転生クー・フーリンは本家クー・フーリンになりたかっただけなのに。   作:texiatto

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 みんなの記憶からこの小説の存在が消えつつあると思うので初投稿です。


英雄の友:レーグ視点(下)

 ◆

 

 

 

 それは唐突だった。

 

 早朝のこと。突然クー・フーリンさんが意識を覚醒させたかと思えば、戦場へと駆け出した。

 

「クー・フーリンさん!? 何処へ行くんですか!?」

 

 僕の制止の声、しかし止まることなく走る、走る、走る────神速。

 僕は直ぐにセングレンとマッハを走らせようとしたが、既にクー・フーリンさんの背は小さく。

 

 拭えなかった不安感。それが水に垂らした黒のように僕の心を侵食し、染め上げる。

 言い様のない焦燥感。煩く感じる胸騒ぎ。クー・フーリンさんが届かない何処かへ行ってしまうような。

 

 だが、それは思い違いだ、勘違いだと言い聞かせ、一心不乱に戦車を走らせる。

 

 

 

 

 

 

 戦場に向かう途中、血の臭いが酷く濃い場所があった。思わず鼻をつまみ、眉を顰める。

 臭いのする方へ顔を向けると、木々が赤黒く変色しているのが目に止まる。

 

「っ……なんだ、これっ?」

 

 赤黒いそれに対しての疑問ではなく、その向こう側────何人もの戦士達が山と積み重なり、森の緑が赤黒く染め上げられた景色に対しての言葉。

 殴られ、折られ、斬られ、穿たれ、抉られ、焼かれ。ありとあらゆる方法で痛め付けられ殺されたのが理解できる、人だったものら。

 加えて、装備を見るにアルスターの人間達だったのが伺えた。

 

 あまりに惨い現実に、僕は胃の中身を全て吐き出してしまう。

 

 そんな時、

 

 

 

「■■■■■■■────ッ!!」

 

 

 

 

 獣の如き『何か』の声が轟く。狂気という概念をそのまま声にしたような、不気味な叫び。それは慟哭のようでもあった。

 僕はそれをただ耳にしただけで心身の震えが止まらず、直ぐに離れたい衝動に駆られる。

 

「がァァァァァァ────ッ!?」

 

 と、声のした方向から男が吹き飛んで来る。男は大木に激突してから地に落ちるように倒れ、「おま、え……が、倒れるべ、き……なのに、よ……」と漏らして事切れた。

 

 あまりに突然過ぎる光景に動けずにいると、男が飛ばされて来た軌跡を辿るように、『何か』が近寄って来る。

 

 

 

 そこには『死』があった。

 

 

 

 何時ぞや見たクー・フーリンさんの『噛み砕く死牙の獣』だった。

 だが以前見た『噛み砕く死牙の獣』とは異なり、鎧に張り巡らせている赤い線は命を宿しているかのように脈動し、全身からは赤雷の如き光を発する黒い靄を放っていた。

 背を丸めた前傾姿勢で、身体を引き摺るような重い足取り。速さが特徴たるクー・フーリンさんとは違う。

 

 アレはクー・フーリンさんではない。決定的に中身が異なっている。僕の直感が確信を持って告げる。

 アレは『獣』だ。彼の姿をした『死』だ。『死』という側面を持った憤怒の化身だ。

 それを裏付けるように、忠犬もとい忠馬たるセングレンとマッハが敵意の籠った目をクー・フーリンさんに向けているではないか。

 

 あまりの変貌。得体の知れない様に僕の視線は釘付けとなり、足は縫い付けられたかのように不動。

 呆然とする僕を他所に、ソレは僕の眼前を悠然と通り過ぎ、先程事切れた男に近付いた途端、剛腕に備えた複数本の魔槍で男の死体を突き刺す。

 

 何度も、何度も、何度も何度も何度も。

 

「オマエは……何だ……」

 

「──────────」

 

 返答を求めた問いではなく、心の底から出た呟き。それは自分でもわかる程に恐怖に震えていた。

 対し『獣』は動きを止めてこちらを見るが、それ以上の反応はなく。

 『獣』はぎりぎり人型を保っていた、魔槍に突き刺さる死体を振り払う。死体は大木へと衝突すると同時に、生々しい水音を立てて肉塊にばらけた。

 

 血の飛沫と肉片が僕の手足に飛び散り、それが発する生温かさによって生じた気持ちの悪さに「ひっ!?」と情けない声を漏らしてしまう。

 思わず僕が視線を自身の手足にずらすと、それを見計らったかのように『獣』は草木を掻き分けて走り去ってしまった。

 

 数秒。或いは数分か。僕は戦車の上で腰を抜かしてへたり込み、『獣』が走り去った方向を見つめていた。

 際限なく恐怖が湧き上がり、それ以上の憤りに満たされる。アレはクー・フーリンさんの身体を奪って、何をした? 

 人を殺した。クー・フーリンさんが忌み嫌い、必死に避けようとした殺しを、何の躊躇いもなくやった。

 そしてそれに飽き足らず、既に命のない者を執拗に攻撃し、人であったと認識できない程に滅茶苦茶にした。

 

 ……止めなければいけない。どうにかして、アレを、僕が! 

 しかし、できるのだろうか。視界に収めているのみで恐怖を煽られるような、正真正銘の化け物に、僕が挑むなど。

 先程は襲われずに済んだが、次も無事だという保証はない。襲われれば間違いなく僕は死ぬ。それはもう呆気ないほどに。

 

 ……いや、できるかどうかではない。僕がやらねばならない。これは覚悟の問題だ。

 あぁ、そうだ。これは僕自身がそうすべきだと、そう感じたから……! 

