転生クー・フーリンは本家クー・フーリンになりたかっただけなのに。   作:texiatto

28 / 37
更新遅れて申し訳ナス!ちょっとセリエナとオリュンポスとミッドガルに出張してました()。


※追記
Fate/GO編開始時期などの告知は、活動報告にて記載していく予定です。ので、「こいつ失踪したんとちゃうんけ?」と思った兄貴姉貴達がいましたら、活動報告を覗いて見てネ!


神話の終着:三人称視点

 

 

 

 虹を描く剣閃を最小限の動作のみで躱しきり、続く攻撃を槍撃で阻害し、封殺する。

 

 気の遠く成る程にその攻防を反復するフェルグスとフェルディア。

 常人であれば集中力の悉くが摩耗し、消失しかねない激戦且つ長期戦だったが、しかし彼らは戦い続けていた。

 

「──────ッ!」

 

「はァッ────!」

 

 篤実で豪快な戦士は、自らを支配する神の人形として、役目を全うするために。

 堅牢で精密な戦士は、自らの意志と、誰よりも信頼する好敵手のために。

 

 

 

 永遠に続くと思われた戦闘、終止符は唐突に打たれた。

 

 

 

 振り上げた螺旋剣を、フェルグスが眼前の敵に向けて叩き込もうとした、その時。

 

「────……うん? フェルディア、か?」

 

「っ、フェルグス殿……正気に戻られましたか……!」

 

「……俺は、正気を失っていたのか? ……何があったんだ」

 

 糸目ながら確かに理性の光が戻った。それを視認したフェルディアは、心からの安堵の笑みを浮かべた。

 であれば、とフェルディアは周囲の戦士達にも視線を向ける。彼の目には、先程まで禍々しい殺意を湛えていた戦士達が、立ち止まって「ここはどこだ」と困惑している様が映る。

 

 ────終わった、勝った……勝った! クー・フーリンがやったのだ! あの、勝利の女神に! 

 

 自らの好敵手が成し遂げたと理解したフェルディア。それと同様に、レーグ、エメル、メイヴらにも笑みが浮かんでいた。

 そのことを確認するように、フェルディアはアイフェに振り向いた。

 

「アイフェ殿ッ! 彼の女神はクー・フーリンと師匠に倒され────…………っ?」

 

「──────」

 

 ただ、その渦中においてさえ、アイフェは歓喜や安堵の感情を表に出すことはなく。

 

「あぁ……あ、ッ……」

 

「……どうかしましたか、アイフェ殿?」

 

 フェルディアの呼び掛けに応じることなく、アイフェは遠方────クー・フーリンがいる方向から視線を外さず、静かに涙を流し続けていた。

 

「……やはり……やはり、そうなるのか……」

 

 千里眼によって現在進行形で視てしまった────クー・フーリンの死。

 

 愛おしい男を喪った。自身の空虚な胸の内を埋めてくれた、たった一人の想い人が。手の届かぬところで。

 体裁も羞恥も一擲し、感情のままに慟哭したくなるアイフェ。彼女は、思う。

 

 クー・フーリンに任された役割を放ってでも、彼の支援に回るべきだった。

 スカサハではなく自身が、或いは姉妹揃って彼の側にいれば、変化をもたらすことが叶ったかもしれない。

 何なら、一言「助けてくれ」と零してくれたなら、彼を脅かす全てを塵芥にするべく奔走したというのに。

 

 アイフェにとって、クー・フーリンとはそれをするだけの価値がある存在だった。

 

 アイフェの人生、それはいくら努力し、結果を出そうが、付いて回る"スカサハの妹"という肩書きにより、歪に湾曲した。憧れの姉に追いつきたいだけだったというのに、肩書きのせいで誰もが本当の自身を見てくれない。優秀な姉と比較ばかりされ、誰からも認められず、褒められない。

 積もり積もった黒い感情が数十、数百、数千という時を経て肥大化し、アイフェはスカサハを恨む復讐者となった。

 憎き姉を超えるために研鑽を積み、影の国のもう一人の支配者として、槍術と魔術の神髄を修めた傑物として、スカサハと肩を並べる孤高の王者として、その力を誇示して見せた。

 

 だが、そうして辿り着いた頂きは、あまりに殺風景で空虚だった。故に、アイフェは己の理解者はこの世に一人────スカサハしか有り得ないと確信する。しかし、その理解者は自身が最も慕い、そして嫌う相手。当然、褒め言葉など微塵も与えてはくれない。

