※注意!
・ジャンプ本誌の最新話までのネタバレを含みます。
・キャラがブレてるかも
・捏造設定あり
以上が大丈夫な方はどうぞ。
「……義勇……、義勇」
声が聞こえる。
懐かしい声だ。もう二度と聞けない筈の、目の前で喪った最愛の家族の声。
「義勇、起きて義勇」
「…………?」
再度名前を呼ばれて目を覚ます。
微睡んだ意識が徐々に鮮明になり、瞳がこちらを覗き込む人をはっきりと捉えた。
「……蔦子姉さん?」
「お昼寝にしてはぐっすりだったわね。これ以上寝ていると、夜眠れなくなってしまうから起こしたのよ」
穏やかに話す姉の姿に、身体を起こした少年──冨岡義勇は目を見開く。
手が勝手に姉の顔へと伸びた。蔦子は弟のその挙動を不思議そうに眺めていたが、義勇の指が頰に触れるとくすぐったそうに微笑む。
「どうしたの、義勇? 怖い夢でも見たの?」
義勇の手を取り蔦子は両の手で優しく握る。
暖かい。生きている人の温もりだ。
義勇はその温度を手放さないように、ぎゅっと握り返す。
「ふふっ、義勇はこんなに甘えん坊だったかしらね」
柔らかに笑う蔦子。そんな彼女を見て、目の前にいる姉が本物なのだと義勇は確信した。
だが、それはおかしい。ありえない。
姉は八年以上も前に亡くなっているのだから。
(これは、夢……か?)
義勇には記憶があった。
翌日に祝言を挙げるはずだった姉が鬼に殺されたこと。
鬼殺隊へ入り、最も位の高い柱へと上り詰めたこと。
運命の歯車を思わせる少年と、鬼と化しながら理性を保つ少女のこと。
義勇にとって悲しいことに、蔦子は過去の存在なのだ。
だからこそこの状況を夢かと認識した義勇だったが、こうまではっきりと意識を持った夢を見るのは初めてだった。これが俗に言う明晰夢というものだろうか。
現状から判断してそうなのだろうと義勇は仮定する。
これはひと時の幸せな夢だ。
ならば義勇は弟として姉に接するべきだろう。
「……少しぼーっとしていた」
「起きたばかりだものね。顔を洗ってくるといいわ」
言われた通り、義勇は台所へと向かい顔を水で濡らして眠気を吹き飛ばす。
顔を拭いて元の場所へと戻ると蔦子が布団を片付けていた。
「自分でやる」
「そう? じゃあお願いね。私は夕ご飯の支度をするから」
「何か手伝えるだろうか?」
「なら洗濯物を取り込んでもらえるかしら。それにしても義勇、あなたいつからそんな喋り方になったの? 少し無愛想で私驚いたわ」
「…………」
思わず黙り込む。以前の自分、蔦子がいた頃の自分はもっと快活な少年だったのだから、蔦子が驚くのも無理はないだろう。
蔦子と錆兎の死を経てすっかりと変わってしまったとこんな時になって思うも、義勇はもう昔の自分に戻れる気がしない。表情筋も舌も上手く機能しなくなって久しいので、いきなり直せと言われてもまず不可能だった。
「……ごめん」
「謝る必要はないのだけれど……とりあえず洗濯物をお願いね」
いつもなら無言でやり過ごしていたところを義勇なりに頑張ってこれである。悲惨と言う他ない。
能面のまま内心凹み、布団を片付けた後に黙々と洗濯物を取り込む。
今更になって気付いたが、身体もそれ相応の年頃の体格へと縮まっていた。本当によく出来た夢だと義勇は感心する。
そしてふと思い出した。
(そう思えば、血鬼術で夢を操る鬼がいたと炭治郎が言っていたな……)
柱稽古を行っていた時分、ひたすら義勇に話し掛けてきた少年の話の中に、確かそんな鬼がいた。
十二鬼月が一体、下弦の壱。炭治郎や炎柱──煉獄杏寿郎の活躍により討伐された鬼だと義勇は聞いたが、この状況と何か関係があるかを思考する。
(最初は夢だと認識していなかったらしく、また認識後は元の姿で夢の中を彷徨ったと炭治郎は言っていたな……)
強く想像すればよいのだろうと早速試してみるが、元の姿には戻らず、日輪刀すらも現れない。これでは解除条件は試せないし、そもそも血鬼術なのかも判断できない。
(可能性としてはあり得る。この夢を見る前は何をしていたか……)
最後の記憶を辿ろうと、手をせっせと動かしながら黙考する。
(炭治郎と共に上弦の参を斃した。そこまでは覚えている。だがそれ以降が朧げだ)
あの上下左右が滅茶苦茶となった空間には鬼が多数いたと思われる為、敵の術中に嵌っている可能性は大いにあった。自分たちは疲弊していたのもあって、血鬼術に掛かったことを否定するのも難しい。
だが秩序も何もない乱戦状態のあの状況ならば、こんな回りくどい事をせず速やかに始末してしまえばいいのではと義勇は思う為、一概に断定も出来なかった。
「義勇、御飯が出来たわ。一緒に食べましょう」
「分かった、今行く」
考え事を切り上げ、義勇は最後の洗濯物を手に居間へと向かう。
食卓の上に乗っている夕飯を見て、義勇は何故だか泣きそうになった。
