視覚、180度の世界にて   作:解法辞典

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長くなったから前後編に分けて、主人公の出番が殆ど無いという。
次回まで女性視点の話です。


空に輝く園 前編

 夏祭り、何と甘美な響きだろうか。

 恭平に頼んで、清哉くんに告白するお膳立ては済んでいる。今日この日、あたしは勝負に出なければならない。

 

 

 それにしても、特に脅すような事も無く、だというのに頼みを聞いてくれる従弟は本当に心根が優しいのだろうと思う。

 恭平は優しい、だからこそ親しくなる程に彼は人を遠ざけようとする。それが今の彼。親戚の集まりでしか会わない関係だったが数年前に突然、砕けた口調になっていた事に直面した時に面食らってしまった。

 人当たりが良く、親しみやすい、そんな印象を恭平にはそれまで感じる事は無かった。あれがあの子なりの保身で、その猫かぶりから嫌悪感があらわれるのは親しい人――あたしが見た中では両親に嫌われるような振る舞いをするのは知っていた。猫かぶりも、親しい人への嫌われるような振る舞いも、ある日突然に人が変わったようだと聞いた。

 

 

 

 

 叔父さんには、それとなく面倒を見るように頼まれている。だから、様子を見るついでに合コンの話題を振ったりしていたのだが、恭平の照れ隠しには程遠い悪態ですら許している友達が居ると分かり、あたしは安心した。

 怪しまれない為の、冗談で言った彼氏探しだったが、話をするだけで清哉くんに惹かれていくのが、あたし自身で良く分かった。だから、女として誠実に対応しなければならない。

 

 

 彼がする気の抜けた会話。だけど心に染み入る魅力がある。

 会話の糸口としての質問には基本的に一言でしか返さない。でも、清哉くんが好きな話題になった時に、ワンテンポ遅れて、彼の目に映る景色を教えてくれる。

 

 

 

『清哉くんって、好きな飲み物ってあるの~?』

『水。』

 

 会話をすると、くりくりの目を必ず向けてくれるところも可愛い。

 

 

『でも、疲れてたら、モノによって染み入る上手さが違う。詳しくないから出来ないけど、山に登った後にコーヒーを淹れられたら格別だろうなと、登ってると偶に思ったりする。』

 

 

 

 喋り方は起伏がなくても、込められた感情が伝わってくる。あたしがある程度の感性を商売道具にしているのもあるが、混じりけのない気持ちに触れる事がなにより人の美しさと思える。

 そんな純粋な、人の綺麗な部分を見て、心に蓋をしない事に決めた。

 

 

 あたしは清哉くんに告白するのだ。

 

 

 

 集合時刻より少し前、休日だというのに着信した嫌な上司からの謎の人探しメールに、断りの意味を含んだ空返事をした。このちょっとしたイラつきに目を瞑れば、殆ど準備は万端だった。

 指定の集合場所には、いつぞやの合コンで会った青年と二人で他の人たちの待っている。

 

 

「この辺で一番大きな祭りとはいえ、すっごい人混みだよね~。」

「本当に、皆が心配になるよ。だって送りに咲ちゃんが来るけど男の子三人だから変な人に絡まれてないかなって。」

「仁科くんの妹ちゃんだっけ?」

「そうだよ。少なくとも実の兄を守ることは保証出来るんだけどね。」

「それって妨害されてるって意味でしょ~。」

 

 

 

 就職してから、初めて出来た同性の友人だと思う。希は特に嫌われるような性格では無いし、見ていればバレバレの態度とかは寧ろ好感が持てる。

 恋のライバルじゃない所もあたしにとってはポイントも高い。

 数年ばかり年上なだけではあるが、心が擦り減ったあたしにとっては現在まで続く彼女の初恋を応援したい気持ちはそれなりに持っている。加えて、今日の集まりの中では自分が最年長。節度ある大人としての責任がある。恋心よりも優先しなければならない事は山ほどあるのだ。なんらかの問題が起きたらあたしの責任になる。

 

 

 

 それら諸々に余裕を持って対応し、落ち着いた大人の魅力で清哉くんにアピールしてから告白するのだ。

 

 

「あっ、みんな来たみたいだ。」

「三人とも浴衣だ~!」

 

 

 

 はい、ギャンかわ!

