転生クー・フーリンは本家クー・フーリンになりたかっただけなのに。   作:texiatto

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 ムフェト、アトランティス、超天篇4弾……あー、ねんまつ。


乾坤一擲:三人称視点

 ◆

 

 

 

「────来たか」

 

 アルスターとコノートの国境に広がるカルスト台地。そこを埋め尽くさんばかりの傀儡達の頭上────晴天の空に、モリガンはいた。

 

 滞空する彼女の視線の先には、此方へ荷馬車の如き低速で接近する二台のチャリオットの姿が。

 片や、勇ましい白と黒の馬が引いているが飾り気はなく。片や、流線型の鎧に包まれた二頭の牛が引く、悪趣味な装飾と緋色の車体が特徴的。

 

 対極とも言える二両は、モリガンにとって間違いなく忌々しい存在だった。みすみす逃がしてしまったのは彼女の記憶に新しい。

 

 戦車の矢面に立つは当然、クー・フーリンだった。会話が可能な距離にまで戦車が接近したところで、彼は口を開く。

 

「わざわざ待っていてくれるとはねえ。そりゃあ慢心か?」

 

 先程から視認されていたにも関わらず、モリガンは傀儡を動かす素振りすら見せなかった。クー・フーリン達からすれば慢心していると映っても仕方がない。

 だが、ここでモリガンが先手を打たなかったのは慢心が理由ではなく、クー・フーリン達の行動を憐れんだからであった。

 

「慢心ではなく余裕というのだ。……全く、勝てぬ戦いに正面から挑むとは、何と愚かな。無為な策のひとつやふたつ弄してくると思っていただけに、尚のことな」

 

「そりゃそうかい。期待に添えなくてすまねえな」

 

 交錯する視線が稲妻のように苛烈さを増す。それは、これから始まるのが勝負ではなく、殺し合いであることを雄弁に語っていた。

 

「戯け、もとより期待などしておらん」

 

 そう紡いだモリガンが右手を怨敵に向けると同時に、傀儡達が武器を構えた。彼らの口から盛れるは、理性なき獣の如き唸り声のみ。

 改めてそれを見聞きしたクー・フーリン達は一様に義憤に彩られる。モリガンが彼らから正気を強奪し、誅罰という名目で駒として利用しているのだから当然だ。

 

 それとはまた別の理由で憤怒する者、約一名。

 

「アンタねぇ、神だからって私の勇士達を勝手に奪うなんて許されないわ! 奪うのは私の特権なのにぃ!」

 

 メイヴである。このような場面ですら己を貫けるのは賞賛に値するだろう。尤も、空気を読まないだけなのだろうが。

 

「喚くな、鬱陶しい」

 

 モリガンが一蹴する。クー・フーリンしか眼中にない彼女にとって、他はサブターゲットに過ぎない。撃破しないよりかはした方がマシ程度の認識だ。

 冷たく遇われたメイヴはというと、「何よアイツー!?」と叫びながらチャリオットから身を乗り出し、それをフェルディアに抑えられていた。

 

 メイヴを歯牙にもかけないモリガンは、クー・フーリンのみを眼光で射抜き、宣告する。

 

「此度は逃がしてやらんぞ?」

 

 未だ鎮火しない怒りを噴出するように、モリガンは傀儡に指示を飛ばし、瞬間、殺意に塗れた幾重のウォークライが響き渡った。

 勝利の加護が放つ神威が色濃い敵意を放ち、それは可視化できる波動となって大気を震わせた。

 

「敗走はない。『敗北という名の死』あるのみだと知れ」

 

 それが開戦の宣言となった。

 

「……そうだな」

 

 歪な敵愾心に染まった波が唸りをあげ、クー・フーリン達に迫る、迫る、迫る。

 

「だが────」

 

 されど怖気付くことなく。クー・フーリンは獰猛な笑みを浮かべてみせ、吼える。

 

「────負け晒すのはテメェの方だけどなッ!」

 

 それに呼応して、クー・フーリン達の背後とモリガンの頭上に巨大な影が出現する。

 

「なッ……」

 

