人間じゃないけど魔法学校に入学します!!   作:狛犬

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The philosopher's stone
変化する世界


「というわけで、やってきました人間界!」

 

誰に向けられてもいない言葉が周囲に響く。しかし、その声に周囲の人間はピクリとも、目線を向けさえしなかった。

彼女の容姿は人間から見て相当なものだ。けれどもその口から発せられる鈴を転がすように澄んだ音色さえ誰も気に留めやしない。

主婦達の長話。人ごみを縫うように走る子供のはしゃぎ声。それにぶつかって怒鳴る低い声。笑う人々。猫のじゃれつく声、歌い鳥のバラード。そう、何もかもが自然に行われていた。何も変わらない日常が、平凡がそこには存在していたのだ。

 

まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

なのに彼女もそれをさも当たり前のことの様に気にしなかった。第三者が見れば間違いなく不自然な状況だと思うだろう。だが今はそれに何かを申し立てる者も、疑問に思うものも存在していないのだ。

 

「さて、では家へと向かいましょう!」

彼女はどこか異国のメロディを口ずさみ、その長く真っ白な三つ編みを一本のしっぽの様に跳ねさせ軽快な足取りで進む。大通りを外れ、家々の先のそのまた先へ行く。喧噪から程遠く、静かともいえない音が満ちる場所。そこにある通りに彼女の家はあった。

 

さて、家へと向かっていた彼女だったが、どこか聞き覚えのない鳴き声を聞いた途端にその足取りを止めた。

音をたどるようにポストに視線を移す。そこには小さくて白い綿雪のようなフクロウが小首をかしげ佇んでいた。嘴に、どこかからの手紙をちょこんと咥えて。

彼女はそれを見ると、それに向かって優しく微笑んだ。

 

「ご苦労様です。あ、少し待っていてください。」

そう言って黄色みがかった封筒を受け取ると、ガサゴソと持っている袋の中を探り始めた。そして

 

「うーん、確かこの辺に、あ、あったあった。」

袋からネズミ肉を取り出してフクロウに与える。フクロウは肉をちょんちょんと少しずつ嘴で挟みながら食べ、ぴゅーふるると一声鳴いた。

少女は羊皮紙と羽ペンを取り出し、返しの手紙をつらつらと書いていく。

 

「‥‥‥よし、これをホグワーツに届けてください。」

「ピー!」

少女はフクロウの返答を聞き、「良い子。」と言って頭を優しくなでた。

フクロウは手紙を受け取ると空へ羽ばたいていった。行先は自分たちを送った主人たちの居る場所だ。

 

 

「魔法学校‥‥さてさて、彼等は一体どんな道を歩んでいくのでしょうか?」

誰も居なくなった家の前で、少女は紋章の入った紫色の蝋印で封をされた手紙を裏返し、フフッと笑った。

――――『サレー州 リトル・ウィンジング プリペット通り4番地 ベランダ付きの小部屋』

 

()()()()()()()()()()()()を記したエメラルド色のインクは、日の光を浴びてキラリと輝いた。

 

●○●

 

八月一日

 

少女はちっぽけな薄汚れたパブの前に立っていた。

そのパブはいささか日常とはかけ離れた場所だ。ただの通行人はこのパブに目もくれずに通り過ぎていく。このパブは、彼らの意識の外にあるのだ。…いや、正確には意識を“外させている”というのが正しい。

ここはそんな常識とは外れたある一種の人間が集まり、少女が今目的とする場所に行くためのいわば一般人たちの常識との境界。

 

――――『漏れ鍋』。

魔法使いの間では有名な場所だ。もちろんパブとして利用することもできるが、ここは魔法使いたちの世界へとつながる場所でもある。マグル生まれの者たちは大体ここを通ってダイアゴン横丁へと進む。

いつもは物静かな場所であるはずなのだが、今日は外へと声が聞こえてくるほど騒がしい。

 

(おっ、もしかして件の“生き残った男の子”かな?)