 マジで清哉くん可愛すぎなんですけど!えっ、浴衣が似合いすぎで直視してるだけで目と脳が融けそう。浴衣だからいつも冠っているオシャレ帽子じゃなくふわっとした髪の毛があらわになっている。見てるだけでも柔らかそうな髪、きっと膝の上に乗せて、ブラシをさせてもらうだけでも至福の時を過ごせるだろう。

 

 

 

 そう、平均よりは少し小さい背丈とスポーツ系のスッキリした身体。持ち上げるだけでも軽いだろうし、抱き抱えてみたらどんなに幸せになるだろう。

 男性のシンボルが慎ましやかなのも、個人的には激マブだ

 浴衣の帯に近い部分にあるだけに、大きければ大きい程に腰から下が不格好になる。着崩れる可能性も考慮して歩き辛くなるとも聞く。

 だと言うのに、他の二人と違って清哉くんが軽やかに近づいてくる様は何だろうと。あたしの気分は、まるで水浴びに来ていた女神に目を奪われて歩み寄っていく旅人のようである。

 

 

 横着してちょっと場に似合わないポーチに荷物を纏めてきているのも個人的には寧ろポイントが高くていい。

 

 

 改めて見ると、おててが小っちゃくて……、おててが小っちゃいな!?

 新たな魅力を発見伝だ。今までに見つけた可愛さに加えて、チャーミングさであたしの許容限界をあふれ出しそうだ。

 暑さや、性的な意味なんかなくても、のぼせ上ってしまいそう。溢れ出る赤い情熱が、今にも鼻の奥から噴出しそうだ。

 

 

 

 は~清哉くんきゃわゆ~!ガチにLOOOOOOOVEだわ。

 

 

 

 

「似合ってる?」

「すっごい似合ってるよ~。キュン死にするかと思っちゃった。」

「良かった。」

 

 

 ん゛っ!!

 上目遣いで微笑まれただけで心臓が収縮したような感覚になる。でもここで心のままに行動してしまうくらいなら、今までのデートで気持ちを伝えてしまった方が早くに恋仲になれた筈だ。

 今日の花火大会で、花火が撃ちあがっている最中に告白するからこそ意味があると、あたしのプランだ。

 

 

 

「今日、楽しみ。」

「あたしもだよ!清哉くんがくるまでも心臓がバクバクだったけど、こうして目の前にいるとはちきれそう。」

「…………分かりやすい。」

 

 

 見惚れて――清哉くんと談笑していると、他の人らはもう出店で何を買うかの相談をしているようだった。

 

 

 

「清哉、屋台マップを配ってたっすよ。どこか回りたいところ有ったら探すけど。」

「人数分だけ貰ってくればいいだろ。面倒くさがるなって。」

「マサは馬鹿だな。浴衣着て、荷物持ってるんだからこんなの持ちながら歩いてたら転んだ時に手をつけないだろ。僕はそんな危険なことはしたくないな。」

「じゃあ、にっしーの分は私が持つね。」

「大丈夫だ俺が持つ。おい、上に掲げるな。届かないだろ。」

 

 

 会話の流れで、女子が男子の為にマップを持つ事になった。

 

 

 

 マップをのぞき込む清哉くんと肩が触れ合う。

 香りとか感触だとか夏の魔力も合わさって、もうあたしは正気を保つのが出来なくなってきている。声を拾う事すら難しい。

 あたしの身体に触れている。お淑やかでありながらも油断して接触してしまうような、まさか心を許してくれているのか?それとも天然?小悪魔だろうとそうじゃなかろうと、こんな振る舞いをされて耐える事も、気づかない振りをする事も限界に近い。

 

 

 女がすたるとかの問題ではなく、手をつなぎたいという欲求を抑えることが出来ない。そんな段階すらフッ飛ばしてその横顔をぷにっと突きたい欲求すら湧いてくる。一瞬一秒でも早く二人きりになって、恋仲になりたいという胸の内を告げたいと思っている。

 

 

「水ヨーヨー。みんなで二つ以上山分けしよう。」

「そんなに獲っても抱えきれないだろ。そんな簡単に獲れるものでもないし。」

「マサには無理。俺は余裕。」

 

 無言のままに、服を引っ張られる。荷物持ちという意味らしくて、水ヨーヨーを持ち帰る役割はあたしであるらしい。頼られるだけで、心が満たされる。

 

 

 しかし、マップはあたしが持っているのに清哉くんは出店の場所を分かってるのだろうか?

