転生クー・フーリンは本家クー・フーリンになりたかっただけなのに。   作:texiatto

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 今回は賛否両論がありまくる回だと思われます。が、これがこの物語の「歴史改変」の大きな要素となっているので、もう暫く生暖かい目で見守っていただければ……(懇願)。


誅罰:三人称視点

 ◆

 

 

 

 辺りが闇に覆われる直前、戦場で緋色の煌めきと鈍色の輝きが交わった。

 

「「────ッ!!」」

 

 だが両者の槍がぶつかることはなく、その寸前で構えを変えた────強攻撃を弾くための防御姿勢へと。

 

 直後、二人の頭上から、山をも抉り飛ばす重い一撃が振るわれる。

 直撃すれば人の四肢など容易に木端微塵となる、流星の如き一撃。それをクー・フーリンとフェルディアは、コンマ単位でのズレなく同時に槍を振るい、弾き飛ばした。

 

 一騎打ちに介入するとは、と憤怒に支配されるクー・フーリンとフェルディア。だがその激情は、介入者の姿を見た途端、困惑に変化する。

 

「……何の冗談だ、オイ」

 

「……何故、何故貴方がッ……!?」

 

 二人の視線の先に映るは────螺旋剣を持つ屈強な戦士の姿。見間違うはずもない、フェルグスその人だったのだから。

 ケルトらしさの体現たる彼が、一騎打ちの最後の局面に手を出すはずがない。だからこそ信じられない。

 

「叔父貴ィ、これは一体どういう了見だッ!?」

 

 思わず声を荒らげるクー・フーリン。それに反応を示すように、フェルグスは螺旋剣を振りかぶって迫り来る。

 両手持ちで振り落とされた螺旋剣は轟ッ! と大気を戦慄かせ、それを真正面から受け止めたクー・フーリンを押し潰さんとする。

 たった一撃でクー・フーリンの四肢に痺れが迸る重撃。限りなく全力で振るわれる攻撃。それが雨のように繰り出され続けるのだから、当然、直ぐにクー・フーリンに限界が訪れ、筋骨隆々な体躯を余すことなく活用した一撃がクー・フーリンの体幹を崩した。

 

「ッ!」

 

 晒した隙は大きく。構えを崩されれば攻撃をいなすことすら不可能であり、しかも相手が歴戦の戦士であればある程に致命傷を負わせてくる。

 容赦なく螺旋剣がクー・フーリンの身体を消し飛ばす────寸前、豪胆な剣筋の軌道を阻害する鈍色の一閃。

 

「させるかッ!」

 

「……悪ぃ、助かった!」

 

 フェルディアの槍が螺旋剣の一撃を逸らした。そしてそれで終えることなく、フェルディアは身を半回転させ蹴りをフェルグスに叩き込み、強制的に距離を開かせた。

 

「……気付いたか?」

 

「……ああ」

 

 油断なく槍を構える二人は、笑いも呻きもしないフェルグスを見て、確信を得る。

 

 

 今のフェルグスは正気にあらず、と。

 

 

 それを裏付けるように、常に朗らかな笑みを湛えている顔はシミひとつ無い白紙さながらの無表情。

 声を発することなく、作業のように淡々と螺旋剣を振るう様は正しく「そうあるように」と狂わされた戦士の姿。

 豪快で篤実という印象を与えるはずの雰囲気は霧散し、あるのは醜悪な敵意と殺意、そして取って付けたような僅かな神気。

 

 違和感を列挙すれば暇がないが、総じて言えるのは、どれもがフェルグスの有する人格の側面とはかけ離れている、ということだった。

 

 以上のことから、フェルグスが何者かに操られていることを推測した。しかし疑問は尽きない。

 彼のフェルグスを傀儡に落とすだけの術者とは何者なのか、この一騎打ちに介入させた意図は何なのか。

 

 分からないことは多いが、フェルグスをこのようにした存在を許すことなどできない、ということだけは明瞭だった。

 誰ともわからぬ凶徒によって灯された、義憤に心が満たされるクー・フーリンとフェルディア。

 二人は改めて得物を握り締め、眼前のフェルグスに向いて構える。望まぬ力の振るい方をする彼を、全力を以て止めるために。

 

 不意に、上空から飛来する一羽の烏。闇夜に溶け込みつつある漆黒の姿だったが、それが放つ異様な神性に視線が巻き上げられる。

 

 

 ────よもや、そこな咎人を庇い立てする愚者が居るとはな。

 

 

 思わず聞き惚れそうになる魔性を孕んだ美声が、戦場という似合わぬ場に響き渡る。

 ここにいる誰もが声の主を探して辺りを見回す。その中でクー・フーリンとレーグだけは、聞き覚えのある声色に眉を顰めた。

 

 螺旋剣を持ったまま不動のフェルグス、その隣に舞い降りた烏の姿が歪み、優雅な女性を形作る。

 それは、灰色の長髪をたなびかせ、人外の象徴たる深紅の瞳を持った絶世の美女だった。

 異性を惹きつけてやまない抜群のプロポーションを誇り、その肉体美を飾るはシンプルなデザインである真紅のドレス。

 その上に灰色のマントを羽織っているとはいえ、肉体は扇情的なラインを主張しているため、隠し切れぬ色香が可視化しているように錯覚してしまう。

 

「頭を垂れよ、不敬であるぞ」

 