 

「僕が……僕が止めるんだ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セングレンとマッハを操り、『獣』が駆けて行った道を辿る。

 本来は道なき道なのだが、『獣』が通った道は容易に知れる。木々が荒々しくなぎ倒されていたからだ。

 

 これでは本物の獣ではないか。僅かな間に、クー・フーリンさんの身に一体何があったというのか。

 解を渇望する強い気持ち。それが胸中に渦巻いて不快感を催す。

 次第に戦場たる荒野へと近付いて行き、同時に幾つもの勇ましい雄叫びが耳に入ってくる。

 

 視界が開けた。

 

 目に入って来たのは、四肢を脱力させて虚空を見つめる『獣』と、それに向かって突撃して来るコノートの戦士の大軍。

 僕は巻き込まれまいとセングレンとマッハを制止させる。

 

「■■■■■■■■■────ッ!!」

 

 戦場に轟く狂気の声。次の瞬間、『獣』から煙のように放出されていた赤黒い靄が爆発し、大津波のようなそれがコノートの戦士達を飲み込む。

 

「っ、うおおっ!?」

 

「な、何だコイツぁ!?」

 

 攻撃の類か、と身を竦める戦士達だったが、しかし痛みも何もないのか、確認するように互いに負傷がないか見合う。

 

「っへ、んだよ驚かせやがって!」

 

「目くらましのつもりかよォ!」

 

 未だ自分達の周囲を漂う靄の中で、再び不敵な笑みを浮かべる戦士達。この靄が無害だと思い込んだからだった。

 

 だがそれを見ていた僕は、あの赤黒い靄から一刻も早く離れるよう叫びたかった。

 アレが何かはわからないが、死を振り撒く『獣』が無意味な行動などするはずがないから。

 

 

 

 瞬間────数人の戦士が爆ぜた。

 

 

 

「………………は?」

 

 この戦場に居る、もしくは見ている者の全員が同じ言葉を発しただろう。

 しかしそれも仕方がない。身体の内側から無数の槍が突き出して肉体が爆散するなど、誰が想像できようか。

 

「……ひっ、なん────」

 

 またも爆ぜる、爆ぜる、爆ぜる。無差別にひとり、またひとりと。次々と槍が突き出して散り行く戦士達。

 それを見て、僕はようやく気が付く。あの緋色の槍は魔槍ゲイ・ボルクだ。そしてそれらは赤黒い靄によって形成されているようだった。

 原理は分からないが、差し詰め、靄を体内に潜り込ませてから魔槍に変質させているのだろう。……何と惨い技か。

 

 僕が気付いてから数秒後、やっと赤黒い靄の異常性を察したのか、靄から脱出する者が現れ始める。

 靄から抜けた戦士の一人が『獣』へと、仲間の仇と言わんばかりに己の得物たる槍を突き立てる。

 名のある狩人が射った矢の如く、素早く正確な一撃。強者であるのが伺えるそれは、並の戦士では抵抗を許さずに穿つであろう。

 

 だが、『獣』の前では圧倒的に力不足。

 

『獣』は己に迫っていた槍を、右剛腕で下から突き上げる要領で薙ぎ、木の枝でもへし折るように粉砕させる。

 想定外の事態に瞠目する戦士。その隙を逃すことなく『獣』は左剛腕の魔槍で戦士の腹部を突き刺し、そしてその勢いのまま殴り飛ばす。

 骨が折れ、血肉が散らされる音を伴い戦士が吹き飛ぶ。その速度は彼が靄を抜けてきた時のものよりも速かった。

 

 その戦士は靄を割って突き進み、その奥にて状況を伺っていた仲間達に衝突し、数十人を巻き込んだところでようやく止まる。

 即死、或いは意識を失っても可笑しくない攻撃を食らっていながら、奇跡的にもその戦士にはまだ息があった。故に仲間達が駆け寄り、

 

「ッ! お前っ、大丈────」

 

 直後、周囲を巻き込んで爆ぜた。血みどろの彼の全身から魔槍が射出され、周囲の仲間達を無差別に穿つ、穿つ、穿つ。

 幾人もの鮮血と断末魔が上がり、次々と地に伏して動かなくなる戦士達。更にその上にひとり、またひとりと折り重なっていく死屍累々。

 

 ……何て恐ろしい『獣』だ。たった一人を屠るに飽き足らず、屠った相手そのものを攻撃の手段として活用するなど。

 残虐にして冷酷、無慈悲。正しく獣のそれだ。

 

 近接戦闘では勝ち目が薄いと踏んでか、戦士達は赤黒い靄から抜けて後退し、弓矢や魔術による遠距離攻撃へと切り替える。

 

 確かにそれは正しいだろう。クー・フーリンさんの近距離における戦闘技能の高さは常人のそれを遥かに凌駕する。加えて『噛み砕く死牙の獣』によって攻防一体となっている。

 そしてそれを理性を失くした獣が振るうのならば……最早語るまでもない。

 

 弓に矢が番えられる。魔術が紡がれる。殺意と敵意に彩られた戦士達が、怨敵へと攻撃を放とうとした、その時、

 

 

 

「_―_ ̄_― ̄_──_──!!!!」

 

 

 

『獣』より発せられた狂乱の咆哮。獣の鳴き声、金切り声、慟哭、哄笑をひとつにしたような名状し難い叫び。

 

 僕はそれを、聞いた。聞いてしまった。

 

 途端に心身が恐怖に震え、頭の中身を直に掻き回されたかの如く思考が滅茶苦茶になる。

 動悸が激しくなる。頭痛が生じる。吐き気を催す。自分の意思とは関係なく歯を小刻みに鳴らしてしまう。

 それら全てが一度に押し寄せ、我慢できずに発狂する直前、僕が何のためにここに来たのかを思い出す。

 

 そうだ、僕はクー・フーリンさんを助けるためにここに来たんだ。自分自身の意思によって! 