 

 

 

 

「歩くの疲れる。ちょっと休みたい。」

 

 

 指をさされたのは、休憩用のベンチ。祭りが始まったばかりという事もあり誰一人として座っても居ない。鳥のフンも雨露も無いが、清哉くんが座る所にハンカチを広げる。

 眉をハの字にして、ハンカチの心配をしているが汗拭き用のタオルも見せると多少は納得してくれたようで、ふわりと座った。

 

 

「はい、どうぞ。」

「急にどうしたの?どうぞって言われても~。」

「散々アプローチかけて、言うことないなら帰るけど。」

 

 

 そっか。気持ちバレバレだったんだ。

 だったらここで逃げる訳にはいかない。

 

 

「好きです!付き合って下さい!」

「いいけど。」

「本当に!?」

「結婚って訳じゃないし、付き合うまでなら。」

 

 

 

 恋愛観への意識が違う。それとも危機感とでも言うのだろうか。信頼してくれてるの?だとすれば嬉しいけど、ちょっと無防備すぎて良心が痛む。

 

 守ってあげないと。

 

 

「じゃあヨーヨー取りに行こう。」

 

 

 

 差し出された右手。少し恥ずかしがったように、あたしを見つめてくれる。

 

 きっとこの幸せを享受する為に、これまでの人生を歩む必要があったのだろう。こんな天使を養う為だったら、どんな苦痛だって耐えられると思うな。

 

 

 手をつなぐ。

 握り返されただけで舞い上がってしまう。

 

 

「安心して、花火までには確保する。」

「すっごい自信だね~。もしかして縁日名人?」

「スーパボールも得意。どんな道でも究めると意味がある。最初から意味を求めるなら名人になれないし、名乗るようなら求道者じゃない。」

「じゃあ、清哉くんは求道者じゃないんだ。」

「程々に、懸命に、だから名乗ろうと、言葉にしたからダメって訳じゃなくて…………。それなりに、その。桜子さんのこと、嫌いではないと思って大丈夫だから。」

「もっと好きになって貰えるようにマジ頑張るから。」

「うんっ。」

 

 

 今日の花火は私たちの道を照らす祝砲になると信じている。にしてもいい匂いするな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー肩の荷が下りたっすわ。」

 

 遠目で、カップル成立の瞬間を見ながら恭平さんは溜息を吐いた。祭りの喧騒に消えていく路次さんと清哉さんをこそこそと追いかける男の人を一人にする訳には行かない。

 わざわざ誰かさんに黙って葉山先輩を呼び出したのが功を奏したわ。トラウマだなんだと口にする割に、誰も彼もが危機感が足りない。男一人で独断行動?何も学んでないにも程があるわよ。

 

 目の届かない範囲。どんな事が起こるかなんて、私が知りうる出来事ですらまだ最悪ではないのかもしれない。だから、親しくなかろうと目が届かないと悪い方向に考えてしまい、私は動きが固まるか、勝手に動いてしまうのかもしれない。自己嫌悪というのはない。でも、何かを考えてしまった時に深呼吸をしない日があるかと問われれば、問題ないわ、と答えられる筈もない。

 

 

 

 

 

 誰かに言われるまでも無い程、臆病な私。取り巻く色々な面倒の原因となった事件を解決しようと一歩踏み出した兄さんと面と向かって喋ろうともしない。壁一枚程度の部屋から聞こえる会話から恭平さんの事情もある程度知っていた。でも、恭平さんの背中の傷を見て経緯もある程度知っているのに、正直な話をすれば感情が湧かなかった。目を逸らし、違う部分をねめまわすのが精いっぱい。

 私にとっては目に毒。それだけを感じた一日で、兄さんは少し勘違いしてるように思える。

 

 

 誰も彼もを心配と思う気持ちはあっても、自分自身でさえに目標すらないのが現状。ただ少し、恭平さんみたいな美人と近づけたらと努力すれば、そんな気持ちがどれだけ続くのかも分からない。学校帰りに塾に寄って、帰った後に何をする訳でも、したい事も無い。兄さんは勝手にゲームやらアニメやらを楽しんでいるが、私が仮にテレビをつけてトラウマの引き金になるかもと思えば、ただ寝転ぶ事が趣味になるのだろうか。