 スカサハともアイフェとも異なる女傑、ケルトにおける勝利の化身────モリガンであった。

 

「なっ、女神モリガン、様……!?」

 

 まさかの乱入に瞠目するフェルディア。彼が漏らした驚愕は、正しく戦場にいる全ての者の代弁だった。

 

「聞こえんかったのか? 二度、同じことを言わすな」

 

 睨み付けるように目を細めたモリガンは、困惑の広がる戦場の空気を吹き飛ばすように、威圧を撒き散らす。

 途端、フェルディアを初めとしてコノートの戦士達が一様に膝を折る。そうしていないのはクー・フーリンだけだった。

 

「……ほう、傅かんか。咎人に相応しき無礼さよな」

 

「咎人って俺のこと言ってんのか?」

 

「自覚もないとは。何と図太いことか、全く救いがない。我ですら憐れみを抱いてしまうわ」

 

 クー・フーリンに対し、吐き捨てるように、それでいて嘲りを多分に含んだ顔を向けるモリガン。彼女は続ける。

 

「貴様は大罪を犯した」

 

「あぁ? 大罪だ?」

 

「呆けるでないわ……! 貴様は我の寵愛を二度も拒んだ。二度もだ。それだけで飽き足らず、我という勝利を不必要と言い切ってみせたな……!」

 

 次第に強まる怒気。美貌を欲しいままにする顔が憤怒に彩られていく。

 

「それが度し難い……実に度し難いッ! 貴様のような身の程を知らぬ愚物がッ、この世に未だ存在していることそれそのものが! 我の怒りを掻き立て続けているのだッ!」

 

 モリガンのその様はヒステリックに喚き散らす、理不尽に怒り狂う嵐そのもの。されど彼女には怒り狂う明確な理由があった。

 

 モリガンは支配や権力を司るケルトにおける勝利の化身、戦女神として崇拝される神である。

 本来ならば、ケルトの戦士達は勝利を渇望し、それ故にモリガンの勝利の祝福を得ようと躍起になる。

 だがモリガンは素直に勝利を与える程優しくない。むしろ己の気に入った相手にのみそれを授ける、パターナリズムの具現たる神らしい神なのだ。

 

 そんな前提があって、しかしモリガン本人はそれを普通のことだと認識してきた。

 自身は勝利の化身たる神で、誰もが自身を欲し、何をかなぐり捨ててでも渇望する至高の存在なのだ、と。

 自身が寵愛を授けようとすれば、如何に寡黙な戦士でさえ歓喜に震えるのが当たり前。時には太陽神ですら自身に縋り付く程なのだから。

 

 故に、クー・フーリンのような戦士は初めてだった。

 

 誰も成し遂げたことのない偉業を達成し、それに挑む前でさえ勝利を乞うことはせず。自らの力のみで艱難辛苦の道なき道を開拓する。

 素晴らしい。勇ましい。欲しい。そういった感情すら引き出してくれる勇姿にモリガンは見惚れ、寵愛を与えてやろうとした。が、クー・フーリンはそれを拒んだ。

 これまで生きてきて初めての拒絶。恥辱に満たされたモリガンは、直ぐにでも彼に罰を下してやろうとした。しかし次に彼を見たのはアルスターとコノートの戦時、単身でコノートの軍勢を押し留める姿。

 彼の無双を目にしてしまったモリガンは、今までの怒りがそれ以上の情欲に変換される程にクー・フーリンに惚れた。惚れ込んでしまった。愚かながらも愛すべき強者であると認めたのだ。

 だからこそモリガンはクー・フーリンの前に再び赴き、寵愛を与えようとした。以前の拒絶は何かの間違いだった、今回は素直に受け取るはずだ、という希望的観測を当然のことだと思い込んで。

 

『勝利は与えられるモンじゃあなく、自分で勝ち取るモンだ。何処かの誰かのおかげで得た勝利に、一体何の意味があるってんだ?』

 

 モリガンの中で、何かが音を立てて壊れた。或いは、決定的な何かが切れた。

 

 他者から与えられた勝利は無意味。そう紡がれたクー・フーリンの言葉。それは正しく、モリガンの存在そのものの否定であったのだ。

 この世に誕生して幾星霜。周囲から崇め奉られし勝利の化身が、初めてヒトに不必要と吐き捨てられた。そしてそれを言い切ってみせた相手は、モリガンの私欲を存分に掻き立てた男ときた。

 

 存在否定と圧倒的拒絶のダブルパンチである。

 

 それによって癇癪を起こして暴れたり、無気力に陥ったりで済むのならまだ良かった。ここで忘れてならないのは、彼女が女神であることだ。

 神話における神は、常に何らかの渦中に座し、人に理不尽な暴力を振るっていながらに、それを試練やら神罰やらと正当化している。

 

 例に漏れず、彼女もその類であった。

 

 ケルトにおける勝利の概念たる自身を不必要と断じた。であれば、その者に勝利はなく、勝利が皆無であれば敗北という名の死あるのみ、と。

 

「────故に、これは誅罰である。勝利を望まぬ戦士なぞ、このケルトに不要だ」

 

 我を不必要と断じたお前こそが、この地に必要ないのだと、モリガンは意趣返しのように宣告した。

 

「……要するに、俺にフられた腹いせに殺すってか? ったく、ぶっ飛んだ思考してやがる。そうしてえなら勝手にやりゃあいいけどよ」

 

