虹色が、視界を占領していた。
太陽の光の欠如した、地下の広い空間に、その虹色の球体は圧倒的に存在していた。
球体、といっても綺麗な球ではない。縦より横の幅が大きい、大きいというよりかは広いという言葉がより似合いそうな球体だった。
縦だけでも、三階建ての建物が容易に入り、横だけでも、学校の教室がいくつか入ってしまいそうな、こんな大きさの球体を、私はこれまでの人生の中で、一度も見たことがなかった。
「これは、何?」
誰にともなく、私は問いを口にした。
「卵よ」
私の隣で、ベルベラが、答えた。
「これは、モスラの卵なの。この綺麗な卵から、母なるモスラは生れ出るのよ」
「モスラ?」
私は、彼女へと向いた。
「モスラは、卵から生まれるの?」
あの部屋から出た後、私はベルベラに連れられて、この巨大な地下室へとやってきた。
そこで真っ先に目にしたのが、この巨大な虹色の球体だった。
これが「卵」だなんて信じられなかったし、モスラがこの中から出てくるなんて、もっと信じられなかった。
「そうよ」
ベルベラは、頷いた。
「嘘。モスラなんて、あなたがみんなをだますためについた嘘でしょう。モスラなんて蛾の神様は、現実にはいない。神様なんて、現実にはいない」
「いいえ、違うわ」
ベルベラは、首を振った。
「モスラは、実在する。私は、モスラから本当に啓示を授かったのよ」
「神様が、卵から生まれるの?」
「もちろん、これは普通の意味で言うところの卵ではないわ。高次元に存在するモスラが、地球の属する次元に降臨するにあたって、この卵というゲートを必要とするというだけの話」
ベルベラは、それから、まるで詩を朗読するかのように、言葉を重ねた。
「『母なるモスラは、虹色の卵を内より砕き割り、その黒く長き姿を現す。モスラは天に届く塔を打ち倒し、その御身を白き衣にて包み、しばし眠りにつく。眠りから覚めた時、母なるモスラは、大いなる翼と足を兼ね備え、極彩色に彩られた真の姿を、天空に見せるであろう。』これは、私たちの聖典の一節よ。もはや誰もその存在を知らない、古の本に記された予言の詩」
古の、という言葉が、妙だった。
「モスラ教は、あなたがはじめたのではなかったの?」
「もちろん、そうよ。ただ私が啓示を授かるよりもはるか前に、同じようにモスラの声を聞いた人が、何人もいたってこと。この一節が記された書物は、そんな人が書き残したもの。モスラの教えは、古の時代に、既に地球に伝わっていたのよ。だけどそれは、歴史の流れの中で忘れ去られていった。その理由が何か、あなたはわかるかしら?」
私は、無言で首を振った。
「男よ」
ベルベラは言った。
「野蛮な男たちが、モスラの教えを抹殺した。魔女狩りという言葉を、聞いたことがあるかしら?」
「歴史の授業で、習った。中世のヨーロッパで、沢山の人たちが、魔女だってされて殺された。教会の命令で。火やぶりにされたりして」
「本当はね、モスラの教えを受け継いでいた女たちが、殺されたのよ。キリスト教という、造物主は男だと信じている宗教にとって、唯一の神は女だとする信仰は、邪魔だった」
まったく聞いたことがない歴史を、ベルベラは断定的に語った。
「同じような出来事が、地球のほかの地域でも、沢山起きた。人類の歴史は、男尊女卑社会が成立していく歴史であったことは、わかっているでしょ? 男たちはモスラを信じる者たちを虐殺し、真の神に対する信仰の芽を刈り取っていった。モスラが私たち人類にもたらしてくれた愛と平和の教えもかき消され、あるいはその本質をゆがめられ、人類の歴史は、惨憺たる破壊と殺戮の際限のない繰り返しとなっていった。
でも、それはもうすぐ終わる。
モスラが、私を選んでくれたから。
モスラ自身が、この星にその姿を現すから
私と、そしてあなたが、モスラの使徒として、新世界への門を開くのよ」
「・・・・・・どういう、こと?」
「あなたもまた、啓示を受けた女だからよ。これまでも、モスラは人の中から使徒を選ぶとき、必ず二人の女を選んできたの
一人でもなく、三人でもない。必ず二人。
それはね、この世のすべてが、二つの存在の対立によって成り立っているからよ。
光と闇。
太陽と月。
男と女。
正義と悪。
『易に太極あり。太極より両儀が生ず。両儀は四象となり、八卦へと至る。』
これはね、この世の真理を語った中国の書物の一節よ。
両儀とは、二つ。この宇宙は、太極が二つに分裂した時から始まった。
即ち、二つとは、全て。
だからこそ、モスラの使徒もまた、二人いなければならない。
でもそれは、必ず女でなければならない。なぜなら、二人いながら真に一つでいられるのは、女にしかできないことだからよ。女だけが、異なる存在でありながら、わかりあうことが出来る。
私たち二人こそが、この地球上で唯一、モスラの巫女であることが出来るのよ」
ベルベラの言っていることは、よくわからなかった。
ただ一つ分かったことは、ああ、自分は普通ではなかったのだな、ということだけだ。
この女の人が言っていることが、仮に嘘だったとしても。
そんな嘘でだまされる相手として選ばれたというだけで、私は普通ではないのだ。
「でも、何故。女なら何人もいるのに、何故、私が」
「きっと、あなたが清らかだからよ。巫女は清浄な存在だと決まっているわ」
笑い出したくなった。
でも、どうでもいいことだから、笑わなかった。
「あなたが何故巫女として選ばれたのかは、私にはわからないわ。私はただ、モスラに導かれただけだから」
「・・・・・・それで。あなたの言うことが、仮に本当のことだとして」
私は、生まれて初めて、自分の存在の意味を問うた。
「私は、何をすれば、良いの?」