食堂を、とんでもない緊張が支配している。
まるで実際の重圧を持っているかのようなそれは俺の身を硬直させ、心を震え上がらせ、冷や汗を流させた。
それは隣にいるマシュも同じで、最初に無名の王をここで見た時のように沈黙して強張った顔を俯かせる。
俺たちがこんなになっている理由。それは──
「「……………………」」
〝それ〟用に移動させられた長テーブルの向こう側、設置された簡易キッチンで睨み合う二人の男。
かたや枯れた逞しい身体を純白のエプロンに包み、くすんだ王冠を長い髪の間から覗かせるコック帽を被る大男──無名の王。
かたや筋肉質な褐色の肉体に、黒いエプロンをつけ腕組をしている、白髪の日本人のような風貌の男──
どちらも無を名に冠する二人のサーヴァントは、互いを牽制し合うように鋭い視線……無名の王はわからないけど……を交わす。
その体から漏れ出ている敵意で、俺たちは縮こまっているというわけだ。
そもそも、なぜこんなことになったのか。
その理由は、一時間前に遡る──
●◯●
特異点Fから帰還して、早くも三週間と少しが過ぎた。その間、俺は様々なことをしていた。
例えば、マシュや技術顧問にしてサーヴァントだったダ・ヴィンチちゃんに先生してもらってこちらの世界のことを学んだ。
魔術回路の使い方とか、魔術礼装の効果とか、サーヴァントとの繋がりとか……色々と未知のことばかりで大変だ。
ちなみに、ダ・ヴィンチちゃんがあの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチだと知った時はめちゃくちゃ驚いた。
ていうか女だったんだと聞いてみると、なんでも自分で自分をモナ・リザにしちゃったとか。うん、訳がわからない。
他にも冬木の時みたいにならないよう、いつでもそばで指示を出せるようにバーサーカー指導のもと特訓したりしてる。
はっきり言って、すごくスパルタだ。爺ちゃんの影響で鍛えてなかったら1日目で根を上げた自信があるくらい。
でもみんな教え方が上手くて、なんとか特異点修正に向けて準備をしていた。あとは職員さんの雑用の手伝いとかしてたな。
そしてこの三週間で、最も大きな出来事が……サーヴァントの召喚。
特異点を探索するにあたって、戦力はいればいるほど助かるということでカルデアの召喚システムを使った。
カルデアを運営するための電力や魔力も考えて召喚を行なった結果、五人のサーヴァントを無事呼ぶことに成功。
そして、そのサーヴァントというのが……
「あ、先輩。あれはクー・フーリンさん
トレーニングと午前中のブリーフィングが終わり、そろそろお腹も空いてきた頃。廊下を歩いていると、マシュが前方を見る。
つられてそちらを見ると、なるほど確かに見覚えのある後ろ姿が二つあった。
「ほんとだ。おーい、二人とも!」
声をかけて駆け寄っていく。すると彼らは振り向いて、こちらを見た。
どちらも青みがかった髪に切れ長の赤い瞳、瓜二つの整った顔立ち。それぞれ青いタイt……戦闘服と祭祀風の衣装を纏っている。
「奇遇だね」
「こんにちは、キャスターさん。ランサーさん」
「おう、坊主に盾の嬢ちゃんか」
「俺らに何か用か?」
全く同じ声で答える彼らの名は、クー・フーリン。習ったところによると、アイルランドの光の御子と呼ばれる英霊だ。
曰く、呪いの魔槍ゲイ・ボルグを持つ戦士。クランの猛犬として知られ、数々の武勲をたてた伝説の戦士。
そんな彼は、カルデアに召喚されたサーヴァントの一人だ。それは、特異点で言っていたランサーの霊基のクー・フーリンも同様である。
同じ顔で分かりにくいので、そのアニキ肌な性格からそれぞれキャスニキと槍ニキって呼んでる。
「うん、今からマシュとご飯食べに食堂に行くんだけど。よかったら一緒に食べない?」
「お二人とも、大丈夫でしょうか?」
「んー、そうだな。まあいいぜ」
「せっかくのマスターからのお誘いだ、乗ってやろうじゃねえか」
「それじゃあ決まりだね」
よし、と軽く拳を握って笑う。すると槍ニキのほうが笑って俺の肩に手を回してきて、キャスニキはふっと微笑んだ。