少女は少し心躍らせながらパブの扉を開いた。

パブの中はがやがやと騒がしく、その中心には眼鏡をかけた十一歳ほどの少年がいた。その隣には大男が。

パブにいる全員が彼に握手を求めていた。中には「覚えていてくださったぞ!」と叫ぶ男もいた。少年はまさしく、“皆の人気者”の様であった。

けれども、その周囲の反応とは対照的に少年は訳が分からないという風な顔をしている。

 

(――――面白い。)

なんと滑稽なのだろうと彼女は笑った。

 

「ポッポッターく「失礼、ダイアゴン横丁とやらはこちらで?」

ターバン巻いた白い顔の男が言葉をかけるのを見計らったように、それを遮って彼女は人々に歩みよって声をかける。

 

「おう嬢ちゃん。魔法界は初めてかえ?」

騒がしくなった場に突然介入した少女に何事かと人々の目線がいく中、にこにこと大男は彼女に話しかけた。「ええ。」と言葉を返し、彼女はその隣の少年に声をかける。

 

「貴方も?」

「え?」

「‥‥貴方も初めてですか?」

「え、あっ、うん。そうだよ。」

「それは良かった。」

フードでの下で彼女は笑顔を見せた。だが、目は隠れてみることが出来ない。

それを不思議に思いながらも、少年はほっと安堵した。自分だけじゃない。自分の様に始めてくる人もいるんだと。

彼女もまたその一人なんだと。

 

「ねえ、君もホグワーツに行くの?」

「ええ。おや?もしかして貴方も新入生なのですか?…ああ、自己紹介が遅れました。」

そう言って彼女はフードを脱ぎ、中に入っていた髪を後ろへと払いのける。

そして、向き直って見せたその容姿に誰もがはっと息をのんだ。

 

―――――シュッとして少し赤みがかった頬、陶器の様に白くきめ細かい肌。、滑らかな曲線を描いた薄紅色の唇、長いまつ毛とともに弧を描く海の色を流し込んだ碧玉(サファイア)の様に深く鮮やかなブルーの瞳。そして雪の淡く白い光を紡いだように真っ白な髪。その全てが、寸分の狂いもなしに存在していた。

精巧に造られた人形が人間のように動いている様だった。

 

「ご機嫌麗しゅう、皆様方。(わたくし)Selena(セレナ)Spencer(スペンサー)と申します。以後お見知りおきを。」

少女は優雅に一礼をした。

 

「驚いた!そのお人形さんみてぇな顔!お前さん、ヴィーラの親戚か何かか?」

「ヴィーラ?いえ、違いますが。」

少女は小首をかしげる。もっとも、マグルの世界から来たであろう彼女になぜその質問をしたのか。

 

「…して、ダイアゴン横丁はどちらに?」

「ああ、そうだったな。二人とも、ちょっとこっちに来てくれ。」

大男はそう言って二人を中庭へと連れていく。

 

◆◇◆

 

人々が元のざわざわとした雰囲気に戻る中、一人…いや、正確には()()()()が呟いていた。

 

『‥見たか、アイツの瞳を。』

「…どんな宝石にも勝るような、非常に美しい瞳でした。」

 

一人から二つの声が聞こえてくる。だが、先程の興奮でそれを聞いているものは誰一人居ない。

 

『あの瞳は…いや、あの者は他とは違う。あの碧玉色の瞳、白雪のごとき髪、白磁の様な肌。それが他とは違う輝きを持っていた。嗚呼、美しかった。』

「ご主人様?」

『あの者は穢れた血などではない。純血とも違う。あれは、そう、あれは…星の様な、空そのものの輝きだった。

そうだ、あの者を使えば…そうすれば完璧な‐‐‐‐が…。』

 

ブツブツと呟く一人。もう一人はそれに僅かながらの恐怖を覚えながらも、その主人に問う。

 

「…()()に加えて彼女もですか。」

『察しが良いな。時が満ちたとき、あの者を連れてくるのだ。瞳だけでも良い。それだけでも()()以上の力になるだろう。』

「…仰せのままに。」

 

その言葉を皮切りにもう一人の声は消える。闇は、世界はもう変わり始めていた。

 

◆◇◆

 

中庭にはレンガの壁が佇んでいた。

(内三つに魔力の反応あり。しかもこれは順番にやっていくタイプだね。一つ以外の魔力が低い。)

 

“ハリーポッター”という物語についてだが、実のところ彼女は序盤中の序盤、大男…ハグリッドが来る場面までしか見ていない。あと知っているとすればホグワーツが七年制という事くらい。言うなれば初見だ。

