦争という規模の話なんだ。数万はくだらないだろう。本来であれば絶望的且つ絶体絶命の戦力差、だが俺は何だ? 彼の英雄クー・フーリンだ。彼の力と容姿を得た人間だ。敵軍を一人で蹴散らせずして何が英雄か────ッ! 

 

 といった旨をコンホヴォル王に話してみれば、無茶だと言いたげだった顔は次第に変化していき、思案顔を経て力強く頷いた。

 

 正直な話、俺がここまでする道理はないんだが、何だかんだ言ってコンホヴォル王がいなけりゃ騎士団に入ってないし、それがきっかけとはいえ、アルスターを出て行くこともなかったかもしれん訳だし。

 まあ、それらを抜きにしても、知人が死ぬかもしれんってのを見て見ぬフリするのも、なんつーか寝覚めが悪いしな。

 

 当然、エメルからは猛反対され、こちらも軍を出すべきだと強く主張していたのだが、何故かアルスターの男共が皆激痛を訴えて戦争参加どころではなかったため、どちらにしろ俺のみが出ていくことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 因みに、アルスターの男共の症状についてコンホヴォル王に問い詰めてみたところ、やらかしによってかけられた呪いにより、「いざという時にアルスターの男に陣痛の如き痛みが生じる」ものなんだとか。

 

 

 

 アンタ、やっぱり厄介事しか持ってこねえな…………。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 翌日、早朝。日が昇り、決戦の場所として選ばれた荒野に光が広がっていく。

 

 鮮明になった俺の視界には、水平線沿いに悠然と並ぶコノートの軍勢の姿。数万、下手したら数十万はいるだろうか。気分は正しく、王の軍勢の前に心が折れたアサシン界のアッ〇ーナのそれだ。

 まあ、うん。師匠と師範に稽古をつけられてきた身からすれば、負ける気はしない。しないが、これを1人で相手しなければならないという現実が酷く重い。

 

 コノートの戦士達の足が動く、小走りから疾走へ。彼らの視線を束ねているのは俺の姿だった。昨日の内にコノートにはしっかり伝わっていたようで安心、安心。

 

「「「「────ォォォオオオオオオオオッッッ!!!!!」」」」

 

 屈強な戦士達の足は大地を揺らし、上げる雄叫びは大気を震撼させ、その誰もが敵意の篭もった視線を俺に向けながら迫る、迫る、迫る。

 

 こんな大軍相手には、些か手間が掛かり過ぎる。で、あれば────俺独自のルールを敷かせてもらうぜ!(決闘者並感)

 

 俺は魔槍を横に構え、軽い跳躍の後に魔槍を振るう。と、大地に弧が描かれた。

 そんな俺の行動に驚いたのか、はたまた意図がわからないのか、思わず足を止めるコノートの戦士達。

 訝しげな視線を投げかけてくる戦士達に応え、この線を越えた者にしか攻撃は加えない、しかし覚悟を持ってから越えろ、と警告してやる。

 

 ぶっちゃけた話をすると、俺はまだ殺しには抵抗感というか、忌避感が残っている。魔獣とかならば南無三ッ! って感じで命を頂戴することができるのだが、流石に人間相手にはまだ無理そうだ。だから、あの線を越えて来てほしくないというのが素直なところだ。

 

 では何故、自ら戦場に立つ選択をしたのかといえば、それは死人を出さないためだ。もしアルスターが戦士を駆り出していれば、独ソの大戦レベルの犠牲者数を叩き出すこと間違いナシだっただろう。

 だが俺のみならば、今まで不殺を貫いて来た俺ならば、まだやりようはあるってものだ。しかし、殺す覚悟を持たないまま戦場に立ち、誰も殺さずして戦争を凌ごうなどという考えが、実に愚かで無謀で嘆かわしい程の甘えだというのは理解している。

 

 あぁ、そうさ。俺は戦争のせの字すら知らない青二才さ。そして、現実を見ずに理想を追い求め、英雄になったという結果を知っているからこそ英雄になることを望み、『彼』が何を為したのかすら知らないクセに『彼』になりたいと切望する。外面はクー・フーリンでも、中身は最低の一般人さ。

 けどな、己の我儘を突き通すだけの信念だけは誰にも負けねえってなッ! それが俺だ、俺という人間だッ! 中身が普通のクセしてクー・フーリンになりてえって想い描いているんだ、こんな甘えくらい実現させてみろってんだよッ! 