 ここで僕が正気を失ってしまったのなら、一体どこの誰がクー・フーリンさんを助けるというのか……! 

 

 すると、押し寄せていたそれらが、不思議と治まる。

 ただ咆哮を聞いたのみであれ程になるなど。あれは何だったのか。いや、今考えても仕方がない。

 ようやく思考が正常に戻り、戦場へと視線を向けると、

 

「っ!」

 

 狂っていた。咆哮を耳にした戦士達の半分以上が狂っていたのだ。

 

 僕のそれとは大きく異なり、喚き散らして喉を掻きむしる者、見えない何かに怯えて武器を振り回す者、発狂しながら同士討ちをする者、更には自殺する者までもがいた。

 正気を保った、もしくは戻した少数が狂った仲間を止めようとするが、容赦なく殴られ、穿たれ、切り裂かれ。そうして、狂わなかった者達は痛みに震えて叫び出す。

 

 何だ、これは……単なる咆哮のみで、コノートの軍勢を崩壊させてしまうなど……ありえない……! あってはならない! 

 もし、僕もあのまま正気を取り戻していなかったのなら、同じように狂っていたのだろうか。

 

 ともすれば我が身だったという恐怖に冷や汗が流れたところで、『獣』が動き出す。

 クー・フーリンさんの身軽さとは反対に、一歩一歩を力強く踏みしめ、大地に足跡を刻み付ける悠然とした歩み。

 それと同時に赤黒い靄が大地を迸り、側から順々に戦士達を肉塊へと変貌させていく。

 

 不意に戦士達が密集している空中に、深淵の如き黒が幾つも出現したかと思えば、そこからは魔槍の穂先がびっしりと生えた触手が伸び、陸に打ち上げられた魚のようにそれぞれが暴れ散らす。

 触手は殴打した者の肉を裂き、抉り取っていく。また、即死できなかった戦士達の苦痛の叫びで喜んでいるように、嬲るように攻撃を加えていた。

 

 そうして『獣』がコノートの軍勢を縦断し終えれば、荒野であった大地は鮮血の湖と化し、屍の山が築かれた。正しく屍山血河。コノートの軍勢は全滅だった。

 アレが通った後には生命が残らない。人は肉片となって捨て置かれ、死後の尊厳も誇りも一切合切が蹂躙される。

 あらゆる生命に牙を突き立て、殲滅の限りを尽くして死を押し付け、人道も何も関係がない獣のように振る舞う────『死牙の獣』。

 

 アレはもっと多くの人を殺す。先程の戦闘を見ていて気が付いたが、『死牙の獣』は殺戮を楽しんでいるようだった。

 相手が仲間の仇であるコノートの戦士達であったからでは断じてない。そもそもクー・フーリンさんの自我は封じ込められているのだろう。アレは殺すことそのものを快楽として享受するような狂獣だ。クー・フーリンさんとは違う。

 

 今、『死牙の獣』は己が築き上げた血肉の大地に立ち、何かに浸る様に微動だにせず。

 だが次なる標的を見つけたのなら、或いは殺戮の場を求めて徘徊し始めたのなら、より多くの血が流れることになる。

 冗談などではなく、国がひとつ消えるかもしれない。理不尽な災害と同義なのだ、アレは。

 

「………………ッ!」

 

 突如として背筋に冷水を流し込まれたような感覚────殺気。

 咄嗟にセングレンとマッハに指示を飛ばして戦車を急発進させる。と、数瞬前まで僕が居た場所から、禍々しい触手が這い出した。

 

「なんっ────!?」

 

 奇跡的に回避することができたが、それで終わるはずもなく、次々と触手が這い出しては僕を絡め取ろうと蠢く。

 触手に捕まれば即殺。クー・フーリンさんを助けるどころか僕が殺されてしまう。

 僕の命を嬉嬉として狙いに来る触手が、前後左右あらゆる場所から這い出てくる。しかし僕は必死に回避に専念することで何とか命を繋ぐ。

 

 中々僕を仕留められないのに業を煮やしたのか、『死牙の獣』が不協和音の叫びを上げ、それに呼応して赤黒い靄が放出される。

 地を覆う大津波のような靄が幽幽と迫る、迫る、迫る。

 

「セングレン、マッハ……!」

 

 僕は手綱をしならせて二頭を全力で走らせる。暴れ馬として困らせていただけあって、その速力もまた力強い。追いつかんと迫る靄よりも二頭の速力の方が勝り、靄の追従を許さない! 

