鬼滅の刃 ──逆行譚──   作:サイレン

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今更なお願い

可能な限り原作と矛盾なく、分からないところはオリジナルで、という感じで書くつもりだったのですが、ファンブックおよび先週号のジャンプ本誌の話で、考えてたプロットの時系列がメチャメチャになってしまいました……
練り直すのも大変なので、時系列についてはある程度オリジナルで進めさせて頂きたいと思います。
なので、「あれ、なんかちょっと違くね?」みたいな点があっても、暖かい眼差しで見守って頂けると幸いです。
我が儘言ってごめんなさい!

以下本誌ネタバレありの具体的な懸念箇所
見たくない方はスクロールで飛ばして下さい。










義勇さんとカナエ姉さんが柱で同僚の時期あったんかーい⁉︎
つまりカナエ姉さんが亡くなったのは2年以内。
義勇さん公式外伝の時点でしのぶさんが羽織を受け継いでたので、完全にその数年前だと思ってました!













というわけで本編をどうぞ!


※追記 20190808
賛否両論あって、少しだけ加筆しました。




第4話 出会いと別れを繰り返して ①

 

 蒼い斬撃が真一文字に奔る。

 寸分違わず鬼の頸を捉えたその一閃。血飛沫と共に切り離された頭が宙を舞い飛び、庭にゴトリと落ちる音が戦闘終了を告げる。

 

 さらさらと灰となって消えていく鬼の骸を見届けて、慣れた手付きで少女は日輪刀を納刀した。

 

「義勇、終わったよ。そっちは?」

「こっちも応急処置は済んだ。立てるか?」

「はい、ありがとうございます。義勇様、真菰様」

 

 負傷した青年は目の前に立つ少年──冨岡義勇と、つい今しがた鬼を屠った彼の継子である少女──真菰に礼を言う。

 一先ずの安全は確保した。

 状況把握の為、周囲の警戒を真菰に任せて義勇は青年に問い掛ける。

 

「被害は?」

「民間人が三人ほど……偶々近くにいた自分が駆け付けた時にはもうこの子しか……」

「そうか……」

 

 青年の側で放心したように微動だにしない五歳ほどの少女。

 彼女の視線の先は血赤に染め上げられた障子があり、その奥の光景は見るまでもなく想像出来た。

 

「おとうさん……おかあさん……おにいちゃん……」

 

 よろよろと立ち上がり、涙の跡も拭かぬまま戸へと近付く少女。

 ついさっき目の前で起きた惨状を信じられず、この戸を開ければ何不自由なく自分へと笑いかけてくれる家族がいる。

 叶わない願いを胸に、少女は腕に力を込めようとする。

 

 義勇はその腕を優しく握り止めた。

 

「はなして……?」

「ダメだ……その戸を開けてはいけない」

「どうして……? おとうさんとおかあさんとおにいちゃんがいるの……」

「……すまない」

「はなして……はなしてはなしてはなして!」

 

 錯乱して暴れる少女。

 空いた手で闇雲に義勇を攻撃し、義勇の顔に引っ掻き傷が生まれるが決して腕は離さない。

 義勇はそのまま少女を抱き締めた。

 

「すまない。俺たちの力不足だ」

「はなしてっ‼︎ おとうさんに、おかあさんに……おにいちゃんに……っ‼︎」

「…………」

「うぅぅぅぅぅぅぅっ‼︎ はなしてはなしてはなしてっ‼︎」

 

 只管にもがき続ける少女を義勇は可能な限り柔らかに包み込む。

 悲壮な眼でその二人を見詰める青年が、柱である義勇にここまでさせる申し訳なさと、自らの不甲斐なさに両膝を突いて頭を下げる。

 

「申し訳ありません! 自分が無力なばかりに……もう少し早く」

「いい、今はよせ」

 

 強い口調で止めつつ、義勇は少女の頭を二度三度と撫でて背中をとんとんと叩く。

 その時、唐突に少女が止まった。

 父のような人の温もりに触れ、母のように頭を撫でられ、兄のように背中を優しく叩かれ、不意に理解してしまった。

 

 もう家族が笑いかけてくれることがなくなったのだと。

 

 見たことも無い大量の赤色に壊れた思考がふいに蘇り、理解してしまったのだ。

 

「……あ゛ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ⁉︎」

 

 狂ったように叫ぶ少女を義勇は今度は強く抱き締める。

 義勇にはこれしか出来ない。

 助けられなかった以上、死んだ人が生き返ることはない。

 生き残ってしまった人を、死なせないように尽くすしか。

 

「すまない……すまない」

「うぅぅぅぅぅっっっ⁉︎ おとうさんっ……おかあさんっ……おにいちゃんっ……うあぁぁあああああぁっ⁉︎」

 

 滂沱の涙を流す少女は泣き叫び続ける。

 自身の痛む心をせめて温もりに変えて、義勇は静かに少女を包み込む続けた。

 

 しばらくして、少女の声が止む。

 精神的にも限界をとうに超え、泣き疲れて眠ってしまったのだ。

 少女の頰に残る涙を義勇は拭き、身体を冷やさぬようにと自身の羽織で少女を包んで抱き上げる。

 

「義勇様……」

「あまり気に病むな。お前が身を呈して庇ったお蔭で、この子は助かった。それがこの子にとって幸せだったのかは分からないが……お前はすべきことを成した。誇れ」

「っ……⁉︎」

 

 義勇の言葉が強く青年の胸を打つ。

 真菰が斃した鬼は謂わば雑魚鬼の範疇に収まるものだった。見る限り、一対一なら青年が遅れを取ることはなかっただろう。

 にも関わらず負傷して危機的状況だったのは、ひとえに青年が命懸けで少女の身を護っていたからに他ならない。

 誰かを護りながら戦うというのは、想像を絶する苦境に相違ないから。

 

「……はいっ……申し訳ありません……ありがとう、ございますっ……!」

「動けるのなら、蝶屋敷へ向かえ。ここから一番近い。後始末は俺たちがやる」

「……はい」

 

 青年が一礼の後に立ち去る。

 入れ違いに義勇へと歩み寄るのは真菰だ。

 義勇の腕の中で眠る少女を痛ましげに見た後、少し見上げて真っ直ぐと義勇の瞳を覗き込む。

 

「義勇もだよ」

「……何がだ?」

「気に病み過ぎちゃダメ。最善を尽くしても、救えない命がある。慣れて何も感じなくなるのも問題だけど、自分が壊れるのも気を付けないと」

「……そうだな」

 

 真菰は少女の乱れた髪を整えて、血赤に染まった障子を開けて素早く中に入り、戸を閉める。万が一を考えて、少女の目に映らないように。

 何も言わずに義勇は縁側へと移動し、澄んだ外の空気を吸いに行く。強過ぎる血の匂いは少女にも毒だ。

 

 時間を置いて戻ってきた真菰の手の中には、簪や数珠といった物が握られていた。

 

「遺品はこれくらいしか……」

「ありがとう、真菰。後は隠に託そう」

 

 呟きと同時、幾つかの影が義勇たちの周りに降り立つ。

 絵巻物に載っている忍者のような黒装束に身を包んだ彼らは、鬼殺隊事後処理部隊である隠の者達だ。

 