 影は扉へと形を変え、巨大な門と化す。開戦の狼煙と共に現れたそれは、紛うことなく影の国の門であった。

 世界とは断絶された魔境へと通ずる門を召喚し、あらゆる生物を吸い込む────『死溢るる魔境への門』である。

 

「ッ、小癪な!」

 

 直ぐにそれが何なのかを理解したモリガンだったが、既に遅く。影の国の門が二つ開門する。

 

 クー・フーリン達の背後から現れた門が開いたと同時に、フェルディア、メイヴ、レーグ、エメルが戦車に搭乗したまま自ら影に身を投じる。

 傀儡達は踏ん張ることすら許されず、四人に追従するかのように一人、また一人と門に吸い込まれていく。

 

 モリガンはというと、自身の頭上に出現した門に引きずり込まれまいと抗っていた。だが跳躍していたクー・フーリンがモリガンへと迫り、魔槍を振るう。

 

「外側にご招待ってなァ!」

 

 二条の槍を持ち出し、魔槍の斬撃を防ぐモリガン。彼女にとって、クー・フーリンの攻撃を防ぐのは容易かった。しかし怨敵によって自身の手を出させられた事実に憤りを覚える。

 

「貴様……!」

 

 憎悪を滾らせた瞳でクー・フーリンを睨むモリガン。そんな彼女に不敵な笑みを送り付けるクー・フーリンは、空間に固定したルーン文字を足場に再び跳び、門へと身を投じた。

 

「続きはこの先でな」

 

 彼の去り際に残した言葉は、当然のようにモリガンを焚き付けた。

 

「……よかろう、あえてそれに乗ってやる」

 

 纏った怒りを推進力にして、モリガンもまた門へと飛び込んだ。

 

 

 

 そうして喧騒に包まれていたカルスト台地は一転して閑散となった。

 荘厳で禍々しい影の国の門はゆっくりと閉じられ、完全に閉まると同時に輪郭が不鮮明になっていき、何処へ向かうでもなく霧散したのだった。

 

 

 

 

 

 

 モリガンが降り立った場。そこには彼女の怨敵たる男と、人外を感じさせる真紅の女がいた。

 クー・フーリンと同じ緋色の槍を持つ武人。そして影の国というキーワードから、女がスカサハであると看破する。

 

「ほう、これは。なるほど、貴様がスカサハか」

 

「そういう貴様がモリガンだな? 我が愛弟子に手を出すとは、いい度胸だ」

 

「溺愛しているのなら、神の施しを授かる際の作法も教えておくべきだったな」

 

「ハッ! こやつが要らんとしたのなら、本心から不要と断じただけのこと。ふふ、気に入った男に袖にされてさぞ腹が立ったろうな」

 

「……貴様の言葉は我を不快にさせる。己の無力さを噛み締めながら、クー・フーリンが死に行くのを眺めるがいい」

 

「させんよ……それだけは、断じてな」

 

 モリガンとスカサハは、猛禽類さながらの目付きで互いに射殺さんと視線を交錯させる。どちらもが譲れないものを抱えた覚悟を灯す。

 それを傍から見ていたクー・フーリンは、呆れつつも戦意を滾らせていた。

 

「オイ、俺もいるぞ」

 

「ああ、忘れてはおらん。お主に信を置いている故、お主も儂を心底頼るが良い」

 

「元から頼ってばっかだぜ、俺は。……まあ、師匠の弟子ってのに恥じない働きをしてやるさ」

 

 戦闘前の軽い鼓舞をし合う師弟。二人は魔槍を構える。スカサハは魔槍に手を添えるように、クー・フーリンは腰を落として風を貫くように。

 隣合う師弟は正しくケルトにおける最強のタッグであろう。そんな二人の矛先が向くのはケルトの戦女神モリガン。

 

「勇ましいのは結構だが、蛮勇だな」

 

 彼女もまた槍を構え、その穂先をクー・フーリンとスカサハへと向ける。憐憫と憎悪を攪拌させた闘気が肥大化していく。

 

「言ってろッ!」

 