 

 アイフェは孤独だった。それを埋めたのがクー・フーリンという存在。彼はアイフェを色眼鏡で見ることはなく、いい意味で畏怖を抱かなかった。その距離感が、彼女にとって非常に心地がよかった。

 そしてクー・フーリンは、アイフェを褒めた。認めた。世辞の類でもなく、出任せでもない、中身のある言葉を彼女に贈ったのだ。

 

 その瞬間、アイフェは救いを得た。

 

 これが何処の馬の骨とも知れぬ相手であったなら、心は不動だった。しかし、クー・フーリンは"あの"スカサハが認めた戦士であり、事実、アイフェもまた認める程の英雄だった。

 そして、僅かな時とはいえ、一緒にいて幸福を感じる相手であり、自分色に染め上げることに悦びを感じられる相手であった。即ち、クー・フーリンを好いたのだ。

 

 意中の相手からの言葉は、どれだけの救いとなったか。

 

 だからこそ、アイフェはクー・フーリンのためならば身を砕くことも厭わない。これまでの数千年を肯定してくれる救いを与えてくれたのだから、今度は此方が救う番だ。

 そのような思いで、アイフェはこの戦いに身を投じた。彼に「頼んだ」という言葉をかけられたからこそ、全うしてみせようと。そして、結末なぞ捻じ曲げてやると。

 

 未来を視たとはいえ、それは飽くまでも可能性のひとつ。如何様にでも変化を遂げる結果に過ぎない────そう、高を括っていた。

 

 未来とは千変万化する、幾つも枝分かれするモノ。確かに未来は行動ひとつで流体のように変わるだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 未来と運命は似て非なる。未来が変えられるモノだとするならば、運命は"変えられないモノの結末"。

 如何な手段を用いようと、結局は吸い込まれるように収束する。それはさながらブラックホールのよう。

 

 大木のような運命、それを人為的に捻じ曲げるには、彼女はあまりに非力であったのだ。

 

「あ、あ……! クー・フーリン……!」

 

 救ってもらったというのに、結局、死なせてしまった。防ぐために己がやれたことは多くあっただろうに、それをすることなく。その事実がアイフェに重くのしかかる。

 

「アイフェ殿……!?」

 

 転移のルーンを用い、アイフェはフェルディアの眼前から姿を消した。せめて最後に、クー・フーリンの姿を自身の脳裏に焼き付けるために。

 

「………………まさか」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「………………クー・フーリン、我が愛弟子」

 

 地に伏し、目を閉じたクー・フーリン。その傍らに寄り添うように、スカサハは膝をつく。

 

「お主も、他の弟子らと同様に、私より先に死を遂げてしまうのだな」

 

 冷酷無慈悲なはずの彼女が、愛玩動物を撫でるように、クー・フーリンの頬へと触れる。

 

 ────既に、冷たい。

 

 彼から感じ取れる熱も、心臓の鼓動も、心身を凍てつかせる猛烈な『死』も、何もかもが消え失せていた。

 あるとすれば、先程までの『死』、その残り火がクー・フーリンの身体を着実に蝕んでいることぐらいだった。

 

「……っ」

 

 そして、スカサハの心からもまた、様々なモノが抜け落ちるように色を失っていく。

 

 人としての理を外れ、死を奪われ、悠久の時を影の国で過ごし────人心を失ったスカサハ。

 何のために強くなり、何のために死を求めたのか。それすら忘却してしまう程に摩耗した彼女だったが、クー・フーリンと出会うことで、新たな心を得た。

 生娘のように恋に胸を躍らせ、振り向いてもらえぬことで嫉妬心と独占欲を募らせ、久しく忘れていた安堵と緊張というモノを幾度となく感じた。

 

 クー・フーリンと出会ったことで、スカサハの心は確かに色彩を獲得したのだ。

 

「……散々、ヒトの心に踏み入ったというに、一方的に、届かぬところへ行きおって」

 

 その色彩が、彼の死によって褪せていく。

 

「──────」

 

 ふと、何かが頬を伝う感覚。スカサハは手でそれに触れる。涙だった。

 

「そう、か。これは、涙か」

 

 その瞬間、スカサハは理解する。私は、自分が思っていた以上に"女"であったのだな、と。

 

 自覚と同時に溢れる思い、想い。

 

 もっと、槍を交えたかった。

 もっと、稽古をつけてやりたかった。

 もっと、微笑みを向けて欲しかった。

 もっと、彼に触れたかった。

 もっと、彼に触れて欲しかった。

 もっと、たわいない会話を楽しみたかった。

 