「水柱様、ご指示を」

「中に三人、この子の両親と兄だ。丁重に弔ってほしい。遺品についてはなるべく回収を。頼めるか?」

「御意。……その子は」

「この子は俺が直接蝶屋敷へ連れて行く。家は……いつかこの子が戻りたいと思えた時のために清掃を」

「はっ! 承知いたしました」

 

 返答を残して隠の者達は散った。

 夜闇に包まれた家を後にして、義勇と真菰は静かに歩き進む。

 

 人の死に触れるのは鬼殺隊の宿命である。

 何度目とも知れない無力感に二人は一言も喋らず、黙々とただ脚を動かし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう、分かったわ。この子の意思次第だけど、望むならウチで面倒を見るから」

「ありがとう、カナエ」

「ありがとう、カナエさん」

 

 蝶屋敷の一室。

 家主である胡蝶カナエの部屋で、義勇と真菰はカナエに頭を下げた。

 

「大袈裟だよ、二人とも。元々此処は身寄りのない子を引き取る場所でもあるんだから。……まぁほとんどの子は看護士さんになっちゃうんだけどね」

 

 苦笑するカナエだったが、その身からは隠し切れない哀愁が漂っている。

 側に敷いた布団で眠る少女。

 彼女は胡蝶姉妹が生み出したくなかった被害者そのものだ。

 

 鬼に家族を殺される、そんな悲劇を一つでもなくせるように。

 

 原初の誓いを胸に日々努力を重ねているのに、現実はこうも胡蝶姉妹の理想を踏み躙る。

 少女のような境遇の人を見る度に、カナエの心は悲しみに包まれ、妹の心には怒りが降り積もるのだ。

 

 この悪循環はきっと終わらない。

 鬼の始祖である男を滅殺しない限り。

 

「…………ぅうん……」

 

 少女から発せられた呻き声を聞いて、三人の空気が一瞬だけ緊張を帯びる。

 即座に穏やかさ取り繕い、少女が起きるのをゆっくりと待つ。

 

「……うぅ、おかあさん?」

 

 目をこすって体勢を変えた少女に、丁度目が合ったカナエは柔らかな微笑を浮かべた。

 

「おはよう」

「……おはよう、ございます……?」

 

 寝惚けた頭で反射的に挨拶を返した少女だったが、相手が見知らぬ他人と気付いてパチクリと眼を開けた。

 首を振って辺りを確認する。

 すぐ側にいるのは三人で、全員が知らない人。

 

 少女の表情に不安が苛み始めた。

 

「みなさんはだれ……? おかあさんは? おとうさんとおにいちゃんもいない……」

 

 記憶が混乱している。

 無理もない。少女はまだ年齢で言えば五歳がいいところ。

 あの現実をすぐさま飲み込めというのは酷な話だ。

 

 暗い感情を全て封じて、カナエは少しだけ距離を詰めて少女に話し掛ける。

 

「私の名前はカナエよ。あなたのお名前は?」

「……きよ」

「そう、きよちゃんね。素敵な名前だわ」

 

 笑顔のまま、カナエは義勇と真菰を一瞥した後に戸に視線を走らせる。

 意図を正確に察した二人は音も立てずに立ち上がり、卓越した隠密技能をもって少女に悟られることなく退室した。

 

「……役に立たないから出てろって酷くない?」

「事実だ。この手のことは俺達ではカナエやしのぶには遠く及ばない。それに見知らぬ年長者三人に囲まれてはあの子も落ち着けないだろう」

「正論過ぎてぐうの音も出ない」

 

 慈愛とは掛け離れた成長を遂げている自分に真菰は若干だが凹む。

 お淑やかという面での指針は間違いなく義勇の姉である蔦子にあるのだが、一生経ってもああなれる気がしない。

 生まれ持った品の良さが違うのだ。

 そろそろ本格的に諦めるかと真菰は開き直った。

 

 無駄口を叩くのを止めて、二人は壁に背を付けて待機する。

 中から聞こえる声に嗚咽が混ざり始め、酷く長く感じる時間の流れと何も出来ない自分がもどかしい。

 戸の開閉音に義勇と真菰は目線をずらした。

 

「どうだったの?」

「……思い出しちゃったみたいでね……精神的に良くないと思って睡眠を誘発させる香で寝かせたわ」

「カナエは大丈夫か?」

「私は大丈夫よ。心配してくれてありがとう、義勇くん」

 

 暗い表情のまま浮かべる無理矢理な笑顔。心の治療とはやはり慎重に行わなければいけないものなのだろう。

 力になれない無力感に義勇は一度だけ奥歯を噛み締め、カナエが抱きかかえていた少女を受け取った。

 

「ありがとう、義勇くん」

 

 

 

「いつまでも落ち込んでたらみんなに心配をかけちゃうわ。気分転換にちょっと見て欲しいところがあるんだけど」

 

 カナエの提案に義勇と真菰は乗る。

 少女を別室で寝かせた後、三人は屋敷に併設された訓練場へと向かっていた。

 

「機能回復訓練? 何それ?」

「あれ? 真菰ちゃんは知らないの? 義勇くんから教えてもらったのに」

「……あぁ、何でもありあり鬼ごっこのこと?」

「そんな物騒な鬼ごっこは知らないんだけど……」

 

 言葉の響きだけでおっかなさが滲み出ている。

 水の呼吸三兄弟はそんな意味不明な鬼ごっこをやっているのかと内心戦慄するカナエだが、流石に慣れてきたのか苦笑一つで片付けた。

 

「鬼ごっこの他に身体のほぐしと反射訓練があるわ」

「へぇ、面白そうだね。カナエさんが相手してくれるの?」

「私がする時もあるけど……見れば分かるわよ」

 

 辿り着いた訓練場の戸をカナエは開ける。

 ぶわっ、と広がる熱気。

 ダダダダダッ、と勢い良く踏み鳴らされる足音。

 

 一般隊士を相手に胡蝶しのぶが互角以上の速さで相対していた。

 

「……あれ? しのぶってあんなに速かったっけ?」

 

 一向に捕まらないしのぶの駿足を見て、真菰はコテリと首を傾げた。

 妹の成長を指摘されて、カナエは上機嫌に胸を反らす。

 

「最近になって義勇くんから教わった全集中・常中が身に付いてね。今じゃしのぶはこの訓練の要よ!」

「ふーん……」

 

 冷静な、というより冷徹な眼差しでしのぶを見定める真菰。

 悪い癖が出始めたなと義勇は思うが、止めるのも面倒なので口出しはしない。

 観衆と化した三人の前で繰り広げられる訓練風景。

 鬼ごっこ及び反射訓練の二つ。相手取る隊士との勝負全てにおいて、しのぶが敗北することは無かった。

 

「はい、次の方!」

 

 大量に滴る汗を拭いながら、貪欲にしのぶは訓練相手を求める。

 しのぶにとってもこれは良い経験なのだ。純粋な技量向上に加えて、今まで虚仮にされてきた鬱憤晴らしにもなるという一挙両得な修練となっていた。

 

 静まり返り訓練場。

 しのぶの声に即座に応える声が無い。

 真菰はニヤリと口元を歪ませて一歩踏み出した。

 

「はいはーい、私がやるー」

「っ……真菰さん、お久しぶりです」

「うん、久しぶりー」

 

