転生クー・フーリンは本家クー・フーリンになりたかっただけなのに。   作:texiatto

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 師匠、ご乱心。
 
 >いいぞ、もっとやれ!




魔境、深淵の叡智:スカサハ視点 (下)

 ◆

 

 

 

 クー・フーリンを弟子に勧誘して早数ヶ月、それのみで彼奴は我が弟子達の中で高みへと到達してみせおった。

 その背を追うフェルディアとは良き好敵手として切磋琢磨しているようで、微笑ましくもあり────羨ましくもある。

 

 件の抜き打ちではクー・フーリンめが最前に立ち、勇士たる武を持って己が力量を示した。その節に垣間見せたそれは、もはや弟子入りの打ち合いのそれとは比較のしようもなく研磨され、幼き獣が死獣へと変貌したように感じられるほど。

 だが、決して不思議なことではない。容易ではない艱難辛苦をこやつは弟子の誰よりも経験し、見聞し、我がものとし、そして満足せんかった。故、この結果は自明の理である。

 

 ────良い、善いぞ、実に好い。

 

 この時点で、既にケルトの歴史の礎として積み重なった我が弟子達の中で、一際抜きん出た逸材だろう。数年以内に英雄として歴史に存在を刻むことが想像に容易い。

 

 しかし、まだ、まだだ。まだ私を殺すには足りない。数年で英雄という程度では。

 もしも、こやつに身体の衰えがないとしたら、修練の末に正しく私を殺す戦士となるだろう。だが結局、クー・フーリンとて人の身だ。老いは心身を鈍らせ、死という終着は必定の理。

 

 ────だからこそ、惜しい。

 

 だからこそ、こやつの最期が知りたい。最高の素質を備えし戦士の、その瞬間の輝きが如何なるものなのかを。

 

「我が愛弟子、クー・フーリンよ。お主、己の定め事、巡り合わせを知りたくはないか?」

 

 私が有する力の一端、神を殺め、人を超えた故に得た深淵。魔境の智慧によって他者の未来を予知することが可能だ。

 

「それを知って何になる」

 

「何だ、儂に未来を覗かれるのが不満か?」

 

「…………いや、そんなことはねえ。だから睨むのをやめろ」

 

「うむ、それでよい」

 

 師匠たる私がやってやる、と言っているのだ。素直に受け取らんか、全く。まあ、よい。

 

 さあ、何を視せてくれる? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────海獣共で拵えたと思しき、希有な軽鎧を身に付けたクー・フーリン。

 

 ────纏うは濃密な「死」の気配、概念への昇華。

 

 ────ゲッシュによる神からの祝福で■■■をするという矛盾。

 

 ──―■■■■の■■による高度な呪いに魂を蝕まれ、為す術なく消失する。

 

 ──―それを4人の女と大勢の勇士が看取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────」

 

 壮絶、壮絶、壮絶。

 

 ケルト最大の英雄となるであろう男、その最期は相応に過酷なものだった。

 幾人もの勇士を屠ってきた怪物相手に殺されるでなく、万夫不当の戦士との一騎打ちで敗れるでもない。

 己の誇りも矜恃もかなぐり捨てて、守るべき者達のために命を捧ぐ、か。その姿は正しく英雄だ。

 しかし、まさか私の弟子が私と同じく■■■をするとはな! いやはや────

 

 ────いや、いやッ! 着目すべき点はそこではないッ! アレは、アレは何だ、何なのだッ!? 

 

 濃密な「死」の気配、アレは死そのもの。不死にすら死という概念を付与せしめる不死殺し! 

 

 即ち、「死」を操る────

 

「────お主が、儂を────」

 

 ────殺せるのだな? 

 

 長き、永き生に終止符を打つに足る勇士、それこそがクー・フーリン、お主なのか。

 だがしかし、予知した光景は逃れられぬ運命。その瞬間にこやつが「死」へと成れはするが、それを私にもたらすことはない! 

 

 ────惜しい、惜しい、惜しいッ!! 

 

 私を殺せる素質があるというに、長きに渡る渇望を満たしてくれるというに、それを私に向けることなく没する、それがこやつの運命だとッ! 

