転生クー・フーリンは本家クー・フーリンになりたかっただけなのに。   作:texiatto

17 / 37
 レーグ君視点は1話完結にしよう
   ↓
 2万字いきそうだから上と下に分けよう
   ↓
 下が2万字いきそうだから中と下に分けよう
   ↓
 投稿&下作成中←イマココ


英雄の友:レーグ視点(中)

 ◆

 

 

 

 女王と別れた僕達は、アルスターへと帰国の途に就いていた。来た時と同じ道を辿ったおかげか、襲い来る獣の類は一切見当たらない。

 

 

 束の間の安全、しかしそれは唐突に塗り潰された。

 

 

 目の前に降り立つは、見惚れる美貌と畏怖すべき神性を放つ一人の女性。紛うことなき、勝利の女神ことモリガンだった。

 彼女はクー・フーリンさんに寵愛を下賜すると告げた。

 彼女と交わった相手は、如何なる戦いにも勝利することができる。勝利の加護。それを与えられることは恐悦至極。

 求めれば与えられるものでは決してないために、その価値は計り知れない。それ故にケルトの誰もがモリガンとの関わりを持とうと必死になり、縋り付く。戦士も、英雄も、神でさえも。それ程の相手なのだ。

 

「……必要ねえ。お前のことを真に欲する相手のところにでも行ってろ」

 

 だと言うのに、クー・フーリンさんはモリガンから与えられる寵愛を、恐れ多くもきっぱりと断ったのだ。

 

 一方のモリガンはクー・フーリンさんの拒絶に呆けた顔をし、意味を理解すると同時に激昴してしまい、「愚かな選択を悔やむがいいッ!」と吐き捨てて飛び去って行った。

 

 

 

 後に取り返しのつかないことになる。そんな予感がした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 僕達はアルスターへと帰国してコンホヴォル王に報告を済ませた。

 その際、クー・フーリンさんに「お前らをそのまま連れて行きてえが、構わねえか?」と言われ、当然、僕は食い付いた。

 

 歓喜に震えつつ、僕達は次なる目的地である影の国を目指した。

 

 当初、影の国へ行くと言われた時は思わず聞き返してしまった。あの影の国か、と。それについて聞いてみれば、レーグの考えているので間違いないと返された。

 もしやクー・フーリンさんの師匠とは、あの影の国の女王スカサハなのでは? と畏怖を持って口にすれば、それに加えてアイフェという女王の妹までもが師匠だと返答。これまた聞き返してしまった。

 

 スカサハといえば、これまで名だたる英雄を育て上げた、これまたケルトでは知らぬ者はいない女傑だ。

 噂では鍛錬はかなり過酷で、しかし死ぬことも逃げ出すことも許されず、人がどうすれば死ぬかという認識が曖昧になる程度に冷厳な人物と聞いていた。

 クー・フーリンさんの最終試練を課した人物が女王だとすれば、なるほど、噂は事実だったのだと理解せざるをえない。

 

 クー・フーリンさんの案内の元、影の国の入口へと辿り着いた僕達だったが、入国するにはスカサハさんの許可が必要とされるらしい。

 そのため、クー・フーリンさんが僕やセングレン、マッハの入国許可を取って来るまで待っていろ、と。

 ………………って、いやいや! この辺には到底僕なんかでは太刀打ちできやしない魔獣や竜が闊歩しているんですよ!? このままじゃ僕、クー・フーリンさんが戻ってくる前に彼らの胃の中じゃないですか!? 

 

 折角クー・フーリンさんに着いてこれたのに、ここで野生生物の餌食にでもなってしまえば、あまりの無念さに化けて出てこれる自信があった。

 それを必死に訴えれば、クー・フーリンさんは何故か覚悟を決めた顔付きのまま「早めに戻る」とだけ言って、影へと身を消す。

 

 

 

 

 

 

 体感にして数十分。クー・フーリンさんが影から身を晒し、許可が降りたから着いてこい、と。

 それに安堵する僕が目にしたのは、心身共に粉砕された彼の姿だった。どうしたのかと問えば、クー・フーリンさんは遠い目をするのみだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 影の国へと入国し、数日が経過した。

 

 僕はクー・フーリンさんが暇な時に稽古を付けてもらっていたが、しかしクー・フーリンさん本人の修行内容がえげつなかった。

 

 スカサハさんから正式に魔槍ゲイ・ボルグを継承したことで、クー・フーリンさんはそれに慣れるために死霊や亡霊を狩り続け、(スカサハさんが)飽きてきたら彼女と一騎打ちに臨む。