 よいしょっ、と卓を挟んでしのぶの前に真菰が座る。

 卓の上には十の湯飲み茶碗があり、中にはそれなりに臭いがキツイ薬湯が入っていた。

 ふんふむと頷いて、真菰は頭と身体を臨戦態勢に移行する。

 

「やり方は分かりますか?」

「今見て覚えたよ。相手に湯飲みを持ち上げさせず、持ち上げられたらぶっ掛けていいんでしょ?」

「その通りです」

 

 肯定を返して、しのぶの双眸がしんと冷える。

 真菰はこれまで対戦してきた隊士とは一線を画す。正式な鬼殺隊員では無いが、この場では恐らく義勇の次に位置する強者なのだ。

 手加減は無用。経験で勝る内に勝負を決する。

 

 互いに準備が整ったことを察して、カナエが声を張り上げた。

 

「両者、いざ尋常に……始め!」

 

 号令と共に、しのぶと真菰の両腕がぶれる。

 直後、ダタタタタタッ! と全ての湯飲み茶碗がほぼ同時に揺れ始めた。

 絶え間無く音が鳴り響き、影としか認識出来ない貫手の応酬。

 高速で交わされる両者の手は、湯飲みを掴んだと思ったら別の湯飲みを押さえている。

 互いに一歩も引かず早々に千日手の様相を生み出すが、その圧倒的速さに場にいた全員が観客となってしのぶと真菰を見詰めていた。

 

「良い勝負だわ! しのぶ頑張って!」

 

 両拳を胸の前で握り締めるカナエは健気に妹を応援する。同年代における女性最強である真菰に一矢報いれるかもしれないと、やや興奮した面持ちで熱が入っていた。

 対して、義勇は時間が長引くに連れて表情が変化してゆき、遂には片手で顔半分覆うことに。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「相変わらずだな、真菰は」

「えっ、何が?」

 

 キョトンと疑問符を浮かべるカナエに、義勇は淡々と説明する。

 

「真菰はもう慣れてしまった。現にしのぶで遊び始めている」

「嘘でしょ⁉︎ いくら何でも早すぎるわよ!」

 

 信じられないとカナエは視線を戻して、数秒観察して息を飲む。

 攻守の切り替わりが不自然だ。

 この訓練は先手と後手が高速で交互に入れ替わるのが特徴だ。持とうとする手をそれを遮る手というのが普通の形で、間違っても両方の手で持とうとしたり防ごうという形にはならない。

 だというのに、目の前の光景はその前提を真っ向から否定している。

 

「くっ……!」

「ふふふ……もっと気張ってよね〜、しのぶ!」

 

 単純明快、真菰が速過ぎるのだ。

 完全に遊戯として勝負を支配下に置いており、真菰が両手で攻めていると思えば、わざと遅く転じて専守防衛の戦術でしのぶを弄ぶ。

 あれ程の境地に至るには並みの経験では済まない筈なのだが、真菰は初戦でしのぶにも勝る動きを見せていた。

 

「しのぶは十秒以内に決めるべきだった」

「確かに真菰ちゃんは凄いけど……しのぶのど根性はこんなものじゃないわよ!」

 

 ハラハラとカナエが見守る中、しのぶの眦が決し始める。

 しのぶは負けず嫌いで案外激情家だ。

 感情の制御がまだ未熟で、しかしそれを冷徹に力へと変換する才能がある。

 

「調子に……乗らないで下さいっ‼︎」

「っ⁉︎」

 

 速度が跳ね上がった。

 一瞬だけ真菰が瞠目して、瞳から遊びの光が消え失せる。

 更に加速する音の連鎖に観客は物音一つ立てることも許されない。

 ピンと張り詰めた緊張がその場を包み、永遠にも続くかと思われたその勝負。

 

 幕引きは呆気なく。

 

「あっ」

 

 体力と集中力の限界が唐突に。

 しのぶの押さえる手が宙を貫いた。

 

 ゆっくりと流れる光景の中、真菰の口角がニヤリと吊り上がる。

 

「まだまだだね」

 

 ビシャアッ! と容赦無くぶっ掛けられる薬湯。

 頭から濡れ鼠となったしのぶ。

 指を差して真菰は爆笑した。

 

「あははははは! はい、しのぶの負け〜。残念だったねぇ、うん、惜しかったよホント」

「…………」

 

 心にも無い励ましを口にしながら真菰はニヤケ続けて、愉しげに追い討ちを忘れない。

 

「うん、この訓練は面白いね。義勇にも勝てそうってのが特に気に入ったよ。しのぶは練習相手に丁度良かったかも」

「…………」

 

 既に眼中に無いことを明言して、真菰は口元に三日月を描いて笑う。

 

「ねぇねぇ今どんな気持ち〜? あんなに連勝してたのに初見の私に負けて今どんな」

 

 ダンッ‼︎ という激烈な踏み込み。

 卓を蹴り飛ばす勢いで飛び出したしのぶは、片手を突き出して真菰に突っ込む。

 完全に動きを読んでいた真菰は全力で回避して逃走を開始した。

 

「──ぶん殴る」

「あはははは! 鬼さんこちら、手の鳴る方へーっ!」

 

 敵意悪意殺意邪気に満ちた殺伐とした鬼ごっこが勃発。

 乱雑に駆け回る二人は隊士たちを縫って飛んで弾いて跳ねてと忙しなく、大嵐の如く辺りの人間を巻き込んでいく

 少女たちの周りを顧みない暴れ具合に、年長者である義勇とカナエは溜め息を吐いた。

 

「あれはしばらく続くな」

「えぇ。しのぶの眼がヤバイわ……」

 

 感情が抜け落ちた修羅の瞳をする妹を見てカナエはがっくりと肩を落とす。

 見てられないと一心不乱に真菰を追って外へ飛び出すしのぶを視界から外し、カナエは上目遣いに義勇を見た。

 

「義勇くんも手伝ってくれないかしら? まだ任務も言い渡されてないんでしょ?」

「ああ、構わない」

 

 小気味好い返答にカナエは笑顔の花を咲かせ、その場にいる者たちへ向けて声を張り上げた。

 

「皆さん、水柱たる冨岡義勇様が訓練相手になってくれますよ! 貴重な体験ですので、どしどし挑戦して下さいね!」

 

 

 

 数刻経って。

 

『……あ、ありがとう、ございました』

「あぁ」

 

 四人掛かりで捕らえきれなかった息も絶え絶えな隊士たちは、義勇へ謝意を述べて傍へと引き下がる。

 同じように座り込む犠牲者は数知れず、その場で立っているのは義勇とカナエくらいだった。

 

「様子を見に戻ってきたけど、相変わらず義勇くんは規格外ね」

「これでも柱だ。簡単に負けては示しが付かない」

 

 至極真面目に返す義勇にカナエは苦笑する。

 死屍累々といった状況の中、訓練場の外から戻ってきたのは真菰だった。

 

「あー、面白かった。はい、カナエさん。これあげる」

「真菰ちゃん、私の妹は物ではないのよ?」

 

 真菰の片腕で小脇に抱えられたしのぶに哀れみを隠せないカナエ。

 素で非情な姉弟子の暴虐に義勇はこめかみが痛い。

 家族の不始末を片付けようと義勇が白眼を剥いていたしのぶを横抱きに受け取って、その光景を少し羨ましそうにカナエが見ているという混沌とした状況で。

 