 純然たる殺意を向けられたクー・フーリンはというと、圧倒的なそれを飄々と受け流しつつも軽口を叩いてみせた。

 だが、次の瞬間には静かな憤りを隠すことなく全面に押し出し、

 

「────ただ、叔父貴は関係ねえだろうが」

 

 明確な敵意を持って、モリガンを睨み付ける。誰よりもケルトらしさを体現したフェルグスを、身勝手な復讐の手段として利用し、彼の誇りを踏み躙っているのだから、当然、許せるはずもない。

 一方、それを聞いた彼女は、より一層の加虐を包含した嘲笑をクー・フーリンに向ける。

 

「ああ、この戦士のことか。いや何、近くに立ち寄った際にな。好都合な故、使わせてもらった」

 

 隣にいるフェルグスの持つ螺旋剣、その刀身をなぞるように手を滑らせ、流し目でクー・フーリンを見据える。

 傾国の美女すら霞む妖艶さを感じさせる仕草に、事態を見守るコノートの面々は思わず唾を飲み込む。

 

「好都合だァ?」

 

「そうさな、冥土の土産に教えてやろう。我は貴様に罰を下さねばならんが、我手ずから下す訳ではない。それでは呆気がなさ過ぎて愉悦も生じん」

 

 ここで一度言葉を切ったモリガンは、先程までの色香を霧散させ、無知な幼子を諭す母親のような口調で、淡々と続ける。

 

「貴様は、人を殺めぬというゲッシュを誓っているな?」

 

「………………何のことだ」

 

「惚けるな、白々しい」

 

 敵意と殺意の悉くを煮詰めた目でクー・フーリンを睥睨するモリガン。

 

「ゲッシュを守り通す限りは神から祝福が与えられ、それを一度でも破れば禍が降りかかる」

 

 モリガンの言うように、ゲッシュとは己に課す誓約であり、内容が厳しければ厳しい程に神からの祝福が与えられる。

 祝福とは、単純に身体能力の強化を初めとし、魔力量の上昇、特異な力の付与など多種多様だ。より具体的に言えば、パラメータに補正がかかる他、スキルも増えたりする。

 

 クー・フーリンの場合、物理的な衝突が日常のケルトの地に生きる戦士でありながら、立てたゲッシュは「人を殺めない」「殺めるとすれば巨悪を討ち滅ぼすため」という厳しさ。とある十三拘束も霞む難易度である。

 

 一方で、ゲッシュを一度でも破れば祝福以上の呪いに苦しむことになる。ケルトに名を連ねる英雄の破滅は、それに反することで訪れている程だ。

 

「…………それがどうしたってんだ?」

 

「察しが悪いな。それとも理解していながら、否と思いたいだけか?」

 

 モリガンの整った美貌に三日月の如き弧が描かれる。美しい顔に映し出される悪意に満ち満ちた笑みだった。

 

 

「貴様がゲッシュを破る様を見れば、少しは気が晴れるだろうさ」

 

 

 モリガンのその言葉と同時に、不動を貫いていたフェルグスが再び螺旋剣を構える。意識なき剣先はクー・フーリンを捉えていた。

 

「人を殺めないという誓いを立てる貴様を、殺そうとする刺客は叔父。此奴を殺さねば貴様が蹂躙され、逆に此奴を屠ればゲッシュで苦悶する! この傀儡を解こうと足掻けば此奴が生傷を負うぞ!」

 

「ッ、テメェ!」

 

「ハハッ、いいぞ……その顔だ! その怒りこそが我を不要と断じた報い! それを抱いたまま逝けッ!」

 

 モリガンの哄笑を合図にフェルグスは駆け、螺旋剣をクー・フーリンに振り下ろした。が、その一撃に文字通り横槍が入れられる。

 

「……どうかお待ちをッ!」

 

 フェルディアである。これまでモリガンの威光に平伏していたが、クー・フーリンへの沙汰を聞き、それはあんまりだと奮起させられたのだ。

 

「……ほう、一度ならず二度までもか。そこな戦士よ」

 

「どうかッ、どうかお考え直し下さい!」

 

 フェルディアは螺旋剣を受け止めながら、必死の形相で訴えかける。

 

「確かに、クー・フーリンは周囲とは異なる思考と価値観を有しておりますが、戦士の素質と実力は一流! ここで散らすには勿体ないと思われます……!」

 

「それは理解している、嫌という程にな。だからといって生かす理由にはならんが。彼奴だけが秀逸な戦士という訳でもあるまい」

 

「っ、ですが! 貴女様に傅いて勝利を懇願しないのは、クー・フーリンが優れた戦士である証とは考えられませんかッ?」

 

「そうさな、そうとも考えられる。だがそれが気に入らん。我という勝利を一度たりとも欲していない様が気に食わん」

 

「し、しか「くどいッ!!」」

 

 取り付く島もないモリガンの言動に、必死に蜘蛛糸を手繰ろうとしていたフェルディアは気圧される。

 力の抜けた彼は、傀儡と化したフェルグスに容易に吹き飛ばされた。

 

「彼奴への誅罰は決定事項だ。今更どうこうすることもできない。如何なることがあったとしてもだ」

 

「…………ッ!」

 

 地に転がった姿勢のまま歯を食いしばり、自身を抑え込むフェルディア。その気持ちは、この場にいるコノートの戦士達も同様だった。

 いくら敵とはいえ、自分達を降し、戦い続けたクー・フーリンに対して尊敬を向けていたのだから仕方がない。

 

