人間じゃないけど魔法学校に入学します!!   作:狛犬

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カエル騒動と組み分けの儀

〇●〇

さて、二人の談笑が収まっていき社内販売のおばさんが過ぎて行ってどのくらい経ったのだろうか。外の太陽はすこし下がり、白い雲の中に隠れていた。

二人は本を読んでいる。話すことはないが気まずさはそこにはなく、心地の良い静寂がその空間を満たしていた。ぺらりとページをめくる音だけがその空間に響く。

何十回目かの音が鳴った時、ふとそれに紛れて扉の方から重い音が三回鳴った。耳をすませば、外側から鼻をすする音がかすかに聞こえてくる。

少女は不思議そうな顔で本にしおりを挟み、ぱたんと閉じた。

 

「どうぞ。」

 

少女がそう言うとドアが重々しく開き、丸顔の男の子が泣きべそをかいて入ってきた。その子は彼女たちのことを見ると―――あっと声を上げて離れていってしまった。

 

「?」

「私、行ってくる。」

 

どこか強い態度でハーマイオニーは男の子を追いかけていった。しかし走らずできるだけ早足ですたすたと。

少女は首をこてんと傾げ、しおりを挟んだ場所をもう一度開く。残りの文章に目を通し、ページをめくる――――そうする前に、彼女はふとその指を止めた。そして、コンパートメントの入り口にゆっくりと目を向ける。

 

 

「ゲコッ」

「おや。」

 

コンパートメントの空いたドアから一匹のヒキガエルが覗いていた。彼女が本に目を戻すと、ヒキガエルは彼女の向かいの席まで移動しちょこんと跳ねる。

 

 

(誰かのペット、かな。)

 

彼女はもう一度本にしおりを挟んで閉じ、ヒキガエルを見る。堂々とした姿でそこに居座るその生物は、我関せずといった様子で身を屈めていた。

彼女は本をトランクへと仕舞ってヒキガエルに手を伸ばす。

すると、ヒキガエルは意外にもすんなりと彼女の手のひらに乗った。

 

「素直ですね。」

 

彼女はヒキガエルを両手で持つと、先程丸顔の男の子が言った方向に歩を進めた。

 

「…」

 

向こうから、どこか貴族らしき三人組が歩いてくる。彼女はその中の一人に覚えがあった。

そう、ダイアゴン横丁でハリーと話していた男の子だ。

青白い肌に尖った顎。そしてオールバックにした綺麗なプラチナブロンド。どこか幼いながらも貴族のような風貌をした彼は、不機嫌そうな顔でがっちりとした体格の二人組を連れていた。

少女はそれを気にすることもなくすれ違う。

 

しかし、向かってくる三人が彼女に気が付いた様子は無かった。

 

もう外は夕暮れの赤から紫、そして深い深い碧へと染まろうとしていた。明るい空にはもう白い三日月が浮かんでいる。ざわざわという声が聞こえる廊下を、ヒキガエルを抱えながら彼女は歩いていた。

 

 

「い――って―――の?」

 

聞き覚えのある声が聞こえてくる。彼女は一瞬立ち止まる。そしてその声を辿るように歩き、声の主であろう見覚えのある栗色のふふわふわした髪の毛の後ろに立った。

 

 

「いいわよ。みんなが「ゲコッ」――っうわ!?」

 

突如後ろから聞こえてきた声に、ハーマイオニーは勢いよく振り向いた。そのコンパートメントにいた二人――ハリーと赤毛の男の子も驚いて少女の方を向く。

 

 

少女が()()()()()()()()()()()()()()()音もたてず立っていたのだ。三人が驚くのは必然的だった。

 

 

「セレナ!」

「おやハリー君、一か月ぶりですね。」

 

 

彼はぱっと笑顔になってそう言った。呼ばれた少女も微笑んで返事をする。それを見て我に返ったハーマイオニーは現状についてを少女に愚痴り、赤毛の男の子はというと、少女を見て顔をほんのり赤く染めていた。

がやがやとコンパートメント内に騒がしさが出てくる。

遅れて赤毛の男の子がはっとすると、ハーマイオニーの方を向いてうんざりだというような顔で尋ねた。

 