 私の心────と呼ぶべきそれに、ふつふつと激情が湧く、沸く。これは何だったか。悔恨、悲愴、憤怒、喪失、か? そのどれもであって、しかし正確ではない。

 

 ────いや、これは、性か? 

 

 戦士を探し、強者を求め、勇士に惹かれるケルトの性。理性を狂わす戦闘民族のそれ。

 私を殺せる者を求める望みも、互いの全てを衝突させた死合の末に殺されたいという、その源泉は正しくケルトの性。

 私すら殺してみせる極地、それに至ったクー・フーリンならば、もはや幾億という戦士達が殺されにやってくる。極みたるこやつに挑み、介錯されること。そこに苦痛は介在せず、在るのは充足感と最大級の誉れ。

 

 ────私は、求めているのか、こやつを。

 

 死を失った私を昂らせ、楽しませ、心すら取り戻してみせるクー・フーリンめを。

 この胸の高鳴り、これは私のケルト故の性からくるものか、「死」と成り得る渇望からくるものか、それとも────。

 

「おい、師匠。顔が赤いが、未来とやらは見れたのか?」

 

「っ、何でもない」

 

 あぁ、いかん、いかん。己の胸中すら測り兼ねるとは。思わず顔を逸らしてしまったわ。

 すると、私の反応に思うところがあったのか、クー・フーリンは、何かに突き動かされたように口元を歪める。

 

「…………可愛い顔もできんじゃねえか」

 

「なっ!」

 

「普段は固い顔しかしてねえんだ。たまには女らしい顔も悪くはねえな」

 

「ほ、ほほう。年端もいかぬ童でありながら、儂を口説くか。調子に乗るでな────」

 

「口説いてるつもりはねえさ。思ったことを口にしたまでだ」

 

「────〜〜〜〜〜〜ッ!」

 

 ま、まるで生娘ではないか! ええい、生意気な! そのような顔を向けるでないッ! 

 私がこやつを求めるのは、ケルトの性、我が渇望故だ! 他の何ものでもない! あぁ、そうに決まっているとも! 

 

 弟子の身でありながら、師匠たる私を弄ぶとは! これは仕置きが必要かッ! 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「そら、噛み付いて来い!」

 

「ッ!」

 

 今日も今日とてクー・フーリンとの打ち合いに興じる。

 こやつに不足しているのは技と経験だ。実戦形式の修行に勤しませることで場数を踏ませ、反射と思考の融合を果たす。これがこやつの到達すべき最低限といえよう。

 

 

 

 

 私の視界に収まっている状態での神速の如き踏み込み、速度のままに撃ち出す刺突はあの必殺の槍と遜色ない。

 が、私はそれへと向かい、穿たれる直前で身体の軸をずらして紙一重で躱してみせる。そして魔槍で穿つ。

 

 少し前のこやつならば、これのみで動じてしまい討たれていたが、しかし、今ではそのような失態を犯すはずもなく。

 

 クー・フーリンは突き出した槍をぐるりと回転させ、石突で私の一突きを弾くと、勢いを乗せ蹴り殺さんばかりの脚を振るう。

 私はそれに魔槍を宛てがい防ぐが、勢いを殺せずに身体が吹き飛ばされる────それを狙ったが如く、投擲の構えをとるクー・フーリン。

 

(随分と熟れてきたではないか────ッ!)

 

 そうさせまいとした私は空中で体勢を整えつつ、複数本の魔槍を出現させ、それらをクー・フーリン目掛けて撃つ、撃つ、撃つ! 

 

「ッ!」

 

 射出される一条の紅き線のそれぞれがクー・フーリンに狙いを定め、頭部や心臓、手脚の節といった急所へと吸い込まれていくが、クー・フーリンは即座に投擲の構えを解き、迫る魔槍を次々と撃墜する。

 そうして私が着地した頃には、彼奴の周囲に数本の魔槍が地面に突き刺さり、あるいは散乱していた。

 

「やるようになったではないか」

 

「そうかい。だが、主導権は師匠に握られたまんまだ」

 

「フッ、そう簡単にはやらんさ。欲しくば奪い取れ」

 

 我ながら安い挑発、だがそれが再び打ち合いの合図となり、クー・フーリンが突貫する。

 速い、凄まじく速い。敏捷性を活かした、練度の高いそれ。しかし今回は毛色が違った。

 刹那に等しき直線移動、その間に左手で何かを描くように空中をなぞる。

 

(────ルーン魔術か!)