 突如として勢い良く戸が開かれた。

 

「錆兎、此処が訓練場か!」

「その通りだが……杏寿郎、もっと静かに入れ」

「うむ、それは済まない!」

 

 温度が上昇したかと錯覚する溌剌な声が響き渡る。

 全員が何事かと視線を一箇所に集め、見知った人物を見付けて真菰が口を開けた。

 

「あれ、錆兎だ。どうしたのこんなところに?」

「真菰に義勇か。見舞いついでに今は付き添いだな」

「うん? 錆兎の知り合いか?」

「あぁ、妹弟子と弟弟子だ」

 

 錆兎のその言葉に、隣にいた少年は表情を喜色に染めた。

 視線を義勇に縫い止めて、少年はズイッと肉薄する。

 

「おお! もしや貴殿がかの有名な史上最年少で柱に至った冨岡義勇殿か!」

「あぁ、俺は水柱の冨岡義勇だ」

「よもや! これほど早く貴殿に会えるとは僥倖だ!」

 

 嬉しいという感情を全面に押し出して豪快な笑みを浮かべる少年。

 義勇はこの少年を知っている。

 もう随分と懐かしく感じる少年の姿に、義勇は表情を崩さずに問い掛けた。

 

「それで、お前の名は?」

「興奮して名乗りを忘れていたな! 失礼した。俺の名は煉獄杏寿郎。炎の呼吸の使い手だ!」

 

 少年──煉獄杏寿郎は快活にそう告げ、聞いていた周りの者はとある心当たりに驚愕を露わにする。

 纏う気迫と髪色は例えるのなら揺らめく炎のよう。凄まじい眼力を持つ瞳にも烈火の如き熱が宿り、まるで炎が人の形として顕現したその威容。

 ()炎柱であった者と同じ容貌とその名字。

 少なくない者が杏寿郎の生い立ちに勘付いた。

 

 出会う前から知っていた義勇は能面のままで、ふと関係が気になって錆兎に顔を向ける。

 

「錆兎の知り合いか?」

「ああ、任務で一緒になってな。杏寿郎は見所のある男だ」

「へぇ、錆兎がそこまで言うなんてねぇ」

 

 錆兎が実力において他人に太鼓判を押すのは珍しい。絶大な信頼を錆兎へ向けているからこそ、真菰はその事実に感心する。

 下から瞳を覗き込まれて、杏寿郎は意識を真菰に持っていく。

 

「少女の名は何と言うのだ?」

「私は真菰。水柱の継子だよ。よろしくね、杏寿郎」

「ああ! よろしくな、真菰少女!」

 

 やや癇に触る呼び方に一瞬だけ青筋が浮かび掛けるも、初対面ということもあり真菰は自重した。

 自己紹介を終え、杏寿郎は改めて義勇へ顔を向ける。

 

「ここで訓練をしてると聞いたが、もしや水柱殿が相手をしてくれるのか?」

「構わない」

「本当か! それは何とも運が良い!」

 

 早速やる気満々といった様子の杏寿郎。逸る気持ちを抑えきれずに瞳が爛々と煌めいている。

 因みにだがこのやり取りの最中、義勇の腕の中ではしのぶがずっと横抱きにされている。カナエが綺麗な布でしのぶから滴り落ちる汗やら何やらをせっせと拭いており、やっと満足いったのか微笑のまま大きく頷いていた。

 何故誰もツッコまないのだろうと周りは疑問に思うも、この濃い面子に踏み込む勇気ある者は誰一人いなかった。

 

「訓練とは何をしているのだ?」

「反射訓練と全身訓練だ。前者は湯飲みの取り合い、後者は鬼ごっこだ」

「ふむ……」

 

 端的な説明を受けて杏寿郎は顎に手を寄せて考え込む。

 しばらくの間その姿勢で固まっていた杏寿郎だったが、カラッと表情を変えて顔を上げた。

 

「うむ! どちらも興味はあるが正直勿体無いな! 折角柱と訓練が出来る貴重な機会なのだ!」

 

 決断を終えたのか一人うむうむと首肯し続けて、ギョロリと瞳を義勇へ走らせる。

 

「水柱、冨岡義勇殿。失礼を承知で頼もう。俺と剣で手合わせ願えないだろうか?」

「俺は構わない」

「本当か⁉︎」

 

 一も二もなく返された了承に杏寿郎は驚嘆する。

 ここまで気前の良い柱は滅多にいないと心の何処かで理解しているからこそ、都合の良い展開に杏寿郎は笑みを浮かべた。

 

「カナエ、木刀を借りてもいいか?」

「ええ、構わないわよ。煉獄くん、義勇くんの言う通り、真剣はなしでお願いね」

「ああ、感謝する! では早速」

「──あいや待たれよ〜!」

 

 急に手を挙げて真菰が剽軽な台詞を口にする。微妙に使いどころが間違っているのだが、錆兎が指摘しない時点で誰も何も言わなかった。

 注目が自分に集まるのを待って、真菰は面白げに提案する。

 

「柱の義勇と戦いたいなら、まず継子である私を倒してからにしてもらおうかっ」

 

 キリッ、と決め顔で真菰はそう言った。

 この時点で義勇は、しのぶだけでは飽き足らず遊び足りないのか……と真菰の心中を察するが、止めるのはもはや徒労だと知って泳がせる。

 自然な成り行きに思えなくもない真菰の案。

 杏寿郎は無邪気に答えた。

 

「うむ、拒否しよう! 見る限り君は継子とは言え正式な隊士ではない。歳も俺より下であろうし、何より少女だ! 戦う意味が見出せないな!」

 

 瞬間、空気が死ぬ。

 踏んではならない特大の地雷を全て踏み抜いたその発言に、杏寿郎以外の全員が凍り付いた。

 義勇とカナエは責任の所在を錆兎に持っていく心算で一瞥し、錆兎は錆兎で顔を片手で覆って、無駄と思いながらも真菰の温情に期待する。

 

 返答は埒外の覇気だった。

 

「……へぇ。正式な隊士になっただけでよくそこまで吠えたね」

「っ……⁉︎」

 

 あまりの威圧感に杏寿郎の喉が鳴り、上体が僅かに仰け反るほどに気圧される。

 迸る重圧は間違っても少女から発せられるものではない。鬼殺隊の中でも一定以上の実力を備えた、常人の才能では決して届かない領域のそれ。

 杏寿郎は見誤っていた。

 真菰の才と、継子の力を。

 

「隊士になれたからって一先ず満足しているようなら、その伸びた鼻を私が叩き折ってあげるよ」

「……ふむ。そこまで言われて引き下がれるほど俺は大人ではない! 分かった、試合おうではないか!」

 

 売り言葉に買い言葉の流れで合意となった。

 ピリピリと張り詰める緊張感にその場にいた者達は自然と中央の空間を空けて、物音一つ立てずに観戦の様相を生み出す。

 誰もが思っている。この勝負は非常に興味深いと。

 この一年の間に八面六臂の活躍で鬼を屠り続けた継子と、元柱の実子という約束された才を待つであろう少年。

 どちらが上なのか、鬼殺隊士なら唆られない筈がない。

 

「義勇くん、錆兎くん。此処は治療院の訓練場であって、戦場ではないのよ?」

『すまない、俺たちからきつく言っておく』

 