 スカサハさんはその見目麗しさに違わず、クー・フーリンさんをも容易くあしらう武に生きる人物で、傍から見ていた僕の視認すら越えたクー・フーリンさんの神速を、表情ひとつ変えずに受け止めるだけでなく、瞬時に攻撃を繰り出して突き飛ばす程に苛烈だった。

 二人の戦う様は、外ではまず見たことのない程に練度が高く、把握する以前に目で追うことすら困難だった。

 

 そのような戦闘を幾度となく繰り返す。もはや常人の領域ではない。

 

 またアイフェさんという師匠もとい師範からは、魔術の類を意欲的に学び、実践を通して理解しているようだった。

 こちらもまたスカサハさんと同様にえげつないもので、魔術を習得するためにまずはそれを身を以て体験する、という訳のわからない論法でクー・フーリンさんに魔術を撃ちまくり、対するクー・フーリンさんは回避に専念しつつ、時には真正面から打ち破ろうと画策してみたりと忙しい様子だった。

 冗談抜きで死んでもおかしくない魔術の雨あられ。その中に躊躇なく飛び込んで行く。これが修行なのだというのか。……僕の理解が及ばない。

 

 

 

 休息時、クー・フーリンさんとアイフェさんで何やら怪しげなやり取りが繰り広げられたかと思えば、一時間もしない内に海獣らを素材とした鎧が造り出されていた。

 全身を包み込む黒々とした鎧には深紅の線が走り、クリードの剛腕を彷彿とさせる肥大化した腕鎧、拳には複数本の魔槍と思しき緋色を備え、刺々しい尻尾や光沢のある触手といった人外さを付加された装備────『噛み砕く死牙の獣』というらしい────は、見るも悍ましい禍々しさを放っていた。

 

 海獣らの暴力的で冒涜的な力を余すことなく体現する鎧、それからは触れてはならない禁忌のような何かを感じた。

 

 

 

 死霊や亡霊が蔓延る影の国。それを支配する女王、そしてその妹。そして彼女らに師事する英傑達。

 確かに、このような環境に身を置いていれば、クー・フーリンさんのような圧倒的な力を備えた戦士に育っていくのだろう。

 そう実感すると共に、生き地獄のような鍛錬を見ると、あぁ、確かに死ぬことも逃げ出すことも許されないんだな、と感じた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 クー・フーリンさんから教えられた技を体得するべく、一心不乱に槍を振り回していたところ、

 

「そこのお主……レーグといったか」

 

 突然、スカサハさんに声を掛けられた。

 

「えっ……はっ、はい。そうですが……?」

 

「うむぅ……彼奴は小動物のような者の方が好みなのだろうか……」

 

 顎に手を当て、僕に鋭い視線を向けながら唸るスカサハさん。

 あらゆる情報を見透かすような瞳に見つめられ、僕は何か気の障ることをしでかしてしまったのか、と戦々恐々。

 

「いや姉上、それ以前にクー・フーリンにはそっちの気はないぞ」

 

 そこへアイフェさんも加わってくる。影の国の実力者、その二大巨頭を前に、僕の心臓は早鐘を打つ。

 

「あ、あのっ、何か御用でしょうか……?」

 

「うむ。お主にはクー・フーリンの外での様子について聞きたくてな」

 

「外での様子……ですか」

 

「私達姉妹はここから出ることが叶わなんだ。それ故、彼奴の外での人間関係や振る舞いを知る術がなくてな」

 

 何て弟子思いな師匠なのだろう……と感動したのも束の間、少しだけ上気した頬やソワソワしている雰囲気を見るに、クー・フーリンさんが弟子だからという理由のみではないようだ。

 

「……なるほど、わかりました。僕なんかでよければ、お話しさせていただきます」

 

 僕は実際に僕自身が見て聞いてきた物事について、それらを僕自身がどう感じたかについて話す。

 クー・フーリンさんが老若男女にどれ程好かれ、憧れられ、親しまれているのか。どのような噂が飛び交い、実際はどうなのか。

 僕にとってクー・フーリンさんは英雄でありながら不思議な人物で、道標のような存在であること。

 途中からは思わず熱が入ってしまい、二人に説明しているのを忘れてしまう程だったが、しかしスカサハさんもアイフェさんも待てをかけることはなく、相槌を打ちながら微笑を浮かべていた。

 

 そうして大まかに語り終えたところで、スカサハさんが眼を光らせる。

 