 ここに死闘の幕が開いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 モリガンとクー・フーリン、スカサハが衝突した同時刻。フェルディア、レーグ、エメル、メイヴの四人もまた開戦の狼煙を上げようとしていた。

 

「これも手筈通りとはいえ、流石に数が数なだけにヤバいわね」

 

「戦う前から弱気とは、何と覇気のない」

 

「ほぼ非戦闘員でしょアンタ! それに私は女王であって戦士じゃないのよっ! 多少の心得はあるケド、飽くまで統率者として真価を発揮する力だから、私はいいのっ」

 

「お二人共、今は目の前のことに集中してもらえませんか……?」

 

 クー・フーリンが潜った門とは異なるそれに入った四人。彼らの眼前にはカルスト台地を埋め尽くしていた傀儡達がいた。

 それはそれとして、エメルとメイヴが空気も読まずに口論を開始するのだから、見かねたレーグが諫めに入った。が、一向に変わらず。

 

「やめておけ、レーグ。二人のそれは病の類いだ。しかも治せるのがあいつだけという厄介な重病。もっとも、発病もまたあいつが原因なのが笑えるがな」

 

 フェルディアは笑えると口にするが、そこに笑みは介在せず。鋭利な眼光は傀儡達へと向けられている。

 

 傀儡達もといアルスター・コノート戦士連合はというと、ここに誘われ辺りを確認するように見回していたが、それが済むと四人をターゲットに定め、得物を構え突貫する準備をしていた。

 

 エネミーの動向に注視しつつ、フェルディアは口を開く。

 

「確認するぞ。俺達の役目は、彼らを女神モリガンに合流させないこと。そのために、ここで彼らを叩く。だが加護持ちの面々だ、正面からやり合えば敗北は必須。決して勝とうとは思うな」

 

「モリガンに目をつけられているのは僕らも同じ。だから、最悪は引き付けて逃げ回るだけでもいい。そうでしたよね?」

 

「ああ」

 

「ま、それならアンタにもやりようはあるんじゃない?」

 

「……それは貴女も同じでは?」

 

「失礼しちゃうわね。戦えないとは言ってないわよ? ま、私自身は戦わないんだけど」

 

 各々が役割理解を通じて、何をするかを具体的にイメージし始める。されど多勢に無勢。加えて『勝利の加護』を付与されたとなれば尋常な立ち会いなど不可能だ。

 

「少なくとも、俺達だけでは力不足だったろう。だからこそ────」

 

「────私が此方で力を振るうのだ」

 

 フェルディアの言葉を引き継いだのは、覇気を伴う凛とした声────アイフェであった。

 アイフェは右手に魔槍を模した槍を、左手に魔術を綴る杖を持ち、凍てつく瞳で戦士連合を見据える。

 

「ここでは再生のルーンをかけてやる。存分に死せよ」

 

 敵味方問わずに投げた言葉。

 

 アイフェにとって、余程親しい者ら以外は取るに足らない存在だ。アイフェの持つ、フェルディア達への認識といえば、姉を師事する戦士、御者、愛すべき男に言い寄る虫二匹。その程度に他ならない。

 本来のアイフェならば、フェルディア達を守る必要は限りなく無に等しい。寧ろ自分の邪魔になると断定して排除に回るだろう。

 それでも彼女が素直に助太刀を了承したのは、偏にクー・フーリンに頼まれたから、その一言に尽きる。

 

 そして、好いた男に頼られたのなら、女は────少なくともアイフェは、舞い上がって本気を出す。

 

 だが悲しいかな。アイフェはクー・フーリンに活躍を見てもらおうというハングリー精神を奮い立たせたものの、姉にクー・フーリンを連れて行かれてしまったのだ。

 

 これにはアイフェも落胆。上げて落とされた。しかし、荒ぶった胸中は簡単に鎮まるはずもなく。

 

「さて、姉上にクー・フーリンを取られてしまった、その恨みを存分にぶつけさせてもらおうか」

 

 行き着く先は言うまでもなく、圧倒的な八つ当たりであった。

 

「「「「「……ッ」」」」」

 

