灰よ、燃え尽きた世界に火を灯せ   作:熊0803

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どうも、ヨーム倒したんですけどモタモタしてる間にバルトさんが焼き玉葱となってめちゃくちゃ凹んだ作者です。
これ日常っていうより番外編みたいな感じなので、章の名前を変更しました。ご了承ください。
楽しんでいただけると嬉しいです。


キングズインカルデア その3

「…………む」

 

 ふと、闇の中に沈んでいた意識が浮上する。

 

 ゆっくりと目を開けると、ゆらゆらと揺らめく炎が見えた。儚げであるのに決して壊れぬそれは、見慣れた篝火だ。

 

 床に手をつき、体を持ち上げていつもの体制になる。そうするとはて、何故自分は寝転がっていたのかと思った。

 

 殺された記憶はない。犬の群れに嬲られても、心臓を貫かれ(パリィ致命)たわけでも、ましてや聖堂騎士の大剣に潰されてもいない。

 

「……ああ、そうか」

 

 しばらく考えて、答えにたどり着く。なるほど、私は眠っていたのか。

 

 何千年も昔、まだ自分が人と呼べるものであった頃の記憶の隅に引っかかった、睡眠という行為を思い出す。

 

 そうだ、確かに眠るとはこういうものだった。突然全てが途切れる死と違い、ただ暗闇の中を揺蕩うような、心地の良いもの。

 

 はるか過去の思い出と化したそれは、篝火に当たった時のような安心を私に与えてくれた。

 

「案外、悪くないものだ」

 

 そう呟くのと、部屋の扉がスライドする音が聞こえたのは同時であった。

 

 そちらに振り返ると、ちょうど火防女が入ってくるところだった。手には桶とおぼしきものと、新品の白い布がある。

 

 彼女の顔を見た途端、眠りに落ちる前の柔らかな感触を思い出して頬が熱くなった。すぐさまソウルから兜を取り出して着け隠す。

 

「灰の方、お目覚めになられたのですね」

 

 火防女は特に何かを言うことはなかった。内心少し安堵しながら、答えを返す。

 

「ああ、つい先ほどね。その……ありがとう」

「恐れ多きことでございます。とても安らかに眠っておられましたが……良い夢は見れたでしょうか」

 

 ……夢、か。これもまた、随分と見ていないものだ。もっとも、走馬灯なら数えきれぬほど見たがな。

 

 さてどうだという質問だが、我ながら久方ぶりの睡眠のせいか、かなり深く眠ったらしく何かを見た覚えがない。

 

「まあ、良いかと言えばそうではないが……悪くもなかった、と言うところか」

 

 だが、あの様なことまでしてくれた彼女にそれをいうのも忍びないだろう。だから曖昧にごまかした。

 

「そうですか」と火防女は微笑んで私の後ろを通り抜け、ベッドに向かった。つられて見ると、未だに眠るオルガマリー嬢がいる。

 

 なにやらうなされているオルガマリー嬢に、火防女は丁寧な所作で布を濡らすと額の汗を拭いた。

 

「……彼女の容態は?」

 

 ふと、なんとなしにそんな事を聞く。それは果たして、この胸にくすぶる罪悪感ゆえのことか。

 

「おそらく、命を落とした際のことを夢見ているのでしょう。悪夢を見ているようですが、じきに目覚めます」

「そう、か……」

 

 その時は、覚悟せねば。たとえ彼女が私に罵詈雑言を浴びせようと、それは然るべき報いなのだから。

 

 しばらく介抱をしていた火防女は、やがて昨日と同じように隣に座る。ただ、心なしか距離が近いような気がした。

 

「……食事などに行かなくて良いのか?今の君は、普通の人間なのだろう?」

 

 なんだかその距離が恥ずかしく、そう問いかける。ちなみにこれは、その羞恥を誤魔化すためだけではなく、本心からの質問だ。

 

 確かに彼女は火防女のソウルを持っているのだろうが、その肉体は現代の人間のもの。ならば色々とあるはずだ。

 

「ええ。ですが……」

 

 そっと火防女の手が伸ばされ、私の手に重ねられる。

 

「む……」

「もう少し、このままで」

 

 ……まったく、ずるいな。私が断らないことをわかっていてそんな風に微笑むなど。

 

「……君がそう望むのなら」

「ありがとうございます、灰の方」

 

