その暗黒は、多摩の山中に、突然に出現した。
手も足もなく、二つの目と、横に開いた口から太い牙を見せる、百メートルは超えるであろうその巨体は、出現から数時間のうちに付近の集落を這うことで滅ぼした。
現地の警官たちが打つ弾丸も、その肌には傷をつけることすらかなわなかった。
芋虫。
それは、その巨大生物の形状に最も似ている姿をした生物の名前。
しかし、大きさが違う。強度が違う。
唯一、人類にとって救いとなりうる共通点があるとしたら、這って進むしかない故に遅いという一点のみ。
それ故に、この怪なる獣の出現に対して、日本政府が緊急に対策を決定する時間が、存在した。
緊急招集された閣議において、この巨大生物が国民の生命財産に対する脅威となりうることと、あくまで国家やそれに準じる武装勢力ではないことから自衛権発動の三要件には該当しないという認識が共有され、害獣駆除という法的形式に基づいた同生物への攻撃が決定された。
それとほぼ時を同じくして、一本の短い動画が、ネットワークに存在する各種動画サイトを通じて、全世界に公開された。
その動画には、現在米合衆国司法当局が大量殺人容疑で指名手配をしている、宗教団体「インファント」の指導者、ベルベラ・ガルが、たった一人で、映っていた。
「悔い改めなさい、人よ。」
ベルベラは、そういって、語り始めた。
人類に対する、宣告を。
「自分たちが犯してきた、数えきれないほど多くの罪たちを、思い出しなさい。
あの方は、悔いておられる。
お前たちを見て、悔いておられる。
『産まなければよかった』と。
償いなさい、人よ。
あの方を失望させた罪を。
その命を我らの剣で刈り取られることで、その命をあの方にお返しすることで、償いなさい
我らは、あの方の代行者。
あの方より最も深き愛を恵まれた『幼子(インファント)』たち。
この星に生きるすべてのものの偉大なる母であるあの方の御名の下に、我らはお前たちに罰を与える。
我らの偉大なる母、『モスラ』の御名の下に」
その短い動画は、ただこれだけの言葉を言っただけで、終わっていた。
その言葉とともに、すべてが始まった。
いや、「終わった」といった方が、適切だろうか?
その動画の公開と同時に、世界中で、インファントによるテロが発生し始めた。
アメリカでは、地下鉄に毒ガスがまかれた。
フランスでは、教会にインファントの信者が銃を携帯して押し入り、乱射。
中国では、人民解放軍のパイロットが、操縦する戦闘機ごと、都市の市庁舎に対して自爆突撃を行った。
国を問わず、民族の違いを問わず、同類の事件がベルベラのメッセージ動画を合図としたかのように、起こり始めた。
そして日本では、彼女が「モスラ」と呼んだ芋虫に酷似した巨大生物が都心部に向けて這いはじめ、地上に惨劇という名の花を咲かせ始めた・・・・・・。