 そんなアイフェの静かな怒気にあてられてか、自意識の薄れた傀儡達でさえ息を飲む。

 意識がなくとも、彼らの鍛えられた戦士の勘が、逃げろ、と激しく警鐘を鳴らす。

 

 だとしても、モリガンの意思には逆らえるはずもなく。

 

「憐れな」

 

 彼らは突貫した────瞬間、氷塊と化した。地から隆起するように出現した氷に包まれたのだ。

 

「震えろ、凍て付け、砕け散れ」

 

 美しい旋律を奏で、流麗に舞い踊るように。アイフェは次々と氷塊を出現させ、それらは無慈悲に戦士連合へと牙を剥く。

 

「……ふむ。ほほう、これがか」

 

 瞬く間に大多数を氷のオブジェにしたところで、アイフェが自らの違和感に気付いた。吸い取られるように力が抜けていき、相手の筋力や魔力といったパラメータが向上する────『勝利の加護』。

 

 並の戦士では敗北必須の恩恵。クー・フーリンでさえ遁走を強いられたそれ。

 

 なのだが────

 

 

 

「ならば、これでどうか」

 

 

 

 ────アイフェは、それすら容易に凌駕してみせる。

 

 バフとデバフの差を帳消しにして余りある圧倒的な力を、いとも容易くその身に宿したのだ。

 

「ここは影の国、即ち私の領土。あらゆる面で私に有利に働くのは必定」

 

 アイフェの所有する領土では、自身は当然として、認めた者に多大なる幸運と祝福、そして全パラメータの著しい強化をもたらす。それは、力なき者でさえジャイアント・キリングを果たす程。

 

 それだけの恩恵を、この領土の支配者たるアイフェが受ければどうなるか。

 

「ははっ、『加護』とやらも大したことはない!」

 

 絶大なバフを盛ったアイフェにとって、『勝利の加護』なぞ何のその。パワーバランスを傾けられたのなら、此方もまた力技で傾け返してやればいいだけのこと。

 

 言うまでもなくデタラメなそれ。しかしアイフェは数千年という期間、ひたすらに魔術を編み上げ、練り上げ、研磨してきた。

 並々ならぬ努力の理由は、たった一人の姉を超えるため。研鑽された魔術は、もはや神代の魔術の神髄と評価しても過言ではない。

 

 それが、高々『貰い物の勝利』に劣るはずもなく。

 

「貴様らなぞ『加護』を持ったとて姉上の足元にも及ばん。私を降したくば、スカサハを連れてくるがよい」

 

 アイフェは先程よりも苛烈さを増した氷気を放出し、風景を凍土さながらに変貌させていく。

 

「尤も、私に一矢報いることすらできんようでは、姉上の前に立つことは許されんがな」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「いやはや……これは、何とも」

 

 凍土に塗り替えられていく風景、その元凶を傍目に、フェルディアは言葉を漏らす。

 師匠たるスカサハと姉妹であると聞き及んでいたが、まさかこれ程とは、と戦慄せざるを得なかった。

 

「……さて、俺達も成すべきことを成すとしよう」

 

「はいっ、行きます!」

 

 アイフェに負けじとフェルディアは戦車へと飛び乗り、それを動かすはレーグ。

 

「セングレン! マッハ!」

 

 レーグは白黒の二頭に指示を出し、二頭は勇ましい嘶きと共に戦車を発進させた。

 二人を乗せた戦車は、此方へと突貫してくる戦士達と正面衝突する。衝突と言っても、戦車の勢いに負けた戦士達が一方的に蹴散らされているのだが。

 

「女王メイヴが切り札ッ! フェルディア、推して参る────!」

 

 戦車が旋回した際の遠心力を利用し、フェルディアは押し寄せる戦士達の中に自ら飛び込む。

 構図は紛うことなき一対多で、相手は『加護』持ち。誰が見ても自殺願望だと結論付ける愚行、しかしフェルディアはそれに該当しない。

 

「操られて尚衰えない闘気……流石はケルトの戦士達! だがな、生中な攻撃で俺に傷を付けられるなどと思わないことだッ!」

 