「今日は義勇の好きな鮭大根よ。おかわりもあるから一杯食べてね」
姉が作った鮭大根が義勇一番の好物だ。
もう二度と食べられないと思っていたものを前に暫し固まってしまう義勇だったが、これ以上蔦子に不審がられる訳にもいかない。義勇は座布団に座り、箸を手に持つ。
「頂きます」
「はい、召し上がれ」
迷い無く義勇は鮭大根に箸を付ける。鮭をほぐし、大根を切り、一口で食べられる大きさにして摘む。
様々な感情が去来し、身構える必要もないのに身を強張らせ、一つ息を吐いて口に運んだ。
口の中に広がるただ一つの懐かしい味。
「……美味しい」
自然とその言葉が溢れ出た。どんな高級料理を食べても、こんなに美味しいとは思えない。
美味しい、美味しい、美味しい。
気付けば義勇はずっとそう言いながら、一心不乱に姉が作ってくれた料理を頬張っていた。
「義勇……」
しばらくして、呆気にとられたような蔦子の声を耳にして義勇は顔を上げる。
蔦子は目を見開いて義勇を見ていた。どうしたのだろうかと義勇は首を傾げる中、蔦子は心配そうに表情を険しくさせて義勇へ近付く。
「義勇、どうして泣いているの?」
「え……?」
手拭いで頰を拭われる。それでも絶え間無く流れ落ちる雫が頰を伝う。義勇は蔦子に指摘されて初めて自分が涙を流している事を認識した。
義勇は顔をくしゃくしゃにさせながら目を乱暴に擦るが、どうしても涙は止まらない。泣くのなんていつ以来かもう思い出せないからか、止め方を忘れてしまったように瞳から雫が溢れ出続けた。
ぎゅっと、義勇は抱き締められた。
蔦子は愛おしそうに義勇の頭を撫でて、背中を摩る。幼子をあやすようによしよしと声を掛ける。
それで何かが決壊したのだろう。
「ゔっ、うううぅぅぅッ⁉︎」
堪えるように義勇は声を上げて泣いた。蔦子の着物が歪むくらいに思い切り握り締めて、ごめん、守れなくてごめん、未熟でごめんと義勇は壊れたように叫び続けた。
蔦子には義勇が何を謝っているのか分からなかった。それでも弟がとても苦しんでとても悔やんでいることだけは理解できた。だから蔦子は何も言わず、ただ義勇を抱き締め背中を摩っていた。
一分はそうしていただろうか。
平静を取り戻した義勇は身をよじるが、蔦子は断固として離そうとしない。
「蔦子姉さん、ごめん、心配をかけた。もう大丈夫だ」
「急に泣き出したのにそんなすぐに安心できません。私がもう少しこうしていたいの、駄目?」
「……いや、駄目ではない」
そう言われては強く出れないと分かっていたのだろう。義勇は抵抗をやめて、成すがままの様子の弟の大きな背中を肩越しに見下ろして蔦子は微笑む。
「義勇もこんなに大きくなったのね。もうすぐ私よりも背が高くなるのかしら」
「……男だからな、蔦子姉さんより低かったら凹む」
「そうね、義勇は男の子だもんね」
(……温かい)
他人とここまで触れ合った記憶は姉以外だと絶無だった義勇は、人の温もりとはこんなにも暖かいものだったのかと驚く。身も心も安らぐような安堵感が心地良かった。
「でも、心配だわ。身体が大きくなっても、義勇はまだ十二歳だもの」
そうか、今の自分は十二歳なのかと、義勇は呆然と思う。本当によく出来た夢だ。
「明日は私の祝言なのよ。もう姉離れしないといけないって、義勇も分かってると思うけど……」
──義勇は、その言葉に凍り付いた。
一瞬で心の臓から冷え切った。義勇は思わず蔦子の肩を掴んで引き離し、姉と真正面から向き合う。
「蔦子姉さん、今、なんて……」
「そんなに驚かなくても……だから、義勇もいつかは姉離れしなきゃって」
「そうじゃない! 明日、なんて……」
「……酷いわ、義勇。忘れてしまったの?」
本当に傷付いたと蔦子は表情で訴えてから、聞き分けのない子どもを諭すように柔らかに告げる。
「明日私は祝言を挙げるのよ?」
義勇は静かに瞳を見開く。
聞き間違いでは無かったのだ。明日、姉が祝言を挙げる。
つまり今日が、蔦子の命日なのだ。
義勇の身体が細かに震え始め、瞠目したまま顔を険しく歪める。
弟の尋常ではない様子に蔦子は何を勘違いしたのか、言葉を費やして優しく義勇を説得しようとする。
「大丈夫よ、義勇。祝言を挙げると言っても、すぐ別々に暮らすわけではないわ。言ったでしょ、義勇が成人に、十五歳になるまでは一緒に暮らすって。あの人もそれでいいって言ってくれたわ」
目の前で蔦子が何かを言っているが、言葉の内容が義勇の頭には入ってこない。義勇の頭の中ではこの後訪れる悲劇にどう対処するか、それだけしか占めていなかった
(どうする、どうする、どうする⁉︎ 今すぐここから逃げるか? 何処に? もう夜だ、近くに鬼がいるなら動くも動かないも危険に過ぎる。なら立ち向かうか? 日輪刀もないのにか?)