 

「そして、決定事項故に遁走は許されない」

 

 

 モリガンの冷徹な呟き。それを耳にしたクー・フーリン達は肌に吸い付く嫌な汗を流す。

 

「……? 何か、音がしねえか?」

 

「はぁ……?」

 

 不意に、コノートの戦士の一人が呟いた。重苦しい空気だったせいか、それは酷く響いた。

 息苦しさを飛ばすための冗談にしては面白さが皆無。だからこそ、それがそのような意図で発せられた言葉ではないと皆が理解する。

 

 ふと、フェルディアは地に耳を着けた。

 

(────これは……足音? しかも多数)

 

 行軍さながらの大人数。個々が地を踏みしめながらこの戦場へと集結しつつあったのを、フェルディアは聞き取った。

 そして視線を周囲に向けてみれば、夜闇を照らす松明の灯りが次第に接近して来ているのを目視する。一つや二つではない、無数のそれ。

 

「なっ……!?」

 

 誰かが上げた驚愕の声。それも仕方がなかった。何せ、この戦場を取り囲むように幾千幾万の戦士達が迫って来ていたのだから。

 一人一人から感じられるのは、歪な殺気と神性。フェルグスが放つものと同質のそれ。つまり、彼らもまたモリガンの傀儡なのだと理解する。

 

「何故ッ、コノートの皆が……!?」

 

「アルスターの皆さんまで……!?」

 

「……女傑騎士団もですか」

 

 フェルディア、レーグ、エメルの悲痛な声。操られている彼らはコノートとアルスターに属する戦士達だったのだ。

 

「どういうこった!?」

 

「言ったであろう? 近くに立ち寄った、とな」

 

 彼らが傀儡と化した、その元凶は紛うことなくモリガンだ。

 そもそも彼女が両国に赴いたのは、クー・フーリンを容赦なく、完膚なきまでに叩き折るため。その手段としてコノートとアルスターの戦士達を傀儡に落としたのだ。

 

「人を殺めぬというゲッシュを背負う貴様が最も苦しむのは何か。それは、殺さねば殺されるという状況下と、その敵が貴様の顔見知り及び無辜の民であることのふたつだろう。故、それを整えてやったまでよ」

 

 神が人間にもたらすモノの類は、往々にして理不尽極まりない。モリガンの場合、相手を苦しめるためならば利用できるものは最大限に活用するという、徹底した精神及び肉体への物理的なダメージに特化している。

 

「まあ、それとはまた別に、貴様の最期を飾るのが此奴一人では寂しかろうと思ってな。貴様を英雄と讃えた者らの手で死なせてやろうという、僅かに残った温情故だ。大人しく拝領せよ」

 

「巫山戯んなッ! そんなことのために、アイツらを利用するってのか!?」

 

「貴様にとっては瑣末事だろうが、事は人間風情が思うような些事ではない。神を愚弄することは即ちこういうことなのだ。死をもって知れ」

 

 そう言うと、モリガンは背から漆黒の翼を顕現させて空へと舞い上がり、戦場を俯瞰する位置で留まる。劇を鑑賞する特等席だと言わんばかりの行動だった。

 徐にモリガンの視線がクー・フーリンから外れ、それ以外の者らに注がれる。

 

「そこな戦士達よ、貴様らも我が軍門に降るがいい」

 

 瞬間、モリガンの瞳が幽幽とした妖しげな光を放ち、クー・フーリンを除く者らが一斉に苦しみ始める。

 自分が自分でなくなっていく言い様のない嫌悪感、内側から無理やり塗り潰されていく喪失感に襲われた彼らは、間もなく悶えるのを止め、マリオネットさながらに得物を構えた。

 既に彼らに正気はなく、意識すら定かではない。思考が朧気な中ひとつだけ明瞭だったのは『クー・フーリンを殺せ』という歪な殺意のみ。

 

「ッ!!」

 

 クー・フーリンは周囲が己を狙っていることを即座に感知し、もしやフェルディアとレーグもかと視線を向ける。すると、

 

「ッあ、グ────ッ!?」

 

「ぅ……ぎぃ……!」

 

 モリガンの精神支配を耐えていた。堕ちる瀬戸際で、並々ならぬ精神力を駆使して二人は意地で踏み留まっていたのだ。それを成せるは、偏に『クー・フーリンの友だから』という強い思いがあってこそ。

 

「フェルディア……レーグ……!」

 

 せめぎ合う理性に訴えかけるように、或いは蝕む邪気を祓うように、クー・フーリンは声を投げかける。

 それに反応した二人。フェルディアは意識を呑まれまいとして己を殴り、レーグは自身を殴るのに躊躇った結果、見かねたセングレンとマッハにタックルされて地面に頭を打ち付けた。

 こうして、違いはあれど両者共がモリガンの精神支配を跳ね除けることに成功する。

 

(よかった、フェルディアとレーグが正気に戻っ……て、そういやエメルはっ!?)