 木刀を用意しながら互いの保護者的立場にある二人にカナエは不満を言い、義勇と錆兎は逆らうこと一切無く謝罪する。

 優しすぎる屋敷の主人は大きな溜め息を漏らした後、開き直って義勇の隣を陣取った。

 

「……うぅん? あれ、此処は……」

 

 カナエが錆兎に木刀を届けるお使いを命じた後、義勇の腕の中でしのぶがもぞもぞと動き出した。

 

「しのぶ、起きたか?」

「義勇さん……?」

 

 耳朶を打つ義勇の声に反応して、しのぶはぼやけている視界を上へと向ける。

 目と鼻の先にある端整な顔立ちにしのぶはぼ〜っと見惚れ、何がどうしたんだっけと直近の記憶を掘り出す。

 

(確か真菰さんを追い掛けてて、捕らえたと思ったらあんにゃろうの姿が掻き消えて、首裏に衝撃を受けて……義勇さんの腕の中⁉︎)

 

 ハッと意識が覚醒して、しのぶは露骨に狼狽え始めた。

 

「えっ⁉︎ あの、えっ、なっ……なんで義勇さんにっ⁉︎」

「大丈夫か、しのぶ?」

「大丈夫ですけど大丈夫じゃないです⁉︎」

 

 しのぶは瞬間色々と思い出す。

 汗だらだらだったこと。

 薬湯をぶっ掛けられたこと。

 ……えっ、匂いヤバくない?

 ──乙女的に完全に論外な状態で殿方に横抱きにされてるの私⁉︎

 

 しのぶの顔が真っ赤に燃え上がった。

 

「おっ、降ろして! 降ろして降ろして降ろして下さいっ⁉︎」

「一人で立てるか?」

「立てますからぁっ⁉︎」

 

 しのぶの慌てように反して、義勇はそうかの一言だけ述べて淡々としのぶを降ろす。

 顔が鉄面皮過ぎて義勇が何を思っているのかはてんで分からないが、恥ずかしさで弾けそうな気持ちのしのぶはそれどころではない。

 

「うぅぅぅ〜〜ッ! うぅぅぅぅぅ〜〜〜ッ⁉︎」

 

 すぐ隣にいたカナエをしのぶは涙眼でポカポカと叩き始める。

 どうしてあんな状態で放っておいたのっ⁉︎ と羞恥で一杯の声にならない唸りでカナエを責め立てていた。

 

「よしよし、真菰ちゃんに負けたのが悔しかったのね」

 

 慈しみをもってカナエはしのぶの頭を撫でるも、見当違いな愛情にしのぶの目が光を失う。

 姉に慰められてここまで嬉しくないのは初めてだった。

 

「義勇、しのぶはどうしたんだ?」

「真菰に負けたのが悔しかったらしい」

 

 呑気に話す水兄弟の声を聞いて、諦観のまましのぶはうな垂れた。

 気持ちの冷却が終わった後、しのぶはやっと周りの空気が異様だと気付く。

 

「どうしたの、この空気?」

「あの二人がこれから試合するって流れになったの」

 

 カナエが指差す方を見て、しのぶは思い切り顔を顰める。

 怨敵を睨む眼差しで木刀を手にした真菰を見据え、そのまま視線を相対者へとズラした。

 

「煉獄さん? 確かにそろそろ完治の予定だったような……なんであの二人が?」

「色々あったのよ……」

 

 遠い目をするカナエに詳細を聞くのを遠慮して、しのぶは義勇へ時間潰しに問い掛けた。

 

「義勇さん、実際あの二人はどちらが強いのですか?」

「……そうだな」

 

 実力を測るように義勇は目を細めて、剣気を発散する両者を見詰める。

 既に義勇の結論は出ていたのだが、念の為に、己の審美眼が確かなものかもう一度真剣に見定めて、変わらぬ答えを導き出した。

 

「今の煉獄では、万に一つも真菰に勝てないだろう」

『……えっ?』

 

 胡蝶姉妹の驚きを余所に、場が動き出す。

 この状況を生み出した責任感から錆兎が立会人となり、向かう合う両者の間に立つ。

 

「準備は万端か?」

「うん」

「勿論だ」

 

 自然体のまま構える二人。

 徐々に高まる熱気と緊張。

 場を包む緊迫は上昇を続け、最高潮に達する。

 掲げられた錆兎の手が振り下ろされた。

 

「両者、いざ尋常に──始め!」

 

 火蓋が切られた瞬間、動き出したのは杏寿郎だ。

 

 ──全集中・炎の呼吸

【壱ノ型・不知火】

 

 真正面から一直線に肉薄する。

 技の完成度は高い。選別を終えた成り立ての隊士とは思えない洗練された剣技だ。

 速さも充分で、秒と置かずに真菰へとその斬撃は至るだろう。

 刹那にも満たないその時間。

 迫り来る杏寿郎を真菰ははっきりと捉えており。

 浮かんだのは歯を剥いた獰猛な笑みだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ──水の呼吸

 

 シィィィイッ、という呼吸音の轟き、吸い込む空気の量、放たれる威圧、全てが杏寿郎の比ではない。

 瞬間、真菰の姿がブレる。

 

【拾ノ型()──

 

 水の呼吸の拾ノ型は攻撃特化の技だ。

 刃を身体ごと回転させての連撃技で、一撃目よりも二撃目、二撃目よりも三撃目と威力が上昇してゆき、数を重ねれば大岩すら簡単に断てる。

 しかし技の威力の代償に、水の型の長所である変幻自在な歩法が失われる諸刃の剣でもあった。

 義勇と錆兎はこの技を好んでは使わない。歩法を捨てるのは命取りであり、何より膂力のある二人なら並大抵の相手でもない限り使う必要性が皆無だから。

 

 だが、真菰は違う。

 女性の中でも小さめの身体で、当然力も男性には遠く及ばない。たとえ同じ型を打ち込んでも、義勇や錆兎とは破壊力に歴然とした差があるのだ。

 

 だからこそ、真菰はこの技に目を付けた。

 

 速さを殺すのは真菰にとっても論外だ。巧みな歩法と高速移動こそが真菰の真骨頂であり、この二つを失っては鬼と渡り合うなど夢のまた夢。

 速さを殺さず、歩法も失わないで、斬撃の威力を高める。

 両立することの困難なこの壁を、真菰はその才能で乗り越えた。

 

 ヒュルルンッ、という風切り音が鳴り、真菰の姿が渦巻く影となってブレ続ける。

 持ち前の速さに小柄な体躯、女性特有の柔軟性があって初めて成せる超高速回転。

 距離と時間を使って産み出す水龍の斬撃を、刹那で完成させる真菰の鬼才。

 

 ──生生流転・大車輪】

 

 上段から振り下ろされる烈火の一閃を、空へと昇る水龍の顎門が容易く食い破った。

 

 カァンッ、と打ち鳴らされて弾かれる木刀。

 手元から消え失せた武器に驚く暇もなく、杏寿郎は身動きが取れなくなる。

 喉には、木刀の先端が触れるように突き刺さっていた。

 

「杏寿郎、一つ良いことを教えてあげるよ」

 

 カランカランと杏寿郎の背後で木刀が落ちた音を聞いて、真菰は柔らかな笑みを浮かべた。

 

