視覚、180度の世界にて   作:解法辞典

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水着回です(買い物)。


周りの奴らは先んじる

 水着の調達。それが今回の任務。

 曰く、恭平が言うには彼のトラウマの克服には水着を着る必要があるらしい(確実にその限りではない)。折角だからという理由で、清哉と俺はその買い物に付き合わされる事になっている。言うまでも無く、俺は乗り気ではないのだが、清哉に伝えたところ買い物自体には結構乗り気であるようで、俺も強制的に参加となった。

 どの世界でも雌に位置されると買い物が好きになるのだろうか。

 そして今日の買い物において、俺が面倒に感じる原因はキャピキャピとした買い物だとか、水着を買うこと自体ではない。

 女子の意見が欲しいと言われ、俺が骨を折って連れてきた不機嫌な妹の存在である。

 話は、少し前に遡る。

 

 

 

 

 某日、恭平の家にて互いにトラウマの詳細を話すべく集まった時の事だ。友人の中では一番ふざけた奴という印象の恭平だったが、話を打ち明け合って、最近はそれなりに真面目な様子だった。トラウマを打ち明けた時点で、どの友人も親身になって声をかけたりしてくれたが、その中でも恭平が一番心配してくれた。一番初めに恭平自身のトラウマの克服も治したいと言っていたが、そんなのは殆ど彼にとって口実のようなものだったのだ。

 同じくトラウマの経験を持つ人間だと知って、恭平は心から心配してくれていた。勿論だからといってこれまでにやって来た悪戯だとかを謝ることは無く、関係の変わらない友人として長く話を聞いてくれたのだ。

 

 

 

 だから、俺も恭平に心の内を打ち明けて欲しいと思い、彼の家を訪ねたのだった。マンション住まいの恭平、その部屋は元の世界と変わらない不健康さが見て分かる。綺麗に並んでいても捨てられる気配のないエナジードリンク。ベッドの傍に放り投げてあるタバコの箱。切れた電灯は厚紙に包んで捨てられる準備はしてあるが、もう一年は放置してある事を俺は知っている。

 

 

「いやあ、やっぱり客人が来るとなると早起きしないとだから体がバキバキっすよ。」

「早起きって、もう昼過ぎだぞ。もう飯は食べたのか?」

「マサが買ってきてくれるって話だろ。」

「朝飯の話をしてんだよ。」

「娯楽にかける金が減るようだったら、考える。」

 

 

 恭平はタバコを指差しながら、笑っていた。他人の好みに口を出すつもりはないが、コイツの場合は随分と前からやめるやめると言い続けて今に至るので、もう口出しをする意味も無いんだろう。

 

 

「で、どうするんだ?文章で送ったやつを見たと思うが、俺はトラウマの詳細を思い出せる訳じゃない。だから、俺は走りだけでも教えて貰うだけで十分だ。恭平が全てを打ち明ける必要はないと思うんだが。」

「僕だって言わない方が良いのかと思ってたけど、マサが僕たちに打ち明けてくれただろ?それを見てて、僕も誰かに打ち明けた方が心が楽になるのかと思ってさ。実は、親にも打ち明けた事が無いんすよ。」

「家族に言ってないのか?」

「つーか、家族には殊更に言えないんだ。」

 

 

 

 ――ボッ。

 

 

 恭平は、キッチンの換気扇を回して、タバコに火をつけた。

 

「若気の至りっていうか、中学の時に彼女が居たんだ。その時に色々と、背中の傷が気持ち悪くて生理的に無理って言われて分かれたんだ。裸を見せるまでの仲になって、なのに拒絶されたのが本当にショックだったんすよ。」

「傷って、結構深いやつか。」

「手術痕っすよ。そっちは勿論、親だって知ってる。だけど中学生で性交渉をしようとしてたなんて親に言えないだろ。僕だってどうにも、今まで誰にも打ち明けられなかったし、丁度いいタイミングなんてなかった。」

 

 

 

 口にくわえる事も無く、恭平はタバコを手に持ったままだ。

 

 

「どうせ自分の身体を見せる段階までいったら拒絶されると思うと、怖いんだ。誰もがという訳じゃないのは分かるんだけど、一歩踏み込んで女の子と話そうとするのが難しい。マサだってちょっとくらいは分かるだろ?」

