ライブ会場に恭平を残して車に乗り込む事になった。
呼び出されたと伝えると、邪魔になると悪いと応えてくれる。恭平は心身ともに笑顔で叩いてくるような友人だが、デリケートな部分には人一倍敏感だ。変に気を遣うくらいなら触れないようにと考えているんだろう。
気の置けない関係は、互いに気分が良いものだと思う。
だからこそ、対して栂園のこういう所が大っ嫌いだ。
日が沈むには早く、しかし昼と断じるには少し遅めな時間。俺と葉山はライブ会場から取って返す形になった。理由は、栂園からの連絡があったから。SNSのダイレクトメッセージによる通達。
『俺様の出番までは暇だから、上り方面の六駅先、西口正面の直ぐにある公園で待つ。』
これが彼からのメッセージだ。
もう、すっかり前から相容れないと感じていたがここまで人の心が分からない奴だとは思っていなかった。あれから奴に関して調べて、そして今日の会場でも分かった事はいくつもある。
栂園の所属は冷泉グループという会社の芸能部門。特に、栂園が入っているアイドルグループは男女混合総勢百人近いプロジェクトで、単位の集合体で構成されている。多くて七人、少なくて二人。そしてその中でもトップ人気は二人組のユニット。その一人が栂園。
人気、序列が高い程にライブでは後に登場だったり、大きなライブにしか出演しなかったり、単独ライブだったりするらしい。観たのは栂園の情報だけだから肝心のライブに関しては殆ど分かっていない。物販に並ぶほど早く来たわけではないが、大人数という事もあり長く時間の取られたリハーサルが漏れて聞こえてくる場所だってあった。俺らが会場から離れる頃にはライブ自体は始まっていた筈だ。
ライブ後だって時間があるはずで、理由があっても、同じグループ彼ら彼女らの出番を『暇』と表現する輩と知りたくは無かった。彼の歌がうまいと認めていたかつての俺以上に、パフォーマンスに期待するファンや同じ所属の人間がいる。リハーサルは少し聴けばわかるほど一生懸命で、ライブが始まる前からファンも熱心にしている。それを軽んじるような男に聞く事なんて本当だったら無くていい。
義憤を感じるとは、今日この時をいうのだろうか。きっと二日も持たない感情で、言うなれば八つ当たりのようなものに過ぎない。
そう、心の奥底では感じていた。俺以外の誰かが迷惑をしているんだったら、俺が栂園を嫌っても良いんじゃないかという免罪符を探していた。でも、もし、俺がこんなであるように、栂園があんなやつである事に理由があるんだとしたらそれは俺の知らない話。きっと同じく性別に起因する話だ。俺と恭平のトラウマがそうであるように世界に感じるズレの原因を体感で語るのならば、性に関する話。現状は、それ以外に考えられない。
この世界の男だから、栂園はああなってしまった。この仮説が正しいとして、だからどうだっていうのだろうか。目の前がすべて、だからきっと理由があったとしても、俺が受けた仕打ちに、他ならぬ俺が一番怒るべき筈なのに。
「にっしー、あと十分もしないで着くけど大丈夫?」
「どうであれ行くしかないだろ。覚悟、って言えればいいんだが。なんにしても諦めがついてるから引き返す必要はない。」
「そっか。」
空気はそれほど重く感じない。気持ちは思ったより沈んでいない。きっと事態が好転しないと予想されている事だけは、俺も葉山も否定しないだろう。
恭平はここに付いてこなくて良かった。あいつは、ああ見えて気をまわして空気を和らげようとするだろう。たとえどんな形でも、当事者以外の誰であっても、踏み込んでほしくない。こんな下らない話で傷ついたり、嫌な思いをするのは俺たちくらいで十分だ。
「こんな時間に、俺ら以外の公園に車が止まってるって事は……。」
「うん、栂園はもう来てるって事だよね。」
特別高級感も無い車。社用車でもない。本当に私用で、あいつは仕事を抜け出してきている。そして正面すぐというにあいつの説明にしては、本音でいえば遠すぎた、寂れた場所。何かが埋まっていた跡があるだけで、ベンチ以外に遊具すらないのは、きっと世間の流れだろう。
公園に人影は一つ。
「ようこそこんにちは?こんばんは?まあなんだって良いや。なんと正美くんが俺様の為に態々来てくれました。パチパチ……。すっごい嬉しいぜ。なあ、本当はゆっくり話したいんだけど。俺様って超がつくほど売れっ子だから、今日は大体三十分で許してくれよ。……なんて、どうにも正美くんが許せないのは時間が足りないだけじゃないようで俺様は嬉しいぜ。どんな理由であれ存在を、人の心に刻みつけるのってどうしてこんなに気持ちいいんだろうな?アイドル、冥利に尽きるって感じか?」
「話をしたいのは、そっちだろ。何もないなら俺たちは帰るぞ。」
「焦らしてくれるじゃん。分かってるくせにそんな言い方するんだもんな。」
俺から焦らす事なんてない。もし、話さないのならばそれは栂園の事情だ。引き伸ばしにするメリットなんて俺にはない。
「あれから少しばかり考えて。やっぱり正美くんってずるい奴だなって思うんだ。」
「俺の何がずるいって言うんだ。」
「だって、君は中学の頃から秘密を隠してばかりじゃないか。」
悪い事はしていないのに、胸が締め付けられる感覚を覚える。今の俺の状態の話か?だが中学からと言っている。きっと見当違いの事、或いは本当に、今現在の世間と価値観の違う俺の人格の事なのか?