 

 焦ってエメルの姿を探せば、レーグの側に佇んでいるのが目に入る。

 エメルが正気を失って襲いかかってくるならば、それはクー・フーリンを心身共に追い詰めるリーサルウェポンと化すだろう。

 それ故に、エメルが傀儡と化していないことを願って視線を送っていれば、

 

「……何ですか、さっきのイヤな光は」

 

「………………」(………………えぇ(困惑))

 

 眉を顰めてモリガンを睨み付けるエメルがいた。何とこの女、他の戦士達と同様に悶え苦しむことすらなく、素で完璧に跳ね除けたのだ。

 エメルからすれば、モリガンが異様な光を放っただけ。ただ、それだけである。

 

 上空から優雅に愉悦を嗜んでいたモリガンは、抗う三者を視界に収め、一転して不愉快であることを顔に映す。

 

「……ほう、我の言に逆らうか。そのような輩はケルトに不要。そこな愚か者と共に死に絶えるがいい」

 

 この瞬間をもって、フェルディア、レーグ、エメルもまた誅罰を下す対象に入る。

 

 神罰の執行者として心身を掌握された戦士達。それはクー・フーリン達へ刻一刻と接近する。

 戦場にいたコノートの戦士達もその隊列に加わり、『王の軍勢』を遥かに超える大軍勢と化していた。

 

 大軍勢の視線を束ねるはクー・フーリン。彼は正気を取り戻したフェルディアと背を預け合った姿勢で魔槍を構える。その矛先は少し離れたフェルグスに向けられ、油断なく一挙手一投足を注視する。

 対し、フェルディアは戦車を走らせて駆け寄ってきたレーグとエメルを加えた三人で、迫りつつある戦士達を見据える。

 

「……すまねえ、俺のせいで巻き込んじまってよ」

 

 絶望的な状況下で、クー・フーリンは顔を歪めながら謝罪する。

 俺がモリガンを邪険に遇うことをしなければ、このような事態に巻き込まれずに済んだはずなのに、と。

 拒絶され、罵倒されても文句はない。何であれ甘んじて受け入れる。そう思って言葉を投げかけたが、

 

「謝罪される言われはないさ。俺は俺の意思でお前に背を預けたんだ。それに、張り合う相手が居ないのなら、俺も途方に暮れてしまう。それだけは御免だ」

 

「僕は貴方に多くを貰った。それがなければ今の僕はなく、そもそもここに居ることすら叶わなかったでしょう。そこに感謝こそあれ、後悔とか憎悪とか、そういったものはありません! ある訳がない! だから、謝る必要はないんですよ」

 

「クーは私の全てッ! 一蓮托生ッ! これ以上に言葉を重ねる必要はないですよねぇ?」

 

 恨み節ではなく、自他を鼓舞する三者三様の返答。戦意、憤怒、悲痛、焦燥を湛えた三人ではあるが、恐怖や諦念の類は一切介在していなかった。

 

「……全く、俺にゃ勿体ねえ連中だよ」

 

 苦笑するクー・フーリン。心中では、本家兄貴ならこんな過ちは犯さなかっただろう、と後悔を重ねていたが、たらればを考えていても無意味。直ぐに思考を眼前のそれらに切り替える。

 

「数百万はくだらんか。本当にコノートとアルスターの戦士達を根こそぎ動員してきたようだな。どうする、クー・フーリン?」

 

「見りゃあわかる。ったく、どうしたモンか」

 

「……戦車で強引に道を切り開くのはどうでしょうか?」

 

「ナシじゃねえが、奴らは俺達の姿を常に視界に捉えていやがる。簡単に対応されちまうだろうさ」

 

「せめて一瞬でも視線を逸らしてくれれば、ということですか……難しいですね」

 

 切羽詰まった危機的状況を前に、クー・フーリン達は打開策を模索する。各自の能力や経験に基づいた知識、利用可能なあらゆるモノを総動員して思考するも、行き着くのは『初手が潰される』という逃れ得ぬ前提。

 

 更に言えば、四人のみでやれる範囲には、どうしても限界がある。例えクー・フーリンとフェルディアが国士無双の強者だとしても、モリガンの『勝利の加護』の前には敗北が運命付られてしまう。レーグの御者としての才覚も、エメルの戦闘能力も、この戦局においてはあまり意味をなさない。

 

「あの女を討ってしまう、というのはできないのですか? ルーン魔術を使えば、例え空中だろうと迫れるのでしょう?」

 

 エメルはモリガンを射殺さんばかりに睨み付けながら、ふと思ったことを口にする。

 

「……まあ、やれたとしても接近するのが限度だな。アイツは曲がりなりにも勝利の化身。本人の戦力も相当なモンだろうよ」

 

 手詰まりだった。クー・フーリンのみであれば遁走も可能だったであろう。神速の如き英雄なのだから、強引な突破がなせる。

 だが全員無事でとなると難易度は跳ね上がる。何をしても対処される未来しか見えず、例えクー・フーリンがゲッシュを破ってでも突破しようとしたとて、この中の誰かは確実に犠牲となってしまう。

 

 どうすればいいのか。それを考えるクー・フーリン達だったが、迫る戦士達が待つことはなく。

 

 

 

 万事休すかと覚悟を決めた────その時。

 

 

 

 行軍とはまた別に、何者かが急速に接近していると思しきチャリオットの音。それを引いているであろう四足獣の力強い足音が二頭分。

 聞き取ると同時にそちらに目を向けてみれば、コノートの方角から来た戦士達が次々にはね飛ばされていく。

 

「ッ、今ッ!!」

 

 迫り来る傀儡達の意識が乱入者に向いたのを、然とクー・フーリンは感じ取り、即座にフェルディア達に指示を飛ばす。

 レーグが戦車を急発進させ、それに飛び乗るフェルディアとエメル。三人を乗せた戦車は乱入者へと真っ直ぐに突き進んだ。

 少しでも守りが薄くなった箇所に突貫し、自分達と乱入者との挟撃の要領で道を確保するしかない。

 乱入者が誰なのかはわからないが、そうだとしても、今はこれに乗じる他なかった。これを逃せば次はないのだから。

 

(誰かは知らんが、これは勝ち筋があるかもしれんッ! だから俺は────ッ!)

