人間じゃないけど魔法学校に入学します!!   作:狛犬

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杖選びと帰り道

次に彼女らは教科書を買った。

『フローリッシュ・アンド・プロッツ書店』では、本棚はもちろん。天井まで本が積み上げられていた。

 

敷石のように大きな革製本、シルクで切手くらいの大きさの本など種類は様々で、奇妙な記号…『ルーン文字』でぎっしりと書かれた本もあれば、特定の行動で作動するまっさらなページの本まであった。だが、とりわけ珍しい本などは売っていない。

ハリーはというと、呪いのかけ方の書かれた本を読みふけっている。彼のこれまでの生活からしたらそうしたくなるのも無理はない。だが、興味本位なのが危ないところだ。

 

―――――好奇心は猫をも殺す。

埋まっているものを見て後悔するかもしれないのに、綺麗な雪原の下をわざわざ掘り返す彼は何といえばよいのだろうか。

 

愉快。少女の中ではその言葉に尽きた。

そしてそのハリーを店の中から引きずり出すのに苦労しているハグリット。しかしハリーは一向に目を離そうとしない。

そんなやり取りを横目に、少女は教科書に加えて歴史本を何冊か買っていった。

 

「僕、どうやってダドリーに呪いをかけたらいいか調べてたんだよ。」

「それが悪いちゅうわけではないが、マグルの世界ではよっぽど特別な場合でないと魔法を使えんことになっておる。それにな、呪いなんてお前さんにはまだどれも無理だ。そのレベルになるにはもっとたーくさん勉強せんとな。」

 

その後、鍋屋や薬問屋と巡り、ハグリットはハリーのリストを調べた。

 

「あとは杖だけだな…おお、そうだ、まだ誕生祝いを買ってやってなかったな。」

「おお、ハリー君誕生日だったんですね。おめでとうございます。」

 

その言葉を聞いて、ハリーの肌は顔から耳まで真っ赤になっていった。

「そんなことしなくていいのに‥‥」

「しなくていいのはわかっとる。そうだ、動物をやろう。ヒキガエルはダメだ。だいぶ前から流行おくれになっちょる。笑われっちまうからな‥‥猫、俺は猫を好かん。くしゃみが出るんでな。フクロウを買ってやろう。子供はみんなフクロウを欲しがるもんだ。なんたって役に立つ。郵便とかを運んでくれるし。」

 

ハグリットはハリーに笑いかける。ハリーは顔を上げ、興味津々といった表情で目をぱちぱちさせる。

「‥‥‥私もご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?私も手紙に記述されていたことに興味があるので。」

「おう、いいぞ。」

 

三人は並んで歩く。主役は真ん中で、二人はそれを挟むような形だ。道中で雑談を交えながら、彼らは目的の店へと向かった。

イーロップフクロウ百貨店は、暗くてバタバタと羽音がし、見渡せば赤、青、金、緑と宝石の様な目がキラキラと明滅している。フクロウたちの潜む森。まさにそうだった。

 

フクロウという生き物は夜行性で、“鳥目”という言葉に反して暗闇でも獲物を探すことが出来る。その動きは静かで素早く、極東では『森の忍者』という異名を持っている。

 

フクロウは古来より魔法使いや魔女が従える使い魔(ファミリア)の一つとして親しまれていた。この世界のフクロウは似たようなもので、少女が見たように郵便物の配達を担っている。そしてフクロウは不思議なことに行先を伝えればたとえ海を越えようとも必ず目的地へと届けてくれる。

だから、彼らは郵便配達員として最適なのだ。

 

そんな彼らの店で暗闇の中慣れない目を凝らす二人と、きょろきょろとフクロウを見る一人。

 

二十分後、二人はハグリットとともに大きな鳥かごを下げて店から出てきた。ハリーの籠では雪の様に白く美しいフクロウが、羽に頭を突っ込んでぐっすりと眠っている。少女の籠には対照的にカラスの濡れ羽の様に艶やかで青みがかったこれまた美しいフクロウが、左右で色の違う双眸をぱちくりとさせていた。

ハリーはハグリットにどもりながら何度もお礼を言った。

 