「彼奴に女の影なぞはあるか?」

 

 さながら恋する村娘のような発言だったが、それを口にしたのは影の国の女王その人。

 突拍子もない質問なのだが、しかし一番聞きたかったことであるかのように、その顔は憂いを帯びていた。

 

「ほれ、早う答えんか」

 

 僕の答えを急かすは女王の妹。こちらもまた、何処か憂心を抱いた顔をしている。

 

「は、はぁ……。まあ、強いて言えば、コノートの女王メイヴでしょうか」

 

 クー・フーリンさんは多方面の人達から好意を寄せられているが、実際に彼と恋仲になった人物はいないはずだ。

 一時期は特定の女性と共に居たような噂はあった。だがそのような女性の存在は見受けられなかった。

 とすれば、現在進行形でクー・フーリンさんに好意を寄せているのは、先の討伐にて関わりのあった女王メイヴだろう。

 

「……ほほぅ、彼奴の弁解にも出ていた尻軽女か」

 

「あぁ……女王を僭称している淫売か」

 

 瞬間、二人の瞳から光が消失し、女王メイヴのことを滅茶苦茶に言い始めた。クー・フーリンさんに言い寄っている、と話しただけでこれである。

 スカサハさんとアイフェさんが、自分の弟子のことをどれだけ大切に思っているのかはわかるのだが、まさか男女間についても介入するのか。

 

 クー・フーリンさんは大変だな、と苦笑を浮かべていると、二人が何やら呟き始める。

 

「やはりここから出せぬようにし、人外に身を落とさせるしかあるまいか……いや、そのようなことをせずとも、彼奴の子を孕めば縛り付けられるか。……全く、ここから出られさえすれば、クー・フーリンに集る虫共を片端から塵芥にできように……」

 

「うむぅ、手っ取り早くクー・フーリンを私色に染め上げねばならんな。彼奴の思考を全て私に置き換え、私以外には欲情せんよう躾けてやらねば。……あぁ、だが、むしろ私が彼奴に染め上げられるのも……ッ……アァ、良い、好い、善い……」

 

 ……違った。これは嫉妬、依存、束縛、狂気────歪んだ愛だ。

 決して、弟子思いであるとか、そういう生半なモノではない。それを通り越し、越えてはいけない壁を粉砕し、あらゆる経過を紆余曲折という言葉に詰め込んだ結果として形成された、狂いだ。

 

 僕が女王メイヴと口にしたばかりに、姉妹揃って死んだ表情で呪詛を垂れ流すという、言葉にすると余計に訳がわからない────わかりたくもないが────状況に変貌してしまった。

 

 僕は心の中でクー・フーリンさんに合掌しつつ、この二人に何をしたのか、何でこうなるまで放って置いたのか、と叫喚したのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 後日、僕達はアルスターへ向かっていた。

 

 アルスターの去り際にコンホヴォル王から渡されていた手紙の存在を思い出し、それをクー・フーリンさんに手渡せば、「アルスターに用事ができた。行くぞ」と。

 

 アルスターまでの道すがら、クー・フーリンさんに鍛錬を付けてもらったりしていたため、到着までに四日もかかっていた。

 それだけでも申し訳ない気持ちでいっぱいだというのに、コンホヴォル王に「遅かったな」と言われても僕が原因であると一言も告げなかった。

 クー・フーリンさんに対し、何故僕のせいにしないのか、と視線を投げていると、頭を雑に撫でられた。……これもクー・フーリンさんの不器用なまでの優しさなのだ。

 

 再び、僕の胸に温かな気持ちが湧き上がった。

 

 

 

 

 

 

 コンホヴォル王の頼み、それは魔獣狩りであった。

 何でも、アルスターに大量発生しており、人への被害が出るのも時間の問題だとか。そのため、クー・フーリンさんの力を借りたいという。

 

 クー・フーリンさんは到着と同時に魔獣狩りへと赴こうとしていたので、僕もそれに同行する。

 足でまといになるであろうことは予測しているが、それでも、少しでも人助けの一役を担いたかったのだ。

 同行を反対されても文句の言えない中、クー・フーリンさんは口角を上げて「目の届く範囲に居る限りは助けてやる」と、それだけ口にしてくれた。

 

 それを経て、ようやく魔獣狩りを開始した。

 