彼女は経験から魔法生物や薬草、魔法詠唱、薬学等々に対する知識は持ち合わせている。だがイギリス魔法界についてやこの世界の歴史については知らない。故に、ワクワクしているのだ。

既視感の感じる物語など面白くもなんともない。作業となったゲームなんてうんざりだ。だからこの世界を選んだ。

 

 

彼女は、ただただ楽しみたいだけなのだ。

 

「三つに上がって…横に二つ‥‥‥」

ぶつぶつと彼は呟いている。ごみ箱の上のレンガを数え、押すべき場所を調べているようだ。

 

「よしと。お前さんら下がってろよ。」

ハグリットはそう言うと、傘先で壁を三度叩いた。

すると叩いたレンガが小刻みに、しばらくすると大きく震え、次第にグワリグワリと波打つように揺れ始めた。

そして、真ん中に小さな穴が現れたかと思ったら周囲のレンガを吸い込むようにどんどん広がり、次の瞬間、目の前に、ハグリットでも十分通れるほど大きい、アーチ形の入り口が出来た。

 

「ダイアゴン横丁へようこそ。」

ハグリットはにこりと笑い、傘をしまった。

 

(‥‥あの傘、杖かな?生きているみたいだけれど。)

少なくともただの傘ではなく、杖、あるいはそれと同様のものであることは間違い無い、と彼女は思った。しかも亀裂の様に魔力が微かに漏れているところが横にスッと入っている。ということは恐らく一度折られているのだろう。

まずそもそも杖というものは生半可な力では折れはしない。少女が回ってきた世界の殆どでは魔力や杖の剥奪は重罪を犯した者に課せられる罰だ。恐らく彼もそのようなことをしたのか。‥‥あるいは()()()()()()()()()

 

(状況から見てどちらかといえば後者の方が筋が通るかな。)

一旦考察するのをやめ、少女は入り口へを潜り抜ける。ふとハリーが振り返った。優しいグリーンの瞳が大きく見開かれる。つられて少女が振り返ってみれば、そこにはもう入り口はなく、固いレンガの壁だけがあった。

 

「…すごいや。今までのことじゃ信じられないことが一杯…!僕、まだ夢の中なのかな?」

彼はまだ開いた口が塞がらないようだ。その目はキラキラと輝いている。

 

「恐らく現実ですよ。」

「そっか…そっか!」

さえない回答ではあるが、彼はその言葉を聞いて期待と喜びで顔を満たす。

 

 

――――まあ、全て幻想と思われし世界は存在し、全ては大いなるものの夢幻に過ぎないのだが。そんなこと、人間である彼らには知る由もないことだ。

 

 

小さなアリに、大鷲の見る広大な世界は理解出来ないだろうから。

 

「よーしお前さんら、ちゃんと付いてこいよ!」

さすが魔法界、といったところだろうか。科学によって構成されたマグル世界とは違った神秘が溢れている。やはり古風な雰囲気も良いな、と彼女は感じた。

 

「一つ買わにゃならんが、まずは金を取ってこんとな。」

大鍋の積み上げられた店を見てるハリーを見ながら彼はそう言った。

 

「…そういえば、セレナだったか。お前さん金はどうするんだ?」

「兄が前にグリンゴッツで我が家の金庫を作っているので、そこから引き出します。」

「お前さんの兄も魔法使いか。」

「はい。兄さんはボーバトンに行きました。」

 

この言い訳は彼女の兄が考えたもので、勿論嘘だ。バレたらどうするのか?まず証拠が見つからないため不可能だろう。

 

「おお、ボーバトンか。お前さんは同じ所じゃなくてもいいんか?」

「はい。」

「ボーバトン?」

ハリーは訳が聞きなれない単語に首をかしげる。

(‐‐ああ、そういえば彼はまだ知らなかったか。)

 

「ボーバトン魔法アカデミー。フランスの魔法学校です。」

「フランス!?」

「魔法学校は世界各地、兄さんの話だとその中でも歴史が長いものは全部で十一校あるそうです。」

「へえー!」

尤も、彼女もつい先日知ったばかりなのだが。

 

「見ろよ、ニンバス2000新型だ‥‥超高速だぜ。」

ハリーは興味津々といった様子で周囲の音、景色に目を輝かせていた。

蝙蝠の脾臓、ウナギの目玉の樽をうずたかく積み上げたショーウィンドウ。今にも崩れそうな呪文の本の山々、羽ペンや羊皮紙。

 