「…何かご用?」

「あ、そうだった。二人とも急いだほうがいいわ。ローブを着て。私、運転手に聞いてきたんだけど、もうまもなく学校に着くって。二人とも、けんかしてたんじゃないでしょうね?まだ着いてもいないうちから問題になるわよ!」

高圧的なハーマイオニーの態度にロンはムッと顔を顰める。

「スキャバーズがけんかしてたんだ。僕たちじゃないよ。よろしければ、着替えるから出てってくれないかな?」

彼女を睨みつけながら彼は言った。ハーマイオニーはそれにフンと小さく鼻を鳴らす。少し目を細め、ロン、そしてハリーを睨む。

 

「いいわよ―――みんなが通路でかけっこしたりして、あんまり子供っぽい振る舞いをするもんだから、様子を見に来てみただけよ。セレナ、行きましょう。」

ツンと小ばかにするように、扉の方に振り向きながら彼女は言った。ハリーがそれにほっと息をついたところで、彼女は思い出したように顔だけ赤毛の男の子の方へ振り向かせる。

 

「ついでだけど。あなたの鼻、泥がついてるわよ。気が付いてた?」

 

赤毛の男の子の顔はぴくりと止まるとすぐに顔を真っ赤にして、もうコンパートメントのドアから出ているハーマイオニーをぎっと睨んだ。ハリーは彼とハーマイオニーを今後に見た後にもう一度息をついた。と思えば、あっと声を上げて少女の方を向いた。

 

「セレナはどうしてここへ?」

「ああ、忘れるところでした。…実はこの子の飼い主を探しているんです。何か心当たりは?」

「もしかしてヒキガエル?それならさっきあの子と一緒にここに来たよ。」

「そうですか。ありがとうございます。ではハリー君そして赤毛の方、またホグワーツで会いましょう。」

「うん、じゃあね。」

「あ、ああ。」

 

ハリーにそっと少女は手を振る。赤毛の男の子はぽーっとした顔で少女をコンパートメントから出るまで見つめていた。

 

かつり、と小さな足音が響く。

 

コンパートメントの外はやけに静かだった。少女はそこに出るとヒキガエルを足元に降ろし、一歩動いて頭を振る。そして長い長い廊下に耳を澄まし、青い目を右から左へと移動させ、目を閉じて拍手を一つ打った。

 

パァンという乾き澄んだ音は周囲の喧噪を包み込み、同時に凛とした空気が列車内に満ちさせる。拍手の余韻が無くなると同時に、周囲のざわつきの音も跡形もなく消え失せた。

 

少女はクスりと笑う。

次に彼女は勢いよく廊下側の窓を開けた。空は紫色が藍と交わり濃くなり、研ぎ澄まされた刃の様に鋭く舞い込む風がひゅうひゅうと彼女の頬を撫でる。少し視線を下げてみると、夕焼けも過ぎたその空の下には薄暗い森が広がっていた。帰路に着く鳥の影を追い越し、紅い列車はぐんぐんと駆け抜ける。

彼女は早々と移り行く景色をぼーっと眺める。そしてふと、窓の外にその細く白い手を伸ばした。ローブの袖口がカラスの羽の様にばさりとはためく。蕩ける蜂蜜色の三日月が、白い睫毛の間からのぞいた。

 

「おいで…」

 

ゆっくりと。手招きをするように、ふわふわとした声色で甘くささやくように言う。

 

すると突如、紫色の中にぽんと黒い影が現れた。

影はスピードを上げる列車と並走すると少女の下へと飛んでいき、ふわりと彼女の腕に留まる。

少女は口を開いた。

 

「お疲れ様、Marisol。」

 

黒い塊は汽車の明かりに照らされてその全貌を現す。

それは、彼女のフクロウだった。それは青みがかった黒い羽根をブルりと震わせた後にオレンジと青の瞳を輝かせ、実に愛らしい表情で主を見る。

少女は少し目を輝かせると、そのフクロウの嘴に咥えられた封筒を受け取り、フクロウの頭をやさしく撫でた。

目を細めてフクロウはぴぃとひと鳴きする。

 

白い艶やかな髪が風になびく。金色の瞳が目の前の風景を鏡像のように映す。

 

(さて、何が書いてあるのかな?)