 彼には生まれ持った『あらゆる刃を通さぬ皮膚』があるからだ。事実、戦士連合の攻撃をあえて受けても、かすり傷一つ付くことなく。

 

 それからはフェルディアの無双が開幕した。

 

 四方八方を囲まれていながら、彼は最小限の動作のみで全ての攻撃を対応し、僅かな隙を見出しては攻撃を差し込んでいく。

 何千、何万とやり込み、修練してきた十八番。それ故に相手の行動の全てを読み切り、先手を打つ、打つ、打つ。

 

 そうして生まれた刹那────相手の攻撃の手が止んだ瞬間、フェルディアは転じて攻勢に移る。

 真正面にいた戦士の懐に潜り込み、一閃。相手は反射的に剣で受けようとするが、フェルディアの目にはその後の動作すら見えていた。

 だから、容易に対応する。フェルディアは即座に槍の軌道をずらし、剣を持つ相手の手を狙った。

 

「────ッ!」

 

 結果、剣は宙に弾け飛び、その持ち主は大きく体勢を崩す。

 がら空きとなったその無防備な腹部に、フェルディアはルーンで強化を施した拳を突き刺す。

 

「はァッ!」

 

「ぁッ────!!?」

 

 くの字で飛んだ戦士は、後方の傀儡達をも巻き込んで突き進み、モーゼの逸話さながらの光景を作り出した。

 

「次!」

 

 彼の背後から斬りかかってくる戦士が複数。それを見るまでもなく感じ取ったフェルディアは、強化したままの拳を振るい、裏拳で迎え撃つ。

 刃を通さぬ堅固な皮膚、それが強化されたことでフェルディアの肉体は鈍器と化す。

 振り抜かれた拳は、迫っていた剣の刃を簡単に叩き割った。そして勢いを活かして回し蹴りを見舞い、一纏めに飛ばす。

 

 自らが行った一連の攻撃に、フェルディアは驚嘆していた。

 

(『勝利の加護』を持つ相手にさえ、これ程の力を振るえるとは……!)

 

 一時的ではあるが、フェルディア達もまたアイフェの領土のバックアップを受けている。即ち絶大なバフをだ。

 勝利の女神たるモリガンから寵愛を賜った戦士は、如何なる相手であっても勝利を収めると知っていただけに、彼らを上回る出力で戦える現状に驚かないはずがなかった。

 

 襲い来る無数の槍撃を払い、カウンターを決めながら、フェルディアは心中でアイフェに感謝した。好敵手が経験した激戦、それと似たシチュエーションを用意してくれたことに。

 

 以前、クー・フーリンはコノートの軍勢を前にして、正面からの真っ向勝負に臨み、あまつさえ孤軍奮闘だったというのに、それでも勝利を掴んだ。

 その後の一騎打ちでさえも、彼はただ一人で全員と立ち合い、仕舞いにはフェルディアすらも打ち倒した。

 

 その事実が、フェルディアの心に火を灯す。

 

「あいつがやってのけたんだ。俺もやり遂げなければ、あいつの好敵手足りえないだろう」

 

 バトルジャンキーの気質があるフェルディアは、その顔に弧を描き、一層の力を込めて戦士連合を薙ぎ払う。クー・フーリンと並び立つという目標のために。

 

「────ッ!」

 

 不意にフェルディアを襲う、丘をも切り崩しかねない剣光。受け止める、ではなく、回避という選択を咄嗟に取ったのが幸いしてノーダメージ。

 しかしフェルディアは今の光を前にして、額から頬へと冷や汗が滴るのを感じた。

 如何に堅牢な皮膚を持っているフェルディアであっても、今の一撃を喰らえば一溜りもない。それを本能的に理解したのだ。

 

「やはり、貴方が出てくるか……!」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で、フェルディアが声を荒らげる。彼の視線の先には、トレードマークの螺旋剣を振り下ろした体勢で此方を見据える、フェルグスの姿。

 

「これ以上、貴方の誇りを踏み躙らせはしない。ここで倒れてもらう!」

 

 改めて槍を握り締めたフェルディアは、戦士連合最高戦力たるフェルグスに単身で立ち向かう。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 フェルディアが敵中で奮戦し、レーグが戦車で敵を引き付けている一方、メイヴは荒れるアイフェを見て一言。