俺は逃げないと誓っている。ここで目を逸らすわけにはいかない。例え、何を見抜かれていたとしても。
「この前の祭りで確信した。まず、はっきりと言うが、励ましの手紙や親友が傍にいる程度で立ち直れるなんて幻想だ。何らかの手法で、君は持ち直せる。俺様はそれを知りたくて仕方がない。歌の技術か?それとも精神的な思考法?何だって同じだ。それが、俺様を魅了しているのが事実だ。」
「そんなものは無い。他人の精神事情に、誰かの理論は当てはまらない。特にお前みたいな奴のは。」
「当てはまるさ。いったい何人が、俺様の前で心を折られていると思う?俺様は知らない。安心してくれ少なくとも自分から折った人は覚えているぜ、一号くん。でも、ファンレターに書いてたりするんだ。夢を諦めたとか、自分はそこまで上手くなれないから応援だけに徹します、才能がないことに気づいたって具合にな。天才は孤独、俺様も正美くんもな。天才的な部分を隠して溶け込もうとしてるけど、それは本当の正美くんか?俺様が君に会った時、君はもっと孤立していた。俺様と歌う度に、君はもっと孤立していった。」
「中学のは、全部、お前のせいで孤立したんだ!それを知らない誰かとか、お前を慕った結果に間違いを犯した人のせいにすんじゃねえぞ!」
「責任の押し付けは正美くんだぜ。君の心が折れた次の日にすっぱりとイジメがなくなったのは、君が普通の人間と認められ安心されたからだ。理解されず同じ恐怖を覚えても、人は暴君には石を投げないが、英雄には平気で投げる。挑み続けて、気味悪がられていたのさ。俺様みたいな暴君に挑む、正美くんという英雄は。」
受け入れられない。その言葉は心に刺さった棘のようだ。俺が、もし栂園と同じなら、周りのみんなの本心はどうなんだ?異物が、受け入れられないというのなら、今の俺は一体、本当に受け入れてもらえているのか?
「どうだっていい。にっしーはありのままを見せて、そして好きと思ってる人がいっぱい居る。私がその一人だし、私以外にも証明できる。猫かぶった人物像でしか受け入れられてもらってないお前とは全然違う!」
葉山は認めてくれている。俺の為に怒ってくれる。少し、隠し事があるのは事実でも、それでも俺の行動や人となりは受け入れてもらえている。
本当は、元々の仁科正美に対しての感情だとして、ここまで皆に心配も信頼もしてもらっているから、今日に俺は逃げるなんて出来ない。
「栂園、立ち直るために必要なのはきっと周りの人だ。俺はこうして前を向いていられるのも、勇気をもらってるからだ。少し揺らいだ心だって葉山のお陰で今は何ともない。」
「違うぜ。君は、どこかで俺様に対しても優越感を持っている。だから踏みとどまれる、だから向かい合える。心の余裕?どこで秀でる?決まっているだろ。」
真剣な目に射抜かれる。俺は、目を逸らす事はせず、栂園も俺を見据えて逃がさない。瞳に映る感情には、ほんの少しの怒りが見えるが、真意は悟らせてくれない。
「歌だ。」
「歌。それ以外にあり得ない。君は、俺様の知らない技術、或いは才能で以って優位性を保っている。そうじゃなければ、無意識に俺様の前で、歌って、それで対抗しようなんて思えないぜ。」
「理解ができないのはきっと、お前が人の気持ちがわからないからだ。」
「そう思われるのは構わない。でも、俺様は誰よりも歌に関しては真剣だ。誰よりも長く真剣に向き合って、自慢じゃないが才能が有って、それでも俺様が正美くんの歌に惹かれる理由は未だに言語化できない。その理由を、技術を!ずっと俺様は恋い焦がれているんだ。」
「歌に込める気持ち。そう言っても栂園は納得しないんだろ?」
「ああしないぜ。正美くんも覚えておいた方がいい。気持ちは正確な言葉にするべきだ。歌に乗せた気持ちは、近くても遠くても絶対に伝わらない。人を感動させる歌は、技術だ。歌手の感情なんて心の揺さぶりに一切の効果なんてない。君は知っていて、隠していてこんな意味のない問答をするんだろ?そういう所は大っ嫌いだよ。」
それは違う。葉山は、俺の短い歌を通じて、隠している心の構成まで感じ取っていた。例え伝えようとしていない事も、心の一部。歌は心の表現法の一つで、きっと歌う以上は心を隠せない。
「……俺は絶対に断言できないと思う。」
「君もいつか分かるようになる。今日のようにもう逃げないというんだったら、きっと近いうちにわかるだろうぜ。」
近いうちに分かる?また、栂園に会わなければいけないって事か?