 狼や猪といった四足獣を筆頭にした獣達。その数は恐ろしく、幾つも見られた魔獣の群れ同士の衝突は、さながら国家間の戦争のようだった。

 そのような混沌極まる自然界に、僕達が第三勢力として介入し、目に付いた端から斬り、穿ち、薙ぐ。

 クー・フーリンさんの無双ぶりは語るまでもないが、僕はというと、魔獣単体と長期戦をする程に要領が悪く、本当に僕は戦うことに向いていないのだと理解させられる。

 

 

 

 夕暮れの森林にて、女傑の面々と遭遇した。

 

 以前見た時よりも練磨された彼女らは、まさに戦士と言うべき存在へと昇華していた。

 中でもクー・フーリンさんに引っ付いて離れない女性────エメルさんは、他の女傑の面々とは一線を画す強者であると、ひしひしと感じられた。

 

 アルスターへと帰還し、コンホヴォル王に報告を済ませた瞬間、クー・フーリンさんがエメルさんに拉致された。

 それを見た僕は目が点となり、呆然とするしかなかった。困惑を極めていると、女傑の人達が説明してくれた。

 聞けば、エメルさんはクー・フーリンさんに恋慕……が変貌した狂愛を抱いており、しかしアルスターからクー・フーリンさんが出て行ったために、溢れるそれを溜め込むしかなく。そうして再会したのだから、何が爆発しようともおかしくないのだとか。

 

 スカサハさんといい、アイフェさんといい……クー・フーリンさんは彼女らに何をやらかしたんですかっ!? 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 魔獣狩り開始から早一週間。

 

 エメルさんに追尾されているクー・フーリンさんは、日に日にやつれていくが、僕にはどうしようもなさそうなので強く生きて欲しい。

 

 最早日課となった、心中でクー・フーリンさんに合掌をしていると、今日は何故か僕がエメルさんに捕まった。

 

「貴方……私のクーの御者なんでしょう? なら、クーに寄り付く他の女の有無について、知ってますよねぇ?」

 

 ……既視感を覚えるやり取り。

 

 これは素直に答えていいものか。いや、だが嘘をつく程のことでもないだろう。

 

「……そうですね、まあ有無については有り、とい「誑かしたのはどこの誰?」」

 

 瞬間、僕の心身を襲う気配────殺気。

 

「答えて。早く早く早く早く早く」

 

「ひっ! ……えぇ、っと、コノートの女王メイヴさんと……クー・フーリンさんの師匠である影の国の女王スカサハさん、その妹君であるアイフェさんの三人……です」

 

「………………ふぅん、三人も………………」

 

 直後、俯く彼女。「あの……?」と声をかけるも反応はなく。

 

「許せない……許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない────」

 

 心に積もり積もった濃い感情、その全てを込めるかのように許せないという言葉を連続して紡ぐエメルさん。

 

「どうせあの淫乱女のことですもの、私のクーを無理やり奪いに来るに決まってる! 許せない! それにスカサハって、あのスカサハよね。あぁ、そっかぁ。影の国なんかに出向いていたから見つからなかったのね……。でも、師弟関係を超えて寝取ろうとするなんて……あぁ! 何て卑しい! 何て浅ましい! それだけでも許せないのにっ、その妹までもが……!」

 

 激しい身振り手振りで激情を表現するエメルさん。その瞳は夜闇のように黒々としており、深海の如き底無しの闇だった。

 

 結局、エメルさんは「きぃぃぃぃい!」と金切り声を上げながらクー・フーリンさんへと突貫して行き、僕はそれをただ呆然と眺めることしかできなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 コノートからの宣戦布告。その衝撃はアルスターを即座に駆け巡った。何故、どうして、と困惑の渦に飲み込まれていく人々。

 

 それとはまた違う意味で、僕にも衝撃がもたらされていた。今朝から治まらない腹痛に見舞われているのだ! 

 じっとりとした脂汗を滝のように流しながら、何か変な物でも口にしただろうか、これは何かの病気なのか、と困惑の極みにいる僕。

 ふと辺りを見回せば、僕同様に痛みにもがき苦しむ男達の姿が目に入り、流行病の類かと顔を青白くさせる。

 

 それでも何とかしてクー・フーリンさんの元へと赴いてみれば、単騎で出撃して行くクー・フーリンさんと、騒ぎ散らすエメルさんの姿が。

 

 盗み聞きするようで気が引けたが、狂乱するエメルさんを宥めていたコンホヴォル王の発言から、この宣戦布告はメイヴさんがクー・フーリンさんを欲したからであり、当の本人は「それならば」と一人でコノートの軍勢を相手取ることにしたのだそうな。

 