 

 

 

 たたらを踏んでいた戦士達が越境する。そうして数メートル以内に接近し、武器を俺へと伸ばす。その気迫は俺に怖気を与える程。

 

 あぁ、殺しはしない。いや、できないが正しい。だがそれでも、戦うことはできる! 

 

「────ウォォオオッッ!! 我らが女王様のためにィィイ!」

 

 シャウト効果を伴って斬りかかってくる戦士。フェルグスを彷彿とさせる豪快で鋭い太刀筋には目を見張るものがあるが、しかし。

 

 魔槍を振るう。

 

 一撃────相手の武器を砕く。

 

 二撃────相手の鎧を砕く。

 

 三撃────相手の手足を砕く。

 

 斬りかかってきた戦士を瞬く間に戦闘不能にし、そんだけやられりゃあ言い訳付くだろ、と吐き捨て、残った戦意を砕く。

 

 ともすれば死ぬより苦なことかもしれないが、死ぬよりはマシだ。押し付けかもしれんけど、強者が戦場の理なので許して欲しい。それでも、という奴がいたなら、是非とも木村昌福について知って欲しいもんだ。ショーフク産まれてすらいねえけど。

 

 瞬時に仲間を戦闘不能にさせられたことで、一瞬たじろぐ戦士達だったが、今度は俺を取り囲むように三人の戦士が展開する。

 しかし、たった四人で突っ込んでくるとは(強者ポジ)的な笑みを以て迎えてやると、それを見た戦士達が顔を顰めた。

 

「ッ、笑ってられんのも今の内だぜ!」

 

「さっさとぶっ倒れろやァ!」

 

 ……ふむ。アキレウスではなくジークフリート的な思考のタイプだつたか。これはBADコミュニケーション。

 

 前方から二人、後方から二人。それぞれが剣や槍の切っ先を俺に向けて突進してくる。咄嗟に回避できる先を潰し、それでいてシンプルな戦略。

 だが、純粋な力は戦略すらも根こそぎ打ち砕くものだ! 見せてやろう、純粋な力のみが成立させる真実の世界を!(マッキー並感)

 

 俺はあえて前方の二人へと突っ込み、真正面で魔槍を高速回転させて武器を弾くと、がら空きの横っ腹を薙ぐように蹴りを入れる。

 くの字で吹き飛んだ戦士は、共に突撃した仲間を巻き添えにしながら低空飛行し、後続の戦士達に衝突する。さながら、ボーリングボールにまとめて弾き飛ばされるピンのようだった。

 

 背後に迫る気配、二つ。蹴った勢いを活かして身を背に回す。そして噛み砕く死牙の獣を腕に顕現させ、暴力の象徴たる赤黒い獣骨で殴り飛ばす。

 

 これにて四方向から襲いかかって来た戦士達は片付いたが、まだコノート軍の一割すらも俺に殺到していない。戦いはこれからだ。

 

 

 

 戦場に怒号と剣戟が谺響する。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 開戦から既に九日。俺は休む間すら与えられずに戦い続けていた。

 最初に魔槍で引いた弧────と言っても、踏み荒らされて消滅してしまったが────の内側には、地に伏したコノートの戦士達が山積みになり、次々と仲間に引き摺られては回収されていく。一方の外側には、いくつかのグループに別れて俺への対抗策を提案し合い、皆が納得した作戦で俺に仕掛けるという、急ごしらえの作戦会議所が乱立していた。

 