()()()()に、真正面から小細工無しで突っ込むのは馬鹿のすることだよ?」

 

 たった一合で終わった試合。

 有無を言わせぬ結末に、観戦者は揃って息を飲んだ。

 

「強過ぎます……」

「これが、真菰ちゃんの実力……」

 

 唖然とするしのぶとカナエの呟きが、その場にいる全員の気持ちを代弁していた。

 これが、未だ正式な鬼殺隊士でないにも関わらず『女性最強』と謳われる少女──真菰の力である。

 

 重苦しい静寂の中、この場で最も驚愕しているのは杏寿郎だ。

 感情の乱れを抑え込んで、喉元に切っ先を突き付けられながらも冷静に頭を働かせていた。

 

(うむ、単純に速さが違う。加えて技量も……よもや只でさえ力の入る上段斬りを、振り上げで真っ向から撥ね退けられるとは。これが継子)

 

 実力差をまざまざと見せ付けられた。

 真菰の言う通りだ。現段階では格が違う。

 これで継子と思うと頭が痛い。柱は一体どれ程の高みにあるのかと先が思いやられる。

 ただし良い経験には変わりなかった。真菰は目標の指標となって杏寿郎の糧となったから。

 心の炎がより一層燃え上がる。

 自分もこの高みを目指して駆け上がるのだと情熱が湧き上がる。

 

 欲を言えば、もう一戦戦いたい。

 

 瞳にあらん限りの思いを宿して、杏寿郎は真菰を真っ直ぐに見詰める。

 小馬鹿にされた発言に対する反応とは思えず真菰は一瞬きょとんとするも、杏寿郎は錆兎と同類なんだなと理解して口を開く。

 

「さて、杏寿郎。私の機嫌は良いというわけじゃないけど、これだけ観戦者がいてあれで終わらせるのは興醒めだと思わない?」

 

 木刀を下げて真菰は疑問を呈し、間髪入れず杏寿郎が答える。

 

「うむ、その通りだと俺も思う!」

「なら私に言うことがあるよね?」

 

 こてりと首を傾げる真菰。

 此処で言葉と行動を間違えれば、慈悲無く真菰は立ち去るだろう。その確信が杏寿郎にはあった。

 誠心誠意、己がするべき事を実行する。

 杏寿郎は迷い無く両膝を床に突いて頭を下げた。

 

「先程の無礼な発言、しかと謝罪する。正式な隊士でない歳下の少女と侮り満足に戦えなかった自分の未熟、大変申し訳なかった。今度は此方から頼みたい、もう一戦願えないだろうか?」

 

 果たして、真菰が浮かべたのは満面の笑みだった。

 

「うん、いいよ。水柱の継子たる立場をもって、君を手解きしよう」

「感謝する!」

 

 杏寿郎は走って木刀を取りに行き、すぐさま再戦となって剣戟が鳴り響く。

 鎬を削る様子を各々が夢中で見詰めていた時に、一羽の烏が義勇の肩に止まった。

 

「次の任務?」

「あぁ、どうやらそうらしい」

「気を付けてね、義勇くん」

「また来てくださいね、義勇さん」

「ありがとう、カナエ、しのぶ」

 

 出立の言葉を貰って、義勇は真菰へ視線を走らせる。

 杏寿郎の剣撃を捌いていた真菰は苦笑を浮かべた。

 

「残念だけど次の一撃で最後だよ」

「ならば全力で撃つまで!」

 

 互いに距離を取り、今出せる最強の技を杏寿郎は繰り出す。

 

 ──全集中・炎の呼吸

【伍ノ型・炎虎】

 

 烈火の虎を想起させる凄まじい破壊力を内包した斬撃。

 惚れ惚れとするその剣技に真菰は満足そうに頷いて、全力で応えた。

 

 ──水の呼吸

【拾壱ノ型・凪】

 

 しん、と音が消え去る。

 裂帛の気合いをもって振るった剣撃が、何の手応えも感じず受け流された。

 

「なっ……」

 

 あまりの事態に思考停止する杏寿郎は、状況を理解する間もなく終わりを迎える。

 一瞬の内に懐まで侵入していた真菰が木刀を振り上げる。

 これが杏寿郎が見た最後の光景だった。

 

「またね」

 

 ゴッ、と鈍い音を立てて、杏寿郎の顎下が打ち上げられる。

 避ける動作も防ぐ手立ても無かった杏寿郎は全身が宙に浮き上がり、受け身も取れず背中から崩れ落ちた。

 ヒュンヒュンと左右に木刀を振って残心を示し、真菰は一礼を尽くして義勇の元へ移動する。

 

「ごめん、義勇。遅れた」

「構わない、すぐ出れるか?」

「大丈夫だよ。錆兎ー、杏寿郎のことお願いねー」

「……了解だ」

 

 妹の不始末を片付ける兄の姿が其処にはあり何人かの哀愁を誘っていたが、当の妹は既に関心がなかった。

 お世話になりましたー、と一言残して去る真菰と義勇。

 平穏が戻って、気絶者を囲んだ形で静まり返る訓練場。

 錆兎の溜め息がやけに大きく響き渡った。

 

 

 

 蝶屋敷を出た義勇と真菰は烏の指示に従って走り行く。

 息一つ切れない俊足で駆ける二人であったが、おもむろに義勇が言葉を紡いだ。

 

「真菰」

「ん、なに?」

「お前は強い」

「……ん? それで?」

 

 義勇が能動的に話すのは珍しい。受け答えなら及第点に近しくなった義勇たが、自らの考えを話す際はこの数年で改善されたとはいえ言葉足らずには違いない。

 付き合いの長い真菰でも、これだけでは義勇の真意が分からず問い掛けた。

 

「いずれは柱にもなれると俺は思っている」

「それは義勇がいる限り無理だと思うけど……それで?」

「鬼殺隊は実力至上主義だ。そして、現時点でお前は並みの隊士より遥かに強い。実力の劣る者を手解きするのは悪くはない」

 

 弱ければ死に、足手纏いとなれば仲間すら道連れにする。

 

 そういう世界に鬼殺隊は身を置いている。

 実戦経験を積むことでしか強くなれない環境で、多忙な柱や実力者に鍛えてもらえることはありがたい話の筈だ。命を懸けることなく強くなれるのだから。少なくとも義勇はそう思っている。

 そういう意味で真菰の行動を咎める気はさらさらない。

 

 だが……と、義勇は続けた。

 

「力に問題がないから俺はお前を継子にしているが、まだ正式な隊士でないのも事実。最終選別を突破した者には敬意を払え」

「うっ……」

「仮眠しか取れず疲労していて、あのような現場を見た直後だから鬱憤が溜まっているのは分かっているが、さっきの煉獄に対する発言と態度は目に余る。これは水柱としての言葉だ」

「うっ……ごめんなさい。ついカッとなって……」

 

 シュンと落ち込む真菰。

 今年で十二となった真菰だが、まだまだ幼い精神性なのはどうしようもない。普通これくらいの年の少年少女なら、親の庇護下で愛されて育っている時期なのだ。

 家族を鬼に殺され天涯孤独の身で、独りとなってから学んできたのは鬼殺の心得が殆ど。一年前ほどまでは世俗と離れた山小屋で、たった四人で暮らしてきた真菰に多くを求める方が酷である。