「礼はいらん。」

ハグリットはぶっきらぼうに言った。

「ダーズリーの家ではほとんどプレゼントをもらうことが無かったんだろうな。あとはオリバンダーの店だけだ…杖はここに限る。杖のオリバンダーだ。最高の杖を持たにゃいかん。」

 

魔法の杖。人類が魔法を使うときの主な媒介道具の一種だ。人の身長ほどある大きな杖や、それこそ小さなネズミのしっぽほどのものなど、世界によって種類は様々。

 

この世界の杖は細い枝の様なものだ。彼女らが歩いている側でも様々な人間が懐から杖を取り出して身だしなみを整えたり、物を小さくして軽くしたりと普通に使っていた。杖とは、それを扱うものにとっては体の一部そのものなのだ

 

 

そんな杖を売っている店は狭くてみすぼらしいという感想を抱くものだった。けれどもどこか不思議な、この世界でも“異質”と感じられる雰囲気が漂っている。それは、騒がしい街並みから少し離れ、小道に入るときのうすら寒いとも感じられる静けさにどことなく似ていた。

 

扉には剥がれかかって読みにくい金色の文字で『オリバンダーの店―紀元前三二八年創業 高級杖メーカー』と書かれていた。

扉の横にある古ぼけたショーウィンドウには、色あせた紫色のクッションに、一本の杖がポツンと座っていた。それがどことなく寂しさを感じさせる。

 

ギギギと軋む扉を開けると、扉ではなく奥の方でチリンチリンとひそかにベルが鳴った。小さな店内にはふちにうっすらと埃を積もらせたアンティークじみた華奢な椅子があり、ハグリットはそれにずんと腰を掛ける。ハリーはその心の中で渦巻く“不思議”をぐっと喉奥へとしまい込み、天井近くまで積み上げられた数多の細長い箱を眺めていた。

少女はそんな中ゆらりと一点に視線を向ける。

 

「おお、お嬢さん。わしに気が付いくとはのう。あなたみたいな人は久しぶりですな。」

 

柔らかな声が店の中に響いた。ハリーとハグリットは飛び上がり、椅子の方からはバキバキと音が鳴った。だが少女はそれに驚かず、ただ突然現れた老人の月の様にぼんやり輝く大きな二つ目にそっと目を合わせるだけだった。

 

「ほう、そうなのですか。

ご機嫌よう、お初にお目にかかりますMr.オリバンダー。私、セレナ・スペンサーと申します。以後お見知りおきを。」

「…成程、雰囲気にそぐわぬ不思議さじゃ。お主、何者だ?」

「……さあ、貴方の見る通りだと思いますよ?」

 

少女は上瞼をすっと落とし、少し下を向いて顎に手を当て、悪戯っぽく微笑んでみせる。一瞬、ほんの少しの間、彼女の瞳の色が変わったように見えたのは老人の気のせいだろう。

老人は探るようにその瞳をジッと覗き込む。少女はにこやかに微笑みながらその瞳を見据える。

シンと静まり返る店内。僅かな呼吸音でさえ聞こえてくるほどの静寂。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…どうも、この老いぼれには分かりそうもないですな。」

それを先に破ったのはオリバンダーだった。彼は困ったように言うと、その瞳を閉じて苦笑する。少女も、それに合わせてフフッと微笑んだ。

残る二人は、彼らの間に何が起こったのだろうと首を傾げる。その考えはすぐに消えていった。

 

数秒後、オリバンダーが二人へと視線を向けた。

 

「こんにちは。」

ハリーはぎこちなく挨拶をした。

老人はグリーンの瞳をとらえると、「おお、そうじゃ。」と声をこぼした。

「そうじゃとも、そうじゃとも。まもなくお目にかかれると思ってましたよ、ハリー・ポッターさん。」

 

彼はハリーがまだ名乗っていないというのにそう言った。ハリーの目が大きく見開かれる。

 

「お母さんと同じ目をしてなさる。あの子がここにきて、最初の杖を買っていったのがほんの昨日のようじゃ。あの杖は二十六センチの長さ。柳の木で出来ていて、振りやすい、妖精の呪文にはぴったりの杖じゃった。」

 