 

 

 スマホの画面を俺に見せながら、恭平はうんざりといった雰囲気だ。

 

 

「『男性 過呼吸 エロい』、過呼吸までの入力時点で随分なサジェストだな。」

「僕もそう思うっすよ。世の男性はこういうのを見て汚らわしいとか思うのかもしれないけど、僕からしてみたら本当にどんな人でも考えなしにどんな人であろうと興奮してくれた方が嬉しいかもしれないって気持ちもある。まあ、過呼吸を起こす人間の前でいう話題じゃないかもだけど、僕も昔は結構患ってたから許して欲しい。」

「倫理的には間違った話ではあるけど、気持ちは分からなくはないな。」

「承認欲求、とは少し違うのかもしれないけど、男としての部分を受け入れて貰えなかったのが僕のトラウマって事だ。」

 

 

 

「で、ここからが本題。ぶっちゃけマサを呼んだ理由はここからなんだ。何らかの形で、僕自身に男性的な魅力があるって認識したい。」

「まあ、自分を前向きにとらえるのはトラウマ克服に効果がありそうだよな。」

「だから、水着の試着とかでチヤホヤされたい。マサってさ、褒め上手な女の子の知り合いっていない?同行させて褒めてもらいたいんだけど、正直この前の合コンを考えると紫垣さんを呼べばいいだろって考えもあるんすけど、人として信用ないから。」

「女子の知り合いって葉山か妹くらいしかいないぞ?」

「じゃあ妹さんと一緒に買い物行こうぜ。正直、お前と体を見比べられる事んじゃないかって考えたらな。公平な立場の奴が来たら心が折られそうだ。」

「誘うだけ誘ってみる。予定自体は空いてるだろうから、断られたらまた相談するか。」

 

 

 

 

 

 

 

 それらの話を咲に伝えたところ――勿論、恭平のトラウマに関しては伏せて買い物に行く話だけだ。結果として咲は俺と買い物に行くという理由で大分渋ったが最後には了承した。だから俺らは集合場所で立っているのだ。

 しかしこうやって携帯を弄っている姿は、どうにも不機嫌そうに見える。年頃の健全な反応として着いてきたのかと思っていたが、実はそんな理由では無いのか。或いは最近の素っ気ない態度から察するに話すのも嫌なほどに俺の事が嫌いなのか。

 服装も、それなりに安い呉服店一式なところを見るに、異性とお出かけという気合が入っている訳でもないみたいだ。

 

 

 

「いやぁ、待たせたっすね。西口のエレベーターが故障してて遠回りになった。」

「そも開店時刻にすべき。見通しが甘い。」

 

 

 清哉はキャップ、半袖のワイシャツとぴったりしたデニム。

 そしてある程度の宣言通りというか恭平は、ノースリーブの白黒ボーダーシャツと、ゆったりした七分丈のガウチョ。

 この世界では股座にデカいものが付いているからゆったりしたパンツが多い。恭平が穿いてきた来たようなのが一応スタンダードで、俺みたいなやつはこれよりゆったりしたような物しか穿けないだろう。

 元の世界で女性が胸の大きさでトップスが選べないという話を聞いた事があったが、この世界では逆に男は玉が大きすぎるとボトムズが選べないのだ。この世界基準で言えばぴっちりとしたパンツの清哉を見れば、如何に小さい部類だと言っても十分に下半身の盛り上がりは分かるし、オシャレな上に寧ろ扇情的な格好になる。男性的な魅力が引き立つ上、結局妊娠すれば同じくらい膨らむ訳であるから、大小の好みというのはこの世界では半々である。(男性誌による調べを信じるのであれば。)

 

 

 

 女性に対する自信を持つという事で、恭平がノースリーブで来たのは正直意外だった。

 

 

 

「仁科咲です。今日はよろしくお願いします。」

「敬語なんて要らないっすから。僕は名取恭平、来てくれてありがと。」

「牛流清哉。よろしく。」

「もう昼過ぎだけど、飯行くか?混んでると思うから買い物が先の方を提案する。」

「食べてから試着は正気じゃない。」

「僕も同意だな。ちょっと昼食まで時間かかるけど咲ちゃんは大丈夫?」

「別にいいですよ。」

 