時間がない、手段がない。日も沈んだ今ではもう、打てる手が皆無に等しかった。
それでも諦めることなんて出来ない。例えこの場が夢だとしても、また目の前で最愛の家族を喪うなど義勇には耐えられない。
「姉さん! 聞いてくれ! 今から此処に──」
形振り構っている余裕が無くなった義勇は蔦子の肩を強く握り、必死に言葉を募ろうとした──まさにその時だった。
『きゃああああああああああっ⁉︎』
「「っ⁉︎」」
外から悲鳴が響き渡る。切羽詰まったその絶叫は耳にするだけで身が震えるような恐怖を秘めており、何か異常事態が発生したことは想像に難く無かった。
(遅かった……⁉︎)
鬼が現れた。義勇は疑い無くそう思い当たった。
「……何かしら……」
常軌を逸した叫び声に蔦子は不安に怯えながらも立ち上がろうとする。
義勇はそれを無理やり押さえつけた。
「義勇?」
「姉さん、ここから動かないでくれ。俺が様子を見てくるから」
「駄目よ、義勇。私が行くわ。だから義勇が」
「姉さん‼︎」
蔦子はびくりと震える。これまでずっと一緒にいて、義勇がこれ程感情を荒げて大声を出したことが無かったからだ。
姉の動きが止まったのを確認して、義勇は素早く玄関へと向かう。立て掛けてあった薪割り用の斧を手に、急いで外へと飛び出し悲鳴の元へと駆け出した。
◆
くちゃくちゃと耳障りな音が響く。
血赤に染め上げられた室内には、三つつの人影があった。
二人はもう既に息絶えているのだろう。血だらけの男女は微動だにすることなく、床に転がっている。
そしてもう一人、それは何かを貪っていた。
それは人の肉だった。口元に血を滴らせながら、引き千切った眼下の女性の腕を喰らっていた。
人肉を喰らう異形、人は彼らを鬼と呼ぶ。千年もの長い間人間を喰らい続け、人類から平和な夜を奪った罪深い存在。
「……あぁ?」
外に人間の気配を感じ、鬼は首を上げる。のそのそと立ち、その足で縁側からその家の庭へと出た。
そこに居たのは一人の少年だった。背格好から成人すらしていないだろう。手に持つ斧が不釣り合いな容貌をしており、そんな見るからに弱者の存在に鬼はせせら嗤った。
「なんだガキか。獲物が向こうからやって来るなんてな」
嘲笑を隠しもしない鬼に対し、その少年は奇妙な程に冷静だった。
瞳は凪のように静謐を保っており、目の前に血で全身を染めた者がいるにも関わらず表情には一欠片の恐怖もない。
冷徹を宿した眼差しは真っ直ぐに鬼を射抜き、少年は口を開いた。
「お前は、鬼か?」
「ほぉ、ガキのくせに鬼を知ってるのか。ならお前がこの後どうなるかも分かるだろう?」
「……聞きたい事がある」
鬼の脅し文句に動揺一つ見せない。少年のその様に鬼は不快そうに眦を吊り上げるが、行動に移るのは少年の方が早かった。
「お前、この辺りで何人喰った?」
「……そうだなぁ、もう十人は喰ったなぁ。なんだ、知り合いが死んだかァ? ならそれは俺が喰ってやったさ。此処を縄張りにしてるのは俺だけだからなァ!」
聞いてもいないことを鬼は得意げに話し始めた。見当はずれとは言い難いが、不躾な勘繰りから少年の感情を逆撫でしようとしたのだろう。
反吐が出る屑だ。だが馬鹿で助かった。聞きたいことを全て暴露してくれたからだ。
方針は決まった。希望も見えた。
斧を柔らかく、されどしっかりと握り締めた少年──冨岡義勇は、決死の覚悟を決めた。
「ずっと、思っていた」
「あァ?」
沸々と赫怒に煮え滾る心。しかしそれに支配される愚挙は犯さず、ただ静かに闘志へと変えていく。
師の教えを義勇は覚えている。水面だ。心に水面を思い浮かべる。心は常に保つもの、水鏡のように静かに、穏やかに。
「姉を殺したお前を、この手で滅殺したいと」
恐らくその願いはこの場でも叶えられないだろう。経験も度胸もあれど、今この手には鬼を討つための唯一無二の武器がないから。