 だが触手は依然として蠢いているため、そこに追加された靄のおかげで回避の難易度が跳ね上がる。

 しかし捕まる訳にはいかない。故に全力で回避、回避、回避。

 

 唯一の僕の取り柄である御者としての力。それは、クー・フーリンさんが居なければ長所として認識できなかった。

 本当にそれは役に立つのか。極めれば武器と成り得るのか。そのように卑屈に陥り懐疑的になりもした。

 それがどうだ、殺戮の限りを尽くす『死牙の獣』相手でも十分に立ち回れるではないか。

 なるほど、と。これは確かに武器になる。一人では回避しかできないが、頼れる相棒と共に戦場を駆け回るのであれば、これは圧倒的だろう。

 

 一瞬でも気を緩めれば殺されてしまうだろうが、並列思考をすれば打開策を考えられる程度には、この猛攻にも慣れてきた。

 

 だが、クー・フーリンさんを戻すにはどうすればいいのだろうか。

 アレは躊躇いもなく殺しを行い、僕やセングレンとマッハ達にまで攻撃を加えてきた。そこから推察するに、クー・フーリンさんの自我は『死牙の獣』によって封じ込められているのだろう。

 ならば、クー・フーリンさんの自我を取り戻してさえすれば、きっと止まる。これに関しては確証はないし、ある種の賭けに等しい。

 ただ、それ以外に手段はないと思う。物理的にアレを止めるのは困難の極みであるし、それ以前に僕には不可能だからだ。勿論、他人に任せるというのも論外ではある。

 だからクー・フーリンさん自身に打ち勝ってもらわねばならない。難しいのはわかっている。何せ、外部から精神に干渉しようというのだ。簡単な訳がない。

 

 ……あぁ、結局、僕はどうすればいいのか。いくら御者としての才があるとしても、物理的な暴力には敵わない! 

 せっかく、クー・フーリンさんに気付かせてもらったというのに……。

 

 その時、暗雲立ち込める僕の思考に、一筋の光が差す。

 

 ……そうか……! クー・フーリンさんに気が付かせてもらったのだから、クー・フーリンさんにも……! 

 いや、これも賭けだ。自分の命を掛け金とした大博打だ。しかも限りなく薄い確率だ。だがやるからには死ぬ気はないし、それなりに賭けてみる価値はあると思う。

 

 そこには自己犠牲といった観念はなく、あるのは僕の道標を取り戻したいという、ある意味で我儘に等しい考えだけだ。

 クー・フーリンさんは僕に道を示してくれた。もし彼に出会わなければ、きっと僕は卑屈になったまま、腐り行くのみだったと思う。

 御者としてではあったが、彼と共に旅をし、彼に鍛えてもらい、神話の一頁に勝るとも劣らない彼の激戦を目にし、彼の師匠らがいる影の国へと赴いた。

 それらは僕にとってかけがえのない黄金色の経験だ。心の底から楽しんだし興奮もした。クー・フーリンさんに出会わなければ、絶対に経験することができなかったものばかりだった。

 彼にとっては何のこともない善意だったのかもしれないが、だとしても僕にとっては返し切れない大恩だ。それを少しでも返したい。これからも僕を導いて欲しい。

 そのためならば、僕は命を張れる! 命を賭けるだけの信念がある! 信念を突き通すだけの自分がある! 

 

「────二頭共、これから結構な無茶をするけど……頑張れるか!?」

 

「「────!!」」

 

 人の言葉を馬が理解するはずもない。だが心が伝わったのだろう。僕の問い掛けに対して返答するように声を荒らげるセングレンとマッハ。

 それは主を救わんとする勇猛さなのだろうが、僕には背を押されている気がした。

 

 そうだ。既に退路は絶たれている。ならば、後は突き進め! 後のことは考えず、今この瞬間を生きろ! 辿り着きたいモノに到達するまで進め、進め、進めッ……! 

 

 

 

 策の初手、戦車を方向転換させ『死牙の獣』へと突き進む。逃げの一手からの特攻紛いの突進、一転攻勢。

 しかし依然として触手や靄が追跡してきている。全神経を回避に割くのも怠らない。

 

 駆ける。背後から迫る軟体の腕と赤黒い靄。触手が蠢く度に発する粘性を持った水音が、耳元から聞こえる気がする程の距離感。けれど後ろを振り返っている余裕はない。

 

 駆ける、駆ける。正面からも伸びる触手を紙一重で躱し続け、接近する程に量が増す靄と靄の間を縫うような走行をする。眼前の事象を認識と同時に処理する反射神経にものを言わせる。

 

 駆ける、駆ける、駆ける。襲い来る攻撃の全てが苛烈さを増し、冷や汗が止まらない。心臓の鼓動があまりに激しいせいで煩く感じられる。この瞬間が人生で一番緊張していると同時に、最も集中力が研ぎ澄まされていると実感できる。

 

 時間にして数秒、それにしては余りに多い死線を掻い潜って辿り着いた『死牙の獣』の手前。

 僕の集中力や二頭の体力を考慮すれば、もう一度この瞬間を迎えるのは不可能だろう。失敗すれば僕は死に、クー・フーリンさんも元に戻らない。

 

 そう、好機はこの一度きり……! 

 

 握る手綱に力を込めて、弾く。それを合図にセングレンとマッハが速力を上げて一気に詰める────が、

 

「っ!!」

 

 瞬時にして四方八方の空間という空間から触手を覗かせ、轟ッ! と魔槍のそれと遜色ない鋭利な刺突を射出させる。

 明らかに僕のみを狙い撃ったものだった。

 戦車に乗ったままでは到底回避不可能なそれを前に、僕は即座に戦車から転がり降りる。と同時に耳障りな金属が奏でる破砕音。

 

 ────戦車が持っていかれた……! 

 

 全身の痛みを押し殺して顔を上げれば、案の定、戦車は木っ端微塵に粉砕されており、そこに蠢く無数の触手と抉れた地面がその威力を物語る。

 もし、あの時に身体が咄嗟に動かなければ、僕はどうなっていたのか。

 

 セングレンとマッハはというと、戦車が粉砕された際に金具や手綱も引き千切れたことで自由の身となっていた。

 だというのに二頭は逃げるでもなく、僕の元へと駆け寄っては顔を強く押し付け、僕が立ち上がるのを促す。

 セングレンも、マッハも、クー・フーリンさんを元に戻してやりたいのだ。

 

「……そうだね、まだ、止まってられないよね……!」

 

 セングレンに寄りかかるように立ち上がる。そしてセングレンの身体に残った金具の残骸に足を掛け、その背に乗る。

 鞍がない分、不安定に過ぎるが、贅沢は言っていられない。あらゆるものを利用して、足掻け、勝て! 