 

 一方、クー・フーリンは戦車に飛び乗らず、その場に残って三人の背中を単独で守り抜くべく、大津波のような一塊で押し寄せる彼らを槍術とルーン魔術のありったけを駆使して留める。

 氷塊を射出し、斬撃を飛ばし、火炎を放ち、縦横無尽に駆け巡る。単身でありながら、ひとつの軍隊を押し留める。その姿は蒼と紅の光のよう。

 

 殺人を犯さぬよう注意しつつ粗方を薙ぎ倒したところで、巌の如き勇士フェルグスが立ちはだかる。

 

「ッ、やっぱ来るよな……!」

 

 夜闇が辺りを包みつつある中、フェルグスの螺旋剣は豪快に正確に振るわれる。

 俯瞰するモリガンが直にコントロールしているのだ。フェルグスがそこらの戦士とは一線を画す猛者であるのを直感的に悟ったからであった。故に、夜闇など考慮に値する訳がない。

 

 激しい剣戟。飛び散る火花が継続的に辺りを照らし、絶え間なく明滅する。

 フェルグスの一撃は重く、操られて尚その鋭さを失わない。だがクー・フーリンの反射神経をもってすれば対応は可能。そのはずなのだが、

 

(……打ち合えば打ち合う程に強くなってやがる……!?)

 

 次第にクー・フーリンが押され始めた。フェルグスの重撃は長時間の戦闘を不利に追い込むが、それとはまた別にフェルグスが強化されている。

 クー・フーリンは、ひとつ思い当たる。

 

 ────『勝利の加護』

 

 クー・フーリンが負けるようパワーバランスを傾けた。そう言われれば納得してしまうような、運命の悪戯。否、これこそがモリガンの与える恩恵。常勝。

 長期戦をすれば確実に敗北を喫する。だからこそ、短期決戦且つ勝利を狙わない。そもそもこれは三人を逃すための足止めに過ぎないのだ。

 

「どこまで耐えられるモンかねえ……!」

 

 クー・フーリンは、最速の英雄の名に恥じない戦いに臨む。

 

 

 

 

 

 

 先行した三人は戦士の山を突き進む。刹那の隙を突いた不意打ちの如き、戦車の突貫。それにより、ほぼ一方的に戦士達をはね飛ばす。

 しかし中には攻撃を仕掛けてくる者も当然いる。戦車を引くセングレンとマッハを、戦車を操るレーグを、戦車そのものを。

 

 それを防ぐのがフェルディアの役目。

 

「させんッ!!」

 

 矢面に立ち、無銘の槍を存分に振るう。時に槍を浅く構えてリーチを伸ばし、時に槍を深く構えて素早く回す。銀線を描く槍撃は襲い来る攻撃の悉くを弾き返した。

 暗闇であるならば、夜目の効かぬフェルディアに勝ちの目はなかっただろう。だが生憎と、光源は相手方が過剰な程に持って来てくれている。

 

「見えるのならば、加護なぞ恐るるに足らずッ!」

 

 正しく無双されど、先程までクー・フーリンと繰り広げていた死闘の疲れが色濃く残っているのもまた事実。

 フェルディアの手元が僅かに狂い、レーグを狙った一突きを通してしまう。

 

(ッ、しまっ────!?)

 

 だが、それがレーグに届くことはなかった。

 

「全く、しっかりして下さい。彼を死なせればクーが悲しむんですから」

 

 エメルが一突きを、己の槍で叩き落としたのだ。鍛え上げた心身は伊達ではない。

 

「すまん、助かった!」

 

「お礼を言う暇があったら、直ぐに周囲に意識を向けてください」

 

 このような戦況にいながら、エメルは冷静沈着に、淡々と事をこなす。ある意味では肝が据わっていると言えるが、それを成せるはクー・フーリンへの狂愛故に。

 そうとは知らないフェルディアは「この女……出来るッ!」と内心で評価を上げたのだが、それはそれ。

 

 レーグはというと、ただ、ただ無言に徹し集中して戦車を操る。少しでも人数が少ない方を瞬時に選出し、ルートを探りながらも目に見えた妨害を避ける、避ける、避ける。

 圧倒的な情報量、しかしレーグは頭をフル回転させることで処理し続け、もはや自身に迫る攻撃にすら無反応という極地に至っていた。

 

 全ては、この理不尽な争いから脱するため。今も尚、僕達の背を守り続けてくれているクー・フーリンさんのため、と。

 

 そうして間もなく、三人の乗る戦車と乱入者の戦車が接近する。

 

「アレは……まさか!?」

 

 フェルディアの驚愕に満ちた声。それに反応するのはエメル。

 

「見覚えがあるのですね!?」

 

「ああ、見間違うものか。アレは……メイヴの戦車だ!」

 

 緋色を基調とし、ハートマークを象った金属や金色のラインを刻んだ装飾のなされた悪趣味なチャリオット。

 それを引くのは馬ではなく、重装兵のような甲冑を装備した、勇ましい二頭の牛。

 