オリバンダーはさらにハリーに近寄った。瞬きもせずにじっと見つめる彼の瞳から、ハリーは逃れたくなった。しかし、その場に足が縫い付けられたように逃れることは出来なかった。

「お父さんの方は、マガホニ―の杖が気に入られてな。二十八センチのよくしなる杖じゃった。どれより力があって変身術には最高じゃ。いや、父上が気に入ったというたが…実はもちろん杖の方が持ち主の魔法使いを選ぶのじゃよ。」

 

オリバンダーはハリーの鼻の先がくっつくほど近づいていった。まだ彼の瞳を覗き続ける。ハリーの目には、両親のことが知れた嬉しさに勝る困惑、混乱が映っていた。

 

「それで、これが例の…」

老人は、白く長い指でハリーの額に触れ、その稲妻型の傷にそっと触れた。瞳はその傷へと注がれ、ハリーはその奇妙な感覚から抜け出すことが出来た。

 

「悲しいことに、この傷をつけたのも、わしの店で売った杖じゃ。」

重く静かな言い方だった。ハリーは老人の顔をすっと見る。霧の様につかみどころのない瞳には、どこか葛藤の様な感情があった。

「三十四センチもあってな。イチイの木でできた強力な杖じゃ。とても強いが、間違った者の手に…そう、もしあの杖が世の中に出て、何をするのかわしが知っておればのう…」

 

老人は頭を振る。声色は少し震える様で、後悔、悲しみ、怒りが入り混じっていた。

その“ヴォルデモート”とやらがどんな人物なのか、何故彼はそんなことを起こしたのか、過去に一体何があって生き残った男の子がその名を轟かせたのか。彼女はハリーをチラリと見ると、愉しそうに微笑む。

老人は何か思案するような顔をした後、後ろにいるハグリットに気が付いた。

 

「ルビウス!!ルビウス・ハグリットじゃないか! また会えて嬉しいよ…四十一センチの樫の木。良く曲がる。そうじゃったな。」

「ああ、じい様。その通りです。よく覚えております。」

ハリーは老人の視線が自分からハグリットへ移ったため、ほっと安堵の声を漏らした。

 

「良い杖じゃった。じゃが、おまえさんが退学になったとき、真っ二つに折られてしもうたのじゃったな?」

オリバンダーは懐かしむような顔をしたあと、急に険しい口調になって眉間に皺を寄せてジロリとハグリットを一瞥する。その目が細められたとき、ハグリットの顔が強張った。

 

「いや…あの、折られました。はい」

目を逸らしてしどろもどろにそう答える。すると、老人の目線が一層厳しくなった。

 

「でも、まだ折れた杖を持ってます。」

ハグリットは威勢よく言った。

「じゃが、まさか使ってはおるまいの?」

「とんでもない!」

 

ピシャリとした声に慌てて答えるハグリット。だが、その手に持っているピンクの傘を握りしめたのを老人は見逃さなかった。霧の世界に、一筋の陽光が垣間見える。ハグリットはそのキラリと輝いた目を親に叱られる子供の様にびくつきながら見た。もう肌寒くなってきたというのに、彼の額に汗が流れた。

「ふーむ」と彼はハグリットを探るような視線で見つめた。

 

「さて、まずはポッターさん。拝見しましょうか。」

 

先程とは打って変わって、老人は柔らかな声で言う。懐から銀の目盛りの入った巻き尺を取り出すと、「どちらが杖腕ですかな?」と聞いた。

 

「あ、あの、僕、右利きです。」

「腕を伸ばして、おー、そうそう。」

彼はハリーの肩から指先、手首から肘、肩から床、膝から脇の下、頭の周りを慣れた手つきで測っていく。対してハリーにまだ落ち着いた様子はなく、動作の一つ一つがロボットの様に「ギギギ」となりそうなほどで、表情は石像のように固まっていた。

オリバンダーは測りながら話を続ける。

 

「ポッターさん、スペンサーさん。オリバンダーの杖は一本一本、強力な魔力を持った物を芯に使っております。一角獣(ユニコーン)のたてがみ、不死鳥の尾の羽根、ドラゴンの心臓の琴線。一角獣(ユニコーン)も不死鳥もみなそれぞれ違うのじゃから、オリバンダーの杖には一つとして同じ杖はない。もちろん、他の魔法使いの杖を使っても、決して自分の杖ほどの力は出せないわけじゃ。」

