あと何話かオルレアンは続きますが、まずは決着。
楽しんでいただけると嬉しいです。
バーサーカーが現れてから後、藤丸たちの戦況は一変した。
フランス軍の援護が、ワイバーンたちを抑え込んだ。
火防女とマリー、アマデウスの旋律が藤丸らの心を奮い立たせ、痛みを消した。
エリザベートと清姫の攻撃が、辛うじて残っていたゾンビたちの包囲を亡き者とした。
マシュと、ジャンヌの絶対的な防御が、ファヴニールの爪や尻尾による猛攻を防ぎきった。
そして──
『最後のワイバーンの反応、ロスト!藤丸くん、もう横槍は入らないぞ!ファヴニールと竜の魔女を叩け!』
「はいっ!」
「おのれぇぇぇええええッッッ!!!!!」
藤丸が答え、魔女が叫ぶ。
すでに魔女の顔に余裕はなく、それとは相反して藤丸の表情は決意と確信に満ちている。
大局的に見ても、どちらが劣勢かは明らかだった──彼女が従える竜が、悪名高き邪竜ファヴニールでなければ。
主人の憎悪に反応し、邪竜はこれまでの戦いの中で再び体内に満ちた魔力を口元へと収束させてゆく。
それだけではない、大気に流れるわずかな魔力さえも吸い上げて、この戦場に現れた時と同等の一撃を放とうとする。
『ファヴニールに魔力が収束!最大の一撃がくるぞ!』
「わかってます!」
警告を飛ばすドクターロマンに、藤丸は限界を超えた思考力であの邪竜へ対抗するすべを導き出す。
そして、彼へと目線を向けた。この最強の敵を打倒するのは、他でもない彼以外にありえないと確信したが故に。
右手を振り上げ、叫ぶ。魔力不足で激痛と震えに苛まれる腕を左手で掴み、あらん限りの声で咆哮する。
その時彼の脳裏に、また疑問が浮かんだ。
見ているだけだった。何もできなかった。ただただ、足手纏いだった。
何度思っただろう。「生き残ったのが自分でなければ?」と。
自分より優れた魔術師などごまんといる。自分より上手くやれた人がいたはずだ。
それでも!と。
死なせないため、壊させないため──この世界を、終わらせないために。
「〝令呪を以って命ずる〟!」
だから、彼は吠えるのだ。
恐怖も、後悔も、不安も、痛みも、怒りも、悲しみも、自虐も、自嘲も、何もかも飲み込んで。
それでも、俺はここに立っているのだと。
「邪竜を倒せ──ジークフリート!!!」
「──了解した、マスター」
であれば、英霊として、人として、その叫びに応えんとしてなんとする。
誰よりも前に立つ彼は剣を掲げ、自らの体に満ち満ちた令呪の魔力に不敵に微笑み。
「その怒り、その正義、我が信念によって応えよう!」
──真エーテル、全開放。
剣気が伸びる。
暗雲を貫き、絶望を穿ち、希望を秘めて、大剣より絶大な真エーテルが成層圏にまで屹立する。
それは絶対の一撃。邪を屠らんとする信念の剣。なればこそ、代償が担い手とマスターに襲い来る。
全身を焼かれるような痛み、瞳から血涙が頬を伝う感覚。
おおよそ常人には耐えらぬであろう、その責め苦。
(だから、どうした────!)