 

キラキラとその瞳に期待を宿して真っ白な封筒を開け、中にある手紙を読む。

 

 

「…。ふふっ。」

 

彼女の口から笑い声が漏れる。読み終わった手紙を畳んで封筒に戻すと悪戯っぽく微笑み、その目に浮かぶ下向きの淡い三日月をきらりと光らせる。そしてくくっと口元に手を当ててもう一度笑うと、フクロウをふわりと撫でた。

 

「んじゃ、ホグワーツで待っててね。」

 

フクロウに笑いかけ、彼女は腕をもう一度空へと伸ばす。フクロウは腕の上で羽を動かし、

 

「ぴぃ!」

 

ばさりと黒い翼をばさりと鳴らし、どこまでも遠い空めがけて大きく飛び上がった。

 

「さぁて、もうすぐ着きますね。」

 

 

窓辺に頬杖を突いて少女はそれを見送る。

もう空には紺色のヴェールが下りている。汽車が平地を抜けて、神秘に満ちた透明な護りを通り過ぎるのを少女は眺める。

(もうすぐホグワーツに着く。)

そう考えると彼女は口角をぐっと上げ、顔を伏せた。空にはその感情を表すかのように、彼女の瞳と同じ金色の三日月がうかんでいる。

 

 

ゆっくりと、ゆっくりと揺られながら、風をその身に受けながら。すうっと息を吸って彼女は目を閉じた。

 

 

 

ぱちんと泡が弾ける様な音が響く。

彼女の居る空間に雑踏が溢れる。

窓はいつの間にか閉まっていて、ゆるりと開いた少女の瞳もまた青に染まっていた。

程なくして、彼女の耳に声が聞こえてくる。

 

「あ、セレナまだここにいたの?運転手に聞いたんだけど、あと五分でホグワーツに着くって。もうあなたも準備した方がいいわよ。」

「ああ、もうそんなに。ありがとうございますハーマイオニーさん。」

 

話しかけてきたハーマイオニーに、少女は微笑む。

彼女はもう一度空を見て目を細めると、ヒキガエルをそっと抱えて汽車の出口の方へ向かった。

出口はもう出ようとする人で賑わっていた。我先にと急ぐ生徒たち。その眼には期待、緊張と様々な感情が映っている。

 

 

 

月が昇り、暗闇は更に黒くなる。少女は一瞬後ろを振り返ると、人ごみに掻き消えていった。

ホグワーツ特急は滑らかにゆっくりとスピードを落とし‥‥ゆっくり止まった。続いて列車の扉が開き、わぁわぁという声が外に溢れ、黒いローブの集団が次々と降りて行く。

少女もまた、それに乗じて外へと出た。

 


 

そこは、小さなプラットホームだった。無人駅のようで、人気のない場所。けれども街灯がそこを明るく照らしていた。夜の肌寒さがツンと鼻をつく。

その中で少女は、人ごみの向こうに仄かな光を見た。ほどなくして聞き覚えのある声が響く。

 

イッチ()年生!イッチ年生はこっち!ああ、ハリー。元気か?」

ハグリッドが生徒の波の向こうからハリーに明るく笑いかけた。ハグリッドはランプを額の高さまで掲げる。

 

「さあ、ついてこいよ―――あとイッチ年生はいないかな?足元に気をつけろ。いいか!イッチ年生、ついてこい!」

そう声を張り上げ、彼は後ろの小道を進んでいった。

 

小道はプラットホームよりも暗く、険しい道のりだった。ついていくのに精一杯で、時折何人かが足元の小石に躓いたり、小さく悲鳴を上げるのが聞こえてくる。後ろの方に居た少女の目の前でも、突然誰かが大きくこけた。

どさっと鈍く大きな音が鳴り、声なき悲鳴が上がる。少女はその子の前方に回り、手を差し伸べた。

 

「大丈夫ですか?」

 

目の前の子は鼻を少しすすり、少女の手を取った。彼女はそれを見てぐっと引っ張り上げる。その子は、汽車でコンパートメントを開いた瞬間逃げてしまった子だった。目の前の彼は痛みに少し呻きながらも、少女の方に向き直る。