 

「後少し……! 頑張ってくれっ……!」

 

「「────!!」」

 

 前脚を高く上げて嘶くセングレン、そして勇んだ勢いを体現するかの如く走り出す。その直ぐ後ろをマッハが追従する。

 対する『死牙の獣』は、相も変わらず僕のみを狙って触手を射出する。僕から見て、左右の空間から斜めの軌道で狙った攻撃。直進させまいという意図が感じられるものだった。

 

 だが、セングレンに跨ったままでは回避が不可能な攻撃だ。左右から伸びているのだから、どちらかに曲がっても穿たれ、速度を加えて突っ切ようものならば確実に背に乗る僕のみが肉片と化す。

 

 回避不能な攻撃────故に、

 

「マッハ……!」

 

 僕はマッハの名を叫んでからセングレンの背を足場に後方へ跳び、セングレンが交差された触手を無事に通り過ぎたのを見届ける。

 その後、僕は無様に地べたに落下────することはなく、待ち構えていたように滑り込んで来たマッハの背に降り、マッハの身体にもまた残っている金具の残骸に掴まる。

 

 芸も指示も仕込んでいないが、咄嗟の連携を見事にやってのける。種は違えど行動の目的は同じだからこそ、言わずして通じたのだ。おかげで減速することなく『死牙の獣』へと突き進むことができた。

 

 それ以降も続く、否、より激しくなった猛攻に対し、僕は二頭の背に飛び移っては紙一重で躱すのを繰り返す。

 以前の僕ならば到底できないであろう縦横無尽の動きを、この局面、しかも土壇場でやっているという事実に、僕自身が驚愕していた。

 

 そうして、遂に『死牙の獣』の眼前へと辿り着き、僕自身の全身全霊を賭した一条の光に託────

 

「────なっ……!?」

 

 刹那、景色が緋色に染まった。

 視界を埋め尽くす魔槍、魔槍、魔槍。また目に収まっているのが全てではなく、背後にまで展開されているのがわかる。

 無数の場面を瞬間的に思い浮かべ、それらの対応を想定していたが、これはその外の事態だった。故に思考が真っ白になる。

 

 この靄は何処から……地面から噴き出したのか? ……そうか、触手に気を取られている間に地面に潜り込ませていたのか。

 振り返れば、確かに触手による攻撃のみで、この靄は全くと言っていい程に使っていなかった。疑う余裕はなかった。

 ……見誤った。滾る殺意に任せた理性なき暴力。そんな存在だからこそ、知略は回らないものだと思い込んでいた……! 

 

 景色が異様な程ゆっくりと過ぎる感覚。

 

 変質させられた魔槍は今正に僕を穿たんと迫り、緋色の格子の奥では『死牙の獣』がほくそ笑むように僕へ視線を投げ付ける。

 頭の中では、これまで経験してきた全てが矢継ぎ早に思い起こされていた。所謂、走馬灯というやつなのだろう。

 

 ふと過ぎる、無理難題だと思っていた海獣らの討伐。それは神話の戦いそのものだった。想像を絶する攻防の応酬。洗練された技の数々は、その道を極めた末に習得できるようなものばかり。

 そういえば、あの時クー・フーリンさんは如何にしてクリードとコインヘンを屠ったのだったか。

 

 自然と、僕は脳裏に焼き付いたあの動き────転移ができる魔術は修めていないため、完全に真似るのは無理だが────を模していた。

 マッハの背から跳ぶ、飛ぶ、翔ぶ。僕の身は魔槍の壁を容易に越えた。その際、壁と『死牙の獣』の視線とが重なる所で不可視の魔術を行使する。

 刹那の、更なる刹那。思考すら超越した反射の世界。そこで僕がやったことを『死牙の獣』から見れば、確実に仕留められる攻撃を仕掛けたというのに、敵が無駄な足掻きとして宙に跳び上がったと同時に何故か姿が掻き消えた、と映るだろう。

 

 あの時、クー・フーリンさんがやったように、だ。

 

 不可視の魔術は姿を消すのみで、音や匂い、気配までもは消すことは不可能。故に魔獣などには効果が薄い。

 あの『死牙の獣』のことだ、少しすれば直ぐに気が付き、即座に対処してくるはず。

 

 だが、この局面において『少し』というのは致命的な隙になる。ひとつ以上の動作を許してしまうからだ。増して、それが戦いの決め手となるなら尚更……! 

 

 完全に不意を打たれたカタチになった『死牙の獣』は、視界から突如として僕が消えたため動きが止まっていた。

 隙の塊となった『死牙の獣』に対し、僕は空中から思い切り体当たりをぶち当てる! 

 

「うぐっ!」

 

「────ッ!?」

 

 落下の勢いも加味したそれは、過重な図体の『死牙の獣』を地面に倒すのに足りた。不可視になっていたことで受ける姿勢をつくらせなかったのも大きい。

 

 不可視が解除される。

 

 さながら岩が落下したような轟音を伴って倒れる『死牙の獣』。それを視認した僕は、ふらつくのを我慢しつつ駆け出し、地面に転がるコノート製の槍を一条手に取った。

 そして『死牙の獣』へと跨り、両手で持った槍で首を穿つ────

 

「────────ッ?」

 

 ────寸前で止める。

 

 兜に刻まれた深紅の線で僕を見つめる『死牙の獣』。その目は何故刺さない、何故殺そうとしない、と訴えていた。

 あぁ、そうだな。殺意の権化のようなお前には理解できないだろう。殺さないことへの葛藤が。殺すことの重みが。何ひとつとして! 