 無垢な乙女のような"もっと"が、止めどなく溢れ出る。

 それと並行して、影の国の女王としての冷静な部分が、己の選択の過ちを責め立てる。

 

 クー・フーリンの運命を視ていたのなら、それを本当に回避したいと思っていたのなら、手段を選ぶべきではなかった。

 どんなに彼に恨まれようと、憎まれようと、彼の身を案じて他を切り捨てるべきだった。

 彼に集る女狐を一掃し、或いはクー・フーリン自身を手元に置き、破滅の要因となり得る関係を全て断つべきだった。

 

 これが単なる師弟関係のみの間柄であったなら、過保護だとスカサハ自身が気付き、己を諌めただろう。

 だが生憎と、クー・フーリンとスカサハの関係は、師弟の域を超えていた。それが例え一方的なものだったとしても、スカサハにとっては特別なモノだった。

 

「どうしてくれるのだ……この、伽藍堂の胸の内を」

 

 自身を殺すに足る素養を持ち、新たな人心を与えてくれた。そんな彼が自身の隣に相応しい、否、彼でなければ駄目なのだ。

 そして、クー・フーリンの隣に居るのは、初めての師匠であり、背を預けられる相棒であり、これだけ彼を想う女である、スカサハ以外に考えられない。

 スカサハは、本気でそう考えてきた。彼が死して尚、その在り方に変化はない。その根底にあったのは────願い。

 

 彼女はただ、影の国での永久の生活を彼と共に歩みたいだけだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 アイフェの様子から焦りを感じたフェルディアは、皆を引き連れてクー・フーリンの元へと移動した。

 ややあってスカサハとアイフェと合流したところで、フェルディアは声を漏らした。

 

 彼が目にしたのは────自らの好敵手が力なく地に仰臥している姿だった。

 

 ただ寝ているだけだと、そう言ってさえくれれば、タチの悪い冗談だと受け止めることができただろう。

 だが、クー・フーリンの両隣で涙を流すスカサハとアイフェの存在が、最悪の結末を迎えたのを示す、確固たる証拠だった。

 

「クー・フーリン……は……」

 

「……我が愛弟子は、運命に、身を委ねた……」

 

「そんな……嘘、だろう……」

 

 己の足元が崩落するような錯覚を覚えるフェルディア。それは無理もなかった。

 フェルディアにとって、クー・フーリンに勝利することこそが人生最大の目標であったのだから。

 

 幼少から武の才覚を見せたフェルディアは、後にコノートにおいて最も強くなるであろうと嘱望されてきた。

 それに応えるように、彼もまた過重な鍛錬を積み重ね、努力の果てに若いながらに強者と成った。

 

 だが、その時点で己に並ぶ強者、即ち好敵手足り得る戦士はおらず。故にそれを心の底から求めていた。

 そうして影の国で出会ったクー・フーリンは、正しくフェルディアが待ち望んだ好敵手足り得た。

 

 影の国で切磋琢磨する間柄。しかし、フェルディアは痛感する。クー・フーリンの素養は、間違いなく自身よりも格上であることを。

 それに劣等感を抱くこともあった。心底羨んだこともあった。だのにそれらに溺れることがなかったのは、クー・フーリンの意志によるものだった。

 

 その時点で、フェルディアの高みの認識が、打倒クー・フーリンになる。

 

 己よりも戦士としての天賦の才を遺憾無く発揮し、山の如く不動且つ流水の如く槍を振るう自身の戦闘スタイルとは真逆の、烈火の如き鮮烈さと落雷の如き速度で蹂躙するクー・フーリン。

 そんな彼の好敵手と胸を張って名乗れるよう、強く、強く、強く────! 

