後、日菜蘭を考えるときモカのことを考慮すると胸が痛くなるので書きました。
夕焼け、空が茜色に染まり世界が朧げとなり始める。そんな景色をモカは眺めていた。何か特に嫌なことがあったわけでも、反対に嬉しかったことがあったわけでもない。ただ、不定期にやってくる虚無感と漠然とした不安に従うがままに行動をしたところ、羽丘の屋上、青春の詰まった場所に来ていたのだ。
「この景色が、アタシ達だけじゃないんだよな〜」
ボソッと呟く。色々なことがあった。楽しいことはここで始まって、嫌なことはここで終わる。そんな場所だからこそ、手放すのは悲しいのだ。
手すりに肘を置いて頬杖をついた。背後からは夜が迫る。その夜から逃げるかのように、下には校舎から出てきた数人の生徒がいて、楽しそうに話していた。羨ましくはない。自分だってあのように居心地のいい場所があるのだから。ただ、寂しいのだ。
春はもう過ぎて、だからといって夏に差し掛かっているわけでもなく、微妙な気温、それがまた心地よくてうっとりしてしまう。いつもは隣にいる誰かさんがいなくてもそれは変わらない。美味しいものは美味しいし、心地よいものは心地よい。
「あ、日菜先輩とつぐだ〜。校門前に紗夜さんまで〜」
微笑みながら黙って見送った。ここからじゃ声も届きそうにない。そうして三人は楽しく談笑しながら帰路に着いた。
モカは見送った。
また、うっとりしていると次は下から特徴のある大きい声が聞こえる。
「ともちんだ〜。ひーちゃんも一緒〜」
宇田川巴と上原ひまりだ。これまた楽しそうに談笑をしていて、屋上からでもその大きな声が聞こえた。どうやらラーメンを食べに行くらしい。自分も食べたかったが、今はそんな気分ではないらしく、お腹も珍しく鳴らない。
だから、モカはまた見送った。
不意に、モカの世界が潤んだ。パタパタと何かが落ちて、金属の手すりは何かが染みたような跡を作る。
水の中から見えた夕焼けは綺麗で、吸い込まれそうだった。自然とモカの口角は上がっていた。優しく、ふんわりと。それは微笑みにも近く、けれどそう表すにはどうも哀愁が漂っていた。
ガチャリと屋上の扉の開く音がした。
期待していない。といえば嘘になる。モカは蘭が来たのかと少し期待したが、予想はまったくに外れ、見回りの教師がそろそろ下校をしろと催促した。
「ちぇ〜じゃあ先生また明日〜」
「はーい、青葉さん。明日は遅刻しないでね」
「気を付けまーす」
カバンは教室に置いてあるので身軽だ。心もどこかふわふわとしていて定まらない。
階下へと降りて教室へと入る。人影を見つけた。蘭だった。
「蘭〜?」
どうやら幼馴染は寝ているようだ。その寝顔が愛おしくて、少し、ほんの少しだけ、ズルをしたいと思った。
弱虫で、意気地のないモカがほんの少しの勇気を振り絞って、ズルをすした。
蘭の頰に、キスをしたのだ。苦くて、苦くて、それでいてとっても甘いキス。
「起きないとこうしちゃうよ〜?」
蘭は起きない。良かったと内心ホッとするとともに、良心はモカを責め立てた。幸せなはずなのに心はとても苦くて、また、世界が潤んだ。それをすぐ拭って、モカは蘭を揺する。
「ねぇ、蘭、帰ろ?」
モカは蘭を優しく、優しく揺すった。すると蘭は徐々に意識を覚醒させて、今がどのくらいの時間なのかを把握した。
「やっと起きた〜。はぁ〜無防備だなぁ蘭は。モカちゃんが襲っちゃってもいいの〜?」
笑顔で寝起きの幼馴染を迎える。いつも通りに、悟られてしまわぬように。
「は?何言ってんの。バカなこと言ってないで帰ろ。もう下校時刻でしょ?」
「それもそっかー。あははー」
「…ねぇモカ、なんか隠してる?」
「あ、え?な、なんでもないですな〜」
「絶対隠してるんじゃん」
「はぁ〜バレちゃったか〜。実は…」
「明日沙綾から試作パン貰うんだよね〜楽しみ〜」
「そんなことで深刻そうな顔しないでよ…心配したじゃん」
「あはは〜モカちゃん人の気を惹いちゃうプロだからね〜」
「はぁ、あたしもう行くから」
「待って〜」
蘭が先に教室を出て、モカもそれに続いた。辺りは少しだけ夕陽の光が残っていて、けれど廊下や階段はまだ点灯していなかったために足元が覚束なかった。
蘭はそれとは変わり、程よい足音のリズムを刻みながら階段を降りる。目が慣れるのが早いのだろうか否かは分からないが、ただただ階下へと向かっていた。モカはその背中を見つめる。