 

 

 水着売り場に向かう途中、恭平は幾らか咲に話しかけたが、どうにも話し方から敬語が抜けないようで態度からは分からないが緊張はしているようだった。果たして、異性に囲まれての買い物だからなのか。それとも年上との買い物、または水着の買い物が理由か。

 なんにしても、恭平を意識してるというのは、彼にとっては丁度いい傾向だと思う。一定以上の興味がある上で拒絶されなければ成功と言えるだろう。それに心持ちや自己肯定がトラウマの払拭に繋がると知れるのであれば、俺としても嬉しい。

 

 

 

 

 

 そしてやってきました伏魔殿。水着売り場。

 自宅にあった下着やらなんやらで大体の想定はしていたが、他人に見せる事を主目的とした水着はどうしようもなく性差の主張が激しい。

 

 予めに説明をすると、この世界において男性水着のトップスというのは着けても着けなくても構わない。

 雌の象徴が柔らかいものである以上は、尻や太股と同様に胸部はフェチズムの一つだ。寧ろ、胸部はその二つと比べるよりは、鎖骨の窪みや、うなじ、へそなどに分類されるようなフェチの一つなのだろう。股座が性の中心地である以上は、副産物的な意味合いが生まれる方が興味の対象になりがちというのは柔らかさだけでないのは皆が承知である。

 つまりは、二次性徴において変わる部分こそが性的な趣向になりやすいという話だ。

 

 

 

 故に、恭平は悩んだのだろう。

 二次性徴に伴い大きくなる玉や竿と表裏一体で、支える為に発達する背筋というのは男性的な魅力の一つであると考えられるからだ。顔は言うまでも無いが、背中のスキンケアというのがこの世界の男子にとっては一般的である。

 背中の手術痕というのは、決して軽い事として考えてはならない。

 彼は今日、勇気を出せずにトップスを買うのか。トップスは無しで試着するのか。それは彼の思いに委ねられているのだ。

 

 

 

 

 というかサイズを考えると本当に選べる水着が少ないんだな。加えて、身長も低いからスリットの入った長いヒラヒラのついた水着も無理だな。折角だから一回、思いっきり可愛い系の水着を着たいが探す事が難しそうだ。

 上から被さるようなフリフリ、これだけあればと思うが、明らかに脚を隠す部分が少ない。とはいえ体の構造上、ブーメランなんぞは穿けないから今手にしているのがビキニに該当するレベルの水着なのだろうか。短さでいえばホットパンツとハーフパンツの中間だろうか。

 もう一つ、丈が長いものも試着するか。性の受け入れ、出来るなら早い内がいいとは思う。

 

 

「マサ、選ぶの早い。」

「そういう清哉は選ばなくていいのか?」

「いつもは恭平がアドバイスくれる。忙しそうだから、マサに頼む。」

 

 

 見れば、恭平は咲に聞きながら水着を選んでるようだった。チラと、咲が俺に助けを求めているようだったが、友人との契約の履行をしなければならない。

 仕方なく、そう仕方なく俺は清哉の水着選びを手伝い始めた。

 

 

 

 

 

 時間つぶしに苦心する事ほんの三十分弱、恭平が水着を選んだのはようやくといった具合だった。既に試着室の一つを占領している俺と清哉は歩み寄ってくる二人を迎えた。

 

 

「見て、マサが選んでくれた。」

 

 

 試着室の中でクルクルと回りながら、清哉は水着を見せつけている。水着姿だと半袖状に日焼けが分かり、普段からケアをしても尚焼けてしまう清哉のアウトドア加減が良く分かる。

 下の水着はホットパンツ程度の短さ。清哉は勇気があるのか男はこれくらいは普通に着れるのか。ある意味では、スタイルの良くなければ穿けない水着で、この中では清哉以外には買えない代物だ。時間があるから選んだトップスは、ボタンが一つのへそが見えるタイプ。色は上下セットにしておいた。

 

 

「マサにしてはそれなりってとこだな。清哉はどうせ泳ぐんだから、上を買うならもっと動きやすいやつのがいいと思うんすけれどもね。」

「でも、これ可愛い。」

 