だがもう一つの願い、姉を守り抜くという最上の望みは叶えられるかもしれない。
この状況が夢か血鬼術かなど最早どうでもいい。
理由など知った事ではない。
やり直せる機会を得たのだ。姉が生きているのだ。自由に動けるのだ。
目の前で悪鬼が嗤っているのだ。
それを殺してこそ鬼殺隊。
義勇は己の使命を果たすのみだ。
「お前は此処で、始末する!」
「何をゴチャゴチャ言ってやがるッ‼︎」
地面がひび割れる程の踏み込みで鬼が飛ぶ。彼我の距離を一歩で零にする人知を超えた挙動だ。人間が鬼に蹂躙される一番の理由が、この身体能力の差異にある。
普通の人間なら出会った時点で死と直結していると言っても過言では無い。現にその被害は途方も無く、残酷な運命に弄ばれた人は数知れない。
そんな鬼にも対抗する術が一つだけある。
全集中の呼吸。
体中の血の巡りと心臓の鼓動を早くすることで体温を上げ、身体機能を向上させる技能。これを用いることにより、人のまま鬼のように強くなれるのだ。
呼吸にはいくつかの流派が存在し、代表的なものでは炎、雷、岩、風──そして、水。
埒外の速さで肉薄する鬼を前に、義勇は静かに深く息を吸う。シィィィイッ、という呼吸音を鳴らし、全身に隈なく血を行き渡らせ、腕を交差させるように斧を構える。
──全集中・水の呼吸
【壱ノ型・水面斬り】
流れる水の如き流麗さで放たれた一閃。
義勇の一撃は寸分違わず鬼の頸を捉え刎ね飛ばした。
「がはっ⁉︎」
義勇の背後で鬼が倒れこむ。地面を血で汚し、動きが止まった。
それを確かめることも出来ず、義勇は膝から崩れ落ちて両手をついた。
「ゲホッ⁉︎ ごほっ、ごほっ! ヒューッ、ヒューッ……はぁーっ、はぁーッ……‼︎」
(息が……ッ⁉︎ やはりこの身体では……全集中の呼吸は諸刃の剣か!)
荒れ狂う呼吸は苦しいなんてものではない。全身が悲鳴を上げて、肺が破裂するのでは無いかと錯覚するほどに胸が圧迫されている。
否、これは比喩では無い。とある日の柱たちによる
ろくに鍛錬を積んでいない今の義勇の身体では呼吸に耐えられないのだ。こんなところまで現実に即さないくてもいいだろうと愚痴を垂れたいが、使い続ければ確実に内側から壊れるの自明の理。
だが、そんな事情を鬼が知る訳がない。
「てめぇえ! よくもやってくれたな!」
義勇は首だけを振り向けて背後を確認する。少し離れた場所で、頸を斬った筈の鬼が頭だけの状態で怒声を荒げていた。
「ただの斧で俺を殺せると思うなよ!」
怒鳴り声を撒き散らしながら、鬼の頭からギチギチと不愉快な音が鳴り響く。数秒もしない内に鬼の形態が変化し、首元から腕を二本生やすという異形に相応しい形へと成り果てた。
鬼は通常の刃物で頸を斬っても殺せない。太陽の恩恵を授かった日輪刀でなければ、鬼は殺せない。
そんなことは分かっている。
それでも義勇は、手持ちの武器で戦うしか選択肢が無いのだ。
義勇は静かに立ち上がり、必死に息を整えながら鬼に正対する。
「どうやら、ヒューッ、俺は……運が、良かった、ようだな」
「……なんだと?」
義勇のその生意気な態度に鬼にこめかみに青筋が浮かび上がる。
眉間に皺を寄せ険しさを隠す余裕も無い義勇だが、少しでも時間を稼ぐ為に言葉を使う。
「お前は、はぁー……っ、血鬼術も使えない、ヒューーッ、……雑魚鬼のようだからな」
「──殺すッ‼︎」
首無しの身体が跳躍。腕を生やした頭も器用に腕を動かして義勇へと迫った。
敵を増やしたような状況だが、部位が断絶された鬼の戦闘能力は低下するのを義勇は経験上知っている。それが頭ともなれば、身体の動きは只の人間のそれとはやはり比べ物にもならないが、目で追える程度にはぎこちなくなるだろうと見込んでいた。
基本的には頸を斬って終わりの為、実際にどうなるかはぶっつけ本番の賭けであったが、どうやら女神は義勇に微笑んでくれたようだ。
(この程度なら、呼吸を乱発せずとも戦える!)