「グリンゴッツだ」

ハグリットが立ち止まった。

視線の先、小さな店の立ち並ぶ中、見上げればひっくり返りそうになるほど高い真っ白な建物がそびえたっていた。イギリス魔法界唯一にして魔法界内で二番目の守りを誇る銀行、グリンゴッツ。その玄関口である磨き上げられたブロンズの観音開きの扉の両脇にピシッとした制服を着て立っていたのは…

 

「さよう、あれが小鬼だ。」

白い石段を登りながら、ハグリットがヒソリと言った。

小鬼は鉱物や貨幣を好み、扱うのに特化した種族だ。銀行の守りにはうってつけで金属や宝石、さらにはマグルの貨幣に関しても詳しく、またそれらを見分けることが出来る。換金作業についても完璧だ。だが種族的に守銭奴のため、彼らとの貴金属等のやり取りやそのほかに関してもあまり干渉しないのが利口だろう。

 

中には二番目の扉があった。こんどは銀色の扉で、何か言葉が刻まれている。

 

-見知らぬ者よ 入るがよい 欲のむくいを 知るがよい

奪うばかりで 稼がぬものは やがてはつけを 払うべし

おのれのものに あらざる宝 我が床下に 求める者よ

盗人よ 気をつけよ 宝のほかに 潜むものあり-

 

「言ったろうが。ここから盗もうなんて、正気の沙汰だわい。」

 

(確かに並の人間だったら小鬼が営んでいる銀行を強盗するのは正気の沙汰ではないね。まあ、あくまで、『人間ならば』の話ではあるけど。)

銀色の扉を通るとき、左右の小鬼がお辞儀をした。

 

中は横にも奥にも広い大理石のホールだった。百人を超える小鬼たちが背の高いカウンターの向こう側で、同じように足高の丸椅子に座り、大きな帳簿に書き込みをしたり、よく手入れされた真鍮の秤でコインの重さを慎重に計ったり、片眼鏡で宝石を吟味したりしていた。

ホールに通じる扉は無数にあって、それと同等、またはそれ以上の小鬼が出入りする人々を丁寧に案内している。

彼女たちはカウンターに近づいた。

 

「おはよう。」

ハグリットは比較的手のすいている小鬼に話しかけた。

「ハリー・ポッターさんの金庫から金を取りに来たんだが、それと」

「スペンサー家の金庫もお願いいたします。」

「鍵はお持ちでいらっしゃいますか?」

小鬼は話しかけた二人を順に見た後、手を止めて言う。

 

「ええ、ここに。」

「どっかにあるはずだが。」

少女は持っていたバッグの中から小さな黄金のカギを取り出し、手渡した。小鬼はそれを慎重に調べ、「承知いたしました」と言った。

ハリーは右側にいる小鬼が、豪炎を封じ込めたように赤々と燃える大きなルビーを山と積んで次々に秤にかけるのを眺め、隣にいる少女をふと見た。

肩にかかる長い髪を払い、ブルーの瞳を細めてそっと微笑む姿はそれはまるで…

 

「…どうか致しましたか?」

「!?い、いや、なんでもないよ。」

「‥?そうですか。」

少女は首を少し傾げ、今度はグリットの方に視線を移す。

ハグリットはポケットをひっくり返し、中身をカウンターに次々と出していた。小鬼は経理帳簿に散らばったカビの生えたような犬用ビスケット見て鼻に皺を寄せ、それをさっと払う。

「あった。」

ハグリットはやっと出てきた鍵をつまみ上げた。

小鬼はまたそれを先程の様に慎重に調べてから、「承知いたしました」と言った。

 

「それと、ダンブルドア教授からの手紙を預かってきとる。」

重々しく言いながら、ハグリットは手紙を小鬼へと渡す。

「七一三番金庫にある、()()()についてだが。」

小鬼は手紙を丁寧に読むと、「了解しました」とハグリットに返した。

 

「誰かに両方の金庫へ案内させましょう。グリップフック!」

グリップフックも小鬼だった。ハグリットが犬用ビスケットを欠片ごと詰め込んでから、三人はグリップフックについて、ホールから外に続く無数の扉の一つへと向かった。

 