 一過性の熱に浮かされやすい。兄さんの意気込みを勝手にしろと言った事さえ言わなきゃよかったわ。

 身内があんなになって、あの時の兄さんと同じように本気で何かを打ち込むという逃げ場を無くす行為に、やる気が起きない。考えがコロコロと変わる。あっちに行ったりこっちに行ったり。私の心の所在は私が一番分からない。

 

 

「何を難しい顔をしてるんだ?」

「そんなでした?。」

「質問口調で僕に言われても、何か考えてたんじゃないんすか。」

「まさか男の人が隣に居て、考えることなんてないですよ。」

「じゃあ、僕のこと考えてたんだ?」

「隣にいるなら直接に言います。」

「もっと自分の発言に責任持てよ。でも、浴衣褒めてくれるだろ?清哉たちは無事に見届けたし、僕らは今から夏祭りを楽しむってことで。」

 

 

 着付け時点で私が迎えに行った際も、集合場所に来てからも催促されて既に浴衣姿を何度も褒めている。そう何度も可愛いって言葉を口にすると言葉の重みや価値が薄まってしまうと思うからいい加減にして欲しい。

 

 

「二度も三度も同じように褒められませんよ。」

「じゃあ、他の褒め方して。」

「浴衣自体は出尽くしたからもう容姿について褒めればいいですか?」

「興味なさげに言われると僕だって傷つくんだけどな。咲ちゃんって照れるんだけども表情が変わらないし、からかってもなんとなく罪悪感が湧いちゃうんだよね。」

 

 

 良く言う。買い物の時は笑いながら水着を片手に私をからかい続けた癖に。

 

 

「良かったじゃないですか、極めて正常で健全な心が残ってますよ。」

「僕のが感情の残り具合で言ったら段違いだと思うっすけど?花火を見て綺麗と思うくらいには。」

 

 

 

 花火を見ればいくら何でも私だって表情くらいは変わる。どれだけ鉄面皮だと思われてるのよ。

 

 

「恭平さんは、ポーカーフェイスじゃない割には心が無いってことですか?それとも私の表情を崩せない負け惜しみですか?」

「そこまで言うなら、相手の表情を崩した方に1ポイントで5ポイント先取した方の勝ちで良いだろ。」

「受けて立ちます。恭平さんは不意打ちでもなんでもしていいですよ。私は負けませんから。」

「じゃあ、対等な勝負だ。僕への敬語も止めてもらおうか。」

「……わかったわ。花火が打ちあがるまでには決着に。」

「まさか、もっと早くに終わると思うぞ。」

 

 

 

 

 そんな強気の言葉だったが、何はともあれ、出店に向かう。第一に祭りを楽しみながら、勝負も行う。

 だけど買い物で愛嬌を振りまくだけで、恭平さんは既に三回の負け。私は未だにゼロポイント。流石に楽勝だ。曰く、ハンデとか言っているが今食べてる物を消化し終わって三軒は回るうちには私の勝ちになるだろう。

 

 

 

「見るからに兄妹というか、まあ女の子だからな。マサよりも滅茶苦茶食べるじゃんか。」

「焼き鳥なんて一人で1パック食べるのはおかしくないでしょ。恭平さんは、わたあめを食べたってお腹に溜まらないのに好きなの?」

「食べ物の基準が腹持ちの良さの時点でおかしいだろ。僕は急に脂っこいの食べるとお腹を壊しちゃうから。縁日の屋台だとお菓子類とかになっちゃうかな。」

「ポテトとか焼きそばとかは分かるけど、焼き鳥ならそこまでじゃないわ。試しに一本食べる?」

「くれるんだったら有難く。」

 

 

 串を渡そうと手に持ってみるけど、恭平さんの右手には荷物鞄、もう片方はわたあめで埋まっている。人の流れから少し避けた場所に移動した恭平さんは口を開けている。良く分からないが、取り敢えず男性にいつまでも荷物を持たせ続けてるのも常識が無かったのかもしれない。

 串じゃなくて鞄へ向けて手を差し出すべきだったわ。失念してた。

 

 

「咲ちゃん、いい加減に恥ずかしいからさっさと食べさせて欲しいんだが。」

「いやそれより、荷物持つよ?」

「だとして今更か?というかこの前の買い物でそれなりに動揺してたのに、食べ物を食べさせることにトキメキを感じたりしないんすか?」

「私の信条として、食欲に他の雑念は持ち込まないので。」

「これはポイントゲットは大変だな。まあ気にしないならさっさと、あーん。」

「はいはい。」

 

