闇に、意識が包まれていた。
温かい闇に。
だけどその心地よい感触は、覚醒という不快な現象の侵入によって、徐々に消されていった。
私は、目を覚ました。
天井が見えた。
私の部屋の天井とは、違っていた。
私は、今までの人生の中で、一度もいたことのない部屋のベッドに、横たわっていた。
外国の童話の中にでも出てきそうな、優雅なベッドが、絨毯の上に載っているような部屋にいた。
柔らかい毛布にくるまれていた私自身の服装はといえば、学校にいた時と変わらない制服で、この部屋にあるオーラとは完全な不調和を示していた。
ベッドから降りた私は、そばに綺麗に並んでおかれていたスリッパをはいた。
絨毯の上を起きたばかりのよろよろとした足取りで歩み、ドアの前まで来た。
ドアノブをひねった。
だけどドアは、開かなかった。
大した期待は、元からしてはいなかったのだけれど。
ベッドに戻った私は、その上に腰を下ろすと、この混乱した状況に思いを巡らせた。
まず間違いなく、私は誘拐された。
放課後、私に告白をしてきた熊山君に。
あの後頭部に感じた衝撃は、きっとスタンガンとかの、人を気絶させる道具だろう。体に感じる妙なだるさからして、何か薬品の注射とかもされたのかもしれない。
なんのために?
犯すため、では、ないような気がした。
こんな用意が難しそうな部屋に連れ込む必要なんて、ない気がしたから。
その時、鍵を開ける音がした。
さっきまで私がその前に立っていた、ドアの向こうから。
内側に向かってドアが開かれ、人が一人、部屋の中へと入ってきた。
「お目覚めの気分は、いかがかしら? 天羽詩穂さん」
その人物の顔を見て、私は、心臓が止まりそうなショックを感じた。
「手荒な真似をしてごめんなさいね。許して頂戴」
その人物……女性は、ベッドまで歩いてくると、私の隣に座った。
「驚いたかしら? 私の顔、今散々テレビで流れているから」
ベルベラ・ガル。
大量殺人を指示した容疑で世界から追われている、モスラ教の教祖が、私の目の前にいた。
吐息さえ感じるような、近くに。
「でも、怖がる必要はないのよ」
ベルベラ・ガルは微笑んだ。
優しい微笑だった。
私自身は経験したことがないけれど、母親がわが子に向けて見せるような、微笑。
「殺すの? 私を」
私の口が、声を発した。
妙に、落ち着いていた。
私は、殺人犯を前にして恐怖を感じることでさえ、上手にできないらしい。
ベルベラは、首を振った。
「そんなこと、しないわ。だって、あなたは供物ではないし、供物にすべきではない。供物になるべきではない。あなたは、巫女なんですもの」
巫女。
私が?
悪い冗談としか、思えなかった。
こんな、他人より劣った部分ばかりの女の子が、そんな存在であるはずがない。
「……人違いよ」
「自分の経験したことが、言葉すら使わずに、他人に伝わってしまった経験を、したことがないかしら?」
衝撃を、覚えた。
「・・・・・・・え?・・・・・・」
あの中学時代の雨の日。
先輩にされたこと。
私の手に触れた上羽の手。
あの時起こったフラッシュバック。
上羽が見せた、あの表情。
私と、上羽との、私たち二人だけの、二人が一緒にいた最後の思い出。
「どうして」
知っているの、と、意志に関係なく、言葉が出そうになった。
「思い当たることが、あるようね」
私が言い終わるより前に、ベルベラが口を開いた。
「それに、変な夢を見たことも、あるのではないかしら? 夜の森、虫の仮面、首を切られた人たちに、巨大な芋虫が出てくる夢を」
頷くことしか、できなかった。
「それこそ、あなたが巫女である証。私と同じ、モスラによってえらばれた女である証なのよ」
この女性と、同じ。
人殺しと、私が同じ?
「私は、何? あなたは、何なの? ベルベラ」
初めて、その名前を口にした。
「ついてきて頂戴」
そういって、ベルベラは立ち上がった。
「この世界と、あなたについての真実を、一から教えてあげるわ」
そういって、ドアを開いて部屋の外に出ていくベルベラを、私は夢遊病者のような足取りでついていった。