 一つ一つ義勇や鱗滝といった側にいる年長者が諭せばいい。

 真菰は悪い事だと自分で納得すれば一度で理解出来るから。

 

 鬼殺隊は誰もかれもが若過ぎて、悲劇が集約されて成り立ってしまった組織だ。

 歪な成長を遂げ、歪んだ精神性を持つ者は柱にだっている。

 上下関係においても、お館様を例外に完全なる実力至上主義。

 

 そもそも、礼儀作法なんて鬼と出逢えば何の意味も為さない。

 向上心の高い者なら、鬼への憎悪が深い者なら、鬼のいない世界を心より夢見る者なら、第一に求めるのは力である。鬼を滅殺するためなら他は全て二の次になってしまう傾向は、救えなかった命を多く見た隊士に多い。

 

 真菰もそうだ。義勇の継子となってからは特に。

 

 あと数日早ければ。

 あと半日早ければ。

 あと数分早ければ。

 

 取り零した命は両の指ではとっくに足りず、その度に真菰は己を鍛え抜く。

 表面上は明るく振舞っていても、ギリギリの状態である事に違いない。

 

「……任務にひと段落ついたら少し休もう」

「……うん、ありがとう」

 

 その言葉を最後に、二人は無言のまま速度を上げた。

 まずは早急に、この任務を片付ける為に。

 

 

 

「…………はっ!」

 

 勢い良く目を覚ました杏寿郎。

 ガバリと身を起こして周りを確認し、側にいた錆兎と目が合った。

 

「そうか、俺はまた負けたのか!」

「すまないな、杏寿郎。うちの妹は阿呆なんだ」

「そんなことはない。俺はありがたかった!」

 

 快活にそう言って、杏寿郎はふとある疑問に思い当たる。

 

「時に錆兎、錆兎と真菰はどちらが強いのだ?」

「俺と真菰は同等だな。あいつは継子となってからの成長が目覚ましい」

「そうか。では水柱殿と比べるとどうなのだ?」

 

 杏寿郎の純粋な疑問に、錆兎は分かりやすく答える。

 

「俺と真菰の二人掛かりならなんとか……という感じだな」

「ふむ……なるほど。先は遠いな」

 

 目指すべき高みを知って、それでも杏寿郎は呵々大笑と笑う。

 杏寿郎の鬼殺の道はまだ始まったばかりなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼殺の任務を終えて、ひと時の自由な時間。

 夜闇を切り裂く街の灯りを見上げて、真菰は愉快そうに両手を広げた。

 

「文明開化の音がする〜っ!」

「その台詞、大分古いぞ」

「そうなのっ⁉︎」

 

 山育ち故に知らなかった新事実に真菰は仰天するも、未だ見慣れぬ文明の光には興味を隠せない。

 日輪刀を袋で包んで一般人を装い、二人は買い物と洒落込んでいた。

 

「何これ?」

「紅茶という飲み物の茶葉だ」

「あれは?」

「西洋の服だな」

「この食べ物は?」

「ぱんけぇきと言うらしい」

 

 真菰が指差す物を全て義勇が端的に説明して、気になるものがあったら購入という計画性も何もない買い物。

 購入品は揃いも揃って蔦子と朝顔に向けてという無欲なもので、後日大量に渡される土産に蔦子が苦笑するのだがそれは別の話。

 

 移動および突発的な任務に支障の出ない範囲で手荷物を増やした二人は、街の喧騒から少し外れた路地にある屋台のうどん屋に足を運んでいた。

 

「お兄さーん、山かけうどん二つお願いしまーす!」

「あいよ!」

 

 細長い座席に隣り合って座り、義勇と真菰は一息吐く。

 ここ数日、各地を走り回る羽目になる量の任務を烏に言い渡されていたために、流石に疲労が溜まっていた。

 只でさえ柱の警備担当地区は広大な上に、子供の二人の身体はまだ完全には出来上がっていないのだ。

 たまに本気の殺意を義勇の烏に打つける真菰がいる。なので烏は真菰が苦手であった。

 

「あっ、そうだ。もう知ってるかもだけど、次の最終選別に行くことになったよ。しのぶと一緒に」

「そうか。気を付けろよ」

「まぁ一年くらい先の話だけどね〜」

 

 直近の最終選別は一月ほど前だ。

 その回の合格者の一人が数日前に手解きした煉獄杏寿郎だった。彼含めても数人しか突破者がいなかったと考えると、義勇と錆兎が参加した全員帰還の世代はやはり奇跡みたいなものなのだろう。

 

「目標は全員生存で、義勇以上の滅殺数〜」

「言っておくが、そうなると鬼の補充がお前の最初の任務になるぞ」

「なにそれ理不尽……」

 

 がっくりと肩を落とす真菰。

 やろうと思えば恐らく容易いが、ただ頸を斬り飛ばすより面倒さが桁違いだ。

 急にやる気が減少した真菰だったが、美味しそうな匂いに顔を喜色に染める。

 

「へいお待ち!」

「わぁー! ありがとうお兄さん!」

 

 礼を述べて二人は碗を受け取り、まずは汁を飲んで身体を温める。

 

「ふぅ〜、美味しいね」

「あぁ、良い腕だ」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ! どんどん食いな!」

 

 義勇と真菰の素直な感想に店主は機嫌を良くし、うどんを食べながら真菰は会話を交わす。

 

「お兄さんはこの街は詳しいの?」

「応よ! 俺は浅草生まれの浅草育ちのうどん打ちだからな!」

「へぇ。突然だけど、最近が人がいなくなったとか、そういう物騒な噂ってあった?」

「いんやぁ、俺が知る限りそんな話は聞かないな!」

「そうなんだぁ〜。それは良かったよ。でも夜は何かと物騒だから、お兄さんも気を付けてね」

「嬢ちゃんとにいちゃんもな!」

 

 こういう情報収集は真菰が同道してから本当に楽になったと義勇は思う。初対面の相手には何故か好かれやすい真菰は、他人の懐に入るのが非常に上手いのだ。

 こういう時は黙っているのが吉と、義勇はゆっくりとうどんを味わう事にした。

 

 しばらくそうして舌鼓を打って、中身が少なくなった頃。

 

「──っ⁉︎」

 

 突如何かの匂いを嗅ぎ取った真菰が瞠目して立ち上がった。

 尋常でないその態度に義勇の表情が険しさを纏い、視線を合わせた後にうどんをかき込む。

 

『ご馳走様でした』

「まいどあり!」

 

 代金を払って二人は歩き去る。

 街灯に照らされる道を進み、周りに人の気配が無くなった瞬間に影となって消える。

 義勇と真菰は近くの家屋の屋根の上に降り立っていた。

 

「何があった?」

 

 義勇には感知できない異常事態が発生したと察して、悠然と問う。

 くんくんと鼻を鳴らす真菰は、少し眉を寄せて懸念を口にした。

 

()()()()匂いがする」

 

 不自然な言い回しに、滅多に動かない義勇の柳眉が明確に寄る。

 

「鬼の気配は?」

「それが全く。血鬼術だけが一人でに歩いている、みたいな?」

「妙だが……確認しないわけにはいかない。追えるか?」

「当然!」

 

 頼り甲斐のある返答に、二人は姿が搔き消える。

 真菰を先頭に、夜の街を移動していった。

 