「次に会うときには、また正美くんの歌が聞けると信じてるよ。それまでは、俺様から会いに行くこともないし、俺様が率先して君の不利益になるようなことはしないって約束するぜ。でもこの後にあるライブは、折角だし見ていってくれると嬉しいぜ。」
「人の家に大量の変な手紙を置いていく奴の言葉を信じろってことか?」
「役立ててくれるとありがたいぜ。きっと読み解いてくれるだろうと信じてるからな。それに、俺様にだって、表立って言えない事情は山ほどある。信頼している人間に言えないことも、……思っていても言えないことも。」
栂園が俺の前で初めて、自信の溢れる表情を崩した。中学に出会ってみた事もない顔。あの日、手紙を破り割いた時だって張り付けたような笑みだったというのに。
虚を突かれるような衝撃。それと同時に、新たに公園に入ってくる人影が現れた。
目の前の人物と共通点の多い服装。確認するまでもなく、アイドルの仲間なんだろう理解できた。停まっていた車、その中までは確認していなかった。きっと今まで車の中で待っていたのだろう。
「ゾノさん。なんかマネージャーから電話かかってきて、怒ってたから切ったんだけどそろそろ話は終わりそう?ボクも一人で車中にいるの飽きたし帰りたいんだけど。」
「アダム、君が勝手についてきたんだろ?それに、今の冷泉さんは統括部長とか室長って呼ばないと小言を言われるぞ。」
「いいよ、もう。帰ったらどうせ怒られるもん。」
小さい。というよりも若い。幼さが残った顔立ちで、同じグループだと思われても栂園と対等な立場で話している。
「あっ、そっか自己紹介しないと。功刀アダムだよ。ゾノさんと同じユニットで、クォーターって言ってわかるかな?まだ中学生だけど、アイドル頑張ってま~す。」
自然な笑顔。フレッシュさに溢れていて、自信も兼ね備えている。目がパッチリしていて、純粋な日本人と比べると鼻と顎がシュッとして見える。髪と目が少し茶色?金?が混じっている感じだろうか。ミドルで癖っ毛なのは、地毛か。それともロングでストレートの栂園と対比させてるのか。
しかし、中学生でアイドル。栂園のデビューが高校だった事を考えると珍しい事でもないんだろうか。
「話、聞いてるよ。ゾノさんが歌で勝てない人なんだよね?ちょっと尊敬しちゃう。」
「はぁ?負けてないが。」
「でも完勝しないと勝ちも認めないじゃん。人気も最近はボクと二分だし、デビューしてからの年数考えたらほんとはゾノさんよわよわじゃん。ダンスはボクのが絶対上手いし。そろそろ日本一アイドルの看板は重いんじゃない?もっとファンサとかすればいいんじゃない?」
「ライブの直前に、買い食いしたいからって俺様の車に忍び込んだやつにプロ意識を問われてもダメージはないぜ。」
「ゾノさんの分もアイス買っておいたよ?嬉しいでしょ!?」
「いらねえ。つーか溶けるものを放置して来てんじゃねえ、暖房つけっぱだろうが!」
栂園の反応は冷たいものだが、功刀と呼ばれた少年は随分と懐いてるようで、忙しなく周りをウロウロしている。
なんだか、もう帰ってもよさそうな感じなのだろうか。流石に挨拶くらいはしておくか。
「俺の名前は聞いてるのかな、仁科正美だ。」
「噂の正美くんだよね。楽しんでってね、ボクたちのステージ。あと、お近づきのしるしにこれあげるよ。アイドルチップスのボクのカード。」
「どうも。」
「それは余ってるからあげる。ゾノさんのはあげない。ボクが唯一尊敬してるアイドルだからね。」
「よくいうぜ。」
「その言葉が、本心から言ってることを俺も祈ってるよ。栂園との関係をどこまで聞いてるのかは知らないけど彼のせいで、君を信用することだって難しい。」
「アハハ、手厳しいね。でもきっと、分かり合えると思うよ。ゾノさんのあんなやり方で今日のライブに来てくれるくらいに優しいんだろうからさ。……そろそろ時間がやばいかも。」
公園の時計を見て、功刀はゆっくりと出口まで歩いていく。