俺は度々、英霊たちと交流を図っている。
それは霊基を強化する種火?を集めたり、戦闘の連携の練習をしたりもあるけど、それ以外にも食事だったり、たわいない雑談とか。
なにせ伝説の英雄だ、男なら一度は憧れる。せっかくカルデアにきてくれたのだ、仲良くなれるのならなりたいしね。
サーヴァントが死者なのはわかっているけれど、こうして普通に話せているのだから普通の人と変わらないと俺は思う。
そんなこんなで道中3人と会話に花を咲かせながら、ここ最近ようやく覚えられた道順をたどって食堂に向かう。
もう部屋から管制室と会議室、浴場、食堂への道はマスターした。俺も日々進歩しているのだ、ふふん。
「おっ、なんだ坊主ニヤニヤして。嬢ちゃんといいことでもあったか?」
「ちょっ、なんでそこでマシュが出てくるのさ。別にそんなんじゃないよ」
「なんだ、照れ隠しか坊主〜?」
「いいこと、ですか? はい、先輩がようやく全ての魔術礼装の効果を覚えました!」
「かかっ、先輩なのに後輩に教わってるたぁ面白いこった」
はっはっはっ、と笑う二人。こういうところを見ると、多少雰囲気が違っても同一人物なんだなぁと思う。
ちなみにバーサーカーは「亡者となれば全員同じ顔だからな。それにあの燻りの湖での騎士狩りを思い返せば、そう驚きはしない」とか言ってた。
「二人ともあんまり……って、着いたね」
そうこうしているうちに、件の食堂についた。
入り口からひょいと覗くと、昼時のためか数人のカルデア職員の人たちがやや急いだ様子で食事をしている。
あまり混雑してないみたいだし、これなら四人入っても大丈夫だろう。中に入ってキッチンカウンターに近づく。
「こんにちは、無名の王」
『…………ああ…………来たか…………』
調理をしている無名の王が、こちらに顔だけ振り向いてテレパシーを送ってくる。この感覚にももう慣れた。
最初は威圧感のあった無名の王だけど、すっかりキッチンの王として馴染んでいた。今ではムメーさんとか呼ばれてるらしい。
なお、本人は満更でもなさそうだとか。
『なんなら……ムイムイでも…………いいぞ…………』
その話を聞いた時の無名の王のつぶやきで、俺が崩れ落ちたのはいうまでもないだろう。
「エミヤさんも、こんにちは」
「ああ、君たちか」
そんなキッチンの中に、もう一人。両手に完成した料理の皿を持ち、せわしなく動く男の人がいた。
筋肉質な褐色の体に白い髪、そして黒いエプロン。どことなく無名の王と似たような組み合わせの彼の名は、エミヤ。
特異点Fで戦ったあのアーチャーであり、あれが縁となって召喚に応じてくれた。現在は無名の王と並ぶカルデアの料理人だ。
無名の王は見た目がエキサイティングだけど案外美味しい日替わりメニューを、エミヤがバランスの良い定食を幅広いジャンルで作っている。
「注文するなら早くしたまえ、この後にも数人来るようだからね」
『何が………………食べたい…………』
「あ、じゃあランダム人面オムライスで」
「私は折れ直の源次郎パンケーキをお願いします」
「んー、俺らどうする?」
「適当に定食でいいんじゃね?」
「了解した。それでは席について待っていてくれ」
『……了解…………』
注文を終え、無名の王がクッキングタイム(話しかけると顔の横を雷の杭が通過する)に入ったので席を探す。
「あ……」
すると、カウンターからほど近いテーブルにとある人物を見つけた。先に3人に席を取っといてもらうよう言って近づく。
「もっきゅもっきゅ……もっきゅもっきゅ……」
その人は、夢中で積み上がったハンバーガーを食していた。その細身な体のどこに入るというのだろうか。
それでもどこか小動物じみた可愛さがあるのは、彼女が未成熟ながらも見目麗しいからだろう。
「こんにちは、オルトリアさん」
「……む、マスターか」
顔を上げたその人──アーサー王の
大聖杯を守る最強の騎士であった彼女もまた、カルデアに召喚された英霊だ。これほど心強いサーヴァントもそういないだろう。
その力の源である魔力炉を稼働させるため、食べる量もすごい。近時代へのレイシフトで定期的な食料確保をしてもちょっと危ないくらいだ。