「あ、ありが―――あ、トレバー!」

目を上げたところで、彼は驚きの声を上げた。少女は合点がいったのか、ああと言ってヒキガエルを彼の前に差し出した。

「貴方のだったんですね。はい。――――今度は手放さないように、しっかり持った方がいいですよ?」

「うん、そうするよ。ありがとう。」

 

ヒキガエルが手元に来たことに涙目になりながらも、男の子は少女に頭を下げる。そして、自分が後ろの方に来ているのを知って慌てると足元に気を付けながら急ぎ足で小道を歩いて行った。少女はそれを見送ると、ゆっくりと歩きだす。うっそうと茂る森に隠れた向こう側に期待を寄せ、誰も知らない歌を口ずさみながら。

道を照らす星明かりを頼りに、時折吹き抜ける風に身震いしつつ、生徒たちは緊張と疲れが混ざった表情でどんどん奥へと進んだ。誰も口を開かず、足を止めなかった。

何人かの足が痛みを訴えてきた頃

「みんな、もう少しでホグワーツが見えるぞ。この角を曲がったらだ。」

ランプを全員が見えるように掲げ、振り向きながらハグリッドは言った。

すると、一斉にわっと歓声が沸き起こった。誰もがその先に在るものを思い、キラキラとした表情で歩を進めた。少女はそれに混ざらず、ただ傍観していた。

 

―――急に視界が開け、一行は夜空を注いだように黒く大きな湖のほとりに出た。向こう岸には高い山がそびえ、その頂上の壮大な城が見える。そこには大小様々な塔が立ち並び、窓から、ぽつぽつとある街灯が明るいオレンジ色の光が漏れ出ていた。その上に映る優美な夜空も相まって、まさに一つの写実的な絵画のようだった。

全員が森から足を踏み出しホグワーツを見たところで、ハグリッドは立ち止まり振り返った。

 

「よーし、四人ずつボートに乗れ!」

 

彼は岸辺につながれた小舟を指さした。皆がそこへぞろぞろと向かう中、少女は杖を振ってローブ裾の汚れをさっと拭った。

 

「さて。」

 

少女は小舟を見渡し、空いているところに向かう。

その船には暗闇に覆われて栗のようになったショートヘアの男の子と、金髪のおさげ髪の女の子、赤みがかった琥珀色の髪の女の子がいた。

 

「すみません、相席してもよろしいでしょうか?」

 

少女は三人に問うた。その声を聞いて三人は彼女に目を向け―――見開いた。

薄暗い中、それでも目立つ真っ白な髪。そして夜の湖面とそれに映る星明りのような仄かな暗さと幻想的な煌めきを湛える青い瞳。気づかなかったのが不思議なくらいだった。

 

「あ、ああ、うん。」

 

男の子が言った。その言葉にハッとして、女の子二人が頷いた。少女はその返答ににっこりと微笑み、ゆったりとした動作でボートに乗った。

ゆらりゆらりと上下する乗り心地はとても心地よいもので、黒々とした湖面をぼんやりとオレンジ色のランプが照らしているのもまたミステリアスな雰囲気を漂わせていた。

少女は、三人を見てにっこりと微笑む。

 

「私はセレナ・スペンサー。あなた方は?」

「ええっと、私はSusan(スーザン)Bones(ボーンズ)。」

琥珀髪の女の子が少し遠慮気味に答えた。

「僕はSeamus(シェーマス)Finnigan(フィネガン)。よろしく。」

「私はHannnah(ハンナ)Abbot(アボット)。よろしくね、スペンサーさん。」

「はい、こちらこそよろしくおねがいします。」

薄茶色のショートヘアーの男の子と、金髪のおさげ髪の女の子が答える。少女はその返答を聞いてもう一度微笑んだ。

さざ波の音が、四人の周囲を包む。ピンと張られていた三人の緊張感も、少しだけ緩んだようだった。

 

一瞬だけ、穏やかな静寂が辺りを満たした。

 

「みんな乗ったか?」

静寂を呑むように、ハグリッドが大声を出した。彼は一人でボートに乗っていた。

「よーし、では、進めえ!」

張り裂けるような大声が、その静寂を薙いだ。するとその途端、ボート船団が一斉に音を立てず悠々と滑り出したではないか!

