今回からクライマックス、よろしくお願いします。
マリーさんがいなくなってから、数日が過ぎた。
その間、俺は色々なことを考えた。
マリーさんのことはもちろん、自分のした選択、これから戦っていくこと……本当に、色々と考えた。
一人の時もあったし、サーヴァントの皆に相談することもあった。そういえば、マシュが励まそうとしてくれたこともあったっけ。
必死に元気つけようとしてくれる姿に、自然とここ数日で固まっていた表情がほぐれていくのを感じた。
あるいは、マシュがそうしてくれたからこそ、頭の中で渦巻く後悔や悲しみを飲み込めたのかもしれない。
きっと、これからもああしてマシュに支えられるのだろう。人理修復という、俺にはあまりに過酷な旅の中で。
そして今日、ついに竜殺しの英雄、セイバーである〝ジークフリート〟の魔力が回復したのだ。
だから、俺は今──
「やっぱり、すごい数だね」
「はい、目視できるだけでも200を超えていると思われます」
──オルレアンの地に立っている。
眼前にそびえるのは、ワイバーンの巣窟と化したオルレアンの街。
空には暗雲が立ち込め、ゾンビになっただろう街の住民の呻き声がコーラスのようにここにまで聞こえてくる。
その中央にそびえるイバラの城は、まるで魔王の城のよう。いや、世界を滅ぼすって意味じゃあ本当に魔王なんだけど。
そして、そんなオルレアンの周りの大地は半径3キロに渡って焦土と化している。まるで、近づくもの全てを焼き殺すと言わんばかりに。
「みんな、平気?」
そんなオルレアンを、一段高い崖の上から見下ろしている。傍らにはマシュとルーソフィアさん、サーヴァントたち。
まだ住民の避難をしているゲオルギウス、各砦から指示を出すユリアさん、軍備の手伝いをするというグレイラットさん。
そして……モンリュソンで散った、マリーさん以外の全員が集まっている。
「はい、体調は万全。いつでも行けます、マスター」
「ええ、勿論です」
「当然さ。マリーのためにも、ね」
「うふふ、燃やし尽くしてしまいましょう」
「一世一代のライブね!心が高鳴るわ!」
頷いたマシュを始めとして、ジャンヌ、モーツァルトさん、清姫さん、エリザベートさんの順に各々の表情を浮かべて答えた。
そして……
「当然だ。我が剣に曇りはない」
そのサーヴァント……マシュと共に俺の隣に並んだセイバーオルタが、冷徹な声で答えた。
今回の決戦に際して、カルデアからの助っ人として彼女を召喚した。本当なら他の皆も喚びたかったが……
ただでさえマシュとバーサーカー、それにジャンヌと契約しているのだ。俺のキャパシティでは、一人召喚するのが限度だった。
それに、つい昨日ジークフリートとも契約している。あの巨大な邪竜に対しての切り札だから、ということらしい。
『はいはーい、ロマ二が働き詰めでぶっ倒れそうだったから交代したダ・ヴィンチちゃんだよー。藤丸くん、体調は平気かな?』
「はい、今のところは平気です」
一度ジャンヌさんの時に倒れたのが功を奏したのか、四人と契約していてもあの時ほど辛くはない。
ただし、魔力を大きく使う宝具には気をつけないといけない。今も隣で監視している、ルーソフィアさんからのキツい注意もある。
『なら良し。油断はしてはいけないが、気負う必要はないよ。これだけのサーヴァントに、騎士王様もいるんだから』
「…………ここに、バーサーカーとマリーさんがいたらもっと心強かったんですけど」
自分の口からこぼれたその言葉に、心なしか雰囲気が暗くなった。
わかってる。今更叶わないことだということは。バーサーカーは以前行方知れず、結局姿を現さなかった。
「大丈夫です」
「……ルーソフィアさん」
「あの方は、きっと帰っていらっしゃいます」
「うん、そうだよね。でも…………」
バーサーカーはまだしも、マリーさんは……もう、いない。
まだ、どこかに迷う心がある。ここまできて、目の前に止めるべき相手がいて、それでももしも一緒に戦えたらと思ってしまう。
それは意味のない願望だ。俺の消えない、決して消えてはいけない後悔の生み出した、意味のない現在だ。
「フン。私のマスターの癖に、そんな顔をするな。ここで怖気つくような臆病者と契約を結んだつもりはないぞ」
「……うん。わかってるよ、オルタ」
そうだとしても。俺は今、前に進まなくてはいけない。
最後の戦いを前にして日和った自分の心を、思い切り両手で頬を叩いて引き締め直す。バチン、と大きな音が鳴った。
「……………………痛い」
我ながら強く叩きすぎた。ジンジンする。
「ふふっ、やりすぎです先輩」
「だね……さあ、行こう、皆!」
俺の声かけに、もう一度おうと答えるサーヴァントたち。立ち上がり、ルーソフィアさんに姿消しの結界を解除してもらう。
まずは先制。事前に取り決めた作戦の通り、漆黒の鎧を纏ったオルタが黒いエクスカリバーを掲げた。
怪しく輝く黒き聖剣に、俺でもわかるくらいの魔力が集まっていく。渦巻く様は、まるで銀河のようだ。