 

 高い目標があるからこそ、過酷な鍛錬も乗り越えられる。事実、それによってフェルディアは幾度も壁を乗り越え、成長してきた。全ては、クー・フーリンを超えるために。

 

 けれど、クー・フーリンが死んだ。その事実は、フェルディアの戦士としての目標が失われたのと同義だったのだ。

 

「何故……何故、お前がここでッ……!」

 

 戦士のシンボルである槍を放り、友の骸に歩み寄る。声が震え、迷子の幼子が両親を探し求めるように。

 クー・フーリンの顔を覗き込めば、フェルディアのような良い眼で見なくともわかるように、血色が失われ、生気を感じ取ることはできなかった。

 

 友の死を実際に己が目で確認してしまったことで、その死が現実のものであると理解する。

 

「お前にッ、負けたままで、これからを生きろと……いうのか……!」

 

 手を握り締め、歯を食いしばり、立ち竦む。魂からの嘆きは、フェルディアの後を追ってきた者達にも届いた。

 

「フェルディアさん、どうかしたん────で、………………えっ?」

 

 白と黒の戦馬を連れたレーグは、自身の友であり、相棒であり、憧憬を抱く人物であるクー・フーリンが倒れているのを目にし、困惑する。

 

「ちょっと何よ? この暗い雰囲……気……」

 

 凱旋気分で着いてきたメイヴだったが、周囲のリアクションから不穏な気配を感じ取り、そしてクー・フーリンの姿を捉える。

 

「…………………………クー……?」

 

 遅れて到着したエメルは、自らの五感でクー・フーリンを堪能しようとするが、あまりの彼の希薄さに違和感を覚え、そして彼の骸を混沌とした眼に映す。

 

 そして三者三様に、彼の死によって心に暗闇がもたらされる。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「…………そんなっ、こと……ない、ですよね……」

 

 震える足で一歩、また一歩と歩み寄るレーグ。クー・フーリンの青白い顔と胸部に空いた穴が目に入るやいなや、足取りがおぼつかなくなり、追従して来ていたマッハに寄りかかる。

 

「だって、クー・フーリンさん……は、海獣と戦った時も、コノートに独りで立ち向かった時も……っ、どんなに苦戦を強いられても、勝って……きたじゃ、ないですか」

 

 レーグの心に浮かび上がるは、いつの日かのクー・フーリンの激闘、神話さながらの一頁。

 

 クリードとコインヘンの討伐。それは人の身で挑むのは無謀でしかなく、そもそも災害と同義な獣共をどうこうしようというのが間違いなのだ。

 そのはずだと、レーグは思っていた。その固定観念が、たった一人の戦士によって覆されるまでは。

 海を割る剛腕、虚無より現る無数の触手、身を引き裂かん暴風、赤雷の如き熱線────どれひとつ取っても常人を殺して余り有るというのに、それらは嵐のように振るわれた。

 だが、時に舞踏のような脚さばきで、時に魔術を駆使した力業で、時に生命力の強さに物を言わせた意地で、嵐の中でクー・フーリンは生き延び、そして勝利を掴んでみせた。

 

 その光景を見納めたレーグは、彼に心の底から憧れた。苛烈なまでの槍術に、静謐なまでの魔術に、折れることの無い精神に。

 

 後に起きたコノートとの戦争。アルスターの戦士達は呪いに苦しめられ、結果、出撃できる者は皆無。戦力差は絶望的だった。

 そのような中で、クー・フーリンは単独で戦場に立ち、コノートの軍勢を押しとどめ続けた。しかし蓋を開けてみれば、クー・フーリンは誰一人としてコノートの戦士を殺しておらず。

 不殺に疑問を抱いたレーグは彼に問おうとしたが、逆に英雄の負の側面を知った。殺さぬことがどれほどの艱難辛苦の道なのかを悟った。そして、クー・フーリンの胸の内を受け止め、理解した。

 レーグはクー・フーリンの唯一の理解者だった。故に『死牙の獣』を止めることが叶い、その経験がレーグを成長させた。

 

 クー・フーリンの活躍の側には、必ずレーグがいた。友として、相棒として。

 如何に無謀な挑戦であっても、絶望的な数の差であっても、決してクー・フーリンは諦めることはなく、どれ程の苦戦を強いられようとも、生きて勝利を手中に収めてきた。

 そのことは、レーグが一番よく理解していたし、今後もそうであると信じていた。

 

 だからこそ、クー・フーリンの死が信じられなかった。

 

「クー・フーリン、さん……目をっ、開けでぐだざいよ……」

 

 レーグは、彼の死が現実のものであると理解してしまった途端に、涙、涙、涙。

 

 自身に夢と希望という名の道標を齎し、どれだけ無様を晒しても決して見捨てることはなく、常に鼓舞し続けてくれた生涯の恩人が死んでしまったのだ。

 

 スカサハやアイフェとはまた異なる、レーグの心に開けられた大穴。そこから、クー・フーリンから与えられた温かみが流出していくかのようだった。

 

「ぅぁ……っ、ぁああ、……ぁ」

 