「何か用か」
「いや、見かけたから挨拶をって思って」
「そうか。ご苦労なことだな」
それだけ言ってハンバーガーを頬張る作業に戻るオルトリアさん。
素っ気ないといえばそれまでだが、これでも最初よりずっとマシだ。召喚された時の威圧感とか半端じゃなかった。
それでもコミュ力を総動員して交流を図った結果、端的な会話くらいはできるようになった。我ながらなかなかすごい難行だった。
「あの娘たちの方へ行かなくて良いのか?」
お前は強情だな、と薄く笑った顔を思い出しているとそう言われる。そうだ、マシュたちを待たせてたんだった。
「それじゃあ、またねオルトリアさん。今度一緒にハンバーガー食べよう」
「……フン」
手を振って、席を取っていてくれた3人のところに行く。アニキ二人がすぐに気づいてこっちに手を振った。
「ごめん、おまたせ」
「いや、そうでもねえけどよ。お前さんも熱心なことだな、あの黒い騎士王様と仲良くなろうなんざ」
「怖くて震え上がったりしねえのか?」
からかうように聞いてくるアニキたちに、俺は即座に首を振る。
「確かにちょっととっつきにくいけど、人間なら懸命に向き合えばいつかは話せるし。それに爺ちゃんから〝押してダメなら押し通せ〟って言われてたからね」
たとえうまくいかないことでも、粘り強く踏ん張り続ければいつかは道が切り開ける。爺ちゃんから聞いた、好きな言葉の一つだ。
実際、時には頑固なことでうまくいくこともあった。他にも色々と、爺ちゃんからは教わったなぁ。
「……へっ、そうかよ。俺は嫌いじゃないぜ、そういうの」
「ただ、英霊の中にゃ話は出来るが理解はできねえ奴もいるからな。そこんとこは注意しとけよ」
「うん、ありがとキャスニキ」
「おう。ところで……」
また話をしているうちに、無名の王とエミヤがそれぞれ完成した料理を持ってくる。
俺の前に置かれたのは、仮面みたいに調理されたオムライス。日によって表情が変わるんだけど、今日は「イイネ!」だった。
マシュはパンケーキアートみたいに謎生物の顔が入れられたパンケーキ、アニキたちはそれぞれエミヤの作る定食だ。
「「いただきます」」
『……召し…………上がれ…………』
「んじゃ、俺たちもいただくぜっと」
「こっちのステーキ一切れいるか?」
「今日はヘルシーな気分だから遠慮しとくわ」
「落ち着いて食べたまえ、犬でもあるまいに」
「犬って言うな!」
ワイワイ騒いで食事をする。カルデアに来る前は学校の友達としていたその行為を、まさか過去の英雄たちとするとは。
……いつか、またできるだろうか。いや、できるようにするんだ。特異点を修正して、燃え尽きた世界を元に戻すことで。
っと、せっかくの美味しいご飯なのに暗いこと考えてるのも失礼か。あっ無名の王、ちゃんと味わうからその雷の杭引っ込めて!?
「でもさー」
「? どうかしましたか先輩?」
ケチャップが崩れて「イイネ!」から「ヨクナイネ!」みたいになってるオムライスを頬張っていると、ふと気になった。
この見た目に反して美味しい、無名の王の料理。対してアニキたちが食べている、ごく普通の見た目だけど美味なエミヤの定食。
「無名の王とエミヤ、本気で料理したらどっちの方が美味しいんだろうね」
何気ない、その一言。
それによってそこそこ賑わっていた食堂の空気が、一気に豹変した。
和やかな雰囲気は凍りつき、水を打ったように静まり返る。アニキたちの表情も固まり、マシュはアワアワとあわて始める。
ど、どうしたんだろう。いきなり変な雰囲気になって怖いんだけど。俺、何かおかしなこと言っちゃっただろうか?
そう思い二人を見上げて──俺は心の底から後悔した。
「…………………………ほう」
『……それは…………ぜひ知りたいところだ………………』
「あっ……」
にこやかに笑い合う……無名の王はなんとなくだけど……二人を見て、俺は思った。
これ、
あと1話でオルレアンに入ります。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。