 

ハリーは巻き尺がにょろりと伸びて勝手に鼻の穴の間を測っているのにハッと気が付いた。オリバンダーは棚の間を飛び回って、箱を取り出していた。

「もうよい。」と彼が言うと、巻き尺は床の上にカランと落ちて、くしゃくしゃと丸まった。

 

「ではポッターさん、これをお試しください。ブナの木にドラゴンの琴線。二十三センチ、良質でしなりがよい。手に取って、振ってごらんなさい。」

 

ハリーは杖を取り、いざ直面してなんだか気恥ずかしくなりながらも、杖をちょっと振ってみた。だが、それが下げられるかのところでオリバンダーはあっという間にハリーの持っている杖をもぎ取り、箱からもう一本杖を取り出した。

「楓に不死鳥の羽根。十八センチ。振りごたえがある。どうぞ。」

 

ハリーはそれを受け取り試す。しかし、今度は振り上げる前に老人が杖をひったくっていった。

 

「だめだ、いかん。―—―――次は黒檀と一角獣(ユニコーン)のたてがみ。二十二センチ、バネのよう。さあ、どうぞ試してください。」

 

ハリーはこの後も次々と試した。楡、葛、桜に林檎‥‥しかしどれも振ってはひったくられまた振ってはひったくられを繰り返している。一体オリバンダーが何を期待しているのかがさっぱりわからない。試し終わった杖の棚がもうハリーの身長の四分の三まで積みあがってきているのに、老人の表情はますます嬉しそうになっていく。

 

「難しい客じゃの。え?心配なさるな。必ずピッタリ合うのをお探ししますでな。‥‥さて、次はどうするかな。‥‥‥おお、そうじゃ。‥‥めったにない組み合わせじゃが、柊と不死鳥の尾羽、二十八センチ、良質でしなやか。」

 

ハリーは杖を手に取る。握った瞬間、指先が暖かくなった。春の太陽の光のように優しい暖かさだ。

みなぎるエネルギーをそのまま、杖を頭の上に振り上げ、薄暗い店の空気を裂くようにヒュっと振り下ろした。

 

すると、杖の先から赤と金色の火花が何本も溢れ、光の玉が踊りながら壁に反射した。

ハグリットは「オーッ!」と、少女は「素晴らしい!」と声を上げて手を叩き、オリバンダー老人は「ブラボー!」と叫んだ。

その光はまるで花火の様で、見る者を興奮させるような派手さと、鮮やかな色合いがあった。ハリーはその光景に驚愕しつつも、その素晴らしさに目を大きく開き、口角を上げる。

それもほどなくして終わり、また店内に静寂が訪れる。

 

「素晴らしい。いや、よかった。さて、さて、さて……不思議なこともあることよ‥‥‥まったくもって不思議な‥‥‥」

老人はハリーの杖を丁寧に箱へと戻し、茶色の紙で包みながらブツブツと繰り返す。神妙な趣でその目を細め、少しばかり手を強張らせる。

 

「不思議じゃ…不思議じゃ…」

「あのう…何がそんなに不思議なんですか。」

ハリーはそのつぶやきに重ねるようにして言った。

オリバンダー老人はハリーの方へゆらりと向き、その淡い色の瞳でジッと見た。

 

「ポッターさん、わしは自分で売った杖はすべて覚えておる。全部じゃ。あなたの杖に入っている不死鳥の尾羽はな、同じ不死鳥が尾羽をもう一枚提供した。…たった一枚だけじゃが。あなたがこの杖を持つ運命にあったとは不思議なことじゃ。兄弟羽が……なんと、兄弟杖がその額に傷を負わせたというのに‥‥‥」

ハリーは息を呑んだ。まさか、自分と例のあの人の杖が兄弟杖だなんて。両親を殺した人物と自分の杖が‥‥。ハリーの手が微かに震える。

 

