今回でいよいよレイシフトです。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「なっ……!?」
火災って……いきなりどうして!?
突然の事態に、またしても思考が混乱する。もしかして、さっき言ってたレイシフト実験? とかで何かあったのか!?
俺が慌てている間にも警報は鳴り、部屋の中は赤い光で満たされた。それがより混乱を助長させて、ワタワタとしてしまう。
「一体何が……モニター! 管制室を映してくれ!」
そんな時、隣にいたドクターの切羽詰まった声が聞こえた。それでハッと我に帰る。
ドクターの言葉を頭の中で幾度か反芻して、反射的に部屋の壁に埋め込まれていたモニターを見る。
ドクターから聞いた話によると、このカルデアには〝シバ〟という近未来を予測する装置がある。
あの管制室の機械……ドクター曰く擬似天体カルデアス。それを見るために開発されたシバは、カルデア内全域を監視しているとか。
ちなみにそれを作ったのはあのレフ教授で、なんでも〝魔術師〟らしい。一般人の俺からすればえ? って感じだけど本当みたいだ。
カルデアスやカルデアの詳しい話も聞いたけど……まあ、それは今はどうだっていい。
「なっ、これは……!」
そうこう考えてるうちに、モニターが起動する。
そこに映っていたのは、有り体に言って地獄だった。至る所がまるで
どう見ても、普通じゃない。だから普通の人間でしかない俺は、それをモニター越しに呆然と見るしかなかった。
《中央区画の隔壁はあと九十秒で閉鎖されます。職員は第2ゲートから速やかに避難してください。繰り返します、中央管制室および中央発電所で──》
そんな俺の恐怖を煽るように、無機質なアナウンスが繰り返される。どうする、一体俺はどうすればいい?
「……藤丸君。僕は管制室へ行く」
「えっ!?」
ドクターの言葉に驚いた。見ると、ドクターは出会ってから短い間で見たことがないほどに深刻な顔をしている。
「もうすぐ隔壁が閉鎖される、その前に生存者を確認しなくちゃいけない」
「でも……」
「君は避難したまえ。それじゃあ、また会えたら!」
言うやいなや、ドクターは部屋を飛び出していった。
残ったのは中途半端に手を伸ばした俺と、足元のフォウだけ。所在無さげな腕が、だらんと落ちる。
何をどうすればいいのか分からず動けない俺を嘲笑うように、プツンと背後でモニターが切れる音がした。
「フォウ!」
「……フォウ?」
フォウが足を叩いてきた。そちらを見ると、フォウはじっとクリクリとした目で見つめてくる。
まるで何かを、伝えようとしているかのように。
「……待て。管制室って、確か」
「フォウ?」
どうする? と問いかけるようにフォウが鳴く。
……そうだ。俺はただの一般人。多少鍛えてはいるが、行ったって多分大したことはできないだろう。
それでも、それでも一度知り合った人間を──あんな綺麗な微笑みを浮かべる女の子を、放っておくなんて。
「俺には、できない……!」
「フォフォウ?」
「行こう!」
「フォーウ!」
それでこそだ! と鳴くフォウを引っ掴んで脇に抱えると、ドクターの後を追って部屋を飛び出した。
そのまま元来た道……管制室の方へ走る。するとすぐさま走っているドクターの後ろ姿を視界の先に捉えた。
「ドクター!」
「藤丸君!? 何やって、早く逃げなさい!」
「そういうわけにはいかない! 俺だって仮にも候補の一人だし──何も出来なかったなんて、思いたくない!」
「だから……ああもう! 問答する時間も惜しい! いいかい、僕から離れないで! 最短ルートで行くよ!」
「ああ!」
ドクターの案内に従って、ひたすら管制室を目指し走る。
鍛えているはずの両足は軋みをあげ、心臓がバクバクと高鳴った。なんとか息を整えながら、足を前に出し続ける。
その原因は果たして周りの熱気か……あるいは、脳裏によぎるあの娘の微笑みかは分からないけど。
「ここだ!」
「っ!」
走ること、三分もいったところか。永遠にも思える全力疾走は終わりを迎え、俺たちは管制室に飛び込んで──
「……これ、は」
「…………酷い」
管制室は、モニターで見た時以上の地獄だった。
視界は全て〝赤〟で埋め尽くされ、ただその中央で静かに浮かぶ無傷のカルデアスが不気味さを醸し出している。
唖然としている時間も惜しいと言わんばかりに、ドクターが動き始める。慌ててそれについていった。
少しいったところでドクターはすぐに立ち止まって、しゃがんで床を調べる。
「……爆発の起点は、ここか」
「爆発?」
ドクターは静かにそこから退いて、見ていた場所を指し示す。
そこを見て……俺も驚いた。まるで前にネットサーフィンしているときに見た、ミサイルの着弾地点のように床がめくれていたのだ。
「藤丸君。これはおそらく、事故じゃない。何者かによる
「こんなことを、人が……!?」
ありえない。こんな、こんな酷いことを、人間がするなんて。
だって、こんな爆発は普通に考えて人なんて簡単に──
《動力部の停止を確認。発電量が不足しています。予備電源への切り替えに異常があります。職員は手動で切り替えてください。隔壁閉鎖まであと40秒。中央区画に残っている職員は速やかに──》
「……僕は地下の発電所に行く。カルデアの火を止めるわけにはいかないからね。君も隔壁が閉まる前に、絶対に避難するんだよ」
ショックを受けている俺に一声かけて、ドクターは行ってしまった。