 

 瞬間、私の足元から炎が盛る。ソウェル────対象を炎で包む、攻撃に分類されるルーンだ。

 しかし私にとっては、このような炎など児戯にも劣る。だが、これの行使理由は私を負傷させるための攻撃でなく、視覚情報の妨害と次に繋げる一打だ。

 魔槍で炎を斬り払った途端、彼奴の姿は消え、頭上から見舞うは炎の弾丸────アンサズ。知覚と同時に斬り払うが、すぐさま次弾、背後。

 

 と、くれば、次に彼奴が狙うとすれば────

 

「────ここよなッ!」

 

「ッ!!?」

 

 背後からの攻撃をいなした直後の背、という死角からの一撃。こやつめ、三発目のルーンの後に、駆け出した地点へとルーンで戻りおったな。

 面白いが味気ない。現実誤認のルーンも使っていたようだが、あれは原初であってようやく効果が引き出せるもの。クー・フーリンのルーン程度ではあまりに効果が薄過ぎたな。

 

「弾かれたぞ? さて、どうするッ!」

 

「言ってろッ!」

 

 吠えたクー・フーリンは瞬時に私の眼前に飛び込み、連撃。それをいなしてやると、こやつは槍を深く構え、残像が見える速度で薙ぎを放つ。

 しかしそれは、胴体よりも低位置をなぞる軌道であり、故にこやつの思惑通りに跳躍して躱してみせる。

 

 ────さて、どうくるか? 

 

 クー・フーリンは、飛んだ私を更に下から突き上げる。上へ、上へと。こやつの狙いは何なのか、空に私を押し上げてどうすると────不意に、何かに頭上を抑えられた。

 

「なっ」

 

 何もないはずの空間に、確かに存在する壁、否、天井。こやつめ、空中にルーン文字を固定しおったな! 

 これは…………いやしかし、出来なくはないが、何故知っている? 

 

「食らえ!」

 

「ッ」

 

 轟ッ! と空を斬り裂く必殺の線。

 

 限界高度を予め設けておいたからこそ、私がこれに驚くのを知っていたからこそ、彼奴はこの位置に槍を投擲したのだ。

 轟速、神速の投擲はクー・フーリン自身の身体を壊しかねない全力のそれ。しかし、ルーンで再生するのだから、伴うのは数瞬の苦痛のみ。だとしても、躊躇いもなくやってのけるか────ッ! 

 

 正しく必殺の一条、魔槍にも到達しかねないそれを向けられては、生半可では防げんなッ! 

 

「フッ!」

 

 私は握る魔槍に魔力を込め、朱殷の如き赤を纏わす。そして、全身の力を魔槍に委ねるように、投擲でもって対抗してやる。

 

 空中で衝突した二筋の槍。それは私とクー・フーリンの力量を誇示するかのように、身を震わす絶大な空気の振動を伴った。

 ぶつかり合う穂先同士が火花を散らし、大気が耳を劈く悲鳴を上げる。

 

(よもやここまでとは────ッ!)

 

 いくら魔槍による必殺のそれではないにしても、私の投擲に打ち破らんと迫る勢いとは! こやつめ、どこまで私を昂らせ、滾らせれば気が済むのだ? 

 

 だが、やはり弾けるのはクー・フーリンの槍だった。拮抗していたのは僅かな間のみで、彼奴の投擲は私のそれに敗れる。

 魔槍の疾走は貸し与えた槍の穂先から石突までを貫通し、勢いが衰えることなくクー・フーリンに迫る。

 

 が、これすらも想定内だったのか。クー・フーリンは己の死と成り得る一筋を前に、異常とも形容できる反射速度で身体を回転させながら跳躍し、空中で魔槍を掴み取り、私に向かって投げ返してくるではないか! 