 

 戦いこそが生きる意味という風潮が濃いケルトの地にて、不殺を掲げるのはどれだけ熾烈極まる道のりなのか、想像に容易い。

 そのような環境で、人を殺める術を己を高めるために身に付け、武功を立てて英雄となるではなく地道且つ的確に人のために力を振るい、己を壊してでも殺すことを回避しようと奮闘する。

 改めて考えてみれば時代錯誤も甚だしい。そうとわかっていても、その道は自身が辿るべきだと定めたのだ。弛まぬ努力を積み重ねて来たのが、彼なのだ。

 

 そんな彼だからこそ……クー・フーリンさんだからこそ! 僕は貴方に魅せられた、憧れた。自ら共に行くことを望んだし、こうして命まで賭けられたのだ! 

 

「殺したくない。だから、僕は殺さない。クー・フーリンさん……貴方がそうしてきたように……!」

 

 だから、帰ってきてほしい。そのような獣性に飲まれる貴方は見ていたくない! 

 

「■■■■────ッ!!?」

 

 と、疑念を抱いて静観していた『死牙の獣』に変化が訪れた。

 獣の唸り声のような重低音を漏らし始め、何かに悶え苦しみだしたのだ。己の内側から出てこようとする何かを、力ずくで抑え込もうとしている。

 

「■■────r……g……〜〜〜〜ッ!」

 

 きっと、クー・フーリンさんが戦っているのだ! 滾る獣性と! 

 

「負けないでください……! 頑張れ、頑張れ!」

 

 苦しむクー・フーリンさんを見ても、僕は応援することしかできない。馬乗りのまま、握る槍に自然と力が篭もる。

 

 無数の触手が這い出て来ては地をのたうち回り、赤黒い靄も魔槍に変質しては消えるのを繰り返している。

 使い手が苦しみを受けて制御ができていないようで、そしてそれはクー・フーリンさんが抗っている証拠でもあった。

 

 一撃一撃が必殺の威力を持った鏖殺の応酬。そのようなものが暴走状態にある故に、

 

「え」

 

 僕の頭上に荒れ狂う触手が出現したとしても不思議ではない。そして、それに巻き込まれて死んだとしても。

 無防備にして不意。回避する暇はなく、受身を取ろうにも直撃すればほぼ即死。

 

 死が迫る。僕は諦めと共に目を瞑り、身を強ばらせた。

 そして間もなく衝撃が僕を襲い、しかし不思議と痛みがない。何故だ、直撃したのではないのか? 

 恐る恐る目を開けてみれば、僕は『死牙の獣』に抱き寄せられて腕の中におり、迫っていた触手は薙ぎ払われていた。

 

「っ、クー・フーリン……さん?」

 

 顔を上げて問い掛けてみれば、禍々しい闘気を纏っていた『獣』の姿はなく。

 

「…………レーグ」

 

 獣の唸り声とは違う、しっかりとした言葉を紡ぐ彼があった。

 

 

 ◆

 

 

 暴れ散らしていた触手や靄は姿を消し、クー・フーリンさんは『噛み砕く死牙の獣』を解除する。

 

「………………」

 

 そして、屍山血河と化した荒野を見渡す。それは酷く沈痛な面持ちで、見ているこちらがいたたまれない気持ちになる程だった。

 

「これは……俺がやった、のか」

 

 クー・フーリンさんの、消え入りそうな嘆き。らしくもない、震えた声色だった。

『死牙の獣』に身体を奪われていた時の記憶はないのだろう。だが記憶はなくとも、手に残る生々しい感覚は拭えない。

 だから信じられない。コノートの戦士達を殺し尽くしたのが、自分自身であることを。

 

 そう、目が物語っていた。

 

「俺は、ただ、誰にも死んでほしくなかっただけだった。……っつうのに、何だこの体たらくはよ。無理難題な志を掲げておきながら、中途半端な覚悟のままで……戦士の在り方ってヤツを見せられて、揺らいで……挙句に仲間達まで死なせちまって……」

 

 渋面するクー・フーリンさんは、罪人が自白するように言葉を連ねる。

 

「アイツらを殺した張本人が俺の目の前にいた時……心底『殺してえ』って思った。ハッ、笑えるだろ? 散々殺したかねえってダダこねてた癖に、殺意に駆られて殺そうとして……アレに主導権を奪われて……いや、本当は何処かで『任せればコイツらを殺せる』って、受け入れちまってたのかもしれねえな……」

 

 あまりに多くの命を奪った己の腕に視線を向けたクー・フーリンさんは、僅かに震えていた。

 

「……俺は、誰かにとっての大切な相手を奪っちまった。それを身体だけが覚えてるっつう事実が尚のこと恐ろしい……俺は、俺はどうすりゃあいいんだ……」

 

 血に塗れてしまった不殺の信念。本人の意思ではなく、その身体を使われた結果として築かれた死屍累々。今正に、クー・フーリンさんの中の信念が崩れ去ろうとしていた。

 それはいけない。信念がなければ最早クー・フーリンさんは『クー・フーリン』として生きていけない。失意のまま生きるなど、虚無感と喪失感の狭間で朽ちるのみだ。

 

「……どうするも、こうするも、それはクー・フーリンさんがしたいように、ですよ」

 

 僕が腐りそうだった時、救い上げてくれたように。僕などでは役者不足だろうが、それでも、今度は僕がクー・フーリンさんを引き揚げる番だ。

 