 

「うわぁ……オンナの嫉妬ってヒドイわねぇ」

 

 嫉妬を嫌う彼女にとって、それに狂う者程見苦しいものはない。

 

 メイヴが暫し戦車から戦士連合を眺めていると、アイフェの荒れ狂う猛吹雪、フェルディアの槍撃の嵐、レーグの引き付けから溢れた戦士達が此方へと向かって来るのが見えた。その数は少なくとも一万はいる。

 

「何を呆けているんです。早く行動を起こしてくださいよ」

 

 同じくそれを視界に収めたのか、あまりにメイヴにモーションがなかったせいか、エメルが咎めるように戦車の奥から顔を出した。

 

「言われなくてもやるけど、アンタに言われるとやる気なくすわねぇ?」

 

「ならここで死にます? 再生のルーンとやらで死ねないようですけど」

 

「あー、はいはい。戦えないヤツは戦車に引きこもってていいわよ」

 

 右手で埃を払うような仕草でエメルを適当に遇ったメイヴは、懐から小さいナイフを取り出し、それで自らの左の人差し指を切りつけた。

 指先から一滴の血液が地面に落ちると、血が零れ落ちた地面を中心として赤が広がり、血溜まりと化した。

 

 実に不可思議な光景。血の一滴のみで血溜まりが形成されるのだから、これを見ていたエメルが瞠目するのも無理はなかった。

 

 だが、その光景に変化が生じる。広がった血溜まりの至る所で何かが蠢き始め、血泡がふつふつと湧き上がる。

 すると、そこから人間が出現した。筋骨隆々な肉体を持ち、鎧と槍を持った戦士の姿。ケルトの何処にでもいるような出で立ちの戦士だった。

 

 血を零すのみで名も無き戦士を"製造"する能力。多数の兵士の母と言われる所以である、メイヴの有する力である。

 

「随分とまた面妖なことを」

 

「色んな勇士達の子種を集めたおかげよ」

 

「……やっぱり、クーに近付かないでくれません?」

 

 メイヴの有するこの力は、取り込んだ戦士達の遺伝子を体内で複製することで効果を発揮する。つまりは強き戦士と性行為をすればする程に力を増すのだ。

 それを恥じることもなく、どストレートに言ってのけたメイヴに対し、流石にエメルは白い目を向けた。

 

「さ、私の為に戦いなさい!」

 

 高らかな突撃命令と共に、名も無き戦士達が一斉に駆け出す。彼女が今し方"製造"した戦士達、その総数は一万はくだらない。

 

 本来のメイヴは、即座にウン万もの戦士達を"製造"するのは困難である。それこそ、聖杯の力を利用して実現できるような芸当だ。

 しかしメイヴがこれを実行に移せたのも、影の国のバックアップがあってこそだった。

 

「これなら何とかなるでしょ」

 

 指示を出し終えたメイヴは、深く息を吐きながら座り込んだ。

 そして、背後にて戦士達の突撃を見ていたエメルに横目を向ける。

 

「で、アンタは何かしないのかしら?」

 

「……今は何もすることがありませんから、時が来たら動きます」

 

「あっそ」

 

 興味を失ったメイヴは、視線をアイフェ達に向け、戦況を伺い始めた。

 一方のエメルは、現状の自身の無力さを痛感しつつも、いずれ訪れるであろう自身の戦いに備え、戦意を研ぎ澄ませるのだった。

 

 

 

 ────決戦はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 ◆




◆本編にぶち込めなかったネタの供養

「影の国の門を別の場所に召喚する、ってのはできねえか?」

 クー・フーリンは前世の記憶を参考に、『死溢るる魔境への門』ができないかと提案した。
 それができれば、否、それができてこそ逆転の一手と成りうると思惟したのだ。

 言われた当の本人といえば、鳩が豆鉄砲を食らったような顔を晒す。

「…………なるほど」

 それも仕方がなかった。影の国に囚われて幾星霜、人心が限りなく薄れたスカサハの外界への興味はほぼ皆無に等しく、あるとすれば自身が嘱望するだけの戦士がいるかどうか、それに尽きていた。
 そして、影の国とは力を求めた猛者が艱難辛苦を経て辿り着く場所であり、こちらから入口を用意してやるものではない。