 だが生憎、それは私の槍だ。私を穿とうと迫った魔槍だったが、突然に軌道を変え、私の手に収まる。

 

「チッ、これでも届かねえのか」

 

 否、短期間でこの成長。こやつめ、自身の力を自覚しておらんな。最早、影の国に跋扈する死霊や神霊の類を屠るに足る力を有しているというに。

 

 ────あぁ、是非とも儂に死をもたらして欲しいものだな。しかし、まずは、

 

「…………クー・フーリンよ、これは何のつもりだ?」

 

「何のつもり、つうのは?」

 

「儂はまだ、お主にこのようなルーンは教えとらんぞ。しかもこれは『門』を応用したもの。これをどこで覚えたのだ?」

 

 そう、あれは私の死溢るる魔境の門の応用。空中にルーン文字を固定するという、要するに真似だ。故に、彼奴個人の鍛錬で使えるようになる類の技ではないはずなのだ。

 であれば、何故使える? 誰に教わった? まさか────

 

「…………師匠の妹からだ。名をアイフェといったか」

 

「────ほう、アイフェとな。ふふ、そうか、そうか」

 

 やはりか。やはりアイフェか。

 

 アイフェ────血を分けし我が妹にして、影の国における私に並ぶ強者。

 奴め、私がクー・フーリンに目を付けたのをどこかで知ったのだろう、こやつに智慧(つば)授け(つけ)おったか。気に入らん、実に気に入らんな。

 

「それについてはよいとしよう…………よくはないがな。して、クー・フーリンよ。お主、殺しをしたことが未だにないな?」

 

「…………あぁ、そうだ」

 

 奇妙なものよ。こやつは素質があるからといって驕ることはなく、他者を圧倒する力を得ても無為な暴力は振るわない。その点は実にクー・フーリンらしいと賞賛を贈るが、反面、中身が歪な程に未完成だ。

 戦士としての術を学び、英雄としての素質を備えているというに、殺しには忌避感があり、心の底に根付いたソレがケルトの性に揺らぎを与えている。

 

「何故だとは言うまい。だがな、お主の意思で殺すならば、明確に相手を殺すという意思を持て。そうでなければ、その瞬間ですら躊躇いを見せるだろう。武術を振るうならば心掛けよ」

 

「………………」

 

「お主の槍には殺気が乗っておらん。結局のところ、槍術に限らず、あらゆる武術は人を殺める技だ。それを改めて考えるのだな」

 

「…………あぁ、わかった」

 

「うむ、ではまた後日だ。今は疲労をとれ」

 

 クー・フーリンは僅かに重い足取りで場を後にする。

 私が視たあの光景、あれ程までの力を発揮するのは、まだ遠い。だがその片鱗は見せつつある、か。

 ふふっ、なかなか、どうして。ここまで育てがいがあると、忘れていた笑みも零れてまうわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、アイフェを探すとしよう。

 

 私の愛弟子、クー・フーリンに勝手に技を授けおったのだ。奴には相応の礼をしなければな。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 亡霊が渦巻き、死が溢るる魔境、影の国。そんな場所において私と唯一肩を並べ、度々熾烈な領地争いを繰り広げてきた相手、それこそがアイフェである。

 奴がクー・フーリンと出会っており、あまつさえ私が気が付けなかったということは、クー・フーリンめの休息時を狙って認識阻害のルーンを行使し、接触しておったな。

 となれば必然、アイフェは確実に私の領地内に居るはずだ。

 

「────やはりな」

 

「おや、これは珍しい来客だな、姉上?」

 

「アイフェよ、貴様、何故儂が貴様のところまで足を運んだか、分かっておるだろう?」

 

「さて、私には何とも。如何せん心当たりが多過ぎてな」

 

 あざとく口元に指を添えて、ふふっ、と微笑を浮かべるアイフェ。

 打ち合う前の無意味な会話というのも味があって嫌いではないが、今回に限ってはそれすら鬱陶しい。

 

「惚けるのも大概にせよ、儂は────」

 

「クー・フーリンだろう。分かっているとも。姉上が拾い、夢中になる程の逸材にして、女の部分でも求めている男にちょっかいを出されたのが我慢ならんのだろう?」

 