「彼らは戦士でした。戦いに生き、戦いに死ぬ生粋の戦士達。戦場に立ち、殺し殺されを許容した者達です。そのような彼らの前に対峙したのなら、僕のような力も覚悟もない人間であっても、戦士という一単位に過ぎないのでしょう。そこに申し訳ないといった感情を持ち込むのは、きっと、彼らは望んでいません」

 

 戦士というのは、何も戦う力のみではない。そう教えてくれた。確かに、戦わずしても戦士足り得る。

 だがそれとは別に、戦場という場所に立ったのなら、それは誰であろうと戦士となる。そこへ足を着けたのなら、戦士として戦い、名誉の勝利や誇りある戦死を得るべきなのだろう。

 

「命を奪うことは何よりも重い、忌むべき行為で、殺しが罪だと言うのなら、それ以上を救えばいいと思います。奪った命は戻りはしないですけど、それでも、これから助かる命はあります……貴方が手を差し伸べることによって」

 

 罪は帳消しにはならないし、単なる自己満足に過ぎないのかもしれない。だからと言って何もしなければ、罪悪感から心に淀みが生じ、またもあのようなことに繋がってしまう。

 けれどそれは、救い続けることで罪悪感から逃れるという円環にも姿を変える。それはそれで救いがない。非常に難しいことだ。

 

「……俺が……救う……?」

 

「ええ、そうです。殺しが許せないのなら、貴方の不殺を貫いて魅せればいい。殺さずして勝利を掴む、その姿を。それは過酷極まる旅路となるでしょう。でも、貴方がそれを貫くことで、戦場で落とす命も減ると思います」

 

 だから、クー・フーリンさんの信念が重要なのだ。

 

 理解はされず拒絶・否定の連続、壁は高く数も多く、幾度となく挫折と後悔に見舞われるであろう、艱難辛苦の道。

 だからこそ耐えて乗り越えるために、確固たる考えや価値観に基づいた信念がなければならない。なければ到底歩めないからだ。

 

「……けどよ、俺がそんなモンを貫こうとしたばっかりに、この惨状なんだぜ? 俺には荷が重かったんだよ……」

 

「ええ、そうですね。到底背負いきれない程の重圧ですよね────一人でなら」

 

「………………あ?」

 

「一人で背負いきれないなら、僕らを頼ってください! クー・フーリンさんを慕う人はとても、とても多いんですよ。スカサハさん、アイフェさん、エメルさん、コンホヴォル王やアルスターの皆さん、もちろん僕も!」

 

 僕はクー・フーリンさんに詰め寄り、目を見つめて力強く言葉にする。

 

「だから、クー・フーリンさんはクー・フーリンさんがやりたいようにすればいいんです。貴方はこれまで多過ぎる程の人達の助けとなり、夢を与えて来たんです。そんな貴方のためなら、皆努力を惜しみませんよ」

 

 たった一人で過酷な信念を抱き、多くの人達に救いの手を差し伸べてきた。僕にもだ。一方で、それに従ったことでどれ程の苦悩があったのだろうか。

 信念に従って人を助け続け、英雄と囃し立てられ、戦うことを余儀なくされ、それでもと不殺を貫こうとした。

 

 戦場での姿はさぞ滑稽に見えただろう。

 腑抜けの愚者にも見えただろう。

 侮辱と取った者もいただろう。

 

 しかし僕にとって、クー・フーリンさんの戦う姿は、決して滑稽にも愚者にも侮辱にも見えず、己の信念を貫かんとした英雄として映った。

 クー・フーリンという一人の男が、見ず知らずの人の死を疎んで必死に戦った勇姿は、僕の目に、頭に焼き付いている。

 

「貴方は既に十分、英雄と呼ぶに相応しい人ですよ。これからもそう在ろうとなかろうと、僕はクー・フーリンさんに着いて行きます。何せ、僕にとっての英雄はクー・フーリンさん以外に有り得ませんから」

 

「………………」

 

 光が消失していた目を閉じ、俯くクー・フーリンさん。その胸中には非常に濃密で混沌とした感情が渦巻いているのだろう。それらをひとつひとつ整理しているようだった。

 

「……お前、俺のこと全力で持ち上げるよな」

 

 ややあって、そう口にした彼は、自嘲めいた苦笑を浮かべながら目を開いた。その目は紅玉髄のようだった。

 

「いえ! そんなことありませんよ。僕は僕が正しいと思ったことを口にしたまでですし、間違っていると思ったのなら、否定もしますし止めもしますよ」

 

「……そうかい……」

 

 と、クー・フーリンさんは血肉の荒野を見渡し、己に刻み付けるように目は瞬かせない。

 無言。されど紅い瞳には怒りや悲しみが同居しているように見えた。

 

 しばらくして、彼は己の手へと視線を落とし、握り拳をつくる。

 

「……俺は、俺はもう殺しをしたくない。だから、クー・フーリン……いや、俺はここに誓う。俺は人は殺さない。殺すとすれば、それは人を護るため、巨悪を討ち滅ぼすために力を振るうと」

 

 天を仰ぎ、高々と空へ発したクー・フーリンさんの決意。

 それに従えば、彼には数多の苦難がもたらされるだろう。だが成し遂げれば、常人では成しえない大業となる。それこそ、英雄のそれだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────あっ」

 

「って、おい!」

 

 極度の緊張と集中の代償か、僕の足腰は完全に脱力してしまい、倒れ込むように腰を落としてしまった。

 

「あ、あはは……すみません」

 

 羞恥に顔が赤らむのを感じつつ、僕に伸ばされた手を取る。と、背後から駆け寄ってくる蹄の音。

 