 溢れ出した涙は止めどなく。顔を歪ませて嗚咽を漏らすレーグ。

 

 

 

 彼は、『光』を失った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 予想外の衝撃に、メイヴは思わず座り込んでしまった。

 

「──────」

 

 言葉が紡げなくなる程に思考が漂白され、目の前の事実を認識することを頭が拒否しようと足掻いていた。

 

「………………どうして」

 

 ややあって、魂が抜けるようにして出た呟き。高飛車な彼女からは想像できぬ弱々しい声だった。

 

 メイヴにとって、クー・フーリンは今まで出会ったことのないタイプの男だった。

 

 蝶よ花よと愛でられて育ってきたメイヴは、万事が望むままに実現する星の元に生まれてきたと考えていた。

 その固定観念を破壊したのがクー・フーリンという存在。篭絡を試みても表情ひとつ動かせず、思うようにならないだけでなく、むしろ此方の心に居座って、乱す。

 

 ────メイヴは『恋』を知った。

 

 歪ながらも『愛』のみしか知らなかった彼女にとって、初めての『恋』という経験はあまりに甘美。

 ブレーキをそもそも備えていない暴走機関車の完成である。そしてクー・フーリンを己のものとすべく、彼女は猛進した。

 

 アルスターが彼を渡さない────よろしい、ならば戦争だ。

 彼がコノートの軍勢を鏖殺した────圧倒的な強さに改めて酔いしれた。

 戦女神が彼を殺そうとする────そんな事させない、させてたまるものか。

 彼に付き纏う別の女がいる────関係ない、彼を自身の虜にしてしまえばいい。

 作戦の役割で彼と離れてしまう────心苦しいが、彼のために我慢しよう。

 

 この戦いが終わったその時には、もう二度とクー・フーリンから離れてやるものか。

 

 溢れんばかりの想いに従い、メイヴは全力で彼のために尽くした。女王という身分を忘れて自らが戦場に立ち、戦車を走らせ、魔術を綴った。

 

 

 

 その努力の末に得た結果が────クー・フーリンの死だった。

 

 

 

 嘘だ嘘だと心で言い聞かせるメイヴ。だが現実に変わりはなく。

 

「…………ッ、そうよ、ルーンはッ!? ルーンで傷なんて癒せるし、死の淵から呼び戻すことだってできるでしょ……!」

 

「……無理だ」

 

「ッ、何でよ……!」

 

「傷などいくらでも癒せよう、穿たれた心臓など何度でも復元できよう……だが、我が愛弟子は彼の女神に魂を砕かれ、ゲッシュにて命を捧げた。……いくら治せようとも、中身が戻らぬのだ」

 

 詰みだった。およそ万能に近い原初のルーンを用いても、クー・フーリンを冥府から呼び戻せない。それがスカサハから紡がれたからこそ、重みがあった。

 

「そんな…………」

 

 そうして、メイヴは泣き崩れた。彼の骸を見つめながら、何時までも涙を流した。

 

 

 

 女王メイヴの初恋は、愛しき相手との死別により、成就することは叶わなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 彼女────エメルの宵闇より黒ずんだ瞳に映るは、クー・フーリンの遺体。

 その瞬間、エメルは首を締め上げられたかのように呼吸困難に陥った。

 

「……はっ、………………はっ!」

 

 動悸は激しく、脂汗が浮き上がる。視界が陽炎のように揺らめき、エメルは立ちくらみを覚える。

 

 愛しい相手が逝った。それは彼女の精神に影響を与えるには十分過ぎた。

 

 本来のエメルは"このようなこと"にはならないはずなのだが、光の御子の贋作者が彼女を狂わせた。

 エメルという人間を根本から狂わせる、致命的なソレ────狂愛とも言うべき過激な劣情。

 彼の「目の届くところに居ろ」という言葉に従順になり、むしろ此方が視界に収めていなければ精神が不安定になる。

 

 クー・フーリンと出会ったことで変貌を遂げたエメルは、もはや彼無しでは生きられない心身に作り変わってしまったのだ。

 だというのに、心の拠り所たるクー・フーリンが、目の届かぬ場へと召されてしまった。

 

「………………ッ、ッ」

 

 正常ならば涙と嗚咽を垂れ流すところだが、しかしエメルは毒を盛られたように苦しみ出す。

 

 また彼が、クー・フーリンが届かぬ所へと旅立ってしまう。また置き去り……嫌だ、嫌だ嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌────

 

 

 

