それはともかく、今回はマシュの回です。自信?ない。
楽しんでいただけると嬉しいです。
ジャンヌさんたちが、砦に帰還した。
共にやってきたゲオルギウスさんと共同した洗礼詠唱により、ジークフリートさんの呪いは無事に解呪しました。
その後、避難民の誘導をするためにゲオルギウスさんは一度砦から離れ、どこか安全な街へと旅立ちました。
一方、私たちは十分な休息を取った後、ジークフリートさんが完全に回復次第オルレアンへ進撃することを決定したのですが……
「マスターの様子がおかしい、ですか?」
「はい……」
砦の一室、私の言葉を聞いたジャンヌさんは難しげな表情をします。
それは、他にもテーブルを囲むエリザベートさんと、清姫さんも同じでした。三者三様に、思うところがあるようです。
理由は明確。帰ってきたジャンヌさんの沈んだ表情と、マリーさんの姿が見えないことに一瞬で察しました。
「ここ数日、ずっと思い詰めているというか……」
マリーさんが、ジャンヌさんたちを逃すための囮になって亡くなった。
実際にジャンヌさんからその事実を聞いて、先輩は激しく動揺していたのです。それから少し、様子がおかしくなりました。
ここ数日の間、先輩は一見普通にしているように見えるけれど、ふときた時に苦しげな表情になることがあります。
「表面上は、特に変わったことはないのです。でも、何かを押し殺しているように見えて……」
「マシュ……」
「だから、皆さんにお伺いしたいです。先輩に立ち直っていただくには、どうしたら良いのでしょう?」
先輩がマリーさんの死を引きずっていることは、なんとなく理解できる。今日も近くの河原に一人で行ってしまいました。
でも私には、それをどうしたらいつもの状態に戻っていただけるのかが、皆目見当もつきませんでした。
だからこそ、こうしてジャンヌさんたちに問いかけに来た。見たところ、いつもの様子のこの方達なら……
「そうですね、私には全然わかりません」
「……え?」
でも、ジャンヌさんの答えは期待していたものとは正反対でした。思い悩み、俯いていた顔を上げて彼女を見る。
ジャンヌさんの目には、言いようのない哀しさのようなものが浮かんでいた。それを表すように、口には儚い笑みも。
それは、他のお二方も同じで。いつもは元気いっぱいなエリザベートさんでさえ、私に同じ目を向けています。
「私たちも、立ち直れたわけではないんですよ?」
「え、で、でも、皆さんはもう納得したように見えて」
「バカね、あんた。それは見せてないだけ、単なる乙女の意地ってやつよ。アイドルが沈んでたら観客も盛り上がらないでしょ?」
「このトカゲ娘に賛成するのは癪ですが……はい。嘘偽りなく申しますと、そういうことです」
「エリザベートさん、清姫さん……」
……では、どうしてだろう。どうしてこの人たちは、それでも立ち上がれるのだろう。私にはわかりません。
それは私の思考ロジックが異なっているからでしょうか。あるいは、私が彼女たちとは違って、本当の意味での人間では……
「別れの悲しさは、段階的とはいきません。突然、心臓を掴まれるような苦しさを覚えることもある」
「そう、でした。先輩も、バイタルは問題ないはずなのにあの表情をするときは決まって、胸元を押さえていました」
「でしょう?それは感じて当然の感覚です」
私もどうしてか、それを見ると胸のあたりに異常が起きました。バーサーカーさんの時は、そこまでではなかったのに。
あるいはそれは、バーサーカーさんが不死人で、生き返ることがあらかじめわかっていたからかもしれない。
それが、悲しさというもの。大切な誰かと別れるという事態になった時の、感情のあり方なのでしょうか。
「でもね、それでもアタシたちは立ち上がって、戦うの。それがマリーの望んだことだから」
「マリー、さんの……」
「それに、生憎と私たちは何かを失うことには経験があるサーヴァントですもの…………ふふふ、安珍様」
怪しく笑う清姫さんに少し引いたところで、「でもね」とジャンヌさんが言う。
「それでも……願わくば、共にいたかった。助けたかった。だって、マリーは友達だから」
「ジャンヌさん……」
「このサーヴァントという特殊な立場でしか実現しない関係でしたが……ええ。彼女は私にとってとても大事な、最初の友達でした」
だからこそ戦うと、ジャンヌさんは続けます。マリーさんの死を無駄にしないためにも、前に進むのだと。
清姫さんたちを見ると、頷かれます。どうやら私は、少し勘違いをしていたようです。
「なるほど……ジャンヌさんたちは乗り越えたように見えて、まだ悲しんでいるのですね」
「そういうことになる、のでしょうね。だってそれが、人間ですから」
「人間……」
……やっぱり、まだわかりません。この胸のモヤモヤは、なんなのでしょう。
「……わかりました。ありがとうございます」
「こんなお話でお力になれたのなら……ああ、そうだ」