 

 歩きながら催促されたら横向きに焼き鳥を差し出す。わたあめと焼き鳥を交互に食べているが、恭平さんは甘しょっぱいのが好みなのだろうか。まあ単品での美味しさというのは大事だけど、それ以上により良いものの追求とかは大切だとは感じている。

 ホットケーキにバターを乗せるのも先人の知恵と言えるのかもしれない。私も今後は夏祭りに特製のタレとかを持ってくるのもありかもしれないわね。

 

 

「はい、1ポイントゲット。」

「え?」

「食べ物を考えるだけで表情筋が緩みまくりだな。僕から食べ物の話をするだけで勝っちゃうのは詰まらないかもっすね。」

「いや負けませんから、二度目はないと思って――。」

「おすすめのカキ氷の味は?」

「味と言われると難しいわね。だってシロップって一般には全部同じ味って言われるから、分類的には宇治金時や練乳系が他の味って区分になるんでしょうけどでもいちご練乳はちゃんといちご味だからやっぱりシロップというのも一つ一つが違う味という前提の話で良い?」

「それだけ語って感情の変化がないって言い張るんなら僕の負けでいいけど。」

「……食べ物の話は禁止を提案したい。」

「じゃあ他なら断らないんだ。」

「女に二言は無いって、信じてくれるならいいわ。」

 

 

 人の弱みから攻撃してくるとは大人げない。しかし、私だって人当たりの良い恭平さんの買い物は負けそうになるまではこれ以上のカウントをするつもりはない。お互いに弱みは見せた状態、言うなればまだまだ五分の状態だ。

 負けが決まったわけじゃない。

 

 

 

 

「咲ちゃんがマサへ邪険に振る舞ってる理由を聞いていいか?」

 

 

 

 綺麗な顔をして、人の喉元に刺さるような言葉を突き付けてくる。今ほどに、心の殆どが死んでいる事に利点を感じたことは無い。

 

 

「なんかムカつく。って理由になる?別に、あいつだけじゃなくて親も同じ。でも同じ家で暮らすなら二人よりは一人のがマシだと思うのっておかしい?。」

「本当に?マサのトラウマが原因じゃないの?例えば。」

 

 

 

「マサに忘れられるのが、怖いとか。忘れられたこと自体が、咲ちゃんのトラウマになってるとか。」

「…………。」

「ねえねえ、当たってるかどうかだけ僕に教えない?」

「――まさか、あいつの主治医って結構な名医なのよ?私も様子がおかしかったらあの先生は気づくわ。トラウマなんてもってのほか。」

「そっか~、ポイントでも稼げると思ったんだけど見当違いだったっすね。」

 

 

 

 当然。私にトラウマなんてないわ。きっと恭平さんは、当時の兄さんの様子を見てないからこういう考え方が出来るんだろうと思う。正直、私の考えでは出てこない方法で態度の理由を割り出してくるとは考えなかった。

 目ざとい。このまま交友関係を続けていれば、その内この人にはバレてしまうだろう。その前に決着をつけなければいけないわ。

 

 

 

「あいつが、私との思い出を忘れたことがあるのは本当。でもそんな程度でトラウマにはならないでしょ。」

「当事者じゃないからってことか。嫌なことを思い出させてごめんね?」

「気にしなくていいよ。」

 

 

 それに、思い出す事は何もない。

 

『ごめん、咲。ごめんな。』

 

 

 私は、兄さんのあの言葉と表情を絶対に忘れない。

 兄さんにあんな事をした奴らを絶対に許さない!忘れはしない!身内の人生を滅茶苦茶にした奴らを当事者が許そうと、私は絶対に報復すると決めたんだ。だからその為なら私一人の人生を捧げたって良いとさえ思ってる。

 最後まで終わって、まだ私が許されてるなら、恭平さんのトラウマの原因になった人間の人生をズタズタにしても良いかもしれない。ふふふっ。きっとこの怨嗟が私にとっての生きる楽しみなのかもしれない。

 

 

 

「ふふっ。」

「はい、1ポイント。どうして笑ったのか知らないけど、思い出し笑い?」

「ううん。少し先の未来を想像して。楽しみなことがあると嬉しくなれるってそれなりに普通だと思うよ。」

「まあね。でも目の前にも結構面白いものって転がってるんだけどなぁ。」

「目の前?」

「そう、あれ。」

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛~~~!なんでよぉ~!なにも祭りの最中にフラなくたって。もう!もう!!!!私の何が駄目なのかしらぁ~!ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~!」

 男性にフラれて、ビール缶を片手に泣き叫ぶ女性が一人。

 

 

 

「ぷっ。あれは反則でしょ。」

「だよね、人選がずるいな。」

「「あの紫垣さん。」」

 

 

 ん?