 

 

 人の活気も静まる真夜中。

 街灯も整備されてない月灯りに照らされた道を、真菰は一人で歩いていた。

 こんな時間帯に少女が一人で外にいること自体が不自然極まり無い。辺りに人の気配が無いのもあって、一種の非日常的な雰囲気が立ち込めていた。

 

 真菰は至って自然を装って小さく手を振って歩いていたが、思考と全身は臨戦態勢を整えている。

 不確かな何かに逃げられないように。

 攻撃を受けても即座に反応出来るように。

 

 真菰の目の前には誰もいない。

 見える範囲には人影は一つもない。

 

 それでも徐々に気配は近付いている。

 

 細心の注意を払って歩を進め、手に持つ得物をいつでも抜けるように準備して。

 一歩、二歩、三歩。

 気配が横切った瞬間、真菰は日輪刀を引き抜いていた。

 

「動かないで」

 

 振り向きざまに虚空に日輪刀を置いて、真菰は警告する。

 他人が見れば少女の頭を心配する場面だろうが、真菰の表情は真剣そのものだった。

 

「姿を現して。無視するのならこのまま頸を断つ」

 

 脅迫紛いの台詞と共に真菰から膨大な覇気が迸る。

 こちらの本気を訴える圧力を発し、真菰は最後通告を言い渡す。

 

「五秒だけ待つ」

 

 その言葉をきっかけに、気配が揺らぐ。

 次の瞬間、風景が水のように波を打った。

 

「っ⁉︎」

 

 初めて見る現象に最大級の警戒を露わにして、真菰は背後に跳躍して距離を取る。

 いつでも動けるように日輪刀を構えながら、変色した光景の中心を見据えた。

 

 現れたのは綺麗な着物を着た女性の後ろ姿だ。

 その時になって初めて女性本人の匂いを嗅ぎ取った真菰は怪訝そうな表情を見せるも、相手が話し始める方が早かった。

 

「振り向いてもよろしいでしょうか?」

「……うん、大丈夫だよ」

 

 ゆったりとした動作で着物から何かを取るように動いた後、振り向く女性。

 思わぬ美麗な容貌に、真菰はぱちくりと瞬きした。

 蔦子に似た雰囲気を醸し出す大和撫子然とした佇まいで、艶のある黒髪を後頭部で一つに纏めている。

 感情の揺らめきがない凪いだ水面のような瞳は幻想的で、鬼とは思えない思慮深さと優しさが同居した理性的な眼だ。

 

 真菰は直感でこの女性が敵対することはないと理解するが、納刀はせずに第一に気になった点を問い掛けた。

 

「貴女は本当に鬼なの?」

「はい、私は鬼で間違いありません。……此方からも何点かお聞きしてよろしいでしょうか?」

「答えられるものならね」

 

 探りを入れられることに不快感はない。

 敵意が全くなく、本当に興味本位の問いだと分かっているからだ。

 

「私の姿や気配といったものは完全に隠蔽されていた筈なのですが、どうやって看破したのですか?」

「……うーん」

 

 真菰は少し悩んだ。

 普通なら鬼相手に自らの手の内を晒す真似など論外なのだが、この女性には言っても問題ないだろうと結論。

 血鬼術の危険性もないと判断して、真菰は意を決した。

 

「私、嗅覚には自信があってね。確かにお姉さんの匂いは分からなかったんだけど、発動してる血鬼術の匂いは嗅ぎ取れたんだ。多分私にしか出来ない芸当だよ」

「成る程……末恐ろしい才能をお持ちなんですね」

 

 納得いったという様子で女性は頷く。

 その反応を見て、真菰は安全を確信した。

 今の言葉は真菰なりにカマを掛けたつもりだった。

 真菰以外には不可能な探知方法とはつまり、真菰を消せば二度と見付けられない事と同義。この女性ならすぐその考えに結び付くだろう。

 

 不穏な気配を僅かにでも感じられたら、真菰は問答無用で頸を()りに動く心算だった。

 しかし、女性から感じられたのは感嘆のみ。敵意や殺意は皆無であり、あるとすれば若干の焦燥。

 

 攻撃の兆候がないなら、得物を握っている必要ない。

 キィン、と真菰は迷い無く刀を鞘に収めるが、その行動に驚いたのは女性の方だった。

 

「……良いのですか? 貴方は鬼殺隊の方ですよね?」

「んーん。私はまだ正式な鬼殺隊士じゃないよ。継子っていう立場なんだけど……知ってる?」

「継子……確か柱の……」

 

 そこまで呟いて、女性の動きが止まる。

 微かな動揺が生まれた表情で、呆然と懸念を口にした。

 

「まさか……今この場に柱がいらっしゃるのですか?」

「うん、お姉さんの真後ろにね」

「っ⁉︎」

 

 びくりと震え、初めて背後の気配に気が付く。

 振り向いた先にいた少年の姿を見て、女性の顔にはっきりとした絶望が浮かんだ。

 

 強い、この少年は強過ぎる。

 一振りの刀のように洗練された佇まい。揺るがぬ信念を胸に鍛え上げられただろうその力。目の前の少年は常人の領域を遥かに逸脱した人間の中の怪物だ。

 少女一人ならまだしも、見るだけで判る超抜級の実力を持つこの少年からはもう逃げ切れない。

 

 道半ばで果てることを覚悟しながら、女性は対話を試みた。

 

「……名乗っていませんでしたね。私は珠世と申します」

「鬼殺隊水柱の冨岡義勇だ」

「私は真菰だよ」

「義勇さんと真菰さんですね。……一つだけお聞かせください。貴方方は私をどうしたいのですか?」

「その問いに答える為に、幾つか貴女に質問したい」

「ええ、構いません」

 

 毅然とした態度を取り戻した女性──珠世は、真っ直ぐに義勇と向き合った。

 まじまじとその顔を見て義勇の内にとある確信が生まれたが、能面のまま問い掛ける。

 

「貴女は人を喰っているのか?」

「……信じられないかと思いますが、私は二百年は人を殺したことも、食したこともありません。ですが、人の血を飲まなければ生きてはいけませんので、輸血と称して人から買っています。私には医術の心得があるのです」

「敵対の意志はあるか?」

「ありません」

「……次が最後だ」

 

 淀みなく進む問答に珠世の緊張感が高まり、冷や汗が頬を伝う。

 誇張ではなく、珠世の生死がここで決まる。

 

「貴女が生きる目的は何だ?」

 

 嘘偽りを許さない真っ直ぐに向けられる眼差し。

 不思議とその瞳には、鬼に対する嫌悪感等は一欠片も存在していない。

 鬼殺隊で柱まで上り詰めた人間とは思えない純粋なる瞳。

 

 ──この少年なら、協力してくれるかもしれない。

 

 珠世は決然とした意志を双眸に乗せた。

 

「私の目的は二つあります。一つは、鬼が人間に戻れる薬を開発すること。もう一つは……」

 

 両の目に宿る様々な想い。

 人だった者としての矜持。

 医者である者の信念。

 

 そして、私人としての憎悪と決死の覚悟。

 

「鬼の始祖──鬼舞辻無惨の抹殺です」

 

 

 

 





長くなったのでここで一旦切ります。

赤面涙眼でポカポカするしのぶちゃん11歳


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