「セングレン、マッハ! 無事でよかった」

 

「「────!!」」

 

 暴れ馬として手が付けられなかった二頭だったが、主を救ったことへの感謝からか、僕の側に寄り添うように立ち、顔を押し付けてくる。

 心を開いてくれたのだろうか。だとするならば、御者冥利に尽きるというものだ。

 

 たわいない会話の風景。それによって、クー・フーリンさんが戻って来たのを実感する。

 けれど、これからが大変だろう。未だ終戦とはならぬ今回の争い、戦後の処理、クー・フーリンさんの心の在り方、そして信念を貫くための過酷な道。

 だとしても、彼が折れそうな時、挫けそうな時は僕が全力で支えてみせよう。支えられなかったのなら、共に堕ちてみせよう。地の底に落下したとしても、一人よりは二人。それなら再び登り詰めることだって叶うはずだ。

 

 何せ、僕はクー・フーリンさんの友なのだから。

 

「……とりあえず、ここにいてもなんだ。一旦戻るか」

 

「はい! ……あ、でも戦車は壊れてしまったので、帰りは乗馬でお願いしますね」

 

「……なんつうか、すまねえな」

 

 それぞれ二頭に跨って駆ける。そんな姿に声援を送るように、或いは祝福するかのように、降り注ぐ陽光が僕達を照らしていた。

 

 

 

 ◆




◆補足

Q.『死牙の獣』を止めるのはレーグ君以外でもいけたんやない?
A.無理だと思います。ケルト的思考の持ち主ならば、殺されそうなのだから殺すしかない、狂っているのなら殺してやるのが優しさ、という思考を下すことでしょう。ですが、この時代にそぐわぬ非力な者ならば。(偽)のことを理解しようと努めた彼ならば。

Q.コノート側に強い人とかおらんかったん?
A.いました。クラン・カラティンの何人かとか。ですが『死牙の獣』の前には塵芥も同然なので、描写することなく滅殺されました(白目)。閑話か何かで出るんやない?(適当)

Q.何で後半からレーグ君タゲ集中されてんの?
A.『死牙の獣』がレーグ君を致命的な何かに値する脅威と認めたから。

Q.こっからシリアル路線に戻せんの?
A.これもうわかんねぇな(思考放棄)。ただ(偽)の内面は脊椎反射トークにするつもりですが、やっぱり真面目(ハハァ‥)路線は外せないですねぇ。

Q.いつまでケルト・アルスターサイクル編やるん?
A.(偽)が死ぬまで(クソ外道)。ただストーリーの進行状況的に、もう終盤が近いです、とだけ。

Q.さすがに(偽)の立ち直り早くなーい?
A.それは思う(おい)。でもズルズル引き摺るよりかは、さぱっと描写した方がいいかなーなんて(言い訳)。真面目な話をすれば、まだ(偽)は殺してしまった現実を噛み砕けてはいません。しかしレーグ君の言葉が蜘蛛の糸となって、心が壊れる前に生還することができました。要するにこれからですね。

Q.これでレーグ君才能ないとかうせやろ?
A.周りに凄い人が多過ぎるだけやで。レーグ君もケルトに生きた英雄。これ忘れちゃいかんね。

Q.どっちが英雄かわかんねぇな。
A.どっちも。今回までのタイトルである「英雄の友」は、互いのことを示しているつもりです。


  ↓ここから雑談↓


 お久しぶりです、texiattoです。投稿が遅くなってしまい申し訳ありません(こいつ毎回初手謝罪してんな)。最近外泊が多く、あまり時間が取れない中でプリコネ(始めたばっか)やらアイスボーンやらをやっていたので、そのせいで遅くなってしまいました。いいだろ好きなことやってても赤ちゃんなんだから(豹変)。
 ともかく今回でレーグ君視点は完結です。いやぁ長かった!真面目な文章書きすぎて次から脊椎反射トークを垂れ流せるかどうか怪しいレベル()。レーグ君は、英雄願望を持ちつつも力がないことに絶望し、しかし(偽)という道標と出会うことで卑屈になって腐るのを回避、英雄の真実を知り(偽)の理解者として彼を支え、その後は(偽)の相棒として共に英雄譚を描くことを目指すようになりました。はい、文面でわかる圧倒的徹底的絶対的ヒロインですねクォレハ……(諦観)。あ、でもヒロインズはしっかり活躍させますんでお待ちを(お慈悲^〜)。
 実はこのレーグ君、当初の構想ではFate/GO編での登場は全く考えていませんでした。とりあえず(偽)の相棒として活躍させ、奴を暴走状態から元に戻すためだけにキャラを考えて登場させたのですが、想像以上に読者兄貴姉貴達からの人気が高く、加えて設定を考えていく内に「勿体ない」感が出てきてしまったために、Fate/GO編での登場が確定しました。はえー、この無計画(今更)。

 次回はようやっと(偽)視点に戻れるかと思います。そろそろこの戦争も終わらせないといけませんしね。設定やストーリーは齟齬がないよう努めていますが、それでも違和感が拭えない場面が多くなると思われます。なので「更新しろ頃すぞ」「興<遅かったじゃないか…」「お前で28人目…」「あの世で俺にわび続けろ」「ハッ〇ン場♂BIG BOXへようこそ!」「お前を頃す(グリリバ)」「あくしろよ あくあくしろよ あくしろよ」といった気持ちで見てくだされば幸いです。






















 武田信玄討死にシリーズもっと流行れとか熱く語ろうかと思ってたけど、これ書いてる時点でブームがほぼ去ってて草。
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