「…モカ?」
蘭は後ろから聞こえる足音が止んだことに違和感を覚えて振り向く。
すると、モカはただ蘭を見つめていた。
「どうしたの?」
「蘭は…」
そこまでモカは言って、口を噤んだ。
「ねぇ、言いたいことがあるなら言って」
「大丈夫だよ。帰ろ?」
「大丈夫じゃない。やっぱりさっきから何かおかしいよモカ」
「大丈夫だってば!」
「…怒んないでよ」
「ごめん」
校舎内に声が響いた。おそらくこの棟にはモカと蘭の2人しか生徒はいないようで、そのまま残響として音にならない音は闇へと溶けた。
「謝るなら言ってよ」
蘭の声は心なしか震えていた。モカは顔を下ろしたまま上げず、数段下にいた蘭がその顔を見上げている。
モカの目からは雫がこぼれた。パタ、パタとその雫が音を立てる。儚く響いたその音は、また、闇に溶けた。
「なんで泣いてんの」
「言わない」
「なんで」
「言えないから」
「それがなんで」
「なんでも」
「…モカ?」
とうとう蘭の呼びかけには応じなくなった。ただ蘭も負けじとモカの肩を掴む。
「モカ!顔上げて!」
ハッとしたような顔でモカは顔を上げる。すると蘭と目があって、その綺麗な瞳に射抜かれそうになって、また、モカは顔を背けようとする。しかし蘭はそれを許さない。
「モカ、ちゃんとこっちを見て。話する時は顔を見なさいってモカのお母さんも言ってたでしょ?悪い癖だよ」
「うるさい…」
「うるさくても良い。ちゃんと話しよ?」
モカは負けましたと言うように微笑んで、そのまま階段に座り込む。そして蘭もその横を座った。踊り場のガラスからは、少しの月明かりが射した。夕の光はもうほんの少しだ。
蘭は一番星を見つけた。
「ねぇ、モカ、星見えてる。つぐみならもっと早かっただろうね」
「…うん」
「モカは何を悩んでるの?」
「言いたくない。嫌われちゃう」
「嫌わない。あたし、嘘つかないから。それと、モカは大切な幼馴染だし」
幼馴染、という言葉がモカの心を刺した。
「…あたし、さっき蘭にキスしちゃった」
蘭は顔を紅くして唇を触った。
「大丈夫、頰だよ。ごめんね」
「けど、あたしずっと辛くて…」
「そっか…」
蘭はモカの気持ちをなんとなく察した。そして、だからこそ蘭は決意をする。
「ねぇ、あたしどうしたら良いのかな、蘭」
「どうして、モカちゃんより先に行っちゃうの?寂しいよ…」
「ねぇ蘭、置いていかないでよ。ずっと隣に居たいよ」
蘭は重たい口を、震えながらに開く。緊張で乾いた唇と喉は、その言の葉を簡単に通らせようとしない。
「モカ…」
「あたしも…モカとずっと一緒にいたい。だから、置いていかないよ。これからは絶対。絶対にモカを離さない」
「だから、泣かないでよ」
蘭は指でモカの涙を掬った。
「いつもみたいに、いつも通りに、また笑ってよ」
「あたしはモカの笑顔、好きだから。これからも、隣で」
沈黙が訪れた。数秒か数十秒か、はたまた数分か数時間か、どれだけ互いを見つめ合っていたかはわからないが、やがて、2人は顔を近づける。
「んっ」
少しの嬌声、その後に影は離れた。
「あっ、蘭…」
「も、もう帰ろ!」
恥ずかしくて紅潮した顔は暗闇で見えない。それでも蘭は照れ臭くて立ち上がった。
「待って…」
「待つよ」
「一緒に帰ろ?」
月明かりで照らされた蘭の顔はまだほんのり紅く染まっていて、モカはそれを見て、つい微笑みがこぼれた。
「うん、一緒に帰ろ」
モカも立ち上がって、隣に並んで階下へと降りる。玄関口で下靴に履き替えて、校舎を出た。
「ほら」
「え?」
蘭から不器用に差し出された手にモカは戸惑い、同じ方の手で握手をする。
「そうじゃないから…」
「え〜」
「離さないって言ったから…」
蘭はモカの手を掴んで指を絡める。
「帰ろ、一緒に」
嬉しくて、自然と笑いがこみ上げる。
「へへっ、ふへへ」
「え、何、モカ怖いよ」
「えへへ、なんでもないよ」
「帰ろ」
モカは蘭にくっ付いて、蘭はそれを引き剥がすようにしながら帰路に着いた。
いつも通りの帰り道を。
どうでしたでしょうか?文章力をもっと鍛え上げたいと思いますが、モカ蘭の甘酸っぱさが伝わったなら幸いです。
次回も百合ss書きます。紗夜×つぐみ か 六花×明日香にしようかなと。百合まではいきませんが、有咲と蘭の悪くない休日を描くのも良いかな〜と。
とりあえず次もよろしくお願いします。