静かに、鏡の湖面が波紋を立てる。ランプの炎がゆらゆらと揺れる。けれども生徒は全員黙っていた。話すことが無かったからではない。むしろ話すべきことがたくさんあった。しかし話せなかった…いや、言葉が出なかったのだ。

目の前の景色の故に話すことを忘れてしまったのだ。

 

向こう側の崖がだんだんと迫ってくる。その上にそびえたつ巨大な城を皆見上げていた。その圧迫感と重厚感のすべてはのしかかってくるようで、雰囲気に大勢が圧倒された。非魔法族はその非現実的な景色の壮大さに。魔法族は話に聞いたものよりも素晴らしいその雄大さに、積み重なってきた歴史が示す重々しさに。

 

「頭、下げぇー!」

 

少女が乗っている船を含めた先頭の何隻かが崖下に入るとき、ハグリッドがまた大声を上げた。

全員が一斉に頭を下げると、蔦のカーテンが頭の上を通り過ぎた。頭を上げたとき、船はその陰にある崖の入り口に入ろうとしていた。そこは、城の真下と思われる暗いトンネルだった。

外よりもひんやりとした空間。時折風が音を鳴らしながら通り過ぎる。後ろを振り返ってみれば、数多もの光がぼんやりと灯篭流しの様にふわふわと流れていた。

程無くして、地下の船着き場に到着した。小舟はぴたりと静止し、全員が岩と小石の上に降り立つ。少女もまたふわりとそこに降りる。まだ船に揺られる感覚が少し足をふらつかせた。

 

「よーし、もうすぐだ。しっかりついてこーい!」

ハグリッドがまた大声を出し、進んでいく。生徒たちは暗い中、彼のランプの炎を頼りにごつごつした岩の道を登り、夜露でしっとりと湿った草むらを進み、城影の中にたどり着いた。

全員石段を登り、巨大な樫の木の扉の前に集合する。

「みんな、いるか?」

そうぐるりと見まわして確認すると、ハグリッドはその大きな握りこぶしを振り上げ、城の扉を三回たたいた。

 

すると、扉がぱっと開き、向こう側から静かなエメラルド色の滑らかなローブを着た背の高い黒髪の魔女が現れた。姿勢がしゃんとしていて、とても厳格そうな顔つきをしている。逆らってしまったら不味い、と生徒のほとんどが感じ取った。

(けれども、その厳しさゆえに優しい。)

少女は彼女の顔をじっと見上げる。

「マクゴナガル教授、イッチ()年生の皆さんです。」

ハグリッドが報告した。

「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう。」

マクゴナガル先生は、扉を大きく開けた。そこでまず目にしたのは、巨大な玄関ホールだった。

一つの家ならば丸々入って余るほど広く、大理石の白い壁を松明の光が照らし、天井は闇がその光を吸い込んでしまうほど高かった。そして眼前には、長い歴史を刻んだ重々しい大理石の階段が上へと続いている。

マクゴナガルが歩き出す。その後を生徒たちは何も言わず付いていった。石畳のホールを横切る。その中央にかかるとき、入口の右手の方からざわめきが聞こえてきた。おそらく何十、いや何百にまで近いそれを聞いて皆が緊張する。もうすぐ自分たちはそのざわめきの主たちの目の前を歩むことになるのだろう、と。

ところが、マクゴナガル先生はホールの脇にある小さな空き部屋に案内した。

全員入るには少し窮屈な部屋で、そこに詰め込まれた生徒らは大勢の前ではないことの安心感と何が始まるのかという不安感を同時に抱いた。背中を預けるものがない中、皆きょろきょろしながら互いに寄り添い立っている。

 

「ホグワーツ入学おめでとう。」

マクゴナガル先生の挨拶に、ばっと皆首を動かした。

「新入生の歓迎会が間もなく始まりますが、大広間の席に着く前に、皆さんが入る寮を決めなければなりません。寮の組み分けはとても大事な儀式です。ホグワーツにいる間、寮生が皆さんの家族の様なものです。教室も寮生と一緒に勉強をし、寝るのも寮、自由時間も寮の談話室で過ごすことになります。