 俺は未だに不殺を貫いているのだが、倒したコノートの戦士の何人かには「俺は殺す価値すらないとでも言いたいのかッ!?」と激昴されてしまった。

 純正ケルト思考の、しかも生粋の戦士となれば、戦死は誉れなのかもしれない。だがここで死ぬ必要はないし、そもそも進んで死にたい訳ではないだろうに。

 しかし、お互いの価値観の相違というのが、ここに来て浮き彫りなっているのが何とも言えない。現代の倫理観を有する俺からすれば、そもそも殺し合いはあってはいけないものだし、死に対して特別な感情は抱けない。精々が恐怖くらいだろう。

 対し、ケルトの倫理観から言わせれば、戦うという行為そのものが普通の慣行として成立しており、人の死に対してあまりに寛容過ぎる。戦士として生きる者が大勢いる時点で、何らおかしなことではないのだろうが。

 

 

 

 それはそれとして、不眠不休で飲食もナシで戦い続けるとか、こんなん現代のブラック企業より酷ぇや。でもクー・フーリンの無尽蔵のスタミナのせいで、まだまだ戦闘続行できそうなのよね。今更ながら兄貴ハイスペック過ぎるわ…………。

 

 

 

 と、俺の背後────アルスターから無数の気配が接近して来るのを感じ取る。敵意の類は感じられない。コノート軍が背後に回ったってことではないようだ。

 意識を前方のコノートの戦士達に向けつつ、視線を背後へと移動させる。と、武装したアルスターの戦士達が猛然と進軍する姿が目に入る。

 

「我らが英雄、クー・フーリンに助太刀するぞォ──────ッ!」

 

「「「ウオオオオォォ────ッ!!」」」

 

 …………は? え、俺ひとりでいいってコンホヴォル王も了承していたのに、何故? 

 

 俺の頭を疑問が支配したところで、顔馴染みの戦士が近寄ってくる。

 

「よく持ちこたえたな、クランの犬っころ! 今は休んでなァ!」

 

「歳下のガキが英雄さながらのコトやってんだ、俺も負けちゃあいられねぇわな!」

 

「コンホヴォル王からの命令でな! 戦況が芳しくねえってんで、助力しに行けってよ!」

 

 いや、それは嬉しい限りだが! これじゃあ死人が確実に出ちまうだろうが! 俺はそれを阻止するために単独出撃したんだっての! 

 俺の九日間を無為にするとまでは言わないが、これでは俺が単騎縛りをした意味がない。そして何より、俺の知人たるアルスターの面々に死んでほしくはないッ…………! 

 

 そんな内容のことを思わず口に出すと、顔馴染みのひとりに掴みかかられる。

 

「…………犬っころ、何で俺らが死ぬ前提なんだ? 確かに相手はあのコノートだ。いや、それに関係なく、戦争ってのは殺し殺されが当然だ。けどな、俺達は戦士だ。戦士として生きる人間なんだよ! 生きるも死ぬも戦いの中だと決めた大馬鹿野郎だ! だからな、『戦うな、死ぬぞ』なんて言ってくれるな!」

 

 ────っ。

 

「あぁ、そうだせ! どうせなら『死んでも戦い続けてろ』ぐらい言ってくれや」

 

 いやっ、でも…………! 

 

「だァァあッ! うっせえなぁ! お前は何様だってんだよ! 自分の命くらい自分で守れるし、どう使うかってのも自分の勝手だ! 今は黙って預けろってんだ、クソガキ!」

 

「つう訳だ。犬は小屋にでも帰って寝てろや。睡眠時間ぐらいは稼いでやるからよ! ガハハッ!」

 

 …………俺は本当に駄目だな。自分のエゴを突き通したいって思っているクセに、コイツらの、ケルトのそれは否定したがっている。

 それらが衝突すれば我が強い方が勝る、ってのは何となく理解していたが…………今は俺の方が弱い、否、コイツらの方が強いって訳か。…………あぁ、ちくしょうが。ままならねぇもんだ────

 

「別に、倒してしまっても構わんのだろう? ってな!」

 

 ────おい馬鹿やめろ。ってか何で知ってんの?? 