「七一三番の金庫の例の物って、何?」

「ハリー君、深く言わない方がよろしいかと。」

「えっでも、」

「セレナの言う通りだ、ハリー。それは言えん。」

 

ハグリットは曰くありげに言った。

「極秘なんじゃ。ホグワーツの仕事でな。ダンブルドアは俺を信頼してくださる。お前さんにしゃべったりしたら、俺がクビになるだけではすまんよ。」

 

(…おかしな話だ。まず、そんなに大切ならば何故この日にしたのか。“極秘”であれば普通はそのやり取りでさえ外部に漏れたら不味いはず。そして、悪いが彼は素直過ぎて秘密を抱えさせるにははっきり向いていないのに、何故信頼しているとはいえ任せたのか。そのダンブルドアとやらがハリーにそのやり取りを見せる必要があったからか、あるいは彼のうっかりか…少なくとも、手紙でするという事は事前に決められていたはず。つまりは‥‥)

 

そうこうしているうちにグリップフックが扉を開けてくれた。先程までの大理石から一変。そこは松明に照らされた細い石造りの通路だった。急な傾斜が下の方へと続き、床に小さな線路が付いている。

グリップフックがヒューッと口笛を吹くと、小さなトロッコと、その後ろにもう一つ乗る場所をつけたものがこちらに向かって元気よく上がってきた。彼女らは乗り込んだ。

くねくね曲がる迷路のような道をトロッコはビュンビュンと風の様に走った。

一瞬ドラゴンの息吹が見えたような気がしたが、気が付けばもうそれは遠く離れていった。ジェットコースターの様にトロッコは深くへ潜っていく。

地下湖のそばを通ると、あちらこちらから白く巨大な鍾乳石と石筍が伸びている光景が、彼女たちの目の前に広がった。。

 

「僕、いつも分からなくなるんだけど、鍾乳石と石筍ってどう違うの?」

ハリーはトロッコの音に負けないよう、ハグリットに大声で呼びかけた。

 

「三文字と二文字の違いだろ。たのむ、今は何にも聞いてくれるな。吐きそうだ。」

確かにハグリットの顔は青ざめ、かすかに震えているように見える。

 

「セレナは知ってる?」

今度は少女に問いかける。目の前のハグリットに対し、彼女等二人は余裕そうだ。

 

「上から生えているのが鍾乳石、下から生えているのが石筍ですよ。」

「へえー、そうなんだ。」

 

小さな扉の前でトロッコはやっと止まり、ハグリットは我先にと降りたが膝の震えが止まるまで壁にもたれかかっていた。

グリップフックが扉の鍵を開けた。すると、緑の煙がモクモクと吹き出してきた。

 

‐‐‐‐そこは、まさに金銀財宝の山だった。

ガリオン金貨の山、シックル銀貨の山、小さなクヌート銅貨の山。

眩しくて目を覆いそうになるほどの山がそこにあった。

 

「ハリー、みーんなお前さんの分だ。」

ハグリットは微笑んだ。

まるでドラゴンの巣かというほどきらびやかな宝に包まれた金庫。それを見てハリーはまた目を見開く。

あの育ちだとどうやらまともな境遇にはいないだろう。それでこの山を見たのだ。反応が大きいのは当たり前と言えるだろう。

 

ハグリットと少女はハリーがバックにお金を詰め込むのを手伝った。

 

「金貨はガリオンだ。銀貨がシックルで、十七シックルが一ガリオン、一シックルは二十九クヌートだ。簡単だろうが。

よーしと。これで、二、三学期分は大丈夫だろう。残りはここにちゃーんとしまっといてやるからな。」

 

少女はハリーがバックの口を閉めるのを確認し、グリップフックへと向き直る。

 

「次は私の金庫をお願いします。」

「ところで、もうちーっとゆっくり行けんか?」

「速度は一定となっております。」

 

ハグリットはガクリと項垂れた。

 

一行はさらに深くへと潜り込んでいった。途中ハリーがトロッコから身を乗り出すという危なっかしい行為をしたが、ハグリットがそれを引き戻して事なきを得た。

 

彼女の金庫は先程の金庫からトロッコを少し走らせたところにあった。

 

「…!おお、こりゃたまげた!」

 