寮は四つあります。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。それぞれに輝かしい歴史があって、偉大な魔女や魔法使いたちが卒業しました。

ホグワーツにいる間、皆さんの良い行いは寮の得点になりますし、反対に規則に違反した時は寮の原点になります。学年末には、最高得点の寮に大変名誉ある寮杯が与えられます。

―――どの寮に入るにしても、皆さん一人一人が寮にとって誇りになるよう望みます。」

優しい声色で締めくくる。生徒たちはそのプレッシャーに緊張したり、逆に目を輝かせたりと様々だった。

一拍置いて、マクゴナガル先生が口を開く。

「まもなく前項列席の前で組み分けの儀式が始まります。待っている間、できるだけ身なりを整えておきなさい。」

そう言ってマクゴナガル先生は丸顔の男の子のマントの結び目が左耳の下の方にずれているのに、赤毛の男の子の鼻の頭が汚れているのに目を留めた。

少女はネクタイをいじり、袖や裾を確認して満足そうにうなずく。

「学校側の準備ができたら戻ってきますから、静かに待っていてください。」

先生は部屋を出ていく。

寮は一体どう決められるのだろうか。そう思うと他の生徒もこわがってあまり話をしなかった。赤毛の男の子は兄から聞いたことを口にしたり、ハーマイオニーが今までに覚えた全部の呪文について早口でつぶやいたりするのを聞いてその緊張はさらに高まっていく。

 

 

すると、突然不思議な出来事が起こった。何人もの生徒たちが一斉に悲鳴を上げたのだ。他の生徒がそれにつられて振り返り―――息をのんだ。

 

後ろの壁から、すっと、真珠の白に薄く青を垂らしたような色をした幽霊(ゴースト)がざっと数えて二十人以上現れたのだ。しかしそれらは新入生の方に見向きもせず、互いに何か話をしながらするすると横切っている。

そんな中、太った小柄な修道士らしいゴーストが言う。

「もう許して忘れなされ。彼にもう一度だけチャンスを与えましょうぞ。」

「修道士さん。ピーブスには、アイツにとっては十分すぎるくらいのチャンスをやったじゃないか。我々の面汚しですよ。しかも、ご存じの様にやつは本当のゴーストじゃない―――おや、君たち。ここで何をしてるんだい?」

 

ひだ襟の付いた服を着てタイツをはいたゴーストが、急に一年生たちに気づいて声をかけた。生徒たちは誰も答えなかった。ひゅっと呼吸をすることしかできなかったのだ。

「新入生じゃな。これから組み分けされるところか?」

太った修道士が一年生に近づき微笑みかけた。その中の二、三人が黙ってうなずく。

「ハッフルパフで会えるとよいな。わしはそこの卒業生じゃからの。」

と、朗らかに修道士が言った。その生前の話に少し興味を持ったのか、何人かがその話に耳を傾けようとした。

「さぁ行きますよ」

…とその時、厳しい声がした。ゴーストが不意に黙る。生徒たちがその声の方向にぱっと振り向き、緊張した表情になった。

「組み分け儀式が間もなく始まります。」

マクゴナガル先生が戻ってきたのだ。ゴーストたちはすぅっと壁の向こうに消えていく。

「さあ列になって、付いてきてください。」

凛とした声が教室に響いた。全員が一列になり、マクゴナガル先生の後に続く。一年生は部屋を出て再び玄関ホールに戻り、重厚な二枚扉を通る。

 

 

大広間は、まさに魔法界と形容するに相応しかった。

 

何千という白い蝋燭が宙に浮かび多くの群を作り、四つの長いテーブルから大広間全体にかけてを明るく、きらびやかに照らしていた。テーブルには多くの上級生たちが着席している。皆ざわざわとしていて、新入生たちを期待のこもった目線で見つめていた。どうやら長いテーブルは四つの寮に分かれているらしく、左と右ではその襟元にあるネクタイの色が違っていた。

広間の上座には両側にある紺色に染まった窓を背に、校長と見られる老人を中心に先生たちが長いテーブルに並んで座っている。

 

マクゴナガル先生は上座に向かって、上級生たちのテーブルの間を歩いていた。

 