 たった一人で大軍と戦うなど自殺願望でもあるのか、と正気を疑いたくなるが、しかしクー・フーリンさんが敗北する姿を、海獣らと対峙した時のように想像することはできなかった。

 あのクー・フーリンさんが負けるはずがない、と。クー・フーリンさんなら大丈夫だ、と。漠然とそう思っていた……痛みに耐えながら。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ◆

 

 

 

 やっと痛みが引いた。さすがに九日も寝たきりは正直キツかった。というか、この痛みの原因とは何だったのだろう。

 

 だが、そう安堵してもいられない。クー・フーリンさんとコノートの軍勢との衝突、その戦況が芳しくないとの報告がされていたからだ。

 まさかクー・フーリンさんがやられたのか!? と焦りもしたが、どうやらクー・フーリンさんが敵兵を生かさず殺さずの半殺しにしており、そのせいで戦が長引き、互いに膠着状態にあるらしかった。

 

 コンホヴォル王は「敵を殺さんとは何事かッ!」と激怒しており、騎士団に出撃命令を下す。

 その傍らではエメルさんが「きっとあの淫らな女に唆されたんだわ! 許せないッ!」と、よく分からない怒りを滾らせる。

 

 いきなりの混沌とした状況に、腹部の次は頭部が痛くなりそうだったが、僕にも出撃の命令が出る。出撃というよりも、クー・フーリンさんの回収ではあるが。

 寝込んでいた分挽回しなければ、という思いがあるのか、騎士団の皆は何時も以上に活気づいており、足早に戦場へと駆け出す。

 それに続く僕。クー・フーリンさんに一刻も早く休んでもらうべく。そんな思いだったが、同時に湧き上がる、疑念。

 何故、殺さないのか。それが頭を埋めつくしてならない。クー・フーリンさんに何があったのか、何が目的なのかはわからない。だからこそ、一刻も早く彼の元へと馳せ参じねばならない気がした。

 

「行くよ! セングレン、マッハ!」

 

 戦車に飛び乗った僕の呼び掛けに反応して、耳を後ろに伏せて眼を吊り上げる黒と白。

 何時もなら僕の言うことなど聞きやしない二頭であるが、主たるクー・フーリンさんのためだと悟れば、従順に変貌する。

 

「「────────ッ!!」」

 

 けたたましい嘶きを上げ、力強く戦車を轢く。この二頭もまたクー・フーリンさんの元へと向かいたくて仕方がなかったようだ。

 

「今行きます……クー・フーリンさん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場として選ばれた荒野、そこには大勢の戦士達に囲まれながら、未だ無傷を保つ彼の姿があった。

 一緒に出撃した皆はクー・フーリンさんを包むように戦場に雪崩込み、僕は彼を戦車に乗せて離脱する。

 

 その際、クー・フーリンさんと面識のある戦士達と一悶着あったようだが、それを気にする程の余裕は僕にはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は既に日暮れ。森林に行き着いた僕は、直ぐに食事と寝床の用意をする。クー・フーリンさんに休息してもらうためだ。

 ふと頭に再び浮かぶ疑念────何故殺さないのか。それを聞いてみようと彼に顔を向けてみれば、

 

「…………っ」

 

 思考が漂白された。クー・フーリンさんの、今にも壊れてしまいそうな表情を目にしたからだった。

 今のクー・フーリンさんは、これまで隣で見てきた力強い印象は鳴りを潜め、そよ風程度で消えてしまいかねない微弱な火を連想させる。

 それは単なる疲労からなどではなく、精神的なモノであると察しがつく。きっと、殺しをしなかった理由に関係があるのだろう。

 

 

 

 そして、ふと、思った。

 

 

 

 英雄────特に武勲によってそう呼び称えられた者は、一体何人の命を奪ったのだろう、と。

 

 戦いに生き、戦いに死ぬケルトからすれば、それは考慮する価値すらない。誰かが勝り、誰かが敗れただけなのだから。

 途轍もない力を持ち、誰かのために戦い、老若男女から拍手喝采を浴び、そして歴史に名を残すという一種の不死性を獲得する。

 あぁ、確かにそれは英雄だ。紛うことなきそれだ。しかし、それは飽くまでも英雄の煌びやかな面。

 それに伴うのは赤黒く血生臭い負の側面。理想とは程遠い凄惨な現実。味方だからこそ英雄と讃えられるが、敵からしてみれば仲間を幾人も殺した怨敵に過ぎない。

 

 そこまで考えて、震える。

 

 英雄願望を漠然と抱くなど、何て無責任で無知だったのか、と気が付いたからだ。

 煌びやかな面が英雄の全てだと勘違いしたまま英雄を目指していたとすれば、何と、何と恐ろしいことか。

 誰かの人生を途切れさせ、未来を閉じ、家族や友人からその人を奪う。そこに讃えられる要素は介在しない。

 

 僕に耐えられるだろうか。そのような残酷なことを繰り返すのを。

 いや、無理だ。僕にはそんな責任など持てやしない! 担えない! 気が付いてしまったのなら、尚更だ! 