二対一の戦闘なんて腐るほど経験した。時にはそれ以上を同時に相手取ったことも少なく無い。
義勇は全神経を集中させて決戦へと臨む。
その瞳には、捨て身の覚悟が宿っていた
◆
どれほどの時間が経っただろうか。
十分だろうか、一時間だろうか。時間感覚が狂った義勇にはもはや分からない。
分かっていることは、限界は刻一刻と迫っているということだけだった。
「ハァーーッ、ハァーーッ、……ヒューーッ、ヒューーッ‼︎」
壊れたように息をする。滝のように流れる汗。感覚を失い始めた斧を握る両手。痙攣したように震える身体。もはや立っていることが不思議なくらいに義勇は疲弊していた。
義勇は冷静に、慎重に、時に大胆に戦闘を運んでいた。基本的には呼吸を使わず、体捌きと培った剣術を斧で実践して鬼の攻撃をやり過ごし、どうしても追い詰められた時にだけ全集中の呼吸を繰り出していた。
義勇に出来ることは時間稼ぎしかないのだ。日輪刀が無い今、鬼を殺せないから。
「ハァーーッ、ハァーーッ……‼︎」
「随分と息が上がっているな。やはり人間は不便だな。この程度でそれ程疲弊するんだからなァ」
頸が元に戻った鬼が義勇を嘲笑う。一時は怒り狂っていた鬼だったが、義勇の息が切れていくに連れて余裕を取り戻したように振る舞いだした。
義勇の戦い方が露骨なこともあって、既に目的が時間稼ぎだと勘付いているだろうに、鬼はそれに付き合うかのような態度だ。
事実余裕なのだろう。鬼は体力が尽きる事もなければ、傷も忽ち回復する。例えば四肢を斬り飛ばしても、眼を串刺しにしても、時間があれば再生してしまう。義勇は何度と無く鬼の身体を斬ったが、鬼は今はもう五体満足の状態だった。
「お前の狙いは分かるぞ、夜明けを待っているんだろう? だが残念だったな、夜明けまではまだ数時間はある。ここまで良く頑張ったが、もう死ね」
鬼の姿が搔き消える。霞む視界ではその速さについていけず、義勇はこの戦闘で初めて鬼を見失った。
(しまっ……ッ⁉︎)
失態を嘆く
咄嗟に、義勇は直感で斧を横に振り抜いた。
「ぐっ⁉︎」
斬撃を打つけて運良く直撃は防いだものの、衝撃を殺し切れず義勇は地面と平行に吹き飛ばされる。土埃をあげながら転がり続け、義勇は倒れ伏した。
起き上がろうと力を入れるも、脚が、手が、まるで重りを幾つもぶら下げたかのように重く動かない。
義勇の身体はもう限界だったのだ。
「義勇!」
「なっ⁉︎ げほっ、ごほっ……姉、さん⁉︎」
悪い事は重なる。家で待機するよう言っていた蔦子がそこにいたのだ。
無理もない。様子を見に行くと言ったきり弟が帰って来ないのだ。外へと追い掛けて探しに行くのは容易に想像できる事だった。
「あァ? なんだお前はァ、こいつの姉かァ? クハハ! いいところに来たなァ〜」
二人の関係性を知った鬼が愉悦に浸った嗤い声を上げる。残虐な性質を持つ鬼のことだ、何を思っているかなど考えるまでもない。
状況は最悪だ。こうならないように義勇は足掻いていたというのに。
「義勇! 義勇っ‼︎」
「ハァーーッ、ハァーーッ! 姉、……さん。ヒューーッ、ヒューーッ……逃げ、ろ! ……逃げて、くれ……ッ!」
此方に駆け寄ろうとする蔦子に義勇は懇願するように逃亡を促すが、全身傷だらけで今にも死にそうな弟を放っておける訳がない。
義勇が姉を命懸けで護ろうとしたように、蔦子が弟を命懸けで護ろうとするのは当然のことだった。
「丁度どう甚振ろうか考えてたところだ。目の前で家族を殺された時、お前はどんな風に泣くのか楽しみだなァ!」
走りだしたのは二人同時だった。義勇へ一直線に向かう蔦子に鬼の魔の手が迫る。
その光景を前に、義勇の全身は沸騰したように熱くなった。
(動け‼︎ 動け動け動け! また殺される! 目の前で人が、姉が殺されるのを黙って見ているつもりか‼︎)
誓った筈だ。もう二度と目の前で家族や仲間を死なせないと。絶対に──何があろうとも!
震える身体を叱咤して義勇は立ち上がる。壊れてもいい。死んでも構わない。一度は助けられなかった姉を救えるのなら、この身を差し出すのに厭うことなど何もない。
蚯蚓腫れのような熱が頰を焼き付けるのを感じながら、義勇は片脚だけの踏み込みで鬼との距離を零にした。
──全集中・水の呼吸
【肆ノ型・打ち潮】
淀み無く流れる斬撃が鬼の全身を斬り刻む。その流麗さは蔦子が思わず見惚れるものであった。
「ギャアアァァァアアアアッ⁉︎」
頸と手脚を一本ずつ斬り飛ばされ、肩から脇腹まで走る裂傷の痛みに流石の鬼も絶叫する。これ程の重傷なら再生するのに幾分の時間が掛かるだろう。
頭だけの状態で叫び苦しんでいる鬼に蔦子は驚愕し、それどころではないと急いで義勇に駆け寄る。
「義勇! 義勇‼︎」
前のめりに倒れる義勇を蔦子は思い切り抱き締めて声を掛け続ける。もはや焦点すら合っていないのか、ただ眼を開けているだけの状態の義勇に蔦子は身が凍るような寒気を覚えた。
「義勇、義勇! お願い、義勇! 返事をして‼︎」
「……………………姉……さん?」
「あぁ! 義勇、良かった……良かった!」