彼女の金庫もまた煌びやかであった。先程の金庫に勝ることも劣ることもない。

だが、先程の金庫よりもクヌート銅貨やシックル銀貨が少ない。ほとんどガリオン金貨だ。黄金の光が周囲にその色を放つ。

 

「すごいや…!」

「‥‥お前さんの兄は何者なんだ?」

「…さあ?私もこれを知ったのは初めてですし…」

 

少女はしばし困惑しているように眉を下げる。しかし、驚いているという雰囲気ではない。

彼女もまた、金貨、銀貨、銅貨を袋へとしまう。その袋も不思議で、入れても入れても溢れることは無かった。

 

「次は七一三番金庫を頼む。」

「かしこまりました。」

小鬼はぺこりとお辞儀をする。

トロッコは先程よりも急な降下を繰り返す。曲がり角に差し掛かるたび凍てつく風が頬を擦り、痛いほどだ。それでもトロッコのスピードは緩まず、地下渓谷を横切り、クリスタルの小道を進み、さらに奥へ奥へと進む。

そして最後の降下を緩やかなスピードで走り、目的地へと着いた。

七一三番金庫には先程の様な鍵穴は無かった。

 

「下がってください。」

グリップフックがもったいぶって言う。長い指の一本で扉をなぞると、扉はぐにゃりと溶けるように消えた。

 

「グリンゴッツの小鬼以外がこれをやりますと、扉に吸い込まれて中に閉じ込められます。」

グリップフックが言った。

「中に誰か閉じ込められていないか時々調べるの?」

「十年に一度ぐらいでございます。」

 

グリップフックはニヤリと笑った。

小鬼にとって資格のあるもの以外に何かを奪われてしまうのは屈辱でしかない。だからこそこんなに厳重な警備なのだ。侵入する術は術並の人間にはあるまい。

ハリーは期待して身を乗り出す。一方少女はただボーっと立っている。彼女はこの金庫の中にあるものに既視感を覚えていた。

 

(…ああ、アレは‥‥そうか、成程。確かに今の技術じゃあ彼らにとって素晴らしく重大なものだね。そして極秘任務、物言い。先程の些か妙な人間。…ふーん。)

 

彼女は僅かに口角を上げる。そして事の現状を把握した。

その目に先程の青色は無く、黄金の黄昏を映した様な琥珀色に染まっていた。瞳を淡く輝かせ笑みを浮かべる姿は、何人の心を奪ってしまうような妖艶さを持っていた。

 

ハリー達がトロッコへと向き直る時、その瞳は元の碧玉へと姿を変える。そして彼女は何事も無かったかのようにトロッコへと乗り込んだ。

猛烈な速度で走るトロッコは、上りではさすがにスピードが落ちていた。

上りスッと目に入ってくる陽光に目を細めながら、彼女たちはグリンゴッツの外へと出た。

 

「ねえセレナ。さっきから気になってたんだけど、それ何で膨らんでいないの?」

ハリーは自分のバッグと彼女の袋を交互に見ながら言う。彼女は「兄がこの前くれたんですよ。」と言ってしぼんだままの袋を片手で上げて見せる。ハリーはまさか袋の中に吸い込まれて消えてしまったんじゃないかと思ったが、彼女がその中からダリオン金貨を一つつまんで出したことにまた目を見開いた。

さて、初めて来る魔法界で、どこに行こうかなんて二人に分かりはしない。そんな彼女等を見かねたのか、

「制服を買った方がいいな」

 

とハグリットが言う。顎で指した先には、『マダムマルキンの洋装店-普段着から式服まで-』という看板がぶら下がっていた。

 

「なあ二人とも、『漏れ鍋』でちょっとだけ元気薬ひっかけてきてもいいか?グリンゴッツのトロッコには参った」

ハグリットはまだ青い顔をしていた。自分の言った言葉にすら反応し、肩を震わせる。

二人はハグリットと一旦別れ、ハリーは少し緊張しながら、少女は悠々とした態度でマルキンの店へと入って行った。

マダム・マルキンは、黄色ずくめの服を着た愛想のよい、ずんぐりとした魔女だった。

二人を見ると目を見開き、穏やかな笑みを浮かべながら話しかけてきた。

 

「お嬢ちゃん達、ホグワーツなの?」

「はい、そうですよ。」

「どんな服も全部ここで揃いますよ…今、もう一人お若い方が丈を合わせているところよ。」

 