 不意に誰かが「あ」と声を発した。自然と皆の視線がクー・フーリンの骸に束ねられ、そして"それ"に気が付く。

 胸部に風穴が穿たれ、血色も生気も失った彼の肉体に、乾燥した大地のように罅が走り始め、徐々に崩壊しつつあることに。

 

「ッ、何だ……コレは」

 

「グー……フーリン、ざん……」

 

 戦友の骸に得体の知れぬ何かが起こっていることに気が付く、フェルディアとレーグ。

 

「これは……『死』だ。それの残り火ではあるが、微弱であっても人体を焼くには余りある」

 

 二人の気付きに答えを示す、アイフェ。クー・フーリンの『死』は神すら殺す、人の身に余る力そのもの。

 そのようなモノが未だ彼の骸の中で燻っている。どれだけ弱々しくとも、『死』に変わりはない。故に、残り火がクー・フーリンを蝕む。

 

 そして────遂にクー・フーリンの亡骸は完全に崩壊を迎え、砂埃が舞うようにして跡形もなく消え去った。

『死』が付与されていた魔槍も、死獣の鎧も、衣服も装飾品も、血の一滴から毛先の一本に至るまで、微塵も残らずに消滅する。

 

「あ……あ……!」

 

「クー・フーリン……!」

 

 彼に寄り添うようにしていたスカサハとアイフェは、僅かでもその残滓に触れようと思わず手を伸ばしたが、あえなく虚空を掴んだ。

 

 クー・フーリンが消え行く光景を、この場に集った者達が皆等しく心に焼き付けた。

 フェルグスをはじめとした、モリガンによって傀儡に落とされていた戦士達は、ここへ合流する道すがらで事の経緯を聞かされたため、彼らもまた沈痛な面持ちだった。

 

 誰も死なせたくないという我儘を貫いた英雄は、弔われる肉体も魂も失った。

 言い様のない無情の結末に、彼の戦いに関わった者達の心は一様に、後味の悪い勝利に満たされた。

 

 

 

 ────あぁ……そういう、ことなのね……クー? 

 

 周囲が沈む一方、エメルは独り納得と安心を得ていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何時も追いかけ、探し求めたクー・フーリンの姿。しかし、いくら時間をかけようと見つかることはなく。

 故にエメルは「強くなれば彼が帰ってきてくれる」と信じた。戦士の高みを目指す彼の、その隣に立てるは同様に強き者だと思い込んだからだった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 強くなれさえすれば、必ずクー・フーリンは自身の前に姿を現すことだろう。だから、これは別れではない。

 そのためにも強さがいる。彼が認めてくれる程の強さが。今よりも、もっと、もっともっと、もっともっともっと────! 

 

 理由もなく彼が消える訳がない、これは愛を試す試練なのだ、と。そう思い込むことによって、エメルは精神を正常(?)に保とうとしたのだ。

 

「────ずっと……待ってますから」

 

 昏い、暗い、冥い、闇い笑みを浮かべ。差す光は既に失い、もはや何の明かりも受け付けず。

 

 混沌とした瞳には、もう二度と理性が灯ることはなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

クー・フーリン

 

 クー・フーリン(アイルランド語:Cú Chulainn)は、ケルト神話の半神半人の英雄。

 父は太陽神ルー、母はコンホヴォル王の妹デヒティネ。幼名はセタンタ。

 

 ケルトにおいて不殺の信念を貫き、その果てに神と相討ちとなった英雄。およそ十八歳で生涯を閉じたとされる。短命ながらに多大なる影響を及ぼすなど、駆け抜けた人生を送った。その生涯においてクー・フーリンは四人の女性に思いを寄せられていたが、結局、その全てに応えることはなく死した。

 

▶説話

 

少年時代

 

 セタンタは、戦いによってコミュニケーションを取っていたケルトにおいて、戦うことを苦手としていた。

 そのせいで周囲から浮いた存在となるが、しかし才能は既に持ち合わせており、一度力を振るえば負けなしだったという。

 

 コンホヴォル王に連れられて訪れた鍛冶屋クランの屋敷にて、セタンタは屋敷の番犬に襲われてしまう。だが、番犬が懐いてしまい、それを発見したコンホヴォル王とクランが「これではセタンタもクランの猛犬だな」と大笑いした。これをきっかけにセタンタはクー・フーリンと呼ばれるようになる。

 

青年時代

 