それを、藤丸立香は耐え抜いた。
「──敬意を。この絶望を前に、全てを噛み締めてなお立ち続けるその勇気に、心からの感謝を。だから共に打ち果たそう、この敵を!」
長大なエネルギーの刃を、ジークフリートは柄を両手で握りしめ、斜めに構える。
絶大なその宝具に、余波を想定してサーヴァントたちが藤丸の前に立って防御姿勢をとった。
対する竜の魔女は、初めてと言っていい恐怖とも呼べる感情に目元を歪ませ、旗を振ってファヴニールに命令を下した。
「
「あのサーヴァントを殺せ、ファヴニールッッッ!!!!!」
「オォオオオオオ────────!」
極限まで濃縮された魔力は球状に収束し、ジークフリートの宝具に真っ向から対抗しようとする。
かの邪竜の中にも、魔女と同じジークフリートへの脅威の念があった。
しかし、恐怖ではない。それは概念と化したとてファヴニールの中に刻まれた、己を討ち果たした者への畏敬だ。
「オオァアアアアァアアアア!!!!!」
ただ一人己を地に堕とした英雄へ、最大の敵意をもってファヴニールは最上の一撃を解き放った。
迫る黒い極光。全てを飲み込まんとする、邪竜の滅びの吐息。
「〝黄金の夢から覚め、
降り注ぐ光に、ジークフリートは一歩踏み出す。
「邪竜、滅ぶべし────!」
そして──英雄は剣を振り下ろした。
「
真名開放。かつて邪竜を屠ったその剣が、再び振るわれる。
空を裂き、地を抉り、邪竜の吐息さえも切り裂いて。
その生涯を、伝説を象徴する一閃は──邪竜ファヴニールを、二度屠った。
「オ、ォオオオ……ォォオオオ…………!」
──見事なり、竜殺しの英雄よ。
その眼に、敬意を込めて。邪竜ファヴニールは目蓋を閉じた。
光が邪竜の肉体を滅ぼし、召喚された仮初の魂さえも原初に還す。
そうして剣気が消えた時……そこにはもう、黒竜の姿はなかった。
『魔力反応ロスト……やった、やったぞ!ついに邪竜ファヴニールを討伐した!新しい
「……たお、した……?」
「はい、やりました先輩!」
茫然と立つ藤丸に、喜色に顔を染めてマシュが告げる。
それを後押しするように、後ろから盛大な歓声が聞こえた。長らく竜に怯えていたフランス軍の兵たちだ。
微笑みを浮かべ、振り返るサーヴァントたち。それに藤丸は、震える声で確かに笑う。
「やっ、たんだ、俺。みんなと、一緒に」
「ええ。実に勇敢で──」
そこで、ジャンヌは言葉を止めた。
何故なら、邪竜が消えたその場所からまだ魔力の反応があったからだ。
他のサーヴァントたちも一瞬緩んだ気を引き締めて、その魔力の持ち主を鋭い視線で睨む。
「ぐっ…………まだ、終わりではない……!」
弱々しい声音ながらも立ち上がったのは……竜の魔女、もう一人のジャンヌ・ダルク。
ファヴニールとともにジークフリートの宝具を受けた竜の魔女は、全身から煙を上げていた。
「こんなことで、我が憎悪は止まらない……!ファヴニールを失ったからなんだというのです、また召喚すればいいだけのこと……!」
『なんでしぶといやつだ……!藤丸くん、キツいだろうがまだ終わってないぞ!』
「はい……!」
明らかに消耗している様子に、しかし油断なく戦闘態勢に入る藤丸たち。
「……いいえ。もう終わりです」
だが、それを止めたのは他でもない……聖女のジャンヌ・ダルクだった。
訝しむサーヴァントたちの中で身構えた藤丸の肩に手を置き、彼女は静かに少年の顔を見つめる。
その真っ直ぐな瞳に、藤丸は何かを感じた。
「……わかった。ジャンヌがそう言うのなら」
「先輩!?」
「マシュ」
驚くマシュを、今度は藤丸が見る。
あまりに真剣なその顔に、揺るぎない瞳に、マシュは息を呑む。
その瞳を、彼女は知っていた。これまで何度もこのオルレアンで……そして、燃え盛るあの業火の中で見た、強い目だ。
「みんなも。俺を信じてくれ」
大楯を下ろしたマシュを見て、藤丸はサーヴァントたちを見渡す。
すると意図がわかったのだろう、仕方がないと言うように皆各々の武器を下ろした。
「ジャンヌ、行ってくれ」
「ありがとうございます、マスター……竜の魔女よ。私が相手となりましょう」
「ほざけ……!いつまで聖女面をするつもりだ……!」
見送る藤丸たちの視線を背に受け、ジャンヌは竜の魔女へと踏み出す。
竜の魔女が手をかざし、黒い炎が襲いかかる。ジャンヌはそれを旗の一振りで消し去った。
驚愕に顔を染め、歯噛みした竜の魔女は支えにしていた旗を振り、炎を纏った槍をジャンヌの頭上に顕現させる。
しかし、落ちてきたそれも一振りするだけで弾かれた。
何度炎を差し向けようが、凶器を振りかざそうが、その歩みは止まることはない。
「な、何故だ……!なぜ残りカスのお前が……!」