「本物の空に見える様に魔法がかけられているのよ。『ホグワーツの歴史』に書いてあったわ」

どこからかハーマイオニーの声が聞こえてくる。それを聞いて少女は上を見上げた。

そこには天井とみられるものは無く、大きな天窓をがらりと開けたように清々しい晴れの夜空が広がっていた。紺よりも深く鮮やかな空に、細くたなびく白い雲。その隙間から小さな白い点がぽつぽつと顔をのぞかせている。その遠さと美しさにすっと吸い込まれそうになるほどだ。

「おー」と少女は感心したように声を上げる。純粋な瞳で、その自然を映す。

そうしているうちに列が止まり、彼女は目の前の子にぶつかりそうになって慌ててぐっと急停止した。周りを見てみれば、生徒たちはいつの間にか先生たちの方を見る形でずらりと並んでいる。

すると、マクゴナガル先生が一年生の前に四本足のスツールを置いた。その上に、もう一つ何か乗せた。その途端、大広間に静寂が訪れる。緊張の糸がピンと張られ、全員の視線がその上の物体に向かった。少女も列の隙間から顔をのぞかせる。

 

それは、魔法使いが被っているようなとんがり帽子そのものだった。つぎはぎで、どのくらい使われてきたのか分からないほどくたびれている。一体何が始まるというのか。彼女がそれを気にし始めた、その時だった。

帽子が、ピクリと動いた。つばのヘリの破れ目が口の様に開き、その上にある二つの大きなしわがぎゅっと縮こまりかっと目の様に開く。そして口のような部分を大きく開き、歌い始めた。

 

 

 

私はきれいじゃないけれど 人はみかけによらぬもの

私をしのぐ賢い帽子 あるなら私は身を引こう

山高帽子は真っ黒だ シルクハットはすらりと高い

私はホグワーツ組み分け帽子 私は彼らの上をいく

君の頭に隠れたものを 組み分け帽子はお見通し

被れば君に教えよう  君が行くべき寮の名を

 

グリフィンドールに行くならば 勇気あるものが住まう寮

勇猛果敢な騎士道で 他とは違うグリフィンドール

 

ハッフルパフに行くならば 君は正しく忠実で

忍耐強く真実で 苦労を苦労と思わない

 

古き賢きレイブンクロー 君に意欲があるならば

機知と学びの友人を ここで必ず得るだろう

 

スリザリンではもしかして 君はまことの友を得る

どんな手段を使っても 目的遂げる狡猾さ

 

かぶってごらん!恐れずに!

興奮せずに、お任せを!

君を私の手にゆだね(私に手なんかないけれど)

だって私は考える帽子!―――

 

その歌が終わると同時に、広間全体から拍手喝さいが巻き起こった。帽子は四つのテーブルにそれぞれお辞儀をして、再び静かになった。新入生達は、ぽかんとした顔で帽子を見る。

(へぇ…。意思でも入っているのかな?少し試してみる価値はありそうだね。)

新入生の間で影を落とす彼女の目が、きらりと一瞬光る。

マクゴナガル先生が、羊皮紙の巻紙を手にもって進み出た。

「ABC順に名前を呼ばれたら椅子に座り、組み分けを受けてください。」

そう言って、彼女は羊皮紙の巻紙をすらりと開く。

「アボット・ハンナ!」

最初に呼ばれたのは、先程少女と舟に乗っていた女の子だった。転がるように前へ出てくると、ハンナは椅子に腰かける。マクゴナガル先生がその頭に帽子を乗せると、彼女の目は隠れてしまうほどだった。

一瞬広間が沈黙する‥‥

 

ハッフルパフ!」

 

高らかに、帽子が宣言した。

すると右側のテーブルからわっと歓声と拍手が起こり、てとてととハンナはハッフルパフのテーブルに着いた。

「ボーンズ・スーザン!」

次に呼ばれたのも彼女と舟に乗っていた女の子だった。彼女が帽子を被せられるとすぐに

ハッフルパフ!」

と、帽子が叫んだ。スーザンはたっと小走りでハンナの隣に座った。

少女は目を閉じる。歓声を流すように、意識にふたをするように。

 

