色々捏ねた結果、最後の方はかなり文字数が増えると思いますが、どうぞお付き合いください。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「では、そちらは今の所問題ないのですね?」
『ええ、なんとか持ちこたえています』
とある街、貴賓用の客室の一室。そこでジャンヌは、事前に受け取った通信機越しにマシュと言葉を交わした。
宙に浮かんだ半透明の四角の枠組みには今話しているマシュと、傍らに藤丸立香が映り込んでいる。
『現在、〝ジークフリート〟さんをルーソフィアさんとユリアさん、そして……グレイラットさんで看病しています』
「それは良かったです」
『俺も色々手伝いしてるけど、ルーソフィアさんに手痛い指摘をもらってばかりだよ』
「でも、そのおかげであの方は保っているのでしょう?せっかく救出したのです、
「マリー」
ジャンヌの両肩に手を置き、会話に乱入してきたマリーはウィンクした。ジャンヌとあちら側の者たちは苦笑する。
現在、藤丸たちとジャンヌたちは別行動をとっていた。
それは今しがた話題にも出た、リヨンで救出した竜殺しのサーヴァント……ジークフリートに理由が由来する。
リヨンにて、グレイラットに遭遇した藤丸たちは彼に導かれ、セイバー〝ジークフリート〟と出会うことができた。
しかし、ジークフリートは先のサーヴァントの襲撃においてその身に幾つかの呪いを受けており、酷く衰弱していた。
その後すぐに火防女とグレイラットが異質なソウル……黒いジャンヌの存在を感じ、マリーたちと合流してすぐにリヨンから脱出。
それから火防女の奇跡で最初の砦に帰り、元聖女兼医療スタッフである火防女と、呪いに詳しいユリアが治療にあたった。
結果として、もともとグレイラットが看病していたこともあり、ジークフリートはなんとか持ち直したのだ。
そして、今ジャンヌたちが何故別行動をとっているかというと……
『それにしても、順調に聖職者のサーヴァントが発見できて良かったです』
「はい、そうですね」
笑顔で返しながら、ジャンヌは室内に設置されたソファを見た。
そこに座っていた赤銅色の鎧の男が、たおやかに微笑みながら軽く礼をする。同じように軽く頭を下げるジャンヌたち。
「この〝ゲオルギウス〟、お力になれるのならいくらでも手を貸しましょう。未来から来たマスターとその仲間たちよ」
『はい、助かります』
笑う藤丸に、ゲオルギウスと名乗った男は頼もしい笑みを浮かべた。
サーヴァントライダー、ゲオルギウス。聖ジョージの名で名高い聖人たる彼もまた、このオルレアンに召喚された英霊の一人。
そして、彼こそがジャンヌたちがこの街にいる理由だった。というのも、ジークフリートの呪いを解くためだ。
火防女の奇跡では外傷を癒すのみ、ユリアの持つ〝解呪石〟で進行は抑えられるものの、ジャンヌ一人では解呪には至らなかった。
そのため、ドラサーヴァンツ(清姫、エリザベート)からの情報でゲオルギウスを探し求め、二日かけてこのモンリュソンに来たのである。
『それでは、明日の正午にこの砦で合流の予定に変更はないということで』
『道中、気をつけてね。ジャンヌ、マリーさん』
「はい。必ず彼と共に、全員で帰還します」
「ボンジュール、フジマルくん♪」
その応酬を最後に、通信を切った。魔術具を机に置いたジャンヌは、そのままぼうっと正面の窓の外を見やる。
その向こうには、ゲオルギウスの存在を察知したワイバーンたちによる度重なる襲撃に、避難の準備を進める住人たちの姿。
「すごいですわね。いつの時代にも、必ず理不尽に抗う弾劾者たちがいる。そんな民たちが、時代を紡いできた」
「……でも、この理不尽は必然ではない」
「……ジャンヌ。貴女はまだ悩んでいるのね」
ジャンヌの重苦しい口調に、軽々しい話ではないと察したゲオルギウスは席を立つとごく自然に部屋を後にした。
残ったマリーは、己が憧れた少女の気難しい横顔を見つめる。そこにはやはり、拭いされぬ迷いが浮かんでいた。