見惚れている間に、聖剣に膨大な魔力が集まった。それに反応したのか、にわかにワイバーンたちが騒がしくなる。
オルタは、柄を両手で握りしめると──
「──堕ちよ、蜥蜴ども」
そのワイバーンたちに向かって、聖剣を振り下ろした。
あの時受けた宝具級までとはいかないものの、真っ直ぐに振り下ろされた黒い奔流は空飛ぶワイバーンたちに向かって飛んでいく。
そして、無数の黒点で埋め尽くされたオルレアンの空に食らいついた。荒ぶる暴風に、マシュの盾に隠れる。
やがて、魔力の放出が止まった。
「ふん、こんなものか」
「す、すごい……」
「流石、僕たちとは霊基から違う」
大楯から顔を出すと──ポッカリと、ワイバーンの群れに大きな穴が開いている。五十匹くらいは消しとんだかな。
『よし、今だ!混乱しているうちに市街へ突撃したまえ!』
「はい!マシュ!」
「了解です、マスター!」
流石にこの高さから飛び降りたら大怪我をするので、情けないながらもマシュに抱えて運んでもらう。
四メートルくらいの崖を飛び降りて、続けて降りてきたサーヴァントたちと一緒にオルレアンに向かって駆け出した。
俺とルーソフィアさんを中心に、前にマシュとオルタが、他のサーヴァントたちで囲むような陣形をとる。
酷く遠くに見えるオルレアンに向けて、黒々とした命の気配のない荒野を駆け抜けた。
ギャォオオオオオオ!
「マスター、ワイバーンが多数接近!目視では数えきれません!」
仲間をやられたことに怒っているのか、咆哮しながら急降下してくるワイバーンたち。
以前、バーサーカーがいなかったらそのまま食い殺されていたことがあったが……なぜだろう。
酷く、落ち着いていた。
「オルタ、ジークフリート、頼む!」
「我が道を邪魔するな、蜥蜴風情が」
「了解した!」
黒い騎士王の聖剣から放たれる魔力の斬撃が、竜殺しの英雄が宝剣を振るう度に、ワイバーンは次々と落ちていく。
「おっと、オーケストラ抜きで二人きりで演奏とは味気ないな」
「アオダイショウ、アタシに合わせなさい!」
「命令しないでくださいまし!」
それだけではない。右から左から、全方位から襲いかかってくるワイバーンたちを全員が迎撃していた。
モーツァルトさんが音楽魔術で、エリザベートが凄まじい歌声で、それに合わせるように清姫さんが振るう扇子から溢れ出る炎で。
支援するのは、隣で並走しながら歌を口ずさむルーソフィアさんの歌声。それが、サーヴァントたちを強くする。
「もう、立ち止まらない……!」
「ガァアアアァアッ!」
「せぁあっ!」
真正面から襲いかかってきたワイバーンを、いつかのバーサーカーのように飛んできたジャンヌが旗で殴り殺した。
舞い散る鱗の破片と鮮血に、戸惑うことなく突き進む。俺たちの作戦は単純明快、奇襲からの一点集中突破だ。
「「「GRRRRAAAAAAAAA──────────!」」」
しばらく走っていると、前方からゾンビの群れがやってくる。爛れた皮膚に虚な目、中には体の半分以上が食い千切られたような人も。
きっと、ワイバーンに食べられた後にゾンビになったんだろう。そんな人たちが何十、何百と襲い来る。
「オルタ、もう一度!」
「いいだろう」
そんな彼らから目を逸らさずに、オルタに端的な指令を出した。
「安らかに散るがいい」
オルタが、最初の一撃と遜色ない威力の横薙ぎを振り放つ。
純粋な破壊の力と化した魔力の刃が、ゾンビたちを大きく吹き飛ばした。後にはえぐれた地面だけが残る。
その周りを迂回して突き進んだ。オルレアンの中心に高くそびえるイバラの城を、真っ直ぐに見据えて。
走って、走って、走り続ける。ひたすらに足を動かして、少しでも早く、サーヴァントたちに遅れないように食らいつく。
せめて、今だけは足手纏いにならないように。
『藤丸くん、気を付けたまえ!サーヴァント反応が三つそちらへ向かったようだ!』
やがて、少しだけ脇腹が痛くなってきた頃。ダ・ヴィンチちゃんの強張った声とともに、前方に黒い閃光が見えた。
いや、違う。光ではなく、ましてや物でもない。凄まじい速度でこちらに飛んできた
その三条の閃光は、俺の頭上を通過して──
「シッ!」
「あんた…………!」
「オァァアアアァアアアァァアアアアァアアアアァアアアアァアアアアァアアアアッッッ!!!」
「お前、もしかしてサンソン……っ!?」
「Arrrrrrrrrrrrrr!」
「このっ、サーヴァントは!?」
背後から、獣の雄叫びのような咆哮と、ジャンヌたちの驚く声が聞こえる。
続けて、何かを抉り取るような破砕音。すぐ近くで三回も激しい振動が起きて、思わずたたらを踏んでしまう。
急いでブレーキをかけて、振り返った時にはもう遅く。そこにはモーツァルトさんとエリザベートがいなかった。
「ジャンヌ、二人は!?」
「それが、なにかに連れ去られました!」
『どうやら、今のはサーヴァントだったようだ。見事に分断されたね』
「くそっ、あと半分くらいなのに!」
オルレアンまでの距離は、あと1キロと半分というところ。せっかく調子良く進めてたのに!