そこで何かを思い出したように、ジャンヌさんはポンと掌を叩きます。
「もしもまだ納得できないようなら、彼に話を聞いてはどうでしょうか」
「彼……モーツァルトさんでしょうか?」
「ええ……きっと、彼が一番思うところがあるでしょうから」
そうか。今回このオルレアンに召喚されたサーヴァントの中で、一番マリーさんに縁があるのはモーツァルトさんです。
生前からお付き合いのあったモーツァルトさん。彼はきっと、ジャンヌさんたち以上に思い悩んでいる……
「どうかしらねー。飄々としてたし」
「いえ、一度聞きに行ってみます。皆さん、ありがとうございました」
「いえいえ。藤丸様によろしくお伝えください」
「頑張ってくださいね、マシュ」
「はい」
お礼を言ってから退室する。
「よし、いきましょう。確か最後に見たのは、朝食の時……」
そして、モーツァルトさんを探そうと踵を返した時……廊下の向こうから、誰かが歩いて来るのが見えた。
「おや、貴公か」
「こんにちは、ユリアさん」
やってきたのは、ユリアさんだった。挨拶をすると、烏の仮面を被った彼女は優雅なお辞儀をします。
「ゆっくり休めているかな?明日からオルレアンへ進撃だと聞くが」
「はい。ユリアさんは……」
「私は各砦に残った兵士の指揮だ。出撃する兵士たちはジル・ド・レェ殿がまとめている」
人間を深層意識から操れるユリアさんは、私たちが進撃するにあたって活発化するだろうワイバーンの襲撃に備えるそうです。
一方、ユリアさんが来るのとほぼ同時期に混乱する兵士たちを纏めたのがジル・ド・レェ元帥……生前、ジャンヌさんと一緒に戦った方。
ユリアさんによると、元帥は私たちと同じように、オルレアンへの進撃を考えているそうです。
それを聞いた時、ジャンヌさんはなんとも言えない顔をしていましたが……
「貴公も、今日はゆるりと休まれよ。あの御方もきっと、決戦には参上なさる」
「バーサーカーさん、ですか」
そう。バーサーカーさんはラ・シャリテで囮を努めて以降、いつまでたっても、私たちの元へ戻ってこない。
この砦の篝火で復活したとユリアさんに聞いていたので、復活しているのは確実なのですが……聞いても答えてくれません。
毎回、「王は王のなすべきことをしていらっしゃる」としか。マリーさんのこともあり、先輩は気を揉んでいました。
「はい、ありがとうございます」
「ああ。では、失礼」
そのまま歩いていくユリアさんに、私も一歩踏み出そうとして……ふと、足音が止まったことに気がつく。
不思議に思い、後ろを振り返ると……ユリアさんは振り返って、私に向かって仮面の奥の目を向けていた。
何故か、心臓を掴まれているような感覚を覚える。まるでこの魂の底まで、全てを見透かされているような……
「貴公、何か迷いがあろう。ソウルが揺れている」
「……っ!」
「そんな貴公に一つ、このロンドールの教主ユリアから教えよう」
「は、はい、なんでしょう」
喉がつっかえるような感覚を感じながら、言葉を返す。ユリアさんは一拍おいて、続きを言う。
「
そう言い残して、ユリアさんは去っていった。私は、廊下の暗がりにその背中が消えていくまで棒立ちのままだった。
しばらくして、ハッと我に返る。胸元に手を置いて、ユリアさんから頂いた言葉を小さく反芻する。
「死を恐れる、恐れないものは〝人〟の忘却の始まり……」
どういう意味なのだろう。バーサーカーさんの言っていた、死ぬたびに感情を失うとは、また違う意味なのでしょうか。
炎に包まれた管制室での体験は、ひどく心細かったのは明確に覚えています。あの感覚を忘れることは、きっとありません。
「……とにかく、今はモーツァルトさんを探しましょう」
とりあえず考えるのは一旦やめて、砦の廊下と階段を何回か通り、ここ数日間お世話になっている食堂に向かう。
食堂といっても、カルデアのような感じではありません。木製のテーブルと、長椅子が置かれているだけです。
その一つに、モーツァルトさんは座っていました。一人でぼうっと、星々が輝く空を見上げています。
「あの、モーツァルトさん」
「おや、マシュか。足音が聞こえたから、君が来るとは思ったがね」
どうやら、ご自慢のお耳で接近には気付かれていた様子です。座っていいか聞くと、モーツァルトさんは鷹揚に頷きました。
失礼します、と言ってから対面の椅子に腰を下ろす。そうすると、頬杖をついたモーツァルトさんを見ました。
「それで?今夜はどうしたんだい?」
「その……お尋ねしたいことがありまして」
「ああ、なるほどね。いいよ、明日は決戦だ、大きいことでも小さいことでも、なんなりと聞くがいい」
「それでは……」
そうして私は、ジャンヌさんたちにもした質問をモーツァルトさんにもした。マリーさんのことについて、どう思うのか。
「……なるほど、ね。藤丸を励ますためにか」
「はい。この件を蒸し返すのは、とても不躾だとはわかっているのですが」