 ────「もうッ! 何で私の勇士達が私に歯向かうのよ────!!?」

 

 戦場に現れた一縷の希望、それは紛うことなきコノートの女王メイヴだった。

 

「……………………へぇ、アレがメイヴですかぁ」

 

 擬音が聞こえて来そうな程の暗黒微笑を浮かべ、怨敵を呪う声色でメイヴを見据えるエメル。

 愛する男を苦しめた元凶であり、不遜にも彼に言い寄る淫売。それがエメルの持つ、メイヴへの認識。

 そのため、今直ぐにでもメイヴを消してやりたい衝動に駆られるが、今はそれどころではないので抑え込む。

 

「あの戦車と並走できるかッ!?」

 

「……少し揺れます!」

 

 レーグがセングレンとマッハに指示を飛ばした次の瞬間、戦車が急旋回し、こちらに目もくれず突き進んで行ったメイヴのチャリオットの背後に着く。そこから更に速力を上げ、並走する。

 

「メイヴ!」

 

「何よッ!? ……って、フェルディアじゃない! 一騎打ちはどうなったの!? クー・フーリンは!? というか私の勇士達はどうしちゃったのよぉ!?」

 

「お、落ち着け! 事情は後で説明する! 今はクー・フーリンを助けるために協力してはくれないか!」

 

「────聞くわ」

 

 混乱して喚き散らす様から一転、賢者タイムに突入。この切り替えである。

 

「そこでクー・フーリンがこいつらを押し留めてくれている! あいつが仕留められる前にッ、俺達で回収する!」

 

「回収……拾うには無理があるんじゃない?」

 

「いや、近くまで行ければそれでいい!」

 

 力強く言い切るフェルディア。それを見たメイヴは確信を持って問い掛ける。

 

「策があるのね?」

 

「ない!」

 

「……えぇ?」

 

 この局面において下手に策を弄すれば、むしろそれに縛られて柔軟な行動に制限がかかってしまう。モリガンが何を仕掛けているか不明な今、それはあまりにリスクが高過ぎるのだ。

 ならば、とコペルニクス的転回。策などなくていい。各々の臨機応変な判断に全てを任せ、明確な役割分担のみをする。好都合なことに目的は一致しているのだから、ある程度の連携は効く。

 

 そして何よりも────

 

「例え一瞬だろうと、俺達が手を伸ばせば確実に掴み取る。あいつの速さは熟知しているからな」

 

 ────信頼がある。

 

「……はぁ、ホント……クー・フーリンのことになるとアツいわね、貴方」

 

 お前がそれを口にするか、という言葉を既で飲み込んだフェルディアは、照れ隠しも込めて苦笑した。

 

「いいわ、ノってあげる! さしずめ、クー・フーリンの近くを通ってから逃げればいいのよね?」

 

「ああ、頼んだッ!」

 

 フェルディアとメイヴのやり取りが終わり、二両の戦車がクー・フーリンの元へと直進する。

 途中、それを阻止せんとする戦士達が群がってくるが、轟速の域に達した戦車を止めるのは至難の業。よって、次々と戦士達が宙を舞う。

 

「っ、見えたわ!!」

 

 メイヴが声を上げる。彼女が目にしたのは、自身の勇士たるフェルグスがクー・フーリンを押し潰さんとする姿。

 その背後には凍傷や火傷を負った戦士達が彼ににじり寄る。

 

「────クー・フーリンッ!」

 

 フェルディアの声が通る。と、クー・フーリンの視界が三人とメイヴを捉えた。

 

 

 

 

 

 

 螺旋剣を受け止め、しかし次第に脚が地面に沈み込むクー・フーリン。元々のフェルグスの力に加味された『勝利の加護』が、時間経過と共に猛威を振るっているのだ。

 フェルグスの相手をするだけでも全神経を尖らせねば対応が困難だというのに、背後にはルーン魔術で足止めした戦士達。挟撃である。

 

(────クソッ、もう持たねえぞ……!)

 

 殺しをすればどうにでもなる現状だが、それを選択してはモリガンの思うツボ。それはだけは回避してやる。そのような覚悟を決めたはいいものの、やはり首が絞まる。

 弱まりつつある、戦士達が持つ松明の灯。その揺らめきが己の命の灯火のように感じられ、そんな弱気な思考に陥っていることに嫌気が差した。

 

 

「────クー・フーリンッ!」

 

 

 様々な音が絶え間なく鳴り響く戦場、そこを通る声。それがフェルディアのものであり、何の意図で名を叫んだのかも、クー・フーリンは瞬時に読み取った。

 声のした方向に目を向ければ、無事な三人の姿……と、メイヴ。はて、と思考がフリーズするが、直ぐに再起動させる。

 

 魔槍を傾け、受け止めていた螺旋剣を流し、フェルグスの懐に潜り込んだクー・フーリンは、肩、腕、脚に装備された黒い鎧に魔力を流す。

 

(……大丈夫、もう呑まれたりしないッ!)