「────なッ、何を戯けたことを。儂が彼奴を求めているのはケルトの性故だ。他意はない」

 

 そうだ、そのはずだ。私は私を殺せる程の戦士を求め、しかし居るはずもないと諦めたからこそ、純粋に強き者との戦いを求めているに過ぎん。

 そう言ってやったというに、アイフェは心底微笑ましいものを見るような顔でこちらを眺める。

 

「惚けているのはどちらか。…………ふむう、朽ち果てた内面を取り戻したと思っていたが、それはむしろ『芽生え』だったのだな」

 

 芽生え、とな。私は人心を取り戻したのでなく、新たに得たというのか? 言われれば納得はする。生娘のように心踊らせ、乙女のように恥じらうそれは正しく、初めての経験に気が浮遊するそれと一致するだろう。

 

「…………そうさな。そうやもしれんな。だが今はそれはいい、貴様のやったことは許さん。我が愛弟子に勝手に手を付けるなぞ、我慢ならんからな。多方、自身の配下にでも加えようとしたのだろうが、それは叶わんと知れ」

 

「いや、最初はそうであったが、今は違くてな。私はただ、あの男を好いているだけだ」

 

「…………………………………………ほう?」

 

 頭部に拳を振るわれたような衝撃を受けた。好いている、好いているだとッ? あのアイフェがか? 

 

「そんなに驚かなくともよかろうて。あの男は私を『アイフェ』ではなく、ただのアイフェとして見てくれる。それだけで欲する価値がある」

 

 アイフェも私と並ぶ影の国の強者。だからこそアイフェに近付く者は多い。強者と聞いて挑みに来る戦士、優れた容姿に惚れて我がものとせん凡夫、弟子にしてくれと頼み込む勇士、配下に加えようと接触を試みる輩、と枚挙に遑がない。

 だからこそ、そこから選りすぐりの六人の勇士を配下としている。私をものにしたくばこやつらめを倒してみよ、と。こやつらに劣る者はいらん、と。

 

 しかしその中に、自身に一切の色眼鏡を使わず、言い寄っても来ず、むしろ強者を求めてしまう性を滾らせてくる男がいるとすれば。

 そしてその男が、自身が競い合う私の愛弟子であるとすれば。

 

「私はあの男────クー・フーリンが欲しい。だからな、姉上よ。私はお前に戦いを挑もう。此度は領地ではなく、一人の男の身を賭けての戦争だ」

 

 奪う、必ず奪ってみせる。そう考える。

 

「…………男一人のために私に宣戦布告とは、そこまで本気なのだな」

 

「くどいぞ姉上。私を十全に理解しているのは天上天下、世界の内外にお前だけだろう? その逆も然りだがな」

 

 私は魔槍を顕現させて構える。対するアイフェは右手に槍、左手に杖を持ち、あどけなさの残る顔に戦意と我欲の炎を灯らす。

 

「フッ、そうか。ならば儂も負ける訳にはいかんらしい」

 

 戦うのだから元より敗北する気は微塵もないとして、彼奴を賭けろというのだから、尚更負けられない。

 

 私はどうしても『女』のようだ。それをアイフェに自覚させられるとはな。

 

 自覚と共に際限なく溢れ出る独占欲。クー・フーリンを他の誰かに渡したくない、取られたくない。

 

 自覚したのなら止まることは許されない。

 

 ────嗚呼、取らせてなるものかッ! 

 

 

 

 

 

 両者共に殺意を放ち、纏い、精錬する。そうして交錯する視線。と、同時にアイフェが原初のルーンで数十の巨大な氷の杭を出現させ、射出する。

 すかさず私も空中に同数の魔槍を顕現させて氷の杭に撃ち出せば、衝突し合ったそれらが破砕音を伴って爆散する。

 だが、そうして割れた氷塊は白煙となって視界を塞ぎ────不意に一条の槍が私を穿たんと突き出す。

 私はそれを弾き、空いた片手に別の魔槍を顕現させて白煙ごと薙ぐ。と、氷を叩き割る感覚が伝い、同時に白銀の大剣が頭上に迫っていた。

 

「震え、凍てつけ!」

 

 氷の魔術を主とするアイフェの原初のルーン、それを杖に纏わせることで重く鋭い氷剣を生成し、軽々と振るう。

 アレを武具で受け止めようものならば、途端に凍りつき始め、多少なりとも害が出る。

 

 だが、

 

(あぁ、視えていたともッ!)