 

 見せびらかす様に、清哉は俺らを見ながら揺れている。俺は散々一緒に悩んでいたから、どちらかと言えば咲の――女性の意見を待っているようだった。

 水着姿に戸惑っているのかと、咲をチラリと見れば、顔と耳がほんのりと赤くなっているが疲れているのも良く分かる。恭平からの逆セクハラが有ったのだろう。アイツのからかいを受けるのは疲れる、俺は良く知っている。

 他の友人に擦り付ける分には楽しいが、家族がその立ち位置に居ると少ししか喜ぶ事が出来ないと分かった。

 

 

 

「私も上着はある方が良いと思います。その、似合ってるので。」

「駄目だって咲ちゃん、上着じゃなくてトップスって言わないと。オシャレじゃないとモテないっすから。」

「別に、恋愛なんて興味ないし……。止めてもらえます?」

「俺はこれを買う。次、マサの番。」

 

 

 

 

 カーテンを閉めたかと思えば、早着替えで試着室から出てきた清哉は俺の手を掴んで中へと無理矢理押し込めた。

 しかし、奴もおとなしそうな顔をして咲をからかう為にギリギリのインナーを着てきたというのは驚いた。待っている間に聞かされたが、からかいが二割で、残りの理由は全体図が邪魔されるのが嫌だからはみ出ない下着にしてきたとの事である。

 まあ、試着の際に下着がはみ出てしまった方がだらしないし、そっちを見られる方が恥ずかしいだろう。

 

 

 流石に、直に穿く人はいないとは思うが誰が触ったとも分からないものだ。どうせ買う時はバックヤードにある商品と取り換えてもらうのだが、気を付けておいた方が良い。

 

 

 

 しかし、水着に限らずボトムズを穿くのは面倒だ。諸々を中に押し込めつつ、着るとなると入口が大きい必要がある。二次性徴に迎えた男子は基本的にベルトが必須。なり余る部分を押し込めた後に、紐を縛るだけで脱げないようにとするのは中々に度胸が居る。特に、ウエストとトップの差が有れば有るほどに、お腹周りがガバガバだから、しっかりと結ぶ。

 トップスは別に買うつもりはないから下だけ着替えればいいか。

 補整下着の上から穿いたからか、大分きつく感じる。だというのに雌の身体は非力で、紐をがっしりと結べない。これで泳いだら脱げかねないから、仮に泳ぎに行くときは二枚くらい穿いておくようにするか?補整下着の上から穿けるなら二枚でも穿けるだろう。

 

 

 ――シャッ!

 

 

 

「こんな感じになった。どうよ?」

「いや、折角なんだから上に着てたら意味ないだろ。」

「デカいだけ、死ね。」

 

 

 まともにレビューをしてくれない。

 まあ、清哉は私怨半分、冗談半分だろう。心の底から誰かを嫌ったりするような奴ではない。だが、嘘でもいいから褒めるくらいはするべきだと思う。お前の水着選んで、そんなに気に入るくらいなら俺の美的センスは損なわれていないのだから、水着じゃなくて身体を評するのは止めて欲しい。

 恭平を勇気づけるという目的はあっても、別に俺が上半身裸になるまでも無い。上を脱げと言ったのはそういう意味も込めての事だと思う。

 応援はするが、ある程度は自分から行動して欲しい。

 

 

 

 

「咲はなんか意見とか無いのか?こいつらは役に立たないんだが。」

「別に。何とも変とも思わないから。勝手にすればいいでしょ。」

 

 

 

 すごい。誰も優しくしてくれない。あー辛い。過呼吸になる~。

 本当は冗談でもこんな考え方するのは良くないんだろう。でも正直なところ急に態度を変えられても困るが、恭平はお互いに協力しようと相談していたのに基本的に協調性が皆無だ。

 誰も褒めてくれない。承認欲求は薄い方だと思っていたが、最近ちょっと心が寂しい。

 一人静かにカーテンを閉めて、黙々と着替えた。

 

「はい、次。自信あるやつ入れ。」

「もう僕しかいないんだが?」

「流石、タバコ嗜むやつは自己肯定が強い。」

「ヤニヒラさん……。」

「え、その呼び方って仁科家で浸透してる?やめてくれ、照れるっすから。」

 