「それよりも、前方に注意を!なんとか押し返しましたが、私にも敵が────!」
「え?」
ジャンヌの言葉に、オルレアンの方に視線を戻す。
すると、ガシャンと大きな音をたてて大柄な全身鎧の騎士が目の前に現れた。兜のスリットから、赤い目が輝きを放っている。
その身から滲み出る瘴気のような魔力に、ひゅっと鋭い息が漏れた。そんな俺に、サーヴァントと思しき騎士は手に持つ剣を振る。
やけに明瞭な視界の中、騎士の赤い亀裂の走った剣が心臓に迫った。マシュも、ジャンヌも、清姫さんも間に合わない。
また、この感覚だ。自分の命が焼き切れてしまいそうな感覚──
「Arrrrrrr!!!」
すなわち、死の気配。
「あ…………」
「呆けているな、愚か者」
ギィンッ!
しかし、俺の胸に穴が開くことはなかった。
胸に届くまで残り3センチのところで、黒い剣閃が走って騎士の剣を打ち返す。
それは、俺と騎士の間にいつの間にか割り込んだオルタの聖剣だった。
「ふっ!!!」
「Arrrrrrrrrrr!?」
そのまま、ごく狭い空間の中で剣戟の嵐を見舞う。騎士は凄まじい絶技で全てを受け止めるが、剣の方が砕け散った。
得物を失い、僅かに動きを止めた騎士にオルタの剣が振り下ろされる。が、騎士は直前で飛び退いて躱した。
ズンッッ!!!とそのまま振り下ろされたオルタの剣が地面を陥没させる。
「あ、ありがとうオルタ」
「あの程度の攻撃、避けてみせろ。次はない」
「う、うん」
「すまないマスター、反応が遅れた」
言外に弱いと言われたことに心の中で苦笑いしつつも、騎士の方を見た。
「urrrrrrrrrrrrrrrr…………!」
腰を落とし、右手を地面につけ、獣のような体勢の騎士は、俺を見て唸り声を上げている。そこには多分な殺気が含まれていた。
思わず身震いすると、オルタの横にマシュたちが並ぶ。騎士はさらに唸り声を低くし、警戒する様子を見せる。
「あれも、サーヴァントなのでしょうか……?」
「ええ、間違いなく」
「先ほどの剣筋からして、恐らくは元のクラスはセイバーなのでしょうが……」
「凄まじい殺気だ。それに狂気も。マスター、あれは強いぞ」
「……うん、そうみたい、だね」
口々に言う彼女たちの言葉に、俺も今一度サーヴァントを見やる。
いつか、爺ちゃんに教わった。相手の強さを、目線の動かし方で測れと。多く把握できるものが強いらしい。
そして、スリットの奥の赤く輝く瞳は俺とマシュたちを忙しなく見ている。完全に油断のない証拠だ。
わかる。このサーヴァントは並大抵の敵じゃない。それこそ、かつての聖女マルタのように全力で戦わなくては……
「マスター、先にいけ」
「……オルタ?」
しかし、そんな俺の思惑とは裏腹に、オルタが一歩前に進み出た。
騎士の視線が、オルタに固定される。すると、それまでより一層強く、ゾッとする殺気が全身から立ち上った。
それを真正面から押さえつけるのは、仁王立ちしたオルタの体から溢れ出る絶大なオーラ。まるでそれ自体がせめぎ合っているようだ。
「奴は私が始末する。お前たちは偽の聖女とやらを倒しに行くがいい」
「でも……」
「なに、いかな円卓の騎士とはいえ狂った騎士一人如きに負ける我が剣ではない」
オルタは振り返らずに、はっきりと言い捨てた。それ以上の言葉は不要と言わんばかりに、それきり黙ってしまう。
身長で言えば俺より小さいその背中に、覚悟と王としての風格を感じた。そして、絶対的な力というものも。
「すまないマスター、俺も彼女の意見に賛成だ。ここは先を急ごう」
「私も、戦力的にはオルタさんが相対するのが良いと判断します」
「マシュ、ジークフリート……」
二人の言葉に、また迷っていた俺の心はジャンヌとルーソフィアさんの方を向き、目線で意見を求める。
二人もまた、騎士から目線を外さずに頷いた。どうやら、もうみんなの意見は決まっているみたいだ。
「っ……」
最後に、オルタに目線を戻す。
グッと唇を噛み締めて、拳を握り、俺は──
「それじゃあ、頼んだ」
「ああ。存分に走り、行け。マスター」
──また、任せることを選んだ。
マシュたちと目配せして、オルタが牽制している間に騎士を迂回するように走る。
いつの間にか大量に集まってきていたワイバーンとゾンビを蹴散らし、ただただ、前だけを見て振り返らない。
ドッガァアアアアアン!