 

 理解かっていたからこそ避けるのも容易い。大剣の斬撃を紙一重で避ければ、次は私が攻める。

 先の一振によって奴の位置を把握し、身を捻って魔槍で一突き、しかしアイフェの槍で弾かれる。が、片手に槍という構え故に、反対側はルーンという手間が必要となる。その刹那を狙う。しかし、

 

「────何もしていない訳がなかろう?」

 

 突如として白煙の下から突き刺すような氷塊、氷塊、氷塊。

 私は凍りつくのを回避すべく、跳躍の後に数十の魔槍を射出し、大地を覆う氷を砕いて足場を確保する。

 

「ふむ、やはり貴様とではこうなるか」

 

「当然の結果よな。姉上も私も、智慧で先を視ているのだから」

 

「だが、此度も勝たせてもらおう。愛弟子を唆す輩は早々に潰しておかねば、何をするやもしれんしな」

 

「戯けたことを。私は純粋に彼奴に好意を抱いているだけだ。だというのに、人の、しかも妹の恋路を邪魔するとな。全く大人気ないものよ」

 

 何が純粋、恋路か。彼奴は私の愛弟子である時点で所有権は私にある。それを奪い取らんと挑んで来た盗人の分際で、臆面なく何を言うか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 正しく必殺の応酬、槍術とルーン魔術が激しく入り乱れる幽世。何人もの介入の一切を許さぬ頂上の戦。

 もはや時を忘れ、勝たねばならん戦いを続ける。幾度も槍を交え、打ち合いの回数は計り知れない。

 

 その最中に頭中に浮かぶはアイフェがクー・フーリンと内密に出会っていたであろう光景、その予想。クー・フーリンがアイフェと睦まじく笑い合っているのを頭に描くだけで、胸が張り裂けそうになる。他の女でも例外はなく。

 

 私はこれを知っている、嫉妬だ。

 

 ────あぁ、彼奴め。私をこのように不愉快にさせるとはな。

 

 いっそのこと、クー・フーリンめを生涯影の国に閉じ込め、亡霊や神を狩らせて人の領域を外させ、死ねない者同士で過ごすというのも悪くはないな。

 

 

「────何をしているんだアンタらは!」

 

 

 妙に響く声、と同時に私もアイフェも動きを止めて声の主へと視線を束ねる。クー・フーリンではないか。

 何故私達が争っているのかが心底理解出来んと言わんばかりに、焦燥に駆られている様子。

 

「何、と言われてもな。儂とアイフェとの戦争といったところか」

 

 戦争と言ったせいか、こやつの頬がやや引き攣る。

 

「師匠と師範は姉妹なんだろ。事情は知らんが、喧嘩はよくねえ」

 

「ハハッ、ケルトの男にしては異様よな! だが、ふふ、実にクー・フーリンらしい」

 

 ────愛い、実に愛いな。

 

 私は自身の胸の内を自覚したせいか、クー・フーリンめを見れば愛おしく感じられて仕方がない。

 あぁ、これは危険だ。この感情は判断を狂わせる。腕を鈍らせる。しかし、永遠に揺蕩っていたいと感じさせる。

 

「おや、クー・フーリンでないか。ふふ、今は下がっているがよい。後で迎えに行ってやるからな」

 

 そこへ、槍を担ぎ杖をこちらに向け、隙を伺わせぬ女狐が寄ってくる。アイフェだ。その後に奴はクー・フーリンに向けて流し目を送る。

 

「ほう、既に勝者気取りか。妄想は大概にしておけよ。さすれば現実との落差は低いだろう?」

 

「お互い様だ、全くもってな」

 

 それにしても、と続けるアイフェ。その顔には嘲りが多分に含まれる。

 

「自分を殺せる者を求めていたはずのお前が、男一人に現を抜かし、浮かれ、嫉妬に狂うとは。実に哀れなものよ、目も当てられんわ」

 