 ある日のこと、ドルイドのカスバトが「今日騎士になる者は長く伝えられる英雄となるが、生涯は短いものとなるであろう」という予言をする。それ聞いたクー・フーリンはコンホヴォル王の元へと向かい、その日の内に騎士としてくれるよう頼み込んだ。

 戦いを苦手としていたクー・フーリンだったが、己の中の英雄の素質に気が付いていたため、その運命にあるとして騎士を目指すようになったのだった。

 

 クー・フーリンは、フォルガルの娘エメルに求婚するが断られ、婚姻する条件として提示された"誰より強き戦士となる"という旨を達成するべく、アルスターから出て影の国に向かい、女武芸者スカサハの下で修行を行う。ここで出会った、コノートのフェルディアとは親友となる。

 

 修行中、クー・フーリンはスカサハの妹アイフェに魔術を教わるが、弟子を取られたとしてスカサハは激怒し、スカサハとアイフェとの間で戦争が起きた。それによって影の国は戦火に包まれる。これを良しとしなかったクー・フーリンは二人の仲裁に入り、その方法として武を示した。スカサハとアイフェに勝利したクー・フーリンは、「姉妹で喧嘩することはないように」として諌めた。

 

 スカサハから与えられた最後の試練として、紅海に棲む怪物クリードとコインヘンの討伐を言い渡されたクー・フーリンは、すぐに行動に移した。アルスターに立ち寄った際にはコンホヴォル王の温情から武具と戦車、御者のレーグを与えられ、無事に怪物の討伐に成功する。

 その際、怪物に襲われていたコノートの女王メイヴを助け出し、彼女に自分のものになるよう迫られたが、これを拒否した。

 

 魔槍ゲイ・ボルクを手に入れたクー・フーリンは、影の国で数日過ごした後、コンホヴォル王の頼みからアルスターに向かい、獣狩りを行う。そこでアルスターとコノートの戦争に巻き込まれ、多くの友をコノートに殺されたことで獣のように怒り狂い、コノートの軍勢をたった一人で壊滅させた。これまで人の命を奪ったことがなかったクー・フーリンは、このことで大きな精神的ショックを受けてしまい、「人を殺めない」というゲッシュを結んだ。

 クー・フーリンはここで女神モリガンと遭遇し、彼女はクー・フーリンに寵愛を与えようとするが、彼はこれを拒絶する。

 

 クー・フーリンの活躍に恐れをなしたコノートは、彼との一騎打ちを申し出、彼はこれを「相手を殺めない」という条件付きで快諾する。そこでクー・フーリンは親友フェルディアと敵として再会を果たし、早朝から日が沈むまで打ち合った。

 そこに拒絶されたことに腹を立てた女神モリガンが現れ、クー・フーリンを殺そうとする。手段として彼のゲッシュを逆手に取り、アルスターとコノートの老若男女関わらずを操り、彼に差し向ける。死を覚悟したクー・フーリンだったが、駆け付けた女王メイヴに救われ、フェルディアらと共に影の国へと逃げ込む。

 

 クー・フーリンは女神モリガンを影の国に誘き寄せると、スカサハやアイフェらの協力を得ることで女神モリガンに対抗する。激戦の末にクー・フーリンは女神モリガンと相打ちとなる。

 

 ────────────────

 

「……概要だけなんだけど、読んでみると結構面白いんだな」

 

 ノートパソコンで見ていた某サイトのスクロールを止め、少年は呟いた。

 

 彼が読んでいたのは、アイルランドに伝わるケルト神話に登場する、クー・フーリンという英雄について書かれた記事だった。

 何故読んでいたのかというと、それは学校の課題で出された"歴史及び神話についてのレポート"を作成するためだ。

 歴史や神話には疎かった少年だが、初めに目に付いたケルト神話は読めば読むほどに引き込まれていき、気が付けば楽しんでいた。

 

 神話によれば、彼の英雄は万民のために奔走し、そして死した。正しく英雄そのものであったという。

 

 どこまでが本当なのか分からない。そもそも全てが作り話なのかもしれない。言い伝えが多くの人を介することで湾曲し、脚色されていくのは自然なことだ。

 だが、クー・フーリンは信念を曲げることのなかった、紛れもない英雄だということは、全ての記事で一貫していた。

 

 更に調べてみれば、現在においても神話の伝わるアイルランドでは彼の銅像が立てられ、「殺身成仁」や「先難後獲」などの象徴なのだそう。

 