「いや、いいよ」
「ふむ」とモーツァルトさんは口元を手で隠して、しばらく考えてから語り出しました。
「マシュ、君が一番迷っているのは彼をどう励ますかじゃないね。その一つ前の段階、
「…………はい」
そう。先ほどジャンヌさんたちにお話を伺った時にも思った通り、私にはその心境を解ることができない。
だから、どうやって先輩を励ましていいのかもわからない。その感情に〝共感〟する方法を、私は知らないから。
「マリーさんがいなくなって悲しい、というのはわかるんです。でも、状況的に皆さんの判断は正しかった」
「……続けて?」
「なのに、ジャンヌさんたちも、先輩も後悔していて……それが変で、わからなくて」
聞いた状況から察するに、誰かが残らなければどうしようもなかっただろう。その判断は正しいはずだ。
なのに、悔やんでいる。一度正しいと決めた方法なのに立ち止まって、悩んでいる。そんなの、変です。
「私は、そんな風には教わらなかった。なのに……」
無意識に、胸の部分を抑える。ジャンヌさんたちのここに宿るその気持ちが、感情がわからない。
わからないはずなのに、私は……
「
「っ!!」
「そうだろ?君は面白いね、マシュ。まるで真っ新な楽譜のようだ」
「ど、どうして……!」
どうしてわかったのでしょう。私がいくら考えても納得しきれなかった、このモヤモヤが。
「なんとなくわかってきたよ。君は本当に、
「それは……はい、そうです。あまり、外を知らずに生きてきましたから」
脳裏をかすめるのは吹き荒ぶ雪と、白いベッド。それと、自分のバイタルを示す機械の無機質な音だけ。
今見ているこの世界とは真反対な、無味乾燥な記憶。そこで培ったはずの判断基準に似合わないこの感情は、一体……
「だから戸惑っているんだ。君が持つ価値基準とかけ離れた感情を抱いていることに」
「……その通りです。そしてそれは、私には要らないもののはずです。だって私には、最初から何かを選ぶ資格は……」
「それは違うね」
「……え?」
見上げれば。モーツァルトさんは、とても優しく微笑んでいた。
「いいかいマシュ、君には何かを選ぶ義務がある」
「義務、ですか……?資格や権利ではなく?」
「義務さ。だって僕たちには、ものを考える知性があるのだから」
知性……確かにそれは、人間が他の動物よりも優れているもの。地球上において一番と言っていい。
「何を好きになり、何を嫌いになり、何を尊び、何を邪悪とし、何に悩み、何に夢中になるのか。それは他の誰かのいいなりになることでも、周りに合わせて決めることでもない、君自身の義務なんだ」
「私の、義務……」
「人間は多種多様だ、同じ価値観はひとつもない。だから君は、これから多くのものを知り、多くの景色を見る。そうすることで君の見る世界を充実させていく」
「世界を充実させていく……はい、それはなんとなくわかる気がします」
最初に、この特異点へやってきたとき。
なんて、色鮮やかなのだろうと感じた。世界とはこれほどまでに、様々な色で溢れているのかと思った。
それまで毎日のように見ていたカルデアの殺風景なものとは全く違う、見ているだけで心が震える光景だったのです。
「そして受け取った分、君は世界に返さなくてはいけない。どんなカタチであれ、君がいた証をこの世界に残すんだ」
「……私がいた、証」
「僕はそうした、残された多くの曲がその証拠だ……まあ、それもたいしたことはなかったけどね」
それは不可解な言葉でした。モーツァルトさんを見ると、彼は肩を竦めます。
「だって、たった一人の初恋の女の子の死に際にさえ立ち会えなかったんだよ?生前も、彼女より先に死んでしまった。いやはや、二度目というのは一度目を経験している分きついものだ」
「モーツァルト、さん……」
「要するに、何が言いたいのかというと……僕の残したものは多くの人に愛された。だが、僕の人生はどうでもいいものだった。それだけの話だよ」
でも、それでいいんだとモーツァルトさんは笑った。
「後悔はあった。成功もあった。僕の人生はそういうものだった。それで良かったと、僕は胸を張って言おう」
「……それが、人間だからですか?」
「はは、君は頭がいいね。……そんな君ならば、必ず人間になっていけるさ。たとえその生き様が醜く、汚いものでも、それが人であるということなのだから」
それからモーツァルトさんは、私に〝未来を恐れるな〟と教えてくれた。〝存分に悩んで進め〟とも。
それは暗に、私に〝私として生きてみろ〟と言っているようにも思えた。それまで一度も考えなかった、選択を。
「ああ、でも……ピアノ。せめて一度くらい、聴かせたかったなぁ」
その小さなモーツァルトさんの呟きが、やけに耳に残りました。
出来が心配だ……
次回、オルレアンへ進撃。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。