「さよう。三十四センチのイチイの木じゃった。こういうことが起こるとは、不思議なものじゃ。杖は持ち主の魔法使いを選ぶ。そういう事じゃ‥‥‥。ポッターさん、あなたはきっと偉大なことをなさるに違いない‥‥‥。『名前を言ってはいけないあの人』もある意味では偉大なことをしたわけじゃ……恐ろしいことじゃったが、偉大には違いない。」

ハリーは、背筋がぞわぞわと震え上がるのを感じだ。オリバンダー老人の雰囲気が、人間性があまり好きになれない気がした。

 

「さて、次はスペンサーさん、拝見いたしましょうか。」

「はい。」

 

少女は右手を伸ばす。オリバンダーは先程の様に採寸を取り、棚の中から何本か杖箱を取り出した。

「胡桃に一角獣のたてがみ、三十センチ。性能は良いがいたずら好き。」

受け取ってみるも、特に変化を感じられない。試しに振ろうとすると、杖が手からすり抜けた。老人はそれをキャッチし、箱にしまう。

「‥‥‥これはまた、難しそうじゃのう。」

老人は少し嬉しそうに笑った。

 

「桜にドラゴンの琴線。振りごたえがある。」

これは手に取った瞬間、逃げるように杖が飛んだ。

他にも何度も試してみたが、どれも手にした瞬間すっぽ抜けてしまった。何を思って杖がそうするのか。それはオリバンダー老人にすらわからなかった。

 

「‥‥‥はて、二・三回程持ち主が合わずに飛ぶことがあれども、ここまで逃げるものかのう‥‥‥」

まるで、少女を怖がるかのように。そんなことは彼の人生の中では無かった‥‥‥はずなのだ。

(おかしい‥‥何か、何かおかしい。彼女の様なことが‥‥‥うむむ、思い出せん。一体、何が‥‥‥)

彼が記憶の引き出しをひっくり返して探そうとするも、肝心の場面は見つからない。当然だ。

 

 

 

‥‥‥その記憶は()()、存在しないのだから。

(あー、これは。うん。そうだろうねえ。この世界に兄さんは()()()()()()()()()()()()()()から。‥‥‥まあいいや。兄さんが来れば直る。多分。)

 

彼女は少し困ったような顔をする。老人が唸る中ふと、少女は自分の右側を見た。

杖の棚の中、一つだけ淡く光る杖の箱があった。小刻みに震えているようで、かすかにガサゴソと言う音が聞こえてくる。

「Mr.オリバンダー、あれは‥‥」

「‥‥ふむ?」

 

老人は彼女の指先へと目線を移す。すると、すこし目を見開いてそれを手に取った。

 

「‥‥‥アカシアに不死鳥の尾羽、三十一センチ。良質でしなやか、選り好みが激しい。」

埃をかぶった箱の中には赤くさらさらと滑らかな質感の布があった。赤い布を老人がゆっくりと取り、中から細長い物体を取り出した。それは柄から杖先まで繊細な飾り彫刻の施された薄い黄色の杖だった。

少女が握ると指先から魔力が溢れ、体全体に熱が巡る。膨大な魔力が、エネルギーが、感情が混ざり合い、その杖先へと導かれている様だ。

 

(―――これだ。)

そう確信した少女は気分の高揚に口角をぐっと上げ、杖をそっと振る。

 

 

 

 

―――――すると、何という事だろう。光の玉と帯、そして燐光が、それぞれ違う輝きを放ちながら飛び散っていくではないか。

玉は色を変えながらゆっくりと飛び出し、帯はゆらゆらと、まるでオーロラの様な幻想的で美しい光を残しながら伸び、彼女の周りをぐるぐると旋回する。燐光は杖から上へと弧を描き、雪の様に落ちるかと思えば、床に触れた瞬間ぱっと弾けた。

 

 

その景色は、大自然が紡ぐ美しい夜空の様であった。

 

「‥‥‥美しい。」

そんな声を漏らしたのは誰だっただろうか。それは誰にも分からない。少女以外の皆が、その光景をぼんやりと眺めていた。

 

彼女がもう一度杖を振ると、その景色は段々と消えていった。

 

 

「…実に見事な…見事な相性じゃ。」

老人はまたもやブツブツと呟く。そして、杖を紙で包みながら話し始めた。

 