 

 ……そうか、だからクー・フーリンさんは……。

 

 きっとクー・フーリンさんも、そうなのだろう。思い返せば、確かにその節はあった。

 

 クー・フーリンさんの噂は、そのどれもが誰かのために力を振るっているという旨で、とある強者を倒したとか殺したとかは聞いたことがなかった。

 僕に掛けてくれた言葉。あれはクー・フーリンさん自身もまた、自分と向き合った結果として新しい在り方を創り出していたからこそなのだろう。

 今回の戦争。切っ掛けはあまりに粗末事ではあるが、火種という責任感や英雄と呼ばれ期待されている身故にクー・フーリンさんは戦場に駆けて行ったのだ。殺しをしたくないからこそ、必死に考えて、必死に貫こうとしたのだ! 

 

 その心情は測りきれない……! 

 

 そう。だから今、問い詰めてはいけない。

 

「…………クー・フーリンさん。どうか、しましたか?」

 

 柔らかく聞いてみる。こちらから問いかけるのではなく、相手からの言葉を聞く姿勢をつくる。

 

「………………なぁ、レーグ。俺はどう見える?」

 

 どう見える。それは容姿についてではなく、クー・フーリンさんの振る舞いが他者から見てどうなのか、ということだろう。

 

 自嘲、後悔、卑屈。それらを混ぜ込んで原形を完全に喪失させたような、そんな雰囲気を放つクー・フーリンさん。

 

 恩人にそんな気持ちになって欲しくはない。だからせめて、僕は僕の感じたままを口にし、クー・フーリンさんの理解者になろう。

 

「そうですね、クー・フーリンさんは────」

 

 

 

 

 

 

 僕が語り終えたところで、クー・フーリンさんに元気が戻った。だがそれは空元気のような、明らかに無理をしているものだった。

 

 しかし、今の僕にはクー・フーリンさんにそれを指摘するだけの残酷さはなく、彼がそれを自力で乗り切れることを祈る他なかった。

 

 

 

 けれど、僕が抱いた一抹の不安、それは拭うことができなかった。

 

 

 

 ◆




◆補足


 ワイ「補足を起こさないでくれ、死ぬほど疲れてる(筋肉催眠)」


  ↓ここから雑談↓


 お久しぶりです、texiattoです。投稿が遅れに遅れてしまい、本当に申し訳ない(初手人工無能)。文章の構成や表現で右往左往し、行き詰まったところでレーグ君の心境ならばと見直しをし、付け加えては削ってを延々と繰り返していました。……え?それにしては遅すぎ?6日間難産で苦しんだ部分を全カットして虚無感に囚われた話する?いやでもホント忙しかったんすよ、、、デッドダムド〇ねと考えていたり、青魔道具ファックとか呟いていたり、水着イベ進めてたり、鬼滅の刃を見始めたり、姫路とか神戸とか京都まで観光しに行ったり……遊んでばっかじゃねえか!(御満悦)
 唐突なんですが、バビロニア0話を見て、気が付いたら涙が零れてしまいました。もうね、ロマニとマシュの関わりの描写が色んなことを考えさせられて、セリフや表情のひとつひとつから伝わるメッセージが濃厚で、シャーロキアンでアンデルセンで、レフもとい魔神さんの言い回しとか意味が深くて……エモッ!!!!そんな感じで、年齢を重ねる事に涙脆くなっているのを実感しています。でもまだおじさんって年齢でもねぇだろ!いい加減にしろ!(自答)
 え、今回の話については触れないのか?まあ、読んでいただけたのなら語るまでもないでしょ。長文お疲れ様でした。難産でした。おぅふ。以上。もはや言葉など意味をなさない(J)。

 ということで次回はレーグ視点の完結です。(偽)とレーグ君のアレコレ、レーグ君の死闘、(偽)の覚悟完了。物語の進行上それなりに大切な内容にする予定なので、今しばらくお待ちいただければと思います。では(・ω・)ノシ
























 ランサー「マスター!突きっス!(謀反)」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。