「わからない。どれだけ考えても、本当に身に覚えが一つもないのです。なのに現実は、こうして人々を苦しめるもう一人の私がいる」
ああ、確かにあの少年は違うと、別物であると否定してくれた。
でもそうではないのだ。ジャンヌは違う違わない以前に、
「……うん。やっぱりジャンヌは綺麗よね」
「え?」
そんな彼女に対する、王妃の答えは肯定でも、否定でもなく。ただ思った心を口にすることだった。
「ま、マリー?何故そのようなことを?だって私は……」
「だって私なら、
「え──」
「ああ、勘違いしないでね。私は私を殺した民を憎んでない。それは9割の確証を持って言えるわ」
でもね、とマリーは困ったように笑って。
「残り1割。もしかしたらだけど──私は、私の
「マリー……」
それは、当然の感情だった。
彼女──マリー・アントワネット王妃は、心の底からフランスという国を、そこに住う人々を最後の瞬間まで愛した。
あるいは、フランスという国そのものも彼女を愛していた。けれどそれ故か、愛憎という言葉のとおりに彼女は憎まれ殺された。
ああ、彼女はそれでよかった。だって本気で愛してたから。だから、愛する祖国のためならば王族として死ぬのは惜しくない。
「
子を殺した国を憎み、千年の戦乱と呪いを渇望したもう一人の〝マリー・アントワネット〟の可能性を、マリーは肯定する。
けれど、
「でも、貴女は違う。だって貴女……人が好きなんでしょう?」
「……ええ、大好きです。だからこそ、恨めるはずもなかった」
「うふふっ!」
「きゃっ!?」
儚い微笑で言うジャンヌの両手を取り、マリーは力一杯振り回した。悲鳴を上げ、椅子から浮き上がるジャンヌ。
それから独楽のようにくるくると周り、マリーはジャンヌを抱き締めるような形でソファに着陸する。
「ああ、私がこっちの〝私〟で良かった!こんな貴女とお友達になれたんですもの!」
「マリー……ごめんなさい」
「ノンノン、そう言う時はありがとう、よ!」
むーと膨れたマリーに、ジャンヌは苦笑して感謝しようとして。
──ゾッ。
「……っ!?」
その瞬間、何かを感じて顔を上げた。
「? いきなりどうしたの、ジャンヌ」
「マリー、少し失礼します」
「あらっ」
訝しむマリーの肩を優しく引き離し、ジャンヌは窓に駆け寄ると勢いよく開く。そして空の遥か遠くを射抜くように凝視した。
「この気配──〝竜の魔女〟!」
ああ、なんという不幸だろう。半分ほど復活したルーラーの権能は遥か遠く、この街に近づく邪悪な気配を感じてしまった。
それまで緩んでいた室内の空気が、一気に引き締まる。程なくして見張りが何かを遠眼鏡で見たのか、にわかに街も騒がしくなった。
「ジャンヌ殿!マリー殿!この街に多数のワイバーンが迫っていると伝令が!」
「なんですって!?」
そこで部屋に飛び込むようにゲオルギウスが入ってくる。ジャンヌは振り返った顔を空へ戻した。
すると、確かにサーヴァントを以てしても霞んで見えるほどの距離に、夥しい数の黒点が見える。ワイバーンの群れだ。
さらに悪いことに、そのワイバーンの群れの下……地上に、サーヴァントの反応が一つあった。
「ゲオルギウス、撤退を!あの数のワイバーンにサーヴァント、更に〝竜の魔女〟の私がいては太刀打ちできません!」
「……できません」
何故、と問おうとしてジャンヌはそれに気付いた。そうするとゆっくりと窓の外、今度は下を見やる。
街道は、先ほどとは比べものにならないほど慌ただしく避難の準備をする民で溢れかえっていた。
「今、私たちがここを離れれば彼らは死ぬ。私はこの街の市長から彼らの守護を任されている。それは決して見過ごせない」
「っ、でも残れば……!」
「ええ、死ぬでしょうね」
くっと歯噛みするジャンヌ。ここでゲオルギウスが死ねば、ジークフリートは復活できずあの邪竜を倒す手段がない。
しかし、ジャンヌだってこの街の市民を見捨てることなどできない。それでもどちらかを選択しなければ共倒れだ。
「あら。なら、私たちのうち誰か一人が残れば良いではないですか」
その時だった。