死んでいない。死にそうな顔をしているけれど死んでいない。弟は生きており、触れ合う身体からは確かな鼓動を感じた。
蔦子には何が起きているのかすら分からない。義勇が斬った相手も、それでも生きているその異常も、現状が危機的状況にあるということも、何一つ分かっていない。
「姉……さん、……怪我、は……」
「大丈夫よ! 私は無事よ! 義勇がずっと護ってくれたのね、もう……一人で無茶して……!」
涙を零して蔦子は義勇を抱き締める。本当は無茶したことを叱ってやりたい気持ちもあった。だけど、弟の頑張りを褒めてあげないでどうするというのか。
義勇はもう指一つ動かせないのだろう。それでも伝えたいことがあってか、辿々しく声を発する。
「姉、さん……頼みが……ある」
「何、何でも言って」
「……今すぐに、ここから……逃げて……くれ」
「ごめんなさい、義勇。その頼みは聞けないわ」
泣き笑いのまま断言される。蔦子はいざという時に肝の据わった人だった。恐らく梃子でも動かないだろう。
しかしそれで困るのは義勇だ。こんな時になって口下手な自分に殺意を覚える。何とか姉を説得しなければ。
「……じゃあ、助けを……呼んで、くれ……」
「周りの人達はもう何処かに行ってしまったわ。義勇が何と言おうと、私は義勇と一緒じゃなきゃ何処にも行かないからね」
もうだめだ、打つ手がない。義勇は素直にそう思った。
ここまで来たら、後はもう天命を待つだけか──
「……クソがァ、よくも俺をここまで虚仮にしてくれたなァ」
鬼が立ち上がるのが見える。
蔦子はギュッと義勇を抱きかかえ、恐怖に震えながらも気丈に振る舞った。
「あなた、何ですか?」
「あァ? 弟は知ってるのに、姉は知らないのか? 俺は鬼だ、聞いたことぐらいあるだろう?」
「鬼……」
人喰い鬼の噂を思い出す。子どもを躾ける為の作り話かと思っていたが、実際に目の当たりにして蔦子はここ最近の殺人および神隠しと現状を理解する。
蔦子の判断は早かった。
──せめて、弟だけは。
蔦子は義勇から手を離して立ち上がろうとした。自分が犠牲になっているうちに、もしかしたら奇跡が起きて救助が来るかもしれない。ならば一分一秒でも時間を稼いでみせる。その心算だった。
だが、蔦子は立ち上がれなかった。
義勇が着物を握り締めていたからだ。
もう意識すら朦朧としているだろうに、それでも絶対に離さないというように義勇が力強く握り締めていたから。
(……義勇)
蔦子は義勇の顔を見詰める。その時になって、義勇が何が呟いていることに気付いた。
耳を寄せて言葉を聞く。それは義勇の最後の頼み。この場を離れるお願いではなく、蔦子にはよく分からない単語も混じっていたが、その内容をしっかりと聞き届けた。
「そのガキもやっとくたばったな。愉しみは減ったが、仕方ねェ。まァ、安心しな。姉弟仲良く喰ってやるよ」
下卑た笑みを浮かべて鬼はゆっくり近付いてくる。
死が目の前に迫ってくる光景とはこういうのを言うのだろうか。突然過ぎて酷く現実味がないが、実はありふれているのかもしれないと思って蔦子は一瞬だけ笑う。
「最後に一つ、いいでしょうか?」
「……いいぜ、人間の最期の言葉を聞くのは好きだからな」
とことん下衆な性格をしている。都合が良いため口には出さないが、蔦子は理不尽な現実に対する怒りで一杯だった。
こんな奴に自分と弟が殺されるなんて。せめて一矢報いてやりたいが、蔦子にはそんな力は無い。
それでも残された希望はあった。
弟の言葉が確かな情報を含んでいるのならば。
蔦子は大きく息を吸い、腹に力を込める。眦を決して、気合いを入れる。
そして、今までの人生で一度も出したことの無い大声で吠えた。
「──助けて下さい、鬼殺の剣士様ぁああっ‼︎」
──南無阿弥陀仏
応える声があった。それもすぐ近くから。
特徴的なその言葉を耳にして義勇は微笑み、義勇の意識は安心して微睡みに溶けていく。
その刹那、棘だらけの鉄球が鬼を叩き潰すのを確かに見た。
◆
真っ白の空間の先に、人が二人立っている。
烏の濡れ羽色をした黒髪を三つ編みでまとめた優しい面立ちの女性と、右頬から口に大きな傷跡を持つ
二人はこちらに一度だけ振り向き笑顔を浮かべて、光の向こうへと歩き去っていく。
──待って、待ってくれ!
大きな声を出して駆け出すが、距離は縮まるどころかどんどん広がっていく。
やっと会えたのに、また会えたのに。もう置いて行かないでくれ。今度こそ、一緒に。
ふと、手を掴まれた。
温かなその温もりに、何故か覚えがあった。
誰だろうか。そう思い振り向いた。
相手を見て、物凄く驚いた。きっと瞳を見開いていただろう。
そこには、今さっき光の先ヘと歩いて行ったはずの女性がいたから。
こちらの驚き具合が面白かったのだろうか。万感の思いを秘めた眼をして彼女は柔らかく微笑んだ。
──ありがとう、義勇。
その言葉を最後に、世界の全てが白く染め上げられていった。
◆
「…………」
ゆっくりと意識が浮上していく。
ぼやけた視界の中に映るのは、夢の続きではなく、見慣れた白い天井だった。
(此処は……蝶屋敷か?)
