楽しんでいただけると嬉しいです。
あれから動揺しつつも、なんとか注文を取った私たちですが。
「「…………」」
現在、私と先輩は横長なテーブルの一つに座り、対面に向かい合って無言で食事が来るのを待っていました。
痛いほどの沈黙が食堂を包み、響くのは無名の王さん……あの後真名を教えていただきました……の調理の音のみ。
会話はなく、あるのは極度の緊張。もし何か気に触ることをして、雷を落とされたらと考えると自然とそうなってしまいました。
「「……………………」」
き、気まずいです!こういう空気は良くないと以前資料で読んだことがあります!
今後共に人理修復の旅をするので、少しでもコミュニケーションを……と思っていたのですが、これではそんなことできません!
「……ど、どんな料理が来るんだろうね」
「!」
思わずパッと顔を上げました。すると、やや引きつった先輩の笑顔が見えます。私にできないことをやってのける、流石です先輩!
「一応、既存の定食を頼んだのでそうおかしなものは出てこない、と思いますが……」
「俺が頼んだのがハンバーグ定食で、マシュがシチュー、だよね」
「はい、それであっています」
「朝からちょっと重かったかな」
ははは、と乾いた笑みを浮かべる先輩。その表情には空気を緩和しなければという鉄の意志を感じました。
……先輩がこんなに頑張っているのです、私もちゃんと会話を繋げなければ。マシュ・キリエライト、全力でいきます。
「あの、先輩はどのような生活をしていたのですか?」
「え? うーん、普通かなぁ」
「なるほど、普通ですか」
一般的な先輩の年齢の男性の普通の生活。それは私にとっては未知の領域に他なりません。
「よろしければ、聞かせていただけると……」
「聞いても面白くないよ?」
「いえ、ぜひ聞いてみたいです」
「そう? なら……」
そして先輩は、カルデアに来る前の話をしてくれました。
それは、このカルデアの外に出た経験がない私にとってはとても新鮮かつ、驚きに満ちたものでした。
家族と旅行に行ったり、学校に通ったり、放課後に友人の方々と遊んだり、海で泳いだり、友人の恋愛相談を聞いたり……
「それで、その時そいつがさ……」
先輩はそれを、とても楽しそうに話す。どこか慈しむように、大切そうに笑顔で語るその姿に、自然と微笑みが浮かんだ。
けれど数秒もしないうちに、ピタリと不意に先輩の言葉は止まった。そうすると顔をうつむかせてしまう。
「先輩?」
「……今思うと、当たり前だけどすごい大切だったんだな、って思ってさ」
「っ……」
そう言った時の先輩の顔は、とても辛そうに見えました。下がった目尻はそのまま、先輩の失った悲しさを表しているようで。
とっさに励ましの言葉を口にしようとするけれど、それは声にはならなかった。
だって私は、知らないから。
それらは、私にとっては情報の一つでしかないもの。カルデアしか知らない私が、ついぞこの目で見ることのなかったもの。
家族の暖かさも、学校の楽しさも、友人の騒がしさも、海の綺麗さも……恋をするという、その感情も全て。
私は、知らないのだ。なぜなら私は、このカルデアで……
「……先輩の大切なものを取り戻すためにも、必ず人理を取り戻しましょう」
最終的に私の口から出たのは、そんなありきたりな言葉だった。でも先輩は顔を上げて、いつも通りに笑う。
「……ああ、そうだよな。いつまでもくよくよしてられない。男らしくないって爺ちゃんに怒られちゃうしな」
「バーサーカーさんと私で、必ず守ります。だから頑張りましょう、先輩」
「ああ!」
先輩と二人でぐっと拳を握る。よかった、少しは先輩の調子が戻って。
そう安堵していると、ふっとテーブルに影がかかった。反射的に上を見上げると……そこには無名の王さんがいた。
その両手には蓋の被せられたお皿。どうやら、料理が来たようです。
『………………できたぞ』
「あ、はい」
「ありがとう、ございます」
わずかに首肯した無名の王さんは、大きな手で皿を机の上に置く。その時の音は、やけに重々しく聞こえた。
ドキドキと心臓が高鳴る中、無名の王さんは蓋の持ち手を握ってゆっくりと持ち上げる。
無名の王さんが腕によりをかけて作った、その料理の姿は──!