(うーん、暇すぎる。だめ‥‥もう‥‥瞼が…。)

そして‥‥立ったまま眠りについた。すやすやと静かに寝息を立てて、緊張感のあるなかで堂々と。

ただ単に、睡魔には勝てなかったのだ。

時間がどんどん流れていく‥‥

 

グリフィンドール!」

その帽子の言葉と共に出てきた今までよりも大きく割れるような拍手喝采で、彼女の意識は覚醒した。

前を見てみれば、ハリーが椅子から立ち上がって一番左端のテーブルに移動する。その表情は非常に嬉しそうで、安心していた。

ふと周りを見てみれば、少女以外にはあと三人しか残っていない。

 

「セレナ・スペンサー!」

マクゴナガル先生が呼ぶのを聞いて、彼女は振り向き、椅子へと歩いていく。

 

カツリと彼女の靴が硬質な音を立てるとともに、大広間は水を打ったような静寂に包まれた。それは緊張ではなく唖然呆然というもので、大広間全体に凛とした“無”が広がる。オレンジ色の光に照らされて仄かに光る少女の髪が、三つ編みがふわりと波打つ。白い睫毛の下からどこから見てもわかる澄んだ青い瞳が覗いている。薄紅色の唇がゆるりと弧を描く。軽やかで重力すら感じられない動き。嗚呼、それはまるで――――美しい小さな妖精のようだった。

 

彼女の靴がまたカツリと次の音を鳴らすと同時に、さっと小さなざわめきの波が広がっていく。

 

彼女が椅子に座って見たのはーーー色々な感情が入り混じる色とりどりの目線だった。

遅れて彼女の視界が真っ暗になる。

 

(フーム?少し君の心の内を見せてくれないかね。)

困惑のこもった低い声が彼女の耳の内に聞こえてくる。同時に心の周りをぐるりと這うような感覚が少女の内に起こる。

 

(おや、何もしてないんですがねぇ…。あぁ、もしかして読心術か何かですか?なかなか高度なものをお持ちのようで。…へぇ、創設者の意思を入れた帽子。重んじることで選ぶ…備わっている素質と合わせて?ほう、ここまでのことができるとは。いやぁ君たちのことを過小評価していたみたいだね。)

(…っ!ここまでの子が来るとはね。驚いた。心を読まれることに怖気づかない勇気、侵入されても何一つ言わない寛容さ、そして隅々まで知ろうと調べる探求心、――ああ、何よりも君はよく頭が回るようだ。君にはどの寮にも入れる素質が備わっている。君の意思を知れたらすぐにでも決められるのだが…さてどこに入れたものか。)

(ふふっ、どうやら意志そのものがあるみたいですね。おまけに賢い。)

 

帽子のつばの影で、彼女の口角がぐっと上げられる。帽子シワがやけに焦った表情になる。

静かな戦いが幕を開けた。

ざわざわという声が、大広間に反響し、増幅される。せっかちな誰かが金色の皿をカチリと指で鳴らした。

―――彼女が座ってから、長い時間が過ぎていく。五分を超えたとき、帽子がもう一度少女の心に語り掛ける。

 

(・・・君の内を見ることは諦めよう。それほどの知恵と力があるなら、君の素質は自信が何よりも知っている筈だ。

ーーー君に何か望みの寮はあるかね?)

(私の望みの寮?私の望み‥‥望み‥‥)

突然の質問の一単語を、飴玉の様に彼女は頭の中でその言葉を転がす。何度も何度も。わざと結論を出そうとせず、焦らせるように。

少し時間をおいて、あっと少し大げさに彼女が声を上げる。

 

(ああ、あります。これから一番面白くなりそうなことを直に体験できそうな寮。そこは―――)

 

 

ざわめきが大きくなる。どこの寮になるのか皆が気になり始めていく、まだかまだかと思い始めたその時だった。

 

 

 

 

 

グリフィンドール!

一瞬の静寂。そしてハリーの時と同じくらいの歓声とそれに勝らず劣らずの落胆の悲鳴が響いた。そんな中、歓声の上がった赤ネクタイの寮へと少女はゆっくり歩いて行く。彼女は歓声を気に止めず、心の中でくつくつと笑った。

 

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