どうして、父がここに?
「詩穂。体は大丈夫か?」
私の衝撃など関係なく、父は語りかけてきた。
父の外見は、今朝家を出るときに見た時と同じ、綺麗なスーツ姿だった。
右手には、いつも仕事に行く時と同じように、鞄を持っている。
「手荒な手段でさらったと聞いた。私が説得して連れてくるからそんな必要はないと、反対したのだが。結局は計画に従った私を、どうか許してほしい」
反対。
計画。
そんな単語だけで、わかってしまった。
「・・・・・・おとうさん。いつから、インファントに入っていたの?」
「母さんが亡くなったころからだ。あの頃、私はモスラの教えに出会い、救われた。黙っていて、すまなかった」
父は、頭を下げた。
「だけど、私は嬉しいよ、詩穂。まさかお前が、モスラに選ばれた存在だっただなんて。大変名誉なことだ。もしも母さんが生きていたら、きっと喜んだだろう。私はずっと、お前がいい子だって信じていた」
父は、鞄を置いた。
「それに、もっと嬉しいことは、私のような凡庸な男が、お前のために、モスラのために、供物となれるということだ」
鞄を開いて、父が取り出したものを見て、私は声にならない叫びをあげた。
父の手には、拳銃が、握られていた。
「ありがとう。詩穂。お前と生きることが出来て、私は幸せだった」
銃口を、自身の頭部に当てながら、父は言った。
それが、私が聞いた、父の最後の言葉だった。
やめて、と、私が叫んだのと。
弾丸が発射される音が聞こえたのは、ほぼ同時のことだった。
床に倒れ、頭から血だらけになった父に駆け寄って、私は、ただ、泣き叫んだ。
「女にとって、父親は敵よ」
ベルベラの声が、聞こえた。
「父親は、私たち女を支配する。私たちに暴力で服従を強いることで、女は男より劣った生物だという考えを植え付けて、私たちが本来発揮するはずだった力を奪う。父親とは、存在自体が私たち女に対する暴力なの。だけど喜んで、詩穂さん。あなたは今、それから解放されたわ。かつて、私がそうだったように」
彼女の言葉なんが、ずっと私の耳に侵入してきた。
理解なんてできなかった。
理解なんて、したくもなかった。
「父親の死を目にすることで、あなたはモスラの巫女として、真の覚醒を遂げるはずよ。これで、準備は整ったわ」
そして、泣き叫んでいる私の耳は、ベルベラが叫ぶ声を聞いた。
夢の中で聞いたのと、よく似た叫びを。
「モスラよ! 時は満ちた! 御身に仕える、二人の巫女が揃ったのだ! 今こそ、再臨の時! その黒く長き姿にて、この堕落した世界に裁きの鉄槌を!」
音が聞こえた。
何かが割れる音が。
いくつも続いて。
世界が揺れた。
巨大な何かが、這うように動き出したことに、地面が悲鳴を上げるかのように。
私は、顔を上げた。
夢の中で見た姿と、寸分の違いもない、龍のような、蛇のような、芋虫のような、丸みを帯びた体の巨大な生物が、虹色の卵を突き破る姿を、私は目にしていた。
モスラの、生誕を。