「「………………」」
無名の王さんの料理は、なんというか……とてもユーモアに富んでいました。あるいはエキサイティングともいえます。
まず、先輩の頼んだハンバーグは細長い形状をしていました。上に向かうにつれ太くなっていって、一番上は頭のようです。
頭には二つのくぼみがあるので、影法師というところでしょうか。不謹慎にも周りに盛り付けられた野菜がお供え物に見えてしまいます。
一方私の方は……はい、赤いです。ひたすらに赤くてグツグツしてます。一言で形容するなら以前映像を見たマグマが最も妥当でしょう。
所々に浮いている肉と思われる焦げ茶色のものが溶岩に沈みきっていない岩のようで、まるで火山地帯を見ている気分でした。
『特製……人間性ハンバーグと…………イザリスシチューだ………………』
「えっと……」
「その……」
『さあ…………食え…………さもなければ……雷を食らわせる』
「「あっはい」」
選択の余地はありませんでした。
スプーンを持ち、一口シチューをすくう。熱気すら発しているのかと錯覚するシチューに、ゴクリと喉を鳴らした。
ふと先輩を見ると、一口ぶん割ったハンバーグをじっと凝視しています。どうやら私たち、同じ気持ちみたいですね。
「……………………」
うう、見ています。これはもう、逃げられないです。
「マシュ」
「先輩?」
名前を呼ばれて先輩の顔をもう一度見ると──その瞳には、覚悟が浮かんでいました。この現実を受け入れて、前に進むという意思が。
……そうです、私は先輩とともに戦う決意をしたんです。こんなところで逃げるわけにはいきません!
「「い、いただきます」」
意を決して、スプーンを口の中へ運び──
「──っ!」
私は目を見開きました。
「こ……」
「これは……」
『………………どうだ?』
「美味いっ!」
「美味しいです!」
てっきり見た目から口内が全て焼け爛れる覚悟をしていましたが、それとは全くの正反対でした!
お肉はよく煮込まれているのか、ホロホロと口の中で崩れていき、ジャガイモやニンジンなどはしっかりと味が染み込んでいて甘い。
そしてそれらをまとめるシチューは適度な辛味がきいていてくどくなく、一瞬ピリッとした後に具と一緒にするりと喉の奥に入っていきます。
「これならいくらでも食べられるよ!」
「はい、お見事な出来栄えです!」
『それは…………よかった……なにしろ……久しぶりだったからな…………』
ホッと盛り上がった胸板に手を置いてそう言う無名の王さん。見た目に似合わない普通の仕草に、少し恐怖が薄まった。
嬉々としてシチューを口に運び、15分もすると綺麗に完食した。ちょうど同じ頃に、先輩も食べ終わって手を合わせる。
「「ごちそうさまでした」」
『お粗末様……だ…………』
私たちに合わせて無名の王さんがぺこり、と軽く頭を下げる。私と先輩は顔を見合わせ、ふっと笑った。
最初は怖い方かと思いましたが、案外そうでもなさそうです……食べないと雷を落とすというところ以外は。
そんなことを思っていると、コック帽を外した無名の王さんは大きめの脚立を持ってきて座った。
『しかし……ここは良い食材が…………揃っているな……』
「はい、カルデアの食料は職員の健康管理のため、良い状態のものが揃えられています」
『そのようだな…………
「そういう意味でも?」
ということは、無名の王さんがカルデアに来た理由は料理による助力以外にもある、ということでしょうか。
『…………お前たちは…………あいつのことを……どれほど知っている………………?』
「あいつ?」
「もしかして、バーサーカーさんのことですか?」
『ああ……そう呼ばれているのか…………で、どれほど知っている……?』
「えっと、特異点で多少は話したけど。何歳で不死人になったとか……」
多少は慣れてきたのか、先輩は普段通りの様子で無名の王さんと話す。やっぱり先輩は勇気のある方だと思います。
『そう、か…………あいつは…………頼り甲斐があるだろう……?』
「うん。いつも俺たちを守ってくれたよ」
『そう……あいつは強いのだ………………しかし…………だからこそ脆い……』