「アダム、車に乗っててもいいけど俺様はもう少し話していくぜ?」
「あのねー、化粧直し、衣装直しやって、説教もされるんだから。聞き流すだけだけど、結構長くなるかもよ。実績はグループにおんぶにだっこの赤ちゃんな癖に、口だけは回るからね。トーカツブチョーさん。」
「しゃーないな。限られた時間の逸った言葉よりも、俺様の歌で分かってもらうしかないぜ。歌から心がわかるってんならな。」
「ボクたちの、歌でしょ。ほら、いそごうよ。じゃあね仁科さん。『クォンタムコラム』をよろしくね。」
俺たちの側から言いたい事は碌に言えずじまい。思ったよりも短く、そして得られた情報はあまりにも少ない。でも、随分とあっけないというか、棘が少なかった。この前みたいな鮮烈さは見る影もなく、しかし感情的な部分が見られた。
あいつの、対人の対応が大人になったのか。それとも……。
「にっしー、私たちも戻ろっか。」
「ん、ああそうだな。あんまり待たせるのは申し訳ないからな。」
恭平は一人で会場にいるんだから、急いだ方がいい。大丈夫だとは思うが、どんな人が集まるかわからない場所で男を一人にするのは、世間では体裁が悪いだろうな。例え事情があったとしても、特に、今日の面子で唯一の女性である葉山が怒られるだろうと考えると良い気分ではない。
「それにしても、今日の葉山はおとなしいな。この前は、二度三度以上、随分とはっきり物申していたのに。」
「物怖じしないようにって思ってたんだけどね。男子が三人もいると口出しするタイミングが掴めなくってさ。何か、フォローでもしてあげれればよかったんだけど。」
「異性に囲まれるのが苦手なのか?」
「にっしーに何かあったらってのと、彼らに何かがあっても責任を取らされるんだろうと思って。杞憂に終わった過剰反応だったけど、陥れる為に態と騒がれたら思うと気が気じゃなかったよ。そしたら抱えてでも逃げるつもりだったから。言い方は悪いけど、普段からにっしーを見てるお陰で美男子三人に囲まれてても然程の緊張がなかったのは救いだったかな。」
何気なく言われた言葉に、動揺してしまう。車に向かっていく葉山はあっさりと言い放ったが、気恥ずかしくなってしまう。
贔屓目、それは分かっている。しかし、アイドルを目の前になるほど偶像より生まれたと言われて信じてしまう程の綺麗さや整い方をしていたさっきの二人。同列に並べて評されると悪い気分はしない。栂園への皮肉、いや少なくとも功刀くんはまともな風に思えたからちがうのだろう。
最低限、この世界に生きた俺じゃない俺の努力を踏み躙らないように、最大限、身だしなみに気を使っていた努力が褒められたようで素直に嬉しい。
きっと俺はアイドルになんて興味はないが、こんな気持ちもあるのなら、俺の知る単にまじめだった天才くんな栂園もこんな価値観の世界でアイドルを満喫していても変には思えなくなってくる。
「寒かったならコンビニでも寄っていこうか?私は大丈夫だけど、男子って冷え性だったりするでしょ?」
「いや、会場に早く戻ろうか。栂園はともかく、一生懸命なアイドルを見てみたい気持ちは少しくらいあるからな。」
「ふーん。気になる女性アイドルでもいるの?」
「そんなんじゃなくて、男女関係なく歌でもダンスでも楽しんで一生懸命やってる姿を見たら俺も歌うことへの恐怖が和らぐんじゃないかなって。そもそも直視できるかも疑問だが。」
「……私はまだ怖いよ。でもまた楽しく歌いたいって、思っているんだったらきっと私も諦めないで出来る限り支えるから。」
「そんな言葉に力を籠めなくても大丈夫だって。今日は歌を聴くだけなんだから。」
心配症なやつ。だけど、横で運転するんだからこれくらいがちょうどいいんだろう。楽観的で、まだこの世界に振り回される俺にとっては、特にありがたい存在だ。
歌えるようになる。それは勿論だが、近いうちに別の方法でお礼を考えるべきかもな……。
次回は栂園たちのライブとか
早めの次話投稿を頑張ります。
言い訳は活動報告に投げときます。