 

 

 

 相変わらずフワフワとした中身の無い返ししかしない。

 恭平は俺らの中でも、それなりに背が高い方だからファッションに関しては気を遣ってるし、時間と労力をかけてるだけあってセンスと努力は見た目に表れている。アイツの趣味はオシャレと言っても過言ではないだろう。まあ、日常的にタバコと酒に金を使っていて服を買っていたらそれ以外に金を使う余裕なんて生まれようがないとは思う。

 

 

 

 

「着れたっすよ。」

 

 

 全体は黒、差し色が緑のパレオと表現すれば一番わかりやすいだろうか。大分のスケスケ具合に、どぎついスリット。にも拘らず、程よい大きさの股座と長い脚、運動もしてないくせに凹んでいる腹部。スタイルが無駄に良いのが腹立つ。

 最低限の体形維持しかしてなかったが、俺も少しは体を絞った方が良いのだろうか。

 

 

「僕は、自分で言ったんで、折角だからトップス無しなんすけど、如何すかね?」

 

 

 

 そして、宣言通り。彼がパレオをなびかせながら回ると、その背中には背骨に平行な縦一文字に刻まれた手術痕があった。別に、痛々しいとも思わない。だが、事情を知っている俺が何かを言ったところで慰めにもならないだろう。

 第三者であり、異性である咲の率直な意見以上に心に響くものはないだろう。

 俺も適当におだてるのは当然だ。恭平はしなかったがな。

 

 

 

 

「こうしてみると黒い水着が似合うのって、羨ましいな。」

「筋肉がついてないのに痩せてるから、すらっとしてる。」

「頑張って節制するだろ?タンパク質をあんまり取らないで筋肉付けずに痩せるようにしてるんすよね。」

 

 

 横目で咲を見ると恥ずかしそうに目線を泳がせていた。流石に半裸ともなると、見るだけでも照れてしまうらしい。

 

 

「咲ちゃんはどうすか?選んでくれたやつ、実際に着てる印象は違う?」

「いや綺麗だと思いますけど。」

「それって水着?それとも僕が?」

「その、どっちも、だと思います……。」

「じゃあこれ買うって決めた。着替えるからちょっと待ってるっすよ。」

 

 

 

 試着室から出てきた恭平は一目で分かる程にご機嫌だ。皆には見えないように、俺の背中を数回叩いた事を考えると、中々に精神的な余裕が生まれたのが伝わってくる。問題があるとすれば、咲が恭平を見る時に少し熱っぽい感情が混じっている事だ。

 これが色恋なのか、ムラっときているという事なのかは知らないが、二人ともに火傷をするような事はくれぐれも控えて貰いたいと願う。

 

 

 

 

 

 

 各自買い物の荷物を持ちながら、少し遅めの昼食に向かう。

 この付近に長く住んでいれば、知っている店。特に買い物が出来るほどの店舗が立ち並んだ駅の近く且つ、混雑するショッピングモールのフードコーナーとは少し離れた場所。そんな蕎麦屋が、俺たちの行きつけである。

 

 

「コスパ考えたらこの店しかないよな。」

「基本的な、コスパは最高だからな。マサはトッピングするから大分持ってかれるんすけども

。」

「蕎麦を食うなら普通は天ぷらも頼むんだ。」

「通は蕎麦屋で蕎麦を頼まない。マサはにわか。」

 

 

 

 全く、まるで相容れない。恭平は天丼、清哉はうな重を頼む。確かに、この店の丼は、価格の割には相当美味い。だが、美味しいかどうかが基準ならば、この店の料理は大体において美味しいのだから、何を食べるかは何が好きかに基づくべきだ。

 誰に何を言われようと、俺は蕎麦を注文するし、その目的はスーパーとは比べ物にならないサクサクとした衣の天ぷらをトッピングする為なのだ。

 いか天、えび天、椎茸、舞茸、茄子、此処では頼めないがふきのとうも美味しい。

 気分によってそのままで食べたいし、あったかい蕎麦、冷たい蕎麦のつゆに付けて食べるのも絶品だ。

 今日は冷たいざるそばと天ぷらにしよう。トッピングは何にしようかな。

 