「脆い、ですか?」
あのバーサーカーさんが?そんなこと、全く想像できません。
『あいつは……失うことを………………極端に恐れる……だから…………誰より強く……あろうとする……』
「失うことを、恐れる……」
「誰より、強く……」
無名の王さんの言葉からは、それがバーサーカーさんの強さの源だという意思が感じられます。
失うのを恐れるからこそ、強く。確かにそれは、理解できます。私もあの時、先輩たちを守りたくて踏ん張ったのですから。
『俺は……奴を試すために……サーヴァントとして蘇った…………』
「ええっ、そんなことできるの?」
『これでも…………最初にソウルの術を見出した……男の息子だ……』
そうでした。バーサーカーさんから聞いた話によると、無名の王さんは太陽の光の王グウィンの息子だったようです。
『だからこそ言おう……決して…………決して、あいつの前で……死ぬな……』
「……うん、もちろん。死ぬつもりなんてないよ。人理を取り戻すためにも」
迷いなく答える先輩。私もまた、無名の王さんに向かって強く頷く。
『…………ならいい…………話は以上だ……また食いに来い…………』
無名の王さんは立ち上がり、脚立を片手に厨房に戻っていった。後には私と先輩だけが残る。
「そういえばマシュ、昨日ドクターが今日はブリーフィングあるって言ってなかったっけ?」
「あっ、そうでした。時間は……今から20分後ですね」
これなら会議室までゆっくり歩いても間に合うだろう。
いそいそと立ち上がって、もう一度厨房にごちそうさまでしたと伝えると食堂を出た。さあ、また案内の時間です。
『あー、テステス。聞こえるかい?』
先輩を会議室に案内しようと口を開いたところで、アナウンスが入った。これはドクターロマンの声だ。
『藤丸君、マシュ、バーサーカー君。至急中央管制室に来てくれ。ちょっと問題が発生した』
「中央管制室って……!」
「まさか、カルデアスにまた何か……!?」
私たちは顔を見合わせ、走りだした。
今カルデアスに何かあれば、私たちは一巻の終わりだ。何があったのだろうと焦りを感じながら、足を動かす。
「マスター!」
幾度か角を曲がったところで、バーサーカーさんが合流しました。ただし一人ではなく、腕の中にある人を抱えて。
「あの時の職員の人!」
「エミリアさん!?なぜバーサーカーさんと一緒に……」
「お二人共、おはようございます」
「事情は後で私から説明しよう。それより今はあそこに向かうぞ」
確かに、今は気にしている場合ではない。疑問を頭の隅に追いやって再び体を動かし、管制室に急いだ。
走り続けて数分もすると、管制室の扉が見えてくる。一気に廊下を駆け抜けて、私たちは中央管制室に飛び込んだ。
「マシュ・キリエライト、藤丸立香、サーヴァントバーサーカー、入室します!」
飛び込んだ瞬間、すぐ目の前にいたドクターロマンに叫ぶ。彼は振り返り、柔和な笑みを浮かべた。
「やあ三人とも……じゃなくて、四人とも?」
「ご無沙汰しております、ドクター」
「あー、おはようルーソフィアさん?なんでバーサーカー君と一緒に……」
「ドクターロマン、それは後です!一体何が起きたんですか!?」
先ほどの私たちと同じ質問をしようとしたのを押しとどめ、アナウンスの理由を問いかける。
するとドクターロマンは、「いやーちょっとね」と頬をかき、カルデアスの方向に人差し指を向けた。
やはり、カルデアスに何か──
「………………え?」
「…………なんだ、あれ」
そこにあったものに、私と先輩は呆然とした声をあげる。
それは、とても大きなものだった。そこにあるだけで強い存在感を発揮するような、不思議なもの。
それは、様々な精密機械が密集しているこのカルデアの管制室には、おおよそ似合わないものだった。
それは。
まるで突然どこからか現れたように、カルデアスを囲むのは──
「……よもや、篝火の次は〝玉座〟とはな」
突如現れた石の玉座。
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