どうすれば良いのか必死に思案するジャンヌと、難しい顔のゲオルギウスにそんな言葉が投げかけられたのは。
ゆっくりと、二人はそちらを向く。するとそこには、無垢な表情でパタパタとソファに足をぶつけるマリーがいる。
「ジャンヌとゲオルギウス様はあの方を治さないといけないし……うん、そうなると必然的に私が残ることになるわね」
「まっ、待ってくださいマリーっ!それなら私だって一緒に戦います!」
駆け寄り、震える両手で肩を掴むジャンヌ。その目には年相応とも言える、友を失う悲しみが現れていた。
そんなジャンヌに……マリーは微笑みながら首を振る。そして、悲痛に歪んだジャンヌの頬に手を添えた。
「ノン、ダメよジャンヌ。貴女は貴女のすべきことをしなければ。それにきっと、私はこういう時のために呼ばれたの。敵を倒すのではなく、人々を守るときのために……」
「でも、でもっ……!」
それでもなお、食い下がるジャンヌ。自分でも何故ここまでするのか分からないほどに、その決定を拒む。
ある意味当たり前の反応だった。生前の彼女は神の啓示を信じ、その旗のもとひたすらに戦争を駆け抜けていた。
故に、同じ志を持つ同士はいてもここまで気を許せる〝友達〟など一人もなく。ある意味、マリーがはじめての友人なのだ。
そんな相手がいなくなることを、どうして受け入れられる。たとえ本人が納得していたとしても、それでも……
「……ああ。嬉しいわ、ジャンヌ。貴女にそこまで思ってもらえて。貴女と友達になれて、本当に良かった」
「マリー……!」
「ねえ、ジャンヌ。私たちは戦ったわ。宮廷と戦場、それぞれ場所は違えども過酷な戦いを潜り抜けた」
最初に、マリー・アントワネットがジャンヌ・ダルクを知った時。その時最初に感じたのは憧れだった。
マリー基準で言えば、おおよそ三百年前の人物であるジャンヌ・ダルクはこのフランスの、祖国のために身を捧げた。
それはまるで、この国に尽くす王族たる自分のように。戦火と陰謀、囲むものは違えど少女の身で自分たちは戦い抜いた。
「こんなすごい女の子が三百年前にいたんだって、そう思った。そんな貴女と友達になれたことは、私の誇りです」
「ま、りー……」
「だから、お願い。ここはこらえて見送って?それが女友達の心意気でしょう?」
そう言って、マリーはジャンヌを抱きしめる。その手つきはまるで彼女が自分の息子にそうしたように、慈しみに満ちていて。
そこから感じ取れる信頼に、決意に、ジャンヌはくっと嗚咽を堪えた。その為に歪んだ目尻から、一筋の涙が溢れる。
迷い、迷い、迷う。このフランスに現界してからずっと彼女がそうしてきたように、悩んで悩んで、悩み抜いて。
「……待って、ますから」
出した答えは、未来への期待だった。
「待ってますから、また会いましょう……約束ですよ、マリー」
「ええ、約束よジャンヌ。この街の人々を守り、必ず貴方達に追いつくわ」
マリーが腕を緩め、ジャンヌは頭を上げ彼女の顔を見上げる。そして、微笑み合って約束を交わした。
ひとしきり言葉を交わし、ジャンヌと離れたマリーは重々しい顔をして直立していたゲオルギウスに向き直る。
「さあ、それではゲオルギウス様。民の先導と、私の友達をお願いしますわ」
「……すみません、マリー殿」
「いいのです。さ、早く」
ゲオルギウスは頷き、ジャンヌを促して部屋を出て行った。
部屋を後にする時、ジャンヌは最後に振り返る。マリーは微笑んで手を振った。
ジャンヌも手を振り返して、そして扉は閉まった。後は、マリーただ一人だけ。
「……ふぅ。ごめんなさいねアマデウス。貴方のピアノを聴く約束も、守れそうにないわ」
誰にも聞こえないような声でそう呟き、脳裏に飄々とした笑みを浮かべるアマデウスを描くマリー。
それから程なくして、よしっと自分に気合を入れたマリーは窓の外に目を移した。
「さあ、最後のパレードへと参りましょう」
次回、「硝子の王妃に祝福を」
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。