うっすらと瞼が開いていき、義勇は二度三度と瞬きを繰り返す。
しばらくそうしていた義勇だったが、ゆっくりと手を付きベッドから身を起こす。
未だ覚醒しきっていない頭で周囲を見渡すと、窓から差し込む陽光が眩しい。
どうやら昼時のようだ。
(……懐かしい夢だった)
最近までは思い出そうともせずにいた遠い記憶。姉を喪った悲しみに囚われて、何も出来なくなってしまうから。
(蔦子姉さん……)
あれは夢だったが、義勇は全霊を賭して戦い、その結果蔦子を死なせず済んだ。最後まで見届けたわけでは無いが、鬼が知人の武器によって叩き潰れるのだけは見届けられた。きっと姉は無事だっただろう。
義勇の目論見は夜明けを待つ事ではなかった。最初から鬼殺隊員が駆け付けて来るのを期待していたのだ。
あの鬼は戦う前に言っていた。もうこの辺りで十人は喰ったと、縄張りにしているのは自分だけだと。
それだけの被害が出ていればまず間違いなく鬼殺隊の情報網に引っかかる。単独犯というのも義勇を安心させた要素の一つだった。あの鬼さえ足止め出来れば、他に被害が出ないと分かったから。
姉が犠牲になった時も、義勇が助かったのは鬼殺隊員が来たからに他ならない。だから義勇は鬼とそれらを狩る存在を知り、育手の元に足を運んだのだ。
最初から他力本願だったのは情けないが、目的を達成できたことは嬉しい。寝起きが悪い義勇にしては、いつに無いくらいに機嫌がよかった。
気持ちの良い夢を見たと義勇は自然と微笑み、その時になってふと思う。
どうして自分は蝶屋敷で寝ているのだろうか。
寝る前に何をしていたかは、夢の出来事の印象が強過ぎて全く覚えていない。最後の記憶は炭治郎と共に上弦の参を斃したこと。ならば今はあの決戦の後の筈。
(戦いはどうなった? 何故俺はこんなところで寝ている。炭治郎は? 鬼舞辻は? みんなはどうなった?)
立ち上がろうとするも身体に力が入らない。思えば身を起こすのも億劫だったと今更な感想を覚えるが、丁度視線の先にあった姿見を見て、義勇は時が止まったかのように静止した。
「小さい……なんで?」
素の呟きを漏らした後、廊下から足音が聞こえて視線をずらす。
そして再度静止した。
「えっ……?」
開いた扉の先、そこには夢にまで見た女性が、喪ったはずの家族が、姉である蔦子がいたのだ。
「蔦子、姉さん?」
「義勇!」
起きている義勇を見て、蔦子は手に持ったお盆を放り投げて義勇に抱き着いた。常にお淑やかであった姉からは考えられない行動に義勇は目を丸くして、感じる温もりが本物だということに頭は混乱の極みに達した。
「良かった、良かった……無事で良かった! 一ヶ月も目が覚めないから、このまま……死んじゃうんじゃないかって……!」
感極まって号泣する蔦子。
理解の外側にある出来事に何が現実なのか分からなくなった義勇だったが、無意識のうちに姉の背中へと手を伸ばしその背を優しく摩っていた。
現状把握はとりあえず後だ。今はまず、姉を宥めることから始めよう。
「あれから大変だったのよ」
落ち着きを取り戻した蔦子はベッドの側の椅子に腰掛け、状況を説明してくれた。
まず前提として、今はあの夢だと思っていた日の続きらしい。勿論蔦子はこんなこと言っていないが、義勇の理解としてはこう仮定するのが正しかった。
鬼に襲われ、あわや殺されるといったあの時、本当のギリギリで鬼殺隊員が到着したのだ。獲物から分かっていたが、駆け付けたのは岩柱──この時はまだ岩柱ではないそうだったが──の
その後瀕死の義勇の治療という名目でこの鬼殺隊専用の治療屋敷(蝶屋敷ではなかった。この時胡蝶姉妹はまだ鬼殺隊員でないのだから当然だった)に運ばれ、義勇はそこで一ヶ月もの間眠り続けていたらしい。蔦子は血縁者ということで、看病のために特別に滞在が許されたのだとか。
病人食を食べながら話を聞いていた義勇は、無視できない事実に思い当たって口を開く。
「蔦子姉さん、祝言はどうなった?」
「馬鹿ね、あなたが倒れているのにそんなの挙げられるわけがないでしょう。延期にしてもらっているわ」
それはなんというか、素直に喜べない報告ではあったが、姉の晴れ舞台を見逃さずにすんだ事実には安堵してしまった。
「じゃあすぐに挙げよう。俺はもう大丈夫だ」
「馬鹿言わないの。しばらくは絶対安静に決まっているでしょう? 義勇が完治するまでは、待ってもらえるようお願いしました!」
ぷんすかという擬音が鳴りそうな態度で蔦子は少しだけ声を荒げた。生前すら殆ど覚えがないが、義勇は今姉がそれなりに怒っていることを悟って黙り込む。