「……私は貴女の炎を恐れはしない。そして言ったはずです。私は私で、貴女は貴女だと」
「ふざ、けるなぁ!」
旗を振り、最大の黒炎が吹き荒れる。
──それもまた、真正面から打ち払われた。
「────ッ!」
「竜の魔女よ」
ついに、ジャンヌが竜の魔女の眼前へ到達した。
「貴女に、引導を渡します」
ゆっくりと見開かれた目は、決して迷いなく。
毅然としたその顔は、まさしく一軍を率いた将にふさわしく。
そこに立つは、何よりも竜の魔女が憎んだ聖女であった。
「あ、あ、あああぁぁああアアアアッ!!!」
余りある威圧感に竜の魔女は顔を歪め、しかし未だくすぶる憎悪のままに旗の穂先を突き込む。
ジャンヌはそれを、片手で握った旗でいなす。その拍子に穂先が頬をかすめ、薄皮一枚が切れる。
だが、たったそれだけ。瞠目する竜の魔女に、ジャンヌは旗を握る手を引き──
「さようなら、竜の魔女」
「ガッ────」
竜の魔女の胸を、聖女の旗が貫いた。
深く、深く突き刺さった穂先は鎧を射し貫き、竜の魔女の肌を、骨を、心臓を一思いに突き刺した。
ドス黒い血を付着させて、旗の先端が背中から飛び出す。ジャンヌの体にも返り血が飛び、鎧が血に染まった。
それの何を今更忌避することがあろうか。とうの昔に、この身は血に染まっているのだから。
「あり、得ない……」
「…………」
「人間、ごときが……お前、ごときが、私の復讐を終わらせるなど……っ!」
「……いいえ。貴女はたった今、敗北したのです」
「違う、まだ私は……!」
ふと、竜の魔女は言葉を止めた。
そして目を見開き、何かに聞き入るように停止する。
「……ジル?」
「っ!」
「……ええ、そうね。貴女がそう言うのなら……」
「何を……!」
言っているのですか、というジャンヌの言葉は、突如背後に現れた悪寒に遮られた。
「くっ!?」
咄嗟に旗を手放し、ジャンヌは横へ跳ぶ。
体勢を立て直し、一瞬前まで自分がいた場所を見ると──そこには、奇妙な
ボルドとよく似た鎧に、長細く、折れてしまいそうなほどに華奢な体躯。両手に持つはふた振りの剣。
腰に揺らめくヴェールは薄く、地面にめり込んだ剣の風圧か、兜に被せた布とともに儚げに揺れる。
「あれは、もしかしてまた……!?」
「冷たい谷の踊り子。やはり彼女も……」
「…………」
藤丸の驚きの声にも、火防女の呟きにも答えず、踊り子は双魔剣を引き抜いて視線を移す。
その先にいるのは、地に伏した竜の魔女。いち早く思惑に気がついたジャンヌが動こうとした。
しかし、その前に踊り子は竜の魔女を腕に抱き、そして地面に現れた闇の中へと消えていったのだった。
「……ジル。やはり、彼女はあなたが……」
伸ばしていた手を下ろし、地面に残った旗を拾い上げてジャンヌは城へ目を向ける。
その顔には、複雑な感情が映っていた。果たしてそれは竜の魔女に対してなのか、それとも──
「ジャンヌ!」
立ち尽くすジャンヌに、藤丸は駆け出そうとする。
しかし、ガクンと膝から力が抜けた。そればかりか、次々と四肢が脱力し、立つこともままならなくなる。
「え……」
「先輩!」
「マ、シュ……」
あっという間に意識が暗転し、藤丸はその場で倒れ込んだ。
「っと。貴公はいつでも無茶をするな」
藤丸が地面に倒れる前に、鎧を纏った腕がその体を受け止める。
その場にいた全員が驚き、腕の主を見て──驚愕した。
「バーサーカーさん、腕が……!?」
マシュが声に出して、腕の主……いつの間にか現れた灰の体に手で口元を覆う。
灰は、片腕を失っていた。そればかりか鎧は半ば凍りつき、兜は壊れたのか顔が露出している。
「何、この程度どうということもないさ。マスターの奮闘に比べれば、な」
「灰の方。ボルドに勝ったのですね」
「ああ。確かにな」
『……確かに、ボルドの魔力反応が消失している。ファヴニールばかりに注目してたから気がつかなかったのか』
「そういうことだ。とりあえず、一度砦へ帰還するぞ」
「ですが、竜の魔女が……」
「彼女のソウルはもう壊れている。じきに消えるだろう。何よりマスターを休ませなければいけないし……少々、気になることもあるからな」
ちらりと、灰は未だに立ち尽くすジャンヌを見る。
灰の言うことも最もだった。マスターである藤丸がダウンした今、これ以上ここにとどまる意味はない。
少なからず被害を受けたフランス軍もすでに撤退を始め、サーヴァントたちは渋々一時撤退を了承した。
こうして、竜の魔女との戦いは藤丸たちが勝利の栄冠を手にしたことで幕を閉じたのだった──。
というわけで、ファヴニールと邪ンヌ撃破。
次回は休息を挟み、そして真の決戦へ。長すぎますね。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。