 

 

 

 

 

 

 戦線から一時離脱した俺は、駆けつけたレーグ君の操る戦車に回収された後、離れた森林にて休息を得た。もうすぐ日が落ちる。

 俺に負傷は一切ないのだが、如何せん睡眠と空腹には適わない…………九日間凌いでおいて何を言うって話だが。

 それ以上に、精神的な疲労が大きい。不殺を気にかけるのもそうだが、相手の手足を砕く感触が身体にこびりついていて離れないのだ。俺の手で殺すよりかはマシかもしれないが、それはそれとして、だ。

 

 そして、俺の心で反芻する言葉、それを言い放った時の顔もまた、離れてくれはしない。

 

 ────『俺は殺す価値すらないとでも言いたいのかッ!?』

 

 ────『だからな、「戦うな、死ぬぞ」なんて言ってくれるな!』

 

 相手の言い分もわかるさ。相手からすれば、そんな価値観こそが通常であり、むしろ俺みたいな現代の倫理観は異常なのだろう。

 郷に入っては郷に従え、なんて言葉の通り、俺も幼少期から殺し殺されに慣れておくべきだったのだろうか。抵抗感や忌避感をかなぐり捨て、相手を殺すことを違和感なく実行できるようになっておくべきだったのだろうか。

 今更たらればの話をしても無意味なのは理解している。だが、俺が力を付けるに連れ、不殺という俺の信念を貫くのが難しくなりつつあるのもまた、事実。今回の戦争で、俺がどれだけ夢見がちで理想に溺れていたのかが、嫌という程に自覚させられた。

 

 …………何時ぞやの師匠から言われた言葉を思い出す。結局のところ、槍術に限らず、あらゆる武術は人を殺める技だ、と。

 そうだな。頭ではわかっていても、俺の心が追い付いていなかったんだ。なのにわかった気になって、それでもと不殺を掲げ、挙句に死ななかったんだから安いものだという俺の価値観を押し付けていた。

 

 しかし、アイツらの生き様の前に、俺のパターナリスティックなそれは大敗を喫した。あれだけの自己満足を曝け出しておきながら、その様が『正しい』と感じてしまった。

 そうだ。あれこそがこの歴史の正しい、在るべき価値観なんだ。そして、クー・フーリンという英雄の中身────俺という存在は、この世界において圧倒的に異物だ。

 

 当初こそ、あのクー・フーリンになったという困惑と期待に胸を踊らせたが、結局、俺は何がしたくてここまで来たのだろうか。

 

「…………クー・フーリンさん。どうか、しましたか?」

 

 ん…………いや。何でもな────くはない、か。

 

 俺はレーグ君に対し、「俺がどう見えるか」と問うてみた。外見の話ではなく、俺という人間の在り方についてだ。

 そして、そんな俺の意図に気が付いたのか、レーグ君は「そうですね、クー・フーリンさんは、何と言うか…………歪? いや、不思議な人、ですかね」と答えた。

 

 え、俺ってば不思議ちゃんなの? そんな俺の当惑が伝わったのか、レーグ君は両腕を激しく震わせて口を開く。

 

「ふ、不思議といっても、別に変な意味ではなくてですね! あの、そのっ…………。んん、クー・フーリンさんは僕が今まで見てきた誰よりも強く、勇ましい戦士だと思います。単純な力も然る事乍ら、技術という面でも比類のない、と」

 

 レーグ君が澄んだ瞳を俺に向け、続ける。

 

「でも、それが逆に歪だと感じます。戦うための術って、結局は誰かの命を絶つ技ですよね? なのに、クー・フーリンさんはそれで誰かを殺めることはしませんし、したくないんだろうなぁ、っていうのが感じられるんです」

 