言われるがままに奥を見てみると、青白い、顎の顎尖った少年が踏み台に立ち、もう一人の魔女が長く黒いローブを丈に合わせてピンで留めているところだった。マダム・マルキンは少女に椅子に座って待っているよう促し、ハリーを少年の隣の踏み台に立たせ、同じように頭から長いローブを着せ掛け、ピンで留め始めた。

少女は窓の外に映る風景を眺めながら時間を潰す。人の流れを作っているほとんどが魔法族であるが、中には彼女たちの様なマグルの格好をした生徒もちらほら姿があった。

「さあ、終わりましたよ、坊ちゃん。」という声に振り向くと、少し不機嫌そうな顔でハリーはこちらへと歩いてきた。

何があったのかはあえて聞かず、彼女はハリーと交代した。

店を出て、彼らはハグリットと合流する。ナッツ入りのチョコレートとラズベリーアイスを二人並んで食べている間、少女は「美味しいですね。」と感想を述べるが、依然としてハリーは黙りこくったままだ。

 

「どうした?」

流石に不審に思ったのか、ハグリットがハリーの顔を覗き込む。

「なんでもないよ。」

彼と目を合わせずにハリーは言う。明らかに嘘をついている顔だ、と彼女は感じた。

羊皮紙と羽ペンを買ってから、ハリーが聞いた。

 

「ねえ、ハグリット。クィディッチってなあに?」

その聞き覚えのない新しい単語に、少女はピクリと反応する。

「なんと、ハリー。おまえさんがなんにも知らんという事を忘れとった。‥‥‥クィディッチを知らんとは!」

「これ以上落ち込ませないでよ。」

「…やはり、先程の店で何かあったのですか?」

 

その言葉にハリーは頷くと、ポツリポツリと事の一部始終を話し始めた。

 

「…その子が言うんだ。マグルの家の子はいっさい入学させるべきじゃないって‥‥」

「お前はマグルの家の子じゃない。お前が何者なのかその子がわかっていたらなあ‥‥その子だって、親が魔法使いならおまえさんの名前を聞きながら育ったはずだ‥‥魔法使いなら誰だって、『漏れ鍋』でお前さんが見たとおりなんだよ。とにかくだ、そのガキになにがわかる。俺の知っている最高の魔法使いの中には、長い事マグルの家系が続いて、急にその子だけが魔法の力を持ったという者もおるぞ‥‥‥おまえの母さんを見ろ!母さんの姉貴がどんな人間か見てみろ!」

 

「…やはり、ハリー君は有名なんですか?」

「そうだ。例のあの人…ヴォ、ヴォルデモート…という世界最悪の魔法使いに襲われて唯一生き残ったのがハリーだ。魔法使いはみーんなハリーの名前を聞いて育っておる。『生き残った男の子』とな。」

「成程、『生き残った男の子』ですか。」

 

彼女はその言葉を口に出す。これを聞いて何故だれも疑問に思わず、英雄英雄と讃えるのか、と心の中で笑った。

(…おそらく、アレが‥‥)

先程見た“一人で二人の人物”を思い出しながら。

 

「それで、クィディッチって?」

「俺たちのスポーツだ。魔法族のスポーツだよ。マグルの世界じゃ、そう、サッカーだな。

――――誰もがクィディッチに夢中だ。箒に乗って空中でゲームをやる。ボールは四つあって‥‥ルールを説明するのはちと難しいなあ。」

「じゃあ、スリザリンとハッフルパフって?」

「学校の寮の名前だ。四つあってな。ハッフルパフには劣等生が多いとみんな言うが、しかし‥‥」

「僕、きっとハッフルパフだ。」

ハリーはまた俯く。

 

「スリザリンよりはハッフルパフの方がましだ。」

今度はハグリットの表情が暗くなった。

 

「悪の道に走った魔法使いや魔女は、みんなスリザリン出身だ。『例のあの人』もそうだ。」

「ほう…。」

「ヴォル…あ、ごめん。…『“例のあの人”』もホグワーツの出身だったの?」

「昔々のことさ。」

 

そこで話を切ると、彼女らはまた歩き出した。

 




この世界のボーバトンアカデミーは映画の様な女子高ではなく、原作小説と同じ様に共学となっています。
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