 それからしばしの間、私たちは手を重ねていた。

 

 会話はなく、それ以上のこともなく。これがあるべき姿とでもいうように、その温もりを感じている。

 

 篝火を除き、この手だけがもっとも私に安らぎを与えてくれた。火継ぎの巡礼の最中も、幾度も同じように手を重ねたものだ。

 

 体が変わっても、それは変わっておらず──。

 

「………………」

 

 そういえば。その体は君の子孫ものだと言っていたが、であれば彼女は少なくとも一度は子を成したことになる。

 

 心当たりは…………正直なところ、ないといえば嘘になる。たった一度きりだが、彼女と深く繋がったことがあった。

 

 しかし、聞いても良いものだろうか。色々と擦り切れた私であるが、そういう質問が不躾なことであるくらいは覚えている。

 

 

 

『あー、テステス。聞こえるかい?』

 

 

 

 さて、どう聞こうかと思っていると、天井についていた黒いものから彼の声が聞こえた。

 

 

『藤丸君、マシュ、バーサーカー君。至急中央管制室に来てくれ。ちょっと問題が発生した』

 

 

「……問題?」

 

 やや硬めな彼の声に首をかしげる。一体なにがあったというのか。

 

 そう思っていると……ふと、かすかにこのカルデアの中に異形のソウルの気配を感じた。場所は、あの天体型の装置のあった場所。

 

 あまりにも相手との距離が離れすぎているからか、具体的に誰のソウルかはわからないが……まさか、あの異形のソウルの男か?

 

「……実際に見て確かめるほかない、か」

 

 名残惜しいが、火防女の手の下から自分のそれをそっと引き抜いて立ち上がる。

 

「行くのですか?」

「ああ。君はここに……」

「私も行ってもよろしいでしょうか?」

 

 思わず火防女を見下ろした。その白銀の目には、しっかりとした意思が宿っている。

 

「なぜだ?」

「灰の方もソウルの気配をお感じでしょうが……どこか、懐かしい気がするのです」

「懐かしい、か……」

 

 つまり、あの男でない可能性もある。あの異形のソウルの男ならば、懐かしいではなく〝覚えがある〟というはずだ。

 

 とはいえ、危険のある場所に彼女を行かせて良いものか。そんなことを考えているうちに、彼女は立ち上がっていた。

 

「私は平気です。行きましょう」

「……もしもの時は、必ず逃がす」

 

 守る、とは言えなかった、当たり前だ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「とはいえ灰の方、私では貴方様についてはゆけません。ですので……」

「……仕方がないか」

 

 彼女の言わんとするところを察し、少し姿勢を落とすと背中と膝の裏に手を回して抱き上げる。

 

 ソウルの力で強化されたこの身は、容易く彼女を持ち上げた。驚くほど軽い。やはり彼女も一人の女性ということだろう。

 

 一応オルガマリー嬢に〝見えない体〟をかけてから、部屋を出る。そうすると一気に管制室まで駆け出した。

 

「この速さで問題ないか?」

「ええ」

 

 火防女に負担をかけないよう、ソウルを目印にして走ることしばらく。角の向こうに覚えのあるソウルを二つ感じた。

 

「マスター!」

 

 現れたのは、マシュ殿とともに走るマスター。彼らはこちらに気づき、次いで火防女を見て驚く。

 

「あの時の職員の人!」

「エミリアさん!?なぜバーサーカーさんと一緒に……」

「お二人共、おはようございます」

「事情は後で私から説明しよう。それより今はあそこに向かうぞ」

 

 疑問を口にしようとする二人を制し、四人で中央管制室へと急ぐ。

 

 ほどなくして、昨日も見た鉄の扉が見えてきた。それは近寄ると自ら開き、私たちは管制室へ走りこむ。

 

 すると、カルデアスとやらを見ている一人の男の後ろ姿があった。

 

「マシュ・キリエライト、藤丸立香、サーヴァントバーサーカー、入室します!」

 

 マシュ殿が名前を呼べば彼は振り返り、柔和な笑みを浮かべた。

 

「やあ三人とも……じゃなくて、四人とも?」

 

 先ほどの二人同様、火防女を見て少し驚く彼。そういえば、彼女の今の名前を聞いていなかったな。

 

 そんなことを考えながら火防女をそっと下ろす。「ありがとうございました」と言った彼女は、彼に綺麗にお辞儀をした。

 