「──────ほう」

 

「しかも、意中の相手には女として見られておらず、別の女と談笑している始末。よもや逢引の『あ』の字すらなくしてしまったのか? 年増の割に乙女らしいな」

 

 …………これは、憤怒、憤怒だ。以前ならば何の揺らぎもなかったろうに。彼奴が絡むとどうにも情緒的になって仕方ない。

 

「おい、そこらへの被害を考えろ。アンタらそれでも年は────」

 

「こら、喧しいぞ」

 

「────ガッ!?」

 

 思わずクー・フーリンめを殴り飛ばしてしもうたわ。あぁ、心配はないぞ、目を覚ませば全てが片付いておる。

 

「さて、続けようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数刻、未だ私とアイフェとの奪い合いは決着が着いていなかった。

 

「ぐっ、さっさと倒れんか…………!」

 

「姉上も、そろそろ、休めッ」

 

 互いに満身創痍、しかしクー・フーリンを賭けての戦争。どちらかが勝つまで止まらない、止められないッ! 

 そうだ、クー・フーリンはアイフェなぞに渡さん、渡してなるものか! 私を昂らせる者など他におらんのだッ! 

 

 

「…………痛ぇじゃねえか」

 

 

 荒地と化した大地に、瞬時に静寂をもたらすは争いの原因たるクー・フーリン。その身は何故か生傷だらけであり、細められた眼は怒気と覚悟を湛えていた。

 

「我が愛弟子よ、邪魔するでない! 儂はこやつを────」

 

「今は下がっておれ、我が門下生。もうすぐに決着が────」

 

 当然にもどちらも譲らぬ争い。既に足取りは定かではなく、己が武器を握る力すら入りづらい。

 

 

 

「いい加減に、しろッ」

 

 

 

「「っ!?」」

 

 直後、私とアイフェはクー・フーリンめに、頭蓋が割れると錯覚してしまう程の拳を落とされる。

 

「────っな、何をするか!?」

 

「〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

 

「訳あっての喧嘩なんだろうがな、ここまでにしとけ」

 

「それは、それだけは出来んッ! こやつはここで潰さねばならんのだ!」

 

「クー・フーリンよ、これは私達の戦争だ。故にここで止めたとて、火種は燻ったままだろう」

 

 これはクー・フーリンを賭けた女の争いだ。これに敗北するということは、即ち、こやつと居られなくなるということだ。…………想像するだけで、胸に大穴を空けられたような陰鬱な気分になる。

 と、そんな私らの反応に、クー・フーリンは呆れと諦めが混同する顔を向け、

 

「…………そうかい、止めるつもりはねえってこったな。なら気が済むまでやってろ。俺はそれまで影の国から避難してるからよ」

 

 な、何を! お主がここから出て行けば、何処とも知れぬ女子共に群がられるに決まっておるわ! それはだけはならん、私が守ってやらねばならんのだッ! 

 

「そ、それは反則というものだろう!」

 

 青天の霹靂だったのだろう、同様にアイフェにも焦りが浮かんでいるのが伺える。

 

「なら、この勝負は俺が預かる。だからここで手打ちにしろ」

 

 私とアイフェとでは実力が均衡しており、争う時は何時も片方が面倒になって終いとなる。だが、此度はそれが叶わぬ。だからこそ、どちらかが倒れるまでやる必要があったのだ。

 しかし、ここでの勝者をクー・フーリンにすることで、私達は敗者、つまりは捕虜として所有権がこやつに行く。

 そうすれば、私はクー・フーリンの女として傍に居られるのではないか? 主人を守るためだとして毒牙を払いのけられるのではないか? 

 

 ────良い、良い、良い! 