数分間、俺は爆発跡をじっと見つめていた。その時の俺の心の内は怒りとも、悲しみとも、驚きともつかないものだった。
《システム レイシフト最終段階に移行します。
座標 西暦2004年 1月 30日 日本 冬木
ラプラスによる転移保護 成立。
特異点への因子追加枠 確保。
アンサモンプログラム セット。
マスターは最終調整に入ってください》
「フォウ、フォフォウ!」
「……あ、ああ」
フォウに頬を叩かれて正気に戻る。
こんなことをしている場合じゃない。なんだかアナウンスの様子も変だし、あの娘を探し出さないと。
周囲を見渡して、あの娘を探す。瓦礫をかき分け、なんども転びそうになりながら、目を皿のようにして求め続けた。
「あっ……!」
そして、見つけた。
歓喜とも焦りとも取れぬ感情を抱き、足を半ばもつれさせつつ走り寄る。
最後の瓦礫を飛び越えて、マシュさんに近寄る。そうして状態を確認しようと手を伸ばして……途中で止まった。
「……せん……ぱい……?」
走ってきた音か、あるいは気配か。マシュさんはゆっくりと目を開けて、俺を見上げる。
「なに、してるんですか……はやく、逃げないと……」
「……でも……でも、君を」
助けにきたんだ。
その言葉が、俺の口から出ることはなかった。
だってもう……マシュさんは、俺では助けられない。彼女の下半身を押し潰している瓦礫を見て、どこか冷静にそう思った。
ドクターみたいなお医者さんじゃない俺でもわかるほどに……手遅れだったんだ。
「……ご理解しているようで、なによりです……私はもう、助かりません……だから、せめて先輩だけでも……」
《観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました》
マシュさんの言葉を、アナウンスが途中で遮った。
バッ! とカルデアスを見上げる。そこにあった光景に、今日何度目とも取れない驚愕を覚えた。
カルデアスが、真っ赤に染まっていた。炎よりも明るく、太陽よりも暗い。そんな不気味な、悍ましい赤色に。
《〝シバ〟による近未来観測データを書き換えます》
《近未来100年までの地球において……
《 人類の生存を確認できません 》
《 人類の未来は保証できません 》
そんな、絶望的なことが。無機質な声で、何度も繰り返された。
《中央隔壁を封鎖 館内洗浄開始まであと180秒です》
さらにダメ押しと言わんばかりに、背後で重々しい音を立てて隔壁が閉じる。これでもう、逃げることはできない。
「そんな……もう、外に、は」
足元で、マシュさんが暗い声で呟く。それは明確に、俺の現状を俺自身に知らしめてた。
ああ、心の奥から恐怖が滲み出してくる。視界が揺れる。四肢が震える。どうしようもないほど、頭の中を一つの感情が支配した。
──怖い。死ぬのが、とてつもなく怖い。
その想いだけが、壊れたレコーダーのように意識を埋め尽くした。
怖い、怖い、怖い。このままここにいたら、俺は死──
「……ごめん、なさい……」
──そんな時だ、小さな謝罪が聞こえてきたのは。
「私の、せいで、先輩、が……ごめん、なさい……」
弱々しく謝るマシュさん。苦しげな声で、血を吐きながら、それでも俺に申し訳なさそうな目を向ける。
なんで。どうして君が、そんな顔をするんだ。俺よりずっと死を自覚しているはずの君が、なぜ俺なんかのことを気にかける?
俺は……俺は一度だって、君のそんな顔は見たくない。
「……大丈夫。きっと、なんとかなるよ」
だから咄嗟にぎこちない笑みを浮かべてそう言った。
そうだ、怖いさ。肌を焼く熱が、赤く染まったカルデアスが、自分の首に鎌をかける死神の気配が。
「ずっと、最後まで一緒にいるから」
でも。
目の前で今にも死にそうで、その恐怖を我慢している女の子の前で──どこのどいつが、そんな弱音を吐けるっていうんだ。
俺はただの学生だ。この状況を打開出来るようなスーパーパワーもなけりゃ、マシュさんを助けられる魔法の力だってない。
「それよりさ──ちゃんと、名前聞いてなかったよね」
「っ……!」
だったら。
「わ、私……! 印象的な自己紹介が思いつかなくて……!」
「……うん」
《コフィン内マスターのバイタル 基準値に達していません》
《レイシフト 定員に達していません》
「どういえばいいのか、わからなくて……」
「きっと、君が相手ならどんな挨拶でも新鮮だったよ」
《該当マスターを検索中……発見しました》
《適応番号48 藤丸立香 をマスターとして再設定 しました》
「本当、です、か……?」
「初対面で先輩って呼ばれたんだ、間違いないさ」
《アンサモンプログラム スタート。 量子変換を開始 します》
「あの……先輩」
「……なに?」
アナウンスが響き、何かしらの機械が作動したのか光の粒子が部屋を満たしていく中で。
マシュさんは少しだけ迷うように眉を下げ、その後にキュッと何かを堪えるように唇を引き締めて。
「手を、握ってもらってもいいですか──?」
「……喜んで」
そっと彼女の手を持ち上げて、しっかりと握りしめる。
マシュさんはホッとしたような、安心した顔で目を閉じた。それに俺も、寄り添うように目を瞑る。
《全行程
そして次の瞬間──俺たちは光に包まれた。
読んでいただき、ありがとうございます。
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