二度も馬鹿と言われたと内心凹みまくっていた義勇だったが、新たに現れた第三者の気配を察知して顔を扉へと向ける。
「失礼する。少年が目を覚ましたとお聞きした」
「あぁ、悲鳴嶼様! わざわざ足運んで頂けるなんて、ありがとうございます!」
蔦子は立ち上がり、入室してきた青年──悲鳴嶼行冥へ頭を下げる。義勇は姉と鬼殺隊最強が立ち並ぶその光景を見て、「なんか凄い」という阿保みたいな感想を抱いて呆然としていた。
行冥は蔦子に丁寧に対応し、義勇へと顔を向ける。
「初めまして、私は鬼殺隊の悲鳴嶼行冥という」
「……冨岡義勇です」
この頃から南無阿弥陀仏の着物で数珠をじゃりじゃりさせているんだなと義勇はさっきから幼稚な感想しか出てこないのだが、命の恩人である行冥にそんな態度を取っていては姉に叱られる。
義勇は痛む身体をおしてベッドの上で脚を折り畳み、手をついて頭を下げた。
「悲鳴嶼様。この度は、姉を救って頂き、ありがとうございます……本当に、本当にありがとうございます!」
「私からも再度御礼を述べさせてください。悲鳴嶼様。弟を救って頂き、本当にありがとうございます!」
心から謝意だった。これほど嬉しいことはなかった。だからこそこんな素直に礼を言えた。前回は、そんな余裕は無かったのだ。
盲目の行冥には見えていないが、頭を下げる姉弟を前に口元を緩めた。
「その気持ちを確かに受け取った。私こそ嬉しく思う。君たちが無事で、本当に良かった」
その後、しばらく世間話に花を咲かせた。行冥とはあまり絡んだ覚えの無かった義勇だが──むしろ柱で親しくしていた者など強いて言って蟲柱の胡蝶しのぶしかいなかった──話してみると意外と接しやすかった。
ただ、行冥の目的は談笑することではないというのは分かっていた。
義勇と蔦子が落ち着いた頃合いを見計らって、行冥はこう切り出した。
「少年。君は、鬼殺隊に入る気はないか?」
◆
鬼の襲撃から三ヶ月経った。
そして先日、蔦子の祝言が挙げられた。
見ることの叶わなかった姉の白無垢姿を見て、義勇は泣いてしまった。
思い出とは言うには直近だが、義勇は姉の晴れ姿を思い出して微笑む。
「ふぅ……」
姉夫婦と暮らす家の縁側で、義勇はどさりと寝転がる。燦々と煌めく太陽に目を細めながら、これからの予定を考える。
まともに意識があった二ヶ月で、義勇は確信したことがある。それは、この世界は今の義勇の現実なのだということだ。
夢や血鬼術ではないと決定付けた理由は、二ヶ月寝起きを繰り返しても一向に変わらない日々もあったし、何よりの不可思議は義勇が知らないことがあり過ぎたからだ。
蔦子の旦那の細かな好みだったり、行冥が鬼殺隊員となった過去であったり、義勇はそれらを知らなかった。夢や血鬼術なら本人の頭の中にある情報から現実が構成されるはずだから、知らない情報が立て続けに出てくるわけがない。待てど暮らせど鬼の気配を感じないこともあって、義勇はこれが現実だと断定した。
時を巻いて戻す術はない。
いつか思ったことを真っ向から否定された形だ。どうやらこの世界には、義勇が知らないことなどそれこそ人の数程に沢山あるらしい。
改めて、この後どうするかを考えて──すぐに結論が出た。
姉の晴れ舞台を観れた今、義勇には思い残すなど何もない。一瞬そう思ったが、心残りはまだまだ一杯あった。
最終選別で錆兎が生きていたら。
目の前で仲間が殺されていなかったら。
助けられなかった民を救えてたら。
もしを願うたらればは、数えればキリがない。
全てを救うのは絶対に不可能だろう。だとしても、この身に宿る経験を活かせば、手の届く範囲の人は救えるのではないだろうか。前回は未熟ゆえに取りこぼした人たちを助けられるのではないだろうか。
己の生き様はなんだ? 義勇は自問自答する。
答えはすぐに出た。
自分は鬼殺隊の冨岡義勇だ。
ならばもう、迷うことなど無い。
「義勇ー、お昼が出来たわー」
「分かった」
自分を呼ぶ姉の声に返答して、義勇は立ち上がる。
自分の道を定めた義勇は、姉の元へ向かう。
真剣な顔をした義勇を見て一瞬キョトンとする蔦子だったが、察したのだろう。
真面目な話を聞く姿勢となって、義勇に座るように促す。
義勇も正座して、蔦子と真正面から向き合う。
そして、自分なりの決意を胸に、義勇は重い口を開いた。
「蔦子姉さん、相談がある。大事な相談だ」
この後はあれですよ。
さびまこと出会ったり、
胡蝶姉妹にツンツンされたり、
ぎゆしのだったり、
ぎゆカナ(エ)だったり、
炭カナだったり、
煉獄の兄貴と絡んだり、
まぁそんな感じですよきっと。
需要があったら書きます(小声)