 …………っ。そう、だよなぁ。師匠に指摘された時は、流石スカサハだと感じたが、レーグ君にすら気が付かれてしまうとは。いや、それ程に俺の行動が露骨過ぎたのかね。

 

「その姿が、その、とても不思議だという印象を与えるんですよね。貪欲に戦うための力を習得しているのに、それを誰かに振るうことをしない」

 

 なるほどな。確かにそりゃあ、不思議って思われもするわな。ケルトの価値観とはほぼ真逆みてぇなことやってんだもんな。

 

「…………でも、クー・フーリンさんはその方がいい気がします」

 

 えっ、

 

「クー・フーリンさんが前にコノートの女王に言ってましたけど、それが貴方の在り方で、それらを損なえば崩壊してしまうって。だから、クー・フーリンさんはそのままの方が自然体と言うか、とてもクー・フーリンさんらしい気がするんですよね」

 

 …………そういや、そんなことも言った気がするな。よく覚えてるな。

 

 

「それに、何となくですけど、クー・フーリンさんが力を求めている理由は、『辿り着きたい理想』があるからじゃないですか?」

 

 ────ッ! 

 

「ふふっ、わかるんです。僕も同じですから! 分不相応な理想があって、そこに辿り着きたいがために努力をする。でも、その努力という順路が理想に繋がっているのかはわからない。だから、やれることはとにかくやってみる。そんな感じですよね。そして、戦う術も武器も、つまりは使い手に依存する。だから、殺すためではなく、何かを成し遂げるための手段として振るえば、そうなるのではないかと思います」

 

 …………そうだ。俺はクー・フーリンになりたいという理想を掲げ、しかし兄貴の生涯をさっぱり知らないがために、暗中模索で進んできたんだ。殺人的なトレーニングに日々を費やし、価値観の相違に苦悩し、行き着く先で毎回変なのに追われ、何度も心が折れかけた。

 

 

 

 でも、それでもと、やれることを全てやってきた。その結果として、今の俺はあるんだ。

 

 

 

 向こうの方が『正しい』と感じる────なら、それを『正しい』と受け入れて尚、足掻いてみせろよ。今までもそうしてきただろうが。

 

 俺は異物だ────あぁ、その通りだ。だからなんだ? 異物上等。異物は異物なりに信念を貫いてやるさ。

 

 心が追い付いていない────なら、今から追い付かせろ。未だ中途半端を彷徨うのか? 何なら殺す覚悟と殺さない覚悟、その両方を取るくらいの我儘を実現してみせろよ。

 

 何でこんな単純なことを忘れてたんだろうな、俺は。クー・フーリンになるっていう決意をした時点で、それは茨の道だってのは知ってただろうによ。なんつーか、スッキリしたわ。レーグ君に感謝だな。

 

 …………スッキリしたら眠くなってきたな。ん、少し眠るとしよう。今は存分に英気を養おうか。

 

 起きたら直ぐに戦場に戻る。だから、勝手にくたばるんじゃねえぞ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────不意に、胸騒ぎがした。

 

 

 

 何かに起こされて飛び起き、瞬時に警戒態勢を取る動物のような、唐突な意識の覚醒。

 

 何だ、この、言い様のない不安感は。エメルの邪視を受けた時とは趣の異なる、モヤモヤとした感情。それがふつふつと湧いては行き場もなく、胸の内に吹き溜まる。

 

 脳裏に過ぎるアルスターの戦士達。

 

 心に溜まる不安感が「早く行け」と命令を下す。それに駆られて走り出した俺。背後からレーグ君が「クー・フーリンさん!? 何処へ行くんですか!?」と制止の声をかけてくるが、反応する時すら惜しい。

 

 

 

 

 

 

 だと言うのに、

 

 

「────やはり惜しいな、クー・フーリン」

 

 

 透き通る美声。心中で反響する。

 

 

 その声の持ち主が、後光を受けながら俺の眼前へと降り立つ。

 

 

 俺の道を拒んだのは────モリガンだった。

 

 

 