「ご無沙汰しております、ドクター」

「あー、おはようルーソフィアさん?なんでバーサーカー君と一緒に……」

「ドクターロマン、それは後です!一体何が起きたんですか!?」

 

 そう、私たちは彼に何かあったと聞き呼び出されたのだ。その理由を知らなければならない。

 

 視線を向けると、彼は困ったように笑ってカルデアスの方向を指差した。つられて、私たちもそちらへ向く。

 

「………………え?」

「…………なんだ、あれ」

 

 そして、そこにあったものにマスターとマシュ殿が呆然といった様子で呟いた。

 

 かくいう私も、〝それら〟を見て兜の下で目を見開いた。おそらく、先に篝火と火防女に会っていなければ絶句しただろう。

 

 それほどまでに、〝それら〟はこの場所に……いいや、今の世界のどこにも似つかわしくないものであった。

 

「……よもや、篝火の次は〝玉座〟とはな」

 

 そこにあったのは、五つの巨大な石の玉座。かつて故郷へ帰った王たちを薪として連れ戻し、座らせた傷だらけの王の椅子。

 

 篝火もあったのだ、心の片隅でもしやと思っていたが……まさか、本当に玉座までこのカルデアに来るとは。

 

「灰の方」

「……ああ」

 

 そして先ほど感じた異形なソウルの持ち主は、玉座の一つに座っていた。記憶の中にあるのと、同じように。

 

 固まるマスターたちの横を通り抜け、その玉座の前に跪く。その方の視線がこちらに向くのがわかった。

 

 

 

 

 

「おや、随分と懐かしい顔だ」

 

 

 

 

 

 その言葉に顔を上げると、その方は柔らかな微笑みを乾いた顔に浮かべている。

 

 その微笑みは、昔と変わっていない。人の子ほどの背丈も、燻る枯れた体を包む不釣り合いなほど豪華な衣装と王冠も。

 

「久しぶりだね、王の探索者」

「お変わらずで何よりです──ルドレス様」

 

 

 

 クールラントのルドレス。

 

 

 

 禁忌とされた人の魂を変質させる《ソウル錬成》の秘術を使い、国を追われた小さな罪人にして──《薪の王》、その一人。

 

 唯一玉座から逃げず、祭祀場に残った王である。火継ぎの巡礼の中では、彼に多くのソウル武器を作ってもらった。

 

「君も変わらないようだ。火防女とはどうなったんだい?」

「それは……」

「ルドレス様」

 

 私が言う前に、火防女が隣に歩み出てきた。途端にルドレス様は相貌を崩す。

 

「ああ、上手くいったのか。よかったよ、君がようやく報われて」

「ありがとうございます、ルドレス様」

 

 安心したように笑うルドレス様に、ふっと目元を緩める火防女。

 

 巡礼の時から思うことではあったが、この二人はどこか親子のようにも見える。

 

「あ、あの!」

 

 二人の間に流れる和やかな雰囲気を感じていると、後ろからマシュ殿が声をあげた。

 

 振り返ると、マシュ殿とマスターが困惑した様子でいる。見れば、その後ろには同様の様子の職員たちがいた。

 

「なにやらお知り合いのご様子ですが、この方は一体どなたなのでしょうか?」

「ああ、彼は《薪の王》の一人だ」

 

 そう言った瞬間ざわり、と空気が揺れた。そして一瞬で警戒体制になり、マシュ殿がマスターの前に立つ。

 

「バーサーカーさん、ルーソフィアさん、こちらに!その方はレフ・ライノールの手先である可能性があります!」

 

 ああ、そういえば異形のソウルの男は言っていたな、全ての王は回収したと。ルドレス様がそうであると懸念しているのか。

 

 しかし……

 

「構える必要はない。彼に戦う力はないよ」

「え……?」

 

 彼は他の王と同じく力で薪の王となったのではない。その聡明さから、《薪の王》の栄誉に預かったのだ。

 

 それを説明するも、異形のソウルの男の裏切りが後を引いているのだろう。半信半疑といった雰囲気となる。

 

「心配いらないよ、お嬢さん。この小人は捨てられたのだから」

 

 何か言わなければと口を開いたのと、ルドレス様がいったのは同時であった。

 

「ルドレス様、捨てられたとは?」

「言葉の通りだよ。私はどうやら使えないと判断されたらしい」

 

