今回はいつもより長めです。
土蜘蛛の妖怪ヤマメと別れた私たちはお燐に続いて旧都への道を飛んでいた。
今いる洞窟内は非常に暗く、一寸先すら明かりが無ければほとんど見えないほどだ。そういうわけでお燐が明かりとなる炎の玉を出して視界を確保してくれている。火車の彼女は炎の扱いもお手のものらしい。
「こういう岩肌だらけの暗いところを飛んでいると、地底に来たって感じがしてくるわね」
「たしかにここはまだ暗いけど旧都に着けばもっと明るくなるよ。あそこは毎日鬼たちが騒いでいるからねえ」
鬼たち、かあ……そう聞いて思い浮かぶのは東方世界でも有名な鬼の四天王たちだ。まだ誰にも会ったことがないが、鬼は酒と喧嘩が何よりも好きな存在だというのがここでの常識だ。そして私は地上の実力者。はっきり言ってすでに嫌な予感をひしひしと感じている。絡まれたらどう対応するか考えておかないとなあ。
「ちなみにお燐、旧都まであとどれくらいなのかしら?」
「そうだねえ……もう少し進めば旧都への入口になっている橋があるよ。ちょっと面倒な番人付きのね」
「その番人はどんな──っ!」
「姐さんっ!」
「霊華!」
お燐に番人について聞こうとしたその瞬間、私は自身へと向けられた明確な殺気を感じ取った。
「──上か」
頭上から降ってくる大量の鬼火。それら全てを透明板のような防御結界を展開して防ぐ。もちろんお燐とこいしの分も含めてだ。
そして鬼火が降り止まぬ内に頭上から急接近してくる襲撃者の気配。最後は自ら仕留めるつもりらしい。
しかし襲撃者が私目掛けて攻撃を繰り出した瞬間、私の姿がかき消える。
「あれっ!?」
「残念、私はここよ」
戸惑う襲撃者の背後に転移。すでに術の発動準備は終えている。あとは撃つだけだ。とりあえずはこれで大人しくなってもらおう。
「『夢想封印』!」
「きゃーーーっ!?」
私から撃ち出された七色の光弾が次々と直撃し、悲鳴を上げる襲撃者。その声は予想外に可愛らしいものであった。
「さて、正体を拝見しましょうか」
私は夢想封印をくらって地面にのびている襲撃者の姿を確認する。最初に目に入ったのは倒れた木の桶。続けてその中で目を回して気絶している白い着流しを一枚羽織った緑髪のツインテール幼女。下着の類いは一切身につけていないらしく、乱れた着流しが色々とアウトな状態になっていた。
「……なんとも可愛らしい襲撃者さんね。そして絵面が危ない」
「そいつはキスメだよ姐さん。状況から予想はつくと思うけど釣瓶落としさ。一応聞くけど今の戦いで姐さんに怪我は……ないよね?」
「この通りかすり傷一つないわ」
「いやあ、腕に自信があるって言ってたのは本当だね。あたいも姐さんには敵いそうにないや」
「霊華はやっぱり強いね!」
そりゃ博麗の巫女やってますからね。かなり場数も踏んでいるし、実際強くなかったらとっくの昔に妖怪の餌になっていただろう。そんな環境で今日まで生き延びてきた以上、この程度でどうこうなる私ではない。
「この娘どうしましょうか」
「そのまま放っておけばいいと思う」
迷うことなく放置宣言をするこいし。私を襲ったことでキスメにあまり良い感情を抱いていないのかもしれない。しかし襲われた身で言うのもなんだが、このまま放っておくのはちょっとかわいそうだし……それに出来れば彼女とも友人になりたいと私は考えているわけで。
「目が覚めるまで一緒に連れていきましょう。夢想封印の効果が解けるまで今のこの娘は人間並みの力しか出せなくなっているから危険はないわ。むしろこのまま放置したらこの娘が危ないかも」
「さっきの技にはそんな効果があるのかい?」
「ええ、色々と応用が利く使い勝手のいい技なのよ。戦闘における私の十八番ね」
「あれ当たると体中に力が入らなくなっちゃうんだよね」
「受けたことあるんですかこいし様!?」
そこで私はこいしとお燐から一旦視線を切り、足元の少女を見る。桶は霊力で浮かせて持っていくとして、彼女の方は……まあ抱っこでいいかな。小さいしそこまで苦労しないだろう。
「よっと」
「あーっ!?」
キスメを両手で持ち上げる時、なにやらこいしが声を上げていたが、私は気にせず先に進み出した。
「ほら二人とも、先を急ぐわよ」
「ずるい! お姫様抱っこなんて私もされたことないのにっ!」
はいはい、私で良ければ後でいくらでもやってあげるから。
そんなこんなで飛行を再開して十五分ほど経った頃だろうか。胸元のキスメがうめき声と共に目を覚ました。