 

 

「咲ちゃんって来年受験生だっけ?大学はどこを目指してんの?」

「まだ良くわかんなくて。恭平さんって何処に通ってるんですか?」

「こいつは咲が思ってるより頭いいぞ。」

「通える範囲で一番頭いい大学。友人間では一番頭いい。」

「それでも浪人だったり学部替えでごたついてたから皆とは二周遅れ。お陰で就活のノウハウを教えて貰えるから助かるっすわ。」

「…………じゃあ頑張れば一年は一緒に。」

 

 

 

 咲が悩んでぶつぶつ言っていると店員さんが料理を運んできてくれた。

 四人席、テーブルを挟んだ二人には聞こえてないが俺にはがっつりと聞こえている。正直、咲の成績で今から頑張ってどうにかなるんだろうか。部屋に入って直接に勉強姿を見たわけではないが常に努力できるのが真に天才なのだとは、二十歳を越えた程度の人生経験でも何となくわかる。休日は二度寝に勤しむ妹は大丈夫なのだろうか。

 

 

 

「だとして、浪人時代に本当の天才に会ってプライドなんてないんすけどね。」

「その話は聞いたことないな。」

「初耳、なんで隠してた?」

「それなりに自信とかあったから、汚点なんて隠してればと思ってたけど。僕が思ってたよりも皆は受け入れてくれるし隠しても意味ないと思ったんだ。」

 

 

 付け合わせの漬物をかじりながら、恭平は事もなげに言った。一時間にも満たない時間で、恭平は過去のトラウマを吹っ切り、前を向いて歩きだしたのが分かる。

 

 

「同じ塾にいた見るからにヤンキーの女子だったんだけど、現役の癖に僕より抜群に頭が良かったんだ。」

「でも成績は一番だって言ってなかったか?」

「見た目から感づいてたけど、元々あまり勉強してなかったんだと思う。それでも、普通は受験の応用問題なんて殆どの場合は解き方を暗記して練習あるのみなのに、基礎知識を覚えてからの塾内順位の上がり方がえげつなかったんす。応用を初見で解ける程に知能指数が高い。暗記は時間と比例するから、たった一年で追いつかれることは無かった。でも僕と同じ大学に受かってた筈だから、今頃はすごい頭が良いんだろうなとは思うな。」

 

 

 

 

「名前知らない?」

「淀野とかだったと思うんすけど、大学探しても居ないし覚え間違えかもだな。」

「入学と同時に名字が変わったのかもな。」

「それなりに探して見つからないすれ違わないとしたら、大学デビューでヤンキールックスは卒業したんだろう。今頃は黒く染め直してたりするんすかね。」

「眼鏡とワンピースで学校に通ったりしてそうだな。」

「…………。」

 

 

 

 視界の端に映るのは、咲がテーブルの下で隠れながら頭が良くなる方法を調べている光景だ。雑談が盛り上がっている内に、清哉は食べ終わってしまった。

 

 

「悪いな、清哉。喋るにしても食べてからだよな。」

「気にしなくていい。面白い話が聞けた。」

「僕より天才がいるって話が面白かったんすか?」

「勝手にハードルを上げられた元ヤンが可哀想って話。」

 

 

 

 

 その後、咲が通っている塾と恭平が通っていた塾が同じだったと分かったり、何となしに咲が二人と連絡先を交換していたが、俺にはそれほど関係の無い話が殆どだった。というのも、今日は買い物に同行したが、反抗期の咲が俺に関係の有る話題で盛り上がれない事が大きな要因なのだろう。

 

 

 

 思ったより話し上手で聞き上手という妹の新たな一面を発見しながら、中々に会話に参加できない話題ばかりで手持ち無沙汰な俺は、意味も無く葉山へ「水着を買いました。」というメールを送るのだった。別に俺の会話が下手なのではなく、食事をしながら喋るのが苦手というだけだ。咀嚼している時は口を開きたくないだけなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 因みに、約三時間後にきた葉山の返信は「水中での運動は全身に負荷がかかって良いらしいよ」との事だった。やっぱり、もう少し痩せた方が良いのだろうか。


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