「‥‥‥この杖に使われているアカシアと不死鳥の尾羽は、持ち主に対する選り好みが激しく、特に不死鳥は忠誠心を得るのに時間がかかる。じゃがアカシアの性質でひとたびふさわしい持ち主が見つかれば杖としての最大限の力を発揮することが出来る強力な杖なのです。‥‥‥アカシアに選ばれる人間は滅多にいないのじゃが……そうか、あなたがそうなのですか。」

老人は話し終えると、少女に袋を渡す。少女はお代の九ガリオンを手渡した後、ハリー達とともに店を出た。

気が付けば、辺り一帯にオレンジ色の優しい光が落ちていた。見上げれば、太陽はもう沈みかけているところだった。昼間と同じ様にダイアゴン横丁には賑わいがあるが、子供の姿は見当たらない。

 

――――夕暮れになって子供が帰るのは、どこでも共通なのだ。

 

 

 

彼等は元来た道を遡るように歩き、もう人気のない『漏れ鍋』へ戻った。しかしハリーはいかんせん黙りこくったままで、変な荷物をどっさりと抱え、膝の上に眠るフクロウを乗せていて乗客が自分たちを見ているというのに気が付かないままであった。(フクロウを抱えているという時点では少女も同じなのだが。)

 

バンディントン駅で地下鉄を降り、エスカレーターで駅の構内に出る。ハグリットに肩を叩かれて、ハリーはやっと自分が何処にいるのかに気が付いた。

 

 

「電車があるまで何か食べる時間があるぞ。」

ハグリットが言った。

ハグリットはハリーにハンバーガーを買ってやり、少女はもう一つのバッグからチョコレートを取り出し、三人でプラスチックの椅子に座って食べ始めた。少女は地下鉄でせわしなく動く人々を無機質な瞳で眺め、チョコを口の中へと放り込む。

 

「大丈夫か?なんだか随分と静かだが。」

ハグリットの声に少女ははりーの方を見る。ハリーは周りを困惑したような表情で眺めていた。そしてハンバーガーを少し噛んだあと、ポツリポツリと話し始めた。

 

「みんなが僕のことを特別だって思ってる。」

ハリーは少し言葉を探すように目線を下へと下ろす。

 

「『漏れ鍋』のみんな、オリバンダーさんも‥‥‥でも、僕、魔法のことは何にも知らない。それなのに、どうして僕に偉大なことを期待できる?有名だっていうけれど、何が僕を有名にしたかさえ覚えてないんだよ。ヴォル‥‥‥あ、ごめん‥‥‥僕の両親が死んだ夜だけど、僕、何が起こったのかも覚えていない。」

ハリーはどこか言い捨てる様な感じで話した。俯いた顔の表情は見えない。けれども声色がそれを代弁していた。相槌を打ちながら聞いていた少女は、チョコレートを飲み込み、口を開いた。

 

「気にする必要はないと思いますよ?」

「え?」

ハリーは少女の方を向いた。少女はまたチョコレートを口に放り込み、飲み込んで続ける。

 

「‥‥それが起こったことは今現在覚えてていないのでしょう?でしたら気にする必要はありません。今から知っていけば良いのですから。」

「そうだとも、ハリー。心配するな。すぐに様子がわかってくる。大変なことは分かる。お前さんは選ばれたんだ。大変なことだ。だがな、ホグワーツは楽しい。俺も楽しかった。実は今も楽しいよ。」

 

ハグリットはテーブルの向こう側から身を乗り出して言う。もじゃもじゃの髭と眉毛の奥に、優しい笑顔があった。

それを聞いてハリーの顔がじんわりと明るくなる。

少し雑談を交えながら食事をしていると、「そういえば‥‥‥」とハリーが話を始めた。

 

「セレナは何処に住んでいるの?僕と同じ駅を通っているけど‥‥‥。」

「私の家ですか?リトルウィンジングのプリペット通り4番地ですよ。」

「!?僕の家の近くだ!」

「おや、そうでしたか。」

少女は目を大きく開く。ハリーはこの子を見かけたことがない気がすると少し不思議に思ったが、魔法界のことで頭がいっぱいになって深く思い出すことが出来なかった。

 