 

「えっ、恭平さん知り合いなの?」

「咲ちゃんこそ、あれと知り合いなんだ。」

「通ってる塾にバイトでいるのよ。まあ、嘘みたいな武勇伝ばっかりだけどあんな姿を見たら嘘とも思えないわ。」

「武勇伝って?」

「曰くナンパの達人とかの恋愛武勇伝。でも確かに何度も何度も破局してたら小出しのネタなんていっぱいあって当然ね。」

「教育の立場に居たら駄目だろ。僕だったらクビにするかな。」

 

 

 確かに、休憩時間には適当な女子を捕まえて常に猥談をしているイメージだし、普段はそれなりに綺麗な言葉遣いだが、話がヒートアップすると結構荒い言葉になる。

 でも、教師陣に厳格な注意を受けているところは見た事がない。信頼がおかれてるんだろうけど、その点に関しては一切が謎に包まれている。

 

 

「前に、塾へ恩義があるって言ってたけど信用ならないから半信半疑よ。恭平さんは何か知らない?通ってたのって同じ塾にでしょ?」

「あんなの居たら嫌でも覚えてると思うぞ。多分、同じ系列塾で違う場所だと思うっすよ。」

「まあ、あれは忘れられないのは分かるよ。」

 

 

 

「今月で8人っておかしいわよ!夏祭りに向けてガードが緩まってるのってその通りだけど、その通りだ~け~ど~!ゴホッゴホッ!うぇ、気管に入った……。デート一回で女の価値が全部分かる訳ないって分かって欲しいんだよ、ざけやがってよ!」

 

 

 回収すべきか悩むが、横目に恭平さんを見るが紫垣さんに見つかったら面倒だなという感情を隠しきれていない。

 

 

「恭平さん、花火始まったし場所変えましょう。」

「そうだな。もっと見やすいところに移動しようか。飲み物でも途中で買おうか。」

「あの一角は避けてもう一回お店を周ってみるのは賛成よ。晩御飯には全然足りないし。」

「…………。焼き鳥、4パック買ってなかった?」

「ちょっと炭水化物が足りないわ。祭りが終わる前にカキ氷も食べないと。」

「さいですか。僕は見てるだけでお腹いっぱいだ。」

「恭平さんはちょっと痩せすぎよ。そうだ、私のご飯を半分あげようか。」

「五分の一で結構だ。」

 

 

 やっぱり恭平さんは謙虚だ。人をからかったりする癖に、それでも十分に遠慮してあんな感じなのだろう。付き合いの長い兄さんたちは、分かっているから本気で怒らないんだろうと今日で確信できた。

 話に聞く恭平さんは大分人として最低な部類だったから、もしかしたらと思っていた。だけど恭平さんの心には十分に優しさが残っている。復讐、言えばきっと止められる。でも私は絶対に加害者の誰かがのうのうと生きているなんて許す訳にはいかない。せめて、花火くらい綺麗に散りたいと――――。

 

 

 ――目深にかぶった帽子、だけどアレは間違いなかった。

 

 

「っ!今のは!」

「どうしたんだ?咲ちゃん怖い顔して。」

「いや見間違えですね。」

 

 

 見間違えるものか!でもこんな人込みで追いかけるなんて出来ないし、恭平さん伝いで兄さんにこの怒りを気付かれる方が余程不都合だ。兄さんのトラウマの原因がすぐ近くに居るというのに、また私はこうして黙っている事しか出来ない。

 こんな時ぐらい誰かにバレる程の怒りを顔に出した方が、この心に正直なのだろう。私の心は、兄さんと同じで、あの時から固まったまま。今すぐに行動を起こしたい気持ちは山々だが、私は感情的に誰かを傷つけたりしない。

 計画的に、追い詰めてやるんだ。




投稿が遅れてるのはやる気とかじゃなく、忙しいから。待っててくれる人がいるなら申し訳ないと思います。
(口調を考慮した一人称が上手くなればもっと書くのが早くなるのだろうか。)

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