 ◆




◆補足

Q.今回の話の流れ、これもうわかんねぇな。
A.お、そうだな(思考放棄)という冗談はさておき、簡単にまとめると下記のような流れです。

ク(偽)…戦争を不殺で終わらせたい
エ…(偽)の単騎出撃反対、軍を出せ
王…(偽)なら強いし行けるやろ
  ↓
ク(偽)…兄貴スペックなら!(過信)
  ↓
ク(偽)…終わりが見えない
  ↓
コ戦…殺せよ!侮辱か!
ア戦…戦争舐めんなよガキ!
ク(偽)…俺は間違っていたのか
  ↓
レ…それも貴方の強み
ク(偽)…もう迷わない
  ↓
ク(偽)…嫌な胸騒ぎ、やめてくれ
モ…やっぱすこすこのすこ

Q.(偽)はよコノート行けやカスゥ!
A.本人は行ってもいいけどって考えているのに対し、周囲はそれを許さない。

Q.コンホヴォル王は何で(偽)に戦場GOサイン出したのん?
A.現時点でのコンホヴォル王の懸念すべき問題は、コノートの脅威も然る事乍ら、自身に対して負の感情を抱いているフェルグスが1番大きな存在です。なので、コンホヴォル王から見れば、(偽)1人でコノートを押し返してくれれば御の字、その中でコノートの戦力を削いでくれればラッキー、あわよくばフェルグスをどうにかしてくれるとマジで助かる。そんな感じですね。ただ、(偽)が殺しをしないという点を知っていれば、コンホヴォル王はGOサインを出さなかったでしょうね←

Q.「陣痛の如き痛み」の呪いって?
A.マハという女性が妊娠中だった際、コンホヴォル王は彼女に無理強いして馬車と競争させた結果、マハから「国家の危機の際にアルスターの男が動けなくなる」呪いをかけられてしまうんですね。王ェ………。

Q.神話でも孤軍奮闘してたのん?
A.概ねそうです。しかし神話ではレーグ君と共に戦車に乗り、ゲリラ戦でコノート軍を数ヶ月もの間食い止めています。対し、(偽)はたった一人でそれをやっている訳ですから、神話よりもハードモードです(白目)。


 ↓ここから雑談↓


 お久しぶりです、texiattoです。案の定、今回の投稿も遅くなってしまいました。申し訳ありません。前回投稿から10日……普通だな!(満面の笑み)
 今回はアルスターVSコノートという話ではあったのですが、ほぼ(偽)VSコノートという詐欺です。しかし今回は、(偽)の価値観とケルトの価値観の相違について、また(偽)にケルトのそれを理解させるために書いていました。そのために戦争で孤軍奮闘させ、援軍としてやって来た仲間達に諭されるという図を思い描いてみたのですが、上手く出来たかはよくわかんないです(←は?)。
 またモリガンについてですが、以前こっぴどくフラれた報復を考えていた際、戦争にてクー・フーリンが無双する様を見てしまい、それによって怒りが情欲へと変貌し、再びクー・フーリンを欲するようになってしまいました。が、これがこの物語を狂わす要因となっていく予定です(唐突なネタバレ)。
 次回についてなのですが、少しばかり重要な回になる予定ですので、今までで1番投稿が遅くなる可能性が高いです。その理由としては私がしっくりくるまで書くつもりなことが上げられますので、しばらく投稿が空くと思われます。ハイクオリティを期待されると重圧ではありますが、妥協しない為にもお時間を頂きたいと思います。なので今しばらくお待ちいただけると幸いです。
























 昨日、某サイトにて「置き独歩」というパワーワードに草を生え散らかしました。男の娘本の感想欄に「これはホモでは?」というコメントが湧くのを予知して、1コメに「なんだぁ?テメェ…」を置いておくという先手必勝です。これには武蔵も驚愕。とても戦略的(?)だと思い、深い感銘を抱きました。私もそんなセンスが欲しいのですが、どこに行けば買えますか?

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