 

 全身を覆うようにして展開される『噛み砕く死牙の獣』。

 先日の一件から使用を控えていたこれだが、もう二度と同じ過ちは犯さない。

 

 懐から突き上げる要領でフェルグスの持つ螺旋剣を狙う。

 フェルグスは対応しようとするが、『噛み砕く死牙の獣』によって強化された筋力と速度は、彼にアクションを許さず螺旋剣を宙に飛ばした。

 

「────ッ!」

 

 空中に座するモリガンは驚愕を顕にする。己が直接操っている加護持ちの戦士が、クー・フーリンに一歩劣ったのだから無理もない。

 

 モリガンのそれを鋭敏に感じ取ったクー・フーリンは、肩部に備わった触手でフェルグスを絡め取り、にじり寄っていた戦士達へと放り投げる。

 そこまでやってから『噛み砕く死牙の獣』を解除し、迫る戦車へと向かう。初速から最高速度を叩き出す彼の神速は戦士達の合間を縫い、妨害を受けることなくメイヴのチャリオットに飛び乗った。

 

「きゃあ! あ、貴方から来てくれるなんて……!」

 

「言ってる場合か!」

 

 レーグの操る戦車には三人が乗り込んでいるため、空いているメイヴの方を選んだに過ぎないのだが。

 

「レーグッ!」

 

「はいッ!」

 

 クー・フーリンが素早く指示すれば、快活な声で了解するレーグ。戦車を再び急旋回させ、半円を描くようにしてコノート側に引き返す。

 メイヴには「レーグの後を着いて行け」と言い、「私に命令しないでっ!」と返されるも、彼女の顔は歓喜に染まっていた。

 

 最後まで行く手を阻もうと飛びかかってくる戦士達だったが、大多数は戦車の勢いに吹き飛ばされた。

 少数の実力者は魔術や武器の投擲、一撃離脱を仕掛けてくるも、その悉くを弾くクー・フーリンとフェルディアを突破することは叶わず。

 

「抜けました!」

 

「ッし! このまま走れ!」

 

 あの絶望的状況からの脱出に成功した。クー・フーリン達は止まることなく走り続け、戦場から離れて行く。

 振り返れば戦車を追いかけてくる戦士達が目に入るが、速度の差はあまりに歴然。次第に姿は見えなくなり、次いで足音すらも聞こえなくなった。

 

「ふぅ、何とかなりましたね」

 

「……根本的には何も解決できちゃあいないけどな」

 

「とにかく、これからを考えよう。クー・フーリン、一先ずだが行く宛てはあるか?」

 

「……あるさ」

 

 クー・フーリンは苦い顔をしながら、一言。

 

「────影の国」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つくづく、食えん奴だ」

 

 クー・フーリン達が逃げ去った方を見て、モリガンはごちる。

 

『勝利の加護』は戦闘において勝利を運命づけるものであり、それをもってすればクー・フーリンを敗北に追い込める。

 そのはずだったのだが、彼には端から勝つつもりはなかった。そもそも勝負とすら捉えておらず、存命し逆転を狙う選択をしたのだ。

 そのせいで『勝利の加護』が真価を発揮する前に、遁走を許してしまった。

 

 それに腹を立てるが、構うものかと思い直す。

 

「だが、何処へ行こうが彼奴は必ず我の前に現れる」

 

 クー・フーリンの友や無辜の民が囚われているのだから、それを解放するべく動いてくるはず、という確信があったのだ。

 他者への甘さは美徳ではあるが、過度なそれは己を破滅させる猛毒だ。侵されれば解毒は困難、そのまま自ら死地へと赴くだろう。

 

 ────その際に引導を渡す。

 

「勝てぬ戦いに挑み、為す術なく玉砕するがいい」

 

 

 

 ◆




◆補足

Q.モリガンの動機についてkwsk。
A.2回フラれて存在否定されたからキレた。3度?仏じゃねえんだなコレが。神話の女神なんてこんなもんよ(偏見)。

Q.戦車にはね飛ばされてるの可哀想。
A.即死はしてないからセーフ。存命の理由はケルトだから(謎理論)。

Q.何でエメルだけは精神支配効かんの?
A.リア狂って知ってる?(白目)

Q.何でメイヴは戦場に来たん?
A.クー・フーリンが手に入るとルンルン気分で自室でトリップ(オイ)。日が暮れ始めて部屋から出てみれば、勇士達が誰一人としていない。不穏な気配と苛立ちに任せるまま戦車を走らせ、戦場に接近すると、そこにいた勇士達に攻撃される。後は描いた通り。


 ↓ここから雑談↓


 お久しぶりです、texiattoです。今回も前回に引き続き三人称視点でお送りしましたが、やはり時間がかかってしまうのは何とも言えないですね。執筆時間の確保がちゅらいです……(レ)。次回は(偽)視点に戻すつもりなので、脊椎反射トーク待ったナシですやったー!
 モリガンによる誅罰は、積もり積もった怒りが爆発した結果、周囲を巻き込んで(偽)を野郎オブクラッシャァァァアア!に踏み切ったものです。コンエアー…(名作)。この小説の注意書きに書いていないように、モリガンはヒロインではなく、ボスキャラとしての登場を思案していたので、とりあえず満足のいく仕上がりになりました。意識して理不尽を描いてみたのですが、これが中々……難しいねんな。
 次回は本作主要キャラ達が集い、事態の解決を模索します。勿論、ヒロインズが集結したらどうなるか……後はわかるね?(愉悦スマイル) 正直な話、ここからの展開が割とあやふやなので、ストーリーを練りながらの執筆になります。矛盾点や大きなツッコミどころはないように努めますが、それでも「それは違うよ!(NEG君)」というのはあると思うので、その際は感想にて指摘していただければ幸いです。では、また次回!






























 マリィちゃん尊い……(成仏)。
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