 神話に描かれる過去の人物が、現在に至っても尚、人々から愛されている。それは凄いことだと少年の心に染み入る。

 故に、幼き彼の心象にクー・フーリンという英雄が形作られ、自分も誰かのために奔走できる人間になりたいと思うのは、必然であった。

 

「────っと、そろそろ手を付けなきゃ間に合わない」

 

 レポートを作成するべく、ケルト神話に関するネットサーフィンを中断した少年────藤丸立香は、すぐさまWordを立ち上げ、タイピングに勤しむのだった。

 

 

 

 ◆




◆補足
Q.エメルやばい、やばくない?
A.やべぇよ、やべぇよ。ものすごい朝飯食ったから…(意味不明)。

Q.藤丸くんが読んでたw〇kiの内容が違くない?
A.そうだゾ。基本的に時間は事実を歪めるから仕方ないね。

Q.というか何で藤丸くん出したん?
A.次に繋げたいという思いからの出演です。そんでもってカルデア入前の藤丸くん(中高生ぐらい)がクー・フーリンを知ってることで、色々と話に組み込めるネタができるなーっとか思ってたり…(制作秘話)。

◆主要人物のその後
▶スカサハ
クー・フーリンが死んだことによって、再び人心が薄まり、彼が隣にいないのならと死を求めるようになった。しかし死ねないので、抱える闇(病み)は肥大化していき、その後、第五特異点にて召喚される。ハイライトは死んだ。

▶アイフェ
クー・フーリンの死は、己が力不足であったからという自責の念に駆られる。死した彼を呼び戻す術を編み出すべく、領地に引き篭って魔術に没頭した。その後、彼女の姿を見た者はいないという。ハイライトは死んだ。

▶メイヴ
病は気から、という言葉があるように、クー・フーリンの死によって精神を病んでしまう。男遊びもなくなり、宿すカリスマも也を潜めてしまった。その後、若くして病によって亡くなる。第五特異点で好き放題やらかす。ハイライトは微弱なれど存命のキャラ()。

▶エメル
クー・フーリンの死を受け入れることができず、以前のように強くなれさえすれば自分の元に戻ってきてくれると思い込む。それを原動力として、エメルは鍛錬に勤しみ、影の国を抜きにすればケルト最強と呼んでも差し支えない女傑へと成った。が、何時になってもクー・フーリンが現れないことで彼の死を理解してしまい、耐えきれなくなって自決した。ハイライトは元から無い。

▶フェルディア
クー・フーリンの死によって燃え尽きる。それでも鍛錬は継続し、コノートで戦士として一生涯を過ごした。そのおかげで人力千里眼を獲得するに至る。本来の神話とは異なり、老衰によって亡くなる。

▶レーグ
生涯の恩師にあたるクー・フーリンが死に、御者の王の道を半ばで諦めてしまった。だが、それでも御者としての知識と技術は重宝され、アルスターでの仕事に従事する内に御者の王の通り名を冠することに。仕事の傍らでクー・フーリンの英雄譚の語り部として彼の活躍を広め、そしてそれがアルスターサイクルの神話の原型となっていった。これもまた本来の神話とは異なり、老衰により亡くなる。

▶フェルグス
操られていたとはいえ、クー・フーリンの死に自身が関与してしまったことを悔やむ。若くして死んでしまった甥の分まで戦士として生きることを供養とし、更に自身の武を後世に継承していくことで、ケルトの繁栄を願った。その最期は、湖に棲む怪物との激戦の末に落命となった。


↓ここから雑談↓


お久しぶりです、texiattoです。冒頭にも書いたのですが、様々な場所へと出張していたがために、投稿が遅れてしまいました。本当に申し訳ナス!
ということで、今回で無事ケルト・アルスターサイクルのストーリーが完結になります。NKT。デレデデェェェン!IGAAAAA―!しまむらゾーン。ドゥゥゥゥゥン!さて、完走した感想ですが(激寒)……当初から書きたいと思っていたものは書けたと思います。まさか去年の五月から投稿を始めて、ここまで継続することが叶うとは思ってもみませんでした。それが出来たのは皆様のご支援のおかげです。本当にありがとうございました。
さて、次回からはFate/GO編ことイ・プルーリバス・ウナムのストーリーになります。が、構想はぼんやりとしたものしかありませんので、まだ文字に落とすのは難しいです。……ので、ストーリーの構想を詰める作業をするために投稿期間が空くと思われます。エタる予定はないので、気長に待っていただければ幸いです。ではでは!































(今回の後書きに淫夢ネタは)ないです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。