「ううん……」
もぞもぞと身じろぎし、パチリと開いた彼女の目と私の目が合う。
「こんにちは」
「あ、え……?」
混乱しているであろう彼女を抱いたまま、とりあえずは優しく声をかけることにした。
「さっきまでのこと覚えてる? 私はあなたが襲いかかった人間なんだけど」
「あ……」
彼女の顔色がサッと悪くなる。どうやら直前の出来事を思い出したらしい。ひどく怯えた表情を見せる彼女は──続けて、優しく抱っこされている自分の現状に気付き戸惑いの目を向けてきた。
「さっきはいきなり襲われたからああいう対応をさせてもらったけど、私は別にあなたを退治しようとかそういうことは考えてないの。妖怪に襲われるのは慣れているし、あれくらいならまだまだ可愛い部類よ」
そう言って私は出来るだけ柔らかい表情を作る。
「私は博麗霊華、地上からやってきた人間よ。あなたさえ良ければこれからはお互いに仲良くしていきましょう?」
「……う、うん」
こちらに敵意がないことが伝わったのか、おそるおそるといった感じでキスメは返事を返してくれた。
「あの、その……さっきはごめんなさい」
「気にしてないから大丈夫よ」
謝ってきたキスメの頭を優しく撫でてやると、彼女は小さくはにかんで顔を私の胸元にすりすりと擦り付けてくる。よし、これでヤマメに続いてまた新たな地底での友人をつくることができたな。
そして抱っこしてからずっと思っていたことだが、この娘、小動物っぽい仕草が多くてものすごく萌える。なんかもう一々可愛いのだ。
「よしよし」
「……♪」
「あー、その、姐さん? キスメと仲良くやってるところ悪いんだけどそろそろこっちの方もなんとかしておくれよ……」
一方で、こちらに助けを求めるような声をかけてきたお燐の隣には、めちゃくちゃ不機嫌そうなこいしがいた。気のせいでなければ私がキスメとじゃれあう度に瞳のハイライトが消えていっている気がする。
「あー……その、キスメ? 悪いんだけど一度降ろしてもいいかしら? このままだと連れの不満が爆発しそうなの」
「……? ……ひっ!?」
言われてようやくこいしの姿に気づいたキスメは悲鳴を上げて私にしがみつく。うん、まあ気持ちは分かる。
なんとかキスメをなだめてお燐に預け、私はこいしの方に向き直った。
「……抱っこ」
「はいはい」
拗ねたような顔で両手を差し出してそう言うこいし。向き直ってからのそんな第一声に私は思わず苦笑してしまう。まったく、幻想郷の住人たちは可愛い子ばかりで困ってしまうな。
「よいしょっと。これで満足かしら姫?」
「うん!」
要望通りお姫様抱っこで抱き上げてやれば、こいしはすぐに機嫌を直して満足げな笑みを浮かべる。そのまま匂いを上書きするかのように体を擦り付けてくる彼女に私は犬耳と揺れる尻尾を幻視した。
「……ところで、キスメは何故姐さんに襲いかかったんだい? 妖怪が人間を襲うのは普通のことだけど姐さんの場合は傍に妖怪である私たちが一緒にいたんだ、それについては気にならなかったのかい?」
場が落ち着いた頃になってお燐がキスメにそんな質問を投げかけた。質問を受けた彼女は桶の中から半分ほど顔を出した状態でおずおずとそれに答える。
「えっと、その、最初におねーさんを見たらもう我慢できなくなっちゃって……お燐たちのことにも全く気づかなかったの」
「……我慢?」
「うん。おねーさんの首が欲しくてたまらなくなっちゃって……」
「まあそんなことだろうと思ったよ」
「え、何? 私の首?」
「おねーさんの首はこれまでにないくらいとっても魅力的な首なの! だからすごく刈りたくなっちゃった!」
桶から勢いよく身を乗り出してきたキスメは満面の笑み。思わず口元がひきつってしまった私は悪くないだろう。喜ぶべきなのか否か、すごく反応に困る言葉だった。こんなに可愛くてもやはり彼女は立派な妖怪なのだ。
「み、魅力的な首かあ……ちなみにお燐は私を見てどう思う?」
「変わってるけど好みだねえ。死体になったらものすごく魅力的な逸材になると断言するよ」
「……お燐、言っておくけど霊華の死体はあげないからね。霊華が死んだら私の部屋でずーっと綺麗に飾ってあげるの」
「わ、分かりました」
帽子のせいで私からは見えないこいしの顔を見たお燐が青ざめてぶるぶると震えていた。こいしが一体どんな顔をしているのか非常に気になるが……なんだか確認しない方がいいような気がするのでやめた。
というか普通に火葬や土葬をするという選択肢はありませんかね?