 使えない、か……たしかに彼に直接的な戦闘力はない。人理焼却を行ったものにとってはいらぬ存在だったのだろうか。

 

「失礼、ミスタールドレス。僕はこのカルデアの指揮を預かっているロマニ・アーキマンです。ご質問をよろしいでしょうか」

「これはご丁寧に。それで、なにが聞きたいのかな?」

「貴方はなぜ、カルデアに?それにこの玉座は……」

 

 彼の質問に同意の首肯をする一同。

 

 ふむ。ロスリックでは目の前で消滅して祭祀場にいる、という人物が多数いたので自然に受け入れていたが……改めて考えればおかしいな。

 

 それに加え彼の表情を見る限り、敵のことを何か知っているなら聞いておきたい、という意図もあると見た。

 

「ふむ……といっても、そう語れることは多くない。それでもいいかい?」

「はい、構いません。今は少しでも情報が欲しいのです」

「よろしい、では話そう。まず、我ら《薪の王》はこの玉座とともに目覚めた」

 

 そうして、ルドレス様は語り始める。私たちは耳を傾けた。

 

「しかし目覚めてすぐに、何者かによって強い道具に縛られた。それははじまりの火でもなければ、不死の呪いでもない。もっと別の何かだ」

「きっと聖杯でしょう。それで、その何者かについては……」

 

 彼がそういうも、ルドレス様は申し訳なさそうにため息を吐いた。

 

「あいにくと、その時の記憶は曖昧なのだよ。すでに火継ぎは終わったはずなのに目覚めたことに、意識が混濁していてね」

「そう、ですか」

 

 少しの落胆。敵の首魁のことを知れるやもと思ったが、そううまくはいかないか。

 

「だが、《薪の王》たちを連れ去ったものの言葉は覚えているよ」

「「「っ!」」」

 

 しかし、次の言葉でそれは一転。ヒントを得られるかもしれないと次の言葉を待った。

 

「〝玉座は一つで十分だ〟。その言葉とともに、私は他の王たちの玉座とともに捨てられた」

「なんということを……!」

 

 それは、《薪の王》たちを侮辱する行為だ。己のソウルをかけてその王座にたどり着いた彼らの偉業を嘲笑する行いだ。

 

 ふつふつと心の底から怒りが湧き上がってくる。確かにかつて、私は彼らと対峙し、そして斬り伏せた。

 

 だが、そこには尊敬と誇りがあった。彼らの後を継ぐという決意があった。そのための玉座を、捨てたというのか。

 

「……また一つ、この事態の元凶を倒す理由が生まれてしまったな」

「はっはっはっ、この小人のために怒ってくれるとは。君らしいね」

「当然です」

 

 その過程はどうあれ、《薪の王》たちは畏敬を抱くに値する人物たちなのだから。

 

(……灰の方。貴方様がそのような方であるからこそ、私はここにいるのです)

 

「ミスタールドレス、他に何か覚えていることは?」

「ふむ、そうだね……ああ、そういえばこうも聞いた。〝用済みの役立たずは一緒にしておくに限る〟とね。確か緑の服の男だったかな?」

「「「…………………………ほう」」」

 

 一瞬で誰だか、私を含め全員が察した。あの異形のソウルの男、どこまでも私たちを煽るつもりのようだ。

 

 要するに、奴の嫌がらせでルドレス様と玉座はカルデアに捨てられたということか。それほど死にたいとは都合が良い。

 

「ますます奴を狩らねばならなくなったな」

「ねえマシュ、俺今すっげえ怒ってるんだけど」

「そうですね、先輩。この胸を焼くような感情が怒りだとするなら、私も怒っています。この扱いは、あまりに不当すぎます」

「おや、君達も怒ってくれるのか。いやはや、なんとも暖かい場所に来たものだ」

 

 朗らかに笑うルドレス様からは、特に競った様子は見られなかった。そういうところも相変わらずだ。

 

 賢者にして寛大なる小人。己のことには割り切っているのに、他者……例えば火防女のことなどは気に掛ける。

 

 

 

 

 

「失礼だが、しばらくはお邪魔するよ。このルドレス、相談事くらいは乗ろう」

 

 

 

 

 

 兎にも角にも、このカルデアに賢者なる王と玉座が来訪した瞬間であった。




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