 

「なあ、姉上」

 

「…………やはり姉妹、か」

 

 見ればアイフェも同じ結論に至ったようで、その顔には戦意が感じられなかった。

 

「…………あい、わかった。であれば、此度は儂らの負け、クー・フーリンの勝ちということで済ますとしようか」

 

「…………待て、何故俺が勝ちなんだ?」

 

「となれば、影の国の実力者たる私達に敗北の烙印を押したお前には、影の国の支配権があることになるな?」

 

「…………は?」

 

「そして、儂らはお主に負けたのだから、捕虜として所有権をくれてやる」

 

「え」

 

「何、心配は要らん。私達姉妹を好きにして良い、という同意を得たことになるだけさ。ふふっ」

 

「なっ」

 

 クー・フーリンめが付け入る隙を与えぬ、私とアイフェの口撃、否、決定事項の通達である。

 姉妹だからこそ互いを理解し合っており、そのせいで決着が着かないということは、裏を返せば共同戦線ならば阿吽の呼吸で追い詰められるということ。皮肉だな、全く。

 

「何、ぶっ飛んだこと言ってやがる? 第一に支配権なんてモンは欲しかねぇし、第二に捕虜なんていらねぇよ…………」

 

 しかし、クー・フーリンはそれに理解が追いつかないのか、渋い顔をする。

 ほう、私がいらんと申すか。これは傲慢な愛弟子だなッ! 

 

 

 

 結局、クー・フーリンめは私に支配権を譲渡し、アイフェには大人しくするよう謹慎を申し付けるに終わった。

 これでは何も変わらんではないか! むぅ、解せぬ、解せぬぞ…………。

 

 その後、クー・フーリンは私とアイフェに「争いの原因は何だ?」と問うてくるが、言える訳がなかろう。お主を取り合った女としての争いなどと。

 

 

 

 ◆




◆補足◆

Q.クー・フーリン(偽)は2人を止めるために死にかけてたんやないん?
A.余波で死にかけてます。なお、当人らはそれに気がついていない模様。何か、踏んでしまったか?()

Q.クー・フーリン(偽)の前世は俺らみたいなやつとか言ってたけど、こんな根性あるやつが俺らなわけないだろ!いい加減にしろ!
A.耐久全振りならワンチャン←

◆登場人物の変更点まとめ◆
・クー・フーリン
→何もかも違うやつ。何なら全てを狂わしたのはコイツなので諸悪の根源。この世全ての悪。

・エメル
→上のやつに狂わされたやべーやつ。執着型と独占型を足したヤンデレで、後々にもっとやべーやつになる予定(え)

・スカサハ
→原作では人の心すら無くして魔性のそれと同質になったものの、ここでは『新しく心を得た』。そのきっかけとなったクー・フーリンに対して独占型と周囲殲滅型のヤンデレを患うことに。

・アイフェ
→コチラは資料が無さ過ぎたんで、脳内補完で済ませてきたキャラを宛てがい、結果として割と純粋な乙女になっている。しかし自分がクー・フーリンに授けたルーンを『愛の結晶』と感じていたり、自分色に染め上げることを画策していたりする。潜在的なやべーやつ。

・フェルディア
→もしかしたらコイツが死なない世界線かも。

・フェルグス
→剣術の指南をしてくれた恩人というポジション。後々にまた出るかも。


↓ここから雑談↓


 お久しぶりです。まさかの後半が1万字超えで非常に時間がかかりました(白目)ですが、リアルが忙しいとこんなもんですね。更新頻度はこれが常となりそうなので御容赦を。
 今回の話はスカサハがクー・フーリンにヤンデレる回ということを目指して書いていたのですが、あまりの戦闘描写の連続で、作者の語彙力が消失しかけるという事態に発展しました←
 なので、後半に行くに連れて表現が陳腐になっていたり、似た表現の使い回しであったり、作者の疲れが見え隠れする字面になっていたりと色々とアレです(絶望)
 いやー、脊椎反射で書けるクー・フーリン(偽)視点ならばぱぱぱっとやって、終わり!って感じなんですけどね。ともかく、今回の話は作者にとっても課題が残るものとなったので、また頑張ります!










 日間ランキング1位に入った時はあまりの驚きで「ぷももえんぐえげぎぎおんもえちょっちょちゃっさっ!」ってなりました(やば)

 (UAや評価が)いっぱいいっぱい、裕次郎!(意味不明)

 次回はアイフェかフェルディアの視点を簡単に済ませようかと考えているので、しばらくお待ちを!

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