「……お?」
移動しながらそんなやりとりをしているうちに、前方に明かりが見え、続いて橋が見えてきた。おそらくあれがお燐の言っていた旧都の入口なのだろう。
そしてその橋の欄干に軽く背を預けてこちらをじっと見つめる存在が一人。金髪のショートボブにエルフ耳、ペルシアンドレスのような装いの少女だ。彼女の緑色の瞳が最初にお燐たちを、次いで私を映した瞬間わずかに見開かれた。
「貴方……もしかして人間? 人間が旧都に一体何の用?」
「パルスィ、この人はあたいらの……地霊殿への客人だよ」
「はぁ?」
お燐の言葉を聞いたパルスィの視線が先ほどよりも強く私に注がれる。
「火車に釣瓶落としに、元覚……人間のくせにずいぶんと妖怪に好かれているのね。妬ましい」
「ええと、ありがとう?」
「彼女はいつもこんな感じだからあまり気にしない方がいいよ姐さん」
「──貴方」
不意にパルスィの目に真剣な色が宿る。橋の番人として、こちらを見定めようとする鋭い目だった。
「一度だけ聞くわ。引き返す気は?」
「ないわね」
「この先は鬼たちが築いた地底の楽園。か弱い人間なんて命がいくらあっても足りないわよ」
「覚悟の上よ。鬼だろうがなんだろうが私は恐れないわ」
「……これだけ言ってもまるで揺らがない。恐ろしく肝の据わった人間ね。妬ましい」
そう呟いて彼女は私から視線を切る。
「いいわ、行きなさい。それだけ覚悟が決まっているのなら止めるだけ無駄だわ」
「ありがとう」
通行を認めてくれた彼女に礼を言い、橋を渡ろうとすると今度はキスメが私に声をかけてきた。
「おねーさんたちはこれから旧都を通って地霊殿へ行くんだよね?」
「ええ」
「残念だけど私はここでお別れかなあ。知らない妖怪が多いところは苦手なの……」
彼女は旧都の方をちらりと見て眉尻を下げ、残念そうにそう言った。
「……また、会えるかな?」
「きっと会えるわ。また会いましょうキスメ」
「うん、またね! おねーさん!」
最後に彼女の頭を一撫でし、そのままパルスィにも別れの言葉をかける。
「伝え忘れていたけど私は博麗霊華。地上で博麗の巫女ってのを務めている人間よ。また会いましょうパルスィ」
「……ふん。さっさと行きなさい」
橋の欄干に背を預け静かに目を瞑る彼女。そっけない態度であったが、不思議とその声には冷たさを感じなかった。
……今度会う時には、一緒にのんびりとお酒でも飲んでみたいものね。
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旧都……それは数百年前に地上を去ったとされる鬼たちが地底に築いた彼らの楽園。地上との交流が絶たれたその地では独自の妖怪社会が築かれ、地上から消えた者たちが集まって今日も楽しく生活をしていると言われる場所だ。
建ち並ぶ立派な木造の家屋、それらを繋ぐようにぶら下がる無数の行灯、地上では見られない珍しい店の数々……そこにはまるでお祭りのような活気溢れる騒がしさがあり、明るく照らされた街道を多くの妖怪たちが行き交っていた。あちこちで聞こえてくる笑い声や怒声、何かが壊れる音は喧嘩によるものだろうか。地上では考えられないほどの賑やかさである。
「これが、旧都……」
ようやく旧都に着いた巫女はそのすごさを目の当たりにし、一人圧倒されていた。
「活気があってすごいわね、街はとんでもなく広いし見渡す限り妖怪だらけだわ」
「……あたいとしては周囲のこの反応にまるで動じていない姐さんの心の方がすごいと思うんだけど」
お燐の言う通り、巫女は旧都に入ってからここの妖怪たちに様々な視線を向けられていた。
それらは驚きや物珍しさ、好奇といったものが大半だったが、やはり憎悪や侮蔑、嘲りといったものも多かった。その居心地の悪さにお燐は巫女の隣で縮こまり、こいしは能力を使い存在感を限りなく薄くして後をついてきていた。