「おっ、もうすぐ発車するぞ。」

ハグリットが声を上げる。彼女らが時間を確認してみればもう電車が発車する五分前だ。

ハリーは荷物の準備をし、少女はぐぐっと伸びをする。

階段を下りてハグリットと少女はハリーの重い荷物を電車の中に運び入れる。電車の中の乗客は驚いたような顔でハリーを見た。しかし、少女に目は向けられない。そのことに気づく者は誰も居なかった。

 

「ホグワーツ行きの切符だ。九月一日――――――キング・クロス駅発―――全部切符に書いてある。ハリー、ダーズリーのところで不味いことがあったら、おまえさんのふくろうに手紙を持たせて寄こしな。ふくろうが俺の居るところを探し出してくれる。」

ハグリットはハリーに封筒を手渡す。「あれ、セレナは?」と聞くが、少女は「心配ないですよ」と返した。彼女はもう切符の魔法術式を覚えていたからである。つまりは偽造コピーだ。

「‥‥‥じゃあな。ハリー、セレナ。またホグワーツで会おう。」

 

がたりがたりと揺れる電車。二人がハグリットの姿を眺めていると、瞬きをした瞬間ハグリットの姿は消えていた。

 

「消えちゃった!」

思わず声を上げるハリー。周りの目線が彼へと集中する。ハリーはそれに気づき、はっとする。

(あっ、そういえば魔法使いじゃない人間‥‥えっとマグルだっけ。それに魔法のことは知られちゃいけないんだった。)

 

慌てて席にきちんと座るハリー。ふと彼が少女の方を見ると、少女はいつの間にか本を取り出して静かに読んでいた。だがよく見てみると、その本はハリーがよく分からなかった字の本だった。ハリーは彼女の行動にびっくりしながらもそれを口にしてはいけないと思い、下を向いたまま電車が止まるのを待った。

 

一方彼女はルーン文字の文章を読んで(ああ、なんだ。この程度か。)と読んで早々興味をなくしていた。

 

心地の良い振動を響かせながら、がたんごとんと列車は進む。何度かの駅を抜けたとき、列車のアナウンスが目的地に着いたことを知らせた。

 

●○

 

「じゃあまた今度。」

 

少女は手を振ってハリーの元から去った。見上げてみればもう日暮れを通り越して夜に入ろうとしている。籠の中にいるフクロウがピーと鳴き、その白い羽で顔を擦る。

 

「‥‥‥さて、貴女の名前はどうしましょうか。」

彼女はフクロウに呼びかける。フクロウはきょとんと首を傾げる。金と青の双眸をぱちくりとさせた。彼女はその目を覗き込んだ後、口元に手を当てて目を伏せる。

 

 

「オレンジに青。青とオレンジ‥‥‥青‥‥青‥‥海?金は‥‥‥太陽!そうです!」

 

少女は目を輝かせ、フクロウを見つめる。その碧玉の様なの双眸が金色へと変化したのは一瞬だった。それは蜂蜜のようにとろりとした甘美な輝きを湛えていて、琥珀のように奥が深かった。

 

「その二つ目に映った海と太陽。今から貴女の名前はMarisol(マリソル)です。」

 

フクロウは、その言葉にピューと歓喜の声を上げた。

 

もう空には先程までの焼ける様なオレンジが無く、境目である紫色から夜の藍色へと移ろうとしていた。しかしまだ一番星すら輝いていない。

凛とした空気も涼しさを通り超して寒々としてきて、風がびゅうびゅうと吹いて彼女の三つ編みを大きく揺らす。

 

 

遠くの藍色に淡青の月のきらめきが見えたとき、彼女は満足げに微笑んだ。

 

To be continued.........




いかがでしたか?
Marisolとはスペイン語で海と太陽を表す女性名です。
安直過ぎないかって?‥‥‥ははは。
あと少女のAPPは18です。その理由は彼女の兄や家族構成にあります。
上は長男、長女、次男の順です。その中でも次男はよくAPP18の容姿で描かれています。
性別設定してもいいんだろうかって思いますが(特に長男次男)、しっくりくる表現がこれしかないのです。

アドバイスや感想、修正点などお待ちしています。


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