 それ故に、門を別の場所に召喚するという芸当を考えようともしなかったのだ。

 そしてそれに気がついたことで、それどころではないとわかっていながらも、スカサハの胸の内に後悔が襲来する。

 この影の国の門を召喚する術をもっと早くに編み出していれば、遠く離れたクー・フーリンを強制的に帰還させることも可能だったではないか、と。
 それが叶ってさえいれば、今頃は影の国で今以上の親密な関係を築けていただろうに、と。

「できなくはないな」

 今更後悔したとてたらればに過ぎないのだが、考えずにはいられなかった。

「流石は師匠だ」

 だが、凶暴な獣が時折見せるような優しげな笑みをもって賞賛するクー・フーリンに、容易くスカサハの黒々とした胸中は漂白された。

 好いた男に頼られ褒められるのも悪くない、寧ろ良い。もっとだ、もっと寄越せ。このような高揚感を覚えさせられては、もはやこれ無しでは生きられない。

 そこまで感情を荒ぶらせたところで、それに気がついたスカサハは我ながら単純だと呆れつつも、改めてクー・フーリンへの独占欲を再認識したのだった。



 尚、影の国の門を召喚するという術と情報をアイフェに共有した結果、当然スカサハと同じ心境なったのに加え、目に見えてorz状態になったのは余談である。



◆補足

Q.『死溢るる魔境への門』って、スカサハが認めた相手でないと吸い込まれて即死判定とかなかったっけ?
A.(偽)ニキが言い含めておきました(ご都合主義)。

Q.アイフェの領土のバックアップ、あれチート過ぎひん?
A.存在そのものがチートな姉妹ですしおすし。それよか全身タイツ姉貴の方が即死とかある分チートだと思うんですけど……(名推理)。

Q.エメルお荷物やん(無慈悲)。
A.今は、ね?(暗黒微笑)

Q.影の国の門を召喚できたなら、色々とやれたでしょ。
A.せやな(白目)。というか影の国の門の召喚については、正にこれを書いている最中に思い付いたことだったので、はい。


 ↓ここから雑談↓


 お久しぶりです、texiattoです。クリスマスに特別編を投稿するといった、他作品でよく見るそれを私もやろうかと考えてはいましたが、よく考えたら本編すら書けてないヤツがオマケ書くとかナメてんのか、という結論に至ったため、本編を書き上げることに専念していました(土下座)。え?クリスマスに何かあったか?平日と変わらんかったよ(血涙)。
 今回は最終決戦に臨む面々についての描写がメインでした。大多数の傀儡達相手にブチ切れアイフェは過剰では?とも思ったのですが、まあその方がバランスとれるかなー的な考えから、そうなりました。なので一般傀儡戦士君達にはひどい目にあってもらいます(ニチャァ…)。
 ここから終盤戦に入ります。このクソ小説のケルト・アルスターサイクルも終わりが見えてきました。NKT……と言うのにはまだ早いですが、ほぼ終わりなので来年春からはFate/GO編に突入できそうなカンジです。ただ来年からはリアルの事情で忙しくなる見込みなので、更新速度がかなり遅くなると思われます。まあ、予定は未定なんて言葉もありますから、気長に待っていただければ幸いです。それでは皆様、また来年もよろしくお願い致します!よいお年を!






































 ……なんて綺麗に終わる訳ねえだろぉ!?(ニチャァ)ここで本性晒してんだから最後までホ〇たっぷりで終わるぞ!(死刑宣告)



 ぷももえんぐえげぎぎおんもえちょっちょちゃっさっ!(気が付いたら年の瀬という事実に対する悲愴の意)
 (年末年始セールに)い、い~くぅ~いくいくいくいくいくいくいく…お゛ぉおおおおおおごお゛ぉおおおおおぉ…(人の波に押し潰される音)。



 ……何書いてんだろ。

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