「──おいおい、こいつは一体どういうことだぁ? この地獄のど真ん中を人間の女が歩いていやがるぞ!」
今まさに巫女の前で道を塞ぎ、下卑た笑みを浮かべているこの鬼はその後者の筆頭だ。
頭に生えた二本の小さな角に、彼女の全身を覆い隠すほどの巨体。その体から漂う酒の強い刺激臭が鼻につき、お燐とこいしが大きく顔を歪ませる。
「別にどこを歩こうと私の勝手でしょう? それよりもさっさとそこをどいて欲しいのだけど」
「あぁ? てめえ自分の立場が分かってんのかぁ? せっかく見つけた獲物をむざむざ逃がすわけねえだろうが」
「そうだそうだ! 人間の女の肉は久しく食ってねえからなぁ。今から食うのが楽しみで仕方ねえぜ」
「おいおい、すぐに殺すんじゃねえぞ。食われる時こいつがどんな声で泣き叫ぶのか気になってんだからよぉ」
さらに他の鬼が二体、道を塞ぐ一体に同調するかのように現れ巫女の前に立つ。彼らの顔に浮かぶのはいずれも濃い嘲りや侮蔑の色。巫女としてもある程度予想していたこととはいえ、はっきり言って非常に不快な視線だった。現に気配を消しているはずのこいしから殺気のようなものが徐々に漏れ出してきている。こちらも放っておくのはまずいだろう。
……まさか鬼とはこんなやつらばかりなのだろうか?
「通してくれる気は……ないみたいね」
「当たり前だろぉ? てめえが何しに地底へ来たかは知らねえが、ここに来ちまった時点で俺たちにありがたく食われることに決まったんだからよ!」
「ははは! せいぜいいい声で鳴いてくれや女!」
どこまでも人を見下し馬鹿にした態度で鬼たちが笑う。彼らがどんな目で彼女を見ているのかは明らかだ。
完全に嘗められていた。
「私はあなたたちごときに食われるほど弱くないわよ」
鬼たちを見上げポツリと呟く巫女。
一拍おいて、大きな嘲笑が巻き起こった。彼らと傍観者となっていた周囲の妖怪たちが一斉に笑ったのだ。
──そしてその中で巫女は静かに覚悟を決める。彼女──博麗霊華は、
「俺たちごときだってぇ? 鬼を相手に随分と大きく出たじゃねえかおい! そんな貧相な体で何ができるってんだ?」
「……こういうことよ」
「──あ?」
次の瞬間、特大の青い霊力弾が先頭の一体にすさまじい勢いで直撃。そのまま背後の二体をも巻き込んで後方へ吹き飛び、盛大な音を立てながら店へと突っ込んで建物を倒壊させた。
しんと静まり返る場。彼らは一体何が起こったのかと目を白黒させて状況を確認する。そして巫女が鬼たちを吹き飛ばしたのだと理解すると、今度は囃し立てるように歓声や罵声が沸き上がった。彼らの大好きな喧嘩の始まりである。
「て、てめえ……ッ!」
店の残骸の中から立ち上がる一体の鬼。共に吹き飛ばされた二体は打ち所が悪かったのか起き上がってくる気配がない。
「言ったはずよ、あなたたちごときに食われるほど私は弱くないってね」
静かで、それでいて確かな力のこもった言葉が威圧感と共にその場の全員へと届く。
彼らは思う。さっきまでとは何もかもがまるで違う。
こいつは……こいつは一体何者なのだ?
まるで臆することなく睨み返す視線のあまりの鋭さにその鬼は続く言葉を失う。同時に人間が放つものとは思えない威圧感にただただ圧倒され、妖怪たちは己の体を押し潰すかのような重圧感を感じて動けなくなっていた。
そして誰もが理解する。自分たちでは彼女に敵わないと。
彼女はまぎれもない強者であると本能で理解させられたのだ。
しかしそんな状況の中で、いつの間にか巫女の視線はとある一点へと油断なく注がれていた。
──カツッカツッ。
沈黙が支配する場に突然響いた下駄の音。
彼女の視線の先で妖怪たちが一斉に身を引いていく。
そして、場にもう一つの圧倒的強者の威圧感が満ちた。
「──いいねえ、いいよお前さん。実に私好みの人間だ」
次回 語られる怪力乱神