程なくして、背後から凄まじい音が聞こえてくる。恐らく、オルタとあのサーヴァントの戦いが始まったのだろう。
ズキン、と胸に痛みが走る。鈍くて、曖昧で、でも確かにそこにあるそれが、
本当にこれでよかったのか。一緒に戦えばよかったのではないか。いいや、今からでも戻って協力して……
『藤丸くん、来たぞ!上だ!』
グルグルと考え込んでいた頭は、ここ数週間で鍛えられた生存本能によって一瞬で切り替わった。
顔をあげれば、ダ・ヴィンチちゃんの言う通り先ほどのように黒い閃光が落ちてくる。今度は俺目掛けて、まっすぐに。
つい数秒前までの悩みなど、いつの間にか消えていた。半ば反射的に隣に向けて声を張り上げる。
「マシュ!」
「はい!」
一瞬で呼んだ意味を察したマシュが、暗い洛星と俺の間に割り込んで大楯の下部を地面にめり込ませた。
ガンッ!と音を立てて、二条の流星は受け止められた。しばらくせめぎ合ったあとに、あのサーヴァントがそうしたように飛び退く。
二度目の足止め。先ほどのように迎撃態勢をとってから、目の前に降り立った二人の敵を確認した。
「コロスッ!ナニモカモ、スベテヲ破壊シ尽クシテヤル…………ッ!」
「…………………………………………」
その二人組は、奇妙だった。
一人は、どう見ても正気じゃないとわかる。黒い影が全身を蝕むように張り付いており、顔に広がるそれは涙のよう。
もう一人は、見覚えがあった。最初の邂逅で、〝竜の魔女〟のジャンヌのそばにいたサーヴァント。
確か、シュヴァリエ・デオンという名前だった彼?彼女?は……以前見たときとは、全く様変わりしている。
血のような赤いドレスは悍しく、レイピアを携える手袋は禍々しい。極め付けに、その目はがらんどうのようになっていた。
「あれ、どうしたんだ……?」
「どちらも、相当ソウルが歪んでおります。恐らくは狂気によって精神が壊れてしまったのでしょう」
「それって……」
シュヴァリエ・デオンを見る。
彼女は生前、マリーさんと親交があったという。なら、あの心神喪失といった様子の原因は……
「あのアーチャーは、それこそ竜の魔女の私に従うようなサーヴァントではなかったのでしょうね。だから狂気を纏わせることで無理やり使役しているのでしょう」
「………………」
「先輩?平気ですか?」
「……ごめん、なんでもない」
迷ってる場合じゃ、ない。
「みんな、戦おう」
「わかった。背後のワイバーンたちは俺が相手をしよう。すまないが、あのサーヴァントたちは聖女たちに任せる」
「了解しました」
「はい!」
「ルーソフィアさん、支援をお願い」
「かしこまりました」
ジークフリートが俺の後ろに、ジャンヌが戦旗を、マシュが大楯を構えて戦闘態勢に入る。
あちらもそれを感じ取ったのか、片や唸り声を上げながら弓を、片や無言でレイピアを持ち上げた。
「戦闘、開始!」
「はぁあああああっ!」
「せぁあああああっ!」
「オォオオオオォォォオオオオォォォォ!」
「………………!」
そして、幾度目かのサーヴァントとの戦いが始まった。
次回はそれぞれのサーヴァントの戦いです。
そして……
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。